PandoraPartyProject

シナリオ詳細

桜隠すは盲ふ砂楼

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●華燭
 銀の髪の乙女が姿を消したと言う。
 欲に塗れた乙女に訪れる筈であった細やかな幸せは潰えたと依頼人の男は泣いた。
 不憫であるとリュミエは胸に手を当て声を震わせる。実に、不憫で身に詰まされる思いであると。
 彼女が消えた場所へと、ペリカ・ロズィーアン達、探索隊を伴い訪れた大魔道は流れ込む映像を見た。

 美しき倶蘭荼華。その中で男が傅いている。
 傍に佇む男には旅人の如き角が額より生え、裾の広がる衣服に身を包んでいるのが見えた。

 ――けがれの巫女よ。よくぞやった。
 ――ああ、貴女は、清き乙女。巫女姫様ではあるまいか!

 傅く男の言葉と共に、その映像は掻き消える。それは一体なんであったか。
 リュミエは直ぐ様にその場所を禁足地とした。その異様な光景が『混沌世界のもの』である確証が、『その時』の彼女には得られなかったからだ。

●砂楼の男
「――それで? 『エルメリア・フィルティス』嬢と同様の事件が起きてるって?」
 アイスマンは面白くもなさそうにそう言った。神隠し、それは神託の少女がそう読んだことに由来する神の悪戯だ。絡繰りは分からず、如何した事か『バグ』で姿を消すのだという。
「空中庭園の様な所に飛ばされてるか、それとも『別の世界』か。はたまた、『先の見えない場所』だとかな」
 彼のその言葉にフィオナ・イル・パレストは「先の見えない場所なんてあるっすか?」と兄へと首を傾ぐ。アイスマンとの対話相手たるファレン・アル・パレストはどこか悩まし気に「ありすぎて困る」と返すだけだった。
「まあ、兎も角だ。彼女が奴隷として売られていたこっちにも同じような事件が頻発しているから再度調査の依頼が来たって話だろう? なんで俺が召集されたのかは分からないけどさ」
「そりゃー『精霊』にも関係あるからっすよ。……ジョシュアに精霊って、『悍ましい事件』を思い出さずにはいられないっすね」
 どこか濁したようにそう言ったフィオナにアイスマンは「精霊狩りね」と乾いた笑いを漏らす。

 精霊狩り、それは精霊種とは別の『精霊』と呼ばれた存在を忌むべき存在として狩り尽くさんとした事件の一つだ。
 氷精に愛されすぎる男、アイスマンはその事件に巻き込まれた。その際に彼の傍に居た――今はもういないが――氷精『イエロ』は「行けない場所に逃げれば、あの場所は私たちの楽園なのに」と漏らしたそうだ。

「ああ、関係あるかもっていうのはイエロが言っていた『行けない場所』に神隠しされてるかもって事か」
「ああ。まあ……今となっては何も分からないけどな。
 それともう一つ、厄介なことがあって、お前とイレギュラーズに助力を願いたいんだ」
 ファレンの真剣な眼差しにアイスマンは「面倒事だ」と嘆いた。彼ほどの有力商人が言う面倒事だ、簡単な依頼でないこと位、嫌と言うほどに分かるではないか。
「ウチで傭兵をしてた剣士が居てな。まあ――ディルク達とは顔見知りだろうから、『彼らには伝えてない』」
「そりゃまた何で」
「アイスマンは想像力がないっすねー。傭兵引退後、剣の師範をしながら孤児院の援助をしてたっていう心温まる話だったんすけど『反転してその足取りが分かった』っすよ」
 アイスマンはそういう、と呟いた。知己が反転するなど、確かに友人の『妹』の一件があった彼らにとってはセンシティブなのは確かだ。

