PandoraPartyProject

シナリオ詳細

スラムに消える悪徳軍人

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●スラム
 ゼシュテル鉄帝国は武を貴ぶ国だ。
 皇帝位すら個人の武力で決まる。
 その武によって無数の困難を乗り越えてきたわけだが、残っている困難もまだ多い。

 押し殺した鳴き声が聞こえる。
 痛みと悲しみを必死に抑えようとしても抑えきれない、通常の倫理観の持ち主なら耐えられない悲痛な声だ。
「五月蠅いぞ」
 無造作に毛布が剥ぎ取られる。
 弱々しく震えていた女性が硬直した。
 ただひたすら身を縮こまらせ、悪意が離れるのを祈っている。
「嬉しいなら笑えよほら」
 げたげたと、品も容赦もない笑い声が響く。
 人を踏みつけ愚弄することに慣れた、外道の声だ。
「俺達軍人が守ってやってるから生きられるんだぜ?」
 精神は腐っていても肉体は逞しい。
 足も胸も太いが脂肪は皆無に近く、無骨な機械の両腕を軽々と振るう。
「ほら、笑え」
 犠牲者が顔を上げる。
 血の気の失せた、元は整っていた顔が必死に笑みを作ろうとする。
 音はなくても、心が壊れる音が確かに響いた。
「ひっでぇ顔だなぁ、おい!」
 心底楽しげに笑って軽く肩を押す。
 薄いマットでは受け止めることは出来ず、打ち付けられた体がゴミのように弾んだ。
 そんなさまを見もせずに外へ出る。
 鼻歌を歌いながら新たな犠牲者を物色。
 目当てのものが見つからず、急速に機嫌が悪くなる。
「旦那、ご機嫌いかがっすか?」
 スラム同然の街並みには不似合いな服の男が、腰を低くして軍人に近づいて来た。
「お陰様で東の地区の地上げも……おっと気が利きませんで」
 決して少なくない金をそっと手渡し。
 両腕機械の軍人は悪びれもせず受け取る。
「それでですね、出来ればこのあたりも……ああもちろん、旦那の女は別の場所に移したり」
 下卑た笑みだ。
 それ以上に、この軍人は下卑て腐り果てている。
「もう一度遊んで終わりにする。その後は好きにしろ」
 人を人とも思わぬ態度で地上げ屋の行いを許容する。
「ありがとうございます!」
「そんなことよりローレットには気をつけろ。軍には手を回しているが奴等は勝手に動く。もっとも……」
 拳に力を込める。
 魂が腐っていても鍛錬を続けた肉体は全盛期を維持し、主の意に従い全力の暴力を繰り出す。
 ただの拳が小屋をひしゃげさせる。細い柱や薄い屋根が散弾じみて飛び散り、隠れていた住民に襲いかかる。
「俺は、負けねぇがな」
 他人の血も涙も悲鳴も、人生を楽しむための調味料としか思っていない。

●悪に対する手段
「このままでは間に合わないのです」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が、深刻な顔で資料を渡してきた。
 場所はゼシュテル鉄帝国、首都スチールグラード。
 そのスラムの一角についての情報が載っている。
 ニュータウン開発計画。
 スラム住民を立ち退かせ再開発を行うことで元スラム住民に雇用と福祉を与えるという大計画が、全くうまくいっていない場所の1つだ。
「放置しても、1月後には問題の軍人は捕まるです。でも」
 1月後には強引で悪質な地上げは完了し、この場所の住人は立ち退き料も新たな住処も職も与えられず放り出されることになる。
 これは暗殺依頼か、と何人かのイレギュラーズが考えたタイミングで驚くほど詳細な地図が渡された。
「だから1ヶ月時間稼ぎをして欲しいのです」
 1ヶ月間防衛しろという意味ではない。
 悪徳軍人、通称『両手ハンマーのベム』に大怪我を負わせ悪質地上げ屋の後ろ盾を無くせばそれで十分だ。
 真っ当な軍人からは嫌われるを通り越して憎まれているので、ベムがスラムに出向いたところを狙えば軍人の護衛も増援もない。
 倒せば、少なくとも今よりはましな形で開発計画が実行される。
 ただこの男、精神は腐りに腐っていても強いのだ。
 両腕の分厚い装甲を盾としても使いこなし、腕を振り回せば障害物ごと犠牲者に大ダメージを与える強者だ。
 足が遅いという欠点はあるが、常日頃から暗殺を警戒して障害物の多い地形を好むので遠方から一方的に射殺すのも難しい。
「狙うならここがお勧め……と言っていたのです」
 ユーリカはベムが頻繁に使う経路を指差す。
 誰が言っていたかは言わないし聞かない。
 ベムを憎む者の情報提供であり、それが露見すれば立場が危うくなる者もいるだろうから。
「多分地上げ屋もいるです」
 法律や慣行で許容されるぎりぎりの地上げ屋ではなく、悪徳軍人と組んで特に酷い違法行為に手を染めた連中だ。
 ベムが消えたら確実に吊されるので、ベムと組んで抵抗するか、逃げ出すはずだ。
「地元の人も援護してくれるです。だから」
 これ以上悲劇が拡大する前に、悪党共を物理的に大人しくさせて欲しい。
 これは、そんな依頼である。

