PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<バーティング・サインポスト>凝るスレート・グリーン

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●誰かのいつか
 しっかり者のお姉さん。『私』はいつもそうだった。『私』の周りには誰もいなくて、弟妹たちの傍には誰かがいた。

「あなたはしっかりしてるから」
「お姉ちゃんだものね」
「よろしくね、お姉ちゃん」

 ねえ、ちがうよ。
 ちがうの。
 わたしもあまえたいの。

 そんな言葉は言えない。だって、弟妹たちは『私』より小さいから。ぷくぷくの頬を真っ赤にして、母たちを求めて泣くから。
 いつか、弟妹たちが大きくなったら、わたしも甘えていいかな。
 そんな風に思って弟妹たちをあやす両親の背中を見て。自分のことは自分でして。1人で眠って。
 ──でも、違ったのだ。
 弟妹たちが大きくなったら、『私』も当然大きくなっている。甘えたいなどと言える年齢ではなくて。
 けれどそんな歳になっても、小さい頃読んだ人魚姫の物語は『私』の心に大きく存在を残していた。泡となって消えてしまった彼女は悲しまれただろう。姉たちに、そして王子にもきっと。そうして『心を向けられた』。
 羨ましい。妬ましい。私だってそうされたい。

 心の底が乾ききっていた。
 心の底が渇望していた。

 甘えさせてくれなくていい。笑いかけられるのでなくても、怒られるのでも、泣かれるのでもいい。憐憫でもいいから。だから。
 ──ただ、『私』を見てくれるだけで良かったのに。


●誰もの今
「皆さん、絶望の青で大きな島が見つかりました!」
 飛び込んできたブラウ(p3n000090)がローレットの入り口でつんのめり、ころころころろろんと床を転がる。テーブルの足に突っかかってようやく止まったブラウは、イレギュラーズたちの助けも借りてテーブルの上へと登った。いかんせん、視線の高さが合わないので。
 それで、と急かされたブラウは「はい!」と元気よく返事する。
「海洋国に『アクエリア』と仮称されていますが、現在は魔種の巣窟です。あそこを『きょうとうほ』にするためにも魔種をやっつけないといけません」
 きょうとうほ──橋頭堡。つまり次へ進むための足がかりだ。
 身につけていた肩掛けカバンからずりずりと羊皮紙を出すブラウ。その危なっかしさにイレギュラーズたちが「ああやってあげるから」と手伝い、テーブルの上にそれが広げられる。
「こちらはですね、以前の第三次グレイス・ヌレ海戦の時に現れた魔種の情報です。あの場から逃れた魔種……サイレンという人魚がアクエリアにいると分かりました」
 あの時も、そして今も邪魔をしにかかるサイレン。だがこちらのすべきことも変わらず、邪魔をするなら退けるまでである。
「近くの海域を狂王種(ブルータイラント)が暴れているようですが、こちらは他で受け持ってくれています。
 皆さんの仕事はその間に島へ上陸、ターゲットとなるサイレンを倒すこと、です!」
 悪意の渦巻くあの島には、確実に死の匂いが充満しているだろう。そして狂王種が狙ったように島の近郊海域で暴れていることを考えると、魔種たちが操っている、使役しているという可能性もある。
 危険ばかりが目の前に立ちはだかっているが──それでも。仲間たちが廃滅病に侵され始めている中、進まないという選択肢は存在しない。


●『私』の今
 私の周りは常に薄い霧が差す。まるで、私を隠そうとするみたい。
 ねえ嫌よ、私を見て。
 お願いよ、私を聞いて。
 悲しみに浸った歌を響かせるのは私を感じて欲しいから。哀れなる私を覚えていて欲しいから。
 嗚呼、と吐息が漏れる。
 少しずつ、少しずつ。廃滅病が私を蝕んでいく。怖いわ。怖いわ。
 でも、


 ──怖いけれど、こんな私はとても『可哀想』だわ。

GMコメント

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 また、原罪の呼び声の影響を受ける可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●成功条件
 魔種『サイレン』討伐

●情報精度
 情報精度はAです。
 不測の事態は起こりません。

●エネミー
・サイレン
 以下シナリオで既出。
『<第三次グレイス・ヌレ海戦>ナイル・ブルーは死の香り』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/2480

