シナリオ詳細
<第三次グレイス・ヌレ海戦>ラズマス・ケイジに背を向けて
オープニング
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南海の冬。
蒼穹と紺碧との狭間を一隻のガレオン船が駆ける。
海洋王国の軍艦であり、名をサンタパトリシア号と呼んだ。
他国と比すれば穏やかな気候の中、しかして航路は安からず。
一刻、また一刻。
じりじりとした時が流れ続けている。
甲板で腕を組むキャプテン・ウィローは、忙しなく足ヒレをゆすっていた。
「ええい、アセイテ提督は何をしている……!」
中身のすっかり燃え尽きたコーンパイプを握りしめたまま、一言だけ吐き捨てる。
グレイス・ヌレ海域の一角、この時期ラズマス・ケイジと呼ばれる激しい海流の中で、ウィロー達は鉄帝国軍鋼鉄艦隊を迎撃する算段をたてていた。
ウィローの戦力は僅かガレオン船一隻であり、敵は五隻を数える。いざ交戦となればひとたまりもないだろう。
そも砲撃時に脇腹を見せねばならないウィローの船では、歪な発展を遂げる鉄帝国の艦とやり合うのは困難だ。
既に鋼鉄艦は時折いたぶるような砲撃を加えてきている。
未だ一発たりとも命中していないのは、ひとえにウィローの腕前による賜物だ。撃ちたくなる絶妙な距離を維持しており、敵艦は面白いように乗ってくる。
こうして敵艦隊を引きつけつつ、陣を崩すのがウィローの仕事であった。
腕前はさすがと述べるべきであろう。敵艦隊は既に見事なまでに引き延ばされている。
この複雑怪奇な潮の流れを乗りこなすには、相当な熟練が必要なのだ。
限界まで引き延ばされた所を、『アプサラス』トルタ・デ・アセイテ提督率いる無敵の戦列艦隊アルマデウスが蹂躙するというのが、ウィローの聞いていた作戦なのである。
なのに待てども待てども、援軍がやってこない。連絡の一つも寄こしやしない。
ウィローは敵とて阿呆ではないことを重々承知している。このままラズマス・ケイジを抜ければ、鋼鉄艦五隻はたちどころにウィローの船を撃沈させてしまうだろう。
連絡は来ない、来ない、来やしない。
待てども、待てども、暮らせども。
或いは追い詰められているのは、ウィロー自身なのではないか。そうとすら思えてくる。
一服つけようと、そう思った時だった。
甲板にトビンガルーが飛び乗ってきたのだ。筒を首にかけた伝令である。
ウィローは慌てて駆け寄り、震える手で乱暴に書簡を開く。
――我ガ戦列艦隊ハ魔種ト交戦中。
敵艦隊二隻ヲ派遣スル。
キャプテンハ奮闘ヲ継続サレタシ。
「アドミラル・アセイテ……アプサラス――ッ!」
全身の血の気が急速に退いて行くのを感じる。
「何をッ!」
アセイテ提督は『心中相手をくれてやる』と云っているようなものだ。
このままでは女王陛下の艦隊を三隻失う。その意味はあるのか。
しかして逃げればどうか。五隻もの鋼鉄艦をこのグレイス・ヌレ海域の内側に潜り込ませることになる。
どうするべきなのか。
あと半刻と待たずラズマス・ケイジを抜けてしまう。
キャプテン・ウィローに決断の時が迫っていた。
コーンパイプが燻らせたヴァニラのフレーバーは、どうにもこうにも塩辛いだけで――
●
帆走スループに乗り込むイレギュラーズ一行は、このグレイス・ヌレ海域の中で、ラズマス・ケイジと呼ばれる激しい海流の出口へと急行している。
大海原の中で小さな船舶はいかにも頼りない。
戦闘ともなれば尚更という、言うなれば『冒険者の船』である。
ことの始まりは『海洋王国大号令』であった。
遙かなる外洋『絶望の青』を踏破し、その先に広がる新天地(ネオ・フロンティア)の征服を目指すものである。
海洋王国は目下の課題を近海の掃討と位置づけ、頼みとするイレギュラーズの海上戦闘訓練をも兼ねさせていた。
その一方で、にわかに活性化し始めた王国の動きに、警戒や別の思惑を抱く者達も居たのである。
一つは近海掃討の主な的の一つとされた海賊連合である。彼等は大号令に纏わる一連の動きの中で、生き残りの道を模索していた。
もう一つがこの依頼と関連する、ゼシュテル鉄帝国の蠢動である。
国土の大半を厳しい気候で覆われる彼等は、矮小な国土で苦労する海洋王国と、ある意味で似た問題を抱えている。
そんな鉄帝国が持ち前の武力を生かし、外洋へ出んとする王国の事業に『一枚噛みに』やってきたという訳だ。
今回の作戦において、ローレットは海洋王国側の支援を行うことになっている。
速さだけが取り柄のスループ船に乗ったイレギュラーズ一行は、実に五隻となる鋼鉄艦隊の相手をせねばならない――と云う訳でもない。
鋼鉄艦隊はキャプテン・ウィローのガレオン船を追っている。
ここに二隻の援軍――アセイテ提督旗下の戦列艦――がやってくるらしい。
そそり立つ岩礁に隠れたスループは撃ち合いを始めた敵艦の後背に忍び寄り、鋼鉄艦の一隻に武力工作をしかけ、撤退に追い込むという作戦である。
穴だらけ等と言うレベルではない。
危険極まりない、賭けのようなものだ。それも負けが極めて濃厚な。
このお国柄(おおらか)と呼ぶには些かいい加減に過ぎる緊急案件を受けた時、『黒猫の』ショウ(p3n000005)はいくつかの懸念を述べていた。
一つは魔種との交戦により、急遽作戦を変更したという提督への不信。
なぜ『そちら』を『特異運命座標(せんもんか)』に委ねなかったのかという点である。
