シナリオ詳細
だから、純愛は純潔と娼嫉の中心で夢を見る。
オープニング
●
だから、極彩色の、夢と散れ。
●
「恋をいたしました」
絶世の美女が、そう言って頭を下げた。
深々と十五秒。
其ののちにしなやかに起き上がる顔は、揺れる蝋燭の火にあてられて、何とも云えぬ艶やかさを孕み、そして硝子の様に透き通った琥珀色の光彩は、対峙する一人の男を射抜いていた。
男は口を噤んだ。いや、“噤んだ”という語彙の積極性は無視せねばならない。正確には、「言葉が思いつかなかった」か。
要は、絶句したのである。
なぜか。
だって、断られるなどと―――思っていなかったから。
「……よく聞こえなかった。
だから、もう一度、言うぞ、蒼。
お前を身請けする金が、俺にはある。
悪いことは言わぬ、俺の女に成れ」
恰幅のよい男が、顔に僅かな困惑の色を残しながら、けれど自信ありげにそう言った。
そう、男には、自信があった。何しろこの近辺では男よりも富を保有する者などそうそういない。
金で解決できることは、即ち、男にとっては些細な問題ではないということと同値であった。
例えそれが、豪華絢爛な花街『桜柳町(おうやぎちょう)』で一夜の夢を売って今日を生き抜く数多の遊女の頂点、『蒼太夫(あおいだゆう)』の身請けであろうと、男にとっては同じことだった。同じことの、はずだった。
「申し訳ございません、鶴屋様」
それなのに、目の前の美しい女は、再びその美貌を伏せ、二たび頭を下げた。
「恋をいたしました」
そして聞きたくもない戯言を吐いた。
それは男にとっては許しがたい光景だった。
自分の途方もない財力に何の躊躇もなく、見向きさえされなかったことが。
いや、そんなことよりも。
そんなことよりも、男の自尊心を傷つけたのは、美しく気高い目の前の女が、決して簡単には頭など下げぬはずの女が、自分以外の男のために、二度も頭を下げたことだった。
二たび、女が頭を上げた。
絹の様に美しく艶やかで長い黑髪が、女の雪の様に白い項を滑っていく。
桜が咲いたような桃色の唇は美しく一文字に結ばれ。
―――だから男は、女を殺すことに決めた。
●
「頭領。少し話があるんだが」
何処か勿体ぶった言葉尻に黒影 鬼灯(p3p007949)は僅かに眉を顰めた。
「らしくないな、如月」
「らしくない、か。まあらしくない話をする訳だから、当然といえば当然だが」
如月は苦虫を噛み潰したかのような顔で笑った。
「……まあ、他でもない部下の“頼み”だ。まずは内容を聞くとするか」
「まだ、何もお願いしちゃいないが」
鬼灯の言葉に如月はそう言って、「ま、結局は“お願い”なんだが」と続けた。
「なに、桜柳町にいる馴染みの太夫が今夜殺されるかもしれなくてな」
「物騒な話だな。さては、羽振りの良い客からの身請け話でも断ったか」
「随分と感がいいな、頭領。まあその通りなんだが」
「しかし、それならわざわざ俺に言うまでのことでもあるまい」
鬼灯の冷ややかな視線に、如月は蟀谷を撫ぜた。
「今回ばかりはちと話が厄介でね。何せ、“あの”蒼太夫が、“あの”鶴屋の主人を手酷く振ったもんだから」
如月のその言葉に、鬼灯は思わず口を噤んだ。そして、直ぐに布の下に隠れた口の端を歪めた。
「成程。桜柳町一の遊女が、桜柳町一の客を振ったか。それは確かに厄介だ」
「だろう?