 人魚の姿をした魔種。綺麗な翡翠色の髪と対照的に、淀んだ瞳をしています。『悲劇のヒロイン』でいたい彼女は、前向きな者や希望を持っている者が大嫌いです。ここまでやってきた海洋軍と、イレギュラーズたちも勿論嫌いです。
 元は海種であると想定され、人間姿への変化も可能と考えられます。
 水を操り神秘攻撃や防御を行います。その歌は陰鬱に悲劇を唄い、狂気を伝播させるようです。
 防御技術が特に高いと見られますが、他のステータスも十分な脅威と思わせる高さです。気をつけて下さい。

水鉄砲:遠神単:水を集めて勢いよく射出します。
水鉄砲(強):超神貫:さらに勢いの上がった水鉄砲です。【万能】【飛】
水結界:自らの防御技術を上げます。
歌声:より一層強い狂気が伝播します。

・トルタス× 3
 カメの姿をした狂王種。大人が乗れるほどの大きさです。防御技術と特殊抵抗に特化しており、対して機動力と回避は低めです。
 基本的には魔種を庇い、そうでなければのしかかるなどして攻撃に回ります。

●ロケーション
 島の海岸沿い。岩場で足元はあまり良くありません。サイレンは一際大きな岩に腰掛けています。
 彼女の周囲には薄く霧が発生するようで、魔種以外の放つ遠距離攻撃は命中にマイナス補正がかかります。

●友軍
・海洋軍人×15
 イレギュラーズとともに戦う海洋兵です。内、回復手が3人。他は近接アタッカーです。
 狂王種を1体相手します。その他、指示があれば従いますが、原罪の呼び声に影響を受けることがあります。

●ご挨拶
 愁と申します。さあ、再戦ですよ。
 今回は討伐までが成功目標です。なんとしても倒しましょう。
 ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。

●重要な備考
 <バーティング・サインポスト>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
 『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <バーティング・サインポスト>凝るスレート・グリーンLv:15以上完了
  • GM名
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年03月18日 23時30分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
レスト・リゾート(p3p003959)
にゃんこツアーコンダクター
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
アクア・フィーリス(p3p006784)
妖怪奈落落とし
カンベエ(p3p007540)
大号令に続きし者
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神

リプレイ


 絶望の青、船上。
「先に謝っておくっす。ごめんなさいっす」
 海洋軍人たちへ深く頭を下げた『薬の魔女の後継者』ジル・チタニイット(p3p000943)。
 此度の相手は魔種。原罪の呼び声はヒトを狂気へ陥れ、この世界の住民であれば反転の可能性もある。戦線が乱れる前に対処する話がイレギュラーズの間で纏まっていた。
 承知したと頷く軍人たちも、しかしどこか表情は固く。
「敵が怖いか、恐れるか! 腰の引けた者は船で待つがいい!」
 『名乗りの』カンベエ(p3p007540)の言葉にハッとする軍人たち。この絶望の青において、心の弱き者は重荷にしかならない。それは対狂王種であっても対魔種であっても同じことだ。
「強く前を向け! 悲劇など要らぬと言葉にしろ! 魔を滅ぼし、明日に向かう為に!」
 明日へ向かう為。そして絶望の青のさらに先へ向かう為。
「そうだ」
「こんなとこでやられるわけにはいかない」
「俺たちは! この先へ行くんだ!」
 軍人たちの士気が上がった様子に『遠足ガイドさん』レスト・リゾート(p3p003959)は小さく微笑み、船の行く先を見る。小さく見えてきたのは海洋とイレギュラーズたちで奪取せんとする島、魔種と狂王種の蔓延る『アクエリア』だ。
「お友達の病気を治す為にこの島が必要なんだもの、ここが踏ん張りどころよね~」
 だんだんと近づいてくる島影を見つめながらレストが呟く。死の香りを纏ってしまった──廃滅病にかかり、命の刻限を定められてしまった友人のためにも、冠位であるアルバニアを引きずり出さなければ。
 そして何より、魔種サイレンによる被害はここで打ち止めなければならない。以前のようなことがあってはならないのだ。
「再戦、ですか。次こそは、ですねぇ……まぁ、僕はあまりその辺の役に立たないんですけどね。出来る限りは尽くしますよ」
 『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)はその『以前』にサイレンと戦った1人。甘く香ばしい匂いに混じる死の香りは健在で、それを隠すかのようにハーブを身につけている。お陰で船上には甘い香りとスッと鼻が通るような香りが入り混じって、何とも言えない事になっていた。
「悲劇のヒロインぶった魔種に今度こそ引導を渡してやる。今回も頼むぜ、ベーク」
「はい。……僕にはもはや時間なんて残ってないですからね」
 『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)の言葉にベークは頷く。2人とも、より間近に死を感じ取る者たちだ。
 本当はこうしてもどかしく思う1秒すら惜しい。早く、アルバニアを引きずり出して倒さねばならないと言うのに。
 けれどこのもどかしさや焦りも、アルバニアにとっては手の内かもしれない。今頃は見えぬ場所でほくそ笑んでいるのかも。
 不意に風へ乗って、小さく、小さく歌が聞こえ始める。それは島へ近づくほど大きくなっているようだ。
「いますね」
「ああ」
 ベークとジェイクが視線を交わし、頷く。『聖剣解放者』サクラ(p3p005004)はそっと視線を伏せた。
「……なんて悲しい声で歌うんだろう」
 身を切り裂かれるような、胸の詰まる歌声。魔種の行為は許されることでなく、その歌声に身を任せようとも思えないが──さりとて何も感じないわけではない。
 イレギュラーズと軍人たちを乗せた船はアクエリアのごく近くまで迫る。小舟によって島へ上陸した一同は、間も無くして薄い霧に包まれた。