イレギュラーズに魔種の討伐を任せ、戦列艦隊は鋼鉄艦隊の迎撃へ向かわせるのが筋であろう。
もう一つは海洋側の情報がどの程度のレベルで共有出来ているのかという点だ。
撃ち合いの最中に小型船で飛び込むなど、正気の沙汰ではないが。
そのあたりは一体どうなっているのだ。
不幸中の幸いか、スループの船長は頼りになる人物らしい。
どうにか送り届けてはくれるのだろうが。はてさて。
最後にショウは、一つ『秘策』を提示してくれた。
「どうもね、乗っているのは『とある人気モノ』らしいんだ」
だから「捕まえればいい」と続けたショウは、実にあっさりとしたものだった。
そうは言っても、帝国軍人を捕まえて「人質を死なせたくなかったら帰れ」って。通じるのか、それ。
絶対に無理だろう。笑えない冗談だ。ありえない。
懸念を表明したイレギュラーズにショウは「裏はとった」と応えた。
非常に抵抗はあるが、この情報屋がそこまで言うなら信用出来る情報ではある。
当然ショウらしく、一行の身を案じるたっぷりの心配は添えられていたが。
さて。まずイレギュラーズは敵からの集中砲火を受けながら、どうにか敵艦に乗り込む。
そこで鉄帝国兵との白兵戦に勝利する。
その間、なんらかの方法でスループ船を『撃沈させない』ようにする。
そんなウルトラCの大技を決めなければならない訳である。
悲壮極まる難題だ。
作戦の詳細は道中、スループ船の上で詰める他ないだろう。
それにこんな作戦。
誇り高い彼女はきっと、ものすごく嫌がるだろうけれど。
●
「ちっともあたってないじゃない!」
鋼鉄艦の上で、『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ(p3n000124)は頬を膨らませていた。
先ほどからガレオンに散発的な砲撃を仕掛けているのだが、まるで命中していない。
艦長は海流を抜けた先で撃沈させると述べたが、エヴァンジェリーナにとって戦況も作戦も何一つ読めはしないのだから、これっぽっちも面白いことではなかった。
ラド・バウD級の花形闘士にして鉄帝国軽騎兵であるエヴァンジェリーナは、そもそも海戦に適したユニットではない。やることもなにもかも『ちんぷんかんぷん』なまま、ここに立っている。部下だって一人も居ないのだ。
この海において彼女は単騎の戦力でしかなく、斬り合うことしか能がない。上陸するか、あるいはせめて白兵戦でもない限りは、やることなど何一つありはしなかった。
彼女もさすがに自身が『お飾り』であることは察しており、故にすこぶる機嫌が悪いのである。
個人の心持ちはともかく、旗艦アイゼン・シュテルンに皇帝を戴く鉄帝国軍の士気は極めて高い。
元を正せば鉄帝国としては手狭なグレイス・ヌレ海域での決戦を望んだ訳ではなかった。だが航路上大回りのルートを取らざるを得なかった事、ソルベ卿の差配によるスパイがいち早く鉄帝国海軍の動きを察知していた事等から、結局はグレイス・ヌレに引きこまれる格好となっている。
ならば武力ではどうか。海洋王国軍は精強で数も多いが小型中型の木造船が多い。対して攻防に優れる鋼鉄艦の威力は強烈であろう。こうして陣を引き延ばされてしまいはしたが、元々地の利は海洋側にあるのだ。ここまでは致し方のないことでもある。万事計算尽くとまでは言わないが、想定内ではあった。まだまだ一隻あたりのスペックを堅実に発揮し、再び陣を整えれば勝敗は覆るまい。万が一を引き寄せるほどの『イレギュラー』でもなければ――
そもそも不機嫌なエヴァンジェリーナとて、真意は『早く斬り結びたい』だけであって、戦いを嫌うつもりなど毛頭ありはしなかった。
エヴァンジェリーナは天を仰ぐ。
さながら恋する乙女のような瞳で、思い浮かべる。
――誰か来てくれればいいのに。たとえば――
「左方向に敵影! 戦列艦二隻!」
「何?」
「奇襲だ!」
「えっ!?」
重なる怒声にエヴァンジェリーナは耳をそばだてる。
「スループが一隻、こっちに白兵戦を仕掛けるつもりですぜ!」
続く言葉を聞いたエヴァンジェリーナの瞳に光が戻る。
「あれは……まさか、イレギュラーズ!?」
大きな帽子をかぶった小さな少女は、飛び交う連絡を聞き顔を輝かせる。
それから恋人と再会でもしたかのように、頬を桃色に染めて飛び跳ねた。
- <第三次グレイス・ヌレ海戦>ラズマス・ケイジに背を向けてLv:20以上完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2020年01月04日 22時35分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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紺碧を割り、一隻の帆船は島影を脱し。
グレイス・ヌレの一部、岩礁の多いラズマス・ケイジは危険な海流域だ。
海流に半ば背を預け、流れへ切り込むように、スループ船はノットを上げる。
甲板には『ド根性ヒューマン』銀城 黒羽(p3p000505)達、イレギュラーズ一行の姿があった。
「このまま横付けしますぜ!」
キャプテンが威勢の良い声を張り上げた。
岩礁を縫うようにスループは進み、みるみる敵艦が近づいてくる。
