PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ずっと待っていた狐

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 昔々ある所に、優しい薬師がいました。
 みんなのために頑張って薬を作っても、魔女と呼ばれて買い叩かれいつもお腹をすかせていました。
 仲良しの狐は一緒に逃げるように勧めます。
 でも薬師は微笑むだけで頷いてくれません。
 ある日、薬師は騎士に呼び出されます。
 狐は必死に止めます。
 けれど薬師は絶対について来ないよう言い残し、2度と帰って来ませんでした。
 狐はずっと待っています。
 今でもずっと、待っています。

●開発予定地調査団
 青々と茂る森の中、調子外れの歌が聞こえた。
「昔々ある所に悪い魔女がいました。強くて格好良い騎士が来たので命乞いして殺されました」
「騎士様、それ何なんですか」
 筋骨逞しい木こりが、呆れと非難が混じった視線を重武装の騎士に向ける。
 内容も酷いが歌声が騒音なのだ。
「俺の一族に伝わる言い伝えだよ」
 騎士は重厚な装備ではあるが実戦的だ。
 堅く滑らかな鎧は草や枝に引っかからず、手に持つ剣も鉈に近い。
「いい歌と言えばいいんですかね」
「悪評持ちを狙って手柄首にしろっていう教訓話だからなぁ。役に立つ歌だけど子供の頃は泣くほど嫌いだったよ」
 今も好きじゃないよと言い捨てる。
 反応に困るセリフを聞いて、木こり達がなんとも表現し辛い顔になった。
「そんなことより仕事だ仕事。どんな感じだ?」
 監視役として派遣されてきた騎士だが、話が分かり、それでいて誤解しようのないほど強い。
 だから頑固なはずの木こりと猟師の一団も、珍しく誤魔化さない報告をした。
「外から見た通り、長い間手入れされてない森ですね」
「燃料は獲れますけど高級木材は無理ですわ」
「俺は動物の動きが変なのが気になります。凶暴な肉食獣が出てもおかしくないはずなんですが」
 なるほどなるほどと頷いていた騎士が、静かにするよう身振りで伝えて背負っていた盾を構えた。
 木こり達はぎょっとして、猟師達は慌てて耳を澄ます。
 微かに聞こえていた鳥と獣の鳴き声が消えていた。
「俺が殿だ。ほら、とっとと元来た道を戻れ」
 緊張を押し殺し、にやりと笑って退却の指示をした。
 騎士は逃げたいのを我慢している。
 民が十分離れたのを確認し、自身も彼等に続こうとして、戦場ですら経験したことのない殺意に気付く。
「俺は幻想の騎士だ。そっちが襲ってこないなら戦うつもりは無い」
 少なくとも今はなと内心付け加える。
 土地の持ち主が決めた以上、一時停滞することはあっても確実に伐採と害獣の排除は行われるのだ。
「……残念だ」
 目でも耳でも鼻でも異常は感じないが生命の危機だけは強く感じた。
 勘に従い盾を振り上げる。何かがぶつかり両足のブーツが腐った葉の中にめり込んだ。
「っ」
 盾の上に乗る何かへ斬撃を繰り出す。
 普段より小さい剣な分高速で、なのにそれは剣より早く跳び空振りを強制する。
「それなりに斬ってきたから恨まれる覚えはあるんだがね」
 誰もいないはずの落ち葉が砕け、何か大きなものが6つその背後で揺れた。
「狐?」
 保護色だった。
 背景にあわせて変わるので見つけるのは大変だが、1度気付けば見失うことはない。
 冷たい殺意に満ちた瞳が2つ。
 1つだけでも大きな尻尾を6つ立てた狐が凶悪な気配を撒き散らしていた。
「嘘だろ」
 尻尾が一本火柱に変わった。
 枯れ草や落ち葉が近くにあるの燃え広がりもせず、本体とは別に動いて騎士を襲う。
 高速の斬撃が炎に直撃、しかし実体のある炎を削りきれずに押し返された。
「ははっ、まさか昔話の魔女の関係者かい?」
 炎は盾で防ぐが無傷ではすまなかった。
 鎧の下の腕が軽度の火傷で傷つき濃い体毛が縮れる。
 狐が吠え、炎の数が3つに増えた。
「最悪だ。本物かよ」
 騎士は、逃げた。
 森という敵地では絶対に勝てないと判断し、盾も剣も捨て文字通りの全力で駆ける。
「騎士の旦那?」
「お前達も走れっ、捕まったら燃やされるぞっ」
 あちこち焦がされながら、過酷な環境で鍛えた体力を活かして全員延々と走る。
 木々の間隔が開き、人里が遠くに見えて来た頃、いつの間にか炎と狐の気配は消えていた。

