PandoraPartyProject

シナリオ詳細

Estranged love

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●あなたは私を置いていく

 どうして。
 ねえ、どうして?

 どうしてあなたはいないの?
 どうして私はここにいるの?

 いや、いや、いや。
 行かないで。
 ここにいて。

 ほら、私はここにいるの。
 おいで、おいで、おいで、おいで。


●どうか、呑み込まれないように
「泥沼から手が生えるらしいのです……どなたかお願いできませんか……」
 震えながら視線をイレギュラーズへ向ける『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)。この寒い季節にホラーである。
 『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)は依頼書を一瞥すると、ユリーカへ視線を送った。
「内容はこの怪異の解明か」
「それもありますし、囚われた人を助けて欲しいのです。……その、できるなら、ですが」
 無事が確認できてないのです、とユリーカは眉を下げる。囚われ人は泥沼の中にいるのだそうだ。
「海種の迷子だそうなので、溺れて死んでしまうという心配はありません。でも、『そもそもあの泥沼は、本当にただの泥沼なのか?』ってことはよくわからないのです……」
 その泥沼は深緑の住民曰く「突如現れた」のだそうだ。ただの森だった一角に、大きな沼ができていたのだと。
 生態系の心配もされたが、特に目立った問題は見られず。沼自体も浅いということで放置されていたのだ。
「浅い? だが、貴殿の話では」
「そう、そうなのです。人を1人沈めるほどの泥沼なのです。なのでボクはこんな仮説を立てています」
 まず、沼の外側は浅い。住民たちが調べた時と同じように、膝下程度だ。
 そして沼の内側。これが問題で、落とし穴のように突然深くなっているのではないかと。それが中心1箇所か、それとも複数箇所でボコボコ穴が開いているのかは定かでないが、泥沼に生える手の動きからすれば前者と思われる。
「その『手』に関してですが、人の手……というか腕なのです。肘から先が水面に生えている感じの。
 それがいっぱいです」
「いっぱい」
「いっぱいです」
 思わず復唱したフレイムタンにユリーカが頷く。それはもう、人が沼に入った途端ニョキニョキ生えるのだと。
「手は本当に水面に生えているだけみたいで、そのすぐ下は何も感触がなかったと聞いています。
 どういう原理かわかりませんが、生えた部分に関しては感触があるそうなので撃退はできるはずなのです」
 大丈夫なはずなのです、皆さんならいけますと鼓舞するユリーカ。その声音からは「早く何とかして欲しい」という思いがありありとわかる。
「……成る程。貴殿はこの類が苦手なのだな」
 苦笑いをしたフレイムタンがイレギュラーズたちの方を向く。
 さあ、ユリーカのためにも囚われた者のためにも、早いところどうにかしてやろう。

GMコメント

●成功条件
 『マッドハンド』の撃退
 囚われ人の救助

●情報精度
 このシナリオにおける情報精度はBです。
 マッドハンドの正体は謎に包まれています。やっぱりホラーかな。

●マッドハンド
 泥沼に生える手(×たくさん)です。肘から先がにょっきりしています。
 沼へ踏み入った人間へ、恨みを叩きつけるかの如く攻撃を行う他、一定間隔で沼の中心へ引きずり込もうとします(後述)。
 いくら倒しても湧いて出てくるので、どこかに本体があると考えられます。潜んでいると思われ、有力な候補は沼の深い場所です。

・特殊ルール(奇数ターンに発動)
 ターンの終了時、エネミーと接敵しているキャラクター全員に対し抵抗判定を行います。判定に失敗すると10m中心へ引きずり込まれます。
 深い場所へ引きずり込まれると【麻痺】が付与され、味方から視認されなくなります。また、水中と同様の状況になります。

●囚われ人
 海種の子供です。海洋から知らない場所まで冒険していたら深緑までうっかり踏み入ってしまいました。
 沼のどこかに沈み、囚われています。

●フィールド
 沼です。天候は曇り。
 沼の外側は浅くなっていますが、内側はおそらく深くなっています。沼自体の正体も不明ではありますが、ひとまず踏み入る分には問題ないと判断されています。

●友軍
『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)
 精霊種の青年です。そこそこ戦えます。
 指示がなければ無数の手と対峙します。

