PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Despair Blue>うつしよのかがみ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 死の領域。絶望的な。
 そう称されるその海域への航海は波乱の連続である。
 意思を持つかのように荒れ狂う波にポルードイ家所有艦船は揺れ続けていた。困難を極めるかと思われたその航海は『突然』と言ってもいい程に晴れ渡り温かな陽光が降り注いでくる。
 甲板に踏み出してから、茫然と空を眺めた月原・亮はあんぐりと口を開いた。
「……晴れた?」
「先の航海の情報からも確認出来て居た様に、天気は赤子の機嫌のように変化するのですね」
 対策にも困ると呻いたファルケ・ファラン・ポルードイは舵を取り、前方に見えた島影に目を凝らす。
「……発見ですね。
 それでは無人島と思しきあの島へ向かいましょう」
 ファルケの合図に頷いた亮は漸く一息吐く事が出来るのだろうかと溜息を吐いた。

 美しい太陽が降り注ぐ。荒れぬ波に、穏やかな海の空気は、美しい青を楽しむに適していた。
 それ程までに穏やかな絶望の青にどこか悍ましさすら感じるとファルケは言う。
 海洋の名門貴族ポルードイ家の当主にして長子たる彼にとっても海洋王国の掲げる『海洋王国大号令』、そして、遥かなる蒼き海の攻略は悲願である。
 旧くより外圧に晒され続けた貧弱なる国力である海洋王国を一気に大国へと押し上げるかもしれないチャンスを逃す訳にはいかないのだ。
「……ある意味で『誘われている』かのようですね。
 荒れた海は一転し、穏やかな陽気で心が安らぐかのよう……さて、何処から探索しましょうか?」
「ファルケさん、あれ――」
 亮が真直ぐに指をさす。
 無人島と思わしきその島に近づけば近づくほどに乱雑に積み上げられる石に視線が往く。
 それは『遺跡』と呼ぶに相応しいものであった。茂る木々の合間に白い岩肌を晒したそれは地下に繋がっているかのようだ。
「海中遺跡――? いや、あの様子ならば海の中に『遺跡』と呼ぶべき空間が広がっているようですね」
「それに、入口に2体、あれはゴーレム? 人工物っぽさが凄いけど、あれは……?」
 じっくりと見遣る亮にファルケは『混沌世界は何があるかは分からない』と言った。
 先人がこの場所に流れ着き作った空間である可能性や、古代は此処に人が住まうた可能性さえある。
 どういうものかは分からないが、一先ず遺跡の探索に踏み出してみようではないか。
 島へと降り立ったファルケと亮は鼻先を擽る奇妙な臭いを嗅いだ気がした――尤も、この海域に入ってからというもの、そうした匂いは付きまとっては来ているのだが……。
(……匂いというのも不思議、ですね。余り気にしすぎるのも毒か……)
 ファルケは眉を顰め、踏み出す。
 古代遺跡――その中に何が潜んでいるか。さて、調査が必要そうだ。
 風を詠めば暫くは嵐になるらしい。丁度良い岩場に船を隠すことができた事もあり、しばらくは遺跡の中で嵐を凌いだ方がいいだろう。
「それじゃ、入る為にゴーレムを倒して……内部探索と行こうか」
「ゴーレムが設置している辺り、内部には厭に成程にトラップが仕掛けられてそうですね」


 ――――かつん、と音がした。
 水鏡は遺跡内部に入ってすぐに存在した。その水面はゆらゆらと揺れている。
 それを誰かは『真実の鏡』と呼んだ。覗けば、自身の罪や本来の姿が見えるらしい。
 鏡の中の別世界。
 ファルケはそれを眺め、手を伸ばそうとして亮に止められる。
「ファルケさんに何かあると海域からの離脱も出来ない―――ッ!?」
 水面に指先伸ばす。
 すると、その身体は飲み込まれ――

「鏡の中の別世界、ですか……?」

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
 『真実の鏡』からの脱出

●真実の鏡
 ファルケ・ファラン・ポルードイ一行が発見した無人島に存在する鏡です。
 無人島の遺跡の中に存在し、ファルケがその鏡の護衛として立って居ます。
 どうやら【イレギュラーズを呑み込めばお腹いっぱい】になり鏡に吸い込まれることはないようです。月原・亮(NPC)が先に吸い込まれてます。
 鏡はファルケ及びポルードイ家の護衛が護っているために、皆さんは鏡の中へと入ってくださいね。

●真実の鏡内部(特殊ルール)
 鏡の中では【真実の姿】【自身の罪】【恐るべき形】のキーワードで自身を形成する者が変化します。※鏡の中だけです。

 ・純種の方は【反転したかのような姿になれます】
 ・旅人の方は【召喚前の力を発揮できます】
 ・ただし、その制約として皆さんには【罪】への囁きが降りかかります。
 どのような姿で力であるかはプレイングに表記してください