今やはっきりと見えるのは、こちらへ牙を剥く幾つもの機関銃であった。
「また無茶な依頼よね……」
愛らしい顔に呆れたような声音を滲ませ『舞蝶刃』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)は腰の剣に手を当てた。
「なんだこの状況は……」
そんな黒羽のぼやきは、実に数刻ぶりの二度目である。
「さて、招集に応じてみれば撤退戦ですか……」
続く『砂竜すら魅了するモノ』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)の言葉通り、ローレットの情報屋が提示したのは明らかな負け戦であったのだ。
依頼内容を平たく述べるのであれば『それを引き分け以上に持ち込む』事だ。
具体的には敵一名を捕獲し、敵戦力を撤退させること。そして砲弾飛び交う戦域で一行も無事に帰還すること。タイムリミットは自船の撃沈まで。
「見事な軍船だね」
鋼鉄艦を睨み不敵に笑う『リーヌシュカの憧れ』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)は、あえて言葉を切る。
戦力比の劣勢はあえて言うまでもない。些か――表現はとどめるが――辛いか。
戦術的には戦力に優れた敵大型の鋼鉄艦五隻。対する味方側は大型艦二隻に中型艦一隻、それから一行が搭乗する小型船一隻。全て木造。
戦力比は圧倒的に劣っており、無理難題というレベルの話ではない。
先ほどから何かを呟き続けている『ラド・バウD級闘士』ジル・チタニイット(p3p000943)だが、手旗信号や識別信号を頭へ必死にたたき込んでいる。
どうにも頼れそうにない味方艦と連絡を取り合い、この作戦を上手く成立させねばならない。
作戦にはベークと『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)への指名があった。
理由はベークにとってみれば皆目見当もつかなかったが。
海洋王国は国を挙げて事業貢献の度合いを計上しており、両名は極めて高い評価を得ている。それが故であろう。
「何というか、出たトコロ勝負ですわねー」
海洋王国側(いえがら)に立つユゥリアリアは、今回の鉄帝のやり口には当然ながら含む所がある。
国家の一大事業に横槍を入れるという鉄帝の態度は、なるほど愉快なものであろう筈もなかった。
だが同時に、ユゥリアリアは海洋王国側にも何かが潜んでいるのではないかと疑いを持っている。
この戦域は鋼鉄艦が多く、本来はトルタ・デ・アセイテ提督の無敵艦隊アルマデウスが迎撃する手筈となっていた。
作戦通りであればこの戦域では海洋側が圧勝した筈だ。仮に撤退戦を強いられている敏腕のキャプテンがしくじったとしても、勝利は揺るがないだろう。
だが『魔種と交戦』などという理由をつけて急遽作戦を変更した事。さらには敗北濃厚な弱小戦力をわざわざ援軍に寄こした事。
そも『魔種が現れたのであれば、なぜそちらをイレギュラーズに任せなかったのか』等、疑念は多い。
「鉄帝の武力と技術力。手札として欲する者もいるだろうが。卓についている『者』が問題だ」
様々な可能性を思案しながら、『ラブ&ピース』恋屍・愛無(p3p007296)は呟いた。
尤も「まぁ、僕に必要なのは金だけだ」と、続く言葉は世知辛い。何せ持ち金は切迫を極めた四ゴールド(すかんぴん)だ、このままでは年も越せそうにない。
「事前に軍の連中と話ができるとよかったんだが」
軍事に一家言ある『海抜ゼロメートル地帯』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)の呟きは、一行が抱く現状への不信を代弁していた。
とは言え――ユゥリアリアはみるみる近づく鋼鉄艦へ視線を向けた。鉄火場が目前となれば意識を切り替えねばなるまい。
情報屋の話によると、海流を下る鋼鉄艦五隻のうち、目前に迫る『こいつ』には、ラド・バウのニュースター『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ(p3n000124)が搭乗しているとされている。無論『敵』として。
ラド・バウの勝敗は相性や運に左右されると言えど、闘士としての人気と実力は、同じくスターの道を駆け上がり始めたこの場のイレギュラーズ達とおおよそ等しい。
味方となったり、敵となったりで忙しいと『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)の言葉通り、沙月はつい先日スチールグラードで彼女と共闘したばかりだ。
これもまた一興と楽しみにさえ感じられるのは、楚々と優雅な沙月の武に対する真摯な求道心にあろう。
「リーヌシュカ……君はそれでいいのか?」
一方で。風に乗せた小さな呟きに、あえてエヴァンジェリーナの愛称(リーヌシュカ)を用いたラルフは、幼い彼女の人格を案じての物だろう。
己が命を燃料に、命じられるがままに荒れた生活を送る姿には、想う所もある。
そも海上での軽騎兵など、海洋風に述べるのであれば陸に上がった河童も同然。甲板での白兵戦となれば本領を発揮するのであろうが、それ以外は完全に士気高揚を目的とした『お飾り』に過ぎない。リーヌシュカの心境にも滲む感情はあろう。
――接舷攻撃! 用意!