●ご挨拶
 愁と申します。
 多分囚われ人は生きているので、救えるように頑張りましょう。逆に囚われないようお気をつけ下さい。
 ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。

  • Estranged love完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月06日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
傲慢なる黒
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
白き寓話
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
蒼剣の秘書
アルメリア・イーグルトン(p3p006810)
緑雷の魔女
ビジュ(p3p007497)
汚れた手
エリス(p3p007830)
呪い師

リプレイ

●泥の中から手を伸ばす
 カサ、と草が擦れる音はやけに大きく聞こえた。曇り空の下で森は静けさを湛え、踏み込んできたイレギュラーズを拒みこそしないものの、受け入れるような雰囲気でもない。
 この森はいつもこうなのだと言う。拒まず受け入れず、ただそこにある。だからこそ、子どもが迷い込んでしまったのだろう。
「今回の魔物……魔物? は、泥でできた手なのね」
 首を傾げながら『お道化て咲いた薔薇人形』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)がぴらりと依頼書を広げる。マッドハンドという今回のモンスターは沼に『生える』のだそうだ。
「無数の手、か……ホラーだなぁ」
 『深き森の冒険者』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は小さく呟くと溜息をついた。寒く感じるのは冬だからか、それとも──この先に待っているであろう魔物のせいか。
「やっぱり掴んできそうだから、怖いわね」
  森の先、まだ見えない沼の方角へ視線を向けたヴァイスはでもと呟いた。
 怯えているだけでは何も始まらない。かの手が、沼がどのようなものであるか不明だが、まずは海種の子どもを助けることに注力しなければ。
「巻き込まれた子供が海種だったのは不幸中の幸いね……」
 これが別の種族であったなら、と考える『かつての隠者』アルメリア・イーグルトン(p3p006810)。しかし『お節介焼き』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は頭を振る。
「海種とはいえいつまでもこの状態で居るのは危険なのだわ、一刻も早く助けてあげないと」
 いつその身が危うくなるとも限らない。それに──冒険心のままに迷い込んでしまった子供の、心の傷になってしまうかもしれない。
(できるなら……今回の事は反省しつつ、でも子供らしい冒険心は失わずに居て欲しい)
 同じことを繰り返すのはいけない。けれどだからと言って冒険をしなくなってしまう、冒険を嫌ってしまうということはして欲しくなかった。
 華蓮の言葉にアルメリアは勿論と頷く。今から行って間に合うのか否か、それはわからない。けれど一縷の可能性があるのなら全力で手を伸ばすだけだ。
「まだ間に合うかもしれないわ、いそぎましょ」
 スピードを上げた一同は、やがて開いた場所へと出る。目の前には大して深くもなさそうな沼があった。
 これが、と誰かが呟く。『呪い師』エリス(p3p007830)はしんがりからやってきた『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)を振り返った。
「フレイムタンさん、どうでしたか?」
「ああ……残念だが、この近くに同胞はいないようだ」
 頭を振るフレイムタン。森に入った当初はイレギュラーズの様子を伺うような精霊たちがいくつか存在していたものの、ここへ近づくにつれて数が少なくなり、とうとうぱったりと見えなくなってしまったそうなのだ。
「沼の何かを恐れているのは間違いないだろう。触れなければ危害がないということかもしれないが」
「周りの植物たちも……何だか、やけに静かね」
 ヴァイスが与えられた世界からの贈り物《ギフト》も、黙り込む植物たちの前ではどうしようもない。
 触らぬ神に祟りなし、とでも言うべきか。
(泥沼にとらわれた子を早く助けたいのはやまやまですが……)
 エリスは沼の湖面を見る。そこは酷く静かだが、何者かが侵入すると途端に『腕』が生えるとか。それに囚われて引き摺り込まれてしまっては元も子もない。慎重にいく必要がありそうだ。
 けれど対照的に、一刻も早くと自らを急かすモノもいる。
「オオ……一刻も早く、小さき命を、救わねば。どうか、どうか、皆様のお力添えが、出来ますよう」
 ぬらぬらと蠢くスライムのような──いいや、もっと不気味な液状生命体。ぎょろりと目が動く様は立派なホラー。けれどその心に宿る優しさは、ここにいる誰にだって負けやしないだろう。
 『汚れた手』ビジュ(p3p007497)は躊躇いなく沼へ入っていく。同時に沼がざわりと波打った。同時に水面から突き出てくる腕、腕、腕。
「手が!! 手が沢山生えてるのです……なんかすごく気持ち悪いのです……!!」
 『白き歌』ラクリマ・イース(p3p004247)が悲鳴をあげる。ああ、逃げたい。この場から、この光景から今すぐにでも逃げたい!!
 だが逃げられない理由がある。非常に遺憾ながら目を背けたいと思っているその沼の──恐らく中心に。ユリーカも推測していたそれには『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)も同意だった。
 ビジュを沼の中へ引き込むかのように、マッドハンドたちはうぞうぞと動き出す。そこが中心であるならば、本体となる何かもそこにいる可能性があるだろう。リースリットは風精舞の術でふわり、と空へ舞い上がった。
(中心から……私たちが現れた方角ですかね)
 沼を見下ろした彼女は手の生えた位置を眺める。中心の大きな範囲と、そこから伸びるようにイレギュラーズたちへ向かって。それこそ道のように手が生えているようだ。
 マッドハンドたちと意思疎通を試みたヴァイスはすぐにそれを諦める──いや、諦めざるを得なかった。
 深淵とでも言うべきか。真っ暗な闇の中を落ちていくような、そんな声がした。

