シナリオ詳細
野蛮人のように
オープニング
●野蛮人の踊り
幻想の、とある貴族の領主が収める地方都市の話だ。
その華やかなりし館では、退屈を持て余す上流階級の者達により、連夜舞踏会や遊戯会が繰り広げられている。
だがそれは美しく輝きに満ちたものばかりではない。
邪悪でおぞましい悪魔達の饗宴であることも──。
「皆様! 今宵はよくお集まりくださいました!」
館に集まる着飾った男女を前に、きらびやかな衣装を纏った仮面の男が芝居がかった態度で客人達を出迎える。
来賓は恐らく貴族や裕福な商人であろう。主催者の仮面の男同様、客人達は趣向によりドミノマスクを身に着けていた。
まるで仮面舞踏会のような出で立ちだが、彼らは自らが踊るためにここに集ったのではない。踊るのは彼らとは対照的に腰元を布で覆っただけの、ほぼ裸に近い若い男女──奴隷だ。
10名程が逃げられないよう鎖で手足を繋がれているが、その瞳には輝きがない。恐らく薬か何かで抵抗する気力を奪われてしまっているのだろう。もしくは絶望が心を縛っているか。
「それでは品定めも終わったところで野蛮人の踊りをお楽しみください!」
見目麗しい奴隷達はたっぷりと『品定め』され、身も心も壊れると居並ぶ貴賓の前に連れてこられた。
そして肌に黒い油を塗られると、生きたまま火を掛けられる。
踊る! 踊る! 踊る!
炎に苦しみ藻掻く奴隷達の黒く塗られた肌が炭と化すまで。
後に残ったのは黒焦げの、かつて人であったもの。しかしその痛ましい死に涙する者はない。
あるのは美しい衣装を身に纏い仮面を着けた鬼畜共の哄笑ばかり。
●依頼
「領主の蛮行を『止めて欲しい』。その為にいっそ領主を『殺して欲しい』そうよ」
情報屋である『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は集めたイレギュラーズ達の前で目的を告げた。
幻想の地方領主が、購入した奴隷達をむごたらしく焼き殺し見世物としている。そこに集まる貴族や商人ら有力者もそれを止めるどころか退屈凌ぎの楽しみとしていると。
それを見かねた者からの討伐依頼かと思いきや、それは半分正しく、半分は違うと深緑とも深青ともつかぬ海色の髪を掻き上げながらプルーは言った。
「依頼者は幻想種の女性よ。全身を布で包んで肌を隠していたわ。何か深い子細があるのだろうと思って聞いてみたら、彼女は領主とかつて恋仲で、領主が残虐な行為に走るようになったのは自分のせいだと言うのよ」
女の名はミリヤンカ。一際貧しい農村に生まれ、口減らしの為に売られて貴族の愛玩用の奴隷となり、そして領主と出会った。
奴隷と領主、身分違いの二人が恋に落ちたのは運命の悪戯か。領主はミリヤンカを愛し、ミリヤンカも領主に尽くした。だがその愛が遊びではなく中央貴族の令嬢との婚約を破棄するほど真剣なものだと知られると、親族達は領主の前で事故に見せかけミリヤンカに灯油を浴びせて焼き殺した。
愛する女が目の前で焼け死ぬのを見た領主が心の均衡を崩すのも無理はない。狂った領主は奴隷を求めては焼き殺すのを繰り返した。
「暴力を受けた被害者がやがて加害者となって暴力をふるうことはままあることなの。領主も同じ。愛の末路として焼死が刻まれてしまったのね。でもミリヤンカは生きていた……」
ミリヤンカは奇しくも生き延びた。美しい肌は焼き爛れ、炎を吸って声が嗄れても。
自分は生きている。たからそんな酷いことをしないで……そう訴えて惨めな姿を曝しても、代わり果てた姿と声に領主はミリヤンカだと気づかない。否、在りし日の愛の姿に縋り、現実を見ようとしないだけなのかもしれない。
「報酬はこれ。代々の領主の家に伝わるピジョン・ブラッドの指輪……のなれの果て。愛の印に領主から貰ったものだと言うけれど、紋章を刻んだ黄金の台座は焼けて溶け、今はこの血と炎を示す赤玉だけ。でもこれだけでも十分な対価だわ」