キャプテンが叫ぶ。
それとほぼ同時に。敵艦から一同を睨み付ける無数の銃口が光った。
分厚い船体に食い込む甲高い音。微細な振動。銃撃が開始された。
「はぁ~……クソッ、あぁ分かったよ。腹括ってやれるだけやってやるよ」
不倒の闘気を漲らせ、黄金の輝きを纏う黒羽が、親指で瓶のコルクを弾き一気に煽る。
景気付け――能力を底上げし、水中での呼吸も可能とする魔法薬だ。
「助かったぜ」
「気にすんなって」
キャプテンの補佐を終え、『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)は船橋から舞い降りた。
「じゃ、行くぜお前ら!」
胸元を飾る一枚の羽根(おまもり)を撫で、声を張り上げる。
「ここまで来た以上、誰一人欠けることがないように。死力を尽くしましょう」
辺りを緋色の羽根が舞い、身体を流れる血に勇気と熱狂を漲らせ。夢煌を宿す美しい剣を抜き放ったアンナ達、第一陣の面々が頷く。
「へん、海洋の『風読禽』を舐めんなよ!」
三叉蒼槍を硬く握りしめたカイトは翼を広げて甲板を蹴りつけ。
「最後まで立って皆を守る、いつも通りでしょう?」
やや憮然と、しかし決意を籠めて。
「……でも、どの人も強そうなんですよねぇ。困ったものですよ、戦争したがりの鉄の連中は……!!」
ベークの足先がふわりと甲板を離れる。背負った飛空装置から噴射された圧力に身を預ける。
戦闘を可能とする仲間等と違い、装置による移動には大きなリスクを伴う。激しい銃撃の中で姿勢制御の一切を放棄するに等しいからだ。
とは言えロープを原始的な使う切り込みには時間をロスするリスクがある。長時間銃弾を浴び続けるということだ。
どちらを取るか、どちらがマシかという問題は、蓋を開けてみるまで分からない。
予想通り――それは覚悟の上ではあろう。
船の横っ腹から機関銃の銃弾が降り注ぐ中で、敵艦の甲板上に整列した兵士達もまた、ガトリングガンを一斉に構える。
虚空へと飛び上がる第一陣の面々に、無慈悲な銃弾の嵐が吹き付けた。
●
激しい銃弾をくぐり抜け、甲板へ降り立ったラルフ等一行を包囲しているのは、多数の軍人であった。
見えるのは苦虫をかみつぶしたような表情をした、一際派手な軍装の少女リーヌシュカの姿。
「ラルフ! カイト! あなた達、ひどい怪我じゃない……!」
「これしきでどうにかなるように見えるかね?」
「いいえちっとも! けど――」
リーヌシュカの返答を遮るように、その横に立つ大男が名乗りを上げる。
「私は鉄帝国海軍少佐、ゾンメルである。直ちに投降したまえ、イレギュラーズ――身の安全は約束しよう」
「そう言われましてもね――っ!」
鋭い視線で辺りを伺い、黒羽が鬨を張り上げる。
ゾンメルの告げた言葉は――彼等鉄帝国軍人達が望外にイレギュラーズへ好意的である以上――真実には違いないのだが。さりとて飲むわけにはいかない。
兵士達の銃口が一斉に黒羽を睨み付けた。
「よーっす、イレギュラーズだぜ!」
蒼槍を構えたカイトが一気に翼を広げる。
「一戦お付き合い頼むぜ!」
爆風と共に、敵陣を無数の羽根が乱舞した。
「残念だ。総員、イレギュラーズを引っ捕らえろ! 交戦中の生死は不問とする!」
無論、好意と使命は別の話だ。特に鉄帝国軍人にとって、敵の戦死に頓着する余地はない。
けたたましい音と共に無数のマズルが火を噴いた。
双方、覚悟などとっくに終わっているのだ。
船体が振動に揺れる。被弾したのだろう。
実際のところ、味方船――撤退戦を強いられているガレオンと援軍の戦列艦二隻には、事前にスループの存在を伝えておきたかった。
事前に軍と話が出来ればよかったとはエイヴァンの言葉だが、味方側の情報共有はいかにも怪しい。
しかし島影を脱出して最短時間で敵艦に接舷するという作戦上、そのまま実行に移すのは困難であった。
自船が敵に姿を見せる時間が長くなり、多数の砲撃を受けてしまえば、ひとたまりも無いからだ。
そこで次善策、どうにか隙を創り出し実施する以外にない状況だ。
剣を盾に海兵へと接敵し、アンナは即座にベークへと癒やしの術を施した。
「助かりますね……ッ!」
全身に守護の結界――クローズドサンクチュアリを展開したベークはリーヌシュカの前に立ちはだかった。
苦い表情を一変させ、周囲に無数のサーベルを展開したリーヌシュカは歓喜に打ち震え、その手に二刀を構えた。
――その一方。
舞い、そっと中空へと触れるように――。
圧縮された大気に光が歪む。轟音と共に、沙月の見据える先。機関銃を放つ兵が後方へと吹き飛ばされた。
第一陣の仲間達を援護するため、甲板からの玉響による攻撃で数名の兵士を打ち倒した沙月、ジル、ユゥリアリア、愛無達二陣の表情はそれでも険しい。
ともあれ頃合いだ。甲板へ乗り込んだ仲間達を確認し、第二陣の仲間と目配せしたユゥリアリアもまた、攻撃の手を止めた。
イレギュラーズの読み通り、甲板の兵士達からのガトリングガンがマイナスされる分だけは、幾ばくかマシではあろう。
マストから――さながらジップラインのように――滑り始めたエイヴァンもまた、既に覚悟は決めている。
こうして銃弾の雨を浴びながら、二陣は甲板を目指す。
わずか十数秒の旅路は、果たして――
幾ばくかの時間が過ぎた。
包囲の輪に飛び込んだ一陣は、各々の役目を守りながら、第二陣の到着を待っている。
敵艦の奥が騒がしい。
数名の兵士が慌てた様子で甲板に姿を見せた。
「沙月じゃない!」
リーヌシュカが歓喜の声を張り上げる。
「待ち遠しかったぜ……ッ!」
メヴィーの剣撃をいなし、カイトが応じる。
「余裕だな、貴様」
「この程度でくたばるかよ!」
「カイト! メヴィーじゃなくてわたしとやりなさい!」
「わるい、そうも言ってられなくてよ!」
甲板の中央から聞こえる声に応じて、まずは眼前の男をどうにかせねばなるまい。
「多勢に無勢で勝てないようじゃ海の男の名折れだぞ?」
エイヴァンの挑発に敵兵士達がいきり立つ。
「自信がないならその辺で甲板掃除でもしてるんだな」
敵兵の銃撃は大方黒羽とカイト、エイヴァンとに分散していた。
そうした中で乱舞するサーベルに身を裂かれながら、ベークはリーヌシュカの激しい剣撃をしのいでいる。
「僕はこの向こう(しんてんち)に行くんです、邪魔しないでください!」
「わたし達だって、生きるためにしていることよ!」
国力弱小の海洋王国は、未踏海域『絶望の青』の果てを目指している。それがこの海に生きるベーク達の悲願であり、唯一の希望なのだ。
だがそれは鉄帝国も同じ事。耕作に適した土地の少ない帝国は人々が生きる為、常に豊かな大地を求め続けている。
無数のサーベルが竜巻のようにうねり、ベークの身に無数の傷跡を残す。
風に乗り舞い踊る赤い風のただ中で、しかしベークが膝を屈することはない。
「あなた、やるじゃない!」
「セイバーマギエル、貴女とて退屈は望んでいないでしょう……!!」
「もちろん!」
リーヌシュカは下唇の端を舐める。
「そんな美味しそうなにおいの食べ物なんか隠して!」
「僕"は"食"料"じ"ゃ"な"い"で"す"!"!"」
殺伐とした戦場に甘く香ばしい香りが!