●戦闘不可避
「討伐依頼ではないのです」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が、神妙な態度で袱紗に包まれた櫛をテーブルに置いた。
「幻想の田舎にある森の中に、怒っている狐さんがいるです」
 開拓予定地を訪れた調査団が襲われた。
 即座に討伐隊が送り込まれてもおかしくない状況だが、調査団に同行し他の全員を守った騎士が他の全員を説得して事実を伏せている。
「狐さんに余所へ行ってもらうか、狐さんに大人しくしてもらうかして欲しいって依頼なのです」
 騎士が行けばどちらかが死ぬ可能性大だ。
 部下を大勢率いて赴けば、死闘の果てに狐を討てる。
 しかし、先祖が騙し討ちした推定魔女のペットを討つのは、他に手段があるならやりたくないらしい。
「でも難しいと思うです
 狐は仇の子孫と紋章を見て激怒している。
 長年積もり積もった怒りと憎しみは少々のことではおさまらない。
 説得しようとするなら、殺さないよう戦いながら説得するか、1度殺さず捕らえるしかないかもしれない。
「死んでまで説得しようとしないでいいです。その時は、これも一緒に埋めて欲しいって言われてるです」
 歯がいくつも欠けた櫛が、室内の淡い光に照らされていた。

GMコメント

●依頼達成条件
 『怒り狂う六尾狐』の無力化。

●情報確度
 このシナリオの情報精度はBです。
 情報は全て信用できますが、不測の事態も起こる可能性があります。


『怒り狂う六尾狐』×1
 とても長生きした狐?です。
 本体の全長は1メートル。
 尻尾は、かつてはふさふさでした。
 人間レベルの知性を持つため会話可能ですが、イレギュラーズと遭遇した瞬間は会話する気は皆無です。
 本体の攻撃手段は前脚パンチと噛みつきと体当たり【至】【単】【必殺】だけで威力は低いです。
 しかし回避、防御技術、特殊抵抗は高水準で、『狐火』と連携して侵入者に襲いかかります。
 尻尾1つを『狐火』1つに変えることが出来ますがとても疲れます。変更可能なのは1ターンに1つのみです。
 戦闘開始後に新たに3回変えると確実に気絶します。登場時に本体の尻尾は3つです。
 「殺す」
 「謝ったら主が戻ってくるのか」
 「なんで僕を置いていったの……」

『狐火』×3~6
 『怒り狂う六尾狐』の尻尾の1つが変化した炎です。
 赤く、長く、揺らめいています。
 炎は生き物にのみ影響を与えます【中】【単】【移】。
 威力は高いですが機動力は低く、水には弱いですし剣などの武器も普通に効きます。
 イレギュラーズが倒しても、『怒り狂う六尾狐』の尻尾の1つとして復活します。
 『怒り狂う六尾狐』が気絶中は自律行動しますが判断は雑です。

●戦場
 1文字縦横10メートル。戦闘開始時点の状況。上が北。曇り。南向きの微風)
 abcdefghijklmn
1■■■■■■■■■■■■■■
2■■□□□□□□□□火□■■
3■□□□平□□□□□毒毒□■
4■□火□毒毒□□□□毒毒剣■
5■□□□毒毒□□□火□□■■
6■■□□□□□□□□■■■■
7■■■■■初初■■■■■■■

