PandoraPartyProject

シナリオ詳細

貴方の絶望、はかります。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 絶望は虚妄だ。希望がそうであるように。


 人の絶望を可視化しようと、これまで、数多の研究が行われてきた。
 ……“行動”とは。
 詰まるところ、生体の生理機能と、その生体を取り巻く外的要因が複雑に相互作用した結果生じる、最終表現型のことである。
 ……強制水泳試験法は。ラットを水で満たされた限られたスペース中で強制的に泳がせ、その様子を観察する試験だ。
 最初、足掻き、藻掻いていたラットも、しかし、暫くの抵抗の後に、“無動状態”を発現する。
 この無動状態は、ラットが水から逃避することを放棄した、一種の“絶望状態”と解釈することができる。
 その無動状態に到達するまでの抵抗時間が、即ち、“絶望の濃度”という訳である。

 だから、別名。
 ―――“絶望試験”とも、云われている。


 人は皆、絶望を識りたがっている。
 何故なら、それと同じくらい、希望を識りたがっているからだ。


「た、助けてくれ! 何でもする、何でもするから!」
 男の形振り構わない必死の叫びが、耳を劈いた。
 その声の主は、直径二メートル程の、透明な円柱の中に浮かんでいた。
 円柱の高さは十メートル程。その中には高さで半分のあたりまで水が満たされており、その意味で彼は、円柱の中に浮かんでいた。
 円柱の側面は分厚く、そして内面は極めて滑らかだ。男が必死に拳を叩きつけてもビクともしないし、登り上がろうとしても、その指先は何物をも掴むことができなかった。
 そんな巨大円柱のある場所は、何処かの廃倉庫の様だ。
 照度は低く、やたらと天井だけは高くて、無駄に広い空間である。
「一体何なの!? どうして私たちがこんな目に合わなきゃいけないわけ!?」
「冗談だよな、直ぐに出してくれるんだよなあ!?」
 ―――最初の男のほかにも、ばらばらの性別で同様のシチュエーションが、四つ。
 彼らが視線を集めているのは、ただ一点である。
 一人、円柱の中の狂騒を眺め、穏やかな微笑を浮かべる男。
 肩辺りまで綺麗に伸びている黒髪が、整った顔立ち、そして真空色の瞳が、酷く中性的な印象を抱かせる。
「―――美しいな」
 そして、少し高い声色。円柱を眺めていた男は、呟いた。
 彼の目的は、絶望を“識る”こと。
 そのために、絶望を“量る”こと。
 それも。動物のものなんかじゃなく。
 ヒトそのものの、もっともっと躍動的な―――本当の絶望を。
「じゃあ、あとは任せたよ」
「承知いたしました」
 円柱を眺めていた男が不意にそう言うと、背後の暗闇から数名の男たちが現れた。
「最近、“妙な連中”に邪魔されることがあるらしくてね。
 しっかり見張りを頼むよ。貴重な実験データだからね」
「……しかし、これは」
 背後から現れた男の中の一人。リーダー格であろう、髪をオールバックにした鋭い眼つきの男が、
「……聊か、残酷ですな」
 少しの戸惑いを含ませた声色で、呟いた。
「君は、知りたくないのかい」
「何を、でしょうか」
「人は、なぜ自ら死を望むのか」
「……」
「即ち。僕の目的は希望を追求することだ。絶望の理由さえ解れば、希望など幾らでも創り出せる。
 君の妹さんの様な悲しい事例を減らす、いや、無くすことがきっとできるだろう」
「……はい」
「“知らなければ”、何も始まらない。
 だから僕たちは―――、知らなければいけない」
 オールバックの男は無言で一歩下がる。それ以上の言葉は無い、という意志表示だ。
 彼の視線には映らない、円柱を眺めている男の瞳に輝くのは……。

