シナリオ詳細
<黒鉄のエクスギア>鋼の宿志
オープニング
●逃走中
雑多に物が散らかった路地を覗き込んで、男たちが顔を寄せ合っていた。
「表で見ねぇ。やっぱあっちに逃げ込んだんじゃねぇか?」
ひとりがくいと顎でスラムのとある路地を示す。密集した集合住宅による薄暗さと入り組んだ路も相まって、表の通りから奥までは見通せない。
しかしもうひとりの男は眉根を寄せた。
「あの綺麗な身なりの嬢ちゃんが、あんなトコ入れるかねえ」
白いローブに白い外套と、見目だけでもスラム街で目立つ。しかも相手はスラムに足を踏み入れた経験すら無い。
「世間知らずっぽかったしな……同じスラム街でも、明るくて人の多い表通りを行くだろ」
頭を掻いてそう続けた男に、また別の男が渋い顔をする。
「どっちにしても教会に到着されたら手が出せない。ゴミ山を掻き分けてでも探せ」
威圧するような物言いをした男に、仲間たちが頷く。
「多少スラムの人間を巻き込もうが……始末できりゃ報酬もたんまりだ」
●依頼
スラム街モリブデンの一角。
密集する集合住宅により光すら差さない路地の酒場は、不衛生を塗りたくった薄暗い店内に、すえた臭いが充満していた。
それでも店の半分以上も席が埋まっている。この酒場には、手か足が欠けた者や、目か耳をやられた者、まともに肩が動かぬ者も多い。彼らは稼いだ日銭を酒場へ落とし、ひとときの快楽を満喫して眠りに就く。
そんな酒場に、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)から「護衛対象の司祭が待っている」との話を受けたイレギュラーズが踏み入る。
よそ者であるはずのイレギュラーズに構おうとする住民はいない。彼らは彼らの逸楽に耽るのに忙しかった。
だからイレギュラーズは、すぐに目当ての人物との相席が叶う。薄汚れた外套とフードで身を隠した、少し小柄な人物だ。すっかり冷めたスープカップを包み込む手に、心なしか力が篭って見える。
ユリーカから聞いてきたのだと告げれば、その人物──茶色の瞳で真っ直ぐイレギュラーズを見つめた少女が、口を開く。
「お待ちしておりました。ダリューシュカと申します。ダーリャとお呼びください」
手短に挨拶を済ませると、ダリューシュカはフードを取った。
耳の下まで伸びた薄茶の髪が、緩やかに波打っている。面差しこそ少女のものだが、ほの暗い店内では顔が青白く見えた。よほど恐ろしい目に遇ったのか、あるいは事態を理解して怖がっているのだろう。ふっくらした頬に紅すら差さない。
「私を、傭兵隊のいる教会まで送り届けて頂きたいのです」
傭兵隊、という単語にイレギュラーズのひとりが片眉をあげると、彼女は静かに俯く。
「モリブデンを抜けた先の教会で、仲間が傭兵隊に守られてると聞きました」
ダリューシュカにも連絡が来たのだ。すぐ避難してくるようにと。
近くの村へ務めに出ていた彼女は、仲間の司祭から連絡を受けて間もなく村を発った。
そして街へ戻る道中、何者かに突然襲われたのだという。一味の狙いは彼女だ。司祭を逃すな、殺せ、と飛ぶ声を彼女は確かに耳にした。
個人的な心当たりは無いと告げる彼女に、イレギュラーズは顔を見合せる。ユリーカからの話を思い起こしたのだ。
これまでのローレットの活躍が、モリブデンを巻き込み渦巻くショッケンの陰謀を著しく阻害した。しかしショッケンらも黙ってはいなかったと、情報屋は話していた。痺れをきらせたショッケン派閥が、大きく動き出したのだ。
それまではクラースナヤ・ズヴェズダー帝政派を騙して利用していたショッケン軍も、その存在が邪魔となったのだろう。大司教をはじめ属する司祭を始末しようと企んでも、おかしくない。