 さて、此度の依頼を説明しよう。
 ラサでも起こり始めた神隠し事件の現場を調査したい。その調査地帯には夢幻の蜃気楼と呼ばれる現象が発生している。砂漠でのそれは方向を見失わせるのだが精霊の悪戯であることはアイスマンもファレンも知っていた。
 幼い姿を象り、遊び相手とするために蜃気楼のどこかへと連れ去ってしまうという精霊の悪戯に『精霊に造詣の深いアイスマン』を当てがったのは成程、理解はできる。
 そこで問題なのが『幼い子供を象る』という点だという。
 ディルク達の知己たる剣士――カミツメは親身にしていた孤児院を人身売買目的の賊に幾度となく襲われ、辟易し『子を救う』が為、そして『救えぬ自分に絶望』して反転した魔種(デモニア)である。
 彼がその周辺で目撃されたことが事態をややこしくしているのだそうだ。
 彼は『精霊を守る為』に襲い掛かってくる。魔種である以上、判断能力は低下し、幼い子供を守るがために牙を剥いてくることだろう。
「まあ、彼が魔種である以上に、問題がある。
 その周囲には『黒い彼岸花』が咲いて……精霊たちも狂暴化し暴れているらしい」
「つまりは、花に対処をして、魔種を退け、精霊を大人しくさせないといけないっす」
 端的に言えばオーダーはその3つだ。
 まず、神隠しの現場にヒントとなる痕跡がないかをチェックするために、夢幻の蜃気楼を止めるために精霊を『大人しく』させる必要がある。
 そして、精霊たちを守ろうとする魔種の介入を退けねばならない。
 最後に、精霊と魔種を『混乱』させる原因であろうと目される『黒い彼岸花』へ対処しなくてはならないのだ。
「OK、ローレットへの救援は任せた」
「分かったすよ。……ってあれ?」
 フィオナが外を見る。そして、アイスマンを見てから「『また』っすか」と呟いた。
「氷精の祝福だよ。雪が降ってる」
 ――砂の都に降る雪を幻想的だと言っている暇は今はなさそうだ。

GMコメント

路の辺の壱師の花……

●目標
 ・黒い花の排除
 ・精霊の鎮静化
 ・魔種の撃退(闘争心を減少させること)

●夢幻の蜃気楼/砂楼
 ラサの砂漠の片隅。精霊たちが遊び踊る楽し気な場所です。
 いたずらめいた精霊たちは幼い子供を模して連れ去り、どこかに置き去りにします。
 それはラサにあるおとぎ話『蜃気楼に攫われる』というものをなぞったようですが……。

 最近は『蜃気楼のおとぎ話』の様な『神隠し』がラサでも頻発しているようです。
 その詳細調査に一先ず向かってください。何かヒントが得れれば最良ですが……。
『神隠しにあわない』可能性もないので注意もしてくださいね。
 現場ではアイスマンが同行していることで氷精のいたずらめいた雪がちらちらと降ってきています。

●『神隠し』
 神託の少女ざんげ曰く『神様の悪戯』。空中庭園に召喚されるのと類似の現象であると推測されており、『神隠し』に合った者は皆、『空中庭園ではないどこかに召喚されています』。
 その神隠しは『混沌世界』のあらゆる場所で純種、旅人、魔種、どのような存在であれど等しく行われます。

●魔種『カミツメ』
 鹿ノ子 (p3p007279)さんの御主人であった元傭兵の剣士です。
 情に厚く、剣の腕前は卓越したものです。財宝を引き当てて傭兵を引退、孤児院の支援を行っていましたが人身売買等の事件に巻き込まれ、屋敷より出奔――呼び声に感化され、子供らを守れぬ無力な自分に絶望したようです。
『幼い子を守る』事、そして『弱者には何かを欲する権利はない』という意識で戦います。
 黒い彼岸花に感化されいるのか説得には応じてくれなさそうです……。

●蜃気楼の精霊*10
 夢幻の蜃気楼と呼ばれる現象を呼び出す精霊たち。幼い子供を模して現れ、人々を蜃気楼に引き込み惑わします。
 黒い彼岸花に感化され狂化し襲い掛かってきます。幼い子供を模している為カミツメにとっては保護対象です。

●黒き彼岸花
 それがどうして咲いているのかは分かりません。しかし、そこに在るのです。
 魔物だけではなく魔種や精霊に影響を与えているのは確かなようですが――

●味方NPC:アイスマン
 本名をジョシュア。アイスバーを手にしている事でアイスマンと呼び親しまれる魔法剣士。
 エストレーリャ=セルバ (p3p007114)さんの師匠。行商も行う傭兵です。
 氷精に愛されすぎるという特性を持ち、精霊には造詣が深い事でフィオナとファレンには一目置かれます。
 それは呪いか、それとも性質か。常に彼の隣には精霊が付き纏っているようです。

●氷精たち
 アイスマンの指示を聞き、彼を愛する精霊です。過去はイエロと呼ばれる精霊が共に居たそうですが、その精霊は姿を消しています。
 イエロは「行けない場所」という新天地があることを示唆しており、アイスマンは神隠しが『行けない場所=混沌世界のどこか』ではないかと推測しているようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • 桜隠すは盲ふ砂楼Lv:10以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年04月19日 22時20分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)
叡智の娘
エストレーリャ=セルバ(p3p007114)
賦活
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
カナメ(p3p007960)
毒亜竜脅し
ルーチェ=B=アッロガーンス(p3p008156)
異世界転移魔王