● ローレットへの依頼
「最近、《練達》で謎の水死体が発見されている」
 そう切り出したのは、《練達》をテリトリーとする情報屋の一人だ。
「不思議なのは、水死体といいつつ、海やら川やらで見つかった死体じゃないってところだ。
 ビルの中、工場の中、大学の中……まあ水場とは縁のないところで“溺死した仏様”が出来上がっているのだから、妙な話だ。
 実は、此処だけの話。目に見えない水死体……詰まりは他の死因に見せかけて、実の死因は水死体じゃないか、っていう例もあるらしい」
「……隠蔽工作か」
 イレギュラーズの言葉に、情報屋が頷いた。
「まあ、治安維持の方にも、そろそろ支障を来す頃でな。ギルドに調査をお願いしたいんだ。
 ……実は、極秘で、事件の発生情報を入手したんだ」
「それは、調査と云いつつ……」
「俺は情報を集めて提供、あんたらは“荒事”を解決!
 そういうWin-Winの関係だろ?」
 イレギュラーズは小さな溜息を吐きながら、情報屋から詳しい情報を聞くことにしたのだった。

GMコメント

■ 成功条件
● 絶望試験にかけられている一般人5名の救出

■ 情報確度
● 「B」です。OP、GMコメントに記載されている内容は全て事実でありますが、ここに記されていない追加情報もあるかもしれません。

■ 現場状況
● 場所
・ 《練達》内の郊外にある廃倉庫です。
・ 倉庫内は広く、高さもあります。出入口は東西南北に1つずつ計4か所あります。
・ ところどころに一メートル四方の廃コンテナが積み上げられており、動線・射線・視線の妨げになる可能性があります。
・ 倉庫内、捕らえられている一般人の付近には、後述の敵個体が配備されています。
● 時刻・天候
・ 夜。廃倉庫内の照明は一部機能していませんが、捕らえられている一般人の周辺の視界には原則問題はありません。ただし、前述の廃コンテナの影などは死角になることがあります。
● その他
・ シナリオは、廃倉庫への突入時点から開始します。
・ 事前の自付与・他付与は不可です。

● 味方状況
■ 『捕らえられた一般人』×5人
● 状態
・ 《練達》の住人。男性3名、女性2名。
・ 最近、自身やその周辺に不幸なこと・嫌なことが起きており、絶望を感じやすい状態という共通点があります。
・ イレギュラーズの到着時点で、長期間の絶望試験に大変疲弊している状態です。
・ 円柱の壁は、非常に耐久性が高く、破壊するのに数Tを要することがあります。
● 能力値
・ 一般市民であり戦闘能力は有しません。

● 敵状況
■ 『布忍』(ぬのせ)
● 状態
・ 絶望試験の警備部隊のリーダーです。
・ 外見は40歳代位の男性で、痩せ気味、黒髪のオールバック。爬虫類を思わせる鋭い眼つきをしています。
・ 過去に娘が自殺しており、そのことに罪悪感を有しており、常に自問自答しています。
● 傾向
・ 一般的な常識、思考能力を有しており、理性的な会話が可能です。
・ 一方で、上司に忠実であり、任務を果たすために自らの手を汚すことを、一切厭いません。
・ 荒事に精通しており、十分に注意して戦闘に臨む必要があります。
● 攻撃
・ 近接格闘と銃器を器用に使い分ける物理系オールラウンダーです。

■ 『警備兵』×14人
● 状態
・ 絶望試験の警備兵です。布忍の指揮のもと動きます。
・ 10人が廃倉庫内、4人がひとりずつ廃倉庫の外の出入り口に配備されています。
・ 所謂傭兵的なポジションなので、実験の内容如何にはほぼ興味はありません。
● 傾向
・ 荒事には慣れており、注意して戦闘に臨むことが推奨されます。
● 攻撃
・ 主に銃器を使用する物理系です。

■ 『絶望試験の首謀者』
● 状態
・ 本実験の立案者と思われる男性です。
・ 外見は20歳代の男性で、痩せ気味、肩辺りまで綺麗に伸びている黒髪。整った顔立ち、そして真空色の瞳をしており、中性的な印象の男性です。
・ 布忍の部隊を配下としているような言動があります。
・ 実験現場の周辺には姿は見えず、原則、会敵することはありませんが……。
● 傾向
・ ???
● 攻撃
・ ???

