シナリオ詳細
彼女の思い出はきれいなままで
オープニング
●
娘は、冷たい木の床に倒れ伏した青年にとっての初恋だった。
夏の森で倒れていた娘を、青年が助けた。
村の外れに住んでいる青年は彼女を自分の家に住まわせることにした。
娘は一言も口を聞かなかった。何か口に出せないほど辛いことがあったのだろう。と、青年は考えた。
たった一人で裸同然の姿で森にいたのだ。いくら世間知らずの青年としても、想像に難くない。それで、言葉も忘れてしまったのだと思うと、青年は自分の胸が張り裂けてしまうほどつらくなった。
それでも、秋が来る頃には、ないも同然だった娘の表情は日増しに明るくなり、片言ながら言葉もしゃべれるようになった。
冬には、互いの気持ちを伝えあい、春になったら、村のみんなに祝福してもらおう。と青年は娘に言った。
「だから、もっと食べなくちゃ。君は少しやせているよ」
娘は、自分の肩を抱いて、小さく頷いた。
それからしばらくして、そこかしこで獣たちに恋の季節が訪れているのが聞こえてくる頃。青年は、明日、村の顔役に挨拶に行こう。と、娘に言った。
ここ数日、娘は心ここにあらずと言った様子で、緊張しているのならなるたけ早く村に慣れた方がいいと考えたのだ。
その晩のことだった。
「私は花だから」
いつもだったらとっくに寝入っている娘が、私、私のことが分かったの。と、言った。
「暖かくなって、寒くなって、あなたに会えて、私はとっても幸せ。あなたと一緒に居られてとってもとっても私は運がよかったの。枯れてしまう兄弟や食べられてしまう兄弟もたくさんいたから。大きくなれただけでも幸せなのに、あなたに大事にされて、とってもとっても幸せ」
娘は、うっとりとほほ笑んだ。蜜のように微笑んだ。
青年は、甘い匂いがすると思った。娘からはいつも甘くていい匂いがする。
「あなたの言うとおり、私、もっと食べなくてはならない。丈夫な次代を産むために。たくさんの人から少しづつなら、気づかれないで生きて行けたかもしれないけれど」
娘の細い指が青年の首に触れた。青年は動けない。いい匂い。いい匂い。青年の思考はうっとりととろけている。娘が青年を好きだと言っている。嬉しい。とても嬉しい。
「あなたがとっても大好きで。あなた以外は食べたくないの。次代はきっとあなたの髪と同じ色の花びらで生まれてくるわ」
ああ、明日は村の顔役に会いに行こうと思っていたけれど、それなら仕方ないね。もう必要ないものね。
白い指先が透けて緑色になっても、ほおずりする頬はしっとりと柔らかくて、ああ、まるで花びらのようだ。と、青年は思った。
しっかりと抱きしめられて、君の細い腕が脚が僕に絡みついて――。青年は、とろとろと目を閉じた。
ごきん。べき。ばき。ぼき。ばきばきばき。
●
「生殖に様々な行動がセットになっている魔物というのは結構おりまして」
『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)は、茶をすすっている。
「動物を食って生殖、種を拡散するのに食った生物に擬態する魔物がおりまして。それが、とある森で発見されたことが確認されました。みんながつく頃には繁殖に向けた予備行動に及ぼうとしているので、その前にえいっと。一般人と懇ろになってるから、そっちのフォローよろしくね。推定ほぼ一年いっしょに暮していたのが魔物でしたとか、今後の人生ねじ曲がっちゃうから、その、なんだ。きれいな思い出に」
メクレオの口元がひくひく言っている。言いつけないことを言うから。
「魔物は、基本、植物的な。だから、こう、人参果、マンドレイク、アンドロメダの怪物――そういう感じで、今は若い娘の姿。これが生殖に成功すると、赤んぼ産んで枯れる。一年草」
はい?