 欲しかったものは得られなかった。
 望まなかったものは手の内にあった。

 嗚呼、私は悲劇のヒロイン。
 ひとりぼっちで、近いうちに病が私を蝕むの。
 いずれ死という永遠の孤独に包まれるの。

 こわい、こわい、けれどこの上なく可哀想!



 薄霧の中、ジルの身につけた純白の胸飾りが輝きを帯びる。その傍らではジェイクが鼻を利かせ、鋭い感覚をフルに使ってその存在を捉えようとしていた。
 足元は些か悪いようだが、さりとてジェットパックのような簡易的なものでは低空飛行もできなさそう。けれど各自の注意力を見れば無くても問題はないだろうと思わせた。
「──だれも、私を見てくれなかったの」
 不意に霧の中から声がした。イレギュラーズも軍人たちも一様に厳しい表情でそちらを見る。
「私から与えるばかり。返してなんてくれないの。ずるいわ」
 気が付けば歌はやんでいて、薄霧は一同をも取り巻いていた。その先に、女の影。

 ──ねえ、私、可哀そうでしょう。

 瞳を濁らせた人魚はやってきた人間たちを一瞥する。その視線をマルク・シリング(p3p001309)
は真っ向から見返した。
「サイレン……今度は、逃がすわけには行かない」
 これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。けれどサイレンもまた「逃げないわ」と告げた。
「だって──みぃんな、この海に沈むんだもの」
 霧の中から勢いよく水が飛び出してくる。水を被りながらも一同はサイレンとトルタスへ向けて動き始めた。
 『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)短槍をブーメランのように投擲し亀の甲羅へぶつける。ころんころんと転がっていく亀を横目に、ベルフラウはサイレンへ呼びかけた。
「私には弟が居る」
「あら、奇遇ね。私も弟妹がいたの」
 ぴくりと片眉を上げるサイレン。死んだような表情がどことなく嬉しそうにも見えるのは、親近感でも覚えているのか。
「我が父母は女である私よりも、世継ぎとなる弟に目を向けていた」
 どれだけベルフラウがこの血脈に誇りと誓いを立てていたとしても、女であるだけで家督を継ぐことはできなかったから。あくまで家の顔となるのは男である弟だ。
「なら、」
「だが、サイレン。貴様には見えて居ないモノが1つある」
 それはベルフラウとサイレンを分けるモノ。ベルフラウの生き生きとした瞳と、サイレンの淀んだ瞳の差を作るもの。
 表情を無にしてベルフラウへ手をかざしたサイレンの体を、不意に銃弾が掠める。いつかのあの時と同じように。
「よお」
 ジェイクがにたりと笑みを浮かべ、サイレンがくしゃりと顔を歪める。
「てめえだけ不幸ヅラしてるんじゃねえ! お前はただの負け犬だ!」
 すかさず飛ばされた水鉄砲にベークが割って入る。甘く香ばしい香りは非常に不似合いな場であるが──ベークは至って真剣だ。
「……前回は仕留め損ねてしまいましたからね、今度こそこの海に沈めて差し上げましょう。嘆くなら1人で、海の底でやってください」
「いやよ。だって、だれも聞かない嘆きに意味なんてないでしょう?」
 ゆらりと水の弾を周囲へ浮かべるサイレン。だったらせめて迷惑をかけないでほしい、とベークは心の中で呟く。全身の力を雷撃へ変えて叩きつけた『闇と炎』アクア・フィーリス(p3p006784)は至近距離からサイレンの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、おしえて……何で、自分が可哀想なの……? そんな自分が、すき? そうじゃなきゃ、自分が……自分じゃ、ない?」
 でも、とアクアはぱりぱりと静電気を発する。それは寄り集まって次の一撃へ。放たれたそれと共に贈られた言葉はサイレンを凍り付かせた。

