シナリオ詳細
頭巾は紅花に濡れて
オープニング
●華燭
銀の髪の乙女が姿を消したと言う。
欲に塗れた乙女に訪れる筈であった細やかな幸せは潰えたと依頼人の男は泣いた。
不憫であるとリュミエは胸に手を当て声を震わせる。実に、不憫で身に詰まされる思いであると。
彼女が消えた場所へと、ペリカ・ロズィーアン達、探索隊を伴い訪れた大魔道は流れ込む映像を見た。
美しき倶蘭荼華。その中で男が傅いている。
傍に佇む男には旅人の如き角が額より生え、裾の広がる衣服に身を包んでいるのが見えた。
――けがれの巫女よ。よくぞやった。
――ああ、貴女は、清き乙女。巫女姫様ではあるまいか!
傅く男の言葉と共に、その映像は掻き消える。それは一体なんであったか。
リュミエは直ぐ様にその場所を禁足地とした。その異様な光景が『混沌世界のもの』である確証が、『その時』の彼女には得られなかったからだ。
●その名は……
「――ぐあああああッ!!」
鉄帝。モリブデンと言われ、少し前に歯車大聖堂なる古代兵器が暴れた地にて――動く影が複数。
その地はまだ復興が進んでいない場所であった。瓦礫が残り、廃墟が多数。
故にこそ目立つ。未だ戻らぬ者も多いこの地にて不審に動く――影と悲鳴は。
「……」
その渦中に居るは一人の少女だ。
顔が見えぬ。紅き頭巾から鼻先だけが見えて、血を滴らせる――
否。違う、それは頭巾ではない。そのように見えはするが、あれは。
「おのれッ……皮剥ぎの悪魔めが……! 逃がすな、包囲しろ!!」
――人の『皮』だ。
近くで見れば生々しい色が見て取れるだろう。滴っているのは、幾人をも狩ったが故か。
邪悪なりし皮を纏っている彼女は……通称『赤ずきんちゃん事件群』なる、皮剥ぎの凄惨なる事件を起こしている張本人だ。彼女を追うは鉄帝国の治安の一角を担う保安部の者達。だが、別に彼女はこの国でだけ事件を起こしている訳ではない。
幻想でも天義でもラサでも――地続きの国家であればどこにでも出没するのだ。
話を聞くところによると彼女はこの世の外から訪れし旅人……つまりイレギュラーズではあるのだが。かような事件を起こせば、起こし続けていれば追われるは当然。そして彼女の所在を偶然にも掴んだ鉄帝国が追手を放ったのが今の状況だ。
しかし、彼女は物ともしない。焦りの色も見せずに保安部の手から逃れ続ける。
……と、言うよりも。
不気味なまでに一切の表情や声を見せぬ。
あれは人か? それとも異質なるモノか? そう思いもする者が出る中――
「ぬ、ぉ!?」
彼女が捉えようとした保安部員の前で大きく跳躍。
廃墟の屋根を駆け巡り、その姿を闇に消し込まんとする。
……彼女が皮を剥ぐ対象は決まっている。高名な武術家であり、彼らを襲撃して勝利すればその皮を己がモノとするのだ。それ以外は恐らく興味の対象外なのだろう……自身を襲う者あらば殺害すれど皮は持ち去らぬ。
消える、消える――いや逃してなるものか――せめて逃亡先だけでも――
「た、隊長!!」
瞬間。捕縛作戦を指示する男の部下が何かを口走ったと思った瞬間。
隣の壁をぶち破って新たな『何か』が彼らを襲った。
「ぐぁ……!? な、なんだこいつは、魔物……?!」
その姿は巨大な猪の様な姿。
酷く興奮した様な勢いを見せて、保安部員達へと次々に横から襲い掛かってきている。
妙だ。歯車の一件で混乱はあったが、ここにこんな魔物が出没すると言った情報は……
「くっ――撤退! 一度撤退だ!! 体勢を立て直すぞ!!」
ともあれこれではもはや追えぬ。逃げる方向だけでも分かった事を良しとするか。
もしこの周辺から離れていなければ廃墟のどこかに潜んでいるのだろう。
まだ捕らえるなり討伐するなりのチャンスはある。いつか必ず――
「――んっ?」
同時。猛烈なる勢いと共に暴れる猪の足元に。
見慣れぬ何かが――見えて。
「なんだ……黒い……花……?」
あれはなんだ? 狂暴化する魔物に、見た事のない花――
何かが、起こっているのか。
数が足りない。先日の混乱の収束の為に多くの人手が駆り出されている、故に。
ならばと頼るは――やはり英雄。
ローレットの諸君か。
- 頭巾は紅花に濡れてLv:10以上完了
- GM名茶零四
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年04月19日 22時20分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