「赤んぼの頭に花が生えたのが生まれる。それが生まれたら失敗なんだってば」
絵面だけ想像するとメルヘンだ。夢見がちな5歳くらいの女の子が描く絵に出てきそう。
「言っとくけど、あっという間に大きくなって、あっという間に動物を食うからな」
もとい、スプラッタだった。8歳くらいのお兄ちゃんが赤いクレヨンで落書きして台無しにするパターンだ。
「普通は、せいぜい小型肉食動物の血を吸う位でほとんど無害なんだけどなぁ。食っちまうのは執着が過ぎる異常行動なんだよ。偶然に偶然が重なったレアケースだ。これで人間の味を覚えて定着されると困る。一年単位で若者が食われてったら村がなくなるからな」
メクレオの言いたいことはわかる。この魔物の存在を隠したいのだ。いると言って起きる疑心暗鬼の方がなおまずい。誰も行き倒れを助けなくなる。
「悲恋になるのは間違いないからさ。なるたけ穏便に――すでに本物の彼女は魔物に食われてて、これは入れ替わった化け物だ。みたいな筋書きもありだけど。演技力とかの問題があるからね。面子で相談してくれ」
すり替わった恋人に気付かなかった自分を責めて暮らす一生と、恋人に食われる一生と。残念ながら選択肢を提示してやることもできない。
「いいかい? 俺もあんたらも多分一般人をくっちまう魔物も、一般人の不幸は望んじゃいないんだ」
メクレオは、そうだろ? と、焼き菓子を飲み込んだ。
「なにか変かい? ヒトと幸せのカタチが違うから、魔物なんだぜ?」
- 彼女の思い出はきれいなままで完了
- GM名田奈アガサ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年05月07日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「行ってきます」
デイビットは少し離れた村に向かう。
気持ちよく晴れた日。今日は、ちょっといい酒とチーズ、それ、花を買いにいこう。
それを渡して、ソフィアがいいと言ったなら。明日、村のみんなに紹介して、花嫁衣裳まではいかなくても余所行きくらいは誂えてやりたいし。
デイビットは、村への道を急いだ。
あれやこれやしていたら、戻るのは暗くなってしまいそうだ。きびきび事を済ませなくては。
遅くとも、一月後には式を上げよう。
「すみません」
急に声をかけられて、青年の幸せな思考が途切れた。
「ごめんなさい……この近くに休めるような村はありますか? よかったら案内して貰えませんか……?」
三本辻にぼろぼろの外套をきた少女が座りこんでいた。、
人の気配に反応したと言った風情の少女に、デイビットは訳もわからぬまま頷いていた。
終わりの日は、ある日突然訪れる。
●
終わりの日は、また別のカタチもとる。
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は、小屋にささやかな夢をかけた。
万が一、小屋の中で乱闘になっても小屋が壊れるのは避けられる。
デイビットが小屋を出発して、戻ってくる気配がなくなった頃、『薬の魔女の後継者』ジル・チタニイット(p3p000943)と 『解き明かす者』アニエル=トレボール=ザインノーン(p3p004377)が小屋の扉の前に立った。
「いいかい、ジーンさん。接触は最低限。基本、私に任せてくれるかな? どちらかと言えば詐欺師の手口だが、騙されないように啓蒙する為の知識をこうして用いる事になるとは……」
アニエルの良心に当たる回路が呵責という名のストレスにさらされている。
取り締まる方として製造・配備されたというのに、偽装殺人――もとい公にできない魔物退治だ。
ジーンは頷いた。デイビットの、ひいては村の人間の命の巡りを守るためとしても、やっぱり胸がずーんと来ている。
しかし、仕事の口火を切るのはジルだ。少女の姿のアニエルではあまりに説得力がない。
「ソフィアさん、おられるっすか? 大事な話があるっす」