「私も戦えれば、足手まといにはならずに済んだのですが……」
常に張っていたダリューシュカの肩が、しゅんと縮まる。
帝政派に属する司祭は戦闘に不慣れな者が多く、ダリューシュカも同じだ。それどころか彼女は、今回襲撃を受けて初めて、殺す者と殺される者の光景を目の当たりにしたらしい。声が微かに震えている。
「護衛の方々は……私と、もう一人いた町の方を必死で……逃してくださいました」
町人はこの酒場へ逃げ込むよう告げると、ローレットへ助けを呼ぶため走り去ったと言う。それが今回の依頼に繋がったのだ。
とにかく、イレギュラーズの任務は彼女を傭兵隊が守る教会まで連れていくこと。そのために把握したいのは地理だが。
「スラム街の構造は、その、私にはわからないのです」
ダリューシュカが申し訳なさそうに口を開いた。彼女にとっては初めて足を踏み入れた地。その中でも特に路地が入り組んだ集合住宅群は、イレギュラーズにとっても不明瞭な一帯だ。
イレギュラーズが酒場に来るまでにも、見上げれば吊られた洗濯物の他、得体の知れない看板が疎らに掲げられていた。酒場は今いるここ一軒のみだが、怪しげな遊戯場や肉の処理場などが住居以外にもあるのだろう。
道幅も広くて一メートル弱。あとの殆どが、壁に両肩をぶつけて進むような狭さだ。
狭く複雑な集合住宅街の路を行くのは、地図もなく道筋もわからないため時間がかかる。
比較的明るくて広い表通りを進む方が、時間は短縮できる。肝心の表通りだが、店やビルが建ち並び、日中は客引きの声と行き交う人々の会話で賑わう場所だ。人込みに紛れるのも容易いが、それは追っ手にも言える。
「私が街の外で襲われたとき、かれらは八人でした。ですが……」
街へ入った後、また別の男たちが現れたのだと彼女は言う。数は四人。つまり十二人が彼女の命を狙っている。
ダリューシュカの目撃情報によると、リーダー格の剣士が一人。細身ではあるが瞬く間に護衛を切り捨てたため、相当腕が立つだろうと話した。
他の追っ手も短剣、斧、弓矢を扱う。服装こそ民間人を装っているが、顔立ちなどからノーザンキングスの出ではないかと、ダリューシュカが付け足す。
全員ではないが、ダリューシュカも追っ手の顔を覚えているそうだ。
波立たぬスープをじっと見つめて、ダリューシュカは言葉を区切った。
「目に届くところで騒ぎが起これば、教会を守る傭兵隊の方々も気づくでしょう。けど」
──援軍は期待できない。
ダリューシュカが続けるより早く、イレギュラーズもそう認識する。
傭兵隊の任務は、教会にいる司祭たちを守ること。持ち場を離れる真似はしないはずだ。
イレギュラーズが、話す彼女の外套へ視線を向ける。どぶにでも落としたかのように汚れているが、よくよく見れば元は真っ白だったのだろう。逃走の際に汚れたのか、フードをかぶり、外套さえ脱がなければ、今の彼女もスラム街になんとか馴染む。
話を終え、ダリューシュカは段々と現実を思い出して怖くなってきたのか、窺うようにイレギュラーズを見やる。
「お願い……します。どうか、お力をお貸しください」
- <黒鉄のエクスギア>鋼の宿志完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年01月30日 22時55分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●始動
空気が良いとは言えない路地には、様々な物が吹き溜まる。だから『希望の聖星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)は鴉を飛ばして空の広さを思い出し、俯くダリューシュカへ声をかける。
