シナリオ詳細
手向けの花は零れゆく
完了
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オープニング
●悪夢再び
夜中に目を覚ますほど、恐ろしい夢を見た。
肌着をじっとりと濡らすほどの冷や汗に『境界案内人』ロベリア・カーネイジはベッドから身を起こす。
(夢に出て来たあの横顔、どこかで見た事があるような……)
気付いてしまうと、確かめずにはいられない。ネグリジェ姿のままランプの灯りを頼りに、彼女は境界図書館を訪れた。
すると、完結したと本を収蔵する本棚の列にひとつだけ不穏な気配を纏うものがあった。
それを手に取り、中身を見たロベリアは驚嘆に目を見開く。
「あらあら。これはまた……悪趣味な宴が始まったものですね」
かつて特異運命座標との死闘を経て死んだ筈の呪殺屋ブルーノ。
彼の"蘇り"など誰が予想出来ただろう。しかもそれは当人が望んでの蘇生ではない。
他の第三者が彼の呪いに目をつけ、呪術を奮うために無理矢理蘇らせたのだ。
今のブルーノは、世界中に呪いを振りまく装置に組み込まれてしまった使い捨ての歯車(パーツ)にすぎない。
「私も……他人をとやかく言える立場ではありませんけど、彼と出会った特異運命座標がこの事を知ったら、止めに向かうでしょうね」
止めるためには敵地に特異運命座標を送らなければいけない。
再びあの苦痛に満ちた呪いを受けながらの戦いを強いる事になるのだ。
――できる限りの準備をしておかなければ。
ロベリアはすぐさま用意をしに、自室へと身を翻した。
●箱庭の中の実験場
――嗚呼、僕は。
"これで終いだ、同類……せめて安らかに死ね"
――いつもヘザーを泣かせてばかりだ。
貫かれ、花弁となって砕けた身体は跡形もなく風に浚われた。
二度とこの地を踏む事はない。あってはならないと思っていた筈なのに。
「おや、意識を取り戻したね。おはよう」
かけられた声にブルーノが目を開ける。視界に映る己の身体は生前のものではなく、人ならざるもの――死霊人形と化し、黒鉄の鎖に身動きを封じられていた。
「地獄にしては悪趣味が過ぎるな」
「ブルーノ、この世には天国も地獄もないよ。あるのは生々しい現実だけだ。
君の呪いはとても素晴らしかったからね……後学のために魂を繋ぎとめておいたんだ。この死霊術師シレネが作り出した"死霊人形"の身体にね」
無邪気に語るシレネを見据えながら、ブルーノは悟る。
これは罰なのだ。道を誤り、罪なき命を手折り続けてしまった己への。
「なぁに、ずっと装置に縛り付けられる訳じゃない。君の魂に残された魔力が尽きるまでボタニカルガーディアンが刈り取られてしまえば、
君の魂は燃え尽きる。それまでの辛抱だ。もっとも……この世界に、君の花兵を殺せる程の実力者はいないと思うけどね」
ブルーノが殺された時、密かにシレネはその末路を観察していた。
強大な力を誇る異世界の英雄、特異運命座標。彼らの力を再度この目で確かめられるだろうか。
「嗚呼――抱きしめたいな、特異運命座標。早くおいで、私の庭へ!」
- 手向けの花は零れゆく完了
- NM名芳董
- 種別ラリー(LN)
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年05月06日 20時57分
- 章数2章
- 総採用数24人
- 参加費50RC
第1章
第1章 第1節
煩雑に作られた植物の迷宮の中を秋宮・史之と冬宮・寒櫻院・睦月のペアが駆けている。