「わたしが勝ったらいただくわ!」
「だ"か"ら"!"!"」
一歩。それは舞うように、されど鋭い踏み込みで。
「エヴァンジェリーナ――」
「沙月!」
久しぶりに再会した友へ、あたかも親愛の挨拶を交わすような口ぶりで。
神速の踏み込みから放たれた不可視の衝撃が、リーヌシュカの小さな身体、その中心を鋭く穿つ。
両の軍靴と二刀が甲板に四輪の轍を残し――
「やったわね……沙月!」
口の端から血を滲ませて、リーヌシュカの瞳が喜びに震えた。
「アンナ君、ここは僕が代わろう」
「助かるわ」
「僕は恋屍・愛無、ラブアンドピースと行きたいが。金が必要なんだ」
数名の兵士がアンナから愛無へ銃口を移す。
一瞬の隙を突き、包囲を離脱したアンナは船内から現れた兵士達の前に立ち塞がった。
「嬢ちゃん、怪我する前にそこをどきな」
「残念――こう見えてこれが本職なの。ここは通行止めよ」
「覚悟出来てんだろうな!」
ふわりと舞うアンナは片足で甲板を蹴りつける。鋭い金属音が響き、ナイフが跳ね上がった。
「て、め……」
「言ったでしょう。本職だって」
無数のナイフがアンナに迫る。
身を捻り、かわし、いなし。剣でたたき落とす。
甲板を転げ立ち上がった兵士がガトリングを構える。
「容赦しねえぞ」
「――お好きにどうぞ」
けたたましい音が響き。だが既に彼女は軽やかに身を翻している。
兵士達の顔が怒気に覆われた。
「大丈夫っすよ、背中は僕に任せるっす……!」
「悪いな。頼らせてもらう」
「全力で行くっすよ!」
ジルの生命波動に背を押され、エイヴァンが敵陣へアックスガン【白煙濤】を構えた。
放たれた砲火が如き、氷塊の嵐が兵士二名を飲み込みその身を極寒の狂気へ堕とす。
ジルは仲間達の傷を癒やしながらも、連絡の機会をうかがっていた。
スループ船は上手く鋼鉄艦の影に隠れ、味方艦からの誤射と遠方に見える鋼鉄艦からの攻撃を受けないように動いているようだ。
だが一行が乗り移ってからは、機関銃の至近掃射を受け続けている。砲撃よりはマシであろうが、このままでは撃沈は時間の問題だ。
●
被弾の衝撃に揺れる中、戦闘は続いている。
緒戦。イレギュラーズの狙い通りに敵兵は分断され、戦闘力に優れたゾンメル、メヴィ、リーヌシュカはそれぞれ孤立を強いられていた。
イレギュラーズは可能な限りの攻撃をリーヌシュカに集中させ、彼女の早期確保を狙っていたのだ。
だが一行が事前に予測していた事ではあるが、敵船の奥から増援が現れ始めたのである。
こうした状況に、アンナは仲間の体力を癒やしつつも足止めを行い、これもいくらかの時間を稼ぐことに成功している。
「仕方の無いものね……けど、残念よ。私一人倒すことさえ諦めるなんてね」
だがアンナの堅牢さにしびれを切らした増援は足止めを嫌い、殆どが彼女の攻略を諦めてしまった。
それでも彼女が稼ぎ出した増援の途切れ目は貴重だ。
ガトリングガンを打ち続けながら迫る兵へ向け。エイヴァンは銃弾を浴びながらアックスガンをたたき込む。
こうして仲間達による攻撃の機会を生み出すことに成功しているからだ。
エイヴァンの脳天への強かな一撃にヘルメットがはじけ飛び、額から血を流した兵がエイヴァンの腹に蜂の巣のような銃口を押し当てた。
「おせえよ――!」
銃声。背から鮮血をほとばしらせ、兵が仰向けに倒れる。
「次はどいつだ!」
エイヴァンが咆哮する。一網打尽にしてやると。
「金は命より重い。特に今は。だから悪く思わないでくれたまえ」
無数の甲虫を解き放ち、愛無は表情一つ変える事も無く言い放つ。
槍殻蟲――甲虫の群れは鋭い前腕を引き絞り、二名の兵士へ無数の槍を次々に突き込んで行く。
「あああぁぁぁぁ……!!」
食われ、喰われ。人であったものが肉の塊へと変貌して逝く。
「これで僕等は――メイビー。『らぶあんどぴーす』だ」
エイヴァン、愛無等イレギュラーズ一行は敵の増援に対しても分断作戦と各個撃破を機能させ、必ずしも戦況が悪化したとは言えない。言わば現状は膠着状態とも言えた。
問題は、これも一行は予想していた事だが。足止めしきれなかった増援が、分断と各個撃破の工程に無事組み込まれる前後のタイミングにあった。
そうした状況はゾンメル、メヴィ、リーヌシュカにいくらかの自由を与え、この際の連携がイレギュラーズに無数の傷を強いていたのである。
「僕も闘士の端くれ、此処で気張るっすよ!」
傷つきながらも、より重篤な、より傷の深いイレギュラーズへ、ジルは癒やしの術を集中していた。
「鉄火場ですわねー」
どうにか攻撃へ転じたい所ではあるのだが、キツイ状況だ。
癒やし手であるユゥリアリアもまた、傷を避けきれてはいない。氷雪の歌姫は、されど纏う優美を崩さずに仲間を癒やし続けて。
彼女の戦闘力――終奏の艶華をリーヌシュカにたたき込むチャンスが数度あれば、状況は一変するかもしれない。
敵の攻撃を受け続けるベーク、攻防一体かつその多彩な技巧も含めて極めてバランスの良いラルフ、絶大な威力を誇る沙月と組み合わせることが出来れば――
だがここまでユゥリアリアの他、ジルやアンナ等の回復がなければ、おそらく現状への到達も難しかったことであろうが――ともあれリーヌシュカの早期捕縛は絶望的な状況にあった。
しかし――ならば次の手を打つ。
ラルフの怜悧な頭脳は戦いの先を見据えていた。
「いつかの続きを君に挑むよ」
