春告げの鳥

オープニング

●六花の溶ける時
　小瓶の中に閉じ込められた溶けないはずの六花が、ゆっくりと溶けて小瓶の底に水となって行く。
　それに気づいた森の魔法使いシルバは、春の訪れを知る。
「もうすぐ春か……」
　長かった冬が終わり、芽吹きの季節を迎える。
「女王におはようを言いに行かないとね」
　森の奥で眠りについていた女王もそろそろ目覚め、新しい枝葉を伸ばし始めるだろう。
　冬に眠りの挨拶に行ったように、春におはようを言いに行くのも森の魔法使いの役目だ。
「雪ももう大丈夫ですし、キャロルたちも連れていきますか？」
「そうだね。みんなで女王におはようを言いに行こうか」
　女王が目を覚ませば、森は一気に春を迎える。そうなれば、静かだった森は一気ににぎやかになる。
「みんな？」
「うん。みんな」
　怪訝そうなフェリキスに対し、シルバはにこにこと笑顔だ。
「ほら、冬の間お世話になった人達がいるだろう？　彼らにも、来て貰えないかなぁって思って」
　女王への挨拶に始まり、冬の間のウサギたちの相手。ウサギたちの捜索。
　主にウサギ関連だけど、世話になったことに変わりはない。
「眠る前の女王の機嫌は良かったから、もしかしたら春告げのお裾分けを貰えるかもしれないし」
　春告げとは、目覚めた女王が冬眠から覚めたばかりの森の動物たちに与える実のこと。ほんのりと甘く、花の香りがする女王が目覚めた日限定の味。
「まぁ、あれだけ六花を採らせてくれたのですから、ご機嫌かも知れませんが……」
「駄目でも、森の手前でピクニックとかして貰えば良いし」
　にこにこと笑うシルバを見て、フェリキスはため息を吐く。
「分かりました。ピクニックの用意ですね」
「うん！　みんなに楽しんでもらえると良いねぇ」

●春告げとピクニック
　その日フェリーチェは少し悩んでいた。
　それと言うのも、カストルとポルックスが知らせてくれたさざなみのせいだ。
「……考えるより実際体験して貰う方が早いよね。幸い良いお誘いが来てるし」
　それは森の魔法使いからピクニックのお誘い。
　早速イレギュラーズを誘うべく、フェリーチェは境界図書館に来ていたイレギュラーズに声をかけるのだった。

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第2章

第2章 第1節

　みんなに起こされて女王が目を覚ませば、森の空気が一変する。
　女王を起こさないように静かにしていた動物たちも出てきて、女王の周りは一気ににぎやかになる。
「この子達以外は人になれてないし、春告げを貰った人から森の入り口でお昼にしようか」
　のんびりとしてシルバの言葉に、何人かのお腹が鳴る。
　森の入り口に戻れば、外においてあるテーブルにフェリキスが料理を広げていく。
　ウサギたちのご飯は、リンゴは食後の楽しみとのことで山盛りの野菜が。
「お昼はここから好きなの持って行ってね？　足りなかったら追加で作るしね」
　サンドイッチにキッシュをメインに、色々と用意してあるようだ。
　気になる料理を貰ったら、森の入り口でのんびりピクニックはどうだろう？

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第2章 第2節

「やった飯だー！　いただきます！」
　聞こえてくる葉擦れの音に動物たちの鳴き声。
　賑やかになった森の雰囲気につられるように、美味しそうな匂いに、ゲンセイは全身で嬉しさを表現している。
『なんだこれは？　どういう食べ物なんだ？』
　気になる物を選んでいると、ふわりと燐光が舞い、神秘的な眼差しの美しい少女が現れる。ゲンセイの武器であり、相棒であるシュウレイだ。
「シュウレイ」
『小僧、私の分も忘れるなよ』
　ちゃっかり自分の分も主張するシュウレイの分として、フルーツサンドを入れて貰うのだった。ちなみに豆吉は収穫した春告げを貰っている。