「──キミの、その瞳(め)は、心は……そうありたい、フリをしてるだけ、だよね?」

 次の瞬間、水の流れに迫られたアクア。それはベークやジェイクをも押し流す。
「っ、てめえの相手はこっちだぜ!」
 銃を構えるジェイクの手首で蒼と灰のミサンガが揺れる。これを付けて泣いてくれたジェイクの『蝶』は、今も泣いているだろうか。
(どうなろうが俺の決意は変わらねえ。拠点を攻略しアルバニアを引き釣り出してぶっ倒す!)
 そうでなければ、あの愛する蝶の元へは帰れない。
 マルクの展開させた多重展開魔術に次いでサイレンへと放たれる死の凶弾。ジェイクが魔種を引き付ける間にも、サイレンが動き始めるのを待っていた者たちが自らのすべきことを為すため動き始める。
 『帰ってきた牙』新道 風牙(p3p005012)は素早い動きで衝術を叩き込み、サイレンから引きはがす。風牙の攻撃によって転がっていったところへレストが通せんぼ。
「こっちは通行禁止よ~」
 サクラも衝術でサイレンからも他のトルタスからも遠ざけるように弾き飛ばすと、カンベエがすかさず立ちはだかる。
「海洋軍人の意地、見せて貰おうか!」
「やばかったら言って下さいっすよ!」
 ベルフラウの言葉に応じる軍人たち。治療を担う軍人たちがジルの言葉に首肯した。
 彼らは亀を取り囲み、武器を振り上げて硬い甲羅を攻撃する。その傍らでレストのブロックするトルタスへベルフラウが立ちはだかり、万全の態勢を築いた。
「は~い、お手当てしましょうね~」
 どこか場違いにも思えるほどふわふわなレストは彼女と通せんぼ役をチェンジ。その役目を果たさんと怪我人を治療する。
 死の凶弾を放ちながらサイレンを煽るジェイクの前にはベークという厚い盾。対サイレンへサクラも参戦し、ソニックエッジから華麗なる斬撃へつなぐ。その軌跡はこれからの季節を思わせるかのようだ。
「オレが見るのはお前の背後に広がる『未来』! オレが聞くのは先へと進む皆の鬨の声! 悪いけどな、お前は──『お呼びじゃないんだよ』!」
 風牙が素早い踏み込みと威力で剣を振り下ろし、サイレンへと叫ぶ。それは必ずやこのアクエリアを制圧するという宣戦布告。
「希望があるって思いこんでるのね。そんなのまやかしなのに。この世界は絶望ばかりよ──」
 サイレンがすぅ、と息を吸い込み──歌いだす。
 咄嗟に軍人たちが相手をしていた亀へ挑発し、引き付けるベルフラウ。巨体ののしかかりを耐えながら彼らに狂気への対抗を指示する。だが、サイレンの歌(狂気)は確実に一般人である軍人たちを蝕んでいた。
「気をしっかり持ってください! 海軍の方々も!! 僕達は人だ、まだ魔に落ちてなんていない!!!」
 ベークの言葉に一同は思い出す。そうだ、まだ自分たちは。
 誰もが今、仲間である軍人へ刃を向けることを想定する。船で彼らへ告げた其れは『もしも』のことでありながら可能性は十分にあることで。
 けれど。
「──甘えるな!!!」
 亀の進行を阻止していたベルフラウが叫んだ。雄弁なる声がその場へ響き渡る。
「貴様らが魔に堕ち、此処で死した所で貴様らの愛する者は他の誰かでも守れよう! だが、その者達にとっては貴様らで無くてはならんのだ!!
 立てた誇りと誓いを忘れるな、その者達は今も『見ている』ぞ!!」
 苛烈に燃える赤色の、瞳と同じ色をした旗が上を向く導となる。彼女の言葉に軍人たちは顔を上げ、狂気へ対抗した。
「よっ、流石はベルフラウさん! 今まで戦場を潜り抜けてきた重みがあるっすよ! そこに痺れる憧れるっすよ!」
 ジルがすかさずベルフラウを持ち上げ、更に士気を上げていく。けれど少なからず押し負けてしまう者もいるもので──狂気に侵された軍人はすかさずジルが聖なる光で地へ沈めた。
 ベルフラウが視線を巡らせればそこには歌い続けるサイレンの姿。彼女自身の苦悶を乗せたような悲痛な音色を、俯いたまま。その視界には当然、ベルフラウの旗が入るわけもない。
 ──これは、サイレンへ向けての言葉でもあったのに。
 彼女は『与えてばかりだった』と言った。ならば目に見えたものでなくても、彼女に返ってくるものはあったはずだ。
 それを誰かは想いと言い、さらに誰かは愛だと言う。
「自分の目からは見落としてしまう所にこそ人の愛は瞬いているんだ、サイレン!」
 ベルフラウの叫びと同時、アクアが右手に集中させた力を開放する。熱がサイレンの肌をあぶり、彼女は眉を寄せると岩へ手をついて跳躍した。
「……私ね、きらいなの。だって人魚姫は足を得たら、声を失ってしまうでしょう?」
 自分はそうならないの、と失望の声を上げるサイレンは人間の姿へと変化して岩場に立つ。どろりと濁った瞳に嫌悪を湛え、彼女はジェイクへと手をかざした。飛ばした水鉄砲はことごとく香ばしき匂いを放つ海種に阻止され、先日煽ってくれた忌々しい男をなぶることもできない。盾にと操っていたはずの狂王種たちは人間によって転がされ阻まれ、その役目を果たしすらしないではないか。
「愛なんて、ないの。ないのよ。私には、なかったの」
 それを確かめるすべも、もうないの。
 虚ろに視線を巡らせたサイレンに目を付けられないよう、マルクはさっと岩陰へ移動して視線を遮る。幸いにも彼女はジェイクへと視線を向けなおしたようだ。
 だが。
「アルバニアを探す為にこの島が必要なの、ここで引き下がれないわ~」
「……アルバニア」
 それはサイレンも良く知る者の名前だ。反応したサイレンの心をレストは読み取ろうと探る。