【トラップ】
  例えば故郷を焼いた、依頼で人を殺した、言えない秘密がある。
  それを象徴するかのような存在や物が遺跡の内部にはあります。
  死んだはずの人、殺したはずの人、言えない秘密の形……
  それが具現化して襲い掛かってくるのです。
  そして【求めた栄光】は常にあなたに寄り添い甘言を囁きます。

●鏡の中
 通常の遺跡内部と変化はなく、
 ・守護ゴーレム
 ・遺跡内部の【トラップ】
 が多数存在しています。遺跡最奥に存在する鏡に触れることで脱出することができます。

 遺跡最奥の鏡に触れた時、皆さんの頭の中には【ここから出たくない】という気持ちが強く沸き立ちます。
【望んだ幸福】が目の前に存在するかのような幻覚を見るからです。
 どうか、それを振り払ってください。

 また、鏡の中では【嫌な臭い】が漂っているようです。
 全ては何もないと切って殺す事も可能です。その場合はトラップなどの対処を行ってください。

●NPC
 月原・亮がご一緒してます。彼は出自が現代日本の普通の高校生ですが、神事にまつわる家系の為、そうした【摩訶不思議な神様パワー】を所有している自分に夢を見てます。
 基本的には足を引っ張りません。何かあればご指定下さい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 いってらっしゃいませ。

  • <Despair Blue>うつしよのかがみ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月17日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談5日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)
騎兵隊一番翼
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
ルウ・ジャガーノート(p3p000937)
暴風
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
アクセル・オーストレーム(p3p004765)
闇医者
彼岸会 空観(p3p007169)
メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女

リプレイ


「では、行ってまいります。兄上」
 穏やかな声音で、鏡を守護するというファルケ・ファラン・ポルードイへと『黒翼の裁定者』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066) は言った。
 気味の悪い程に晴れ渡った『死の領域』。
 青海は冒険者たちを新天地(ネオ・フロンティア)に誘う様に寛大だ。
 ポルードイ一行が辿り着いた無人島には遺跡が存在していた。
 その入り口部分に存在する水鏡。一見すれば美しいだけの存在なのだが――『男子高校生』月原・亮(p3n000006)が手を伸ばせばその姿を丸呑みしてしまった。
 鏡の内部では先程までの制服を身に纏った亮は居らず、紫色の袴という装束姿の彼が不思議そうな顔で自身の愛刀を眺めている。
「レイヴン、月原少年を見る限り鏡の中では姿が変貌するようです。くれぐれも――」
 その言葉にレイヴンは緊張したように頷いた。水鏡を見つめていた『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は未知の物としてそれを認識した。
「『真実の姿』……? いや、彼は普通の学生だと聞いた。
 ならば、『想像するなりたい姿』や……俺達で言えば『反転』した姿になるとでもいうのか」
 そう呟き、鏡に手を伸ばす。一人、彼だけを先行させるわけにも行くまいと身を投じれば、自身の纏う銀が闇色に染まりゆく。
 全身を包む漆黒は銀の騎士と彼を称するものが視れば驚愕することだろう。それが性質の反転か。
 その澄んだ瞳が禍々しい紅に染まっていることを、鏡を覗き込んだ『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294) は「リゲルじゃないみたいだ」と呟いた。
「義父様の事で分かっていたつもりだが……これが『反転』……?」
「ああ。そういうことだろうな。反転と似た姿になる? 覗けば引き込まれる?
 この鏡、ヤバい気がする。まるで呼び声みてぇじゃないか」
 背筋を走った気配と、水鏡の波紋が『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394) の言葉を笑うかのようだ。決して逃がしてなるものかと彼女とポテトの体が吸い込まれていく。
「―――な」
 鏡の内部、手をぺたりと地面に着いた際に切れた筈の指先は一滴の血潮を流してすぐに閉じた。
 意識すれば自身の姿が銀狼に変貌する事が『分かる』。唇から毀れた牙が厭という程に自身の身を異形だと思わせた。
(……嗚呼、これは俺が嫌う吸血鬼の力だ)
 俯くレイチェルは掌に力を籠める。傷は直ぐに皮膚を再生させる。混沌世界では『有り得なかった』自分がそこにはいるのだ。
「――ポテト!?」
「リ、リゲルこそ……瞳が赤い。何時もとまるで違うじゃないか」
 体が軽い、と感じたポテトにリゲルは驚いたように彼女の姿をまじまじと見る。精霊たるポテトの姿は『無性別』より始まった――詰まる所、胸部の豊かさがぺたりと板状態に変化しているということだ。あからさまな程に分かりやすいその変化に自身を見下ろしてからポテトは「昔に戻っている……」と呟く。
「うん。元の世界の時の私だ。それ以外には何も変化はないようだが……。
 リゲルは? 姿が大幅に変わっているが体に変化はないか?」
「あ、ああ。大丈夫だよ。ポテトこそ、大丈夫でよかった。その姿も素敵だな」
 互いの無事に安堵して見慣れぬパートナーの姿に途惑いながらもいつもと違うのも素敵だと微笑みあうアークライト夫妻の傍らで『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は自身が『弱体化』した事に気づいた。
 胸と背に刻まれた傷痕は消え去り、自身がイレギュラーズとして得た『経験』は物の見事になかったこととなっている。
「……これが私の本当の姿って事かしら?」
「成程、純種は反転し旅人は『召喚前』の姿や『その世界でなり得たかもしれない理想』へ。
 夢幻は甘言とも言えるでしょう――『呼び声』とは言い得て妙。まだ理性を保てて居るだけでも安堵すべきでしょうか」
 額にあるのは瞳ではない。一本の角が生え、その美貌をより幻想的なものへと変貌させた彼岸会 無量(p3p007169)は自身の体より沸き立つ力を確かめるように掌を眺める。
 鏡の外から「みんな大丈夫そうだね?」と伺う『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)。興味深い変化はしているものの水鏡そのものを調べるファルケを手伝っている。
「台座には『自身の罪を――』って文字が彫り込まれてるみたいなんだけど……?
 自身の罪? それにみんなを見る限りの本来の姿? うーん、考えても仕方ないね」
 さくっと入っちゃおうと朗らかに決意を固めるスティアに『暴猛たる巨牛』ルウ・ジャガーノート(p3p000937) は「嫌な予感のする鏡だがその通りだな!」と頷いた。
「鏡の世界って居心地いいかな?」
「さあ――どうだろうな……罪――罪か。情報が少ない。警戒しながら進もうか」
『闇医者』アクセル・オーストレーム(p3p004765)が水鏡に手を伸ばし、吸い込まれていく。続き、ルウが水鏡に入った刹那、その身に燃え滾るような衝動が襲った。
「おおっ……全身に……力が漲ってきやがるぜっ……!」
 岩壁に拳を突き立てるルウ。漲る破壊衝動が抑えきれずに溢れ出すそれに耐える姿を眺めながらアクセルは『恐ろしい世界』に踏み入れたのだと実感した。