負けた相手の皮を剥ぐ。
そのような話を『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は耳にしたことがあった。なにせ美少女――それはつまり種族の話だが――とにかく、美少女にもそのような習慣があったのだ。
己の優れた証として。いや、勝利の証として相手の皮を文字通り『掴み』『取る』
それこそが優れた美少女の証明であると――
「しかしそれは血が全てであった古代美少女の話……
今は第二ボタンやスカーフで代用するのが良き美少女の振る舞いよ」
「お、おう。美少女……ああ、なんせ美少女だからな。そうもあるだろうな!」
件の現場へと歩を進める『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)は百合子の言葉に頷いて。
百合子の変化をレベル1の頃から知っている彼からすれば、美少女の特性として『そういう』モノがあってもなんら不思議ではないと感じているのだ。そうだ、今更何を驚く事があろうか――あの当時は『うわ、あんな生き物いるんだ……』と。
「なんて驚いたのも懐かしい話だぜ……と、それはともかく妙な魔物もいるんだったか」
「ああ。何やら怪しげな花の処分も込みでな」
その花は彼岸花。各地で発生していると噂を聞く『神隠し』の一件と如何程の関係がある事か――と『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は思考を巡らせる。今の所人の消息が断たれている理由は不明。
しかし現場近くにはその花があるとの事で……些か調査の興味が惹かれる所だ。が、まずは依頼の主たる点、魔物の排除と『彼女』の対処を行うとしようか。無論奴らを発見するそれまでに見つけた花は処分も並行するが。
「全く、気色の悪い花だな。見るからに毒々しい」
「うむ。だがこんな事もあろうかとマッチを持ってきたのである! ひとまずはこれに投げ入れればよかろう。どうやら炎に耐性があるような代物ではなさそうだからな」
貴道が掴み取る黒い彼岸花。あまりに黒いその色に思わず顔を彼はしかめて。
百合子が用意したマッチの火――廃墟の木材を利用して作り上げた大きな火の中にくべていく。幸いと言うべきか否か、この花の耐久性自体は普通の花となんら変わらず……これだけで充分に処分できる様だ。
斯様にして処分も並行しながら目的の廃墟地帯を皆で進む。
現時点では――敵にしろこの妙な花にしろ、何ぞやの特別な反応も何も見られないが。
「うう。魔物を狂暴にさせる黒い花に皮を剥ぐ『赤ずきん』かぁ……流石にちょっと、怖いけど……うぅん、お兄ちゃんならこんな時でも怖気づいたりしないよね……!!」
いつ、どこから敵の襲撃があるとしれないと『青の十六夜』メルナ(p3p002292)は剣を構えて警戒態勢。折角復興の途中にある鉄帝の地なのだ……新たな不安の芽があるのならば摘み取らなければならないと心に誓って。
「いやしかし、さすがに皮を剥ぐとかゼシュテル軍人でもドン引きするレベルなんでありますが。鉄帝の民であれば多少殴り合いを好む性質がありますが、その結果の果てに更に血反吐を求むのはちょっと……」
「まぁ異なる世から訪れた相手……種族美少女、なのかしら? ともかく。外にも色んな理を持った相手がいるのでしょうし――そういうモノなのだと思っていた方がいいのかしらね」
そして同様の警戒を『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)も行い。『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の言葉がそれに続く。
旅人たる者達であれば元の世界で様々な風習を宿していても疑問ではない……いや百合子の推察が正しく、敵が種族『美少女』の一人であったのなら別に全員がそういう性質を持っている訳ではなさそうだが……
赤ずきん。名無しであるが故にこそ『そう』仮の名を当て嵌められた存在。
「フフ、フハッ、ハハハ! 真っ赤な頭巾の女の子――か! いいな、良いなぁ!」
しかし、そんな彼女との邂逅を心待ちにする者もいた。
『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)である。真っ赤な頭巾を携えているその存在に心躍らされるのは――さて。それは彼が『わるいおおかみ』であるが故にこそ、か?