皆様のご参加心よりお待ちしております。

  • 貴方の絶望、はかります。完了
  • GM名いかるが
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年05月01日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ルアナ・テルフォード(p3p000291)
魔王と生きる勇者
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者

リプレイ


「実験を繰り返して得られた結果が、生活に幸せを齎す事ってあるよね。例えば、お薬とか。
 ……でも、この実験は、わたしに言わせたら“個人の興味”にしか思えない」
 『守護の勇者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)の呟きが静まり返る暗闇に紡がれると、『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は平時の微笑を崩さずに首肯した。
「ああ。……生憎と、私の興味を惹かれるような内容でもないね。
 ルアナの言った通り、人命より有用な実験や研究が有る事自体は否定しない質だけど」
 続けて「研究者として他人のテーマを否定するのはご法度だが言わせてもらおうか」と前置きをした上で、
「―――下らない話だ。
 他人が感じる絶望を、画一的に理解など出来るものか」
 ゼフィラは飄々と言い放った。「全くその通りだネ」と『劫掠のバアル・ペオル』岩倉・鈴音(p3p006119)が瞳孔を細めながら続ける。
 ……イレギュラーズ八名の視線の先には、広大な倉庫が一つ。
 辺りは暗闇であるのに、その倉庫からは明かりが漏れている。そして、出入口の一つ、その扉の前には銃を構えた警備兵が一名、暇を持て余すかのように佇んでいた。
「あえて追い詰めて絶望させるなんて。ずいぶんひどいことをしますね
 決して許されることではありませんよ」
(まあ、私個人としては面白い物語になればそれでいいんですけどね。
 ―――ええ、人の心の輝きには、私も興味があるので)
 『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)が表現上は追随するかのように口にしたが、彼女の言葉は何処か俯瞰的な意味合いを孕んでいた。それが“彼女なり”の生物への愛情なのだろう。
「全く、悪趣味極まりねぇ事をしやがって。
 黒幕を同じ目に合わせねぇと気が済まねぇ、糞が。
 ―――オーダーは絶対。必ず被害者は助ける」
 対極的に侮蔑の色を言葉尻に強く滲ませたのは『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)である。それは己の過去を慮ってなのか。復讐を予防線に張って人を殺し続けた自分だって、或いは―――。
(―――“絶望試験”。
 元々は抗うつ薬の反応性を調べるための実験だとか)
 レイチェルの隣で『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が顎に手を遣る。大学で教鞭も取っていたことのある知識人だ。この手法に対する事前調査もどうやら万全らしい。そして、
「では、今回の実験目的は……?」
 ―――そこが問題の本質にあることを見抜いている。
「……まさか、拷問の実践という訳でもないでしょう
 で、あれば……これは明確に“何らかの目的”を以て行っている“実験”という事になりますね」
 『天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)が寛治の言葉を受け続けた。
「一つ言えるのは。趣味の悪い人が関わっていそうな事件、ということですね。
 “黒幕”の尻尾を掴めるように頑張るとしましょう」
 『アデニウム』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)が纏める様に言うと、全員が首肯する。
「絶対、救出しなくちゃ!」
 ルアナの掛け声と共に、今夜の依頼が始まる―――。