リプレイ


 まるで季節を逆行したように降る雪は暖かなラサにおいては違和感を感じさせる。それが『アイスマン』と彼が呼ばれる所以か――アイスキャンディーを販売する陽気な傭兵だから、と言われれば格好がつかないと彼は笑う――ジョシュアは「助力をありがとう」と10名のイレギュラーズへと向き直った。
「オーダーもややこしい事この上ないがね、クライアントなんて、もう目も当てられないさ」
「クライアントはアル・パレスト様とイル・パレスト様って聞いてるっすよ」
 実質的に承認代表と呼べるファレンとフィオナ。若くしてラサの商会でも有力と呼べる力を持つ兄妹の姿を思い浮かべたのは傭兵の実質指導者『赤犬』に技術的に師事する事を目指す『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)であった。尤も、今回ばかりは赤犬にその実力を認められ指示することを許可されに来たわけではないのだろう。
「お姉ちゃん……?」
 首を傾いだ『優しいカナ姉ちゃん』カナメ(p3p007960)は傍らで放り付く気配を発する鹿ノ子をまじまじと見遣る。此度のオーダーを発したクライアントの話ではなくオーダーに彼女が反応を示している事が分かったのは血縁故であろうか。
「それで、師匠。詳しく聞いても?」
 精霊に『好かれすぎる』アイスマンに師事する『賦活』エストレーリャ=セルバ(p3p007114)は彼の傍らで揺れる氷精たちにも友好的な挨拶を交わした。アイスマンはその名の通り『氷の精霊に愛されすぎる』男だ。それは彼の周囲にも及び、冷たい雪を降らせるほか、精霊たちのご機嫌次第ではふぶく事もあるという。精霊使いとしてはその寵愛は嬉しい事なのだろうが、ジョシュアにとっては精霊に振り回されていると言う側面も強いのだろう。精霊たちが御機嫌よくイレギュラーズに親愛を示して六花を降らせてくれている事に安堵しながら彼は口を開く。
「ソコのお嬢さん――鹿ノ子は『知ってる』みたいだけどな。今回は何だかんだで魔種の介入を含んだオーダーだ。ま、魔種だけってんならロカタンスキーなんかがはしゃぐんだろうが……」
 魔種ハンターだという同僚の名を挙げながらアイスマンは「そうもいかないのが本件」とイレギュラーズへと向き直る。
「ほう? 前情報として聞いているのは『黒い彼岸花の駆除』とそれにまつわる噂だが……何だったかね? そう――『神隠し』か」
 口元に手を添えてゆったりと笑って見せた『パンドラの匣を開けし者』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)にアイスマンは頷いた。
 混沌世界は広く、そしてある意味で狭い。はじめは深緑で起こった行方不明騒ぎが発端だったという。
 簡単に言えば『忽然と跡形もなく消えた少女』が居た。その痕跡にはご丁寧に彼岸花が咲き、そして『奇妙な映像』が頭に流れ込んできたという。その現象はイレギュラーズ達の身に覚えがある者にも近いのだという。『召喚』――ラルフや『異世界転移魔王』ルーチェ=B=アッロガーンス(p3p008156)と言った旅人たちならばこの世界に転移させられたことからより実感があるであろうし、『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の様な混沌の純種でありながら空中神殿へ招かれたものにもその感覚は分かるはずだ。
「その『召喚のようなもの』を神隠し、って言うんだよね……? 
 神隠しに黒い彼岸花……行けない場所……わからないことだらけだね。少しでも手掛かりを得るためにも、ここは頑張らないと!」
「その通り。『親愛なる友人(イエロ)』はいけない場所に召喚されてると『推測』してた。
 ま、それが世界の果てなのか、それとも絶海の孤島なのかは分からないが――『外』じゃあないだろうと思ってるさ」
 アイスマンの言葉にラルフは「外、ああ、『この世界の外』か」と頷いた。それは精霊の能力の及ばぬ場所を差しているのだということは分かる。『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831) は「召喚とは人力で抗う事の出来ないものという認識だ」とアイスマンを向き直った。
「魔種にも影響を及ぼす代物というと、まず廃滅病を思い浮かべるが……この彼岸花も冠位の仕業なのか、それとも――」
「……さあ? 俺にもわからないさ」
 アイスマンの飄々とした態度に汰磨羈はふむ、と小さく唸った。進み往けば砂の海に降る雪化粧。それにヴェールのように揺れる蜃気楼が重なっていく。
「黒い彼岸花。狂暴化した精霊に傭兵の魔種。どれを取っても良い予感はしないけど……いつも通り行こうか。
 それから黒い花。詳しい人に解析してほしいから、出来たら採取して持ち帰ることができればいいんだけど……そうもいかない、かな?」
 そう、口にしたリウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)は揺れる華の傍で泣いている『子供の姿』を見て仕事が始まったのだと実感した。