「これが……俺の真実の姿か。ははっ……笑えてくる」
 崩れかけた岩壁に木々の根を這わせたポテトの隣で『希望の聖星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)は呻いた。その身より沸き立つ破壊衝動は制御する事も難しく奥底より沸々と巡るのだ。
 纏う蒼は紅へ。希望の蒼星は破滅の紅星へと変貌し、深紅の瞳に衝動が沸き立ち続ける。
「いや。いいや、大丈夫だ。この鏡を、なんとかするぞ」
「くす――本当に?」
 自身へと『言い聞かせるよう』であったウィリアムの背にスティアが笑みをこぼす。冷たい灰の瞳に黒いドレスを身に纏った白都の魔女は歩むたびに朽ちる黒薔薇を咲かせ続ける。
「本当に大丈夫かしら? だって、性質って変化するんだもの。
 ずっと、何かの『声』が聞こえる……本当に、本当に、みんな大丈夫だって言える?」
 白都の魔女の唇を借りて誰ぞが話している。水鏡の中、彼女のその言葉にレイチェルは「どうだろうな」と呟いた。
「どうだろうだなんて! ああ、おかしい!」
「ポ、ポテト?」
 次にそう笑ったのはポテトだった。先ほどまでは冷たい表情であったスティアは何かあったのかと首を傾げ瞬き、リゲルと共にその様子を神妙に眺めていたポテトが冷ややかな笑みを浮かべ精霊の権能を振りかざす。
「……お前が誰かなんて分からねぇが、話せるなら早い。
 この鏡は外と変化もないダンジョンだ。クリアをしてみろっていうゲーム感覚だろう?」
 レイチェルの言葉に頷き微笑んで見せたのはルウだった。
「奥まで進み鏡より脱出してみ―――」
 ばん、とルウが自身の頬を叩く。言葉は止まり、しんとした空気が広がった。
「とりあえずは奥へ進めば分かるらしい!」
「それは分かったけど、ほっぺたは大丈夫かな……」
 豪快に笑ったルウの頬へハンカチーフを当てながらスティアは呟く。
「クリアかあ……。ひとまずは鏡から抜け出すために奥に進めってことだよね?」
「そういうこと、でしょうね。それで――『先程』の唇を動かした御仁は……」
 無量がスティアやポテト、ルウの様子を観察する。各々、『外』とは変化してはいるが理性を保ち、自我は存在しているようだ。
「この鏡の主か――魔種か、そういった類、だろう。一先ず全員、無理をせず。奥へ進もうか」
 リゲルの言葉に「りょーかい」と亮は頷く。鏡の中で『天』を眺めていたレイヴンはどこか悩まし気に息を吐く。
 天――外には兄が立っている。直前に見た兄、ファルケとは似ても似つかぬ黒鳥の姿。大鎌と異形の詰めはあまりに自然だ。
「もうしばらくは、怠惰に目をつむるつもりは無かったが……ああ」
 外から見えているのだろう、と黒衣にそのかんばせを隠すようにレイヴンは先を進む。
 決して平坦な道ではない。乱雑に掘り進まれた遺跡内部には様々なトラップが設置され、守護者としてのゴーレムもぐんぐんと迫り続ける。
「一先ず、これらを斃して奥へと進むしかないだろう」
 アクセルはこんなこともあろうかと、とチョークを用意して壁に印をつけた。
 まずは出発地点にチェック。これより先は――何があるかはわからない。
「各自、油断なく。……では行こうか」
 アクセルは癒しは任せてくれ、と仲間たちへと振り返った。何ら変化のない彼は変貌した仲間たちを見て『真実の姿』と称するこの鏡にあまりいい感情は抱けなかった。
(反転や、それに伴い思考が変化する事のどこが真実であるというのか――)
 歩む。
 歩む、そして、彼は周囲が霞む感覚を感じた。