 ──アルバニア。
 ──私を魔種にしたヒト。
 ──私を置いて行ってしまったヒト。

 ──私に新しい寂しさを与えた、憎いヒト。

 サイレンは自らの心が読み取られていることをわかっている上で、そのまま読み取らせていた。それがどのような意味を持つのか──あるいは無意味であると思っているのか──しかしレストは兎に角片っ端から読んでいくしかない。
 サイレンの心を読むため、敢えて冠位の名を出した。けれど語った内容に嘘偽りはない。
 どんなに小さな手掛かりでも良かった。藁にもすがりたいほどに、冠位アルバニアの情報を欲していた。
(手掛かりになるのなら、どれだけ大金を積んでも買えない大切な情報だから)
 魔種──冠位と繋がりのある者たち。アルバニアが出てくる気配を見せぬのならば、こちらから向かうしかない。早くしなければサイレンを引き付け攻撃を受けるジェイクとベークのみならず、レストの知人である『彼女』も、また。
 なればこそ、サイレンを一刻も早く倒さなければならない。風牙は最たる威力で打ちのめさんと反応力のままに畳みかけた。
「一瞬にて、斬る!」
 サクラは自らのリミッターを解除してより早く、より正確に刀を振るう。度重なる音速の殺術にサイレンの体からは血が舞って、岩場へ色を残した。