「大丈夫だ。俺達が守ってやるから」
そう連ねて言い切れば、少女の顔も僅かに上がった。
「安心してダーリャ」
続けて『黒曜魔弓の魔人』フィーゼ・クロイツ(p3p004320)が囁く。
「ちゃんと送り届けてあげる。私達全員でね」
真っ直ぐな言と眼差しに、はい、とダリューシュカが頷いた。
彼女の様子を仲間が確かめる僅かな間、手を回していたのは『空気読め太郎』タツミ・ロック・ストレージ(p3p007185)と『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)だ。
追っ手の動きを考え、話も早めに切り上げた寛治が護衛対象の少女へ微笑む。
「エスコートなら、お任せください。リムジンをご用意できないのは残念ですが」
穏やかな面差しと声音を受け、ダリューシュカも震える指先を押さえ込む。
「地の利は此方にあります。最大限に活用しましょう」
近場の知己を急ぎ訪ねた寛治には、ネットワークを駆使する術がある。早速、構築したルートに沿って一歩目を踏み出した。
皆で進む中、タツミはダリューシュカに説明を呟く。
「住宅地を利用して行くぜ。スラム街の人を巻き込まないようにな。……狭くて慣れないと思うが」
不安で胸が張り裂けそうな相手へ、行動理由を説明するのは重要だ。こくりと顎を引くダリューシュカの瞳に、光が燈りつつある。
話し終えたタツミは己の位置へ向かい、代わりに傍で少女を導くのは、『就寝中』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)だ。
ちらりと見ればヴィクトールにとって只でさえ小柄な少女が、より縮こまって映った。過去、司祭という存在に世話になった機会を想起し、ヴィクトールはあえかな息を吐く。気を引き締める理由には充分だ。
あの、と前置きしてダリューシュカへ呼びかける。
「……手でも、服でも構いませんので、握っていて下さい」
頼れる先があることの安心感を知るヴィクトールからの、ささやかな提案。それは少女が縋るよすがとして、ほの暗い路地をゆく標となった。
一方、入り組んだ道の薄暗さが起きている事態を物語っているようで『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)は目を眇めた。
(胸がざわつきます。……穏やかではないですね)
ざわざわと音を立てるのは、胸中だけではない。全速力で路地を駆け抜けると、どうしても物音と気配が騒がしくなる。居場所を示しているのと同義ゆえ、イレギュラーズは適度な速さを心掛けていた。
そのとき『夢幻の迷い子』ユースティア・ノート・フィアス(p3p007794)のレ・イゾーコなるペンギン型冷蔵庫が、死角から飛び出しぱたぱたと翼を上下させて。
直後に『ラブ&ピース』恋屍・愛無(p3p007296)が頭をもたげた。高所からの狙撃を警戒していた愛無は、仰いだ先にそれを──射手を見つける。
「頭上を!」
愛無の声を合図に、同じく高所からの襲撃を想定していたフィーゼがいち早く狙いを定めた。
三本の矢が翔け、前方に居た射手はフィーゼの魔弾が過たず貫く。すかさず地を蹴った寛治が、別の弓使いたちへライターを投擲した。手榴弾と化したライターの爆発で、俄に緊張が走る。
咄嗟に庇った司祭をヴィクトールが振り向く。少女の足元で、矢が虚しく震えていた。
同じ頃、うろたえる弓兵たちの姿を認めてウィリアムは眉根を寄せた。
「あの人相と背格好……間違いない」