とんとんとん。アニエルの指導により、相手に判断の暇を与えないように、ジルは気ぜわし気に扉を叩いた。
ほどなく扉は開く。
娘――ソフィア――は、どろりとした目をしていた。おびえるでもなく、警戒している様子もなく、日が登ったら開く花弁のように、ドアが叩かれたから開けた。反射行動。脊髄がないことは示唆されている。
ヒトではないものがヒトのようにふるまうことの限界を迎えようとしている様は、しらばくれていた犯人が開き直って自供を始める様子に似ていると、アニエルは思った。
デイビットがヒトと信じ込んで接してきた義体が、生命の本能につき動かれている。
「失礼、ソフィア嬢。デイビット氏から頼まれた」
車いすの女の子とその連れに急ぎの用事を頼まなくてはならない状況。普通のヒトならまずそこから質問が始まるだろう。デイビットはどうして来ないのだ。本当にデイビットの使いなのか。疑念にとらわれるだろう。
だが、ソフィアは頷き、二人の後をついていった。酔っぱらっているような足取り。頭に引きずられて脚がおまけのように動いている。
ジルの体からおいしそうな肉のにおいを感じ取ったのかもしれない。
「落ち合う場所は最初に出会った場所と言えば彼女なら分かるとか聞いたのだが――」
アニエルは、森の中で戦闘が可能な場所で仕留めるのが最善と判断した。
死体や現場の証拠隠滅を図る際、小屋から遠い方が時間に余裕ができるからだ。
よたよたとソフィアが付いてくる。言葉は理解しているのだろうか。目玉がそれぞれ妙なけいれんを始めている。終わりが近づいている。急がなければ。きれいな思い出にするために。
●
イレギュラーズの仕事は次の段階に移行する。
誰もいなくなった小屋に入り込んだ、『ラド・バウC級闘士』シラス(p3p004421)はその辺にあった紙に、これまたその辺にあったペンを走らせた。ここにないものを使ったら、書置きっぽくない。
『デイビット。この手紙をあなたが読む頃、私はもうソフィアではなくなっています。私はあなたに助けられたのですね? 自分でもどうしてここにいるのかあいまいで実はこれを書いている最中もとても混乱しております――』
教養ある女性が使う字体、修辞、繊細で回りくどく、でもとても動揺しているのはわかる文面。獲物の狩るために必要なテクニック。一文字一文字が匠のやり口だ。
自分は身分ある生まれで、さらわれ、失った記憶をたった今取り戻したこと。自分には将来を誓い合った相手がいること。それをできるだけ柔らかい表現でしたためた。
「命を救けていただきましたのに報恩があなたの全てを脅かしてしまうこと、わが身の不義理を嘆くばかりです」
不穏を匂わせる文章。
貴族の娘が1年近く男と同棲していたなんてあってはならない。彼の存在が家に知られたら消されてもおかしくはない。修道院に金を積んで、親切な教会で清らかな生活をしていたと証明書をもらうのが貴族のやり口だ。庶民はよく知っている。世間知らずのデイビットもそのくらいは読み取れるだろう。
「デイビット、貴方のソフィアは間違いなくここに在りました。このような形で貴方を思い出とすることをお許しください。愛しています、どうか貴方の道の先に幸あらんことを」
この期に及んで『愛している』などと書くのが夢見がちな貴族のお姫様っぽい。と、あえてシラスはそう書いた。それに庶民が感じる憤りをシラスは知っていた。記憶が戻ったソフィアはもうデイビットのソフィアとは違う心の持ち主なのだと思ってほしい。
「済んだかい?」
声の主を見ると、なんだか肌の表面がひんやりする。
『物見の魔女』ヴォルフ・シュナイエン(p3p008239)が淡々とシラスに聞いてきた。
「『彼女は自らの身分を思い出し、小屋から姿を消しました』 さて、その後どうなったんだか」
そういう筋書きだが、穴は多い。思い出したからって、街道沿いで一番近い村には当のデイビットがいるのだ。彼女はどこに行ったんだか。
『踏み出す一歩』楔 アカツキ(p3p001209)は、難しい顔をした。