行き止まりと気を緩めた瞬間、それは垣根を突き破って現れた。
名もなき花を纏うように咲かせた植塊ーーボタニカルガーディアン。
その蔓が、睦月へ鋭く伸ばされる。
「——ッ!」
咄嗟に顔を庇おうと腕を上げれば、破けた服の袖と共にぱっと寒桜の花びらが散った。
「この花兵、主の意思を失って暴走してる! 距離を置いてから倒さないとーー」
睦月の言葉が終わる前に史之が踏み込んだ。茨の矢が雨のように降る中を、自分の身も庇わずにーーまるで敵の射線上から、睦月を守るかのような位置取りで。
「なんでそんなにまでして僕をかばうの、しーちゃん!」
辺り一面が真っ白になったかと錯覚する程、史之が散らせた花が視界を覆う。
次の瞬間、結界の赤が広がり花兵をねじ伏せた。
後に残るのは地に敷き詰められたかのように落ちたウツギの花と、傷だらけで立ち尽くす史之。
「カンちゃんは俺が必ず守るよ」
「そんなことしなくていい!」
「死兆による時間切れも近い。俺に怖いものなんてないさ。
……カンちゃんが危険へ巻き込まれる以外はね」
熱による気だるさを覚えながら彼が見下ろした己の花は、皮肉にも"秘密"の花言葉を秘めたもので。
(夏の花か……やっぱり俺は『秋宮』じゃないんだな……)
身体中の鋭い痛みよりも抉られる心。切な気に目を細める史之の、その横顔にーーぺたっ、と大きな治癒符が貼られる。
「カンちゃん、これ……」
「しーちゃんの回復とは比べ物にならないけれど」
かつて睦月は無尽蔵の神子だった。それが今や混沌へと呼ばれた事で力が薄れ、史之に守られるばかりで歯がゆい思いをした時もある。
もっとあの頃の力があれば。元通りと言わずとも、史之と肩を並べて戦える力があればーー。
その意思は、睦月のたゆまぬ努力により現実の物になりつつあった。
「少しずつだけれど、力を取り戻しているんだ。何もできないわけじゃないから!」
それに、と睦月は付け加えてから視線を明後日へと逸らす。
「思っちゃだめなんだろうけど……しーちゃんと戦えて嬉しいよ」
「……なんだそれ」
「き、聞かなかった事にして! 行こう。こんな不吉なところ、さっさとおさらばです」
声を聞きつけ新たに現れた花兵へと、睦月が式符で毒蛇を差し向ける。伝える事は伝えた。
ーー傷を負ってもいい、前のめりだ。これが今の僕が使える最大の技だから。
迷路の先へ進もうとする睦月の後ろを歩きながら、史之は微かに頬を緩めた。
睦月の我儘は今にはじまった事ではない。こうなったらもう、止めようとした所で無駄なのだ。
だからって、カンちゃんにケガなんてさせたくない
それはカンちゃんが従うべき本家の出だからじゃなくてきっと……。
成否
成功
第1章 第2節
青いデルフィニウムの花びらが、ぱっと風に浚われていった。
『奴ら無限に沸いてくるぞ!』
「量産された悲劇ほどつまらん物はない。没だ……プロットから組みなおせ!」
稔の手に輝く闇の月が、厄災を込めて花兵達を穿っていく。
戦いの最中に顔を庇い続けているせいで腕は既に傷だらけだ。それも仕方ない。この顔に傷一つ付けば、世界的な損失なのだから!
「不幸をばら撒き死に果てた人間のことなど至極どうでもいい」
……そんな風に思えたらどんなに幸せだったか。ブルーノの話を聞いた時、不覚にも、可哀想だと、助けてやりたいと思ってしまった。
死は穏やかであるべきだ。眠るように、枯葉が落ちるように。例えそれが悪人だとしても。
天国も地獄もないのなら、天に使える者もないのだろう。ならば、やるべき事はひとつだ。
「虚、お前は出るな。俺が戦う」