……まあ、そういう訳で、護衛にあたる人を手配して欲しい。っていうのが“話”なんだが」
鬼灯の紫色の瞳がじろりと如月を睨んだ。
「……ふむ」
そのまま十数秒の静寂。
その後、鬼灯は息を吐いて、顎に手を遣った。
「まあ、いいだろう。言いたいことはあるが、しかしそれを承知で俺に頼んでいるのだろうからな。
たまには部下を労うのも、悪くはない」
なぜ態々そんな問題ごとに頭を突っ込むのか。鬼灯は如月の意図を考えた。得られた結論は凡そ実際の過程と違いがない。だが鬼灯は敢えて、それを不問とした。
「話が分かる上司で助かるな。
……鶴屋の手勢の情報や、襲われるであろう場所、親玉の位置は調べておいた。
俺も同行するから頼むぞ―――頭領」
●
「なんで、その鶴屋って男の人が、そんなに怒るのか……よくわからない。かも」
角灯(p3p008045)が首をひねりながら言った。『暦』と呼ばれる忍衆の一人として如月、鬼灯と見識のある角灯だが、複雑な男女関係には聊かピンと来ていないようだ。
如月と鬼灯はローレットを訪れていた。今回の任務には人手が居る。そう判断した鬼灯がちょうど手を余らせていた角灯を含めて、人を探していた。
「金で女心を買える等というのはあまりに下衆な男だ。
騎士として見過ごすわけにはいかないな!」
鬼灯達の話を聞いたレイリ―=シュタイン(p3p007270)が憤りを隠さずに顔を歪めた。義を重視する彼女らしい言葉である。
「そうね。それに、他ならぬ友人の依頼とあれば、協力は惜しまないわよ」
黒色の服に身を包む夜剣 舞(p3p007316)がレイリーの言に首肯すると、鬼灯が「助かる」と続けさらに鬼灯の嫁殿も『ありがとうなのだわ!』と続けた。舞と鬼灯も、角灯と同様に『暦』繋がりの顔見知りである。
「我が『暦』の任務に手を貸していただき、感謝だ」
如月、鬼灯に続く三人目の忍び、流星(p3p008041)も軽くお辞儀をして謝意を示す。
「しかし、なんだ。その金持ちのぼんぼんは、斯くも厄介なもんかね」
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)がやや呆れ気味に言った。それは、如月が配った本件に関する調査書の内容をみての感想である。
「女一人殺すのに用心棒三十人たあ、ちと大仰過ぎやしないか」
「そうでもないさ」
マカライトの言に伏見 行人(p3p000858)が続けた。
「どっかの国じゃ、その国の最高の女を手に入れることは、その国を手に入れることと同じくらいに価値のあることらしい。ま、詰まりはそんなところか」
「あら。それでは、愛のなせる業かしら……」
美しい姿勢で足を組み椅子に座っていた沁入 礼拝(p3p005251)がぽつり呟くと、角灯はまたも首を傾げた。
「殺したいほどに愛されるだなんて、純愛じゃないかしら」
「……まあ、そういう捉え方もあるか」
行人は存外な意見に気が抜けたように返事をした。
「いずれにせよ」
仕切りなおすように鬼灯が言う。
「協力してくれる方々には礼を言おう。
だが本当の礼を言うのは任務が成功した時だ」
―――忍びは。
徹底的な、現実主義者である。
敵の実力を過小評価も過大評価もしない。
その徹底した現実主義だけが、忍びを生かすことを、鬼灯達は理解していた。
- だから、純愛は純潔と娼嫉の中心で夢を見る。完了
- GM名いかるが
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年03月29日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「遊女に恋など許されませぬ。
私は産まれ堕ちた時より籠の鳥。それも風切り羽を全て毟り取られた鳥にございます。
―――ですから、私は最初から。
鶴屋様に殺される心算で告白したのですよ」
何を。そう問うた一人の忍び。
歳の割には童顔で、小柄な忍びの声。
女はまず無言で微笑んだ。
それは、見る者全てを蠱惑する微笑だった。
「……己の、罪を」
●
花街・桜柳町。この街は、日が暮れると共に、息を吹き返す。
門戸に吊り下げられた提灯が灯り、派手に着飾った遊女とそれを物色する客達の声が、夏に鳴く蟋蟀の声の様に染み渡っていく。
そんな捻じれた極彩色の世界の中で、一際に絢爛を極めたる遊郭が其処にはある。
澪標楼(みおつくしろう)。
それが桜柳町で一番の遊女―――蒼太夫を擁する遊郭である。
活気に満ちた桜柳町の内にあって、普段、澪標楼の前は閑散としている。何故なら、澪標楼は客を選ぶ。
例えば、蒼太夫を一晩侍らすには、庶民なら一年、質素に暮らしていけるだけの金が動く。要は、そういう場所なのである。
しかし、今日だけは違った。
澪標楼の前には類を見ない人だかりが出来、それが周囲の店前にまで連なっている。
それもその筈だ。
庶民には顔を拝むことさえ叶わぬ蒼太夫が、今宵だけはその姿を店先に現すのだから。
●
蒼太夫の近くには、如何にも強面の用心棒三名が立っている。災難を恐れる素人には効果覿面であろうが、その相手が多額の金に目が眩んだ亡者であれば、如何であろう。
少なくとも、今宵の刺客達の目には、その用心棒は大した脅威には映っていない様であった。
「サアサア、かの蒼太夫のお出ましだ!