 □=草むら。丈は50センチ前後。地上移動時でも回避にペナルティ無し。
 ■=森。動物は怯えて気配を消しています。通り抜けは可能。
 平=念入りに草抜きされた土地。建物の跡のようにも見えます。
 毒=元薬草畑の毒草の園。地上か地上近くに留まると少量のダメージ。
 火=狐火が1つ、地上から1メートルに浮かんでいます。
 剣=草むら。剣と盾が、念入りに蹴り壊されて転がっています。
 初=イレギュラーズの初期位置。

●他
『櫛』×1
 『怒り狂う六尾狐』に見せると、見せた者を強盗と思い込んだ『怒り狂う六尾狐』が奪い返そうとします。
 薬師が狐のブラッシングに使っていました。
 イレギュラーズが自由に扱えます。

『森』
 薬師が死んだ後、安価な薬や肥料を得られず最終的に廃村になった村を飲み込んでいます。

『騎士』×1
 イレギュラーズの過半数が希望すれば、部下を連れずに単独で同行します。
 「他に情報が漏れないなら謝罪はするが、それ以上は無理だ。家族と部下を養う必要があるからな」
 「ご先祖の所行が明らかになっても首にはならんよ。2代目以降で武勲を重ねて来たからな。ただ収入がな、減ると困る」
 「俺のご先祖もなぁ……。殺したことにして逃がすとかしろよ。悪知恵が中途半端なんだよ」
 「墓はない。記録が正しいなら、残っていないのではなく最初からない」
 「開発予定がない森? 地図に描いて渡すよ。俺が描いたと広めないでくれよ?」

  • ずっと待っていた狐完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月21日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に
シラス(p3p004421)
超える者
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
彼岸会 空観(p3p007169)
桐神 きり(p3p007718)

リプレイ


 炎が浮いている。
 まるで生きているかのように蠢いて、苦痛と憎悪の顔が何度も浮かんでは入れ替わる。
「聞こえませんね」
 地獄じみた光景に心を乱されることなく、彼岸会 無量(p3p007169)は耳を澄ませて戦場の実体を探る。
 微かな虫の音はいくつか捉えたが、一定以上の動物がたてる音は皆無だ。
 目標の狐は、息を潜めて機を伺っているようだ。
「まずは大人しくなってもらわないコトには始まらないですね」
 『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の意識に、熱い、重い、水欲しいという独特の感情が届いている。
 どれも植物の声だ。
 このまま続ければ6尾狐の位置を特定出来る。
 しかしそれを邪魔する炎が3つ、眩いほどの殺意を放ちながら迫って来た。
「いやはや、これは……」
 『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、目の前の光景を通じて一瞬だけ己の過去を見た。
 憤怒と怨嗟に塗れた化生。
 過去の汰磨羈と比べれば幼子の駄駄のようなものだが、複数の意味で捨て置けない案件だ。
 霊力を励起させ、己が全身を生体炉として扱い、形の良い四肢を物理的な凶器では無く霊的な砲として使う。
「手こずりそうだ」
 ただでさえ速い汰磨羈がさらに加速する。
 殴る蹴るの代わりに極限まで高められた霊弾が次々に叩き込まれ、狐の炎が大きく揺らぐ。
 威力が存在の核にまで届いているのにまだ燃えている。
「依頼人が討伐の仕方ないと言う訳です」
 うへー、とうんざりした表情で桐神 きり(p3p007718)が仕掛ける。
 黒銀の刃を振るたびに炎がすぱすぱ斬れる。
 炎の守りをものともしない連撃であり、与えるダメージも大きいがきりにかかる負担も大きい。
「本体以外もここまで強いなんてね」
 熱と光がきりの眼球を狙う。
 目を閉じれば次の攻撃は躱せない。
 だからきりは目を開け続けて炎の動きを読んで、少し炎に触れられはしたが頬が薄ら熱を持った程度で済ませる。
「まぁ、私は依頼として受けた仕事を全うするだけです。……まず1つ」
 霊的な感覚で核を捉えた瞬間、炎の切れから刃を押し込み引き金を引いた。
 炎がまとまりを失い薄く広く広がる。
 それを突き抜け、残り2つの炎がきりを狙い真横から汰磨羈に叩かれる。
「なるほどね」
 それまで全く動いていないように見えていた『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)が、いきなり何もない場所に向かって走り出す。
 建物の礎石も毒草すらもない、ただの草むら。
 2つの炎が速度最優先でヴォルペを追う。
「おにーさんも主を待ち続ける狐でね」
 感情を隠す術もあるようだが、ヴォルペから見ればまだまだ甘い。
「さあ! 飢えた感情を満たす為にも、遊ぼうか!」
 草の中から狐が立ち上がる。
 全長1メートルは狐としては大型でも魔物としては小型だ。
 だが身に纏う気配は非常に禍々しく、狐火も本体の感情に反応して明らかに一回り大きくなるのだった。