『えっ、どうしたの?今日の稔君、気持ち悪いくらい優しいんですけど……』
虚の驚きの声を無視して稔は耳を澄ます。超聴力をもってすれば、敵の蔓が緩やかに動き掠れた音まで聞き取れる。庭園の垣根を飛び越え、間近に迫る花兵へ魔術を纏った正義の拳を叩きつけ。
次の敵は何処だと苛立たし気に歯噛みする。
「神の威光が届かぬ場に、光を届けるのが俺の役目。刮目して見よ、これは聖戦だ!」
デルフィニウムの花言葉は"我儘な美人"。同時に"壮大"であり"高貴"でもある。
天より降りた孤高の花は、戦場を舞うーー。
成否
成功
第1章 第3節
久しぶりの父親との再会が感動的であるべきだなんて、今更そんな期待していない。どうせいつも通り、あの陽気な笑顔と共に「来てくれてありがとな」なんて軽い労いで済ませ、母さんと私を危険な事件に巻き込むのだろう。
ーーそう思っていた。境界図書館に着くまでは。
「くそッ!」
叩きつけた拳がテーブルを凹ませた。ギリ、と骨が削れるほどに歯噛みするボーンの姿は鬼神迫る勢いで。
「それは本当かい、ロべリアちゃん」
「事実よ」
「……あの馬鹿野郎…死んだ後も俺と同じ様な末路なんて…全くどこまで同類ムーブかます気なんだよ。『アネモネ』の嫌な花言葉の通りになりやがって…」
死の間際、ブルーノの表情は穏やかに見えた。これできっと救われる。苦しみから解き放たれると安堵してーー本当に救われたかったのは、俺の方だ。
「これは俺の落ち度か……あの時ちゃんとアフターケアをしなかった俺の…」
「ダーリン、落ち込んでる?」
俯くボーンを覗き込むようにヒナゲシが顔を近づけ、そこでようやく彼は我に返ったようだった。
「……ハッ、すまねぇ、ヒナゲシ。それに…シオンも来てくれたのか」
名前を呼ばれたボーンの実娘シオンは一瞬驚いたような顔をした。取り繕うようにすぐ視線を逸らし、ツンとした様子で腕を組む。
「フン! 勘違いしないでよね!あんたの為じゃない。母さんがどうしてもと言うから手伝うだけよ!」
不愛想な娘の態度にも、ボーンは「恩に着る」と真っすぐ言葉を返した。予想外の返答に惑うシオン。どこか嚙み合わない2人の間を取り持つのはヒナゲシ。ボーンの妻にしてシオンの母である彼女は、今日も満開の笑顔である。
「へいへい! そんな顔似合わないぜ、ダーリン!よく知らないけど悩むくらいなら行動あるのみ!後悔なんて後からすればいいんだよ!」
塞ぎがちのボーンとシオンの肩を抱き寄せガッチリと組む。自然と縮まる家族の距離に、遠巻きに眺めていたロベリアは目を細めた。
(ボーンは強い。けれど脆い部分もあるわ。それを補えるのが彼女という訳ね)
所々歪みながらも幸せのカタチに収まりつつある家族。三人を見る聖女の瞳は何処か遠くの雲を見るようだ。
「何よりボク達が付いてるぜ! そう!愛娘のシオンも参戦してリッチモンド家完全復活!」
「嗚呼、そうだな。改めて頼もう。俺の我儘に付き合ってくれないか? ……同類を今度こそ助ける」
「任せて、ダーリン! ボク達の戦いはこれからだ!」
「やってやるわよ。同じ事を二度言わせないで」
「話は纏まりましたわね。では参りましょう」
本を持って三人の前へ歩み寄るロベリアに、ヒナゲシがニッ! と歯を見せて笑う。
「ロべリアちゃんも大船に乗った気で待ってて! 朗報をお届けするぜ!」
「うちの馬鹿親たちがご迷惑お掛けします……」
腕白なヒナゲシとバランスを取るように、シオンが礼儀正しく頭を下げる。
「私の方こそ、いつも目立つお仕事ばかりで御免なさいね。狙われているのでしょう?