ダリューシュカが話していた奴だと確信した。
標的を射抜けなかった男が舌打ちし、顎を動かした。すると別の弓使いが口笛を鳴らす。
直後、レ・イゾーコの逃げてきた方角から忙しない足音が聞こえて来る。
這い寄る気配にタツミが溜息を吐いた。
「たった一人の女の子相手に、ご苦労なことで」
すう、と淀んだ息を吸い込んで立ち止まり、タツミは腰を落とす。高速で力を溜めて放つのは竜の闘気。疾走した竜が、駆けつけた斧使いへ喰らいつく。咄嗟に男も構えたものの、タツミの意志の塊を防ぎきること能わずにふらつく。
「ほんと、よくやるわ」
スラム全体で巻き起こっている事態を脳裏に過ぎらせ、タツミは呟く。
そこで、自然体に構えていたユースティアが動いた。右手に結祈燈、左手に結祈飾を下げ、祈るような呼気ひとつで精神を調えた彼女は、押し上げた瞼で現実と対峙する。慈愛に満ちた瞳に映すのは、今しがた揺らいだばかりの斧使い。
(送り届けた、其の先の事は知りません)
睫毛を震わせて馳せるのは、先行きではなく、今。自由なる攻勢を手に彼女は舞う。二振りの愛剣と共に。
ユースティアが剣を揮う間、ウィリアムの心から生まれた蒼き剣が、流星の如く世界を翔ける。
「……お前ら、金欲しさに狙ってんだろ?」
星の瞬きはウィリアムの心身を巡る魔力から齎されるもの。そして鋭刃と成った心剣が射抜くのは──射手だ。
「なら。こうして依頼でやられるのも当然、覚悟の上だよな!」
墜ちることなき彼の星は、弓使いにそれ以上の暴挙を許さなかった。屋根の上で膝を男が、底へと転がり落ちる。
地へ叩きつけられた敵には目もくれず、沙月が飛び込んだのは斧使いの懐だ。
「参ります」
美しくも儚いその身で踏み込み、強烈な夢幻を放つ。流れるような所作は、受けた者に瞬きの余裕すら与えない。
沙月の一撃に斧術士が一体沈むのを、漸く居場所を捕まえた短剣使い二体が遠目で目撃してぎょっとする。
そのころ愛無は、迅速に仕留めるべく弓兵を仰ぎ見る。
(彼らの事情は、解らぬではない)
かれらもまた、受けた依頼を果たそうと務めているだけ。
だが傭兵と一口に呼び、情を傾けようとも愛無の歩みを止める要因にはなり得ない。
(無関係な者を巻き込むやり方、傭兵の風上にも置けぬ)
だから間髪入れずに斬撃を飛ばした。気に喰わぬ、と呟いて。
「これが、本物の傭兵だ」
かの者に刻み付けた愛無の一撃と言はあまりにも強く、男はとうとう弓を手放しぐったりと沈んだ。
戦いの余波で古びた建物の軋む音がする。集合住宅が路地へと落とす影も、砂塵も、すべてよそ者を拒むような気配さえ感じてヴィクトールは目を眇める。
散乱物の損壊は免れている──ヴィクトールの張った結界が、意図せぬ破壊を防いでいた。
(住む方のご迷惑にならないように、しなければ)
やがて彼は伏し目がちに振り向く。そこではダリューシュカが、戦いの火蓋が切られてからの一部始終を目の当たりにしていて。
「すごい……」
吐息混じりの囁きを、ヴィクトールは確かに耳にした。
残った弓兵が矢を番え、短剣使いたちが迫る──狙うのは当然、司祭だ。
寛治は思わず片眉をあげた。
「淀みないようですね。いえ、むしろ」
淀みすぎていて、迷いがないのかもしれない。
そうして沈思するばかりでなく、寛治は片手で傘を掲げ、弓使いめがけて射出する。両者の弾道は僅かにすれ違い、矢はヴィクトールを、寛治の射撃は弓使いを撃つ。
ヴィクトールの痛みはすぐにウィリアムが治療し、一方の高所では仰臥する射手の姿がはっきり見えた。
「弓兵、殲滅」
愛無がそう報せると、共有した情報と足で確かめた地理を元にタツミが声を張る。
「今のうちに!」