 ──オイデ、と。

 あれを聞いていれば戦いどころではなくなってしまうだろう。ヴァイスは自らの視界にマッドハンドと、仲間たちを映して武器を持った。
「引きずり込まれる訳にも行かないんでね、まとめて掃除と行こうか!」
 クロバの放つ居合がいくつかの腕を沼へ還す。そのすぐ後から生えてきた腕は強くしなってクロバを打った。
 仲間たちを鼓舞するヴァイスの赤の熱狂と華蓮の微かな追い風。それらに押されるようにして、アルメリアは蛇の如くうねる雷撃をマッドハンドへと叩きつけた。
「怪しいのは深いところ、か」
 残念ながらこの辺りはまだ浅いようだ。あるならばもっと深く、もっと奥の方。
 アルメリアの方へぬっと近寄ってきた手は突然すぱりとその根元を断たれ、泥を跳ね飛ばして沼へ落ちる。視線を向けるとエリスがいた。
「助かったわ」
「いえ、まだその言葉は早いみたいです……」
 エリスが注意深く視線を向ければ、そこには再生し始めた腕がある。みるみる復元した腕は大きく振りかぶった。
「オォオオオオオオオッ!!!」
 ビジュの声が沼地に響く。腕が一気にそちらへと詰め寄っていくが、まだまだ沼から生えてくるようだ。
 天使の歌を響かせ、下から迫ってくる手を避けながら華蓮は透視の機会を伺う。早いところ子供を見つけ、助けなければ。
 ラクリマの歌う鎮魂歌は腕たちを呪い、沈めていく。次々と沼地に腕のいない場所を作っていくラクリマに合わせ、リースリットが月光の如き魔力の刃で道を作った。さらにフレイムタンが意図を察し、そこへ攻撃を加えていく。
 そこを狙い目と進んだ一同へ──不意に無数の手が襲いかかった。
「捕まらないのだわよ!」
 ひらりと避ける華蓮。同様にリースリットも躱し、ヴァイスもあわやというところで持ちこたえる。
 けれど、敢えて引き込まれた者もいた。クロバとビジュ、そしてビジュを守るように位置するラクリマだ。
「……っ、こうやって引きずり込もうとしてくるのね」
 アルメリアは先ほどと変わった岸までの距離を一瞥しながら、腕へ絡みついたマッドハンドを叩き落とす。
(このままじゃジリ貧だわ。魔力が尽きる前に片を付けたいところね……)
 早く──本体を見つけなければ。