 ぐすぐすと。まるで迷子の子供が帰り道を見失ったかのように泣いている。その声を聞きながら、『黒狼』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は幼い少年少女を守りたいがために手を伸ばす魔種の行いは否定できるものではないのだとため息を吐いた。
 鹿ノ子が知っているだろうというアイスマンの『言葉』を振り返れば、彼女は自身の主人であった男だと静かに告げた。
「……孤児院へ支援してガキを庇護下に置いてやるってのは立派だ。
 それ以上に立派なのは野盗(クズ)からガキを守りてえっつー立派な心がけだろ。それでも魔種になったってのは笑えねえな」
「そう、だね。もし『子供たち近づいた』なら、魔種である彼はこちらを人攫いとして見るんだろうね」
 リウィルディアは苦々しく呟いた。反転したその性質を戻すことが容易でないことを誰もが知っていた。それでも『心』が戻ってくるというその事象はローレットの記録書庫の中にもしっかりと存在している。せめて、魔種『カミツメ』が心優しき男に戻ってくれればとルカは願って已まないのだった。
「さて。魔種。ああ、誰かを慈しむ思いを原動力にするのは悪くはない。悪くはないが、それよりも興味深いことはある。
 神隠し。各所に、この花が存在するなら、この花が何らかの要因なのだろうか。……今回は『誰か』消えるのか? 消えるならば『何が』トリガーなのか」
『らぶあんどぴーす』恋屍・愛無(p3p007296)は振り返る。この場に揃ったイレギュラーズの誰かが『消えない』という保証もない。ラルフに言わせれば「経験してみた方が早い」が、神隠しの結果がどこに向かっているのかわからない以上アイスマンに言わせれば危険だ。
「うん……黒い花に魔種もいるし、精霊さんは様子がおかしいし……
 何で咲いてきたのかは分かんないけど、何とかしなきゃいけないのは分かるよ!」
 カナメはゆっくりと構える。鹿ノ子の本心までを察することは出来ないが、カナメはカナメにとって出来る事を頑張るだけだと力を込める。蜃気楼の向こうから姿を現した男をまじまじと見た。
 それは黒き獣の如き男であった。鹿ノ子がぐ、と息を飲む。旅装束を思わせた男はイレギュラーズを確かに『敵』と認識している。
「魔種が『自分たちの庇護者』であることを認識して襲い掛かってくるのだとすれば、中々に骨が折れる」
 汰磨羈がぼやいた言葉にルーチェはくつくつと笑った。銀髪の乙女は冷静に状況を分析する。件の『黒い彼岸花』が咲いたその一帯に由来だ蜃気楼は何処までも深く人を惑わせんとするものだ。
「『黒い彼岸花』がここの精霊たちを狂わせているのは間違いないであろう。
 あの精霊を守ると息巻いている魔種が邪魔であるが……精霊の無力化をするためにもまずは『黒い彼岸花』の排除することを優先せねばな」
 ルーチェのその言葉に頷いたルカが黒き彼岸花に向けて走り寄る。その刹那、カミツメの鋭い一瞥を受け止めた鹿ノ子がぐん、と飛び込んでゆく。
「漸く見つけたっすよ! ご主人!」
 その色違いの髪が揺れる。鹿ノ子の言葉にカナメは『彼女との因縁』を察し、姉の支援に向かう為の前準備を行う。
「精霊さん、遊び相手が欲しいなら私が付き合うよ!」
 アレクシアの周りに咲き誇るは鮮烈なる赤。その周囲に広がった黒よりも尚、赤く対照的な程に眩い魔力が精霊たちを包み込む。その大輪の花の中、リウィルディアはアレクシア、鹿ノ子、汰磨羈から視線を逸らせぬ様に注力し続ける。
(此処で逃げてはいけない。止めなくちゃいけないんだ……!)
 精霊が不意を狙ったエストレーリャの視界が白と黒に暗転する。精霊と心を通わすのは難しいものだという様にアイスマンは弟子の前へと躍り出て、精霊たちと向き直った。
 ラルフはルカへと自身が『調べれた』限りの情報を伝達する。破壊可能な物質であるかどうか――それは紛れもなく花であった。周囲に咲き誇る事と何ら変化のない美しき曼珠沙華。それはとある国の言葉では『スパイダーリリー』とも称されるらしい。
「蜘蛛か。一糸垂らして、何らかの『影響』を与えたつもりか?
 さて、どうしてお前がそこに咲いて居るのかを教えてもらおうか」
 それは神秘の影響下の許で突然咲き誇ったものなのだという。そう思えば『誰かの思惑』で咲いたわけではないのかもしれない――蜃気楼は『人を惑わす』と言われている。
 ラルフは「ああ」と唸った。此処では人が惑い行方不明になる事はある。もとより、そのような噂に尾鰭がついて、『神隠し』が起こったのだとすれば?
 各地の迷宮も、更に言えば絶望の青でさえ人が惑い易い場所であるのかもしれない。それは市中でだって何気なくもたらされる噂話だ。神隠しが起こった場所に『召喚先より漏れ出た瘴気が咲かせた花』と考えることがよりスマートであるのかもしれない。
「何かわかったか?」
「ああ、一先ず花を根絶やしにしなければならないという事は確かなようだ」