プルーはイレギュラーズに宝石を見せると、改めてもう一度依頼の趣旨を繰り返す。
「領主の蛮行を止めて欲しい。……つまり止められればそれで依頼は完了。殺す殺さないはあなた方の判断に任せるわ。ただ狂った者を元に戻すのはそう簡単ではないわよ。それにね、これは女の勘だけど、愛した男を殺してだなんて、彼女の側にも想うところがあるのではないかしら」
どのように解決に導くのか、依頼に参加するメンバーで十分に話し合えと言う。領主を暗殺して終わりにするにしろ、全員が覚悟を決めておかないと後味の悪い思いをするだろうから。
なお他の奴隷の生死については成否に含まれない。最悪今回居合わせた奴隷については犠牲にする覚悟も必要。そして居合わせた貴族達についてもイレギュラーズが懲罰を行う理由はない。
「もし領主を暗殺してもあなたたちに害が及ぶことはないから安心していいわよ。ふふ、そこは詮索は無用にね? 面倒な政争に巻き込まれたくないでしょう? それよりもこのファイアーレッドに彩られた恋物語をどう決着付けるのか、楽しみにしているわ」
プルーはそう言って後は依頼に赴く者達に話し合いを委ねた。
- 野蛮人のように完了
- GM名八島礼
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年05月09日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●ミリヤンカという女
──壊れたものは壊れたものよ
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は知りたかった。
何故愛した男の死を望むのか。本当はどうしたいのか。どうすれば最良の結末となるのかを。
ミリヤンカは変わり果てた姿同様、愛は元通りにはならないと諦めていた。
だけど果たせぬ想いは後悔となって残るもの。
本当の愛は焼け落ちていないのにそれに気づかない男も馬鹿なら、諦めようとする女もまた哀れだ。
「私達と一緒に来て貰えないかしらぁ。向き合って欲しいのよねぇ、領主様に。現実から目を背けるよりも、生きているのならそうして欲しいなぁって。それにミリヤンカさんにも諦めて欲しくないのよねぇ」
「わたしたちは意志をもって依頼人となったミリヤンカさんに悔いが残らない結果を作りたいのです。可能なら殺さないで済む方向で動いていますけども」
長き時を生きる『キールで乾杯』ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク(p3p003593)が焼殺と聞いて考えたのは師匠の一人、篝火の魔女のこと。
ミディーセラを実験台にして弄んだ彼女と同様の加虐心と優位性が、領主の心にもあるのか否か。
だが正義とか救済とかは正直どうでも良くて、奴隷に対する扱いそのものはよくあることと弁えている。
それでも悲恋で終わらせまいと励むアーリアのため、持ち前のマイペースさで助けるのだった。
●領主である男
──私だけを見て
「……俺には測りきれない。自分以外の誰かを愛するのを見るくらいなら、いっそ殺してってか?」
『希祈の星図』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)はアーリアの黒猫が運んで来た手紙に眉根を寄せる。
元は『練達』の学徒で星堕としの魔法を求めて研鑽を積んだ彼でも、愛の神髄は魔術以上に不可解。
測りきれないと言えば領主も不可解だ。政務を疎かにすることもなければ財を浪費することもない。
『暗殺は多くの者が望まぬ結果となるだろうな。だからこそ俺達が臨む意義がある。そうだろう?』