 ベルフラウはひたすらに耐えながら、軍人たちの消耗具合を見て指示を飛ばす。回復手と連携を取るのはジルだ。
「大変な状況っすけど、気張り続けてくださいっす!」
 ベルフラウの治療を行い、時に軍人たちへも気を配るジル。その戦線が崩れそうだと判断するや否や、立て直す時間を稼ぐため衝術で吹き飛ばす。
 一方、残る1体を押さえていたカンベエは。
(サイレン、可哀想だと思う。ああまったく)
 どのような理由があったか定かではないが、魔種になってしまうほどの過去があったということだ。それこそ可哀想と言わずしてなんと言うのか。
「……ですが、そうなってしまえば、もう、それまででは御座いませんか」
 亀の攻撃を耐えながら、カンベエはサイレンへ意思と言う名の攻撃を向ける。
 魔種になってしまったら、もうどうすることもできやしない。人でないモノになってしまえば、救う術などない。
 彼女は戻れない。彼女は進めない。だからこそカンベエはそうなる前に救えなかったことが悔しくてならなかった。
 もっと早く出会えていたら?
 もっと早く手を差し伸べられていたら?
 そんな『もしも』など、考えたって何にもならない。声も、髪も、瞳も、心も──彼女の全てはもはや醜く、くすんで固まってしまっている。だから終わらせてやることしかカンベエたちにはできないのだ。
 大天使の祝福がマルクからベークへ捧げられる。満身創痍で、それでもまだ仲間の治療と自己回復力で立つベークがサイレンを睨みつけた。
「……前回も言ったじゃないですか、麗しき海の同胞」
 こんなところで、立ち止まる訳にはいかないのだ。この先に、絶望の青の先に行かなければ。そのためには冠位アルバニアを打倒さなくてはならないのだから!
「貴女の悲劇のヒロインごっこに僕たちをつき合わせないでくださいよ……貴女だって、僕の苦労も、嘆きも、嫉妬も、知らないでしょう!! さっさとそこを退いてください!!!!」
「それなら──」
 言いかけたサイレンは口を閉ざす。ベークの瞳は揺らがない。『嫉妬』していると言ったってベークはそれでも前を向いている。
「……あなたは、堕ちてきてくれないわね」
「勿論です」
 自らの傷を癒し、自己回復力に身を任せながら傷つくベーク。そのジェイクを守り続ける姿勢こそがサイレンとの明確な線引きだった。サクラの花弁のような火の粉がその溝を深め、サイレンを追い詰める。風牙によって水路を開いたかのように──少しばかり気を奪われていく感覚にサイレンは顔を歪めた。
「かなしいわ。このままじゃ私、1人で死んで行ってしまうのに──みんな、この先へ行きたがる」
「ああ、オレたちは確実に前に進んでる。絶対に止めさせない!」
 大剣を突き付ける風牙。なおも自らを嘆くサイレンの言葉に不意の怒声が被った。
 それは身体から漆黒の炎を燃え上がらせたアクア。アクアの身を飲み込まんばかりに燃え盛る漆黒の炎は熱くないのか、アクアは気にした素振りもなくサイレンへ突っ込んでいく。
「うるさい、黙れ、黙れ黙れ! 何が悲劇のヒロインだ! 自分に酔ってるだけのくせに、自分が可愛いだけのくせに!!」
 事情なんて知らない。けれどもアクアにとって今のサイレンは恵まれているように──幸せ者であるように思えてならなかった。
 漆黒の炎がうねり、異形のように歪な手の形を作る。アクアに宿る無意識の悪意と殺意が込められたそれは水の結界ごとサイレンを引き裂いた。
「──っ!」
 悲鳴を上げ、しかし想定より深手とならないのは流石魔種と言うべきなのだろう。確実に彼女の恐れるモノは、近づいてきているが──。
「おばさんね、サイレンちゃんの性格まで責める気にはなれないの」
 イレギュラーズを睨みつけるサイレンへ、仲間の治療をし続けていたレストが小首を傾げながら告げる。やはりその姿は戦場という場所に見合わなくて、柔らかな声と言葉にサイレンは視線の圧を弱めた。
「だって、おばさんはサイレンちゃんのような、甘えたかったり羨ましがりな子が居てもいいかなって思うもの」
 微笑みを浮かべたレストは、「でも」とサイレンの中に小さく芽生えた期待を潰す。
 サイレンが立ちはだかり、止まらざるを得ないなら。レストは大切な友達のために彼女を退けて進まねばならないのだ。
「ごめんなさいね、可哀想な人魚姫さん」
 意志の強さがそのまま力となり、サイレンを強かに叩く。予想以上の打撃にサイレンは混乱した。
「わたし」
「いや」
「だって」
「こわいわ」
 病によらない『死』が近づく。サイレンへひたひたと近づいてくる恐怖が彼女を取り巻く。
 サクラは刀を握り、錯乱するサイレンの元へと踏み込んで──刀を、離した。
「大丈夫だよ。もう怖くないから。私が貴女を覚えているから。だからお休みなさい」
「……ぁ、」
 サイレンが小さく声を漏らす。その細い肢体を抱きしめるのに刀は必要ない。サクラの手で、腕で、温もりを与えて撫でてやって。
 それはまるで、子供をあやす母のように。
 サイレンの背後から風牙が迫る。大剣を握った風牙は一瞬の躊躇いを見せたが、サイレンの肩越しにサクラと視線が合った。
 ──自分ごとやれ、と。その瞳が告げていた。
 音速の威力でサクラごとサイレンは貫かれる。彼女の瞳はこれ以上なく見開かれた。サクラは歯を食いしばり、しかし込み上げてきた血を吐き出す。
「ね、え、」
 力を失った2人の体は、互いを支えあうようにズルズルと座り込んだ。
 どうして、とサイレンが呟く。
「あたたかかった、の。なのに……さむく、なって、いくの」
「もう……眠る、時間だから、ですよ」
 そう答えるサクラの耳元で、嗚咽が聞こえた。