一生に一度お目にかかれるかどうかもわからない美女、一目見ていかねえと損だぜ」
刺客達の視線を塞ぐように一人の客引きが通り過ぎる。刺客の血走った眼球は、そんな男を気にも留めなかったが、
(まぁ……振られたらヤキになる気持ちは、分からなくもないが。
……いや、やっぱり理解できんな。仕事終えたら誰かに聞いてみるか)
むしろ、その客引き―――に扮した『かくて我、此処に在り』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)の眼光の方が鋭かった。
この人込みの中にあって、マカライトは、既に数名の刺客に目途をつけていた。
「へえ、そんな極上の女が見られるのかね。ちょいと俺も拝ましてもらおうか」
マカライトの真横を通り過ぎた一人の男が、そう言いながら蒼太夫に近づく。
用心棒の一人が睨みつける様にして男へ視線を遣るが、それを制する様に、隣の用心棒の女が手を伸ばす。
「余り近づきすぎるなよ」
「……おっと、これは失礼」
軽く頭を下げた男と、女の視線が一瞬だけ交錯する。『精霊の旅人』伏見 行人(p3p000858)と、用心棒に変装した『展開式増加装甲』レイリ―=シュタイン(p3p007270)であった。
三十名という多勢を相手にして、イレギュラーズは既に己が陣を構築していた。
澪標楼の隣の屋敷には『宵闇の魔女』夜剣 舞(p3p007316)が待機し、イレギュラーズ達の配置の合図を見ていた。そして澪標楼の屋根上には『お嫁殿と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)が身を低くして構え、更にその上、上空には『ぐるぐるしてる』角灯(p3p008045)が周囲を警戒している。
用心棒に変装したレイリーの、蒼太夫を挟んで反対側には、今度は蒼太夫の下女に変装した『暦の部下』流星(p3p008041)も控える。
―――唯一、『足女』沁入 礼拝(p3p005251)の姿だけは、周囲に見当たらなかった。
●
鋭い殺気が、次第に辺りへ充満する。
刺客は一見、そこらの客に紛れた格好をしていたが、気配までを押し殺せていなかった。
「―――来る」
通りを眼下に収めていた鬼灯が静かに呟いた。
三人の男がふらりと蒼太夫へと接近する。
雰囲気は只の見物人のそれではない。
用心棒達は、まだその影に気が付いておらず、
「―――お兄さん、その持ってるモンは持ち込めねえぞ」
しかし、刺客の眼前に、先程まで客引きを演じていたマカライトが立っていた。
その眼光は刺客達の視線を正面から捉え。
……告げている。“お前達の正体などお見通しだ”と。
「俺達の邪魔すると、怪我するぜ」
刺客の一人がにやりと口の端を歪めると同時に、一斉に得物を構える。
「掛かりやがれ!」
そしてその一声と同時に、周囲に潜んでいた残り二十八名の夥しい刺客達も各々の得物を取り出す。
異様な雰囲気に辺りの見物客達の悲鳴が響き、蒼太夫の表情も一瞬で強張った。
そして刺客達が蒼太夫へ飛び掛からんとした瞬間、
「女目掛けて寄って集って、趣味が悪いね。店に通う内に八徳も落っことしたのかい」
絶妙の間を縫って行人が敵を詰る。そのまま、行人は手を叩き、
「さあさ、散ってくれ皆の衆!