 ラルフは氷精の協力をもとに砂の精霊たちによる蜃気楼を打開してくれないかとそう言った。アイスマンは「精霊同士のケンカは中々ハードだぜ?」と小さく笑う。ちらつく雪は一気に激しさを増し、幼い子供たちに向けて悪戯をやめろとでも合図してるかのようだ。
「ッ――」
 その吹雪の中カミツメの攻撃に鋭さが増してゆく。流石は魔種か。その一撃の重さに鹿ノ子が呻けば、直ぐ様にリウィルディアの支援が飛んだ。汰磨羈はその攻撃の手を止めるべく魔種へと向き直る。
「悪しき花と偽りの子供に惑わされ、守るべき者に刃を向ける気か?」
「何を以て偽りと言うか!」
「精霊は惑わすものだ。侍従を信じず、『紛い物』を信じて攻撃する主君があってよいものか」
 汰磨羈の言葉にカミツメは小さく笑った。それはどのような言葉を発したとしても『彼岸花』の瘴気に充てられたように自身の中にある確固たる意志を強固にするかのようであった。
 反響する音を聞きながら愛無は無数の触腕をぞろりと伸ばす。黒き華を出来得る限り散らすことが求められるこの状況で、愛無とルカは懸命に対応を続けていく。
「……『幼い子を守る』というあやつの執念は、一種の使命感を感じさせるな……。
 だが、所詮魔種に堕ちたいわば狂人、余は一切の容赦はしないぞ」
 ルーチェのその言葉に愛無は緩く頷いた。どのような存在であれど魔種は魔種。狩るべき存在と狩られるべき存在はその両者ともにそこにあるのだ。
 スウィート&デビルのワンピースを揺らしながらカナメは『かたわれ』を心配していた。今は推している場合ではない。アレクシアの支援をしながらもその体にじわじわと感じる痛みがカナメのテンションを増幅させていく。
「できればいっぱい痛めつけて欲しいな……えへへ……♪」
 にまりと笑ったカナメ。黒き彼岸花に対処していた面々は『花を散らす事で狂気が僅かに分散している』という敵の様子を確認したうえで次の行動に移さねばならなかった。第一に、魔種を受け止める者たちの支援だ。
「止めなければいけないんだ。やらせはしないよ」
 リウィルディアが低く唸ったその言葉にラルフは頷いた。このままでは回復が厚くともどちらかが瓦解する。魔種という脅威を受け止める鹿ノ子の支援、そして、精霊へと対話を続けれど狂気の上で対応が困難となっているアレクシアたちの支援も求められるだろう。
「どうして邪魔をする!?」
「邪魔はどちらか――!」
 アレクシアが対話を試みる様子さえもカミツメには『子供を甚振る』様子として映るのだろうか。唸るカミツメの導線を防ぐべく対応する汰磨羈の表情が歪む。
(魔種は流石に強敵だ……! けど、ここでだめだと諦めては何も為せない!)
 リウィルディアが癒しを送る。汰磨羈を支えるそれが彼女に力を与えるが、なおもカミツメの攻撃は鋭く続いてた。
 愛無はその様子に視線を送る。精霊たちは依然として狂気を払えてはいない。しかし、実力行使には早いか。アイスマンが手をこまねいたそれに愛無は緩く頷いた。
(ならば、相手はあちらだ。無論、あいつを打倒す他に何もない。やらねばならぬのならば、やるだけだ)
 密やかに伸びる毒手(あんき)はまるで狂おしく享楽を与え続ける。吼えた首落清光は獲物を待ち望む様にギラリと揺れた。
 しかし、愛無は何となくわかっていた。戦線は緊迫している。『精霊』との対話を続けているアレクシアは耐え忍び声をかけ続けるしかなく、魔種を初手より対応した二人にも疲労の色は濃い。アイスマンは弟子を守るように立ち回りながら精霊との対話にあたっているとなれば――何か一つでもピースが毀れれば敗北がそこには待ち望んでいるはずだ。
「『弱者には何かを欲する権利はない』?
 何言ってるッスか! その弱者を守るのが! ご主人のお仕事だったじゃないッスか!
 僕らみたいな孤児を、戦う力のないひとたちを、守るのが! ご主人の! 傭兵だったご主人の! 信念だったじゃないッスか!」
 見様見真似と独学で学んだ剣術。それがどこまでカミツメに通用するのかは分からなかった。憤り、それを露にした彼はまさしく竜が焔を吐き出す刹那をも思わせた。背筋に走った恐怖を振り払い鹿ノ子は何度も何度も一撃を放つ。
「信念だけでは何も救われん」
「ッーー何に感化されてるか知らないッスけど、そう簡単に捻じ曲げていいものじゃないッス!
 目を覚ますッス! そして、僕と一緒にお屋敷に帰るッス!」
 魔種が、元に戻らぬこと位知っていた。知っているけれど、諦めたくはなかった。
 自分はメイドで、彼は主で。彼が正しき道を進むために力を惜しむ暇はなく。鹿ノ子は何度も何度も攻撃を重ね続ける。
 一撃が重い。刃で受け止めた腕がじんじんと痛む。後退するように、精霊とアレクシアへの道を阻む汰磨羈とて消耗を感じていた。
 痛い。
 その痛みをリウィルディアが癒す。傷はいえれど、痛みは消えぬ。
 痛い。
 しかし、彼女に涙はなかった。ベイビードントクライ。何があっても涙は流れぬのだ。
「お姉ちゃん!」とカナメの悲痛な声が響く。それに懸命に対処すべく、その身を投じたラルフは苦虫を嚙み潰したようにカミツメを見遣った。
