シナリオ詳細
<第三次グレイス・ヌレ海戦>霧中の船
オープニング
●視界不良
乳白色の景色は、先が見えないからこそ、世界の広さを想像させた。
頬を撫でていく潮風はいつもと変わらない。
辺りをくるむ霧のように、よくある風景で、よくある戦いだ。
少なくともかれら──フォッグ海賊団にとっては。
「お、お頭! いよいよです!」
迫る時を報せる声が、お頭と呼ばれた男の背にかかる。焼けてくたびれた黒髪を風に遊ばせて、海賊を率いる男フォッグは振り返った。
「今の霧もイイ濃さだ。まるで俺たちを後押ししてるみてェだな」
にやりと口の端を上げるも、霧に埋もれた手下たちには恐らく見えていない。けれど、見えずとも知れた。そしてフォッグも、手下たちの面差しに浮かんだ意欲がよくわかる。
「いくぞテメェら! 奴らに目にもの見せてやろうぜッ!!」
フォッグの掛け声を受けて、幾つも重なった叫び声が濃霧を震わせる。
未だ霞まぬ白の世界で、風が荒れ出す。戦いの幕開けを示すかのように。
●フォッグ海賊団
『黒猫の』ショウ(p3n000005)が話し始めたのは、大規模な作戦についてだ。
「場所はグレイス・ヌレ海域。手狭だからか、大型の軍船が比較的動き難くてね」
海洋王国軍には小型中型の木造船が多い。そして鉄帝国が投下するのは鋼鉄艦だ。
本来であれば鉄帝国も、別の場所を決戦の舞台にと望んでいたようだが、目論見は叶わなかった。
理由として考えられるものは幾つかあるが、航路上大回りのルートを取らざるを得なかったこと。それと、ソルベ卿の差配によってスパイがいち早く鉄帝国海軍の動きを察知していたことが、大きく影響しているはずだ。他にも諸々の条件が作用し、かれらはグレイス・ヌレで戦わざるを得なくなった。
それを迎え撃つのが、此度の作戦だ。
「頼みたいのは海賊さ。随分やる気があるみたいでね」
ショウが説明するのは、『フォッグ海賊団』と呼ばれる僅か15人の一味についてだ。
「相手にとって海は言わば庭だからね。接舷されたら、あっという間に乗り込まれるよ」
海賊というだけあって、移乗攻撃での略奪行為に慣れている。しかも『フォッグ海賊団』は霧の中で動くのを得意とする。襲われる側からすると、視界で周りがよく見えない状態で襲われるのは、恐怖そのものだ。かれらは今回も、お得意の流れで船を襲撃する。
発生するのは、数メートル先が見えなくなるほどの濃い霧。攻撃は当たり難く、また攻撃を避けるのも不便になる。戦闘をスムーズに行うためにも、何らかの策を練るとより良いだろう。
「それとね、かれらは常に二隻で活動しているんだ」
クルーも半々に分かれ、連携して獲物と定めた船の行く手を遮り、襲う。
桃色のバンダナを巻いたクルーが10人、赤色のバンダナを巻いたクルーが4人。
桃バンダナのクルーは、大仰に雄叫びをあげ、罵声や卑しい笑い声を轟かせるなど、所謂『海賊』らしい振る舞いをする。また武器を擦って派手に音を鳴らしたり、荒々しい破壊も楽しみ、相手船舶の乗組員から戦意を奪う。
赤バンダナのクルーたちは、そうした仲間たちが騒ぐ間に、狙撃用の銃やバリスタで援護する。場合によっては相手の帆を射抜いて狂わせるか、操舵手を狙撃することも多い。
「海賊の頭であるフォッグは、わかりやすい接近戦が好きみたいだね」
頭なだけあってクルーと比べて強い。油断だけはしないようにと、ショウは念を押した。
「ちなみに、海賊の生死と船の状態は問わないよ。……誰も逃がさないように」
捕まえるなり、始末するなり、自由にして良い。とにかく『海賊を一人たりとも逃さない』こと。大事なのはその一点のみだ。
海賊船についても同様で、対処はイレギュラーズの判断に任せられている。うまく利用して戦うも良し、戦いの邪魔になるなら沈めてしまっても構わない。
短く息を吐き、説明を終えたショウは唇に笑みを刷く。
「それじゃ、作戦開始までに準備を整えておいてくれるかい? 頼んだよ」