　肉類多めのがっつりとしたサンドイッチを食べながら、ふとゲンセイは軽く首を傾げる。
「そうだ、シルバさんとフェリキスさんってどういう間柄なの？」
　まだちゃんと挨拶してないなー。と笑いかけると、シルバは紅茶を手に「師匠と弟子だよ」と胸を張り、フェリキスが「この人一人だとまともな生活送れないので」と言葉を添える。
　気軽なやりとりに「へー」と笑みを浮かべると、逆にシュウレイとの関係訊かれる。
「俺とシュウレイは……そうだなあ、相棒っていうのが一番近いかな」
『気安いぞ小僧。下僕という身分を、弁えるんだな』
　もぐもぐと口を動かしながら胸を張るシュウレイに、なんとも微笑ましい気分になる。
　その後は普段何してるのか、夏はどんな感じなのか等と他愛ない話を沢山しながら昼食を楽しむのだった。

成否

成功

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第2章 第3節

　沢山の春告げを採って、そのお礼を女王に告げたエルシアは日溜まりの中へと足を踏み入れた。
　行きとは違って帰りは動物たちの鳴き声や、萌える緑の濃い吐息を感じる。
「まぁ……。お昼はそちらで用意して頂けるのですね」
　他に食べたい物があれば作るという言葉に、エルシアはやんわりと首を横に振る。
「ご迷惑でなければ、場所をお借りしても良いでしょうか？」
　お弁当を用意貰えるのは嬉しいけど、それでも自分で作りたくなってしまうのが春という季節。
　自分で作りたいというエルシアに、シルバはテーブルの一角を開けて頼んだ材料を家の中から持って来る。
　生クリームをたっぷりと塗ったパンに、春告げの実を薄く切って乗せて挟んだら完成。紅茶も一緒にバスケットに入れたら完璧だ。

　うららかな陽気に身を委ねて、暖かくも爽やかな風に満ちる春の薫りを大きく吸い込んで春を満喫する前にやることがある。
　それは春告げの種を植えること。
　サンドイッチを作る際に取っておいた種を、陽当たりは良いけど乾かない土の中にそっと埋める。それから女王にかけた軟水を掛け、春の息吹を胸に溜めて健やかな成長を祈って歌う。
　今はまだ殻の中で眠っているけれど、いつか、大きく芽吹くことを願って。
「美味しい果実をいただいたなら、繁茂を助ける事で返すのが礼儀でしょうから」
　それは幻想種であるエルシアにとって、ごく当たり前の考え方。
　それが終われば美味しい春を頂こう。

成否

成功

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第2章 第4節

「ピークニックピークニックあるーくあるくー♪」
　ウサギを抱きかかえて楽し気に歩いていたノーラは、テーブルの前で目を輝かせていたリゲルを見て目を丸くした。
「パパ！？」
「ノーラも来ていたのか」
「ウサギたちといっぱい遊べるって聞いたから！」
　えっへん！　と胸を張る娘に、リゲルは成程と納得する。
「それじゃぁお昼は一緒に食べるかい？」
「食べるー！」
　一人で食べるより二人で食べた方が美味しいのだから、断る理由なんてない。
「それにしても美味しそうな軽食だなあ、有難く頂こう！」
　二人並んでテーブルの上に置かれた沢山のサンドイッチやキッシュを見て、リゲルはこんな組み合わせもあるのかと感心する。お勧めはチキンのバジルソースサンドのようだ。
「これらはフェリキスの手作りなのかい？　やはりサンドイッチがいいだろうか、色とりどりで美味そうだな」
「僕は全部食べたいから、ちょっとずつください！」
　元気いっぱいなノーラの言葉に、その場にいた全員が笑って少しずつ全種類詰めるのだった。

　日当たりの良い場所でのんびりご飯を食べる横で、ウサギたちと白猫のマシュマロもご飯タイム。
　マシュマロは賢いから、ウサギたちといても喧嘩したりしないのだ。
　もふもふたちがもぐもぐぽりぽりしている姿はほっこり癒される。