 手を薙ぎ払い、切り裂き、叩き落とし。
 引き込まれては岸の方へ後退する者と、導かれるがまま中心へ向かっていく者。やがてビジュの下から底の感触が消える。
 同時に華蓮が叫んだ。
「居た……! ビジュさん、そこに子供が居るのだわ!」
 よくよく目を凝らすと、確かに薄っすらと人の輪郭にも見えるものがある。ビジュはマッドハンドへ導かれるまま、そこへと向かった。その姿に華蓮は祈る。
 華蓮自身、ビジュのことを沢山知っているわけではない。当然、あの姿に顔合わせをした当初は驚いたものだ。それを覆したのはビジュ自身である。
 優しい人だと──人と称すのはおかしいかもしれないが──実際ここへ赴くまでの相談で感じさせた。そんな彼なら子供を任せても大丈夫だと、華蓮は思うのだ。
 水に飛び込んだビジュに続き、クロバとラクリマも沼の深い場所へ向かう。重苦しい雰囲気が、まるで体にまとわりついてくるようだ。
 クロバは水中と同様の光景に一瞬固まるが、すぐ自分は水の中で呼吸できるのだと思い出す。大丈夫、溺れない。泳げるかはまあ、置いといて。
「手放したくないと求められてもノーセンキューだ、俺を止められるのは──お前らじゃない!」
 向かってくるマッドハンドへガンエッジを向けるクロバ。ビジュを出来るだけ全快で向かわせるべく、水中呼吸のポーションを使用したラクリマは回復と攻撃でサポートにあたる。その音を聞いたからか、それまでぎゅっと目を瞑っていた子供が恐る恐る目を開けた。
 子供とビジュの視線が合う。怯えた形相は見たことのあるもので。
 それでも。
(私のような化物でも誰かを救えるのなら、この身滅ぼうと、一向に構わない)
 それでもいいから──救いたいのだ。



 3名が沼へ潜ってからもマッドハンドをいなし続ける仲間たち。けれどそこには確実に、疲労が溜まり始めている。
「皆頑張って!」
 華蓮の回復に合わせ、アルメリアがハイ・ヒールで皆を持ちこたえさせる。エリスは雹を降らせて無数のマッドハンドを潰し、ヴァイスは暴風を生み出して敵を散らせる。不可避の痛みに彼女は小さく眉を寄せた。
「……そもそも引き込むくらいです。首尾よく救出できても黙って行かせてくれる筈も無いでしょうね」
 向かってくる手を切り裂きながら仲間たちが潜っていった水面を一瞥したリースリットは、そこへ浮かんだ影にハッとする。
 次の瞬間、そこは膨れ上がり──這い出すようにビジュが姿を現した。
「オオ……本体が、こちらに、来てしまう。フレイムタン様、小さき命を」
 預かってくれと言うようにフレイムタンへ子供を差し出すビジュ。駆け寄って子供を抱えたフレイムタンは、岸へと子供を連れて行った。その間にも上がってきたクロバやラクリマの後ろで水柱が上がる。

 カラカラカラ、カラカラカラ。

 水中で見ていたにも関わらず、ラクリマは思わず小さな悲鳴をあげる。
 沼から上がってきたのは泥に体を支えられ、そして泥の腕を操る──骸骨だった。


「此処は確かに、深く、暗く、悲しい場所。嗚呼、まるで深き涙を模ったよう。
 しかし──生者を巻き込む理由にはなり得ない」
 すぐさま戦線復帰したビジュが自らへ本体を引きつける。どこか自らと似たものを感じながら、けれど今ここで戦っていることこそが似て否なるものなのだと思わせる。
「本当の貴方はそんな姿だったのね」
 ヴァイスは白骨死体へ武器を向ける。正体不明な泥の腕も、本体は骨しか残らぬ誰かの体。魔の気配でも宿ったか、それとも魂が未練を残したか。
 そこへ降り立ちながらリースリットが焔の魔法剣を振り下ろす。防ごうと盾になった泥の腕がじゅわ、と蒸発した。
 カラカラカラカラ。
 何かの声をあげるように骨がなり、泥の腕がしなって水面を、ビジュを打つ。すかさず響くのはこの場に不釣り合いなほど清廉とした光の聖歌だ。さらに華蓮のミリアドハーモニクスがビジュを癒す。
「あなたはここで倒れるの!」
 ヴァイスの放つ暴風が泥を巻き上げ、自分も巻き添えにして敵を攻撃する。
 変わらず再生し続けるマッドハンドはイレギュラーズたちを攻撃し続けるが、本体さえ倒せば終わるのだ。エリスは渾身の力で不可視の刃を放ち、本体から生える泥の腕を落とした。
 カラカラカラカラカラカラ!!!!
 不満を表すような攻撃にアルメリアがよろめくも、泥で滑る足場をぐっと踏みしめる。もう少し。もう少しなのだ。
 氷漬けになった本体の頭上から、泥で形成されたアースハンマーが落ちる。ばき、と嫌な音がしたと同時に。
「これで──終わりだ!!」
 邪を祓う光の斬撃が、クロバの手元からマッドハンドの本体へと吸い込まれていく。同時に左眼へ熱を感じたクロバは、はっと目を見張った。
 その瞳を通じての追体験。マッドハンド──いいや、骨となった1人の女が見るどこか遠い夢のような、過去。
 男が手を振って、背中を向ける。それをずっとずっと見送って、その先を見続けて。ずっと男を待っていたのだろう。
 ただまっすぐどこかを見るだけの追体験を終えて、クロバはゆっくりと視線を落とす。
 そこにあった白骨死体はみるみる泥となって溶けていき──。