- <第三次グレイス・ヌレ海戦>霧中の船完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年01月02日 22時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●緒戦
海原を閉ざした乳色の幕は厚く、景色だけでなくイレギュラーズの船をも包み込んでいる。
けれど海霧がもたらす筈の静けさからは程遠く、波間に浮かんだ影は瞬く間に迫った。
「幽霊船なら、我が友人になれたかもしれないがな」
肩を竦める『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)が駆ける僅かな間、『壺焼きにすると美味そう』矢都花 リリー(p3p006541)は敵に捕捉されないよう船尾から海へ飛び込む。
直後、一隻が左舷に擦りつけるようにぶつかり、もう一隻が船首側からめり込むように接舷した。ぐらつく船へ響いた衝撃には、荒くれ者たちの雄叫びも含まれていた。
「野郎どもォ! 骨の髄までしゃぶり尽くすぜッ!」
汚らしい声の主はキャプテン・フォッグのものだろうと、『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は目を細める。二隻を駆使した霧中の急襲──今までもかれらは、同じ手段を用いていた。
(海に逃げられない方々は大変ですの……!)
想像の結末までは考えたくなくて、かぶりを振る。彼女が意識を傾けたのは、心を掴んで離さないオムライスの味。
(やる気、十分ですの)
自身を支えてくれる者の情を、ノリアは飲み込んだ。
瞬く間に、海賊たちが移乗攻撃を仕掛けてくる。
喚声と船の唸りが場を掻き乱す中、一気呵成に遂げるべく、初撃をいち早く得たのは桐神 きり(p3p007718)だ。
「実に卑怯で海賊らしく、良いですね!」
口に出して足を奮い立たせ、きりが研ぎ澄ませた五感へ意識を傾ける。
超がつく程の感覚ならば、濃霧の世界でも敵を察しやすい。放たれる熱が霧で隠せないことを、彼女はよく知っている。
「私がお相手しましょう!」
「お前なんかにできるのかよォ!?」
熱源の動きを視界に入れ、跳ねた足取りで敵の眼前へ出る。
そして即座に揮うは、破壊し尽くす暴威の紅。きりの小躯を嘲笑った者たちを叩けば、開幕の一打に霧の中がざわつく。
左舷の賑わいを頭の片隅に置きつつ、船首側で『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)は白む世を見渡した。
「何ともロマンチックじゃないか」
すん、と鼻を鳴らせば、潮に交じった嫌悪を抱く体臭が判る。先手をもぎ取ったマルベートが狙うのは、無鉄砲に前へ出たフォッグ。
マルベートが向けた眼光は、野生の闘争心を掻き立てる。食うか食われるかの戦に誘われたフォッグは、眼を血走らせてカトラスを振るう。だが動作の乱れは彼女の戦衣を損なうことなく、船の床を叩いた。
左舷では『氷結』Erstine・Winstein(p3p007325)が、次々と刃を振るうやる気に満ちたクルーたちを見渡す。攻撃の波をかい潜り、仲間を巻き込まぬよう位置取ったErstineが繰り出すのは、氷による旋風。
「悪い方々なら……片付けてあげないと、ね?」
たった一振りで敵を薙いだErstineの表情は、常と変わらない。
傍では『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)が、Erstineの生み出した音の余波をも拾う。
密集する音めがけて飛び込み、容赦なく放つのはイヤボーン。言葉通り、百合子の「イヤー!」な絶叫が敵をボーンする強烈な技だ。
百合子の叫びに見舞われて、ガタガタと震え出す敵の船。それと息苦しそうに喉を掻くクルーの姿が、白き風景に浮かにあがる。
その頃リリーは紺碧から飛びだし、気付かれず敵の船へ乗り込むのに成功していた。
(霧にこもるだけで、こんなにイキれるもの……?)
