シナリオ詳細
<Gear Basilica>ボンボン貴族の蛮勇
オープニング
●恐るべき『歯車大聖堂(ギアバジリカ)』
まるで土木工事でもしているかのような轟音が、今日のゼシュテル鉄帝国を覆っていた。
悲鳴を上げる永久凍土。打ちひしがれる針葉樹林。普段は人類のささやかな幸せをも凍てつかせんと目論む酷寒の大地さえ、かの破壊の権化には通用しない。平等を、救済を……弱者たちの当然の権利を希求していたはずの理想と理念は今や、平等なる破壊と死による救済をもたらす古代兵器の復活へと結実してしまった。
反転せし聖女、アナスタシア。
その無念を取り込んだ古代兵器は、『歯車大聖堂(ギアバジリカ)』として鉄帝の大地を蹂躙する。周囲のもの全てを“捕食”して、望むがままに成長し、ますます巨大さを増してゆく大聖堂。その貪欲さはおよそ止まるところを知らず、更なる食餌を得るために、辺りへと尖兵ら――歯車兵器を差し向ける。
そんな歯車兵器の接近しつつある、グレイヘンガウス領の領主館にて――。
「スタニスラフ様。避難用の馬車の用意が出来ております」
白髪の執事が恭しげに一礼すれば、若き当主は首を振り、貴様まで俺を腰抜け扱いするつもりかと叱責した。
「確かに俺は武芸では劣る……だが、じいやにまで俺が領地を棄ててまで我が身を可愛がる意気地なしと思われているとは思わなかったな。
貴様は、俺を誰だと思っている? 騎士たちを率いて殺人シロクマから民を護ったのは誰だ? クラースナヤ・ズヴェズダーの危険性に警鐘を鳴らし続けていたのは?
フッ……民たちには今、この俺が必要なのだ。逃げることなど許されてはいない!」
おお、あの弱虫の坊ちゃまが、立派な物言いをなさるようになった……と、本来なら老執事は思うところだっただろうが、実のところ彼は知っているのだ。シロクマの時は騎士たちはスタニスラフの余計な指図のせいで無駄な東奔西走をさせられたのだったし、警鐘とやらも個人的な恨みを周囲に愚痴りまくっただけだ、と。
ああ、また余計な仕事が増えてしまう……キリキリと胃を痛ませる老執事の前で、スタニスラフはあたかも名案を思いついたかのように、次に彼が為すことを告げた。
「報告によれば、あれは人が何かを大事に思う心を喰らうのだろう? ならば、俺が出ていってやる……民よりの信厚く、婦人たちさえ畏れて距離を取る俺を喰らおうとすれば、それだけで彼奴らの腹は満ち足りるあまりはち切れて、自ら滅びを迎えることだろう!」
老執事は……黙ってローレットに依頼を出した。
- <Gear Basilica>ボンボン貴族の蛮勇名声:鉄帝0以上完了
- GM名るう
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年02月28日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●正しき勇気のために
耳障りな金属音に紛れる挑発の声が、すぐに男の居場所を報せてくれた。8本の脚を蜘蛛のように駆動する歯車兵器は、その自己愛に満ちた騒音に面倒そうに頭を振って、赫い水晶の瞳を足元へと向ける。
「さあ、存分に俺を味わうがいい!」
両腕を広げ、蒸気蜘蛛の瞳を睨みつける男の後姿は、なるほど、神々しささえをも感じさせたろう……例を挙げれば枚挙に暇のない、『普段は地位ゆえの特権に胡坐をかいておきながら、危機的状況に限って地位ゆえの責務などほっぽり出して一目散に逃げ出すクソ貴族ども』と比べれば、どれほど印象通りの形容が相応しいことか?
そんな感想を抱いた者は決して、『かくて我、此処に在り』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)のみではなかっただろう……が、しかし同時、誰もがこうも思うのだ。
(こいつ……どんな思考回路してるんだ?)
