PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<鎖海に刻むヒストリア>閉ざされし水の母

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●最後の大作戦
 今やネオフロンティア海洋王国にとって、『絶望の青』の攻略は今までと異なる悲願を孕んでいただろう。
 その脆弱な国力を補うための新天地としての悲願。それは今も決して変わってはおらぬが、今ここに新たなる悲願が加わって、かの海における勝利を絶対不可欠の要素へと変えている。

 廃滅病。

 人のみならず魔種さえもの心身を侵す死兆を生み出す『絶望の青』に広がる呪詛は、今や同胞たちはもちろんのこと、ローレットの特異運命座標たちまでもを蝕んでいる。この病から同胞と“佳き友人たち”を救わんと願うのであれば、死兆の期限までに呪詛結界の主たる冠位嫉妬魔種アルバニアを打倒して、結界を解かねばならなかった。

 幸いにも快進撃は続いていた。
 それに加え、不倶戴天の敵国ゼシュテル鉄帝国に貸しを作る形になるのを承知で、大援軍を引き出しさえもした。
 もはや少数艦隊で安全確認と掃海を行なうなどという、迂遠な作戦に頼る時ではない……このただ一度の大遠征を以って、アルバニアに引導を渡さんとするのだ!

 そして――その悲願は魔種『蛸髭』オクト・クラケーン(p3p000658)にとってもやはり同じであった。
「なあ兄弟? お前に残された時間は一体、どれくらいのものなんだ?」
 骸骨船員操る海賊船の甲板より海原を覗き込んだ海賊船長に対し、併走する巨大な触手の塊はぶくぶくと泡を立てて返事した。
 だろうな、とオクトは再び語りかける。
「お前はもう長くない。俺だってどれほど時間が残されているものか。
 だが……俺たちは“あの”ローレットを味方につけたんだ。くかかっ、『魔種が』『特異運命座標を』だぜ?
 つまり俺たちはアルバニアとは違う。俺たちは勝てるんだ……この海の向こう――俺たちが反転するよりずっと前から願って止まなかった、『絶望の青』の向こう側にようやく一緒に辿り着ける――」

 ――だがその時、急に、ゴボゴボと海面が泡立った。ここ数時間は廃滅病も小康状態にあった触手塊――スクイッド・クラケーンは苦しむように、海の上へと蛇と烏賊下足の形の触手を伸ばす。
「どうした兄弟!?」
 異変に気付いて海の中を覗き込もうとした魔種船長が見て取ったのは、水面上に出たスクイッドの触手に張り付いている、無数の透明の糸のようなものだった。
「こいつは……猛毒クラゲの触手が漂ってやがんのか! 嫉妬狂いの連中め、くかかっ、どうしても俺たちをこの先に行かせたくないらしい」
 すると応えるように前方の海が盛り上がり、ふくよかな女の上半身が水面から突き出した。
「そうだよ。アタシと可愛い子供たちの海を、アタシはこれ以上我が物顔で動き回らせたくなんてないんだよ……でもいいのさ。アルバニア様に“呼んで”いただいた今のアタシの刺胞は、鎧だって貫くことができる。そればかりか船だって──木も鉄も毒で腐らせてやれば、もうアタシたちを邪魔する者なんていない……」

 巨大猛毒クラゲの下半身と女の上半身を合わせたような魔種のうっとりとしたような眼差しは、海賊船の遥か後方、海洋・鉄帝・ローレットによる連合艦隊を見据えていた。
(馬鹿馬鹿しい。『絶望の青』を手に入れるのはもちろんのこと、馬鹿息子だっているだろうあの船団をこの先に連れていくのも、両方俺はやってのけてみせる……何せ、俺は強欲の魔種なんだからな!)
 オクトは迷わず信号団を上空に発し……それを以って特異運命座標へのクラゲ魔種の共同討伐依頼に代えたのだ。

GMコメント

 海洋王国が決戦に向けた大艦隊を結成したのと同様に、どうやらアルバニアも対抗手段を講じていたようです。
 ここでクラゲ魔種を討伐しておかなければ、触手の海に踏み入った連合艦隊の中に、大きな犠牲が出るに違いありません。必ずや彼女を排除して、海の安全を確保してください!