信じられない光景を目の当たりにしてリリーに衝撃が走る。直後。
「あのさぁ」
海賊へ向けてリリーが発したのは低い声。
「誰に断ってこの海で引きこもりしてんの……?」
激おこスイッチがオンになり、リリーの許可なく意気がる海賊へ迫っていく。
仲間たちが奏で続ける音の波動を、『自分と誰かの明日の為に』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)が心に刻み込んでいた。
音の波が紡ぐ反響の具合から、レーゲンは森アザラシバレット──略してMA・Bを撃つ。群れへ飛び込んだレーゲンの力が、賊を躊躇いなく薙ぎ倒す。
「いたいっきゅ……」
ぶつかった勢いでレーゲンも痛みを覚え、真白なおでこをくしくし撫でた。
一方、下劣な笑いを吐く海賊たちへと、ノリアは被食者の覚悟をもって近づいていく。赤いバンダナに、己の意思が届くところまで。
「そんなに大声を出さなくても……」
隙を見せ、美しく透けた尾を揺らめかせる。
「好きなだけ、切り刻ませてあげますの」
ごくりと喉を鳴らした賊の斧が、銃口が、彼女を狙う。隙だらけの彼女を襲う痛みの雨も、分け与えるように返した。しかし大声にあてられ、ノリアの神経がひりつく。
直後、大様に構えるグリムペインの笑い声が船中に伝う。彼はバリスタの近くに居る存在を探知し、胸を張って一撃を捧げた。響かせたのは蛙の鳴き声だ。
「有象無象の海賊なぞ、脇役にもなれまいなあ!」
合唱にも似た鳴き声に言葉が連なり、頭に来たらしい赤いバンダナの男が彼へ近づき始める。
(そうだ、それで良い)
口角で模る笑みが、グリムペインの心を何よりも物語った。
●霧中
海霧に浸かった船上で、戦いの音が響き続ける。
主眼は耐え忍ぶにあり。そう意を決したマルベートは、フォッグのカトラスに双槍を戯れさせる。
「折角海に来たんだ。海のものを食べて帰るとするよ」
「テメェ随分と余裕あるじゃねェか!」
マルベートの悠長な口振りに益々憤ったフォッグへ、眉ひとつ動かさず槍を──ナイフとフォークを模した穂を振るう。
「たとえばそう、爛れた欲望と脂の乗った海賊の肉とかね?」
貪欲な彼女の言は、海賊頭をもぞっとさせた。
裂いた肉は潮風に吹かれて育ち、さぞや美味しいだろう。そう考えながら彼女は血肉を喰らい、足止めを担う自身が倒れぬよう立ち回る。
彼女たち船首側での仲間の努力をより活かすべく、きりも攻めの手を休めない。
紅い衝撃波を放てば、敵が次々と弾けていく。賊だけでなく敵船をも揺らがせた衝撃が、威勢のよかった海賊一味から血の気を引かせる。
「霧の中で戦えるのは、そちらだけでは無いのです!」
対策を尽くしあった者同士の激突ならば、あとは立ち回りと戦力で勝るのみ。
しかも、仲間のもたらす怒りや刺激に囚われた男ばかりだ。行動も読みやすく、だからこそきりの声も動きも留まることを知らない。
「此度の戦場は、私の庭と言っても過言ではないでしょう!」
堂々たる声明をしたきりから配置を察し、駆けたErstineが敵へと刃を縫い付ける。
「ふふ、こんな日を選ぶなんて……」
災厄を呼ぶ刃に痺れる男へ、Erstineはそっと囁いた。
「あなた方もいい性格をしているわ」
外三光の軌跡を燈すように、引き抜いた得物が光を生んだ。
猛攻やまぬ戦場で、敵の眼前へ迫った百合子が、星を落とすためのひと突きを仕掛ける。
「……参る」
鋭く突き出した一撃は、クルーの肩を叩く。そして百合子のただならぬ眼光に青褪め、ヒィッ、と情けない悲鳴をあげて、男は後ずさった。
かれの反応が心外だと言わんばかりに、熱い闘争の念を眼差しに帯びる。それすらも強者の持つもので、強き少女に挑む意欲なぞ持たぬクルーは、ただただ震えた。
着実に敵の数が減る中、リリーは血染めのバールをしかと握る。
「引きこもりは、やどかりだけに許された生き方だから……」