……と。
「かのグレイヘンガウス家の当主殿が、こんなだったとはなぁ……。ま、まぁこういう個性的な方がいても良かろう? なのか?」
曲がりなりにも鉄帝の名門の三男坊である以上、『救い手』ヨシト・エイツ(p3p006813)もスタニスラフの名を聞いたことくらいはあった……はずだ。そんな風に彼がどうにも歯切れが悪い理由は、目の前の光景と名前が一致してくれないせいだ。まあ、ヨシトがそういう事情に詳しかったかと問われればそこまででもないのだが、それにしてもとくらい言いたくはなる。
まあ、ともあれスタニスラフは立ち上がり、誤差レベルの時間稼ぎくらいはしてくれていたわけだった。ならば、その信念がいつしか真に国家と民のために振るわれると『風韻流月』冷泉・紗夜(p3p007754)が信じるくらい、しても罰など当たりはすまい。よって、その気概に報いるために――、一番槍、氷華閃「玲瓏」が刻ごと敵の一脚を凍てつかす!
「鐘の音は、諸行無常の理を歌うもの。その聖堂の歯車は、何を奏でるのでしょうね」
紗夜が詠うように囁いて、動きを止めた時間が再び進み出した時、歯車兵器はまるで戸惑ったかのように、がくがくと全身を震わせはじめた。鋼鉄の前右脚の一本が歪み、自重を支える機能を半ば失いかけている。仕方なく彼は器用に胴体を載せる位置を調整すると、瞳をますます煌々と輝かせ、任務の障害となりうる特異運命座標たちに、憎悪とともに熱線の照準を合わせんと欲する!
……だが、させじ。
『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)の銀のロザリオが、白銀の世界の中に輝きを放った。
(確かに彼の勇気は価値あるものだろう。しかし――今の彼は地位と強さを勘違いしているように見える)
その先に生まれる悲劇は何か? リゲルはよく知っている。天義――彼の故郷が同じ過ちを犯したことで、かの国は多くの人と財を失った。リゲルの父もその中のひとり……ゆえに彼はこのロザリオを継いだ者として、同じ罪を犯させじと心に誓う。
すると鉄の蜘蛛は怒りから一転、不気味な笑みを浮かべたかのように見えた。胴体の上部の蓋が開き、鉄の腕がするすると伸びてくる。その腕はリゲルの決意を嘲笑うかのようにロザリオに伸びて、それを力の限り毟り取る!
けれどもリゲルは腕を拒むどころか、無視して千切れかけていた脚を完全に銀剣にて引き裂くほうを選んだ。確かにこれは大切な家宝……が、真に護るべきものを履き違えて、自らまで祖国の罪を犯しはしない。
蜘蛛の腕はするすると天頂へと戻っていって、その間、歯車兵器はすっかり動きを止めてしまっていた。
「ヴィクトール殿!」
『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)に名を呼ばれるのとどちらが早いか、『忘却機械』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)は駆け出してゆく。いかに寝ぼけ眼の彼といえども、この千載一遇の好機を逃すような愚図じゃない。
「スタン様、ボクが護りに来ました」
自身の勝利を疑っておらぬスタニスラフにそう声を掛け、彼を、この史上最高の作戦を闖入者どもに邪魔された不快に振り向かせ……すると次の瞬間スタニスラフは、まるで羽虫か何かが屋敷に上がってきた時のような、露骨な嫌悪を浮かべてみせた!