「何百頁でも飛ばして会いに行くよ。可愛い可愛いお嬢さん」
敵対心を探知する術を起動する。半径100m――こちらに気付いた適正存在がいれば如何様にでも。足元にちらほらと生えつつある彼岸花を刈り取って、心臓の跳ね上がりを抑えながらゆっくりと歩を進めるのだ。
どこにいる。どこにいる? さぁどこだ。
誰も居らぬ廃墟地帯。家が立ち並ぶその間を進んだ――
その時。
「来ます、よ!」
気付いたのは『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)。足音が響かぬ様に慎重かつ、風上になるべく陣取っていた彼女が耳にしたは――微かな地響き。
それはこちらに向かってきている。段々と音を巨大に、接近する何かがいると分かれば。
「成程やはりお嬢さんよりもそちらが先か! ならば!」
グリムペインが先手を打つ。顕現せしは警笛と共に。
虚空より出でる列車だ。貫くその一撃が壁の果てまで、そして『音の主』へと直撃すれば。
「グ、ルルルッ!」
衝突音。と、共に次の瞬間。
巨大なる猪が――イレギュラーズ達の前に、壁を突き破りながら現れた。
先んじられた故か、喉奥を激しく鳴らしてこちらに敵意を見せる猪笹王。
「今の所は一体だけ。しかし他の猪の乱入や『赤ずきん』の警戒も必要ですね」
「……全く。この彼岸花達の事も調べたい所なんですけれどね」
壁がまるで紙の様だ……建物を遮蔽物に、盾にする様な戦術は出来なさそうか。
しかし元よりそれは分かっていた事だ。『協調の白薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)は魔力を練り上げながら混戦の警戒をし『夢為天鳴』ユースティア・ノート・フィアス(p3p007794)は両手に愛剣を構え、ほんの一時。精神を集中させるために目を瞑る。
彼岸花。この辺りでは少なくもその存在を見ない、不可思議なる花々よ。
一体どこからやってきたのか。一体誰が咲かせたのか――自然と心を通わせる術にて意思の疎通を試みるが、散発的に咲いていてあまり数が無い彼らからは確かなる意思を感じ取り辛かった。
もっと奥に。花畑が如く咲き誇っている場所でならば彼らの意志を感じ取れるだろうか。
「――参ります」
その為にもこんな猪に邪魔をされる訳にはいかない。どこかに潜む赤ずきんにも
故に彼女は、確かな意志と決意をもって。
そっと目を開け――踏み込んだ。
●
轟音鳴り響く。それはイレギュラーズ達が発している音ではない。
猪の突進だ。巨大なる身、強靭なる牙を武器にする彼らの直進はそれだけで脅威。
壁も何もかも関係ない。ただ優れた体格を暴力性と共にイレギュラーズ達にぶつけて。
「おおっと、しかしそう簡単にはいかないのであります」
されどエッダが踏み止まる。猪の突進を真正面から――砕けぬ壁役として地を踏みしめ。
衝突。衝撃。それでも行かせぬ。
――かかってこいやオラァ。
人差し指を動かして『こっちに来い』と軽い挑発。奴を引き付け己に集中させるのだ。
「あちら様の威力も大したモノですが、数が少ないなら治癒が間に合いそうですね」
「今の内に優位を保っておきたい所です。特に皮剥ぎの悪魔が訪れるまでには」
さればエッダに与えられた負傷を四音とラクリマの治癒術が満たす。
仲間の体力は極力万全を保ちたいものだ。攻撃の一手へと至れば猪をより早く倒す事は出来るだろうが……敵は依然として各地に潜んでいる状況。特に『赤ずきん』の方は猪と異なり接近に際し派手な音を鳴らしもすまい。
敵の数が多くない内に余裕のある行動を、そして。
「HAHAHA、大物だな! 肉付きが随分良さそうだ……さあて今夜は牡丹鍋かな?」
「よーしよしよし! よき猪であるな! 可愛いものである! ……ところで肝はこの辺であるかな?」
そして、うん。喰う気全開ですね貴道さんに百合子さん。貴道は構えた拳を横から繰り出して、百合子は己が身に強化を施しながら――一手の後、己が美少女としての力を猪へと流し込む。それは内より破壊せし古代美少女の力の一端。
見るがいい、これが『美少女』なのであると。
「――!!」
されば猪は身を震わせて一、二歩後退。しかしまだ致命傷には程遠い様だ。