鍛えられたやどかりばさみでのフルスイング。投げたバールは、クルーの防御なぞ関係なく殴打した。
「マネするとかギルティ……」
すっかり伸びた男を遠目に、日光消毒の刑に処すべしとリリーが唇を尖らせる。
ノリアもまた、尾をなびかせて船首側にいた。わざと生み出した隙に海賊たちが群がる。既に傷ついたノリアへ雑言を投げ、男たちは更にその心身を引き裂こうとした。
あどけなさの残る面差しで、ノリアは苦痛に耐える。繊細そうな見目ながら、体力が抜きん出て高い彼女だ。痛みを受ければ受けた分だけ、返すものも大きい。それらを活かす戦法は、確実に海賊たちを追い詰める。
「……まさかとは思うのですけど」
ぽつりと呟く。
「海賊のくせに、魚も捕れないなんて……そんな馬鹿なこと、言わせませんの」
行儀を崩した物言いは、賊の怒りを買った。
船首側で彼女らが耐える間、左舷でレーゲンが怒鳴り散らすクルーと対峙していた。
「ナメた真似しやがってッ! かかってこいや!」
安い挑発は得意なのだろう。煽る敵めがけてレーゲンが展開したのは、刃状の魔力。そして回転刃で切り刻めば、敵の挑発もすぐに悲鳴へと変わった。
「きゅ……人を襲い物を奪う海賊なら……」
崩れ落ちた敵へ放つレーゲンの声音は、海よりも冷たい。
「奪われる覚悟もするべきっきゅ」
もはや返る言葉もなかった。
近くではグリムペインが、怒り狂う敵陣の歩みを計りながら、処理に励む。位置、速度共に、策を成すのに良い按配だ。
しかも濃霧に包まれている。最後の砦とも呼べる白線が、此度は人を守るものとしての機能を果たさない。理解しながらグリムペインが呼んだのは、列車だ。突如として現れた列車が高らかに警笛を鳴らし、そして。
「壁に叩きつけられる蛙が如く、容易く押し潰してやろう」
地獄行きの路を駆け抜け、海賊の群れを轢いていく。
その拍子にパシャリと撥ねた生温い水を、グリムペインは払う。
「ああもう、毛皮に海水が。もっと大切にしてくれないかね」
毛を撫で付けて疎ましげに眼差しを送るも、肝心の相手は沈黙したきりだ。
グリムペインはそこで、腹が減った、とため息を零す。そしてちらりと見やった先、轢いた男たちを凝視して、ひとり思案を巡らせた。
誰もが勢いを殺さず戦い抜いたおかげで、一通り左舷も片付いた──頃合いだ。
霧を掻き分け近寄る百合子が、左舷で戦っていた仲間へ声をかける。
「船首の側へ参ろう」
「はい! 加勢しにいきましょう!」
やる気を声に出して、きりが真っ先に応じた。
●激闘
彼らの戦いが生む風に煽られ、濃霧がはためく。
その中、振り立つ帆を狙撃手が射抜いた。受ける風に変化が生じて、船が不安定な傾きを見せ始める。
咄嗟にレーゲンが、グリュックによる全力投球で射撃音の主を叩く。ぶつかった顔を摩りつつ、クルーが倒れたのを確かめたレーゲンは、震える操舵手の元へ近寄った。
「レーさんに任せるっきゅ」
いよいよ危ないから隠れているように告げ、操縦を替わる。
治まっていく揺れに合わせるように、フォッグも怒りや乱れから解放された。
「テメェらさえ……テメェらさえいなけりゃ!」
平常心を取り戻したかと思いきや、興奮は鎮まらないらしい。マルベートをねめつけていたはずの目線が、舵を射抜く。
だが行かせまいと、破壊行為を警戒していたマルベートが立ちはだかる。
「粗暴とはいえ、君も紳士なのだから」
邪魔だと叫ぶフォッグに怯みもせず、獣の眼光の餌食にする。
「目の前の私に向き合ってもらわないとね?」
焦れた感覚をフォッグが噛み締めるも、動きに乱れが生じた。前へ進めないかれは挑む道を選ぶしかなく、カトラスを振るった。
けれど生き残る戦いを重視するマルベートを、敵は捉えきれず空振る。そこへ。
「あら、船長さん、もうお逃げなの?」
Erstineのかけた声は、柔く艶やかだ。
「……残念ね」