境界案内人に出来る事は少ないけれど、毒を毒で制したい時は声をかけて頂戴」
見送りの後、家族が導かれたのは薄暗い庭園。警戒気味にシオンが視線を巡らせる。
「慎重に行かないと。敵も植物なんでしょう? 垣根に紛れて襲って来るかもーー」
「行くぜ! セキト!敵を轢き逃げだー!」
「!? ちょ、ちょっと母さん!」
あっという間にセキトと共に爆進し、2~3体の花兵を蹴散らしていくヒナゲシ。幸か不幸かもう擦り傷を負ったらしく、残された向日葵の花弁を辿れば追いつけそうだが……こうなったら止めようがないのを娘は知っている。
「我はデュラハン。死を宣告する者なり…さあ、死ぬが良い!」
「母さん、煉獄は庭木に燃え移って危険よ! 母さーん! ……ッ!」
すっかりヒナゲシに気を取られていたシオンへ敵の棘が迫る。鞭のように振り下ろされたそれを咄嗟に受け止めたのはボーンだった。
「うおおおおっ!!」
瓔珞百合を散らせながら棘の蔓を素手で掴み、花兵を引き寄せて殴りつける。昏倒した花兵へと伸びる死霊の手、手、手。
「邪魔だ! 俺はブルーノを助けるんだ!」
ヘザーはこの庭の何処かにいる。しかし正確な場所はロベリアも探知しきれないそうだ。
「シオン、探したい霊がいる。頼めるか?」
「……フン。貸しにしておくわよ」
また素直に言えなかった"ありがとう"。
代わりに任された事くらい、完璧にこなして見せなければ。
成否
成功
第1章 第4節
重くふらつく身体に鞭打つように、剣を確り握りしめる。
呪いは確実にリゲルを蝕みはじめていた。それでも振るう刃は敵を穿ち、迫る花兵達を凛とした双眸で見据える。
「人の心は時に弱く、脆くもなる。人間は罪に手を染めてしまう事もある。
ーーでも、だからと言って人の命を弄んで良いという道理はない!」
大罪人ブルーノ。その末路はあまりにも哀しく、見ていられない。
庭園に霜が降る。星凍つる剣の舞は寒気を伴い、目の前へ立ちはだかる花兵の格を鋭く貫いた。
「……ッ!」
倒した瞬間ぐらつく視界。眩暈に気をとられながらも急所を避けて攻撃を受けられたのは、透視による視野の確保と騎士の矜持。
(弱った時ほど焦りは禁物だ……負けてたまるか!)
鳥兜の花弁と炎星の熱が花兵達の気をひいてーー群がる者達を銀閃煌く、不殺の剣が真一文字に切り裂いて。
「ブルーノさんの魂を解放しなければ!」
迷宮の中は広大だ。こうして派手に立ち回っているにも関わらず、他の特異運命座標と出くわす事もない。闇雲に探すだけで解決に繋がらないならば。
……この声は届くだろうか?
「ブルーノさん……死して罪を償ったのならば
それ以上の枷を負う必要はありません
この呪いから解放され、今度こそ……
貴方がヘザーさんの元へ辿り着けるよう願っています!」
「……声が、聞こえる」
罵声でも、嘆きでもない。己を鼓舞するような熱い声が。
沈みかけていた意識が覚醒し、ブルーノは顔を上げた。
成否
成功
第1章 第5節
誰かの声が聞こえる。それも一人だけではない。
救いたい、助けたい。
かつての己なら偽善だと吐き捨てただろう。呪殺屋として手を紅く染め続けた日々は、泥よりも汚い人間の私利私欲に塗れたものだった。いつかはこのドブ川のような汚濁に流されて惨めに死ぬ。
それでも仕方ないと諦めていた。——ヘザーという女性に出会うまでは。
『ブルーノさん……どうか……応えて、彼等の声に。特異運命座標は……私は……貴方を助けたい!』
「特異運命座標! ヘザー! 俺はここだ!!!」
「五月蠅い鼠だな」
叫び出したブルーノの魂に鋭い痛みが走る。魂をも焦がす電流に低い呻き声が上がる。
「死人に口なし。歯車は歯車らしく、黙って装置を動かしていればいいんだ」
シレネは内心で焦りを感じていた。本来の計画であれば、ブルーノの魂はもう消滅していてもいい頃なのだ。にも拘わらず意識を取り戻す? そんな奇跡あり得るのか?
「いいや、奇跡なんて言葉はナンセンスだ。どういうカラクリか調べておこう。特異運命座標をモニタリングしてーー……おや?」
監視カメラ代わりに放った鳥の使い魔。その一羽を鋭く睨む者がいた。
ブルーノをどうこうしたいというものではない。その殺意は確実にシレネを捉えたものでーー。
所変わって、花兵蠢く庭園の中。特異運命座標に向けてロベリアから伝達の念話が飛ぶ。
『皆様、ブルーノから発信がありましたわ。位置は恐らく……この広大に広がる庭園の中心。女神の噴水がある辺りでしょ……健闘、を……』
言葉は徐々にノイズを帯びて遠のき、消えていく。そう簡単に外界からとの連絡はとれないという訳だ。特異運命座標は花兵を蹴散らし進むーー。
第1章 第6節
呪術に蝕まれた花兵が朽ちていく。枯れた根をグシャリと踏み潰し、にじりながらペッカートは引き攣った笑みを浮かべた。――同じだ。あの時に殺り合ったブルーノの配下と。
「そいつの呪いは俺が先に狙ってたんだ。
だけど運命の相手が待ってるから諦めて最高のエンドで終わらせてやったんだぜ?