 精霊たちは悪戯めいて狂気を孕む。花を散らすことを優先していた仲間たちは皆、花よりも尚、カミツメを相手にとった。魔種は脅威だ。脅威だからこそ、それの撃退には力を絶やさねばならない。
「同意する、弱い事は悪だ、力が無ければ何も成せはせん。だのに子供を守りたいとは、矛盾だが理解しよう」
 ラルフは静かにそういった。カミツメは「力はある。そうなるがために『反転(こう)』なったんだぜ?」とくつくつと喉を鳴らし彼へと飛びついた。
 思い一撃を受け止めた彼は「おっと」と小さく声を漏らす。以前として前線で攻撃を重ね続ける汰磨羈は歯噛みする。
「そうでないと言うのなら。鹿ノ子の姿を見、声を聴いて、御主が真に成すべき事を思い出せ!」
「鹿ノ子を誑かすか、下郎」
「ッ――聞こえないか……!」
 総てが逆転している。カミツメの中では幼き子を惑わせ、親愛なる鹿ノ子までも誑かした大罪人がそこにいるように見えているか。汰磨羈の悲痛なるその声を援護するように、リウィルディアの一撃が追従する。
「隙を見せたね? 食らうといいッ!」
 リウィルディアの一撃にカミツメが唸るような声を漏らす。傷だらけの姉を見遣ってからぎ、とカミツメを睨みつけたカナメはゆっくりと鹿ノ子を振り返った。
「お姉ちゃんのを守るのはカナに任せて!
 斬られたら凄く痛そう……! でも、痛そう、痛い、かぁ……ふふふ……♪」
 ぞくり、と快楽がその背には走る。姉の盾として、そして『快楽』として二律背反をその背に背負い色を分けたその髪を結わえた少女はくすりと笑う。
「楽しませてね……?」
 唇に笑みを乗せる。その背後で愛無は「よくわかる」とカミツメを見遣った。
「そうだな。弱ければ奪われる。奪われる事が嫌ならば強くなるしかない。己の意志を貫きたければ戦うしかない。砂漠という過酷な環境が、そうさせるのか。似たような結論へと辿り着く者が多いようだ」
「お前もそうだと?」
「そうだ。そうでなければ剣など握れぬ。そうでなければ、何も信じられぬ。ゆえに。退かぬならば排除するのみ。力でな」
 愛無の強靭な肉体よりぞろりと触腕が蠢いた。それが獲物を狙う捕食行為の仕草であることを感じながら愛無は目を伏せる。力は最も『らぶ&ぴーす』とは離れるが、排除したその前にそれがある事を信じて行動に移すしかない。
 魔力を『飲む』ように、その口に集めていたルーチェは光の奔流をカミツメへ向かって放つ。物理攻撃を補助する魔力は破壊的な勢いでカミツメへと襲い掛かり――彼の切っ先がルーチェへ向いた。
「おや、余所見かね?」
 ラルフのその声が掛かったと同時、憎悪の爪牙が襲い来る。ルカは至近距離で蹂躙するが如く拳を振り上げた。
「カミツメさんよぉ。なんだそのザマぁ……?
 正気失ってガキが守れるつもりかぁ!? そんなになってまで守りたかったもん、忘れてんじゃあねえぞ!」
 ディルクの魔剣『黒犬』のレプリカをその手に握り振り下ろす。それを見遣った時、カミツメは「ディルク」とかつての友人を呼んだ。説得するのが無駄だとオーダー時点で言われていようと知った事かとルカは唸る。別にそれで道を正させるつもりはなく、思い出せばいい、ただそれだけだ。
「それに弟子の前だろうが! シャキっとしやがれぇ!!」
 胸ぐらをつかみ頭突きを噛ます。ぐらりとカミツメの視界が眩んだ。しかし、彼もまた強力な傭兵か。直ぐ様にルカへと追撃を放つ。
 此の儘では何も得られない。それだけは嫌だという様にアレクシアは叫んだ。
「精霊さん、喧嘩はやめてお話でもしてみない? 怪我はしたって楽しいことなんてないよ!」
 アレクシアの叫びに精霊たちがどうしようかとささめき合う気配がした。それが、精霊たちの狂気が薄れている事を示しているようでアレクシアは叫んだ。
 そうだ。絶対に諦めない。
 ここで諦めたならば、これから先の神隠しが防げない。神隠しが『何』なのかを解明しなければならないというわけじゃない。神隠しが起こった事で誰かが悲しむ可能性があるならば、それをなくしたいのだ。
「私たちには護る意志と力があるんだってことを、カミツメさんにも示してあげる! 確りと見ててよ!」
 精霊たちを抱きしめるように両手を開く。アレクシアのその言葉にリウィルディアは支援するように癒しを送った。
「回復は足りてるかい!? ───ほらっ、これで耐えて!」
 頷く。夢まぼろしが如き蜃気楼が消えうせていく。吹雪く凍てつく気配も弱まり、アイスマンを溺愛する氷の精霊たちが『蜃気楼の精霊』の狂気が払われたことを感じさせた。
 しかし、その間にも魔種の強襲は続いている。アレクシアが耐え忍ぶ間に、不意を打たれたエストレーリャと懸命に主を戦った鹿ノ子を守るように立っていたアイスマンが精霊たちに任せたと言い前線へと躍り出ていく。
 ちらつく雪はこの砂漠ではありえないものだと言うのに。耐え忍ぶように戦うルカはその雪がどこか暖かいもののように感じた。