『そうだな。ミリヤンカの進む道は平穏とは行かないだろうけど、出来るだけハッピーエンドになるよう頑張るしかない』
ウィリアムのハイテレパスを介し『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)も同意する。
彼らは共に使用人の立場を利用し屋敷の構造を隈無く調べた。
侍女のポテトは掃除するふりをして死角となる場所や裏口を。警備の魔術兵であるウィリアムはファミリアーで屋敷の鼠を使役して奴隷達の軟禁場所や警備のパターンを。
(私をアークライト家の嫁として暖かく迎え入れてくれたお義母様に感謝しなければ)
ポテトが難なく領主付き侍女となれたのは名門にふさわしくあれという義母の教えの賜物。
異世界からの旅人である彼女との結婚は反対されたとておかしくはなかったのに。
だからミリヤンカの身分違いの恋も実ればいいと願わずにはいられない。
『こっちは領主さんとミリヤンカちゃんのことを聞くことが出来たよ。女奴隷に溺れて領主の務めを疎かにしたとか、逆に忘れようとしてか執務に没頭するようになったとか♪』
元いた世界ではパティシエだった『甘いかおり』ミルキィ・クレム・シフォン(p3p006098)は給仕として雇われ、厨房を行き来して情報収集。
二人が探索しやすいよう、あるいは見つかったときに不審に思われないよう他の使用人達を言いくるめて誤魔化した。
『何かに夢中になると没頭して周りが見えなくなるタイプか……。依存心が強そうだな』
『ミリヤンカちゃんは領主様を堕落させた魔性の女ってことになってて、そのせいか異郷の奴隷にいい感情はないみたい。でもボクはやっぱり出来るだけたくさん奴隷さん達を助けたいな☆』
ウィリアムが鋭く領主の性質を見抜く傍ら、ミルキィは異世界から来たことがバレずに良かったとそっと胸を撫で下ろす。バレてもきっと彼女なら上手い言い訳を思いつくだろうけど。
◆奴隷
奴隷達は焼かれるその日まで地下牢に拘束されている。
ある者は薬で体の自由を奪われ、ある者は暴力で心を折られて。
奴隷の見張りを拝命した『繋手』シラス(p3p004421)は幻想の貧民街を思い出した。
そこで生まれ育った子供達は皆こんな風に光のない目をしている。自分もかつてそうだった。
シラスは仕事と割り切り善悪よりも依頼人の気持ちに添うことを第一に考えている。その為には汚れ仕事も辞さないつもりだが──
「やれるものならやってみなさいよ。ハッ……! 無抵抗な女一人に寄って集って肥溜めの中のカスのような奴ね」
目に虚無を宿す者達の中、『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)は威勢よく悪態を付いた。
乱暴な言葉を吐き散らせば散らすだけ清純な見た目との差が際立ち、艶を帯びた声は男達の凶暴な性を煽り立てる。己一人が標的となるために。
「奴隷のくせにその反抗的な目はなんだ! 生意気な口を聞けないように立場ってもんを思い知らせてやる!」
渇いた音が地下牢に響いた。シラスがリアの芝居に乗り平手を喰らわせる。
一方、『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)もまた徹底して弱者を演じ上げ、過剰に怯えてみせることで自分に注目を集めようとした。
(壊れたものが元通りとはいかないかもしれない。でも救えるものがあるのなら何だってやってみせる。私が護らなきゃ……)
焼かれるのは怖い。痛めつけられるのも。
だが英雄でありたいと願い、救うことを己の使命と架した女は勇気を振り絞る。蹴られれば新しい痣が増えたが魔力により癒すのは最低限。
「そいつ、ミリヤンカとかって女と同じハーモニアなんだよね? 領主様が気に入るかもしれないから手は付けないでおいた方がいいんじゃないか?」