GMコメント

●目的
 悪徳軍人と地上げ屋の打倒。
 生死不問です。生かして捕まえた場合、彼等は二度と悪事を働けません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション(1文字縦横10メートル。現地到着時点の状況。上が北。曇り。無風)
 abcdefghij
1■初■■■■■■初■
2■□□■■■地□□■
3■■□悪□■■□■■
4家□地■□■□地■■
5■□■■□□□■■■
6■初■■■■初■■■

 □=通行可能なスラム。ゴミや小さなテント等が転がっていますが通行可能。
 ■=通行が非常に困難なスラム。地元住民がイレギュラーズの襲撃にあわせてゴミ等で封鎖済。
 家=悪徳軍人の目的地がある家密集地帯。ここだけ避難不十分です。
 悪=通行可能なスラム。悪徳軍人が南西へ移動中。
 地=通行可能なスラム。悪質地上げ屋が周囲を威嚇中。1文字につき4名から7名。
 初=通行可能なスラム。特異運命座標の初期位置。好きな位置を各人が自由に選択可。


●敵
『両手ハンマーのベム』×1体
 だらしなくはだけた軍服と機械の大型腕が目立つ、鉄騎種の悪徳軍人。
 危険な戦場からは離れて長く、勘が鈍っています。具体的にはクリティカルがほぼ0。
 機動力は元々低いです。
 戦闘方法は以下の2つ。
・殴る:物近単にダメージ。威力が高い。
・高速で殴る:物近範にダメージ。流血のBS。ファンブルが高い。

『悪質地上げ屋』×15体
 賞金首になる寸前の男達。
 頑丈な作業着と両手持ちの槌を装備。練度も士気も低く、不利を悟ると逃げだそうとします。
 戦闘方法は以下の2つ。
・振り下ろす:物至単にダメージ。
・振り回す:物近ラにダメージ。

 ベムは地上げ屋を使い捨てようとし、地上げ屋は言い訳程度にベムを援護しようとします。


●他
『住民』×たくさん
 大部分は地図に表示された場所より外に逃げています。
 地図に表示された場所で住民がいるのは、『家』のみです。

  • スラムに消える悪徳軍人完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年12月24日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

七鳥・天十里(p3p001668)
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
湖宝 卵丸(p3p006737)
蒼蘭海賊団団長
鞍馬 征斗(p3p006903)
天京の志士
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
ユースティア・ノート・フィアス(p3p007794)
夢為天鳴