●敵
・クラゲ魔種
 反転したキロネックス(オーストラリアウンバチクラゲ)の海種の女性です。直径10mの傘と50mもの長さの無数の毒触手を持っており、ターン中一度でも彼女から半径50m以内の海中か海面上に入っていたキャラクターはターン終了時に【致死毒】を受けてしまいます(抵抗判定は可能ですが、複数の触手に絡みつかれうる激しい行動を行なっている場合、判定にペナルティがかかるかもしれません)。
 それとは別に、通常攻撃として傘本体から水流(物超貫【飛】)を噴射する、スキル攻撃として霊体のピラニアの群れ(神遠域【スプラッシュ5】【流血】)を召喚する、といった攻撃を行なってきます。巨大さゆえの怪物級の耐久力、意外な俊敏さと相まって、極めて強力な敵です。
 基本的に海面下30~40mの範囲を移動しています。これに対し、必要であれば連合艦隊からは『水中行動(弱)』を得られる潜水服を支給されますが、(弱)のない『水中行動』をお持ちであれば「副行動か主行動を消費して触手を見切ることにより、ターン終了時の【致死毒】付与を回避する」という行動も可能になります。

●味方
・海洋王国水兵×5、海洋王国衛生兵×5
 クラゲ魔種から遠距離の範囲に水兵が入り、そこからさらに遠距離にいる衛生兵がダメージとBSを回復するという連携で戦います。具体的な位置取り等はご指示くださって構いません。
 水兵は【怒り】【疫病】の攻撃手段も持っており、特異運命座標が危機に陥った際にはクラゲ魔種の意識を自身に向けます。皆様はこの自己犠牲的な攻撃を断ることも可能です。

・鉄帝国潜水艦×1
 この鉄帝国の秘密兵器は、12本の蒸気魚雷をクラゲ魔種に射ち込み続けます。全て射ち終わった頃には毒触手に艦体を腐食させられ、戦闘不能になることでしょう……運が良ければその前に緊急浮上に成功します。

・魔種スクイッド・クラケーン
 超遠距離より触腕にてクラゲ魔種を攻撃します。巨大なため、【致死毒】回避のための見切り行動は行なえませんが、皆様からの指示があれば攻撃を停止してクラゲ魔種の触手範囲から逃れます。
 皆様の到着までの間に【致死毒】を受けるなどかなり消耗しており、このままでは数ターンもすれば戦闘不能となるでしょう。

・魔種オクト・クラケーン
 毎ターン、艦載対潜砲弾にてクラゲ魔種を砲撃します。基本的には皆様を巻き込まないように攻撃してくれますが、スクイッドが戦闘不能になった後は皆様を巻き込むのを厭わず強力な範囲攻撃砲弾を使用します。
 毒により船体の耐久度が低下する11ターン目以降は砲撃を停止し、船体の修復にかかりきりになります。

●重要な備考
 本シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定があり得ます。あらかじめご了承の上、ご参加くださるようにお願いいたします。
 また<鎖海に刻むヒストリア>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意ください。

  • <鎖海に刻むヒストリア>閉ざされし水の母Lv:20以上完了
  • GM名るう
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年05月24日 22時20分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
七鳥・天十里(p3p001668)
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣

リプレイ

●追憶を超えて
 くだらねぇことは散々やった。『燃える石』での馬鹿騒ぎなら数えきれない。
 だが……こうやって“三賊”揃って強敵に立ち向かうってのははたして何時ぶりか――あるいは初めての機会だったかもしれないと『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)は懐かしむ。
「けどよォ、そいつが……よりにもよって、今この時なんてなァ」
 怒ったように骸骨船員らに命じ、砲撃を行なわせる元親友と、狂ったように暴れる巨大な触手の主、それから彼の触手にとり着いて傷口に自らの闘気を叩きこむ、3人めの三賊を姿をちらと盗み見た。
 けれども……手を拱いている時間などはない。キドーはどこに触手が浮いているかも判らない海域の中央を目指して、盗賊魂というものを見せつけに泳いでいった。
 そうだ……思うところなんてのは幾らでもある。そんなことを言ったら『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)だって同じなんだ。
 だとしても――こいつらをクソクラゲごときに殺されては堪らない。
「てめえみたいなポッと出の雑魚が。ブッ殺してやるぜ!」
 おめえは兄弟のところにでも行っちまいやがれ、とスクイッド・クラケーンを突き放し、グドルフもキドーを追ってゆく。