ふいに両手を広げたラルフの声に、リーヌシュカが振り上げた剣を止める。
「どういうこと?」
すいと瞳を細めて。
「どうもなにも、決闘と行こう」
リーヌシュカの頬が紅潮する。
「今の私は軍人よ、ラルフ」
「受けるも受けないも自由だ。お飾りの軍人としてか、それとも」
――戦士として立つか。
放たれたのは彼女の心を試す言葉だ。
リーヌシュカは感情の爆発に身を任せ、髪がふわりと膨れあがる。
「いいわ……手出し無用よ!」
「事前に双方の回復はいるかね?」
「いらないわ、私もあなたも、傷だらけじゃない!」
「良いだろう」
「馬鹿なマネはやめろ!」
「ゾンメルは待ってくれないみたいだもの」
「上官に従え!」
ゾンメルの叱責に構うこともなく。
「鉄帝国軽騎兵は、二階級上よ! 私が決めたわ!」
「軍規に反する! 直ちにやめさせろ!」
「そうは行きませんよ」
兵士達に立ち塞がったのはベークだ。
「あなた、いい人ね!」
「どうでしょう、ともかく邪魔なんてさせませんよ」
「んだ、てめ! 腹減るにおいさせやがって!」
「”だ”か”ら”!”!”」
「意識がお留守なのは良くねえな」
一歩も引かず。満身創痍の黒羽は一人、ゾンメルの前に立ち続けている。
「ならば貴様を片付けるまで」
「上等だ。やれるもんならやってみな」
鋭い蹴りをいなし、続く刃をかわし。
尚も迫るゾンメルの短剣が黒羽の身を縦横に切り刻む。
膝を叱咤し、黒羽はその刃をつかみ取った。膨れ上がる黄金の闘気に、渦のただ中に、赤い飛沫が霧となって吹き荒れる。
「俺の根性とアンタの気力。どっちが上か我慢比べと行こうじゃねぇか――!」
「ここまでの健闘を讃えよう……戦死を恨んでくれるなよ!」
唸りを上げて迫る刃をカイトは上へと弾き、石突きを繰り出す。
間一髪、弾いたメヴィが唸る。
「ここでギア一段アゲんのか。やるじゃねえか、テメェ」
二刀を構えたメヴィがカイトを睨む。
「アンタもいい腕してるじゃねーか。けどよ、まだ上がんぜ!」
メヴィの剣が唸りを上げ――刹那。カイトの身体が掻き消える。
鋭い突き込みがメヴィの二撃目を弾き、頬に赤い線を引く。
「俺はメヴィだ。殺す前にテメェの名を聞いてやる」
「カイトだぜ、殺されるつもりはねーが。いいね、そうこなくっちゃな!」
再び振動が甲板を揺らした。被弾したのだ。
「僕、ラルフさんを信じてるっすからね!」
頬を染め、ばしばしとラルフの背を叩いたジルが駆け出す。この期を逃す訳には行かない。
「黒羽さん!」
このために頭にたたき込んだのだ。多数の敵に背を向け、ジルは決死の覚悟で手旗を振る。まずはガレオン船へ。次に戦列艦へ。
《我々は援軍である。スループ船への攻撃は極力やめてほしい》
「どっちだ」
黒羽が叫ぶ。この状況であればゾンメルは己を追うはずだと黒羽は読んだ。
「あっちっす!」
《イレギュラーズの銀城黒羽だ、つうてもわかんねえかな。とにかく聞こえるか》
戦列艦に通じない。嫌な予感がする。なぜだ。だが考えている猶予はない。ならばガレオンだ。
「貴様、何をやっている!」
ゾンメルが黒羽を追う。
《存じ上げている。こちらサンタパトリシア号のキャプテン・ウィローだ。みすみすこの期を逃すのか、我々は状況を聞いていない!》
聞いていないだと。やはりこの指揮系統はおかしい。なにか裏を感じる。
《裏に海洋のスループが居るだろ。当たっちまう。戦列艦にも繋いでくれ》
《当艦の攻撃を停止する。ただし、余り猶予は与えられん》
致し方がない。が――
背に焼き鏝を押しつけられたような熱さを感じる。黒羽の口から血がこぼれる。
明滅する意識を叱咤し、黒羽は凄絶な笑みを浮かべた。
「もういっぺん言うぜ、やれるもんならやってみな!」
●
未だ交戦は続いている。
甲板の中央ではラルフとリーヌシュカの決闘が続き、イレギュラーズによる撃破速度は向上しつつある。
ガレオンからの砲撃。数十秒遅れて戦列艦からの砲撃が停止した。
だがこうなれば無論だが、鋼鉄艦の砲口はスループへと向かうことになる。
戦況は厳しい。イレギュラーズは早期決着を目指し、問題が生じそうな状況への『対策』を怠らなかった。
各々の覚悟も判断も、十分ではあったに違いない。
後は今少し『先手』を打つことが出来れば、或いは――
突如足元――甲板の下から響いた衝撃に、ゾンメルが眉根を寄せた。
「まず一門……ですね」
アンナの手引きで船内へと駆けた沙月が、砲を破壊したのである。
船内のクルーは決死の覚悟で沙月へと挑みかかる。
状況は多勢に無勢、とはいえその一人一人にどうにかされるほど、沙月はやわではない。
「怪我をしますよ」
舞うように、鋭い踏み込み。クルーの一人が艦内の壁に叩き付けられ、尻餅を付いた。口から泡を吹いている。
(どうにかしなければ)
スループは既に数発の砲撃を受けている。間に合わなければそこで終わりだ。
いかにイレギュラーズと言えども、船内の全てを制圧しきることは出来ない。
「今、この状況で――怪我がなんだって……?」
次々に迫り来る敵兵に、愛無は粘膜の化身を叩き付ける。
金だ。
金の重みが――命の重みだ。
食す。食べる。かみ砕く。嚥下する。
食い殺す、食い殺す、一心不乱に喰い殺す。
それが誰の命であろうと関係ない。
他人であろうと、己の命であろうと。何を踏みにじろうと。誰をふみにじろうと。
傭兵を模した《いきもの》は、とまらない。
――僕には金が要る!