流石に巨体は見掛け倒しではないか。それでもそれなら倒れるまで打ち込むまでであり。
「おっと。しかしやはり、派手な音には引き寄せられるモノであるか……!」
だがその時、敵意を探知し続けていたグリムペインが気付いたのは新たな敵の接近だ。
というか――もはや音で分かる。別方向から突進してきている音は、人居らぬこの廃墟地帯では特に顕著。再び空より列車を顕現させ、発射するかの如く『そちら』へと穿てば。
「グ、ル、ァアアッ!!」
二体目の猪が列車を掠めながら――戦場に現れた。
あと一体、それもいずれはやって来るだろう。未だ『赤ずきん』の存在は見えねど。
「やれやれ。まずはこの猪共を大人しくさせるのが優先だろうね」
「恨みも怒りもありませんが、人に害成すならば止むを得ません――倒します」
ゼフィラは苛烈なる号令の効果を絶やさず。余剰があれば精神の弾丸を猪へと投じ。
次いでユースティアの斬撃が彼らへと。跳躍から一閃、初見では見抜けぬ閃光が如き一閃が猪へと大なる痛みを齎すのだ。猪らもまた抵抗し、巨体を活かしてイレギュラーズを薙ぎ払わんとすれば戦闘が激化する。
その渦中にても、足元には彼岸花が幾つか。
花はただそこにある。これが魔物達を狂暴にしているという疑いがある――が。
彼らは動かずただそこにある。戦闘の余波で散る花があろうと特に新たな効果を齎す事もせず。
「全く、不思議な花だよね……一体何が原因でどうしてこんな所に咲いているんだか……!」
再度の突進。それをメルナはギリギリのラインまで見極めてから横に跳ぶ。
掠める一撃――しかしそれでも彼女は臆することなく。地へ足が届けば即跳躍。
刃を煌めかせる。抜刀したその一撃は巨大な光刃として地を走り、猪の横っ腹と足元に咲いていた幾つかの彼岸花を纏めて巻き込んで――吹き飛ばすのだ。戦闘の際の処分はついで、であるが。あれが見えぬ形で猪たちに今なお何がしかの効果を与えていないとも限らない。
「やれる事は可能な限りやってみるものだよね……!」
「ええ。どの道刈り取る事が必要なのです……花も排除出来るなら、やって損はないかと」
故にラクリマも。治癒の必要がなければ紡ぎ上げしは不可避の雹。
敵のみを巻き込めるように位置を調整し――広範囲を穿つのだ。
舞い散る彼岸花。傷つく猪の身。
血の臭いが廃墟の一角に満ちる。風に乗り、撒き散らし。されば最後の猪も建物の中から現れて。
同、時。
誰かの視界の端を何かが過った。
猪ではない。猪は全てこの場にいるし、そもそも猪程のサイズの何かではなかった。
気のせいか否か。戦闘の最中、長考は許さず瞬時の判断が必要な場において――
「来たわよ――『赤ずきん』だわ!!」
届いた連絡は、イーリンから。
ほぼ同時、いや一瞬その連絡の方が早かったか。廃墟、その陰から伸びて来た腕が突如として。
前衛を担っていたエッダの顔に届かんとして――
「現れたでありますな?」
その手を弾く。顎先に届きかけていた指先が空を切り。
叩き込むは徹甲の拳。しかし――妙に手ごたえが『薄い』――力を抜いてあえて受けたのか?
舞う。空を舞うは一つの色。その色は紅花。
「――『赤ずきん』」
誰かが呟いたと同時、地へと着地するは一人の少女。
暗き闇の瞳を携えた理解不能にして暴虐の化身。
皮剥ぎの、赤ずきん。
紅花の頭巾に濡れた少女がそこに居た。
●
少女の乱入は想定された事であった。
武術家を襲うのであれば、戦闘の匂いを感じとるも易しと……が、しかし。
「ほ、ぉ――成程。これは中々の驚きだね」
グリムペインは高揚と共に些か驚愕していた。敵意の探知に一切彼女は引っかからなかったのだ。
それは何故なのか、理由は思いつく。
彼女にとっては『呼吸』と同義なのだ。
相手を倒す事。相手の皮を剥ぐ事。そしてそれら一連の流れ。
全て『敵意』をもって行う程の事ではない。
日常。そう、他者に挨拶をするかの如くなんら変わりない当然の事。
殺意なく。
彼女は成すのだ。
『皮剥ぎ』を。
「フフフ、ハハ!! そうかそうか成程――こういう『お話』もまぁアリなのだろうね!」
少女と狼の話では、狼が少女を食すお話であった。
しかし今はどうだ? 襲い掛かろうとしているのは少女の方であり、襲われているのは狼の方である。
さもありなん。狼に対しなんら語りを見せぬ少女などマナー違反も良い所であるが――