それをさぁお前……」
死霊術師? 聞いた事すらない馬の骨が奪ったって?
「台無しにしてくれやがって!」
辺り散らすように放ったフォースオブウィルは、散りゆく花兵の花弁を散らす。
すると、吹き荒れる花の嵐に巻き込まれ、ボトッと何かが地に落ちた。興味本位で近づいてみると、見ればそれは小鳥を模した偵察用の使い魔ではないか。しゃがみ込み、折れた翼を掴み上げる。
「やっほ、聞こえてるか分かんねぇけど、元気か。呪術屋サマ?
あの時、俺のことなんて見向きもしなかったくせに可愛いオンナノコにはこんな簡単に操られやがって、ひどくねぇ?」
小鳥は黙したままだが、その先に居るであろう男が折れていない事を感じ取る。
「それで、今回も救いは必要か? もちろん俺はヤサシイからな。花を咲かせる手伝いをしてやるよ。ヘザーが待ってるんだろ?これ以上待たすなよ。
んで、キミを救ったあとに死霊術師には地獄があることを教えてやる」
最下層にでも落とそうか。
ゾク、と大気が震えた。ペッカートの足元から瘴気のようにほの暗い呪術が溢れ、庭木ごと蝕んでいく――。
成否
成功
第1章 第7節
「ハァハァ……ったく、どれだけ出てくるのよ、この花兵……」
塗り潰して上書くように殺意の霧が花兵を包み込む。萎れた隙に動きの鈍った敵の間を走り、シオンはその場を切り抜けた。
「前の世界で魔王やってた頃ならともかく今はただのか弱いリッチなのよ、私」
トドメを刺す必要はない。暴走気味に召喚されている下僕達だ。動きを封じれば、後は自然と自壊する。彼女が省エネに努めるのは理由があった。
(それにしても……ヘザーっていう霊はどこかしら…助けを求めてくれたら見つけやすいのだけど…)
探さねばならない。それは任せてくれたアイツの為? ……いいえ、私自身のため。
ここに来たのも、命がけで戦うのも、他ならない自分の意志だ!
「そこを退きなさい!」
霊魂疎通と死霊女王を介し、ようやく見つけた消えかけの霊魂を救うべく、シオンは果敢にも死霊弓で奇襲をかけた。ヘザーの魂へけしかけられた花兵を打ち消して、怯える彼女へ視線をやる。
「アンタがヘザー?」
薄ぼんやりした霊は首を縦に振った。
「うちのア」
アイツ、と言いかけて眉根を寄せるシオン。流石にえり好みはしていられない。
「父親がアンタを探しててね……ブルーノって奴を救う為にアンタに協力して欲しいって
……アンタもブルーノを助けたかったら協力しなさい」
話し終わるなり後ろを向いたシオンに、ヘザーは慌てて追従する。
「フン、これで借りは返したわよ……早く二人に合流しなきゃ」
成否
成功
第1章 第8節
死霊が地を埋め尽くすかの如く、その庭園には無尽蔵に花の兵士が生み出されていた。
しかしこの命も有限。ブルーノの魂を削って生み出された代物だ。
(チッ……花兵を倒してたらヒナゲシとシオンを逸れちまった)
ボーンの表情に微かな焦りの色が滲む。その隙を見ていた者がいた。
――これはチャンスだ。
「お前の"腱"を私は知っているぞ」
シレネは知っている。かつて四人の特異運命座標がこの地に立ち、ブルーノと死闘を繰り広げた事を。その勝利が少女の屍を越えた物である事を。
「ロベリアちゃんが言ってた女神の噴水ってのはこの先か」
目の前に現れる荘厳な門。しかしその手前に現れた花兵は今までの雑兵と規模が違う。巨躯を前にしながらもボーンは怯まず立ち向かった。しかしその拳が届く前に――。
『貴方の手で、私を殺すの?』
「――なっ!?」
忘れる筈もない。その声は理不尽にこの世で手折られた悲劇の華。
「君は……エルシアちゃん…?」
その花兵の体躯には棘に絡め取られ、花兵と化したエルシアの姿があった。あまりの動揺に隙が生まれた所を横合いから野太い蔓が鋭く打ちつけ、ボーンの身体を軋ませる。
「ッが……!」
彼女はあちらの世界で生きている筈だ。自分にそう言い聞かせても、動揺が身体を鈍らせた。
あの時、理不尽に命を落としたエルシアの死を『美しくない』と否定した。それを反故にして彼女にトドメを刺してしまったら――何に誓ってこの刃を奮えばいい?