――こんなところで這い蹲ってる暇は無い。
――出来レースだろうが。何だろうが。退かぬなら。退けぬなら。是非もない。
無数の甲虫が兵士達に牙を突き立てる。怖気を催す光景に、兵士達が一人、また一人と倒れて行く。喰われて行く。
リーヌシュカのサーベルがラルフの身を切り裂き、脳髄を灼く程のアドレナリンのただ中で。
幾たびの流血はついにラルフの膝を甲板に突き立てる――と、そう思えた。
ああ、だが。ここはラド・バウではない。
破裂音。左手のサーベルを取り落とし、リーヌシュカの肩から鮮血が吹き出す。
「リーヌシュカ……君の悪い癖だ」
可能性の箱をこじ開けて。ラルフは厳然とした論理を告げる。
「――ッ! 言ってなさい……!」
放たれたのは嘗て三度と戦った『蠍姫』スキラ・スロースから受けた毒。己が血液を媒体に弾丸へと錬成した死毒の弾丸。
呪詛の毒。体中を駆け巡る苦痛に歪むリーヌシュカの顔。それでも瞳は歓喜に満ちあふれていた。
構えは微塵にも揺るがせず、ラルフは纏う闘気を刃へと変え。リーヌシュカの小さな身体を二度穿つ。
「うそよ……」
「嘘じゃあないさ」
震える膝を、彼女はついに甲板へと突き立てる。
奇跡ではない。ただ純然たる力量がそうさせた。
――勝者。『リーヌシュカの憧れ』ラルフ・ザン・ネセサリー。
斯様に告げた者はなく。されど誰の目にも事実のみが刻まれる。
「ちょっと、離しなさい! 私は……まだ……!」
リーヌシュカは立ち上がることが出来ない。
「あまり手荒なことはしたくありませんー。捕まってください」
人質とは、好む所ではないのだが。こうした状況であれば厭うこともない。
ましてこのように不調法にも仕掛けられている上でならば尚更。
駆け寄ったユゥリアリアが、ラルフが、その手を取り。
「そこまでだ」
二人がリーヌシュカを抱えようとした時、ゾンメルが空に一発の弾丸を打ち上げた。
状況は。最優先でなければ構う訳にはいかない。
立った今生じた所用が、同程度の優先項目でないのならば。無視するべきだ。
「諸君のスループは後一撃で沈む。この意味がわかるか」
「理解はするね」
ラルフが応じる。あくまで一行の意図を悟らせぬように。
スループの保護と、リーヌシュカの拿捕は絶対的な優先事項だ。
敵の数は多く、殲滅は不可能。
仮に出来たとしても、続く四隻の鋼鉄艦を迎え撃つのは現状の味方戦力では不可能だ。
だが彼等はリーヌシュカを抱え、走った。
最後の勝機を逃す訳にはいかない。
「貴様、死ぬぞ……」
口から、額から。片目を開き、赤を滴らせる黒羽が両手を広げる。
「それが答えか。さらばだ、洋上の闘士よ」
マズルフラッシュ。黒羽の身体が無数の銃弾に踊り――だがその輝く闘気は失われない。
「言った……だろ。行け!」
己一人の犠牲で済むなら安いものだと。凄絶な笑みを浮かべて。
あと数メートル。それだけ距離をあければ彼女の首に刃を突きつけられる。
人質としての価値が生まれる。
そうすれば――戦況が覆る。
リーヌシュカを抱えて走るユゥリアリアの背に、メヴィの刃が突き刺さる。
赤が飛び散り、リーヌシュカの小さな身が甲板に転げる。ユゥリアリアの身が舷墻を越え、海に投げ出される。
満身創痍のラルフは転げるリーヌシュカへと滑り込み、そのまま銃弾の嵐を浴びた。
「ラルフさん!」
ジルは奥歯を噛みしめる。
癒やしの術を施し、その大きな背え腕を回し、スループへのロープを掴んだ。
メヴィが見せた一瞬の隙に、その背へ槍を突き込んだカイトが、今にも途絶えそうな己が意識を叱咤するように叫ぶ。
口から血を吹き溢すメヴィは、振り向きざまにカイトの首へ剣を振るう。
唸りを上げた剣が迫る。
カイトを抱きかかえるように飛び込んだエイヴァンの背が、鮮血を吹き出した。
兵士がリーヌシュカを抱える。
ああ――ベークが舷墻へ拳を叩き付け、リーヌシュカの元へ駆ける。ゾンメルはベークを強かに蹴りつけ、首元にナイフを突きつけた。
あるいは願えば、覆るだろうか。
ジルは、愛無はその身を奇跡の代償に差し出してでもいいとさえ信じた。
「はやく。頼む、行ってくれ……」
全身を真っ赤にそめた黒羽がそう願った。
一行は臍を噛む想いで次々にスループへと移る。
スプールの船員が辛うじて空中で静止したユゥリアリアを船上へ引き上げる。血を吐く彼女は尚も戦線へ戻ろうと鋼鉄艦を睨み付ける。
尚も掃射する敵兵に、ユゥリアリアは呪いの歌声を響かせる。そのまま再び飛び上がろうとして――
「待ってくれ」
「――どうして」
そうした中で一行が次々に帰還して来た。
船員が駆け寄る。一行の肩を抱える。
「アンタ達は必ず救う。今は耐えてくれ……」
スループのキャプテンが小さく溢す。敵艦を睨む数名の船員がカットラスを抜き放った。
けれど、そうはならなかった。
甲板には倒れたベークが居る。辛うじて立つだけの黒羽が居る。
兵士に抱えられ、銃口を突きつけられた沙月は気を失っている。