リプレイ

●悪を越えたもの
 足音は軽く、けれど乱れていた。
「よかった。やっと人が見つかった」
 整い過ぎて無機的ですらあった顔がふにゃりと笑い、透き通る様に白い肌に血の気がさす。
「すみません。僕はこの辺りは初めてなのですが」
 『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)が足を止め、乱れた息を整えようとする。
 うっすらと汗が滲んだ美形、しかも育ちの良さと素直さが言動に現れているように見えるセレマは獲物として魅力的過ぎた。
「はは、それは大変だ」
 地上げ屋の中で悪質な部類である男達が、金銭欲と情欲にまみれた視線を向けてくる。
 手に持つ槌は威圧的で、美少年が気付いて怯えるのを見て楽しげに歯を剥き出しにした。
「な、仲間とはぐれて迷ったらこんなところに来てしまって……」
 セレマが怯えたふりをする。
 男達は慣れた連携で退路を断つ。
「ああ! あんなところにいた! おーい!」
 セレマの声は、安堵と助けを希求する思いが渾然一体となった声に聞こえる。
 別の獲物もいるのかと考えながら、賊達はセレマが振り返り呼びかけた方向へ向いてしまった。
 冷たく静かな殺意が背中に触れる。
 賊4人のうち2人が振り返ろうとしたが既に遅い。
「凍り」
 『天京の志士』鞍馬 征斗(p3p006903)の意に従い、氷の槍が賊を囲む形で土が剥き出しの地面に刺さる。
「爆ぜよ」
 儚くも凜と凜とした声に導かれて新たな風が巻き起こり、氷を砕いて無数の鋭利な刃として賊の服と皮膚を削る。
「敵ぃっ?」
 賞金首も同然の男達が騒ぎ出す。
 興奮して槌を振り回し、同僚の腕に当ててしまう者までいた。
「君達の敵だ。まったく、鉄帝の暗部ってこういうもんなのかな……」
 犠牲者の血と涙の中から金を拾い集める生き方が、男達の顔に現れている。
「とはいえ、依頼が回って来ただけマシだと考えよう」
 細刀【血英-曼殊沙華-】を鞘から抜く。
 鈍い紅の刀身が、極寒の殺意をまとい賊達の目に焼き付いた。
「出来る事をさせて貰おう………生死は問わず、だしね」
「っ、そっちのガキを人質にっ」
 返事は悲鳴で行われた。
「改めて自己紹介するよ」
 美麗な声には似合わぬふてぶてしい表情が、セレマの顔に浮かんでいる。
 炎の直撃を浴びた賊が1人、顔を押さえてセレマの足下でのたうっている。
「ボクは美少年、そしてイレギュラーズのセレマさ」
 征斗にウィンクをしようとして、物理的な気配と霊的な気配から征斗の性別に気付く。
「は? 君、男なの? 女じゃなく? うっわマジかよやる気失くす。いっそこっちにつこうかなー?」
 自由というより放逸そのものな言動に、賊の脳味噌が理解を拒否して混乱状態に陥る。
 ちょっと、クズ過ぎた。
「凄い話術だ。話術……だよね?」
 刃を構えたまま征斗が別の術を行使する。
 呪いを含んだ霧が静かに広がり、凍傷を受けた体に毒を浴びせ呪いを重ねる。
 1つ1つでも十分痛い状態異常が征斗の狙い通りに重なり合い高め合い、賊の内臓深くまで大きなダメージを与えた。
「うわエグい」
「セレマさんはどっちの味方っ?」
 状況を理解し激怒した賊を眺め、セレマは向かって来た賊に対して容赦のない爆発を浴びせる。
「ボク自身の味方さ」
 賊の悲鳴を至近で聞いても哀れみすらしない。
「悪いね。彼もそうだが僕もなぜか機嫌が悪いらしい。必要以上に苦しめてしまったかな?」
 熱すぎる炎のように冷たくも鮮やか感じられる笑みを向けてから、征斗と共に次の戦場へ向かった。