切った張ったに巻き込まれたくないなら、退いた退いた!」
見物人を追い払うその声に、無関係の聴衆たちは愈々、危機を察知して逃げ惑い始めた。
「見物人の誘導をお願いします」
蒼太夫の用心棒に変装していたレイリーが、横にいた実際の用心棒達に指示する。
この混乱が思わぬ被害に繋がる事は、レイリー達の本意ではなかった。
「これは……」
一体何事か、と。厳しい表情の蒼太夫が声を掛けると、レイリーは一瞥だけ残し、着物を脱ぎ棄てる。
―――“武装化四肢”。次の瞬間には、レイリーの本来の装備が発現していた。
「私はレイリー=シュタイン。今宵行われる狼藉を防ぎに参った!」
行人の横で、レイリーの名乗り口上が響き渡ると、刺客達の視線が一斉に注がれる。
(始まったわね)
その様子を、澪標楼の隣の屋敷から覗いていた舞。
舞は、刺客の襲撃に備え、医療行為に使える清潔な部屋と用具を準備し後方支援の体制を構築していた。無関係の人々への被害を防ごうとしても、怪我人がでるかもしれない。舞は、此度の作戦で極めて重要な療術者の役割を担っている。
そして次の瞬間、舞の瞳に映ったのは、閃光。
「何が正解とか、正義とか。おれは判断できる立場じゃない。かと。
……鶴屋さんの怒りも、蒼太夫さんの非合理さも、よくわからないし」
そう呟いた角灯が放った、星夜ボンバーの閃光であった。彼から放たれたそれは、野次馬を更に現場から遠ざける意味合いを有する。
角灯には、恋愛上の心の機微は、良く分からない。だが、依頼は確実にこなす。
―――次いで、角灯のとは別種の爆発が起きる。悲鳴が連続するが、それは“刺客”のものであった。
「愛した女の心を手に入れられぬなら殺してしまえとは。
いやはや人間とは醜悪な生き物だな?」
鬼灯が狙い穿つ死霊弓が、正鵠に敵の炸裂弾を射抜いていた。鬼灯はすぐさま、狙撃の場所を変える。敵に居場所を悟られぬ様にする為だ。
(それにしてもあの如月が……ふふ)
『なんだか、鬼灯くんが楽しそうなのだわ?』
鬼灯の手元の“嫁殿”が相槌を打つ。
蒼太夫の隣で彼等の様子を認めた流星は、視線を蒼太夫へと戻すと、可憐な着物姿のまま得物を構え、口を開く。
「儚く散るも花。しかし、そこに立って魅せ続けるのもまた花だ」
蒼太夫の真っ直ぐな瞳が流星を見る。
「それが身勝手な男の手に摘まれるなど、以ての外。
こんな小娘の勘だが……想いを貫いて笑える強さを持った貴方は、死ぬ覚悟より生きる覚悟をしてくれ」
流星は相棒の鷹、玄を上空へ放つ。
蒼太夫はただ力強く……、流星の言葉に頷いた。
●
蒼太夫から離れた、何処かの屋敷の中。
振動と少しトーンの高い声を聴き取った礼拝は、仲間達の行動を感じていた。
見知った鷹が羽ばたいて、外を飛んでいる。
「……」
そしてその傍で、突如始まった騒ぎを無言で眺める男が一人。
どうやら下の様子は、男の予想していたものとは違っていた様だ。
「鶴屋様、その様に窓に近寄られては危のうございます。
どうぞ中へお戻りくださいませ」
礼拝が声を掛けたその男―――それは違うことなく、鶴屋本人であった。
「……悪い蒼姉様。
鶴屋様の事を袖になさるから罰が下ったのです」
窓際から様子を見、鶴屋を室内へと誘う礼拝が呟く。
「蒼姉様が太夫になれたのだって、鶴屋様のお力があってこそなのに」
鶴屋を全肯定する言葉と共に、礼拝は障子窓を静かに閉めた。
……薄暗い部屋に、差し込む月夜。
その光に映し出された、礼拝の煽情的な脚線の一部。
「お前も、大夫にしてやろうか」
鶴屋がくつくつと嗤いながら呟いた。
「ええ、ええ。私は、蒼姉様とは違います。
私は、鶴屋様に……身も心も、捧げますわ」
(彼を憐れむ心があるのも、真実)
「ふ……」
鶴屋が面白そうに息を吐く。
(だって、“恋”をしたから身請けを断るなんて……あまりにも眩しくて)
「結局この街には、偽りしかないのだな」
「いえ、それは異います」
(自分がみすぼらしく思えてしまうではありませんか)
礼拝は己の唇を鶴屋のそれへと近づける。
「真実も偽りも、夢も現も、口を閉じれば全て同じでございます」
―――触れ合う寸前。
鶴屋は、礼拝の瞳に、魔眼を視た。