　お腹がいっぱいになったら腹ごなしに軽い運動。
「良かったらフェリキスも一緒にどうだい？」
　なんて誘われて、子供と追いかけっこぐらいかと思って誘いを受けたフェリキスは、すぐに頬を引きつらせた。
「まずは軽く走り込みだ！　森の近くだから空気が爽やかだから、走り甲斐があるぞ！」
　爽やかな笑顔で走り出すリゲル。ノーラも元気いっぱいに走り出した。
　軽く20分ほどかけて戻って来た後は筋トレだ。
「ウサギたちを背中に乗せて腕立て伏せをし、同じく頭に乗せてスクワットをしよう。人力遊具みたいで面白いだろう？」
　笑顔で腕立て伏せを始めたリゲルの背中に、ノーラが近くに居たウサギたちを乗せていく。
「おにーさんはしないのか？」
　背中に乗せるウサギを抱きかかえて見上げて来るノーラに、フェリキスは必死になって腕立て伏せとスクワットをするのだった。

　リゲル的には軽い運動を終えて周囲を見ると、まだのんびりとご飯を食べている人たちがちらほらと。
「探索を兼ねてもう少しジョギングしてくるけど、ノーラはウサギたちと遊んでおくかい？」
「うん！　いっぱいもふもふする！」
　笑顔でウサギたちと戯れるノーラに見送られて、リゲルはジョギング再開。
　今度は探索メインなので、少しゆっくり目にどんな木の実がなっているのか。野花もあるかと周囲を見ながら走って行く。
　残念ながらまだ木の実は見当たらないけど、素朴で力強い花が森の中に色鮮やかに咲いている。
「フェリーチェに良い土産話になりそうだな」
　心地良い春風に揺れる黄色や白、赤い花は、春を知らせる可愛らしい使者のようだ。

成否

成功

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第2章 第5節

「えへへー、女王様綺麗な人だったね！　ご挨拶できてよかった！」
「ん、確かに美人だったな。ありゃ慕われてるだろうなあ」
　優しく降り注ぐ木漏れ日に、女王の目覚めを知って集まって来た動物や害のない魔物たちに囲まれる女王は綺麗で絵になった。
　女王から見える範囲で争いはご法度だと教えてくれた森の魔法使いは、動物や魔物たちが春告げを採るための踏み台にされていたけど。
「歩いてたらお腹もすいたし、用意してもらったごはんでピクニックしよー！」
　森の入り口から女王の元まで行って帰ってくるのは良い運動になった。お陰でお腹もぺこぺこだ。
（実は女王様に挨拶してる時お腹鳴ったんだよねー。ばれてなくてよかった）
　にこにこ笑顔のフランだが、
「そうだな……『お互い』腹も減ってるだろうしピクニックは良いな」
　隣にいたウィリアムにはフランのお腹の鳴る音がバッチリ聞こえてた。でも知らないフリしておくのである。踏まれたくないし。

　先客がいたのか、テーブルの上の料理は減っているがまだたっぷり残っている。
　フランが狙うはサンドイッチ！
「何味があるのかなー、野菜もお肉も甘いやつも、全種類制覇したい……！」
　どれも美味しそうで、見ているだけでフランの口元からははっ！　よだれが！
「よだれ出てるぞ、おい」
　それを見てウィリアムは呆れたようにティッシュを渡しながら自身もテーブルの上を見る。
　お肉メインに魚メイン。たっぷり野菜にふわふわ卵。甘いデザートサンドもあって確かにお腹が空いてくる。
「まあ、俺も一緒にサンドイッチを食べる事にしよう」
　嬉しそうに全種類詰めて貰うフランのバスケットはぎゅうぎゅうだ。それに比べてウィリアムのバスケットは野菜メインに色々バランス良く。
　量も目の前の誰かさんよりは控えめで、二人分の飲み物も入りそうだ。