 そんな後姿を腕組みしたまま見送りながら、『蛸髭』オクト・クラケーンは少しばかり眼を細め、追加の砲弾を用意しろとの声を、骸骨船員たちに掛けていた。けれども声を張り上げながらも……ちゃぷん、という船の横の水音だけは、確かに耳聡く聞いている。
「モスカのか」
「つれないなあ、オクトおじさん、久しぶりなのに」
 顔色ひとつ変えないオクトへと、同じくいつもの調子で返した『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)。それから、ずいぶん顔、変わったね、などとのんびり語らうと……ふと一言。
「助けはいる?」
「端から助けるつもりで来たんだろうに」
「そうだね。だからスクイッドおじさんに、ちゃんと早めに退くように言っておいてね。だって、うっかり波間にぷかぷかされたらみんな、気になって戦いに集中できないもん……僕らのためを思ってお願いね。自己犠牲は、美しいけれど切りどころを間違えると安い演出になっちゃうから」

 敬礼するオクト。それを背に泳ぎはじめたカタラァナのすぐ傍を、『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)が水の渦に乗りながら後方に吹き飛ばされていった。
 いくら潜水服を着ていたからって、我が身を水流に晒し、カタラァナたちからその威力を逸らしたならば、もう一度この毒触手だらけの海を、次が来るまでに慌てて元の場所まで戻ってゆかなくちゃならない。
 ま、そのくらいはこの幸運を思えば安いもんさ。サンディがいない間に海に出やがったキャプテンがさ。廃滅病の全てを丸ごと語ったキャプテンがさ。今こうして海の上で肩……いや船を並べて戦うキャプテンがさ。こうしてもう一度やって来てくれたんだから。
 毒除けのエメラルドを握り締め、ようやく『ガンスリンガー』七鳥・天十里(p3p001668)の隣まで戻ってきたならば、天十里は海の乙女を思わせる黒髪を水に漂わせながら、水の中に2つの小渦を生み出していた。
 海域の守り手の毒触手は苛烈なれども、天十里もアメジストに守られていて。ならば、忘れぬことなき笑顔から放たれる弾丸は、どうして敵の傘を裂き、邪悪を傷つけぬことがあるだろう? どろつく水は肉体から、弾丸から動きの鋭さを奪う……正直、苦手で仕方ない。でも世の中、それでもやらなくちゃいけないことがあると天十里は知っている……何故なら彼の銃弾の効果をより確実にするためには、幾つもの献身があったのだから。

 その献身とは、漂う毒触手を避けきれず、遠目からでも判るほど苦痛に身を捩りながらも果敢に戦う海洋水兵ら。それらを無視し、今は味方とはいえ人類の絶対悪たる魔種スクイッドを治療してほしいと衛生兵らに依頼するのは、いかに『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)といえども厄介な仕事に思えた。
 もっとも彼らとて、今更彼女の依頼に異を唱えたりはしなかった……今は同胞を苦痛の中に放置してでも、蛸髭海賊団に恩を売らねばならぬ。この奇妙な呉越同舟を成り立たせ続け、2つの魔種勢力を敵に回す三つ巴になるのを避けねばならぬ。それは彼らとて重々承知する。
(そうです。この穢れた海に沈むのは、あのクラゲ魔種だけで十分でしょう)
 毒に命を蝕まれても魔術を浴びせ続ける水兵たちが限界を迎える時間を見極めながら、ヘイゼルはスクイッドを治療し続けていた。実際には、彼らばかりを気にしているわけじゃない。彼らの生命線である特異運命座標たちの状態のほうこそ管理を怠れないことも、彼女は重々承知しているのだ……何もかもを騙る嘘吐きであるが故に、真実を――『負傷した』という事実さえをも偽り得るヘイゼルにとってさえ、この海を澱ませんと欲する魔種の悪意は、容易く躱しきれるものではないのだから。