●
(……想い、心。
芯があるのならば。それを果たす一助をしようか。なぁに、歩きやすくするのは年上の役目さ)
行人の周囲では既に乱戦の様相が呈されている。オーダーは、隣の美女を守り抜くこと。
「―――唯。君は選んだ。
ならば、なるべく後悔はしないでくれよ?」
行人が刀を振り払うと、放たれる強力な斬撃。それは、レイリーの背後の敵を正鵠に射抜いた。
「助かる」
「気にしなさんな。背中は任せて、大立ち回りを頼むよ」
一瞥し礼を言ったレイリーにひらひらと手を振る行人。
周囲に保護結界を張ったレイリー。彼女は最も敵に囲まれる立ち位置を選んでいた。
レイリーを囲む刺客から放たれる刀撃は多数。
その全てをグロリアスでいなし、シルバーイージスで受け流していく。
―――口元には不釣り合いな笑み。
「自分の女にならないから殺すとは、随分と短絡的だ。
さらに、人の恋路を邪魔するなど許せぬ」
「何をほざいててやがる!」
「貴様らに散らす命など無い―――という事だ」
レイリーがグロリアスを横一閃すると、その威力に刺客達が思わずたじろいだ。
「女だ! 蒼太夫を狙え!」
イレギュラーズを正面から相手するのでは分が悪いと理解したのか、刺客が分散し始める。
しかし。
「逃がしはしないぜ」
「……!」
マカライトがガンブレイズバーストの引き金をひく。
放たれるは、彼の眷属“ウェボロス”。
「くそっ……!」
「其処で足掻いてな。―――死にたくないのなら」
刺客はウェボロスに纏われ、その場に倒れこむ。
その横では、流星の体術に吹き飛ばされる刺客。
「汚い金と女子の恋心を天秤に掛けた時点で、貴様らは畜生以下だ!
刀を持つ資格も無い亡者共が!」
流星の大喝が、群がる刺客を一喝する。その言葉の迫力は、蒼太夫も目を見開く程であった。
流星の意志の強さを、遠くで走りながら状況を眺める鬼灯も感じて取っていた。
「―――おお、怖い怖い。流星も随分やる気だな」
炸裂弾持ちは大方排除した。それを確認した鬼灯は、礼拝の元へと向かっていた。
……乱戦を呈する地上を、同じく、いやもっと上空から把握しているのは、角灯。
「しかし、数が多いのは、それだけで脅威。かも」
角灯の精緻な狙撃が刺客を穿ち、行人ら地上側護衛を援護する。
それにしても、刺客の数は、五倍。
手練れのイレギュラーズと謂えども、何かを守りながらの戦いは勝手が変わる―――そして、次第に負い始める傷を、舞が的確に癒していく。
そして、癒すだけではない。
(……私は、蒼太夫の覚悟に惚れたわ!)
舞が自身の得物を召喚する。
「恋路は生きてこそ、想いの決着を遂げられるものではなくて?
私は蒼太夫に生きて恋路の決着を願うわ……!」
その玲瓏な太刀筋が刺客を斬りつける。
黑き闇夜の、黑き魔女。
“夜剣”の名は伊達ではなく―――。
舞の剣撃が敵に隙を与える事は無かった。
●
鶴屋を眠らせた礼拝。彼女の次の問題は、鶴屋の手持ちの魔獣であった。
主人の意識が無い事を、魔獣は僅かに感じ取っている。
部屋の外に控えた“彼ら”を遣り過ごすには……。
そう考えた時。背後に気配を感じた礼拝は、振り返り、駆け付けた鬼灯の姿を認めた。
「鶴屋の対処は上手くいった様だな」
「はい。後は、彼の“玩具”ですね」
「仕方ない。無駄な手数は使いたくはなかったが」
「向こうは、その気の様ですね」
礼拝が言い終わった瞬間、襖を突き破り襲い掛かってきた二匹の魔獣。
「匂うな」
鬼灯が暗器を構え、目を細めた。
「ええ、本当に」
礼拝が聖痕の呪いが埋め込まれた腕を上げ、目を細めた。
―――下卑た、犬の匂いが。
●
(何処にでもいるものだな)
闘いながら、流星が回想する。金持ち男に売り払われ、人形の様に過ごした幼少期の事を。
そして知っている。そんな忌々しい過去を消し去ってくれるた、大切な“家族”(暦)を。
だから。
「覚悟を決めた女の為なら。
―――血を吐いても絶対に引かず、立ち続ける」
「元気が良いお嬢さんだなあ。でもまぁ」
嫌いじゃないね。行人は、一人気を吐く流星の隣で、刺客をいなしていく。
「……」
その様子をじいと眺める、蒼太夫。彼女は、何を想うだろうか?