　日当たりの良い場所を見つけたら、早速サンドイッチを広げる二人。
「まずは両手を合わせて「いただきます」だよ先輩！」
「言われなくても……いただきます」
　ぱちん。と勢い良く手を合わせたフランは、両手にサンドイッチを持って交互にもぐもぐ。よくばりさんだ。お陰でパン屑を零しているし、口元にもついてる。
　ウィリアムは食い意地張ってんなあ、と苦笑しつつ「おいおい、パンくず零してるし、口元にも付いてるぞ」とナプキンで拭いて世話する。
「あ、ありがとー先輩！」
　にこにこ笑顔のフランに、ウィリアムは「俺、いつ保父さんになったっけ？」とぬるい微笑みを浮かべる。
「……なんかすごい子ども扱いされてる気がするけど、あたしこれでももうちょっとで18なんだよ！？」
「だって年下……えっ、１つ２つしか違わないの？　……嘘だろ？」
　驚き目を見開くウィリアムに、フランが頬を膨らませる。
「……何その顔ー！！！！！！」
「５つは離れてるかと……ってまた踏むなよ！？」
　踏む代わりにべしべしと叩かれながら、賑やかな時間を過ごす二人だった。

成否

成功

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第2章 第6節

　ゲオルグは足元で集まって遊んでいるウサギたちを見て頬を緩めた。
　遊んでー。と前足を置いて見上げてくるのは非常に可愛いが、その前に食事だ。
「食事に後にな？」
　後ろ足で立っているウサギを撫でると、ウサギたちがご飯と聞いてそわそわし始める。それを見て小さく笑うと、ゲオルグはテーブルの上を見た。
「サンドイッチなどの軽食だから気軽に食べられるのはありがたいな」
　片手で摘まみながらウサギたちにも野菜をあげられるのは高得点だ。

　どれにするかと聞かれて、ゲオルグがまず選んだのはオムレツサンド。少し甘めの味付けにしてあると嬉しいと伝えると、ケチャップを足してくれた。
　それから新鮮な野菜を沢山使ったサンドイッチと、果物とクリームたっぷりのフルーツサンド。
　ジークの分も入れて貰ったら、ウサギたちの野菜も貰ってサンドイッチを楽しもう。

　ギフトでふわふわ羊のジークを呼び出し、ジークにオムレツサンドを渡し、ウサギたちの前に野菜を置けば待っていましたとばかりに噛り付く。
　ふわふわもふもふ達が美味しそうに食べる姿は可愛くて心が和む。
　しかもこの後はウサギたちとのもふもふタイム。何をして遊ぶか考えるだけでも心躍る。
　休憩時にはみんなでリンゴを食べるのが良いかもしれない。
「ジークと遊ぶ姿も良いものだな」
　食べ終えたジークとウサギたちがもふもふ固まって遊んでいる。
　その姿に癒されつつ、ゲオルグも食事を終えるのだった。

成否

成功

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第2章 第7節

「女王を目覚めさせた後はピクニックか……。どうしたものか」
　サンドイッチやキッシュを選び、思い思いの場所で食べる人たちを見ながら世界は頭を掻いた。
　元々世界は春告げが目的で来たので、春告げを入手した時点で目的はほぼ完遂しているのだ。
　その上皆でわいわい楽しむというのはどうも柄じゃない。だけどここではいさようなら。と帰ってしまうのも流石にどうかと悩んでいた。
「……良し、適当な場所でのんびりするか」
　悩んだ結果、世界は皆が賑やかに楽しんでいる所から、少し離れた木の枝の上でのんびりすることにした。

　皆とわいわい楽しむのは柄じゃないけど、皆がわいわい楽しんでいるのを寝転がりながら眺めるのは結構楽しい。
　春告げを食べながら眺めるつもりだけど、春告げだけで腹は膨れない。幸い甘いフルーツサンドもあると言うので貰いに行ったが、世界のお腹がいっぱいになる量は残っていなかった。
「……仕方ない。ウサギたちのリンゴをくすねｔ……少しだけ分けてもらっていただくとしよう」
　何故か可愛いウサギの形に切ってくれたリンゴを齧っていると、すっかり世界に懐いたウサギが胸の上に乗って来る。
　リンゴを一つ取られたけど、その後は大人しくしているので気にしないことに。
　食べ終わったらのんびり昼寝だ。
　春らしく暖かで快適な陽気に爽やかな涼しい風と昼寝ぴったりな環境だし、胸元のウサギはあたたかくて、良い夢の一つや二つは見れそうだ。

成否

成功