「聞いておくれよ『どうして口が大きい』のかと! 勿論君を食べる為さ!!」
高笑いしながら彼は往く。防の術を紡ぎ上げながら、放つのは再び電車の一道。
時間もレールも関係無い、我が友は粗筋を伝って逢いに来る。
猪諸共巻き込まんと、レールを敷いて。
「――」
故に赤ずきんは即応。足音一つ、壁際に跳躍し、また一つ。
頬を掠めながらも電車を回避して――表情一つ変えずに戦場を駆けるのだ。
見据えるのは誰か。誰の皮か。少女の思惑は測り兼ねるが。
「そう、貴方が紫ずきん! ――なんてね、ちょっと違うかしら?」
イーリンが往く。彼女は猪との戦闘が始まった折に少しだけ別行動を成していた。
戦闘には参加せず、赤ずきんの警戒を灰屋の屋根で行っていたのだ。気配を断ち、怪しき動きを看破し、熱源を探知する術をもって。遠くを見据える『眼』も用意していれば早々簡単には近付けさせない。
流石にこれだけの行動、戦闘を行いながらの片手間には行えなかったが故にこそ戦場には当初参戦しなかったのだが――功を奏したようだ。グリムペインの探知を抜けて来た赤ずきんの姿を捉え、警告を促す事が出来た。
であればこれよりは戦へと馳せ参じよう。一気呵成の勢いを伴いて。
「人を襲い、皮を剥ぐ。如何なる理由があろうとも見逃しはしないわ」
見据える瞳。見に宿すは精密にして殺人剣の心得たれば、殺害の為の一手の動きを見抜く。
伸ばされる手の平――あまりに軽く伸ばされる故、さして危険がなさそうに見える程だが。
あれに『捕まってはならぬ』と全てが訴える。
躱しの跳躍、同時に得物に込めるは魔力の収束。高密度の魔力斬撃が赤ずきんへと届いて。
「――――」
それでも表情一つ変えぬ彼女。どころか、苦悶の声すら漏らしはしない。
ただ代わりに。
イーリンを、彼女の瞳を。
首だけ回してぐるりと見つめて。
「ひょえーなんでありますか今の首の動き。お人形さんが如く『ぐるり』と回ったでありますよ」
だがそこへエッダが入り込んだ。イーリンへと再び伸ばされていた手の攻を遮ったのだ。
庇う動き。やれ、この美少女とやらの目的は一体なんでありましょうな。皮を剥いでなんの意味があるのか。もしや単純に手合わせとその戦利品とかいう戦国の最中の武将的なそういう生き方故なのかと――思考を巡らせ。
「であれば残念、比べ合いにはあまり興味は無いであります」
赤ずきんの攻撃を受け止める。どっちが強いだとか弱いだとか。
「そんなことを言っているうちは本当の武ではないのでありますよそういう事も分からないとか未熟な証だと痛ってぇなテメェ誰に上等切ってんでありますかボケェかかってこんかいオラァ!」
エッダ、ブチ切れる。赤ずきんの攻撃は受け止めた。確かに受け止めた――が。
『潰れて』いる。両の腕を覆う金属の塊が。
たった一瞬の交わりで。たった一時の交差でこれだけの痛みを与えるとは美少女侮りがたき……いやもうそういうのどうでもいいや潰すからかかってこんかいコラァ!!
激化する。猪とイレギュラーズだけの戦場であったはずが、赤ずきんという勢力が加わった事によって。
「あらあら……あれが『赤ずきん』ですか。存外に可愛らしい御方の様で。
ふふ、やはり武術家を襲うという事は勝利の証として奪っている感じでしょうか――?」
この場は三つ巴になりつつあった。猪も猪で赤ずきんは敵対者に違いないからか、突進のルートに含めている。どこから崩れるか、どこから落ちるか今はまだなんとも言えないが――だからこそ四音は癒しの紡ぎを手放さない。
「敵方の攻撃を私達の回復が上回るか、それとも……
負けるつもりはありませんが、気を引き締めていきましょう」
皆さんの身の安全は守ります、と。戦場に紡がれる歌声が皆の身を癒して。
「ヤァヤァ! 吾こそは白百合清楚殺戮拳、咲花百合子である!
ここに潜みたる御仁は凄まじき使い手と見た――是非吾と勝負されたし!」
さればその時、待っていたと言わんばかりに赤ずきんへと声を挙げたのは百合子だ。
高らかに宣言するは美少女の作法。口上足れば口上で返すが美少女史の常。
古代の風習宿す者であれば通じぬか――? それとも口がきけぬか――?
「――」
「クハッ! 良い良い、その動きを見ただけで全ては通じようぞ!!」
優雅に動くその様、正に美少女!