「せめてもの嘘や誤魔化しで苦痛を紛らわせてやりたいが、俺にはそれが出来ない」
ヴォルフとシラスは沈黙を以て肯定を示した。
「共にある事で育まれるのが「情」、一瞬で堕ちるのが「恋」、一生寄り添うのが「愛」であり「執着」だ。なんて話だがね。ヒトでなしには、へえ、そういうもんかい。ってなもんなんだが」
ヴォルフは肩をすくめた。
「一生に一度の恋などというが、結局失っても時間が経てば記憶と共に感情は薄れていく。我にはわからねぇが尊いものほど美化されていくもんだろ。次の恋を見つけりゃ、すぐに生きる理由は変わっていくもんだ」
「この件にのめり込まないでもらうということだな」
アカツキはまじめに頷いた。妙な疑念を抱いて真相を究明しようなどと思わせてはいけない。
「そういうこと。我にできるのは、余計な痕跡を消すことさ。例えば、俺だったりお前だったりの足跡とかな」
ソフィアの足跡は必要だ。自分の足で歩いてもらわないと担ぎ上げられたことになってしまう。
「魔物退治が終わったら付き合うよ。まずはそっちからだ」
シラスとアカツキが頷きあった。
アニエルがうまくやっていてくれれば造作もないんだが。
「出来れば苦しめずに仕留めたい――難儀な生き物だな、嫌んなるぜ」
シラスは小さく息をついた。
●
ふらふら歩くソフィアという名の植物。
皆が皆。いざという時は自分が手を汚そうと用意していた。
幻は手に得物を、アニエルはブースターの安全装置を外し、ジルは唇に呪文を、アカツキは拳に殺意を。シラスは小さな星を準備して、ソフィアが本性を現すことに備えていた。
それぞれの気の流れの狭間に、それはするりと入り込んだ。
大きな獣がソフィアに飛びかかった。
どんよりとした目に映る、太い前足、大きな口。牙。
目も止まらぬ問答無用の自然の摂理。弱いものは強いものに蹂躙される。
虎の牙がソフィアののどをかみ砕き、首を折る。
不自然に曲がった首とだらりと脱力した体。どさりと地面に崩れ落ちた。生命の気配はすでにない。
大きな虎は、少女の形をとり――皆が見慣れた『雷虎』ソア(p3p007025)が立ち上がった。
骨の感触はなく、赤く滴ったものからは草の味がした。
「お腹すかせた獣に襲われた方が――人の都合で殺されるよりいいんじゃないかって」
それはただの自然の摂理だから。
「ソフィアはきっとデイビッドのことを本当に愛していたんだよね。半ば人間でありながらそれでも魔物としての性には逆らえなかった」
ソアは、いつか自分はヒトのようになれると確信している。ヒトとその営みを深く愛している。だが根幹は雷をまとった虎だ。
「ボクはどうなるんだろう」
いつか誰かを愛したら。
漠然とした未来。いつか身を亡ぼすような運命の糸を自ら握る日が来るのだろうか。
●
ローレットが貸してくれたスコップはすこぶる掘り心地がよかった。
「この木の下ならよく眠れそうっす」
人が通る道から死角になっったところにあって、掘り起こしても再び根付いてくれそうな丈夫な植物。
「夜乃さん、どうっすか」
「ええ、そうですね。記憶しましょう。このたたずまいを」
どこからともなく取り出したシャベルで植物を掘り返し始めた。
「夜乃さんみたいなヒトも穴掘ったりするんスね」
ジルはなんとなくそんなことを言った。重たいものは持たないように見えたのだ。
「ええ、必要とあらば、穴を掘ったり、罪を犯したり致しますよ」
それも、一つの夢のカタチ。耳の中でかつてのあの人の言葉がこだまする。僕は地獄に落ちるのでしょうね。地獄の業火の気配はひどく舌の上で甘美に響いてのどが焼ける。
持てるだけ免罪符を携えてきたジルは、土に向き合った。
本当にシャベルとスコップは穴を掘るのに最適で、死体を埋めるには理想的な穴が掘れたのだ。
「待て」
アカツキが二人に声をかけた。ここまでの足跡や荒らした跡を不自然にならない程度に消していた。
「繁殖期との事だったな。芽か種か知らないが、埋める前に死骸からそれらしき物がないか見つけて潰すか燃やすかすべきだろう」