「クラゲだかなんだか知らねぇが、これしきじゃ“嫉妬”の前の前哨戦にしかならねぇぜ!」
 勢いよく後方に水流を噴出させて、『蛸髭 Jr.』プラック・クラケーン(p3p006804)が拳を敵の巨大な傘にぶちかましたのはつい先程のことだ。最初は目を丸くして、それから次第に騒々しい彼への憎しみに彩らせてゆくクラゲ魔種の表情から察するに、どれほど密に漂わせた触手も彼は、本能的な喧嘩のセンスにより避けてしまっていたのだろう。唇の片端をつり上げながら、足引っ張んじゃねぇぞ、糞親父、などと嘯くプラックは、全く余裕に満ち溢れて見える。
 そして……そんな彼を追うように『雷虎』ソア(p3p007025)。オクトのことも、アルバニアのことも、そんなフクザツなことはさっぱり解らないけど……目の前にびっくりするほど大きな魔種の敵がいる! それからこれもびっくりだけど、こっちにも魔種の味方がいる! びっくりが重なりすぎて尻尾がブワッてしてるけど、仲間たちと一緒に敵を倒せばオッケーだってことだけは解ってる! だから、毒だって水の中だって自由自在に動ける虎の姿の雷精霊は……力いっぱい振りかぶった拍子にぎゅっと両目を瞑りつつ、兎に角、超常の雷を敵へと打ちつける!
「そうそう、そんな感じでいけばいいんですっ!」
 まるで空気の重さなんてものを感じさせない台詞と共にソアにOKサインを出しながら、『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)まで触手の中へとダイブしていった。
「そうそう、そちらのイカさんは初めまして……ヨハナは過去に街角でオクトさんにパンツの色を訊ねられたヨハナですよっ! あの時は『履いてない』って答えましたけど今日は残念ながら水着ですっ!」
「クハッ、そうともよ!」
 そして負けじと『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)まで触手の海へと飛びこんだ。
「予てより美少女と海賊は蹂躙し罷り通るものであろう? 瑣末な思惑になど囚われぬが道理。それに海を荒らさないでと懇願するは愚かであると、共に教えてやろうではないか!」
 仄かに上向きに反った長い睫毛を強調する美少女ウインクが、百合子を毒殺せんとする魔種へと向けられる。何の気ない廊下の上ですら優雅な美少女の仕草が毒触手ごときに捉えられるわけもなく、逆に心の臓を鷲掴まれて動悸させられたのは魔種の側……あちらが死ぬか、こちらが死ぬか。しかも百合子の美少女力は、瞳のみならずその指先にまで宿ると知らねばならぬ!

「ああ、どうしてもアタシの海を荒らすつもりかい!!」
 クラゲ魔種は嘆くかのように、苛立つかのように悲鳴を上げた。そうしている間にも海面上からは対潜砲弾が降り注ぎ、海中からも上記魚雷が突き刺さる。
 炸裂音が轟いて、辺りのもの全てを揉みくちゃにするような波。それらに自身も半ば翻弄されかけながらも、喰らいついてやることだけがキドーの根性だ――あるいは、かつて三賊からオクトを奪った張本人のくせに、今ではしれっと味方面して触手を暴れさせているスクイッドに対する憤懣が形を変えた、クラゲ魔種への八つ当たりだったかもしれぬ。
「おう『お嬢さん』。気分はどうだい? キくだろう?」
 ゴブリンらしい下卑た嘲笑。クラゲの傘は大きく膨らんで、一度、大きく水を吐く……逃げようとするということは、つまりは、そうさせる程度に意味はあったということだ。
 けれども既にある種の狂気に陥っていた魔種は、地上種の邪悪な感情に当てられた程度では、容易く我を失ってなどはくれなかった。だったら……殴る、殴る、殴る、殴る! プラックの遮二無二な喧嘩殺法が、とにかく敵を攻め立ててゆく!
(叔父さ……スクイッドの糞野郎でさえおっ死なせないように面倒見てやってんだ! だってのに、何の罪もない海洋兵たちを見殺しにするワケにゃいかねぇよなぁ! だからその前に……倒しきる!)
 だがしかし……クラゲの傘は再び膨らんだ。今度の吐き出す水流は……自らの移動のためでなく、厄介者を引き離すため!
「上等だぁ!」
 吼えるプラックの全身を、強烈な水圧が限界かと思うほどに軋ませていった。だが……ちらと一瞬だけ後方を見遣った不良少年の表情は、魔種にも奪いきれぬ自負に満ちている。もう一度……やはり踏み止まる。俺がこうしている間は誰一人として傷つけさせることはない――それこそが彼の持つ力の証明なのだから!
(やりやがるぜ)
 グドルフの表情も感心したようなものになる。それから次には負けていられぬと、欠けた歯を剥き出しにして鋭い嗤いへと変わっていって……だが、ゆっくりとお楽しみタイムを味わうのには少しばかり早そうだ。
「別に、無理して俺にまで回さなくてもいいぜ」
「ハッ――冗談を。吾の白百合清楚殺戮拳は、敵に全力を尽くさぬなどという非礼は犯さぬ」
 背を押すグドルフへとその背そのもので返しつつ、百合子の拳が――否、たおやかに握られた指先の桜色の爪が、クラゲ魔種の傘を、触手を、次々に切り裂かんとす!
 しかし――。