「クソッタレが! 俺に……エルシアちゃんを倒せって言うのかよ!」
防戦一方。戦う意志も炬火の如く潰えかけたその時。
『ボーンさん!』
声が聞こえた。まるで身の内から湧き出るような、恐れながらも振り絞られた乙女の声が。
「エルシアちゃん、なのか……?」
『はい。私はこの世界で命を落としてしまいましたけれど、幸いにもボーンさんの思い出の中に残り続ける事は出来ていたようです。
もう、私はこの世界にはいません……だというのに、貴方は私の面影を見てくださった』
これほど嬉しい事はないとばかりに、エルシアの声が和らぐ。
『私はあの時、せめて美しく死ねて良かったと自分を納得させたのに、それをボーンさんは「美しくない」と仰いました。
理不尽な死なんて受け容れるなと励まされたような気がして、どれほど心強く感じた事か』
今度はボーンさんの心の中の私が、「見た目に騙されず、なさるべき事をなさって下さい」と訴える番です。
その証拠に…よくご覧下さい、貴方が倒した花兵を。
私とは似ても似つかない、蔦の集まりではありませんか!
「――っうおおおお!!」
悲痛な声で慈悲を請う花兵。そのボディに渾身の一撃を叩きつけて、ボーンは見事打倒した。
過去に背負った亡霊を。振り切るべき迷いを。
「ありがとう、って……言うにはまだ早ぇな」
成すべき事がまだ残っている。満身創痍の身体を引きずるようにして、重い扉に手をかけた――。
成否
成功
第1章 第9節
「ロベリアさんのいけずっ! 私が依頼を断るわけないのにっ!」
異世界へ降りる前、ロべリアが心配そうに眉を下げていたのを思い出す。
『貴方みたいな元気な子ほど、失った時の喪失感は強いんだから』
彼女は境界案内人。永遠の待ち人だ。送り出した相手を失う悲しみをどれ程重ねて来ただろう。
ーー大丈夫だよ。
「これくらいの傷、平気! へっちゃらっ!」
主なき花兵は暴走のままにスーを切りつけた。オンシジュームの黄色い花びらを舞わせて、熱でふらつく足元をステップに変えて……片手剣を握りなおす。
「……さ、悲しいアンコールはここまでっ!
フィナーレを終えたら…誰だって、眠りに就かないと。
終わりがあるから、夜明けに向かって笑えるんだからっ!」
任されたのは花兵の討伐だ。しかしそれには疑問が残る。
(この花兵をー……ブルーノさんの事を考えると今はあんまり倒さないほうが良さそうっ?)