アレクシアとリアに好色の手が及ぶとすかさずシラスが割って入る。ポーカーフェイスで他人のふりをしているが、仲間が目の前で男達の慰み者にされるのではと内心気が気ではなかった。
『心配しないで、きっと何とかしてみせるから』
そんなシラスの心を知らぬまま、アレクシアは奴隷達に元気付けるようテレパスで語りかけ続けた。
●貴婦人の頼み
「旦那様、『天義』からのお客様をお連れしました。是非ご挨拶したいとのことでございます」
ポテトに案内され、仮面を付けたワインレッドの髪の貴婦人が領主の前に進み出る。
お忍びでこの地を訪れた高位神官。それがアーリアの仮の身分。
(こういうときドミノマスクは便利ですわ)
マスクから覗く長い睫に縁取られた黄金の瞳、蠱惑的に撓む口唇は戒律国家の秘密の顔のようで、彼女をエスコートするミディーセラの目にもアーリアは妖艶だった。
「素敵な催しをなされると聞いて楽しみにしてまいりました。わたくし赤に格別な想いを抱いておりますの。鮮烈な赤のヴェールに包まれた奴隷達はさぞ美しいでしょうねぇ」
「我が主人はバルコニーから眺めるより庭園に下りて間近に鑑賞したい、群舞よりも踊り手一人ずつを堪能したいとご所望なのですわ。それに多少違う事があった方がいつもお越しの皆様も面白いのでは?」
ミディーセラの言葉はこれから起きる混乱を余興の一つと捉えさせるための巧妙な仕掛け。
領主の傍らで警護するウィリアムもそれとなく言い添える。
「皆様のご安全は私どもが請け負いますゆえ、たまには趣向を変えられては? 私も共に楽しみとう御座います。何でも美しい幻想種の女が入ったとか……」
「まあ幻想種! 神秘の体現である幻想種に炎は似合うでしょうねぇ」
ウィリアムは雇われた際にも火炙りに興味があると一芝居打っていた。
アーリアもすかさず喜ぶことで否とは言わせぬよう外堀を埋める。
三人の息の合った連携はミディーセラのハイテレパスのなせる技。そして領主に決心させたのは、ポテトが書斎で発見したと持って来たミリヤンカからの手紙。
封を切って中を確かめると、領主は食い入るようにその手紙を見つめて奮えていた。
(この人はやはりミリヤンカさんを忘れていない……。だったらまだ望みはある)
ポテトは領主の動揺ぶりに脈ありと見た。
そしてふと、もし自分が死んだら夫はどうするのだろうと考えた。
共に歩んで行こうと誓ったけれど、愛を失った時、どれ程嘆き、どれ程苦しむのだろうと。
強く愛されていることは知っている。だけどどれだけ深く愛されていたかは死んだ後でなければ分からない。
「お庭で催されるのであればすぐにも舞台を整えるよう伝えますね☆」
アルコールとつまみを運んできたミルキィは察しの良い給仕のふりをしてお膳立て。既に厨房には会場変更を伝え済み。さらには酒と甘い物で警備兵を釣っておいた。今頃眠っているか腹を下していることだろう。
「ああ、忙しい忙しい! 他の使用人さん達もなるべく裏口から遠ざけておかないとだね☆」
ミルキィはにこやかに言うと忙しなく動き始める。
争い事や怖いことは苦手だ。奴隷が火炙りになるのも、警備兵と戦うのも見たくはない。出来ることなら誰も痛い目に合うことなく終わって欲しかった。
だったらミルキィなりのやり方で戦うまでだ。
●番狂わせ
「こちらが今宵皆様を楽しませます野蛮人共で御座います」
享楽の供物となる奴隷達が庭園へと連れてこられた。
若い男女が6名ほど。いずれも足枷で繋がれ、肌を油で黒く塗られている。
「燃やすなら燃やしてみなさいよ! そんなに見たいならあたしが見せてやろうじゃないの!」
リアが唾を吐く。大人しくさせるための薬はシラスによってすり替えられ、反抗的な眼差しはリアを蛮族の姫のように見せていた。