 戦闘服を着きていた警備兵の一人は、今夜も極めて静かな絶望試験にややウンザリしていた。なんせ、三日三晩、立っているだけの仕事だ。
 ―――だが。そんな彼の賜暇も、突如終わりを告げることになる。
「が……っ!」
 苦し気な声に濁った濁音が続く。彼は自身の掌を見てみると、血塗れになっていることに気が付いた。そのまま藻掻きつつ。地面に倒れこむ。
「行くぞ」
 レイチェルの白磁の様な美しい手指が、倉庫の出入口を指した。ここの処理がその後の任務の面倒を左右する所だった。そして喉元を精緻に狙撃する彼女の機転が大きく功を奏した。
 こくりと頷いた四音と他のイレギュラーズ達は密集しつつ、そのまま警備を排除した出入口から倉庫内へと侵入する。
 物音を立てない様、慎重に倉庫内へ侵入したリュティスは、耳を澄ませる。聞き耳が感知するのは、ほぼ無音の倉庫内で、―――微かな人の声。
(出来るだけ奇襲は受けたくありませんからね)
 リュティスのアイコンタクトに続けて寛治の超視力と眼鏡の暗視機能が視覚的に倉庫内を把握する。コンテナに阻まれてやや悪い視界については、レイチェルが透視の異能を発現する。
(隠れて不意打ちなんざ赦さん)
 さらにルアナの捜索の異能が加わることで、イレギュラーズ達は凡そ大体の倉庫内の状況を把握することに早くも成功した。
「……どうやら円柱の警備に殆どが割かれているみたいだね」
「円柱を破壊するためには、全面対決が避けられない訳か」
 ルアナの息を吐くような小さな声に、ゼフィラが答える。敵の配置は、あまり芳しくない方向での予想が的中していた。
 リュティスと寛治だけが一歩、隊列から外れる。
 この二名こそが円柱殺しの要であった。


「ローレットは敵に後ろはみせない!
 残酷な実験の“黒幕”はいずれ引きずりだすとして。―――今は被害者を助けるヨ!」
 鈴音の威勢の良い掛け声に、警備兵たちの視線が一斉に彼女へと注がれる。
「何者だ?!」
「……待て」
 一斉に銃口を向ける警備兵たちを制するように、一人の男が手を伸ばす。
「本当に出てきたか―――《特異運命座標》」
 その男―――布忍が、鋭い眼光でイレギュラーズを見遣った。
「ねぇねぇ。ここ何の実験をしてるか、知ってるの? 心痛まない?
 痛んでも“お仕事”だから気にしないのかなー?
 ……お仕事ってタイヘンだねぇ」
 ルアナの煽りに警備兵たちの顔色も変化していく。
「攻撃指示を」
 警備兵の一人が布忍に確認すると、
「ああ。―――許可する」
 突如、夥しい銃声。イレギュラーズは、リュティスと寛治を庇う様に応戦を始める。
「―――は。雑魚が湧きやがって、鬱陶しい事この上ねぇなァ!」
 淡く蒼く光を帯びる右半身―――充填された魔力が、次の瞬間、緋色の奔流へと変わる。そして現れる重圧、そして砂嵐。
「ぐ……!」
 レイチェルの放ったヘビーサーブルズが警備兵達の動きを大きく崩壊させると、
「さあ、行こうか!」
「ああ!」
 ゼフィラが全軍銃帯の号令を掛け攻撃精度を向上させれば。
 応えるようにして鈴音が英雄を讃える詩を紡ぎ、仲間の生命力を底上げする―――!
「背中は安心して私に任せて、敵に集中してくださいね」
 アルシュ・アンジュを冠する四音が、聖痕の呪いを埋め込んだ左手を掲げ、味方を鼓舞する。
 廃倉庫に響き渡るは、神聖なる救いの音色。
 ―――今宵彼女は、鈴音と共に、激戦を凌ぐための重要な療術者の一人に違いないのであった。
 リュティスと寛治が、最も近くに位置する円柱に向かって駆ける。と、その様子を認めた布忍が叫ぶ。
「奴らの狙いは“被験者”だ! 近づかせるな!」
 その声に呼応して三名の警備兵が銃で応戦しつつリュティスと寛治の前に立ちはだかる。
「邪魔はさせませんよ」
「……!」
 冬佳が静かに彼らの前に立つ。構えるは術式氷剣、“氷蓮華”。
「―――押しとおります」
 刹那、冬佳の眼前に現る陣、そして、放たれるは清冽なる無数の氷刃―――白鷺結界。
「くっ……!」
 警備兵の視界が激しく、白く荒ぶ。清廉にて苛烈な刀撃が、彼らの足を止めた。
 こくり、と冬佳が頷くと、リュティスと寛治は遂に円柱を射程へと収めた。