「げぇっ!? 何故貴様がここにいる!? 貴様がその名で俺を呼ぶな!!」
「ええっ!? ボクが一体何をしたって言うのですか……」
せっかく助けて真正面からの拒絶にヴィクトールが凹んでいると、さらなる罵詈雑言がスタニスラフから浴びせ掛けられた。
「貴様、よもや忘れたなどとは言わせんぞ! 貴様は……ああ、思い出すだけでも虫唾が走る! 俺に貴様などのことを語らせないでくれ! 貴様が俺を護るだと!? 一体何を企んでいる! やめろ! それ以上俺に近付くな!!!」
哀れなり、ヴィクトール。記憶を失って何のこっちゃさっぱり解ってない彼に対するスタニスラフの一人踊りは、いつまでも傍から見ていたくなるほどだと『荒熊』リズリー・クレイグ(p3p008130)には面白可笑しく感じられた。
問題は……彼を娯楽感覚で見ていられるのは、面倒事がこっちに降りかかってこぬ間だけ、ということだ。そう、降りかかってこなければ。それと、いかにスタニスラフがヴィクトールから逃げ回ってくれたからって、例の歯車兵器が止まってくれるわけじゃないってことも。
どっちがより対処しやすいか? リズリーの場合、圧倒的に後者のほうだった。伊達に『蛮愚部亜』山賊団の荒くれどもを束ねていたわけじゃない。歯車兵器には『とりあえず殴る』が通じてくれる……だったらそれが通じぬほうはヴィクトールに任せ、自分は単純明快、自慢の熊の膂力にて、敵の次の右脚を殴りつけてやればいい!
がくんと再び体を沈めさせられた鉄蜘蛛は、ロザリオを大事そうに自身の格納庫に仕舞い終えると、ようやく再び目に炎を灯し、一直線に今までの怒りを解き放った。
「来るっすよ!」
そんな『シルクインクルージョン』ジル・チタニイット(p3p000943)の警告をも掻き消しかねぬ破壊音。氷の大地は沸騰して抉れ、リズリーの分厚い脂肪と筋肉さえもが焼け燻ぶる……が。
ジルが放ったものは警告のみならず、同時に万命巡識の妙薬をもだった。自らも滋養強壮の効持つ薬師の全知を注がれた薬は、焦げた肉さえ瑞々しく戻し、断たれた筋を縒り合わす。あとは……地団駄を踏む鉄の脚に踏み潰されないように、こっそりと安全な場所まで身を寄せるだけだ。というのも、歯車兵器の瞳は次第にぎらつきを失っていって、次まで多少の時間がありそうだからだ。
ならば好都合。不意に辺りに白百合の香りが漂って、この場にいる者の鼻をくすぐった。もし、誰かが驚き振り向いたのならば、その者はしゃなりしゃなりと歩みを進める百合子の後姿と、つい今しがた“彼女とすれ違ったのだという事実”に気付くことだろう。
あまりにも自然なその足運びに対し、歯車兵器さえ呆けたように彼女を目で追うことしかできなかった。そして――ああ、兵器は気付いてしまった。その足取りは、彼女の襟元に輝く白百合の校章に裏打ちされたものであると。そして彼女が……いつの間にか彼自身の胴体の上で足を止め、憂いを秘めた顔立ちで振り返ったのだ、と……!
兵器は、力の源たる校章を奪わんとした。しかしその腕をたおやかに百合子が払ったならば、傷つくのはむしろ鉄の側!
どうやら解体の時間が始まったようだと、マカライトは秘かに理解した。傍らに『ティンダロス』――この獣を敢えて形容するならば、体の所々に甲殻を持った、軍馬ほどもある狼というものが近いだろうか――を呼びつけて、それに飛び乗り駆け抜ける。
ロボットアームにて百合子と揉み合いを続ける機械は、すっかり足元から注意が逸れていた……この機を逃さぬ手などない。恐らく、その一撃を加えれば、敵は我に返ってマカライトに怒りをぶつけるだろう……だが獣と一体になりながら、彼は機械剣を猛然と振るいはじめる。まさに突風。まさに嵐。その暴力はリズリーの捻じ曲げた脚への止めの一撃となって、駆動用ケーブルを引き千切り鋼鉄の芯を粉砕す!