溜め息混じりに告げて、Erstineはキャンディをはくりと頬張る。
残念と証されたことにどきりとしたのか、敵の眉がひくりと動く。その様子にErstineが微笑んだ。
「私も逃がすことは出来ないの」
大樹の樹液が招く甘みをカラコロと転がし、紡ぎ出すのは氷旋の一撃。
場を満たす冷たさの前では、Erstineの敵も凍てつくしかなかった。
じりじりとフォッグを追い詰める後ろで、百合子は貯めこんだ美少女力を解放する。ほんの一瞬、百合の花が咲く。
そして百合子が──百合の名に違わぬ美少女が、荒くれ者どもの闊歩する船上において、叫ぶ。
美少女が奏でる大音声に、辺りがボーンとなるのは常識である。絶叫にボーンしたおかげで心乱れ、疲弊があらわになりながらも、海賊たちは手を緩めない。意外なしぶとさを、百合子がじっと見つめる。
迫る敵の並びは、しかしリリーが床ドンで追い返す。
「並んでくれるなら、この方が楽だねぇ……」
リリーがうんうんと頷く間に、床ドンされた群れが霧の奥に吹き飛んでいった。
(それにしても……)
活躍の機会を得なかったバリスタの影を、リリーが一瞥する。
「バリスタの使い方がなってないよねぇ……」
あたいならこうするのにと想像を膨らませると、黙したままのバリスタが少しだけ不敏に感じた。
同じ頃、レーゲンは舵を取りながらも、しっかり仲間の状況をエコーで捉えていた。効力を高めた治癒魔術で、ノリアから痛みを拭っていく。
隙だらけの身を晒したまま、ふらりとノリアが船の外へ進む。白んだ霧の中、我を忘れて怒気を発するかれらもまた、彼女を追った。
そして──。
(……ほら、いらっしゃいませ、ですの)
ノリアの潜った溟海が、転落した海賊たちを手招く。
舵を握るレーゲンへ届いたのは、誰かが海に落ちる音。それも一人二人ではない。すぐに憶えた反響と現在の響きを比べれば、船からいなくなったのは、ノリアとクルー数人だろうと察することができた。
エコーロケーションで仲間の響き具合を覚えていたことが、功を奏したのだ。
直後、海中へ向かったはずの少女が、物質中親和を駆使しレーゲンの近くへ舞い戻る。
「おつかれさまっきゅ」
労うレーゲンに、彼女もこくりと頷く。
「かれらは……あとで、助けてあげますの」
まだノリアへの怒りに支配された海賊たちだ。彼女を探す間、船上では充分に海賊頭と向き合える。
(この状況なら、海賊も泳いで逃げられないっきゅ)
逃さぬことに重点を置いていたレーゲンも、肯って舵を握り直した。
その頃、臥した敵からバンダナを剥ぎ取ったグリムペインが、フォッグへ近寄る。
頭の高さにバンダナを掲げて距離を縮めれば、じきに相手にも色が見える。ほんの一瞬だけでもフォッグに「味方」だと錯覚させれば──グリムペインの勝ちだ。
わずか一拍の隙、そこへ言葉もなくすぐさまグリムペインが虚無の剣を放つ。
「戦場で安心するのはあまり感心しないなあ」
「ふ、っざけやがってェ……ッ!」
静かな斬撃に当てられ、フォッグがふらつく。
そこへ矢継ぎ早に注がれたのは、きりによる一閃。燈った紫を瞼で覆うよりも早く、呪いの一太刀が狙い撃つ。
フォッグが自分の船へ下がろうにも、イレギュラーズによって壊れかけた船では逃げ帰ることすらままならない──元より逃す気などなかった。
「これも、あげるねぇ……」
海賊頭の動きを阻むべく、リリーがバールを投げつけた。ガツンと鈍い音が霧にこだまする。
そして床を蹴ったマルベートが、叩き潰すべく攻め立てる。破壊力を直接打ち込む一手が、フォッグを深く抉った。
「何なら……」
一打では終わらない。呟きが呼吸となって二度目をもたらす。
「首でも撥ねてしまおうか?」
続けて打ち込んだのは、力強いバックハンドブロウ。
巧みな彼女の連撃にとうとう耐え切れず、フォッグが膝を折る。握ったカトラスも悲しげに落ちて、海賊の敗北を知らせた。
●戦後