●停滞の重圧
 柔らかくしなやかなクラゲの巨大な傘は、確かに凹み、傷ついていた。そればかりか百合子のウインクを直接受けた一部に至っては、まるで自らを恥じ入るかのように萎えている。
 ……だがそれは傘の全体から比べれば、いまだにほんの僅かなものに過ぎないようだった。こんな敵相手に本当に勝てるのか――水兵たちは自らも術を傘に当て続けていても、その身が毒の海に蝕まれていることもあり怖気づく。
 運命を信じ抜くということは、特異運命座標ならざる身からすればいかに困難であることだろう? しかも、その偉業を成し遂げざれば多数の同胞が命を奪われるという、恐るべきほどの重圧の下で! ――その時。

〽なみまを ぬった そのさきに
 もとめる ものが あるだろか

 ……そんな彼らを導いて、海域全てを包みこむかのように、ひとつの歌声が響き渡った。

〽いまさら あとには もどれぬと
 うたう おいらを なぐさむは
 よいの あけぼし ぽっけにひとつ♪

 どこか物悲しい調べを帯びた、カタラァナの声。それはともすれば恐慌にも陥らんとする彼らに、再び死地へと進む勇気を与え。他方、歌詞の合間に挟まれる特殊な音波はクラゲの半透明な傘に収束し、水同然の体を茹だらせる。
 魔種もお返しとばかりに憎しみの歌声を奏でれば、どこからともなく白い影が集まってきた。
 うすぼんやりとした幽玄の光が形作るのは無数の魚。魚は鋭い歯の並んだ口を広げて、歌姫の無防備な喉元に牙を立てんと欲す……けれども噛みついた先は一枚の盾だ。

 ただ『生き延びる』……かつてのサンディは、そのためだけに生きてきた。
 騙し、騙り、掠め取り。そういった技を磨いたが、それらの熟練とは手痛い失敗との表裏一体だ。
 殴られ、蹴られ、時にはもっと恐ろしい目にさえも遭う――そんなゴミみたいな人間が、こうして今も生きているんだ。
 つまりは、ある種の奇跡の産物。
「そんな俺を食いきれると思ってんのか? 試してみるなら構わないぜ……吠え面かかないようにしてくれよレディ?」

 クラゲ魔種が彼を厄介がっていたらしいことは、魔種がカタラァナや天十里の脅威を甘んじて受けてでも、彼を後回しにしたことからも見て取れた。だとすれば、ヘイゼルにとっても然程難しいことじゃない……今ではスクイッドも随分と持ち直し、水兵たちに関してはそもそも眼中に入れられてない。ここからは衛生兵たちに本来の予定通りに水兵を面倒見てもらいつつ、自分は一気に毒触手の只中まで肉薄すればいい。
(どうせ、最後まで付き合うしかないのですから)
 オクトも無茶をしでかすが、息子も無茶という点では父親譲りに見えた。ただし、がむしゃらなのは同じであっても、厄介事ばかり持ちこんでくる父と比べればよほど応援してやりたくも思える。
 そっと、背を押してやる。練り上げられた調和の力は、捨て身にも近い攻勢――本人はこれでも攻防一体のつもりなのだろうが――を多少整える。
 直後……矛先を戻した魔種の水流が、再びプラックを押し流していった。それでも彼の闘志が衰えぬどころか、逆にますます燃え盛っていった裏には、きっとヘイゼルの与えた調和が寄与していたことだろう。