 どうして。

 だから、こんな結末は望んでいなかったのに。
 どうして望んだものを与えて、失わせるの。
 どうして最期に望んだものを与えてしまうの。
 いや、いやだ。こんな。こんな結末。


「ずるい、わ……いや、しにたく、ない……!」
 サイレンの願いを叶えられる者は、ここにいない。サクラは冷たくなっていくのがサイレンの体なのか、それとも自分の体なのか分からなかった。

 ただ──彼女の声は、やはり。胸に刺さる。

(だって、誰も独りになんてなりたくない……)
 サイレンの嗚咽と心音が弱くなっていき、サクラもまた体が傾く。素早くマルクとカンベエが両側から支えた。
「サイレン」
 カンベエが呼ぶと、うっすらと瞼が持ち上がる。涙で潤んだ瞳は以前より淀んでいない気がした。
 けれど彼女は言葉を口にする力もないらしい。かすかに唇が動くものの、それは発音にならずか細い呼吸音が聞こえるだけ。カンベエは気にせず言葉を続けた。
「サイレン、鱗を1枚頂けますか。わしも心に留めましょう」
 たとえサイレンの体が無くなっても。いつか、彼女自身が忘れられてしまうほどの時が経っても。自分は彼女の鱗を見て、何度だって思い出そう。
 好きにすれば良いというように魔種の目が伏せられる。
「僕も、君の事をきっと覚えているから……だからどうか、安らかな眠りを」
 マルクの言葉に、けれどもうサイレンの体は動かない。その姿にマルクは黙祷を捧げる。
 決して忘れないとも──この手で奪った命を、忘れるわけにはいかない。
「あのひとは、悲劇のヒロイン、なんかじゃ、ない……」
 物言わぬ亡骸となった彼女からアクアは視線を逸らし、そして踵を返す。もう、ここに用事はないから、と。
 ジェイクが視線を巡らせると海へ逃げようとする亀の姿がある。甲羅をも砕く魔弾をぶちこみ、けれど亀たちは這々の体で海へ潜っていった。
(逃げられるか……まあ、良い)
「ジェイクさん」
「ああ」
 ベークの呼びかけに頷く。この体から滲む死の香りが、獣の嗅覚が『まだ終わっていない』と告げていた。
 けれど、それでも今ばかりは──1人の魔種の生を終わらせたのだ。



 最期に温もりを知り、他人に囲まれて逝った魔種、サイレン。
 その心はきっと──身勝手にも、救われたのだろう。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)[重傷]
防戦巧者
ジェイク・夜乃(p3p001103)[重傷]
『幻狼』灰色狼
サクラ(p3p005004)[重傷]
聖奠聖騎士

あとがき

 最期はきっととても悔しくて、憎くて、……けれど、幸せであったことでしょう。

 またお目にかかれたら幸いです。お疲れ様でした。

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