 気づけば周囲より人は消えていた――レイヴンはどうしたものかと見まわして、眼前に立つ半身が朽ちた骨と化した男を目の当たりにする。
「お前は――」
 世のしがらみを憂う虚無のまなざしをじっとりと向け続けるそれにレイヴンの声は震えた。
 ああ、と喉奥より漏れたのはどうしてだったか。眼前の男はこの手で――
 死霊術の果てに外道へと落ちた青き翼のポルードイの血筋の男、彼は魔狂才と呼ばれし『レイヴン・ポルードイ』ではないか。
「……なんだ、また俺を殺しに来たか? 処刑人よ。
 ああ、レイヴン・ポルードイは死なねばならない。わかるだろう? あの時と同じだ」
 レイヴンはその男をじいと見た。生への執着を露にするそれを殺さねばならぬのだと同じように『断頭台』を以て、斬る、薙ぐ――首を刈り取る。
 そこには罪の事実が存在する。

 そう、レイヴン・ポルードイはこの手で殺したのだ!

「俺としても死んだことにされても困るのだがな。最終的な解が出ていない」
「ええ、死とは恐ろしものよ。そうやって罪を受け入れているその姿は、この『絶望』にもお似合いだわ」
 その背に、声をかけたのは『イレギュラーズの中』にはいない少女だった。
 レイヴンは振り返る。刈り取った首も朽ちた白骨も目の前には存在しない。
 レイヴンの鏡写しの姿をした『何か』は楽し気な声音で言う。
「罪は罪よ」
「ああ――そうだ」
「そんなの背負うことないんじゃなくて」
 楽しげなその声音にレイヴンは頭を振った。名も責務も面倒で、目も耳も思考も怠惰に呼ばれる。
 絶望の青にその体を縛り付けんとする幻影にレイヴンは魔種だと感じた。
「お前が鏡の主か」
「さあ?」
「……私は、『あいつ』と同じ道へは行かぬ。それは、意地だ」
 絶望に縛り付けられるのは幸福ではない、とその体を切り裂いた。
 広がる闇の向こう、見えたのは蠢くゴーレムと一つの鏡であった。

 歩き出せば、隣にいるはずのリゲルの掌が逸れてしまった。
 ポテトは「リゲル?」と振り返る。居ない。逸れる事なんてなかったはずなのに――
「ポテト。僕は君を『僕の代わりに世界を見て回る』ために作り出したんだよ?」
 その声にポテトはリゲルでは誰かがいると認識した。聞き覚えのある懐かしい声、誰よりも大切だった『女神様』
「……女神様……?」
「役目も果たせないんじゃ、そんな役立たずは僕の子供じゃない」
 世界を見て回れず、召喚されてイレギュラーズとなった。そんなポテトを許せぬと幼い姿をした女神は新緑の瞳を細めて詰る。
「そうだ、女神さまのお気持ちを踏み躙った!」
「役立たず!」
 周囲の精霊たちの罵る声が聞こえる。幼い女神がポテトを我が子と認めぬと続けるたびに胸が締め付けられる思いであった。
「ッ――……確かに、私は生まれ持った役目を果たせなかった。
 だけど、女神様はそうやって誰かを役立たずだなんて切り捨てない!」
「僕が言っているのに?」
「そんな言葉を女神様は言わない! 女神さまの慈愛を、優しさを馬鹿にするな!」
 ポテトは奥歯を噛み締め、そういった。眼前の存在が『違う』ものなのだと知っている。
 上から降り注ぐ。「なぁんだ」と可愛らしい声音と共に。
「けど、いいわ。『旦那さん』はもらえそうだもの」
「リゲル―――ッ」