 だとしても、前のめりすぎるプラックがある瞬間、ふと糸が切れたように限界を迎えるのではないかという危険ばかりは、彼女とてどうにもできやしなかった。救うには、先手を取って敵を倒しきる……それ以外の道はない。
 それを天十里もよく解っているから、その弾丸は違わず敵の心臓を鋭く貫いた。魔種にとっては上半身など飾りに過ぎぬのか、それでも彼女は目を虚ろを浮かべながらも、傘ばかりは変わらず動き続けるけれど。
「サンディくん、行ってくるなら行ってきていいよ!」
 今度は敵の左目から後頭部までを打ち抜きながら、天十里は声を張り上げた。攻撃役か防御役かで言えば確かに彼は攻撃役だが、だからって女の子ひとり護れぬわけじゃない。流れるような動作で次の弾丸を込めながら、カタラァナちゃんのことならいざって時は任せてと片目を瞑る。
 そんなサンディ宛のアイコンタクトに勝手に応えたヨハナが、ひとしきり頷くとビシッと魔種に指先を突きつけてみせた。
「やれやれ、どうやらヨハナも一肌脱がなくてはならないようですねっ! ちなみに『一肌脱ぐ』っていうのは元々腕を袖から抜いて肩を出す仕草を言うそうですよヨハナは水着なんて脱ぎませんけど。脱ぎませんけどっ!」
 全く関連性のない事柄を喚き散らしつつ、色気もなく身体をくねらせつつ、その無意味なハイテンションをよくわからないパワーに変えてどーんっ! すると何故かそのパワーはソアの放った電撃と謎の相互作用を引き起こし、海中に巨大な爆発を引き起こす!

 天十里の銃弾に脳を砕かれてさえいなければ、クラゲ魔種はまるで虚仮にするかのようなヨハナの戦いっぷりに、怒りを覚えずにはおれぬに違いなかったろう。けれども今の魔種はと言えば、人の姿の上半身はほとんど動きを止めて、巨大な透明の傘だけが半ば本能的に動くのみ。
「つまり、ありったけの攻撃を叩きこめばいいってことだよね!」
 両手を握って力を溜めるソアの全身が、見る見るうちに雷に満ちる。見事な爆発を目の当たりにしてきらきらと輝く瞳は今度は閉じずに、じっと巨大な傘の動きを目に焼きつけようとする。
 ……よしっ。狙いは定まった。両手を思いっきり前に突き出して、思い通りに雷を動かしてやる。『空を翔ける雷』そのものの概念から生まれた精霊種の放つ電光は……海水ごときに霧散させられることなく奔り、クラゲの傘全体を痙攣させる!
「おれさまも忘れるな……クソクラゲ! デカブツのくせにビビってんじゃねぇぞ、ボケがっ!」
 グドルフが力任せに斧をぶちこんでやれば、遂に傘の一点が大きく裂けて、内部に溜めた水は全てそこからグドルフへと浴びせられていった。離されざまに目を遣れば、透明な傘の上でひそかにぎらつく、青白く輝く玉が幾つも見て取れる。
「ありゃあ眼か。眼も触手もウジャウジャと気色悪ィな」
 道理で頭が潰れても機敏に動けるワケだ――試すように水流に乗って交替すれば、巨大な傘も予想通りに追ってきた。その気になりゃあグドルフなら数発くらいは余裕で耐えられる。つまり――。
「その間に殴り倒せれば勝ち、そうでなければ吾らの負けよ!!」

●喰らい喰らわれ
 吾を捉えきれると思うなよ――傘本体の移動に伴い不規則に乱舞する触手と華麗なダンスを踊りつつ、さらに傘の穴を引き裂く百合子の手刀。ようやくグドルフばかり追っている場合ではないと気付かされた魔種が彼女を吹き飛ばさんと水流を放つが、水は美少女の佇まいに恐れをなして、一度百合子に衝突した後に魔種自身へと返る。
 またもや対潜砲弾。それから蒸気魚雷までもが傘を穿つ。それらの来たる方向を少しだけ振り返り……ソアは獲物を前にしたシャチのように深みに潜む潜水艦の鋼板の間から幾筋か、大粒の気泡の列が浮かび上がっていた様子を見て取った。
(なんとか助けてあげなくちゃ! 間に合え……!)
 雷を纏った爪を傘へと突き刺す直前で全身を捻り、傘の裾――無数の触手の根元へと矛先を変えた。さらに、一層の大電力が指先に集まれば、その熱量を受けて変性した傘は大きく飛び跳ねて、何本もの触手とともに千切れ飛ぶ!
 もっとも触手は本体から千切れても、いまだに別個の生命体であるかのごとく、毒性を発揮し続けていたようだった。
「潜水艦のとこまで行って外さなくちゃ! でも助けにいったらボクごと潜水艦がピラニアに食べられちゃいそうだし……」
 ソアの表情が半べそになる。何故だか、ヨハナは逆に自信満々になる。
「ですが……ヨハナがいる以上はご安心下さいっ!」
 彼女を知る者なら誰もが不安になる台詞を言い放ったかと思うと千切れて漂う傘の破片を唐突に掴み、その場でぐるぐると回転しはじめたヨハナ。
「こんな触手はいつもより多く回ってやるだけで簡単に纏めて巻き取ることができるのですっ! これしきの毒で抵抗オバケのヨハナを毒殺しようだなんて1兆年くらいは早……あっいけませんいけませんっ、海水にピラニアの霊がいるなんておかしくありませんかっ!? そっちはいかなヨハナといえども止められませんよっ!?」