手短に告げれば皆で駆け、殿を沙月が務めた。狭い路を進みながら、転がる空き箱を積む。先ゆく仲間のため障害物を置いていると、前方が騒がしいと沙月は気付く。
仲間たちへ駆け寄ってみれば、斧を構えた者たちが三差路に合流を果たしていた。
●追撃
フィーゼの握る魔弓から射出した穂先は、集合した短剣使いのひとりへ飛び、身の守りごと貫いた。
「揃いも揃って碌でもないわね」
ショッケンも、かれに与する者も。そうフィーゼが肩を竦めても、敵の表情は変わらない。固そうな頭を射抜くのが早かったかも、と彼女は少しばかり思案する。
前方では寛治が、行く手を阻む者へくるりとステッキ傘の先端を向けた。
(これ以上、増援が間に合われてしまうのは手間です)
撃ちだせば反動が我が身を襲う。しかし寛治の一撃は鉄兜をけたたましく鳴らし、男を眩ませた。
すかさず二又の道の片方を選び、斧の使い手ふたりを相手取るのはタツミだ。ルートはこちらが近く、足場も酷くない。頭に叩き込んだ情報を元にゆく彼の動作は、斧に胸元を抉られても鈍らない。
「お前らの為の用意だぜ、喜びな!」
服をぽんと叩いて口端を上げた。仕込んだ装甲がちらつくのを斧使いたちが知るより先に、タツミはノーモーションで衝術を繰り出す。そして吹き飛んだ敵が起き上がる直前、彼の闘気が竜を模った。
「容赦してやらねえよ!」
疾走した竜に喰われ、男が倒れた。
続けてユースティアが披露するのは、澄んだ珠のような音を奏でた双撃。
「ゆかせて頂きます。この先へ」
阻む斧使いへ仕掛けた剣閃は流麗に光の軌跡を生み、幾筋もの蒼が男に刻まれる。覚束ない足に違わず、兜を転がして男は倒れ、二又のうち片方が開けた。
しかし一斉に駆け抜けはしない。下手に回り込まれぬよう、片側に残る斧使いの元へ沙月が走る。
彼女が起こしたのは夢幻。眼前で打ち込んだ一撃に敵はよろめくも、仕返しとばかりに飛び掛かった凶刃が、沙月に苦痛の花を咲かす。
「任せてくれ」
矢継ぎ早にウィリアムが告げ、杖を掲げる。星を数えるように揮った力は癒しとなって、傷ついた沙月から痛みを拭う。
ウィリアムの編んだ術が星降る煌めきを呼び、戦場を照らすその下。
剣戟止まぬ路地においても、しっかり敵の数を掌握していた愛無が、僅かに顎を引く。
(向こうも必死なのだろう。なりふり構わない襲撃だ)
愛無の視覚で捉えてもあからさまだった。任務遂行のため、と表せば聞こえは良いが、かれらにとって思わぬ邪魔──イレギュラーズの戦力が焦りを抱かせているのかもしれない。
冷静に戦況を見極めたそのとき、愛無の身体がひくりと震えた。
瞬く間に総身を構成する粘膜を変形させて、突撃する。傍目に見れば、漆黒の大蛇が獲物を捕食する瞬間だ。目にも止まらぬ早さで這い擦った愛無は、前方から戦場へ入ってきた敵を──細身の剣士を咬む。
突き立てた牙は、噴き出す鮮血をも糧とした。リーダーである剣士は咄嗟に粘液の塊を引き剥がし、反撃する。
「チッ、とんだ邪魔が入ったもンだ」
イレギュラーズへそう吐き捨てた男は、ヴィクトールの背に隠れた司祭の位置だけ見やり、そして。
「司祭さんよォ!? 教会の人間以外の手を煩わせるとは頂けねェなあ!」
痛憤にも似た怒声は、間違いなく少女の肩を怯えさせた。
大丈夫です、と幾度となくかけてきた言の葉を、すぐさまヴィクトールが彼女へ捧げる。
「ボクが護りますから、何があっても」
同時に沙月も、青褪めた顔を一瞥して。
「そうです、安心してください」
声かけが行われた間に、鼻を鳴らしてフィーゼが剣士へ声を張り上げる。
「女の子一人相手に大人げないじゃない。それとも……」
──そういう趣味でもあるのかしら?