「ゾンメル少佐!」
「後方の四艦に伝えろ。当艦は重傷者多数。装甲に被弾多数。戦線への復帰は困難であると」
「ダー!」
ゾンメルが残された面々へと向き直る。
「改めて述べよう。諸君等の生命と身分は保障する」
それから兵士へ向け。
「敵スループ船にもそう伝えろ。聞かないなら」
指をピストルの形に曲げた。
「これで説得しろ」
「ダー!」
ただそうとだけゾンメルは告げて。
だからこれで終わりだった。
「大切な客人だ。今すぐに手当してやれ」
「少佐のお怪我は!」
「イレギュラーズとあの娘が最優先だ」
満身創痍の少佐は甲板に座り込み、取り出した煙草を取り落とす。
「ダー!」
紙巻きの煙草は、傾いた甲板の上をころころと転げ。
ゾンメルは己の手が、ひどく震えていることに初めて気付いた。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
成否としてはこのような結果となりましたが、海洋王国は貢献を評価しています。
MVPは多彩な戦術で貢献した方へ。
こちらのシナリオでは数名の安否が不明となっています。
それではまた、皆さんのご参加を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
とんでもない作戦です。
けれどこの窮地を脱するには、やるほかありません。
●目標(全て満たすこと)
1:敵艦(鋼鉄艦)に乗り込む。
2:『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナを捕らえる。
3:味方艦船(スループ)を撃沈させない。
●ロケーション
非常に危険な戦場です。
『スループ船』(自船)
スループ船を横付けした所からスタートです。
全員分のフック付きロープは用意されています。より有効な手段はありえます。
鋼鉄艦までフック付きロープで移動する場合3ターンを要します。
その間、皆さんへ向けて容赦なく機関銃が掃射されます。
『乗り込む鋼鉄艦』(敵船)
甲板は広く、多数の敵が居ます。
イレギュラーズ全員が乗り込んだ場合、スループ船に砲撃を加えてきます。
一人残る等した場合、敵がどんな行動に出るかは不明です。
大砲は下層です。
『他の鋼鉄艦』(敵船)四隻
困ったことに四隻も居ます……
『ガレオン船』(味方船)
鋼鉄艦と砲撃戦をはじめました。
勝利条件には『直接は』関係ありませんが、長い時間が経過すると撃沈します。
『戦列艦』(味方船)二隻
鋼鉄艦に撃ちまくってきます。
一隻あたりの戦力は最も大きいハズです。
勝利条件には『直接は』関係ありませんが、長い時間が経過すると撃沈する可能性があります。
スループ船にあたることは滅多にないでしょうが……しかしこちらの状況は理解出来ているのでしょうか?
●敵
『ゾンメル少佐』(甲板)
艦長です。
HP、回避が高いです。
能力を跳ね上げる瞬付与を駆使し。虚無、喪失、Mアタックで泥仕合を挑んできます。
『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ(甲板)
ステータスは満遍なく高め。若干のファンブルが玉に瑕。
・格闘
・ヴァルキリーレイヴ
・リーガルブレイド
・セイバーストーム(A):物近域、識、流血
『メヴィー兵長』(甲板)
ステータスは満遍なく高め。
二刀流を駆使して戦うトータルファイターです。
『帝国海兵』×14(甲板)
左腕が巨大なガトリングガンになっており、コンバットナイフも持っています。
弱くありませんので注意して下さい。
『帝国海兵』×不明(船内)
左腕が巨大なガトリングガンになっており、コンバットナイフも持っています。
弱くありませんので注意して下さい。
『他』×不明(船内)
能力不明の敵が最大数名予測されます。
帝国海兵の下士官では?
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●重要な備考
<第三次グレイス・ヌレ海戦>ではイレギュラーズ個人毎に特別な『海洋王国事業貢献値』を追加カウントします。
この貢献値は参加関連シナリオの結果、キャラクターの活躍等により変動し、高い数字を持つキャラクターは外洋進出時に役割を受ける場合がある、優先シナリオが設定される可能性がある等、特別な結果を受ける可能性があります。『海洋王国事業貢献値』の状況は特設ページで公開されます。
尚、『海洋王国事業貢献値』のシナリオ追加は今回が最後となります。(別途クエスト・海洋名声ボーナスの最終加算があります)
●優先参加について
鉄帝国主力シナリオにはそれぞれ二枠の優先参加権が付与されています。
選出基準は『海洋王国事業貢献値』上位より、高難易度に付与する、となっています。
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