救いたい相手の力が発現させた物ならば、仕留めて回ればその分負荷がかかるかもしれない。熱に浮かされながらもスーの洞察力は錆付かず。
お別れの時間は必要だと、誘惑のダンスで時間を稼ぐ。
「調子も良くないし……私は、事情も詳しく知らないから、ね。
皆の手助けに徹させて貰おうかなっ!」
亡者の群れのように花兵の蔓が伸びる。その中で、優雅に躱して徒花たる身を存分に見せつけて。
「踊れるでしょう? もっと激しく、もっと楽しく! いつまでも楽しみましょうっ!」
成否
成功
第1章 第10節
(人を呪わば穴二つ……この庭園の管理者にはその報いを受けてもらわないと…)
こんなにも息が早くあがるのは、体力が無いせいじゃない。呪いによる熱に浮かされながら、レイははぁと吐息を吐いた。
「たしか伝達ではこの迷路の中心にいるんだったよね。はやく行かなきゃ」
庭園の垣根に沿って曲がり角を曲がるとーーそこは花兵の巣窟だ。立ちはだかる兵士達はレイに襲い掛かろうと蠢き……ピクリ、と動きを止めた。
鏡映しのように反射された悪意。レイのギフト『Outsidehorror』が彼等の動きを鈍らせたのだ。
「枯らしてしまうのは可哀想だけれど、ここを通るためだものね。仕方ないわ」
ごめんね、と唇が動いた。同時に鋭い一撃が花兵を穿ち、その命を屠っていく。
「——ッ!」
反撃として叩きつけられた棘の鞭はレイの身を切り、黄色いスイセンの花が青い空へパッと散った。
「あぁ、でも……先に私が散ってしまいそう」
倒れて枯れゆく兵士を前にして、レイは苦しげに目を細めた。
これは不要な殺生ではない。彼の者を安らかな眠りに導くため必要な行為だ。
自己再生を加速させ、自らの身体を癒し尽くしても、胸の痛みが後を引くーー。
それでも、この思いだけは届いて……負けないで。
私は辿り着けないかもしれないけれど仲間があなたを助けてくれる。愛する人と一緒に旅立ってほしいの。
「一人は寂しいものね。分かるわ、だってボタニカルガーディアンが泣いているもの」
成否
成功
第1章 第11節
『——』
ーー声。
誰かが何か伝えようとしたのか。
今自分が立っているのか座っているのかすらよく分からなくなってきた。
分からない。俺は何をそんなに必死になっているのか。
いつも通りやればいいのに。
人の全てを「くだらない」と吐き捨てながら、神が望まれるまま、致し方なく。
なのに何故こんなにも苦しい? こんなにも心が痛い?
その不可解な感情に名前はなく、いつも通り文字で綴るには表現し得ないのがもどかしい。
「ッ……」
葛藤から目を逸らそうと頭を振る稔。その目の前に気づけば男が立っていた。
これは熱に魘されて見える幻覚だ。そうに違いないと確定付けられたのは、血を流す人間の男——その姿に見覚えがあったからだ。
忘れもしない。学生服に虚とよく似た顔立ちの男。
かつて、救うことの出来なかった命。
そいつが言うのだ。優しい声音で、穏やかな笑顔のままに、
『あともう少しだ。頑張れよ』と。
「ふざけるな!!」
……何が「頑張れよ」だ。託される側の苦しみも知らない癖に!!
世界から見れば、それは既に摘み取られた『枯れた花』でしかないのかもしれない。
しかし稔の胸にはいまだ咲き続ける、たった一輪のーー。
「見くびるなよ。貴様に言われずとも……打ち切りのような展開だけは御免だ」
扉は目の前にある。これが境界案内人の言っていた"庭の中心"への入口なのだろう。
限界が近づいている。早く黒幕を倒さなくては。
成否
成功
第1章 第12節
「ふぃー! セキトに乗って調子よく花兵轢き殺してたらうっかりダーリンとシオンと逸れちゃったZE!」
……これで気兼ねなく黒幕を…殺れるかな?」
標的は『死霊術師』シレネ。こういう時に感情探知は役立つものだ。
楽しいでしょう? ワクワクするでしょう?
実験狂いの彼女であれば、そういう黄色い感情に染め上がっているだろうと探しーー結果、何も見い出せず。
(つまり愉快犯に見えて、そうじゃない?)