次代が芽吹かないと断言はできない以上、それは適切な判断だ。
スコップを石に打ち付けて火種にして、よく焼けたことを確認して、穴の中に落として土をかける。
たとえ、不審に思って掘り返しても娘の死体は見つからない。植物の灰があるだけだ。
「所詮一時の夢。幸福など永遠に続きはしない――そこまで割り切れる人間は、そういないだろう。ましてやそれが幸福側の人間であれば、な」
アカツキは、先程と何が違うのかわからないほど復元された辺りを入念に確認しながら言った。
「見事だ。俺には出来ない仕事だ」
嘘やごまかしは、時にとてもやさしい。毒となるか薬になるかは使い手次第だ。
●
「私、今日泊まるところがないんですよ」
後ろから、道を聞いてきた女が付いてくる。親切心を出すのではなかった。辻に立つ者と口を聞いてはいけないと、爺さんが言っていたのに。
変な女に付きまとわれたとデイビットは思った。すっかり遅くなってしまった。
日も暮れているというのに、家から明かりが漏れていないし、煙突から煮炊きの煙も出ていない。急に不安になった。
「ソフィア。なんで明かりをつけないの――ソフィア?」
家の中に誰かいた気配がない。慌てて明かりをともすと、テーブルの上に何かをかきつけた紙。
人さらい。デイビットは家を飛び出した。
しかし、家の周りの草が踏み荒らされた様子はなかった。家の中にも争った跡はなかった。
見たことのない美しい女文字。デイビットには何について言っているのかよくわからないとって回した修飾語句。おいしい? さびしくない? 大好き? 笑顔と首の振り方と手振りと片言と。そんな他愛もないことですべて通じていたというのに。
貴族? 記憶が戻った? 書いてあることは読めるが分かりたくない。何が起きているのか理解できない。
家の外にぼろをまとった女が立っていた。振り切ったと思ったのに。この女に付きまとわれたければもっと早く帰ってくることができたのに。
偶然にしては出来すぎていた。たまたま出かけた今日という日にたまたま道で変な女に付きまとわれてたまたま帰りが遅くなった。そんなことが偶然に起こる訳がない。
「あんた。あんた、町にいる何でも屋って奴だろう」
デイビットは、ぎりぎりと奥歯をかみしめた。
「あんたが俺の足止めをしている隙に、ソフィアを連れて行ったんだな!? あんたたちが、魔法とかで思い出させて――」
そう考えると全てが点が行く気がした。
「ソフィアは――じゃあ、ここのところぼうっとしてたのは、何か思い出しかけていたとかそんなのかよ。なんだよ、あんまりだよ。いや、ソフィアは悪くない。俺だ。俺が一人で舞い上がって――」
ぼろをまとった女―― 『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は目を伏せる。
沈黙は金。彼は自分から物語に適応しようとしている。そこに他人の誘導はいらない。材料だけを置いておけば、彼は自分が納得する物語を作り出す。
イレギュラーズは材料を落とした。貴族令嬢然とした手紙。荒らされていない状況。そっと、ソフィアだけが消えた。彼女の意志だけにじませて。
「ソフィア――いや、その名前は俺がつけたんだ。ほんとはそういう名前じゃないんだろ。もっと、こう、お姫様みたいな、舌を噛んでしまいそうな名前なんだろうな」
嘘を定着させるには、たった一つの真実を添えるのが肝要だ。ミルヴィ。あやしい女。全てはミルヴィのせいだ。気持ちのはけ口。
「そうだ。俺は、あいつがどこから来たのかとか、あいつの家族とかそんなのこれっぽっちも考えりゃしなかったんだ。ただ、俺はあいつがいてくれたらいいなってずっと――」
デイビットは膝から崩れ落ちた。握りしめられた手紙。
「アタシもね……ずっと大切な人とは離れるばかりの人生だった」
ミルヴィは口を開いた。
「――愛した人に好きとも言えないまま死に別れたり、離れてどうして自分はこんな目にばかり遭うんだって世の中を呪いすらした。大好きな人の笑顔、笑い合った記憶。今の貴方には全て辛いと思う――」