上空からの角灯の威嚇射撃と、地上で飄々と敵を行動不能にしていくマカライト。彼らのお陰で、刺客は既に三分の一以下にまで減っていた。
「幾らでも向かってくるがいい!」
気を吐いているのは、流星だけではなかった。
レイリーは、未だ蒼太夫の盾として、立ち続けていた。
何故なら。
レイリーにとっては、それこそが“強さ”に相違ないからだ。
倒されない限り負けない。誰かの背を、護れるのだから。
“白銀の盾”(レイリー)とは対照的な“漆黒の剣”(舞)も、此処にきて疲弊し始めている仲間達を支援する。
舞の召喚する天女の舞いは、味方達を癒していった。
……そんな時。
「―――刺客諸君、これを見たまえ」
戦場に響く声。
視線が、声の主である鬼灯へと注がれる。
「お前達の雇い主はこの通り我々の手に落ちた。
それでも、無駄な足掻きを続けるか?」
―――ああ、俺はそれでも一向に構わないが。
そう続けた彼の姿は、礼拝と共に、魔獣の返り血で血塗れ。
そして、その横で意識を失っている鶴屋の様子に、刺客達は絶句するしかなかった。
●エピローグ
「……あぁ、アレじゃ靡く訳ないわな」
マカライトが零す。鶴屋の品の無い顔に、思わず本音が口をついた様だ。
角灯もよくわからないまま頷く。
続けてマカライトは自問する。
(しかし、嫉妬だなんだとか。
後輩だったら分かったかね……?)
……刺客達は、鶴屋が捕えられたのを見るや否や、散り散りに逃げていった。
所詮、金で繋がれた関係など、その程度なのだ。
それでも行人は暫く警戒を解かなかった。彼らしい機微だ。しかし、どうやら今回は、非常に上手く事を進めたようだ。敵の奇襲の気配は無かった、
舞は戦後処理として、流れ弾で被弾した一般人の手当てに医者として奔走しながら、蒼太夫の肩を叩いた。
そしてその意味は、蒼太夫自身がよく理解している。
眼前には―――裏で本作戦のために奔走していた如月が立っていた。
「……如月様」
蒼太夫は目を見張る。そして直ぐに息を吐いた。聡い女である。それだけで彼女は、全てを理解した。
言葉が続かない。自分は今日、紛れもなく死ぬ心算だった。
でも、生きている。そして、結局は何も変わらない。
何れにせよ、自分は。
―――遊女に恋など許されませぬ。
そういった蒼太夫を直視せず、如月は頬を掻いた。
「遊女には遊女の、忍びには忍びの掟がある。それを兎角言う心算は俺には無いが。
……まあ、とはいえ」
「……」
「やたらと切っちまって良いものでもないだろう、“己の罪”やら―――、“人の縁”てのは」
「え……」
「先ずは生きな。話はそれからだ」
そう言って踵を返す如月。
蒼太夫はただ、その背中を見つめていた。
小さいけれど。
大きな背中を。
●
「蒼太夫様は死を覚悟していらっしゃったのね。
ここは“そういう場所”ですもの。殺してやろうなんて、むしろ優しいくらい。
……だからこそ助けて差し上げたいと思ったのです」
礼拝の独白にも似た台詞。何処か遠くを見つめる瞳には、自分を投影しているのだろうか。
「一件落着か。しかし、まあ……」
礼拝の隣で眺めていた行人が、頭を掻く。思い出したくない事を思い出してしまった。
(恋、愛……俺も……昔は……)
レイリーは、如月と蒼太夫の不器用な逢瀬を見届け、無言で踵を返した。
鬼灯がその背中に「レイリー殿、感謝する」と投げると、レイリーは振り返り手を挙げた。
「もしや蒼殿の恋の相手とは……」
レイリーの背が小さくなった時、鬼灯がぽつりと呟いた。
しかし、“嫁殿”と流星はその続きを遮る。
『まあ鬼灯くん! 乙女の秘密を探るなんていけないのだわ!』
「奥方様の言う通りですよ、頭領」
二人の女性ににいなされた鬼灯は、口隠しの布の下で少しだけ微笑み、