思考しかけた頭は、しかし。シレネの姿を視界に捉えた途端、ほの暗い闇へ染め上がった。
「お! 黒幕発見!たのもー! 貴方の死を告げに来たデュラハン系勇者、ヒナゲシ・リッチモンドだZE!」
シレネは言葉を返さない。それでもヒナゲシは陽気に笑う。
「ところで私の昔の友達とそっくりだね、君! 知的好奇心旺盛で執着心強そうで倫理観なさそうで職業:死霊術師……何よりうちのダーリンを傷つける所とか!」
ーーと、そこで声に楽しげな殺意が籠った。
「うん…ムカつくから死ね」
次の瞬間、セキトに踏みつけられるシレネ。降り立ったヒナゲシは魔剣を奮い、嬲るように剣を突き立てた。
何度も、何度も、心から殺戮を楽しむように。
「あはははっ! ……あれ?」
違和感に気づいたのは殺し尽くした後、辺りに羽が散っている事に気づいた時だ。
「なぁんだ使い魔かぁ! やっぱり本物は庭園の中央なのかな?」
辺りに散ったチグリジアの花を踏みつけ、ヒナゲシは行くーー疼く闇の力のままに。
成否
成功
第1章 第13節
「女神の噴水、待ってろ今、助け…って、頭に血が上って俺らしくないこと口走るところだった」
辿り着いた先に待ち受けていた重厚な門。その扉を押し開けてペッカートは息をつく。
「冗談を言うくらいの余裕を見せないとな。ここがあの女のハウスね」
そう。そこにあるのは例えるならばひとつの街。
噴水の周りに広場があり、家があり。おかしい所といえば人っ子ひとり居ない事だ。
「まぁなんだ、この庭園がどんなものかは知らねぇが、マジであの女分かってんのかな。
あいつの呪いは自らを呪術の触媒とし、己の周囲の生物全てに呪いをかけて回る。その対象範囲は、彼を中心として"街ひとつ分"だぜ。
ーーそんな呪い、本当に制御できんのか?」
(確認しないと気が済まねぇ。ついでにヘザーが来るまでの時間稼ぎをしてやる)
色とりどりの花で埋め尽くされた花屋の隣に一軒、結界が張られた家がある。
「ふん。防御してようが花兵諸共ぶち破ってやるよ」
放たれたファントムチェイサーは死霊術師の根城を悪意を持って強かに叩く。砕けた結界は花弁のように儚く散り、割れたそこには静かに佇む少女の姿があった。
「待ち侘びていたよ、ペッカート。けれど……あの女狐が何だって?」
シレネの頬は赤く火照り、熱に浮かさているようだ。まるで呪いにかかったようにーー。
追い詰められても尚、彼女は笑う。その姿を見てペッカートは悟った。
この女ーーブルーノ諸共、死ぬつもりだ。
成否
成功
NMコメント
●目標
ボタニカルガーディアン(花兵)の討伐
●重要
この依頼ではキャラクターに《散花の呪(さんかのしゅ)》という呪いがかかり、熱に侵される他、流す血や涙などの体液が花や花弁へと変化します。
必ずプレイングの一行目に、ご希望の花を記載してください。思いつかない場合は「お任せ」と記載して戴ければ、こちらでイメージフラワーを考えて扱います。
ラリーに同行者がいる場合は、二行目にお相手のIDとお名前をフルネームで明記してください。
●戦場
異世界『フローズ』に作られた迷宮庭園。植木が壁をつくり、迷路のように巡らされた庭園です。
景観の美しさとは裏腹に、そこは死霊術師シレネの実験場。ボタニカルガーディアンが跋扈し、迷い込んだ人間は必ず貪り殺されると恐れられています。
●登場人物
『死霊術師』シレネ
剣はあれど魔法を扱える者が少ない『フローズ』の中で、珍しく死霊術が扱える少女です。
迷宮庭園の創造主にして知識の探究者でもあり、異世界から不思議な力をもって現れる特異運命座標と、強大な呪術を持つブルーノに目をつけました。
目的のためなら手段を択ばないマッドサイエンティストのような人物でもあります。
『死霊人形』ブルーノ
生前は「呪殺屋ブルーノ」の通り名で恐れられていた人物。特異運命座標との死闘の末に亡くなりましたが、思い人の魂と添い遂げる事も許されず、シレネの玩具になってしまいました。
今となってはもう、ボタニカルガーディアンを操り庭園に《散花の呪》を蒔くだけの道具と化しています。
『花屋の娘』ヘザー
ブルーノが恋していた女性です。20代前半くらいの、花のように優しく笑う穏やかな女性でした。
数か月前に流行り病で亡くなり、すでにこの世を去っています。
『境界案内人』ロベリア・カーネイジ
特異運命座標に依頼した案内人。拘束衣を彷彿とさせる装束を身に纏い、足を戒めた姿の妖しい女性です。
呼ばれなければ特に活躍はしませんが、何か求められればサポートにまわったり、顔を出したりするでしょう。
●補足
このラリーLNは『零れる涙はひとひらの』の続編です。読まなくても勿論参加可能ですが、読むとエモさが増すかもしれません。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/2881
このラリーLNは一章完結となる代わり、お一人様何度でも参加が可能です。
プレイングの募集期間内(オープニング公開から10日後まで)の総採用数によってエンディングが変化します。
説明は以上となります。
それでは、よい旅を!
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