 触手を巻き取りながら潜水艦を救出するついでに回転する腕を傘にぶち当て続けたヨハナから逃げるように距離を取り、再び奇妙な術を仕掛けたクラゲ魔種に対して、僅かな時間とはいえ毒触手から助けられた鉄帝潜水艦は感謝を込めるように幾度めかになる魚雷を発射した。勇気付けられた彼らの闘志が実を結んだか、再び傘の一部が千切れ飛ぶ……一方、こちらの被害は――天十里がサンディとの約束どおりに魚群とカタラァナの間に身を投げ出して、あわや『夕暮れ』を取り落としている。
 ――いいや、取り落としてなどなるものか。半ば意識を失って、ほとんど手放した状態から銃を探り当てると、大切に、大切に再び握った天十里。まるでどこか遠いところから覗きこんでくるようなカタラァナの歌声が、あの狂っていた世界の光景を心に呼び覚まさせる……どれほど黄昏色の世界だったのだとしても、それを忘れるわけにはゆかぬのだ。おそらくはスクイッドだって同じようなことを思って、義兄弟のために命を賭そうとしたに違いない――かつて一度は彼を海の底に沈めた天十里が言うのは、可笑しな話ではあるのかもしれないけれど。

 そんなことを思った直後、巨大な海蛇たちと触腕が、不意に沈黙してその場を離脱しはじめた。
「ようやく足手纏いがいなくなってくれて清々したぜ」
 動くのもやっとらしいスクイッドの影に向かって、キドーがそんな憎まれ口を叩いてみせた。正直――ここで奴に死ぬまで戦って貰ったほうが、今後オクトと決着をつける際、楽になるんじゃないかとさえ思う。
 それでも奴はオクトの兄弟で、プラックの叔父なんだ……こんな場所で死なれちゃ寝覚めが悪い。くそったれ、俺たちをいつまで縛りつけるつもりだ。全く、兄弟揃ってムカつく奴らだ……こんな思いは余計な奴がしゃしゃり出て来なけりゃ感じずに済んだってのに!
 そんな鬱憤を思いっきり吐き出せば、それは呪いとなってクラゲ魔種を蝕んだ。呪いはそのまま魔種の狂気を、さらに深いところにまでいざなってゆく。悶絶する魔種の傘に新たな穴が空く……。
「すぐに楽になれるとなんて思うなよ!」

 魔種は、その運命を受け容れたかのようだった。苦しむように何度も引き攣りながらも、いまだに破壊しきれぬその巨体。長きに渡って苦しむ彼女だが――それはいかに無尽蔵なヘイゼルの魔力があってしても埋めきれぬ彼我の一撃の重さの違いを、次第に浮き彫りにしてゆく出来事でもある。
(だとしても……しぶとく諦めが悪いのは、我々とて同じことなのですよ)
 こうなれば特異運命座標ならではの持つ可能性――パンドラを、多くの者が切ることになる。だが、たとえそれでも届かぬようであっても……まだ、最後の切り札があるとヘイゼルは知っている。それを使う羽目になるのは、本当に最後の最後にしたくはあるのだが。
 潜水艦はどうにか急浮上に成功し、近場に浮かべたプラックの船、『悪魔の呼び声号』にまで辿り着いた。海中を自在に動き回っていた魔種の触手が、呼び声号まで届いていなかったとは限らない……だが、いつの間にか修理にてんてこ舞いになっている彼の父の船ほどの損傷はない――それだけは唯一保証ができる。

 遂にサンディが限界を迎えた。一度大きく距離を取った魔種が追ってくるプラックへとけしかけた魚群から、プラックを護っての出来事だ。
「これだけの数の魚に食い千切られちゃ、気合いだけでどうにかなるもんでもないからな……後のことは任せたぜ。それとさ……これであの時の借りは返したぜ、キャプテン!」
 割れて水に覆われてゆく潜水服のヘルメットの中で、最後の空気を吐き出しながら呼びかけた。だとしてもその声を、本来聞かせるべき者が聞くことはない……次第に沈みゆく自らの身体を感じつつ、最後に得た感触は水兵のひとりが、辛うじて彼に伸ばした手のものだ。