 蜃気楼が徐々に力を失っていく。そうなるまでにかかった時間は途方もない。しかし、その間に『自身はどうなろうとも子らを守ろう』とするカミツメの攻撃は強打としてイレギュラーズに襲い掛かっていたのもまた事実であった。
 少なくとも花を処分したことが好機と出たのか精霊たちの狂気は薄れている。だが、此の儘ではいけないと即座に理解したリウィルディアが撤退を促す。イレギュラーズの戦線は半壊しかけていた。
 無論、それを支援すべく立ち回るアイスマンも蜃気楼の精霊による反撃と『イレギュラーズ』を守るべく立ち回るそれで全力を出し切れては居ないのだろう。
(この儘、むざむざ遣られるわけには行くまい……!)
 ルーチェがじりじりと後退する。カミツメを受け止めたラルフがぎり、と奥歯を噛み締め、支援する汰磨羈の額にも汗が滲む。
「困っているね」
「これが楽しんでいるに見えるか?」
 汰磨羈はさも面白そうにアイスマンへ返した。アイスマンは首を振る。そして、汰磨羈へと小さく笑ったのだ。
「もしも目隠しをしている間に撤退しろと言われて『こなせる』確率は?」
「ないと答えるわけがないだろう。できなくても、やるのが、僕(イレギュラーズ)という生き物だ」
 白手袋に包まれた指先がカミツレを薙ぎ払う。薄れる夢まぼろしが如き蜃気楼の中、精霊たちと話すが為に何度も癒し、自身を鼓舞するアレクシアは愛無の言葉に大きく頷いた。
 できなくてもやるのが、イレギュラーズ。確かにそうだ。不可能だからと諦めてばかりでは何も始まらない。
「アイスマンさん! どうすればいいの!?」
「そうこなくっちゃな! いいか? 一度だけだ。『氷精(しんあいなるゆうじん)』達が最大出力して見せる。その間に距離を取れ!」
 アイスマンの言葉に頷いたルカはラルフへ向け一閃放ったカミツメのその殺意が薄れるの感じ取り肩を竦める。彼岸花の放つ瘴気で徐々に彼の中の狂気も薄らいできているのだろう。
(流石に瞬時に影響はぬぐい切れない――か!)
 アイスマンの指示に合わせ傷を押して尚、前線で戦っていたラルフに最大限の癒しが舞い込んでくる。吹き荒れた吹雪の中、一手不意打ちを放ったラルフが後退し、倒れた仲間と共に距離を取る。
 我武者羅な儘に放たれた一撃がルーチェを掠め、彼女が小さく唇を噛んだ。邪魔立てする魔種を斃すのはこうも骨が折れるものか。
 ビュウと吹き荒れた雪を覆い隠すように夢まぼろしが漂い始める。それが蜃気楼の精霊の力であることを察した刹那、その足を震わせたアイスマンが「いいか、逃げろよ」とイレギュラーズへと叫んだ。
 精霊たちのいたずら。それに紛れるようにイレギュラーズは後退する。
「師匠……」
 エストレーリャの呟きは砂嵐へと飲まれていく。師の稼いだ時間の分だけ撤退に費やすべきだとアレクシアは唇を噛んだ。
 それは何らかのトリガーがあったわけではない。偶然だ。偶然ではあるが、それを観測できたのであれば恋無は目を逸らすことはしないだろう。
 そう。神隠しだ。
 蜃気楼が覆い隠すようなヴェールはアイスマンの纏う冬の凍てつく空気が作り出すものであろうか。頬を掠めた雪の冷たさにリウィルディアが後方を振り返った時、そこには眩い光と幻惑があった。まるで『脳に流れ込む』様な映像は和装の男と少女が話している様子だ。
 黒曜の角を持つ男の少女。彼らは同じ種であるか。それが『どこの話』であるかは分からない。