「これが円柱、ですか」
 リュティスがやや遠慮がちに触れる。滑らかな触感に、樹脂状の素材から成ることが推測された。
 そして、
「た、助けて……くれ……」
 中に居る男は、既に顔を水面に上げているだけで精一杯といった様子で、激しい体力、精神力の消耗が見て取れた。
「少々お待ちを。すぐに助けます」
 寛治がステッキ傘を円柱下部に向ける。一瞬の静寂の後、其処から放たれる魔弾―――一弾一殺を叶える、凄絶なる魔弾。至近距離で直撃したその攻撃に、

 ―――ピシリ。

 違いなく小さな亀裂が走るのを、寛治は見逃さなかった。
「何とか破壊はできそうですね。
 下部に穴が開けば、水圧による強度低下も見込みるかもしれませんし、何より、要救助者の希望にも繋がるでしょう」
「承知いたしました。それでは、私も」
 リュティスは可憐なメイド服を靡かせ、宵闇を顕現させる。
「破壊させて頂きましょう。
 ―――この下劣なる檻を」
 羽ばたくのは、視たものに破滅を告げると云う、黒死の蝶―――。
 リュティスと寛治の攻撃が合わさった、次の瞬間。
「……!」
 眼前の円柱は瓦解し、大量の水が溢れ。
「かはっ……」
 中にいた男が吐き出され、奇跡を見るような眼つきで、イレギュラーズ達を眺めた。


「ローレットはあなた達を見捨てない。助けに来た!」
 鈴音が警備兵から放たれる銃弾を必死に受け止めながら、声を上げる。
「まだ少々時間はかかるが円柱をぶっ壊す!
 皆体力を損耗させずに希望を持って待ってほしい」
「ああ、邪魔者は我々が阻むさ。今は助けを待っていてくれたまえ」
 今にも溺死寸前の要救助者を前にした鈴音の励ましの言葉に、ゼフィラも続ける。
 実際、円柱の一つは既に破壊された。その事実と、イレギュラーズの励ましにより、他の円柱に閉じ込められている者も、生気を取り戻しつつあった。
「わたしひとり倒せないの? ほらもっと向かって来てよ!」
 信念の鎧を身に宿したルアナも、自らに攻撃を集中させることに必死だ。……そしてそれは、彼女自身への多大なる被弾にも繋がる。
「馬鹿にしやがって……!」
 敵は、殺しのプロだ。そんな存在が、確実な憎悪を以て、自身を殺そうとしている―――。
(こんな攻撃、痛くも怖くもないよ。怖い思いをしているのは、柱の中の人)
 そう自分に言い聞かせるルアナだが、
「人の命の物語。もう少し続きを見させていただきますよ」
「ああ、兎に角勝つヨ!」
 四音のミリアドハーモニクスがルアナの傷を大きく癒せば、鈴音の魔術書から響く天使の福音がその他の味方をも癒していく。
「ありがとう!」
(……うん。怖くない。
 それにわたしはいつか、ひとりで『魔王』に立ち向かう。それまでは死なない。から怖くない)
「―――何をやっている!」
 そして、布忍の怒号の色も、変わりつつあった。
「悪いね、向こうも気になるだろうが、暫くこちらに付き合ってもらうよ」
「っ……!」
 しかし、ゼフィラが布忍を自由にはさせない。
「絶望から死を選んだものを救えるのは、希望なんかじゃないさ。
 希望がなくとも、救おうとする誰かが居れば人は救われるとも」
「……ふん、何とも知ったような口の利き方だな」
「ふふっ、こう見えて“色々”あるのさ。
 ―――手足を切り落とさなければ生きることすら出来なかった身の上でね」
「しかし、余り無為に命を浪費されては困りますよね」
 ゼフィラに続けて、四音が言った。
「よく分からないから、腹を裂いて解剖しようという様なやり方はいささか乱暴ではないですか?
 それで失われた命はもう戻らないのに」
「ふ、私にはその“道程”は良く分からん。だから私にできるのは、こうやって銃を握る事くらい」
「貴方達は見張りと警備が役目という所ですか」
 冬佳がそう問うと、布忍は口の端を歪める。
「さあ―――どうかな!」
 返す刀の布忍の精緻な射撃を受け、冬佳が斬り落とす。
(荒事専門という風情の布忍らがこの何かの実験を企図した者の筈もない
 詰まり―――素人である他人の観察報告だけで済ませるのでない限り、企図した者が今も何処かで全てを見ている筈)
 やはり布忍は頭一つ抜けて強敵の様である。レイチェルは確実に彼と間合いを取り、巧妙に戦闘を進めていた。
「……何でテメェはこんな糞ったれな実験に手を貸した?」
  レイチェルの《金銀妖眼》(オッドアイ)が静かに布忍を射抜く。
「“学者様”がどんな甘い虚言を吐いたか知らねぇが、奴らは知識欲に溺れた人種だぞ。
 ―――現実を見ろ、これは只の“人殺しの人体実験”だ」
 ぴくり、と布忍の蟀谷が動く。超視力を行使する寛治は、その機微を見逃さなかった。
「……全く、その通りだな」
 ぽつりと呟いた布忍の言葉は、レイチェルには届かない。だが、リュティスだけはその声色に気が付いただろう。
 仕切りなおすように布忍が銃を構える。