思わぬ指摘だったのか、剣士の眉がひくつく。直後、愛無とリーダーの応酬に、フィーゼは魔槍の凄まじさで援護を送った。
剣士が二人に気を取られているうちに、仲間たちは他の敵を片付けていく。
最後の斧術士めがけて一手を篭めるのは寛治だ。距離に囚われぬ技術を元に撃った寛治のステッキ傘が、くたびれた兜を真っ二つに割く。おかげで目が回った男の一撃は、他の誰でもなく己へ降りかかり、情けない悲鳴が挙がる。
そこへタツミが続けた。瞬時に溜めた力を、一点集中で解放する。暴れ回る闘気に煽られ、斧使いはとうとう膝を折った。
「俺だって政治の事はわからねえ。けどよ」
タツミもまた、細身の剣士へ向けて言い放つ。
「罪のねえ奴を巻き込むお前らの雇い主がクソだってことは、わかるぜ」
彼の言葉にも、ふんと鼻で笑って男は剣を振るい続ける。そのたびに、仲間へ近づかぬよう大蛇の大口で愛無が咬み、押さえ込む。
漸く斧の戦士も全員倒れたため、ユースティアは後方から迫る短剣使いへと、聖剣と魔剣を駆使して応戦する。氷の刃を受け、体温が奪われるのも厭わない。物腰穏やかな見目から繰り出される剣舞が、狭い戦場に芸術を生んだ。
ウィリアムは不意に、喉まで込み上げた不快感を吐き出した。
「……胸糞悪いな」
素直な所感だ。司祭とはいえまだ少女。躊躇いもなくその命を消そうとする荒くれ者の姿は、見ていると嫌悪の情ばかり湧く。
だが敵に意識を奪われることなく、ウィリアムは癒しの担い手としての務めを果たす。翳した杖が映す星の瞬きで、猛攻に耐える仲間を支えるべく。
同じ頃、雨を思わせるほどの刃が沙月の衣を裂く。短剣とはいえ凍てつく攻撃は沙月の心身を底無しの寒さで包んだ。
(死力を尽くさせて頂きましょう)
夢幻で一体を確実に仕留め、沙月は更なる敵を清かな双眸で咎める。
短剣が引き起こす氷結は、司祭を庇うヴィクトールにも襲い掛かった。彼が痛みを肩代わりするごとに、少女の面差しが凍りつく。
だから彼は「ボクは大丈夫です、ダーリャ様」と呼び続ける。どことなく眠たげな、柔らかい声で。
そんなイレギュラーズの意志や覚悟は、いつしか襲撃者たちの肌膚を侵食していった。
煮えたぎる程の熱を持ちながら、路地を焼き尽くすこともなく進む姿は、男たちの顔を蒼白で染める。
●激闘
剣士が軽やかに紡ぐ技は、フィーゼをよろめかせる。だが彼女は地に身体をつけない。蘇ったかのごとく体勢を取り戻し、咆穿魔槍で男を抉る。
「生きて帰れるだなんて思わないことね」
囁きにも似た声音で、けれど鼓膜まで低く震えるほどの強さでフィーゼが宣告すると、剣士の瞳孔が揺らぐ。
勢いが削げぬよう、寛治がステッキ傘を片手に、護身術に端を発する武術で短剣使いを懲らしめた。傘をかけて引き寄せ、そのまま関節技を決めてしまえば、ひとたまりもない。
大きく呼吸し、タツミがここで思いっきり啖呵を切る。
「理不尽を押し付けるてめぇらを、俺がぶちのめす!」
覇気が消えぬうちに見舞うのは、必殺の拳。
まともに受けて立ち上がることすら侭ならない男へと、今度はユースティアの結明紡が踊り出る。咲いては砕ける六花の煌きを散らせば、男はすっかり動かなくなった。
「今だ……」
ウィリアムが治癒術を展開しながら、勝利への道筋を照らす。星灯りが知る道で跳ねた沙月が、四体目の短剣使いへ迫る。
「一気にカタをつけさせて頂きます」
此度も彼女が与えるのは、徒手が導く夢幻。男に抗う術などなく、沙月の一撃に砕かれ、その場で崩れ落ちてしまった。
ここまで到れば数を確かめるまでもないと、愛無はカウントを止めて尾を走らせる。
相手は素早く強い。風を切り裂いた尻尾で、的確に剣士の胴を刺す。刺突が決め手となり、カランと虚しい音を立てて剣が転がった。次の瞬間には、もんどり打った男も転倒して。