 リゲル・アークライトは叫んだ。己の無力さを、己の不甲斐なさを。
 昏き大罪の死が濁流のように押し寄せる。手を伸ばせど、父には届かない。
 目の前で父が死んだその刹那、彼の顔が張り付いては離れない。
(俺に力がなかったから父上が犠牲になった――ッ)
 魔に堕ちようとこの聖なる都を守らんと剣を振るった偉大なる父。
(俺に力があれば天喜の兵士も民も傷つけずに済んだ筈なのに!)
 唇を噛み締める。黒きドレスが揺れ、ヴェールの向こうから昏い瞳が覗いている。
 その冷ややかな美貌がベアトリーチェ・ラ・レーテその人であることをリゲルは知っていた。
「力が欲しいのでしょう?」
 女の唇が、そうやって笑う。
「力が、欲しい」
 リゲルは静かに言った。震える唇から溢れた声に眼前に存在する女が静かな声音で笑う。
「ええ、そうでしょうとも。力があれば私など斃せると。そうお思いなのでしょう?」
「……」
「今、手にしているその力があれば! ええ、ええ、人々を守れると思っている。
 私に街を、人々を蹂躙されることもなく、父を失うこともなかった。
 魔物も魔種も穢れた人間もすべて駆逐し、正常なる正義を断ぜられると思っているのでしょう」
 笑ったその声にリゲルは唇を噛んだ。その通りだと、剣を抜き取る。
 力に溺れることができたならば――この手で全てを救うことができるのだと有り得もしない幻想が彼の中に横たわる。
「リゲル」
 と、その名を呼んだのは幻想の中にはない誰かだった。リゲルの背を覆う様に背伸びをして抱きしめる。
 香りも、ぬくもりもいつもとは変わらない。リゲル、と何度もその名が繰り返された。
「ポテト……?」
 唇から、その名が漏れる。冷え切った指先に一気に体温が戻り、彼はゆっくりと振り返った。
「……慈愛を持たぬ力など手にしても不幸になるだけだ。
 それに力は自身の努力で身に着けるもの。俺は騎士の誇りを失いはしない!」
 黒き靄が晴れていく。触れていたはずのぬくもりを失わぬ様に手を伸ばし、リゲルは何度もポテトを呼んだ。
「ポテト」
「ああ、リゲル。……大丈夫、大丈夫だ」

 人を愛するということは、受け入れるということだ。どのような運命であれど――アクセルはそう認識していた。
 腹に宿った新たな命を喜ぶ妻を見て、どれほど迄に幸福を感じた事であろうか。
 日に日に大きくなっていく腹に喜びを感じて二人で待ち遠しくなっていた事だって記憶に新しい。
 だと、言うのに。
 生まれてきた子は死産だった。
 それに悲しみながらも珊瑚の肥立ちが悪かった妻もそれを追う様に亡くなった。
 アクセルは愕然とした。
 医者だった自身も、夫だった自身も、親だった自身も。どれもこれもが無力で――それを罪と呼ばないなら何と呼ぶ?
「あなた」
 愛おしいとおくるみに闇を抱えた妻が立っていた。産後の窶れて行く姿とは違う、美しい笑みを浮かべて。
「見てください。私とあなたの――」
 それを見て、アクセルは喉の奥から笑いが毀れたことに気づいた。
「……殺せというのか、俺の手で……」
「……? あなた?」
 優しいその声。アクセルは死への冒涜と大切な二人へ武器を向けさせるという懼れに他ならない。
 アクセルはその時『どこからともなく』気づいてしまった。
 此処に居続けることができれば、家族全員で暮らしていくことができるのだ。
 息子と、妻と、幸せな夢を見続けられる――
「ねえ、あなた。この子の名前はどうしましょう?」
「……」
 アクセルは、伸ばしかけた手を下ろした。彼は妻と息子の向こうに残してきた娘を見た。
 あの子が待っている。
 桃色の瞳が不思議そうにこちらを見ている。
「ふふ。幸せね」
 ああ、その幸せは――紛い物なのだ。
 愛していた、と。唇は紡ぐことができない。彼女は黒き靄で、その向こうには確かに『鏡』が存在していたのだから。


 メリーは眼前に立っていた男らを見遣る。スーツに身を包んだ男たちがアタッシュケースを手にして歩き回っている。
(――……なぁんだ)
 罪。そういわれてメリーの中で心当たりがあったのは元の世界での大量虐殺であった。
 魔法のない一般的な『普通の世界』。それこそがメリーの世界であり、メリーを異端と認識させた。
 ゆっくりと、指先を上げる。弾丸の様に魔力はとんだ。
 バン。
 死んだ。
 バン。
 死んだ。
 愛らしい少女の表情は曇ることはない。モグラのぬいぐるみを抱きしめた小さな少女は首を傾ぐ。
「これを罪と呼ぶのかしら。我儘も通じないのはどこも同じなのね?」
 70を超えた。客観的に見ていい人も悪い人も居ただろう。