断じた百合子は己が全霊をもって相対する。一気に距離を詰め、与えるは先の猪の時の様に放った美少女の力――その奔流の注ぎ込みである。
古代よ謳え。今の美少女を知るがいい。
「――――」
されば赤ずきんは何やらほんの少しだけ怪訝な、様子を。
それは気のせいだったのかもしれない。
或いはこの世で出会った『美少女』の力に懐かしさを覚えたからかもしれない。
しかし一つだけ確かな事がある。
赤ずきんは。
「―― 」
百合子の顔肌を、一瞬で剥がんとした。
耳の下を掴まれた。それは正に瞬時の事で、指先を引っ張り上げたのもその直後。
血が舞う。天へ、何かが千切れる様な音と共に――
「――ク、ハッ!」
されど百合子は無事だった。
耳の下からほんの少し、皮を剥がされようとした跡が残っているが――辛うじてその手からは逃れる事が出来たか。激痛が顔の横部分を襲い、血流が止まらぬが彼女は頓着しない。むしろその実力に歓喜して。
「この動き……やはり美少女拳法に通ずるものがある。クハッ! この様な異世界で美少女と会いまみえようとは何たる奇縁! 吾の今の全力をもってお相手いたそう!」
往く。往く――決して止まらない。百合の歩きをもって、百合の拳法をもって。
この美少女と争うのだと心に誓うのだ。
「全く、粗暴な猪に加えて猟奇的な性質を宿す『赤ずきん』もついに来ましたか。
それでもやる事は変わりませんね……!!」
そしてラクリマもまた攻撃を繋ぐ。ただし彼の一手は猪も赤ずきんも――だ。
片方だけが出現した時か、或いは赤ずきんの出現が猪を片付けた後であれば別の戦術を取ってもよかっただろうが、敵の数も多くなったこの戦況であれば敵を減らすのも重要であり。
「花よ凍れ――地を吹雪かせよ――ッ!」
紡ぐとともに再びの雹を降らせた。
その対象にはまた彼岸花をも巻き込んでいる。花は基本的に暖かい地に根を晴らすモノであり、寒さには弱い筈だ。無論突如として咲いた花であればどこまで一般的な花の常識が通じるかは分からないが。
それでも纏めて巻き込むことが出来るのならば彼らをも氷結させて。
「ガ、ァアア! グルァアアア!!」
さすれば猪の一匹が絶叫する。最初に出会った個体だ――度重なる攻撃に限度が来たのか。
身を震わせたその隙に、ユースティアの剣閃が瞬いて。
「赤ずきん――彼女相手には不殺などと留める余裕はないかもしれませんね」
その巨体を地に沈める。後二体、と思うと同時。視界の端に収めるは紅花の赤ずきん。
表情を変えぬ赤ずきんははたして追い詰めているのかそうでないのか今一つ分かりにくいが――彼女の攻撃は強力だ。隙あらば皮を剥ぎ、隙あらば脚や手を潰そうとしてくる。
混戦の状況を利用して戦場を数多を駆ければ、時折ユースティアの元にもその手を届かせて。
「――まあ、此方の『皮』には興味が無い事でしょうが、奇妙な縁とでも想って下さい。
例え偶然の産物であろうと道が交わった以上は、見過ごすと言う選択肢も有りません」
それを剣で防御する。氷雪の加護を受けたその剣は、例え赤ずきんの魔の手であろうと折れはせず。
赤ずきんが狙うは武術の道を往く者の皮だという。ならば剣を使う者が追手になろうと、赤ずきんにとってはさほどの興味はないと推察できるが――これも依頼。そして自らの道と交わった故の邂逅であれば。
人の皮を剥ぐ悪魔よ。
「其の悪夢を、此処で断ち切ります」
勝者の証、と言うには随分と特異な趣き。認めがたきその一端。
花を開かせる訳にはいかない。滴り落ちる血が黒ずんで、紅花の一面を顕現させる前に。
砕く。その意思を、その生を。
交差の瞬間に煌めかせるは必滅を謳う戦乙女の軌跡。紅花を阻む雪華の象徴。
六花の煌きを、その身に。
「――――」
赤ずきんの動きがほんの微か、鈍る。
縦横無尽の動き。およそ人と思えぬ高速の動き――ああこれは確かに半端では捕らえられぬ。
「さてさて、普段であればキミの行動原理も気になる所なのだが……
悪いね、今はそれより興味を惹かれる物があるんだ。手短に終わらせるよ」
その動きの更なる観察を。赤ずきんの行動の理由の推察を。
もっともっと奥まで探りたい所であるが――ゼフィラにとってそれは一番ではない。
彼岸花。神隠し。この世に根を張るソレの正体を探らねばならないのだから。
「さぁここが攻め時さ。一気に行こうか!」
それは味方の大勢を立て直す大号令。指揮の果てに、皆に活力が満ちていく。
故にか――乗った猪たちは直感で感じていた。
あの女が邪魔だ、と。
周囲を強化せしゼフィラの脅威。それを排除すべく猪の身が、その牙が彼女を襲う。
突き上げ致命を与えんとするのだ。防御してもなお、体に轟くそれは血を舞わすが。
「――そう簡単には、いかんよ」
反撃の一手。精神の弾丸が猪の身に、恍惚なる負を宿して。
「どれだけ強固でも、無敵じゃないんだ! ここで――倒すよッ!」
そこへメルナの一撃が叩き込まれる。
白い斬光の一閃が猪の身へ。ゼフィラが放った弾丸の一撃の跡をなぞる様に。
されば猪といえど耐えられぬ。弱き点を突く一撃が敵を砕けば――あと少し!