 ――巫女姫様は、

 ――ああ……なんとかせねばならない。ヤオヨロズのイエロにも協力を乞おう。

 少女の困惑した声音。そして、青年の固く、冷たい声がリウィルディアの脳内で反芻される。
 イエロ、とルカの唇が動く。それはアイスマンの傍に居たという氷精ではなかったか。
 ヤオヨロズ。果たしてそれが何を差すのかは分からない。
「ッ、神隠しが起こったとでもいうのかね?」
 その『映像』はラルフも確かに見たものだったのだろう。殿を務めるとそう言ったアイスマンの姿は見えない。
「……角が生えてた」
 そう、アレクシアが呟いたその言葉に汰磨羈は「まるで、鬼だ」と呟いた。
 黒曜の角をその身に宿した彼らが何者かは分からないが、今は魔種より逃れることが先決だ。
 撤退を急ぐイレギュラーズは、空より白く降るものが消えうせている事に気付いたのだった。

「……何だと?」
 砂塵吹き荒れるその中で、無数の幻惑が揺れている。精霊たちの悪戯とは言い切れぬほどに眩んだ景色の中でカミツメは何かを見た。
 イレギュラーズ達が視たものと同じであったのかもしれない。

 ――助けて。

 誰かの声がした。手を伸ばす、そして、その手に触れんと魔種は光に飲まれた。
 魔種は、その姿を消したのだ。
 その眩き光に、『神の悪戯』に飲み込まれるように。

成否

失敗

MVP

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

状態異常

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)[重傷]
陰陽式
エストレーリャ=セルバ(p3p007114)[重傷]
賦活
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)[重傷]
運命砕き
鹿ノ子(p3p007279)[重傷]
琥珀のとなり
ルーチェ=B=アッロガーンス(p3p008156)[重傷]
異世界転移魔王

あとがき

 お疲れさまでしたイレギュラーズ。
 魔種というのも差儘様種別ありますが……神隠しの謎も深まるばかり。
 その答えはきっと、何時か――ですね。

 また、お会いいたしましょう。

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