 長く煮凝りのように固まってしまった恨みが、汚れた毛の1本1本にまでしみついている。
 冒険譚の世界に浸かるほどに感受性豊かなドラマにとり、狐の痛みも憎しみも刺激が強い。
 写本ではあるが破邪の聖典に近い存在が、ドラマの思いに反応して特定のページを開く。
「深く根付いてしまった禍根今、断ちましょう」
 元書庫暮らしの彼女は平時は感激屋のロマンチストであり、戦場での魔女だ。
 書を通じて対軍あるいは対魔種と分類しても違和感のない暴風が顕現。
 ドラマの髪を揺らしもせず、消えた狐火の残滓を吹き消し健在な狐火2つに襲いかかる。
 逃げられない。
 耐えられない。
 嵐が炎を削り取り1つを消滅まで追い込む。己の一部を消された狐が悲鳴をあげた。
「聞く耳を持たないか」
 『パンドラの匣を開けし者』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)がためらいなく前進。
 左の掌を一瞬狐の胸に当て、義手に搭載した吸収装置を使用する。
「っ」
 3尾から5尾にまで戻った狐がぶるりと震える。
 森で暮らし続けている狐は、ラルフのような高度技術の使い手と戦ったことがない。
「危ないっす!!」
 『シルクインクルージョン』ジル・チタニイット(p3p000943)自身も危ない。
 残った狐火が新たに出現した狐火と合流。
 強くはあるが物理的防御は平均程度のジルを焼こうと左右から同時に迫っていた。
 無量の額の目が開く。
 すると、炎を通じて狐の心まで見えてくる。
 狐が腹立たしげに地面を蹴り、炎は本体ほど我慢出来ずにジルのことを忘れて無量を狙う。
「ちょっと熱いけど気張って下さいっすよ!」
 ふわっとしている言動とは対照的に、ジルの術は非常に高度で強力だ。
 物理的な力と神秘的な力が精妙に組み合わされ、狐火で焼かれた傷口が治療され回復する。
「ってまた来たっす!」
 狐がいる場所は殺気が濃すぎて見たくない。
 また炎が増えたのは光と気配で分かったので、自分自身が焼かれないよう頑張って走る。
「熱いのなるべく飛んでけーっす!」
 実は、ジルが倒れた場合、狐の攻撃力がイレギュラーズの回復力を上回り全滅していた可能性があった。
「この地形なら開発したら高く売れるな」
 特に善意もないが悪意もない発言だった。
 狐が激昂する。
 許せない言葉を吐いた『ラド・バウD級闘士』シラス(p3p004421)を食い殺そうと、無量の視線による挑発を無視してシラスの喉を狙う。
「強いね。本当に強い」
 ただの肉食獣とは次元が違う。
 判断速度、移動速度、攻撃速度と精度の全てがイレギュラーズと同等かそれ以上で、シラスは結界を高速生成して防ぐ必要が有った。
 つまり防御可能だ。
 狐が噛み砕くたびに小さな結界を作り直し、体当たりや前脚による一撃など全てを防御し被害を減らす。