デイビットは、ミルヴィを見上げた。
「それでも貴方達の愛は嘘じゃなかったはず、アタシもね大好きだった人がアタシの歌と踊りを好いてくれたからそれを世界中にとどけるために旅をしているの」
ミルヴィの手がデイヴィットの肩に触れた。指先に力がこもる。
「ごめんね……ごめんなさい……」
「なんであんたが謝んだよ。俺の足止めしたことか。それが仕事なんだろ。誰かに頼まれたんだろ。俺があいつを追いかけたりしないように何もかもきれーさっぱり片付けてったんだろ。大正解だよ。金なんか出されたら、俺はきっと大暴れだ。ソフィアがつらくなっちまう。これでいいんだよな。これであいつは幸せになれるんだよな」
本当のことは何一つ言えない。
デイビットが大事に握りしめている手紙は偽物で、ソフィアだったものは今頃埋められている。仲間たちの気配はない。つまり、全て片付けたということだ。今頃は離れたところでミルヴィが戻ってくるのを待っている。
記憶喪失が回復した貴族令嬢は世界のどこを探しても存在しない。
だが、デイビットの命は助かった。明日、彼は泣き腫らした目に難儀しながらも朝日を浴びることができるだろう。
ミルヴィはデイビッドに肯定の返事をする代わりに歌った。本当のことは何も言えないので。
どうかソフィアの想いも本物でありますように……沢山の涙の後に咲き誇る花が彼と共にありますように……。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。デイビットは生き残りました。時間が彼を幸せにするでしょう。ゆっくり休んで次のお仕事頑張ってくださいね。
GMコメント
田奈です。
討伐依頼としては、難しくはありません。
何を告げ、何を隠すのか。じっくり相談して下さい。
目的:魔物は始末する。
魔物の正体はうやむやにする。
青年をあらゆる意味で死なせない。
● 魔物・ミミクリー・ミュータント(個体名・ソフィア)
そもそもは擬態する食虫植物に複数の要因が重なった変異体です。
十代後半の娘に見えますが、擬態です。知能は人間並みです。
イレギュラーズが到着した時点では、自分は人間だと思っています。夜行性であり、日がくれると繁殖期が始まり、魔物としての本能が目覚めます。
彼女は、繁殖期の予兆で激しい倦怠を覚えた彼女は早い時間に床に就き、夜半に起きだしてOPの事態に突入します。
切ると、赤い汁が出ます。火を怖がります。
日が暮れる前なら奇襲は可能ですが、1ターンで仕留めないと森中に響き渡る大音量で悲鳴を上げます。
聞いたものは【怒り】付与されます。
植物形態は、蔓を持った直径3メートルのハエトリソウのようになります。
攻撃に全て【魅了】【反】【猛毒】が付きます。
● 一般人の青年・デイビッド
村はずれで木を切って加工して生計を立てている青年です。
あまり人づきあいがありませんが、気のいい善人です。
彼は、村に用事を済ませに行っていて、宵の口まで戻ってきませんので、イレギュラーズが到着した時点で森にはいません。
その日の深夜、何もしなければ繁殖期に突入したソフィアに食われます。
皆さんが対処した場合は、結婚目前にしていたのに、花嫁が――失踪した/殺された/さらわれた――不幸な青年になります。
場合によっては後追い自殺しかねませんので、彼が不幸にならないようにできるだけ穏便にソフィアを彼の人生から退場させてください。
場所:森と森の外れの樵の小屋の周辺。
1LDK。外に納屋。五メートル×五メートル。ここで八人+1で戦闘は無理です。
小屋の外は20メートル×20メートルのスペースがあります。木を並べたりするので十分固いし、でこぼこもありません。
夕刻前に始末するなら、短時間で仕留め、死体の扱いについて考えなくてはなりません。
夜半過ぎまで待つなら、化け物退治になりますが、彼はソフィアが化け物だったことを知ってしまうでしょう。
デイヴィッドにできるだけ優しい不幸を。
Tweet