 傘にさらなる穴が生まれた。肉が自ら噴出させる水の圧に耐えきれず裂けたのは、そこがカタラァナの音波に熱せられ、ソアの雷を通されて、白く変質させられていたせいに他ならない。魔種自身ですら予定外の内圧の解放に踊らされ、一緒に弾け飛んだソアが水中でくるくると回る。
 手足と尻尾を大きく広げ、遣り遂げたような表情で目を閉じた彼女の仇を取ったのは、世界の法則さえもをかしずかせるがごとき百合子のアンニュイな振り返りだった。首の仕草から一歩遅れて広がる髪が触れれば、傘の穴はさらに亀裂を広げる。再び、不随意の水が放たれる。
「クハッ! 好い……! 好い闘争であるな!」
 百合子の瞳は煌めいて、興奮と愉悦を隠さない!

●別れ
 そんな百合子が目を閉じて水面に浮かんだ時には、傘は半分ほどまでその大きさを減じさせられていた。
「最早、悔いなど残らぬわ……」
 最後の言葉を囁いた百合子。でもそんな結末は、カタラァナからしてみればつまらない……だって犠牲になるのがスクイッドや水兵たちから特異運命座標になったってだけじゃ、悲劇は何も変わっていないんだもの。
 ただ――もう。
 そろそろ自分にも魔種の悪意が向けられるだろうことは――そしてその時は自分もあっさりと魚霊たちに喰い散らかされるだろうことは――、カタラァナだってよく解ってはいた。
(ごめんね、オクトおじさん……あのね、ずっと聞きたかったこと、聞きそびれちゃうかもしれない)
 反転し、互いに利用し合いながらいつかは殺し合う身になって。それでもオクトは自分たちのこと、まだ友達だと思っていてくれるのだろうか?
 魔種船長は自らの海賊船の上で、海の中に向けて何事か怒鳴り散らしたのだけが聞こえる。次の瞬間……水面に大きなうねりが生まれ、山のような何かが近づいてくるのが判る。

「おいてめえ、巫山戯たことを考えるなよ!」
 グドルフまで巨体に向かって喚き散らした。けれども巨体は立ち止まろうとする素振りも見せず、何事もなかったかのようにグドルフの隣をゆき過ぎる。
「おれさまがてめえらを、この海の先を見ずに死なせると思うかよ? こいつはおめえの手なんて借りずとも、おれさまたちだけでどうにかできるんだ! お前たちの悲願まであと少しなんだ!」
 蛇と化した触腕の口を人の身長ほどもあろうかという大きさに開いたスクイッドは何も答えずに、そのままクラゲ魔種の傘へと噛みついた。そして再び始まった毒の激痛に他の触腕全てを暴れさせながら、進む方向を真下に向けて90度変える。目の前で諫めようとしたグドルフを、沈みこむ水の流れに巻きこみながら……。

「叔父さん! グドルフさん……!」
 プラックもそれを追おうとしたが、グドルフが手で制止してそれを許さなかった。『お前は』『あいつのとこにいろ』――そんなジェスチャーをプラックに向けるグドルフの姿は深淵の暗闇に沈み、にしし、にししというスクイッドの声も遅れて、遥か彼方へと消えてゆく。
「ちゃんと無事に戻ってくるってヨハナは信じてますからねっ! 勝手に約束しましたのでよろしくっ!」
 そんなヨハナの呼びかけに、深海は何も返してはくれなかった。そしてその残響もまたこの海域から去ってゆき……辺りには再び波音だけに包まれた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

サンディ・カルタ(p3p000438)[重傷]
金庫破り
グドルフ・ボイデル(p3p000694)[不明]
咲花・百合子(p3p001385)[重傷]
白百合清楚殺戮拳

あとがき

 皆様のご尽力のお蔭で、海洋と鉄帝の兵士らは無事に生還を果たしました。
 それは紛うことなき勝利ではありますが――しかし、一方でこの勝利は別の犠牲を孕んだものともなりました。
 この結果がいかな結末に向かうのか……それは現時点では確かなことは言えません。しかし、これからの皆様の選択が、きっと運命を定めることでしょう……。

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