「負けた相手の皮を剥ぐなんて……なんで、そんな残忍な事っ!」
そしてメルナの感情は赤ずきんへも。彼女は赤ずきんが理解出来ぬ。
求めているモノはなんなのだ? 闘争の果ての勝利か? それならば皮は必要あるまい。
理解の外側にいる外道――決して許すまじと剣を持つ手に力を込めて。
「きっと、お兄ちゃんだって……ううん絶対、お兄ちゃんだって見逃したりなんかしなかった……!」
赤ずきんは倒さねばならない。少なくとも見過ごせない。
ここで逃げられれば次はどこの都市で罪を犯す事か――未来の被害者を出さぬ為にも。
往く。猪は後一体、赤ずきんは健在なれど総員で掛る事が出来れば追い詰められよう。
しかし攻撃にだけは注意する。猪はその突進力が依然として強く多くを巻き込み。
赤ずきんの一撃は油断すれば大きな一手を受けてしまう。
故に――ラクリマの癒しの術がイーリンへ。彼女は体力が全快であればこそより強き実力を発揮することが出来るから。エッダの堅牢なりし防御の構えも手伝えば、イレギュラーズ達の陣営の動きはスムーズに。
グリムペインの魔術が振舞われれば、巨大なナイフとフォークが戦場へ顕現。
赤ずきんへと振り下ろされる。何のために? さぁさぁ食べる為かもね?
「HAHAHA、デカくても猪だな、所詮は今夜のおかずでしかない! さぁ――もっと戦い甲斐のある奴は居ないのかい? 今ならこのミーが相手になってやるぜ、HAHAHA!」
そして最後の一体の猪を――貴道の拳が打ち倒した。
そして彼は高らかに宣言する。見せた拳、振るった拳。拳を振るう技術極めし彼の声は――
「―― ―― ――」
赤ずきんの注意を引くのだ。
彼女の魔の手が貴道へ。しかし当然引き付けの為の一言であったのならばこれは予測の範囲内。
「行くぜ美少女! 肉弾戦で――語り合おうじゃないか!!」
美少女。その種族の戦いになると知った時、きっと肉弾戦になると思った。だって美少女だもの。
貴道が放つは渾身の一閃。込めた力は空を薙ぎ、音の壁を突破する。
ノーモーション変則カウンター。美少女の柔肌を抉る、その感触を得たと同時。
「ぉ、ぉ おお ッ!!」
連打。連打連打連打――超速の拳は弾丸の如く。
二つの拳が叩き込まれる。倒す、ここで倒すと。
最後の一撃。魔槍の如き鋭い拳圧を――彼女へ――
「―― 」
その時、彼女の。赤ずきんの唇が動いた。
何故か聞こえない。声は届かない。実際に発しているのかすら分からないが。
「 」
赤ずきんは、笑っていた。
その瞳が笑っていた。闇の様な、こちらを呑み込むような、暗い、暗い瞳が。
笑っていた。
「ぬ、ぉ」
直後、貴道が吹き飛ばされる。拳圧を振るったと同時に赤ずきんもまた拳圧を彼へ。
掌が胸へと突きこまれたかのような鋭い痛みが彼に走る。思わず喉の奥から血反吐を吐く、が。
赤ずきんもまたその身を揺らがせ、口端から血を零していた。
血。血だ。紅き血液。人たる証。
皮を剥ぐ美少女と言えどその肉体に流れしは変わりないか――
「赤ずきん――逃がさないよ……!」
「美少女に逃走があってたまるものか! あいや待たれい!!」
直後、赤ずきんは跳躍する。行く先は戦場――ではなくまるで離れるかのように。
故にメルナと百合子が即座なる反応を見せるのだ。追わねばならない。
「この先は恐らく行き止まりの筈……そこで追い詰められるわ!」
「ふふふ。さて、大人しく捕まるかそれとも最後まで抵抗するか……排除を目的にするならばどちらでも構いませんね――まぁ勿論、手加減はしませんけれど」
そしてイーリンと四音もまた彼女を追う。イーリンは屋根の上で周囲の観察をしている時に周囲の形状も確認していた。事細かくまで把握出来ている訳では無いが……しかし推察の果てに得た結論としては、この先には必ず行き止まりがある筈だと。
果たして赤ずきんの結末はいかなる形か。四音は心躍るもので。
廃墟の中を進む。複数の足音だけが響き渡り、そして獲物を追い詰める為に奥へ奥へと。
「――これは、彼岸花――」
さすればラクリマは気付いた。彼岸花の数が、増えている。
先程までは点々と存在していた彼らが段々と。集合し、一つの花畑かの如く。
「貴方達は、一体どこから?」
駆ける、駆ける。ユースティアは駆けながら彼らへと意志の疎通を試みて。
されば漠然とした意思――いやイメージか――? が彼らより脳へ。
彼らは知らぬと言っている。彼らはここを知らぬと言っている。
彼らはここの植物ではない。
彼らはどこからかやってきた植物――?