予定ではアレクシアがミリヤンカとして真っ先に燃やされることになっていたが、リアは自分を先にと望んだ。
何故ならリアのギフト『クオリア』はシラスの心を聴いたから。
アレクシアの覚悟を尊重したいと彼は言ったがその音色は言葉とは裏腹。
彼女が焼かれるのを見たくない、後悔する結果になりはしないか……そんな葛藤が不協和音となって愛の旋律を乱していた。
それに治癒能力持ちが揃っているとはいえ、人知れぬ行使には限界がある。
火に耐性を持つ自分ならシラスが他の奴隷達を逃がす為、足枷に細工する時間も稼げるだろう。
リアはまた誰かが傷付くことを望まない。
奴隷達も、仲間も。それから心も、身体も。例え業火にその身を供物として捧げても。
リアに火が付けられると、客人達がどよめく。だが領主は燃え上がるリアに心を動かさない。
「お次は可憐な幻想種の娘で御座います。どうかお客様方のお気に召しますよう」
「や、やめてください……助けて……領主様……!」
命乞いするアレクシアの前に進み出たのはシラスだ。
その顔は何一つ感情を見せねども、黒い瞳はしっかりとアレクシアを捉える。
(大丈夫。必ず上手く行く。アレクシアを死なせたりしない)
心に呟く言葉は自分自身に言い聞かせるためのものだったかもしれない。
ミルキィに協力して貰い、当日の進行役だった警備兵を潰して自ら彼女に火を付ける役目を請け負った。
大切な人を自ら焼けば己もまた罪悪感に苛まれるだろう。彼女だけを苦しませはしないと。
『悲しいだけの結末にはさせない……! 貴方の愛は間違ってなんていないんたから! お願い、取り戻して、あの日を、私のことを!』
燃え上がるアレクシアがテレパスで領主に訴えられたのは一瞬。
絶対に正気を取り戻させると強い意志と花に準えた癒しの力の数々をもってしても身を焼かれる苦しみは想像以上。助けを求めのたうち回る姿は邪神を崇め火の周りを踊り狂う野蛮人のよう。
(このままではアレクシアさんが焼かれてしまう……!)
ポテトが密かにアレクシアか死なぬよう、ミリアドハーモニクスで炎の力を生命力に転換し、アレクシアの回復を試みる。
だが油を塗られた肌は勢いを強め、癒し手であるポテトの力を借りても燃え尽くされる命を留めるのがぎりぎり。瀕死のふりしたリアも治癒の旋律・慈愛のカルマートを奏でようとしたその時──
「ミリヤンカ──!!」
名を呼びながら炎の中に飛び込んだのは、これまで黙って見ていた領主だった。
「くそっ……なんてことだ。みんな無茶ばっかりしやがって……!」
ウィリアムが舌打ちする。
幻想種であるアレクシアが炎に巻かれることでミリヤンカのことを思い出させる。
そこで愛の印にと贈られた宝石をアーリアが見せ、密かに庭へ招き入れたミリヤンカと引き合わせる……そのはずだった。
だが運命は全てを彼らの筋書き通りに事を運ばせはしない。
ミリヤンカを救おうとしているのか。それとも共に逝こうとしているのか。
領主はアレクシアごと、倒れて庭を転げ回る。近くにいた他の奴隷達にも飛び火し、庭は燃え広がる奴隷達と、逃げ惑う貴賓達による狂乱の舞台と化す。
「水の精霊達よ、お願い! どうかあの人達の火を消して!」
ポテトが庭園に作られた噴水や池に潜む精霊達と意志を交わし、その水の調べで奴隷達の火を消すよう頼む。
大地を潤す水の精霊は樹精であるポテトの頼みを喜んで聞き入れ、奴隷達に雨が降り注ぐ。
「アレクシアを離せ!」
領主に抱き込まれて逃げることも出来ないアレクシアにシラスが駆け寄る。そして火傷さえも構わずに二人を引き剥がす。
リアに手を貸す火の精霊達がアレクシアの炎を絡め取り、ウィリアムも領主を助けようと動いたそのとき──。
『いいの、これで。殺してと言ったでしょう?』
ハイテレパスを通して聞こえたのは庭に姿を現した依頼人ミリヤンカの声。