 狐の前脚攻撃が徐々に大振りになる。
 シラスはわざとぎりぎりで避け、拳では無く掌を開いてそこに魔力の刃を大量に実体化させた。
 狙いは狐ではなく狐火だ。
 炎が切り刻まれ、勢いが目に見えて衰えた。
「……騎士の手先っ」
 狐の言葉は、恨み辛みをそのまま音声にしたかのようだ。
「騎士からの依頼ではあるね」
 シラスは息の乱れた狐を静かに見下ろす。
 先程の手応えは浅かった。
 息の乱れは演技と判断して警戒。奇襲のつもりで飛び上がる狐を無理なく回避する。
 刃が実体を持つ炎を抉り、呪い同然の力を注ぎ込んで動きを乱して存在する力を削る。
「同格同士だと時間がかかるのがね」
 2つの足音が同時に生じた。
 後衛を狙って跳ぶ狐の進行方向にシラスが跳躍しブロック。
 十分に固い防御と素晴らしい回避技術で以て、狐相手に一進一退の戦いを演じる。
 ヴォルペとシラスが打ち合わせなしに位置を入れ替える。
 シラスも十分高度な防御技術を持つがヴォルペはそれ以上で、シラスが背後から治癒術を使うことで狐にとっての分厚い壁となる。
「おにーさんも、ただの「主を待ち続ける狐」さ。だから君の考えることは分かるんだよね」
 狐の必死の攻撃を易々と防御する。
 怒るなとも復讐するなとも言うつもりはない。
 怒りと復讐しか見えない狐に、負ける気がしないだけだ。
 狐火が飛び散る。
 血反吐を吐きながら狐が加速する。
 ヴォルペもまた深く傷つき、しかし狐と違って笑顔を浮かべている。
「はは……楽しくなってきた!」
 奇跡的に届いた牙でもヴォルペは倒れず、ジルとドラマにより瞬く間に全快させられる。
 狐は新たな狐火を出そうとして一瞬立ちくらみを起こす。
 これ以上は心身共に不可能と体と本能が叫んでいる。
 そこに黒銀の刃が迫る。
 きりは複雑な事情に気付いる。
 同行者が色々動いているのも知っている。
 だから、まずは依頼の成功条件を満たすため、容赦のない刃を振り下ろすのだ。
 せいぜい11歳程度にしか見えない痩身が美しい斬撃を連発する。
 華麗ではあるが負担も絶大。
 それでも、赤く輝くきりの左目が狐を見据えて離れない。
「……や」
 己の口から弱気が漏れたことに気付き、狐が悲しげに鳴いた。
「いけるよ」
 これ以上傷つけると殺しかねない。
 きりは攻撃を止めて後ろへ跳んで仲間を促し、きり自身は治癒魔術に集中し、手傷を負った前衛を癒やす。
「いい加減に――落ち着かんか!」
 肉球オーラの嵐が狐を襲う。
 殺気を感じないことを生涯最大級の恐怖を感じて、狐尻尾がへにょりと垂れた。
 ラルフの義手が狐の頭を掴む。
「今は寝ておけ」
 目覚めてからが一番辛いでも言いたげな言葉を聞きながら、狐は生命と魔力を限界ぎりぎりまで吸い上げられ意識を失うのだった。