直後……予想と違わず歯車兵器はマカライトに対し、熱線を存分に照射した。
「待ってな、すぐに治療してやるよ」
ヨシトが彼に声を掛けたが、返ってきたのはもう一度大きく振り回された剣の動きだ。
なるほど、それよりとっととやれってことか。上等だ……タダでさえ自分の祖国の不祥事のために、余所者にクソ大事にしてる品まで賭けさせてるんだ。ここらで一発ぶちかましてやるくらいでなけりゃ、鉄帝人として示しがつかないってもんよ。
「うっし、行ってこい! あのデカブツをすっ転ばしてきな!」
ヨシトが虚空に命じるのと同時、漆黒の影が虚空から滲み現れた。爛々と輝くそれが睨めつけるのは、兵器の右脚の3本目。ヨシトに忠実な黒妖犬が、脚の機構を噛み砕く。
そして……外からひしゃげさせられた鉄の柱は、今度は内から膨らまされた。
氷だ。紗夜の刃が違うことなく裂けた装甲の内を斬り裂いたことにより、氷塊がさらに内部の機構を破壊しながら傷を押し広げんとしていた。どれほど強大な相手であろうとも、幾度なく一点に集中して攻めれば破れることは、既に二度も証明されていたとおり。高みにて凍える大地を睥睨していた歯車兵器の本体が、がくがくと不規則に揺れはじめる。ならば……。
「沙羅双樹たる刃の色を、刻みましょう」
神速が右中後脚を撫でつける!
●雨垂れ石を穿てば
「切っ先通れば、龍も鋼も折り紙と変わらず、裂けるものですよ」
まるで誰かに語り聞かせるように独り囁いて、紗夜は戦いの後方へと流し目を向けた。
その先で、思わずびくっと体を飛び上がらせたのはスタニスラフ。ヴィクトールにめんどくさい愛情ばりにとことん追いかけ回されてげっそりしていた彼は、繰り広げられるジャイアントキリングの英雄譚を前に魅入られて、再びその光景へと近付かんとしているところだった。
「なるほど……俺の勇気と民の俺への祈りが、かようにも頼もしき勇者らをこの地に招き寄せていたのだな!」
こうやって主人を想う老執事の気配りは、他ならぬ主人の手によって無かったことにされる。
(執事さん、本当にお疲れ様っす……)
せめて今だけでも、ジルが彼の影の功績へと思いを馳せよう。そして、そうなると解っていてもスタニスラフの救出依頼という形でローレットに助けを求めた彼に報いるために、誰ひとりとして欠くことなく――それこそスタニスラフさえも傷つけることなく――破壊の権化の打倒を遂げなければならぬ。
今、歯車兵器に残された脚はまだ8本のうち5本。しかし左側に4本、右に1本という歪な有様であれば、もはや自重を支えることすら危うい始末だった。
だというのにそんな中……百合子が自ら校章を襟より毟り取る。そして兵器の右側に、無造作にそれを放り捨ててみせる。
(肉を切らせて骨を断つ――命すら投げ打ち勝利を掴むのが白百合清楚殺戮拳よ)
この校章を失い、取り戻せぬならば、美少女は己が指先で腹を裂き自死せねばならぬ。しかし死を恐れ敵を利することあらば、死ですら贖いきれぬ恥辱であろう。
果たして蒸気多脚戦車は校章を追い手を伸ばし、そして全体重を僅か1本の脚にかけ、自らそれを砕くに至った。断たれた脚の残骸が引っかかり、胴から氷雪の大地に倒れ込むことばかりは免れたものの、もはや動くことも、校章に手を届かすこともできやせぬ。
凍星――絶対零度。リゲルの銀剣は美しく閃いて、怒り狂ったかのように熱線を撒き散らす敵の胴の下部に、鮮やかな線を刻み込んだ。
「おお!」
スタニスラフが手を叩き、“彼の下に集った”勇士を讃えるために足を踏み出す。これ以上、彼に近付いてこられては敵わない……リゲルはあたかも本当に彼の臣下であるかのように恭しく一礼し、こんな“嘆願”を“主人”へと向ける。
「スタニスラフ様! 決して無茶をなさらなぬよう! その度にヴィクトールさんは貴方を護らなくてはならないのです!」