「命など―――。
 どれだけ掬っても指の間から零れていく砂みたいなものなんだよ」


(皆さんが無事に依頼を達成できるよう。癒し手として命を守ることが私の仕事です)
 作戦も終盤にかかり、敵、イレギュラーズ双方に被弾が多くなってきている。
「誰一人、倒れさせませんよ」
 四音が今、イレギュラーズ達を立たせている。これほど心強い“背中”は、早々無いであろう。
(……水死させることに意義があるようには見えるけれど、だからと言って。
 逃げるのを大人しく見ているとも、追わないとも限らない)
 冬佳も氷蓮華を振るいながらも場を冷静に分析している。警備兵の相手だけのみでなく、要救助者の逃走経路を確保できるよう、華麗に立ち回っていた。
「これで最後ですね」
 リュティスの言葉に、寛治が頷く。
 水浸しの地面を強く踏みしめ、二人は最後の一撃を円柱に叩き込む。
 大量の水と共に吐き出された最後の要救助者を寛治が背負う。最も疲労が大きいためか、女性は一人では歩くことはできない様であった。
「……待て!」
 激しいブロックを潜り抜けた布忍が寛治の前に立つ。リュティスが静かにその間に立った。
 布忍の被弾は翻って最も酷い。素人目に、彼にはもう永く戦闘を継続する体力は残っていないだろう。
「私はメイド。命令であれば貴方の御命を頂くのは吝かではございません。
 ですが。私に下った命令は彼らの救出。矢鱈血を流すのも合理的ではありません」
 リュティスが淡々と紡ぐ言葉は、しかし。何故まだ戦うのか、と逆説的に問うている。
「お嬢さん、《この稼業》(傭兵)もね。《ご主人》(依頼人)を裏切ったら終わりなんだよ」
 布忍の意志は固いようだ。リュティスが弓を構えるが、寛治が手を伸ばして制する。
「当て推量ですが、絶望を知るという実験のテーマ。
 ―――その先の目標は“絶望の無効化”ですか?」
 単刀直入に布忍に問う。布忍は意外にも―――苦笑した。
「しつこい奴らだな。俺は一介の傭兵に過ぎないと言っているだろうに」
「しかし、主人に忠誠を誓うには、それだけの対価があると見るのがこの世の常です」
 寛治の追及に布忍は頬を掻く。
「俺は知らない。だが―――“そういうこともあるのかもしれないな”」
 その布忍の言葉に寛治はただ、頷いた。
 それで凡そを理解した。
「一つだけ、私見を。希望の対照群が絶望かと言われると、少々疑義が残ります。
 ……希望と絶望は、打ち消し合うものではない。
 人は、その両方を抱えて生きるものですよ」
「……」
「退路は確保したヨ!
 救助した人たちの手当ても必要だし、さっさと戦線離脱しよう!」
 鈴音が寛治達に叫ぶ。警備兵達の追撃は止んでいない。そしてこちらには、倉庫外、そしてコンテナの影に隠した要救助者達という足枷もある。一人でも命を失えば、今宵の任務は失敗だ。
「―――“絶望試験”は此れにて終幕だ。
 次はもう少しマシな実験手技を考察することだな」
 ゼフィラがファントム・サーガから激しい熱風を放ち、その警備兵達を牽制しながら謗る。何とか立っていた布忍も、此処にきて体力の限界が訪れ、地面に崩れ落ちる。
 イレギュラーズは各々残る要救助者を抱え、倉庫外へと走り去る。