「おねぇちゃんひだりのしっぽかいて」
「もう少し寝ておくといいっすよ。ドラマさんそっちお願いっす」
「しっぽかいてよぉ……っ!?」
 6尾の狐が完全に覚醒する。
 即座に戦闘に移ろうとして、避けようにも避けられない確度……いわゆる死角にシラスがいるのに気付く。
 全身の毛が逆立ち、目に涙がじわりと浮かんだ。
「逃げようとしたら止めを刺す。いいね?」
 シラスの薄い唇が冷たい言葉を吐く。
 人を襲うことを止めるなら引越しの手伝いでもアフターケアでもするつもりだが、止めないなら刃を振り下ろす。
 自然体でそう思っているのが分かるから、狐は怯えて本来の力を発揮出来ない。
「いやー、助かったっす。品種改良までしてるっぽいこの草、踏み潰して駄目にしたら泣くに泣けないっすから」
 ロープと杭で隔離した毒草の園を眺め、ドラマに協力を感謝した。
「どういたしまして」
 毒が効かないのを活かして作業を手伝ったドラマが、はるか昔に家があった場所を、敬意を以て調べている。
「此処は……建物の跡地、でしょうか? 薬師さんの家?」
 土から顔を出す陶器片の形状と、頭の中にある膨大な知識と照合する。
「この形は確か……」
 ここまで関わったのだから、こうなってしまった真相は知っておきたい。
 だからドラマは、分析結果を薬師であるジルに可能な限り提供した。
「なるほっどす! その製法ならこっちの草は傷薬で……」
 高度な技術があるなら長期保存可能な薬に加工可能な毒草だ。
 ジルも高度な技術は持っているが、非常に知名度の低い薬には知らない物もある。異世界出身でもあるし。
「こっちの草は毛のお手入れ用っすね。どっちも一朝一夕で改良出来るものじゃないっす」
 6つの尻尾は動かず、形の良い鼻が得意げに反り返る。
「きっと、薬師さんは、狐さんも村人さんも好きだったんすよ」
「……あぁん?」
 いきなり柄が悪くなった。
 シラスがいつでも殺せる位置にいるのに、頭に血が登りすぎてシラスのことを忘れている。
 ジルは、死にはしなくても怪我はさせられそうな距離にいるのに狐から逃げず、真正面から向かい合った。
「じゃないと、こんな良いお仕事なんて出来ないっすよ? そんな優しい貴方の主さんを僕は同じ薬師として尊敬するっすよ。だから……っすよね」
 ここに住んでいるなら、手段を選ばなければ大量殺人も可能だったはずだ。
「……たまたま」
 どうして毒を使わなかった自問すると、長い時を経ても色あせない主の笑顔が脳裏に浮かんだ。
 そして、一度思い出すと思い出したくなかったことまで連鎖しても思い出してしまう。
 村人に尽くしても利用されるだけだった主の、寂しげな笑顔と押し殺した泣き声の記憶が蘇る。
 中でも最悪なのがあの騎士だ。
 番がいない主が舞い上がったのを利用して、散々利用した挙げ句、狐から奪い去ったのだ。
 まだ生えていない7つめの尻尾が、怒りの炎として現れようとしていた。
「その怒りと悲しみ、捨てる必要は無いかと」
 袱紗の包みから、無量が古びた櫛を丁寧な手つきで取り出し手渡しした。
 狐の息が止まる。
 目から、ほろほろと涙が零れて大地を濡らす。
 無量が目配せする。
 汰磨羈が使役中の小鳥に合図を送った数分後、きりとヴォルペに護衛された騎士が姿を現した。
「……お前がっ」
 顔があの騎士に酷似している。
 イレギュラーズに対するそれとは桁の違う殺意が放たれる。
「元気そうだな」
 ラルフが真っ直ぐに狐に近付いてくる。
 彼の瞳には殺意も同情も共感も存在しない。
 狐は初めて警戒を露わにし、体の力を溜めた。
「当事者同士話す前に謎解きをしよう」
 騎士は衝撃から立ち直れていない表情で黙っている。
「何故薬師は殺されたのか。何故いかにも殺したという歌だけがあって物的証拠が皆無なのか。何故、櫛だけがまるで遺品の様に遺っているのか」
 幼少時から当たり前と思っていた騎士には気づけなくても、ラルフ達にとってはあからさま過ぎる。
「だってさあ、心優しくて、買い叩かれるほど下に見られていた存在が脅威とみなされるかい?」
 体と顔と顔の全てが整った人間にしかか見えないのに、何故か狐と……神秘的存在に近い気配を持つヴォルペが語る。
「利用できるならなおさら、安く薬が手に入る存在をみすみす差し出す者もいないだろう」
 悪ぶった表情を浮かべても余裕があり説得力もある。
「と、悪いおにーさんは思うけれどね。薬師さんの子孫の代まで生き続けてる狐くんにも興味はあるけれど、同じ境遇だからこそ、解放されてほしいんだよ」