それから……ふと何事かに思い当たったかのように。
「……あぁそうか。貴方は口ではああも言いながら、ヴィクトールさんに守られ、その敬愛を一身に受けたかったのですね? これは気付かず、失礼をいたしました……スタニスラフ様がそれほどヴィクトールさんに庇いつづけられたかったとは!」
「やめろおおおおお!!!!!」
●スタニスラフの恐怖
スタニスラフが悲鳴を上げるのと同時、闇雲に放たれた猛烈な熱量が、ちょうど彼を目がけて吐き出されていった。
ほら言わんこっちゃない……よもや世界の秘宝たる自分を歯車兵器が毀損せしめんとするなどとは思わず、困惑に足を止めたスタニスラフ。彼が熱線にとって格好の餌食にすぎぬのは、誰もが自明の理だと疑わぬであろう。
だが……固まった彼に覆い被さるかのように、ひとつの人影が彼を突き飛ばしていった。
「何故だ……何故貴様が俺を、我が身が傷つくのも厭わず守ろうとする!?」
尻餅をついたまま、上ずった声。対して彼の代わりに背を焼いた男――ヴィクトールの表情は、肉体の痛みと訳も判らず嫌悪される心の痛みに泣きながらも笑う。
「大丈夫ですよ、スタン様。貴方に何と言われようともボクが護りますから。ええ……貴方がどれほど嫌がろうとも、戦場に立つことをお選びになる限り、貴方に傷ひとつ負わせることはありません」
するとスタニスラフの顔にも強烈な感情が浮かび上がった。
恐怖――歯車兵器にさえ見せることのなかった得体の知れないものに対する本能的忌避が、スタニスラフの全身を駆け巡る。
ぞくり。
怒り、憎しみ、恐れ、畏れ……あまりにも多くの感情にのしかかられて身を起こすことすらままならなくなった彼の首根っこを、リズリーが掴んで持ち上げた。
「おい……何をする!」
スタニスラフは暴れようとしたものの、さっぱり荒事に適性のない細身の肉体じゃ、山のように構えた豪胆な女山賊には抗えない。そのまま軽々と肩に担がれて、何もできぬまま遠くまで運ばれてゆく。
「いいかい」
女山賊はもがく貴族を一瞥し、それから彼を木陰に下ろし、二度と勝手に動かぬよう雪の塊で彼の体を埋めた。
「こんな時、上が逃げなきゃ下も逃げづらいもんさ。それに、こういう時に後ろでどっしり構えられるのが、できる領主って奴だと思うがねぇ?」
スタニスラフからの返答はなかった。が……リズリーは気になどせずに、再び歯車兵器へと向き直る。
「さて……次に壊すのは熱線銃かねぇ? それとも煙突の中のほうが壊しやすいか」
リズリーが戻った時には戦場の端では、涙目のヴィクトールをジルが手当てしているところだった。
「いくら何でもあんなの相手に体張りすぎっすよ?」
「だって……こうでもしないと仕方ないじゃあないですか……」
ま、気張ってくださいっすよ、と困ったように微笑んだ後、ジルは手当ての済んだヴィクトールの背を叩き、本当に相手取るべき敵のほうへと押し出した。怒り狂った機械を止めるためには、あと少しの辛抱が必要なようだ。そのためにジルは大好きな薔薇型の鉱物の結晶を、そっと敵の前へと転がしてやる。
まるで生きたように形を変える結晶『有為転変のデザートローズ』は、いまだに“大切なもの”に固執する腕に掴まれ格納庫へ消えた。今更そんなものを後生大事に集めたところで、歯車兵器に待っている未来は解体のみだというのに……跨る足の締め付けひとつでティンダロスを跳躍させながら、マカライトはもがく銃口の届かぬ空へ。それから急転直下、今やただ突っ張るだけになってしまっている脚の付け根関節部分へと得物を捻じ込んでゆく。
今度は左の脚が大きく歪み、胴体はさらに落ち込んだ。為す術を失った歯車兵器はもうもうと黒煙を吐きながら……死なばもろともとばかりに熱線銃を乱射する。