「無様なこったなァ」
 レイチェルが布忍に告げる。
「……俺は、殺しておいた方がいいぞ」
 息も切れ切れに布忍が言うと、レイチェルは煙管を燻らせた。
「いや。罪は償って貰おうか。人を見殺しにした罪を。
 ―――償い方は自分で考えろ」
「……ふ。俺には“この生き方”しかない」
 その布忍の言葉に。
 レイチェルは、過去の自分を視た。
 自分も―――”その生き方”しか、知らなかったから。
「……一つだけ言っておく」
「……?」
「―――終わりも始まりも、誰にも指図をされずに決めていい」
 言い終わった瞬間、レイチェルが弓を放つ。
 その行先は、布忍ではなく。天井に隠されていた、監視カメラに。
「それと。
 ―――“お前”を必ず葬りに行く」
 レイチェルが立ち上がる。最後に残ったのは、今宵、多くの銃弾をその身に引き受けたルアナ。
 倉庫からの去り際、振り返り。
 高らかに言い放つ。

「どこからか見ているんでしょ? わたしはルアナ。
また実験を企てるなら……何度でも壊しに来るよ!」

 言い終わった瞬間、レイチェルの射抜いた監視カメラが炸裂音と共に―――霧散した。


「―――は。なんて面白い奴ら。
 幾らの資金が無駄になったと思っているのかな」
 砂嵐となったモニターを眺めながら、男は肩辺りまで伸びた絹のような黒髪を揺らした。
「この気持ちは、絶望なのかな」
 真空色の瞳の瞳は、砂嵐を見つめたまま。
「この絶望は、何グラムなのかな」
 真空色の瞳の瞳は、砂嵐を見つめたまま。
「ああ、絶望を感じさせた人間の重量を量ってみようか。
 それで増減する量が、絶望の重さかな」
 真空色の瞳の瞳は、砂嵐を見つめたまま。

「―――絶望は虚妄だ。
 希望がそうであるように」

 真空色の瞳の瞳は、去り行く特異運命座標を見つめたまま―――。

成否

成功

MVP

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂

状態異常

なし

あとがき

皆様の貴重なお時間を頂き、当シナリオへご参加してくださいまして、ありがとうございました。

非常に連携の取れた素晴らしい作戦を、皆様プレイングに表現して頂いたと理解します。
そのお陰もあり、要救助者5名を無事に救出しつつ、無駄に命を落とすことも無く、素敵な成功に繋がったと思います。
心情、立ち回り、戦闘、バランスよく活躍されておられたPC様に、MVPを差し上げます。

ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『貴方の絶望、はかります。』へのご参加有難うございました。

=========================
称号付与!
『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)
『告死の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)

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