「―――ふふ、そうだな。野暮というものか」
そう呟いて、極彩色の闇夜に姿を消した。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
当シナリオへのリクエスト、誠にありがとうございました。
意外と厄介なシチュエーションを、非常に合理的に役割分担された上に、それぞれのPCがそれぞれの役割に非常にマッチしていて、素晴らしいなと感じました。
皆様が思慮して頂いていた通り、シナリオの流れによっては鶴屋が最後にもう一騒動起こすパターンもあり得たのですが、そんな思惑を見事にプレイングで対処されており、感服しました。
またPCそれぞれの心情も特徴的にあらわされており、その点でも素敵なプレイング揃いであったと思います。
余談ではありますが、和風チックなシナリオを書いたのは初めてでとても緊張しました。
貴重な経験をさせていただきありがとうございました。
(蒼太夫と如月さんの恋の行方が、気になりますね)
ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『だから、純愛は純潔と娼嫉の中心で夢を見る。』へのご参加有難うございました。
GMコメント
この度はシナリオをリクエストしていただき、ありがとうございます。
■ 依頼達成条件
● 蒼太夫(あおいだゆう)の生存
■ 情報確度
● Bです。OP、GMコメントに記載されている内容は全て事実でありますが、ここに記されていない追加情報もあるかもしれません。
■ 現場状況
● とある地方に存在する花街・桜柳町(おうやぎちょう)が舞台です。
● 時刻は日が落ち花街に活気が灯る夜です。
● 蒼太夫は『太夫』が示す通り桜柳町で最上位の遊女です。普段は庶民が一目見ることも叶いませんが、この日は、蒼太夫が店先に立ち、客へ顔見せすることになっています。
● 敵は蒼太夫の顔見せに乗じて、彼女を多数の刺客で取り囲み、殺害をしようと目論んでいます。
◆ 遊郭
● 豪華絢爛な遊郭の店先で蒼太夫が立ち、通り往く人々に愛想を振りまいています。彼女の周囲には数人の用心棒が居ますが、今回の敵に対しては多勢に無勢です。また、彼女を囲う柵などもなく、無防備と言ってよい状況です。
● 戦闘時には、周囲の通行人などが邪魔になる可能性があります。
■ 味方状況
● 蒼太夫
・花街・桜柳町で一番の遊女。美しく、教養に富み、気高い女性です。
・蒼太夫の恋の相手は如月の様です。彼の為なら命も惜しまない覚悟の様です。
● NPC 如月
・鬼灯さんの部下です。戦力としても期待できます。指示があればその通り動きます。
● 遊郭の用心棒
・三人の用心棒が蒼太夫の周囲にいますが、戦力的には殆ど期待できません。
■ 敵状況
● 刺客×三十人
・鶴屋が金に物を言わせて雇った刺客です。
・主に刀剣を得物としますが、一部、炸裂弾などを有している者もいます。
・破落戸から手練れまで様々ですが、いずれも素人ではありません。油断せず、慎重に対応する必要があります。
● 鶴屋(つるや)
・豪商の一族で、巨額の富を保有しています。
・嫉妬深く、強欲で、卑劣です。
・付近の遊郭の二階から、蒼太夫襲撃の現場を眺めています。襲撃が始まるまでは周到に姿を隠していますが、それ以降は、凡その場所はNPC 如月の調査で把握しているとしてよいです。
・鶴屋自身は戦闘能力を有しませんが、犬型の魔物2匹を番犬として近くに従えさせているようです。
・もし蒼太夫の殺害が失敗すると分かると……。
皆様のご参加心よりお待ちしております
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