●グレイヘンガウス領の未来とは
が……今の彼ではその照射方向など限られていることを、紗夜はとうの昔に諒解していた。
すなわち……2枚の壁のように吐き出す煙の間に紗夜は立つ。そして、脳天へと刃を突き立てる。
紗夜が刀を鞘に納めるのと同時、煙突列はひとつ不規則な煙を吐くと、そのまま眠るように動きを止めた。もはや、二度と動くことはない……そして、彼の蒐集した“コレクション”が歯車大聖堂へと渡り、他者を蹂躙するために費やされることもない。
「ふん……見事な腕前ではないか」
ようやくどうにか雪の下から這い出てきたスタニスラフが、その光景を眺めて胸を張った。放っておけば勝手に現場を仕切りはじめて、何もかもを滅茶苦茶にしてしまうことだろう……だから、その前に。
「あー、スタニスラフ殿、スタニスラフ殿。こんなところで油売ってていいんですかい? 不安がってる領民たちに、早く無事な姿を見せてきたら安心するんじゃねぇですかね。
ほら、その辺はスタニスラフ殿にしか出来ねぇことですし」
「なるほど、君は実に良いことを言うな!」
スタニスラフはヨシトの台詞を真に受けて、意気揚々と領地へと帰っていった……ああ、許せ彼の領民たちよ。特異運命座標たちはこれ以上、彼にいろいろ邪魔されたくはない。
成否
大成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
命よりも大切なものよりも大切なもの。
大切なものを手放した方もそうでない方も、きっと皆様はそういったもののため戦ったことでしょう。手放したものは皆様、是非とも回収して再び大切にしてください。
ところで……結局スタニスラフと記憶を失う前のヴィクトールの間には何があったのん?
スタニスラフは頑なに語ろうとしないし、ヴィクトールはさっぱり憶えてないしで、ぜーんぜん何もわかんないんですけど! いつか語られる日が来るといいな!!
GMコメント
るうでございます。本シナリオの目的は、グレイヘンガウス領に迫る歯車兵器を破壊すること。形式上はスタニスラフの救出依頼ということにはなっていますが、暗黙の了解として「スタニスラフが自信過剰すぎて自滅しちゃっても仕方ないよね」という雰囲気が流れています。彼の生死はシナリオの成功条件には関わりません。
●歯車兵器
グレイヘンガウス領に現れたのは、蒸気多脚戦車とでも呼ぶべき、高さ8メートルほどの機械兵器です。細長い8本の足を持ち、その上に乗る左右に煙突が列をなす胴体がこの兵器の本体です。足への攻撃も機動力等を奪う役には立つでしょうが、胴体を破壊するまで兵器は停止しません。
攻撃手段は、胴体からの必殺の熱線。ただし、誰かが命と同程度以上に大切にしている特殊化済み装備品を見つければ、熱線を停止してロボットアームで回収することを優先します(プレイングで『囮にする』と明記していない限りは回収はされませんし、もし回収されても兵器の破壊にさえ成功すれば保管庫から奪還できますので、意図せぬ喪失は起こりません)。
●スタニスラフ・グレイヘンガウス
ナルシズムを拗らせちゃった人。婦人たちが畏れて距離を取る? 本当はみんなドン引きしてるだけなのは秘密だよ。
自分が人々から敬愛されていることを疑わない彼は、その敬愛パワーが歯車兵器を破壊すると、何の根拠もなく信じています。説得は無駄です。物理的に止めるか、彼が蛇蝎のごとく嫌っているヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)がとやかく言って反発させる以外で、彼を制止することはできません。
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