タイツとヴェールで焼け爛れた肌を隠した彼女は、かつて愛した男が炎で滅ぶことを望んだ。
「ミリヤンカさん、貴女は……」
ミリヤンカの横顔を見つめるアーリアがやりきれぬ感情にミディーセラの手を握る。
ミディーセラは安堵させるよう握り返してやりながらポテトにハイテレパスを送った。
『ここはわたし達に任せて大丈夫ですわ』
『わかった。奴隷たちを回復させたら先にミルキィのところへ連れて行くからな』
予め用意しておいたリアとアレクシアの着替えはミルキィに預けてある。混乱に乗じて逃げるなら今のうち。
ポテトはウィリアムが他の貴賓達や使用人を押しとどめるうちに奴隷達を天使の歌で回復させ、調べておいた脱出路へと急がせた。
「こっちだよ。他の使用人さん達にはちょっとハバネロを味わって貰ったからね☆ 逃げるなら今のうち♪」
庭での催しには一切参加せず、一人屋敷の中に残ったミルキィはハバネロミストで逃走時に邪魔となりそうな使用人達の目潰し。加減しているとはいえハバネロの赤い粉末は目に入ると痛かろう。
屋敷の外は紅蓮の炎。屋敷の内は真っ赤なハバネロ。
館は赤く染まり、後には黒い炭の塊と化した領主の死体が燃え尽きた愛の残骸として残された。
●深淵
「壊れたものは壊れたもの、か」
ギルドに戻ったウィリアムがミリヤンカの言葉を思い出して呟く。
欠片を集めて糊で繋ぎ合わせてもそれは元の姿ではない。領主の心はあの日のあの時で止まっていて、美しかった頃のミリヤンカではなく、焼かれた姿こそが彼の愛したミリヤンカだった。
そしてミリヤンカの心もまた壊れていた。愛の修復を望むよりも、愛の終焉を望むほどに。
「愛って何かしらねぇ……」
「愛は深淵だとお師匠様が言っていました。心の深い奥底に何があるのか、自分でさえも解らないものですと」
アーリアの呟きにミディーセラが答える。
アーリアの手にはイレギュラーズに与えられた赤い宝石が残されていた。
依頼の報酬として。それからミリヤンカの形見として。
「俺には少し分かったことがある。想う相手を守れなかった後悔は男の方がずっと強いんだ」
「ゴメンね、シラス君……」
シラスがポツリと漏らすと、アレクシアもまた呟くように詫びる。
ヒーローに憧れ、我が身の危険も厭わす救うことばかりに夢中だったアレクシアは、この時初めてシラスがどんな気持ちで自分を励ましていたのか、それから自分が傷付くことで傷付く誰かもいることを知った。
「何だかみんな暗い顔だね? 元気出そうよ! 奴隷さん達はみんな新しい主の元へと旅立っていったよ♪ 今度はそこまで酷いところではないはず☆」
奴隷達を転売するのに、ここでもミルキィ流言いくるめ術が役に立った。
餞別にポテトと一緒に作った焼き菓子を渡すと、こんな美味しいものを食べたことがないと貧しさしか知らぬ者達は言い、絶望しかなかった目には輝きが戻っていた。
「みんなのおかげだって言ってたよ☆ リアちゃんがいっぱい殴られて庇ってくれてたのも、ちゃんと気づいていたみたい! ポテトちゃんも傷を治してくれたんだよって言っておいたからね♪」
「そうか、よかった。壊れたものは壊れたものだけど、壊れずに済んだものもあったのだな」
奴隷達が軽症で済んだこと、邪魔が入らずに逃亡劇が成功せしめたことはイレギュラーズ達の心を少しだけ軽くした。
そしてポテトは愛を壊さぬようにと夫を想い、リアは伯爵と呼ぶ彼の人を思い浮かべる。
領主殺しは人には言えぬ汚れ仕事。だがいつか彼に話せる日がくればいい。
愛に狂った領主と、自らの手で愛を断った女。その野蛮なまでに狂おしい愛の旋律を。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
このたびはご参加いただきありがとうございます。
「八島さん抱いて」「腐敗貴族」というリクエスト文を見てBLをご所望なのかと思ったのですが、どうやら腐ってるのは私の目でした。