●離れゆく愛
 私が消えていく。
 私が溶けていく。

 溶けて、消えて、なくなって。跡形も残らずに、誰の記憶にも残らずに。

 私、あなたを追いかけたかったのに。
 私、わたしは──。


●そこに泥沼などなかったのだ。
「もう大丈夫なのだわ、よく頑張ったわね」
 華蓮がよしよしと子供の頭を撫でる。フレイムタンが付いていたが子供はずっと気を張っていたようで、強張った表情をようやく緩めた。
「すまない。……苦手というわけではないが、子供はあまり慣れていないのだ」
「ううん、一緒にいてもらえただけでありがたいのだわ! ここからは私が付いているのだわよ」
 任せて、という華蓮に頷くフレイムタン。

 クロバは泥だらけな子供の顔を拭こうと手を伸ばし──同じく泥だらけなそれに思わず止まる。見れば自らは勿論、仲間たちも泥まみれだ。綺麗な布などあるわけもない。
 クロバはパンパンと手をはたいてなるべく綺麗にすると、子供の顔についた泥を指で拭ってやった。
「ま、冒険に不運は付き物って事もある。めげずにまた冒険に行きたいか、ちゃんと決めるといいさ」
「そうなのだわ! ここにいるイレギュラーズたちなら、安全な冒険の仕方を皆で教えてあげられるのだわよ」
 華蓮の言葉に子供は目を丸くして「本当?」と問う。その瞳はキラキラと年相応な光に輝いていて、華蓮はにっこり笑った。
「それにしても、コイツなんなのかし、」
 ら、を言い切る前に振り返ったアルメリアは絶句する。彼女の様子に気づいて同じように振り向いたイレギュラーズたちはあんぐりと口を開けた。
「……沼、なくなっちゃった?」
 子供が不思議そうに首を傾げる。

 なくなっていたのだ。まるで、始めからなかったとでも言うように。

(魔物……? 亡霊……?)
 あの白骨死体はどちらなのだろう。消えた今となっては確かめようもないが──ともかく、同種の存在がいないことを祈るばかりである。
「な……なくなっ……!?」
 口をパクパクと動かすラクリマ。その脇をグズグズになりながらも通り抜けたビジュは、嗚呼、と溜息のような言葉をこぼした。
「汚泥の手。嗚呼、他人事とは思えぬのです」
 もうそこには何もなくともイレギュラーズが、子供が、そしてビジュが覚えている。ここに沼があったのだと。沼に住まうモンスターがいたのだと。
 けれどそれは、いつしか忘れられていくのだろうか。
「これはきっと、取り残されていた時の私と同じ。誰にも愛されず、見向きもされなかった哀しき化物」

 だからどうか、どうか──安寧があらん事を。

成否

成功

MVP

ビジュ(p3p007497)
汚れた手

状態異常

ビジュ(p3p007497)[重傷]
汚れた手

あとがき

 お疲れ様でした、イレギュラーズ。無事オーダークリアです。
 余談ですが、今回のシナリオタイトルであるEstranged loveは『離れゆく愛』。ハスの花の花言葉でした。

 それでは、またのご縁がごさいましたらよろしくお願い致します。

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