咽ぶような霧の中、海に落ちた賊たちの水掻き音がやるせない。
かれらを捕獲するノリアを見て、舵を操舵手へ渡しながらレーゲンが仲間たちへ呼びかける。
「手が空いてたら、海賊たちを引き揚げてほしいっきゅ!」
任せて、とマルベートが応じた。レーゲンもすぐに、標的を縛り上げるべく向かう。
そうして次から次へと船へ戻されていく、ずぶ濡れの海賊たち。
息こそ上がっているが、泳ぎ慣れているのだろう。海に沈みもせず、また落下した賊の殆どが怒りに囚われていたこともあり、引き揚げるのは造作もない。
「ボーナスタイムだねぇ……」
楽しげに、というよりもすべて片付く予感に、リリーが双眸をやんわり緩めた。
リリーの足元には勿論、海からつまみ上げられた海賊がぐったり折り重なっている。
「海賊はこれで全部ですか?」
きりの問いに、数えていたグリムペインと百合子が頷く。
イレギュラーズの手際は迅速だった。かれら海賊の息が落ち着く前に、全員の捕縛が済む。
意気消沈した海賊たちを前に、後は国に任せましょうと、口を開いたのはErstineだ。
「私たちは次の現場に備えなきゃね?」
Erstineには、拘束した賊を気にする素振りすらない。
それが却って惨めだったのだろう。震えをぐっと飲み込んだ海賊たちの気配が、霧中の船に虚しく消えていった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした!
皆様の策や動きに、海賊たちもたいへん翻弄されました。
ご参加いただき、誠にありがとうございました。
またご縁が繋がりましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
お初にお目にかかります。棟方ろかと申します。
●成功条件
海賊15人全員の捕縛または討伐
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●ロケーション
数メートル先が見えない濃霧。霧の中での行動に有効そうな工夫がない場合、命中と回避判定の際にマイナス補正がかかります。
海賊船は船首へ一隻、左舷に一隻近づいてきます。いずれの船も積み荷は必要最低限ですが、バリスタが積んであります。
リプレイは、その迫る二隻を目視できたところからスタートします。つまり、ほぼ接舷される直前です。
●敵
キャプテン以外は強くありません。ただ、数の多さが厄介です。
キャプテンが乗るのは船首に迫る一隻。クルーは各色半分ずつ分かれています。
霧での戦いが得意といっても、イレギュラーズの動きが一方的にまる見えなわけではありません。平たく言うと、プレイングで霧への工夫がある状態なだけです。
なお、キャプテン、クルー共に戦況により逃亡を試みる可能性があります。
『キャプテン』フォッグ
武器はカトラス。切った張ったの接近戦を好む。強さは難易度相応。
『クルー(桃バンダナ)』×10体
武器は斧。大声や罵声、態度の悪さで注意を引きながら戦う傾向にある。
『クルー(赤バンダナ)』×4体
武器はマスケット銃。また、船に設置してあるバリスタも使う。
●重要な備考
<第三次グレイス・ヌレ海戦>ではイレギュラーズ個人毎に特別な『海洋王国事業貢献値』を追加カウントします。
この貢献値は参加関連シナリオの結果、キャラクターの活躍等により変動し、高い数字を持つキャラクターは外洋進出時に役割を受ける場合がある、優先シナリオが設定される可能性がある等、特別な結果を受ける可能性があります。『海洋王国事業貢献値』の状況は特設ページで公開されます。
尚、『海洋王国事業貢献値』のシナリオ追加は今回が最後となります。(別途クエスト・海洋名声ボーナスの最終加算があります)
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