「退くならば、追いはしない」
間髪入れず愛無が突きつけた提案は、身動き不能に陥った襲撃者の身に染みる。
命をかけるだけの依頼かと連ねて説く愛無に、漸く男らも逡巡する。考えるのがたとえ短い時間であったとしても、かれらの反応は愛無を唸らせるのには充分だ。
「君達は別に喰ってもいい人間らしいし。……たまには『じゃんくふーど』も悪くない」
既に戦闘中に何度も噛まれた身だ。喰らうと言われてはさすがに血の気が引き、顔を上げることもできない──それが答えだった。
大人しくなったとはいえ、念のため注意を払いながらイレギュラーズは走る。
暫くして、ウィリアムによる治癒を施してもらっていたヴィクトールが、よかった、と胸を撫で下ろした。
開けた景色の奥に、教会が見えたからだ。
●結末
スラム街を抜けてからは、一瞬の出来事と言えた。最後まで気を引き締めて、無事目的地へたどり着いたイレギュラーズへ、守備していた傭兵隊の隊員たちが興味を示す。あの狭い場所で戦ったのか、どうやっていなしたんだ、と疲弊しきった彼らへの質問も止まない。
緊張感の無さを装う隊員たちへ後を託して、イレギュラーズは教会に背を向ける。
すると立ち去るイレギュラーズへ、ダリューシュカの震え声が届く。
「っ、ありがとう……ございました……本当に……」
逃走中にずっと堪えていた情も溢れかけているのか、少女の笑顔は崩れんばかりで。
「皆様にお願いできて、よかった……っ」
その言葉と濡れた笑みを土産に、任務を終えた戦士たちは帰路につく。
スラム街を駆け抜けたときの喧騒だけを、過去に残して。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした! 無事に任務完了です。
ご参加いただきまして、誠にありがとうございました!
またご縁がつながりましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
お世話になっております。棟方ろかです。
●目標
司祭ダリューシュカを教会まで護衛する。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●ロケーション
舞台は、日中のスラム街にある酒場。集合住宅が密集し、足元にゴミが散乱した、狭い路地だらけの一角。
スラム街の住宅群をそのまま進むか、スラム街の表通りに出るかはお任せ。前者は地形を、後者は人混みを活かしやすい。
どちらかの手段でスラム街を抜けた後は、教会まで駆け抜けるのみ。
また、敵は表の通りを中心に手分けして探していましたが、集合住宅の一帯も捜索をはじめたところです。
●敵(計12人・いずれも人間種)
『リーダー』×1
細身で剣の達人。至近単体攻撃中心で、素早さと攻撃力に優れる。強敵。
『短剣使い』×4
氷の短剣と丸盾所持。主な攻撃は、近距離列、中距離単体。防御技術にも優れる。
凍結や氷結を付与してくる他、的確に弱点を突くのも得意。
『斧使い』×4
片手斧所持で鉄兜装備。屈強。至近攻撃中心で、攻撃力と体力が高い。
斧の勢いが凄まじいため体勢不利に陥りやすく、出血、流血も伴う。
『弓使い』×3
遠距離ならびに超遠距離メイン。単体、貫通攻撃が得意で足止を付与してくる。
●護衛対象
司祭ダリューシュカ。愛称ダーリャ。16歳の女性。鉄騎種。
真面目で世間知らず。武器も持たず戦力にはならない。足はそこそこ速くて身体も丈夫。
イレギュラーズの指示にはできる限り従う。
ただ、攻撃を受けるなどして動けなくなってしまう可能性はある。
それでは、ご武運を。
Tweet