 狐はヴォルペを1分近く凝視してから、ただの敵ではないと納得した。
「恐らく薬師は殺されていない」
 ラルフが独自の情報ルートを使って集めた、過去の騎士家周辺についての報告書を狐に渡す。
 文庫本十数冊程度の内容がありそうだ。
「……読めと?」
 誤魔化すつもりかと非難の目を向ける狐の前に、きりがゆっくりとしゃがみ込む。
 自らを目立たせて騎士へ牙が向かないようにする目的もあるが、戦い以外の可能性があるのにその可能性を消されないようするのが最大の目的だ。
「要約でいいなら読みますよ」
 証拠と証言を元に推測された薬師の軌跡は、なかなか劇的だった。
 冤罪で殺されかけた所を騎士の弟に救われ駆け落ちして薬師としてガンガン稼ぎながら汚名を晴らそうとしていたら……と数十年騒動の中心にあった末に大往生した。
「……は?」
 じゃあなんで僕に会いに来てくれなかったのと、狐の目から生気が抜けた。
「派手にやり過ぎて、会いに行けば……行かなくても連絡しただけで君が危なくなるほど悪名があったようだ」
 死亡直後のごたごたで、こっそり狐に送るつもりだった手紙も行方不明。
 残ったのは薬師と騎士の弟の血を引いた騎士家の跡継ぎと、騎士位と櫛と引き継ぎに失敗した知識だけだ。
 先祖の行状を知り、今代の騎士も狐並みにショックを受けてた。
「君の主は殺されてはいなかった様子だ。……もう居ない事は間違いない。今の推測も全てが正しい訳でもないだろう」
 ラルフは徹底して理性的だ。
「彼の匂い……懐かしい筈だ、覚えはないかね?」
 そろそろ7本目を手に入れそうな狐が、五感以外の神秘的感覚で以て目の前の騎士の奥深くを観る。
 ごめんねっ、とテヘペロする主が、見えた気がするというか実際に見えた。
「初代の騎士が怨敵であるのは事実だ」
 汰磨羈が話を元に戻す。
 騎士は無言のまま頷く。
「彼は、怨敵の意志や主義を継いではいない。それは絶たれているのだよ、もう」
 比喩的な意味での魑魅魍魎蠢く幻想で生き延びている男だ。決して清廉潔白ではないが、意味の無い残忍さも持っていないことは1度戦った狐にも分かる。
 この騎士を襲う事は、ただの八つ当たりだ
「……復讐を成すには遅すぎたのだ、御主は」
 穏やかな言葉で事実を告げられる。
 狐の憎しみが、森から一歩も出なかった己自身に向かおうとしたタイミングで、汰磨羈が「だが」続けた。
「御主の存在意義は、復讐だけではあるまい。主は、何故に残れといったのか。良く考えろ」
 胸に微かな痛みを感じながら、汰磨羈から見れば幼い狐に言葉を贈る。
「憤怒と怨嗟の先に在る死の道を歩むな。生の道を歩め。これは、化生の先達からの忠告だ」
 狐は、神妙に聞いていた。
「難しく考える必要はありません」
 無量の3つの瞳が穏やかに見下ろす。
「如何な理由が有ったとて騎士が貴方から薬師を奪った事実は変わらない」
 犯人から地位を引き継いできた騎士は反論せず、狐の答えを待っている。
「薬師が貴方を置いて行った事実は変わらない」
 狐が即座に身を起こして反論しようとして、反論のための言葉がないのに気付く。
「ならば、その感情を捨てずに貴方を狂わせた者の末裔がこの森をどうするのか、見定めるのは如何でしょうか」
 世間知らずの狐でも、騎士が幻想という国に属していて、口というのがとても強いものだということは知っている。
「我々は可能性の蒐集者。騎士の行いに納得出来なければ、騎士を殺せという依頼でも承りますよ」
 騎士の表情が、引き攣っていた。


「出来たっす! 薬師さんが残した最後の恵みっすから気合いを入れたっす!」
 貴重な薬草が茂る畑が2つ。使えるようにする手当が終わった。
「森の名義上の所有者は悪い意味で俗物のようだ。最終的には安全な森へ移すしかない」
 後は任せろと胸を張る狐へ、汰磨羈達が改めて注意をする。
「君は調子に乗りやすい」
「間抜けな死に方をしたら飼い主があの世で泣くぞ」
「ローレットへの連絡先です。無くさないように」
 忠告が右から左に抜けていくのを見て、魔女の子孫は定期的に見に来ようと心に決めるのだった。

成否

成功

MVP

ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐

状態異常

なし

あとがき

 狐は元気です。
 騎士は胃壁を磨り減らしています。

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