「どうして――殺すんだ!」

 スーツを身に纏ったサラリーマンの男が怒鳴る。気づかばメリーを包む周囲はビルの様に変貌していた。
「どうして! 罪もない彼女たちを!」
「どうして? 動機ってこと? 一々覚えてないわ。
 大半はムカついたからとか、お金盗るためとか暇つぶしとか他愛の無い理由よ」
 さらりと彼女は言った。臆面もなく、ゲームでボタン一つ押せば人が、モンスターが死ぬように、何の感情もその顔に乗せる事無く髪を指先で弄る。
「わざわざ公言しないだけだし、秘密でも何でもないわ。
 元の世界で人間を殺していると言ったことはあるけれど人の価値観なんて様々でしょ。
 仕事さえハイ・ルールに沿って遂行すれば文句を言われることだってないもの」
 ローレットは寛容だ。大量殺人鬼であれど、聖女であれど、どのような人間も受け入れている。
 ならば、メリーは指先を向ける。
 ばん。
 指先のピストルから魔弾が飛び出す。
「これからも気に入らない奴、邪魔な奴はガンガンぶち殺していくわよ! ……自分より弱い相手だけね」
 危ない目になんて会いたくない。保身も重要なバイアスで、我儘だって自己の確立に必要だ。

 ――殺せるよ?

「そうね。好き勝手。魔法なんてない世界だもの。弱い人ばっかり。
 ストレス発散でも殺せるわ。けれどね……『力』を一度でも手にしたら惜しくなっちゃうの」
 きっとそれは――この世界で失った者とは別だからだ。この世界で、たくさんを手に入れた。
 目の前に立っていた少女の胸へと『自分がされた様に弾丸を打ち込んだ』。
 グッバイ、私の故郷。

 漲る力がどこまでも自身を掻き立てた。自身の限界を超えたように、力は漲り、体を突き動かし続ける。
 ルウはぐんぐんと奥へと進んだ。ゴーレムを叩き、何度も何度も進み続ける。 土塊を殴りつけた筈の拳が殴りつけたのは追手であった。
 集落より脱走する際に、追手を皆殺しにしたその過去。それを追体験するように、背に迫る衝動がある。 
「また、てめぇらか……! しつけえのは嫌いでなぁ……もう一度叩きのめしてやるぜ!」
 ルウはにいと笑った。襲い掛かる追手を相手取り拳を固める。
 何度殴りつけようと、それは死ぬことはなく立ち上がり続ける。破壊の快感を教えるが如く、固く、そして脆く、何度も何度もその体へと沸き立つ衝動を吐き出す様にそれは存在した。
 嗚呼、こうして破壊を繰り返すことを是とされる空間がどれほどに素晴らしいのかをルウは感じていた。
 拳を固めて横面を殴りつける。岩肌を殴るようなその感覚に、トラップは精神的に干渉し続けるものなのだと気づいた。
(衝動を抑えろってか――?)
 ルウは唇を噛む。攻撃を耐え凌げど現状は変わることはない。
 強き暴力衝動を満たせるこの世界はどれほどまでに幸福であろうか! 殴りつけても誰もが文句を言うことのない岩壁に、敵対的な相手が掛かってこいと手招いている。
「ぐうっ――……! 俺が本当に壊してえのは……この衝動だっ……!!」
 押さえつけられぬ破壊衝動を何度も、何度も、何度もぶつけた。
 拳を打ち付けて、徐々に進むその動きが黒き靄に囚われかけたことに気づいた。
(これは、現実じゃない)
 ルウは溢れる力を堪えた。腕が振るえ、奥底から沸き立つ思いを堪えるように唇を噛む。
 深く息をついてから――その拳を一気に自身へと振り下ろす。
 その身の衝撃に呻き、ルウが僅かに息を漏らせば、どこからか「どうして」と声が降った。
「此処に居れば貴女の望みは叶うのよ。幸せじゃない。
 なんだって壊してもいい。誰もあなたを否定しない。一緒に入れるのに!」
「目が覚めたらそうでもないんだろ……」
 目が覚めれば普通の遺跡が広がっている。リゲルとポテト、レイヴンやメリー、アクセルがそこには立っている。
「ほら、仲間たちのお迎えだ。姿を見せろよ」

「醜いもの」

 首を振るような気配がした。鏡で相手の姿を借り、唇を借りて語る魔種より感じた鼻先を擽る気配にルウが目を細める。
 それは死臭と呼ぶのではなかったか。
「お前」と口にしようとしたときに昏き靄ごとトラップは掻き消え、出口となる鏡だけがそこには存在していた。