「追い詰めたぞオラァ! そろそろ観念してとっととくたばるであります……!?」
そして最奥。ついに逃げる力も失いつつあった赤ずきんをエッダは追い詰め――
そして。
そして、見た。
赤ずきんが消える様を。
たった一瞬の事だった。閃光が瞬いたかと思うと、もうそこにあの紅花の姿はなく。
光、失せた後。残ったのは大量の彼岸花のみ。
しかしもう何かが起こる様子は見受けられない。赤ずきんは――どこへ消えたのか――?
「ふぅむ……? 悪い子だ。主役たる少女が消えるなんてね――君はマナー違反だらけだよ」
グリムペインは言葉を紡ぐ。
己が知る『赤ずきん』の物語で少女が消えたまま終わるお話などなかった。
苦笑するは、もはや己が手では彼女には追いつけなくなったという確信が何故かある故だろうか。
「人の消失――つまりこれが――」
ゼフィラは確信する。今の今までどこか気になる程度の話だったが……
ああ、つまり。これが。
神隠し。
「クハ、ハハ――そうかそうか! しかし、そうであるならなんたる皮肉か!」
百合子は笑う。黒き彼岸花の対極、白き彼岸花の花言葉を知っているだろうか。
その意味はたった一言。
『――また会う日を楽しみに』
黒き彼岸花で人が消えるのならば、恐らくいつか。
白き彼岸花の波の中で――会えるかもしれない。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。
赤ずきんは「排除」されました。
どこへ失せたかは謎ですが――ひとまず鉄帝の街にはまた平穏が戻る事でしょう。
神隠しの謎は、またいつか。
ありがとうございました。
GMコメント
■依頼達成条件
・黒き華、出没した魔物の処分。
・『赤ずきん』の排除。(可能であれば捕縛・殺害のどちらか)
両方を達成してください。
■戦場:鉄帝の廃墟地帯
昨日のモリブデン事件からまだ復興が間に合っていない一地域です。
それなりに広い街で、住民はまだいません。よって一般人の対処は必要なしです。
時刻は昼。黒い花と魔物、そして『彼女』の排除に取り掛かってください。
彼女――仮の名前として『赤ずきん』としますが、赤ずきんは恐らくまだこの廃墟の中にいます。ただし身を隠している事でしょう。探していれば向こうから襲撃してくるかもしれません……?
■黒き彼岸花
それがどうして咲いているのかは分かりません。しかし、そこに在るのです。
魔物に影響を与えているのは確かなようです。
まずはこの処分を試みてください。一部であれば回収しても構いません。
■猪笹王×3
恐らく黒い彼岸花に感化されて狂暴化している魔物です。
非常に巨大な猪の姿で、廃墟の壁ぐらいなら突き破って突進してきます。
個体数は3体。豊富なHP・防御力、反応を持っている様です。
その他、どうやら鼻も効くようです。
もし奇襲などを行いたければある程度工夫が必要になるでしょう。
■『神隠し』
神託の少女ざんげ曰く『神様の悪戯』。空中庭園に召喚されるのと類似の現象であると推測されており、『神隠し』に合った者は皆、『空中庭園ではないどこかに召喚されています』。
その神隠しは『混沌世界』のあらゆる場所で純種、旅人、魔種、どのような存在であれど等しく行われます。
■『赤ずきん』
本名は不明。旅人である、と言う話です。
『赤ずきん』というのは彼女が起こした『皮を剥ぐ』事件の――通称『赤ずきんちゃん事件群』から取った仮の名。高名な武術家を標的にしている様ですが、本名同様にその意図は不明です。各国で事件を起こしており各警察機構は警戒を抱いている様ですがその手からは逃れ続けています……
現在は鉄帝に出没している模様。
また、彼女は(恐らくギフトとして)『自分の発見者の位置を正確に察知』する能力を持っている模様。より厳密には『顔』を目撃した相手が対象の様です。(似顔絵や写真を含む)
よって正確な似顔絵情報はありません。特徴としては下記が文章情報としてあります。
・身長150cm程度、カオスシードに酷似した美しい少女
・血の滴る皮を頭巾のように被っている
具体的な能力値は不明ですが、幾人もの武術家を倒してきた経緯があります。
一人とは言え、相応の強さはあるとあるとみるべきでしょう……
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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