●構成について
準備の場面と本番の場面とに分けて書きましたが、準備パートに関しては非の打ち所のないものでした。本番パートに関してはNPCへのアプローチに一歩及ばないところがあり、そのため皆様の想い描いた通りの流れとはなりませんでした。
●描写について
プレイングを元にしていますが、忠実に書くと誰が何のスキルを使って何をしたの羅列になりそうなので端折れる部分は端折って心情を織り込んでいます。また、他の方と競合する場合や、出番を偏らせないための工夫として調節させていただきました。
●テーマについて
冒頭でも触れましたが、「壊れたものは壊れたもの」です。
壊れたものを在りし日の姿に戻そうとするのか、壊れたものとして扱い新しい愛を見出すのか。
戦闘が発生するとは限らない、発生しても強敵ではなく、そう言う意味で難易度は低い。でも物語を大団円で終わらせようとするとシチュエーション難易度が跳ね上がり、難易度の高いシナリオだったと思います。
皆様の望む結末にはなりませんでしたが、ミリヤンカにしろ領主にしろ、壊れた彼らにとっては良い結末だったであろうこと。そして殺されるはずだった奴隷達にとっては最良の結末であったと述べておきます。
PC達それぞれの胸に、そして皆様のご記憶に残るシナリオになっていれば幸いです。
GMコメント
このシナリオはアーリア・スピリッツ(p3p004400)様をはじめとする皆様よりリクエストをいただいたものです。ご指名誠にありがとうございます。
戦闘必須じゃない腐敗貴族ネタということでこんなシナリオにしてみました。
どう言う決着になるのかは皆様の行動次第。ガチな相談も必ずしも必要ではなく、各自思い思いにプレイングを出してもこちらで合成しますので大丈夫です。
いい結果も悪い結果も一つの物語としてお楽しみいただけましたら幸いです。
以下、おさらいがてら補足します。
●依頼の目的
『領主の蛮行を止める』
・領主の生死はお任せ。
・奴隷や貴族連中の保護・懲罰は依頼の対象外。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●構成と判定
・準備パートと当日パートに分かれ、当日パートは【当日について】に書かれているような状況。
・皆様の行動次第では戦闘が発生しない場合もある。
・当日、あるいは事前の館への潜入は必ず成功するものとしますが、潜入した後の行動については判定の対象。
・心情や信条も盛り込んでプレイングを書いてください。
●当日について
・夜会の催しとして領主の屋敷の中庭で奴隷達が焼かれ、貴族達は屋敷の二階のバルコニーからそれを観覧。
・警備兵は人間種・獣種・飛行種中心。武器は刀剣類や銃器類。
・奴隷達は黒い油を塗られ、鎖で繋がれて中庭につれてこられる。
・侍従達は給仕勤め、ホールや厨房を行ったり来たりする。
・客人はドレスアップの上、ドミノマスク着用。
・領主は三十代半ばの美丈夫。
●潜入について
1・奴隷として事前に潜り込む。
(他の奴隷を庇う場合に有利だが、奴隷として虐待されるなど当日以外でも危険度が高い)
2・侍従・警備兵として事前に潜り込む。
(屋敷内を偵察にする場合に有利だが、職務に背いて不審な行動を取ると窮地に陥る場合もある)
3・客人・または刺客として当日に潜り込む。
(宝石を借りる、ミリヤンカと話すなど、館の外で何かの準備を行える。当日は隠密行動必須)
領主と奴隷の悲恋をベースにした依頼ですが、皆様のPCの心情・信条にも触れられたらいいなと思っています。皆様のプレイングを楽しみにお待ちしておりますね。
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