 幸せ。
 幸せ、大切な時間。
 父と母が笑っている。叔母がどこか難しい顔をして紅茶の茶葉を選んでいて。
「スティアはどれが好きかしら」
 母はテーブルの上に置かれたリボンの上で指をあちらこちら。
 土塊の母の穏やかな笑みに父は「スティアなら蒼が似合うさ」と指さした。
「いやだ、赤もいいと思うわ」
「……両親の色を、というならどちらもをプレゼントすればいいのでは?」
 叔母の声に母は笑った。くすくすと、浮かばなかったと楽しげに笑う。
 椅子に腰かけ、叔母の淹れた紅茶を飲みながらスティアはそれを微笑ましいと眺め続ける。
「ねえ、スティアは何色が好き?」
「私は――」
 口を開きかけて、疑問が首を擡げた。
 おかしい、と唇がその形を作ったのは本能的なものだ。先ほどまで確かに遺跡を探索していて、ここは天義ではなくて海洋で。
「……スティア?」
「え、ううん」
 首を振る。これは選択しなかった未来、分岐した一つだったのか。
 家族で過ごす幸せな時間――頭を撫でようとする母の掌がどこか冷たく感じる。
「スティア、ほらおいで」
 手を差し伸べる母。その手を取れば『この幸せは続く』のだろうかとスティアの唇は震えた。
「お母様」と彼女を呼ぶことさえできなくて、スティアは張り付けた笑顔を凍らせる。
 その手を握れば、その先には『親友』も『友人』もいない。
 スティアは母の手を優しく握ってから笑った。
「お母様、私、お友達と約束があったの」
「そう?」
「うん。だから、帰ったら『天義』できちんとお話ししましょう?」
 にんまりと微笑む。その声は――僅かに震えていても、一度下した結論が覆らぬことを告げていた。

 滅びは、常に背中へと張り付いていた。その背を押すようにべたりと気配がする。
 滅びの過去を忘れ去り、未来へと歩もうとするそれを罪と呼んだならば。
 ウィリアムは自身に宿った赤に頭を垂れた。滅びを齎す凶星は煌々と輝いている。それを拒絶することなく――受け入れる己の『寛容』は、どれほどまでに不吉であっただろうか。
 それは瞳の色に似ていた。紅蓮の星が降り注ぐ、滅びへ向かう燃え盛る村。
 薄れた筈の記憶は克明に目の前に存在し、武骨な岩肌はそこには存在しなかった。
 破壊の絶望と、『強大な破壊の力に魅入られた己』が此処には存在している!
「―――……」
 掌を見下ろせば、この力こそ全であると気持ちが沸き立ってくる。
 この力があれば全を滅ぼせるのだ。気に入らないもの、脅かすもの、何もかも――それこそが『求めた栄光』
 落星は、自身の中に眠っていた衝動。破壊の力であったことに気が付いた。
 気が付いたときウィリアムは震える。掌を見下ろせば、そこにあるのは脅威でしかなかった。
 甘い誘惑の様に沸き立つ力が自身を溺れさせていく。

「――いいのよ」
 誰ぞが言った。甘い声音。ウィリアムは違うと頭を振る。
 胸の内にある蒼い光がそれは違うと否定し、重なる様に甘い声がする。
「いいの」
「いや……違うんだ。『ここは俺の世界じゃない』」
 破壊の力じゃない――この外に世界があるはずと、打ち払う。力を手放すように、そうした時に見えたのは鏡を抱えた少女であった。
「あーあ……」


 総てを救う為。人から鬼へと身を窶したモノは救済が為の殺戮という歪な正義を掲げた。
 無量は行く手が昏くなることに気づく。周囲には仲間もおらず、手にした錫杖が小さく音鳴るだけだ。
「―――、」
 息を飲む。背に嫌な汗が伝った。
 眼前に立っていたのは確かに『殺した筈』の者達だった。微笑んでいる、襲っても来ずに此方を見て穏やかな笑みを浮かべている。
「……その様な顔で私を見るな。忌忌しい、忌忌しい!」
 頭を抱え、無量は膝をつく。微笑む父母の慈愛の笑みに楽し気に寄り添う姉妹が立っている。
 記憶が彼女のその身を撫でる。穏やかに、母が腕の中に抱くように、優し気な気配で。

 病でもう永くなかった父と母、姉妹を殺めた。
 此岸には救いはないと悟った。此岸より彼岸に渡る事こそが救済であると彼女は血濡れの獄道を歩んだ。
 救済が為、救済が為、数多を葬る。
 救済が為、溢れる血を見続けたその胸は戀が如く高鳴り、歪み、捻じれ、生殺与奪の理由すらそこにはなくなった頃、その額より角が生えた。
 鬼となった自身を見ている彼らは微笑み、こちらを見ている。

 ――そんな顔、しなかっただろう?
「救ってくれたのでしょう?」
 ――怯え、慄き、助けを乞うて泣き叫び、怨嗟を吐いたと言うのに!

 目の前にある栄光が紛い物であること位分かっている。
 故に、故に、

「故に忌忌しい―――!」
 無量は赤き刃を振り下ろす。つちくれは願望と希望を固めた屑でしかないのだ。
 此処には全てが存在した。
 鬼の儘の自身、行いを讃え微笑み英雄と呼ぶ者たち。
「ああ――」
 されど、名を無量といった。光(こう)は業(ごう)へと堕つる世界で鴉の濡れ羽の髪をした乙女の唇は揺れ動く。
 足は、自然にその幻影の中を歩いた。鼻先に死臭が――嗅いだ事のあるそれを感じる。
 死すればしょせんはつちくれに還りて無へとなる。
「無量さん?」
 辿り着けば、そこにはスティアが立っていた。最奥の鏡を見つけ、指先を浸せば『あちら』へ繋がっていると彼女は振り返る。
「此処は濃い臭いがしましょう。死の怨嗟渦巻く悍ましい兆しが――」
「……そうだね。どうしてかわからなかったけど、今は分かるよ。この鏡の主は、『廃滅病(アルバニア・シンドローム)』に感染してるんだ」
 スティアは静かに、そう言った。彼女へと近寄る黒き影を切り裂いて、無量は一息、漏らす。
「死の風を纏い、業を背負いましょう」
『救って』見せましょう、と呟く無量の背へと何処からか姿を現した幼い姿の少女は「本当に」と言った。
 その姿は鏡そのもの。振り返ればそこには『無量』が立っている。
「救ってくれるのかしら」
「ええ、ええ――断つが為、」
 口にした無量を『無量』が押した。鏡に飛び込むように『外』へと押し出されれば、鏡が笑う。

「ふふ、ふふ―――救ってよ。私がこの病を背負っているから。
 貴女はこの業を全て奪いに来てよ……待っているわ。待っているから」


 ヨハンナ。その名を呼ばれるたびにレイチェルは苦悩した。
 妹(レイチェル)を救えなかった事こそがヨハンナの罪で、復讐に溺れた自身の狂気こそ背負うべき罰だった。
 悪人だから殺しても良いという『都合のいい言い訳』はあっけなく崩れる。単なる殺人に過ぎないのだ。
 溢れる罪人を切り裂いた。焼き払った。膂力で粉砕した。
 何度も何度も殺人を繰り返す。
 レイチェルが視たらなんというだろうか。
 レイチェル、レイチェル。
 妹のことを思えば吸血鬼は忌まわしき牙を覗かせて笑うことしかできなかった。
「嗚呼、」
 レイチェルは笑う。ここで幸福を探すことなど意味がないことを彼女は知っていた。
 ヨハンナはレイチェルとなる。今はまだやることがあると妹の名を騙り、先に行って待っていてくれと目の前で微笑んだ『妹』の頬に触れた。
「レイチェル、待っててくれ。時期に追いつくから」
「そんなにつらいこと――」
「……やることがある。それに、『待っている人がいる』んだ」
 愛しい人がいる。その手を握り、彼の名を呼んで、幸せを噛み締めたい。
「……彼を一人にする訳にはいかねぇ。そう言う契約だ」
「それって、私は?」
 昏き靄の向こう側に立っていた少女は鏡を手にして首を傾いでいた。靄を纏ったそれの姿はしっかりとは見えない。
 鏡写しになっているのか、レイチェルの姿が眼前に移り込んだ。
「テメェはテメェで幸せになれ――と言いたいが、『何だ』?」
「何って、イレギュラーズってみんな厭だわ。わかってるくせに。ふふ、くすくす」
 レイチェルは確かに感じる。目の前に存在する魔種は『廃滅病(アルバニア・シンドローム)』にり患している。
 死の伝染病。広がり続けるそれに身を蝕まれることを彼女は知っている。
 鏡の傍にウィリアムが立っていた。自身らが脱出したら鏡を壊し、仕事を終える用意をしているのだろう。
「……さっき、スティアも言っていたし、俺もなんとなくわかった。
 魔種も逃れられない病なんだな。すべてを飲み込む死兆――」
「ええ。だから、それまで幸せに過ごしたいじゃない! 私だって……死にたくはないわ」
 震える声音にレイチェルは首を振った。モンス・メグも、彼女も大いなる存在による魔の罪を背負っている。
「他の奴らは?」
「一先ず脱出できている。あとは俺と……」
 そこまで聞いてから、レイチェルは肌に迫る感覚にウィリアムに目配せした。
 取り巻くように気配がする。この場所に長時間居続けるのは危険だ。
「――行くぞ!」
 走る。その背に少女の声が笑う。

「待って」

 白い指先が伸びる。ウィリアムは『鏡の魔種』の少女より感じた香りが自身に残り香の様に染みついたことに気づいた。
「ッ―― 鏡に飛び込め!」
「ああ。得れたことはある。……魔種でさえ、この『呪い』のような悍ましい病から逃れる方法を知らない。
 ますます、信憑性を得られるな。大罪アルバニアを斃さねばならない」
 レイチェルは鏡に飛び込んだ。
 その悍ましき病の形を見たその刹那より、自身に香った何かを感じ取っては仕方がない。
 それが、無形の病。執念。
 割れた鏡の向こう側、脱出完了したイレギュラーズ全員が立っている。
「だ、大丈夫……?」
 亮の声に、そっと、ウィリアムとレイチェルは頷いた。
 染みついた死の臭いは、鏡の向こうで泣いている少女の寂寞の様に離れないままだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ!
 不可思議な鏡。何があるかは分からないというのも『絶望の青』です。
 恐ろしいこともあるものですね。
 鏡の魔種は一人、幸福を夢見て怠惰に過ごしているようですが……。

 また、お会いいたしましょう!

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