●地上げ屋の最期
 『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が音も無く着地した時点で分かりそうなものなのに、賊達は目の前の脅威を脅威として認識出来なかった。
「なんだこの女」
「買い取って欲しいのかァ?」
 へらへらと笑いながら、我欲にのみ染まった瞳で汰磨羈の肢体を凝視する。
「止まれ。料金未納の者達を通すわけにはいかぬ」
 穏やかな声が響く。
 だがそこに込められた威は相当なもので、賊の足が賊の意に反して止まる。
 不用意に近づけば首を斬り飛ばされると本能が警告したのだ。
「はァ?」
「とぼけるなよ。あるだろう? 悪事を働き続ける事で、溜めに溜めた"ツケ"が」
 汰磨羈の瞳はどこまで冷たく、賊の辿る末路をこれ以上無くはっきりと明示する。
「こいつ、イレギュラーズか!」
「一斉にかかっ」
 足首が蹴り飛ばされ、ふくらはぎが足先で凹まされ、鼠径部を美しい爪先が掠めた。
 最初の2人は痛みに耐えることが出来たが、最後の1人は悶絶してハンマーを支えに体を震わせる。
「速いね。追い付くのも大変だよ」
 腕と背中の力で地面を押して跳躍。
 『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は両足から着地し揺れすらしない。
「こっちは7人もいるんだ。囲んでやっちまえ!」
「へへっ、どっちも美味そうだ」
 ハンマーを手ににやつく賊共に、ミルヴィは心底呆れた視線を向ける。
 ケチな連中だ。
 それでいて撒き散らした被害は非常に大きい。
 殺しても喜ばれて安堵されることはあっても悲しまれることはないだろうが、死という安易な逃げ道を与える必要もない。
「さーて! 今日もいつも通り気張っていくよっ!」
 誰も殺さず解決する。
 ミルヴィには己の道を貫くため軽やかに駆け出した。
「頭と腹には当てンなよォ」
 ハンマーが力任せに振るわれ、いくつかから賊の体を掠める。
 それでも大部分はミルヴィに向かうが彼女の方が速くて早い。
「ねこ武者さんに構う余裕があるのかな?」
 引き締まった手足が優雅に舞い、紫の瞳が濁った心を覗き込む。
 制御されず肥大した欲がさらに表へ引きずり出され、怒りとも喜びともつかぬものと化してミルヴィ1人に惹きつけられる。
「ここはこれで良し」
 賊の前進とタイミングを合わせて汰磨羈が踏み込み己の膝を賊の腹にめり込ませる。
 人の気配から離れる方向へ賊が吹き飛ぶ。
 それを追うように前へ出て、次に民家に近い賊を切り捨てる。
「問題は……」
 遠くに見える大きな背中から力量を測る。
 敵の頭は、相当な強者のようだった。
 クリティカルヒットだ。
 凡人が10年訓練して数度出来れば上出来という一撃を、威力はあっても扱い辛いハンマーで成功させた。
「ごきげんよう。自分はイレギュラーズのエッダ・フロールリジであります」
 強固な腕装甲は直撃を受けたにも関わらず微かな凹みすらない。
 ばらばらに追撃した同僚のハンマーなど、籠手か生身か分からぬ金属の指ではたかれ最高速に達する前に叩き落とされる。
「それでは、さようなら」
 『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)の小さな体から大きな力が生み出される。
 体のパーツを正確に操り力を増幅させ、踏み込んで突き出す拳に全ての力を集中させる。
「こっ」
 鉄帝国らしい鋼の拳が、腹の奥までめり込んだ。
 悲鳴とも痙攣ともつかぬ音と胃液を吐き出し、震える手で槌を振り回す。
 だがクリティカルヒットは二度も起きない。
 エッダは半歩横に歩くだけで無様な一撃を躱し、隙だらけの脇に止めの一撃を突き刺した。
「掛かれ希望の虹……」
 そのかけ声は鮮やか過ぎて、血で血で洗う戦場を舞台のようにも感じさせる。
 エッダの鮮烈な登場と攻防に圧倒された賊達は、『蒼蘭海賊団団長』湖宝 卵丸(p3p006737)の脅威に気づけない。
「必殺、蒼・海・斬!」
 相手は警戒していない。
 しかも死角からの全力攻撃。
 さらに実体の剣から煌めく虹の如きな空飛ぶ斬撃を繰り出す必殺技だ。
 最初の1人が斬れてはいけない所まで切り裂かれ、次の1人の背中にぱくりと傷口が開く。
「テメェッ」
 賊が激高する。
 筋肉で肩が隆起し、ハンマーが掬い上げるように振るわれ卵丸に向かう。
 卵丸が静かに息を吐く。
 微かに前傾するだけで槌の進路から外れる。
 ハンマーが巻き起こした風が、船長装束を微かに揺らしていた。
「何モンだァッ」
「聞かないと分からないのか」
 賊が己の所行に自覚がないのに気付き、卵丸の眉間に皺が寄る。
「アァ!?」
 賊は仲間を庇いもしない。
 だから、ハンマーを躱しながら重傷の巨漢の腹を死なない程度に蹴り上げるのは簡単だった。
「悪事の罪は、死んだだけで償える物じゃないと思うんだぞっ」
 被害者の血を吸い育った巨体が地面で跳ね返る。
 怯んだ残りに卵丸とエッダが逆方向から距離を詰め、ほとんど反撃も許さず制圧を終えた。
「元気な敵は1人だけだ。急ごう」
 戦場の混乱の中でも明瞭に分かるほど、悪徳軍人の発する気配と音は巨大だった。

●ベム
 死が拳の形をしていた。
 腕は大ぶり、足捌きも甘く、けれど巨体と太い筋による高速は欠点全てを補ってしまう。
「っ」
 『夢幻の旅人』ユースティア・ノート・フィアス(p3p007794)が左右の剣で大きな拳を受け流す。
 掌が振動で震え、手首から肩にかけて鈍い痛みが残った。
「嬢ちゃん近づき過ぎだぜェ」
 戦場で両手ハンマーと呼ばれた男が嘲弄する。
 人を踏みにじることを楽しめる人格が、顔だけで無く気配にも現れている。
 ユースティアの瞳は揺れず、冬の大気を思わせる冷たさでベムを映す。
「あなたはどこまで……」
 無辜の人々の涙と嘆きが容易に想像出来る。
 だからここは通せない。
 禍々しい気配に接しても影響はされず、微かな隙を精度の増した刃でこじ開けベムの肌にまで届かせる。
「私はただ、断ち切るだけ。澱み、悪意に満ちたものを、この手で」
 男が笑う。
 胸の傷から垂れた血を指で拭って弾き、やれるものならやって見ろと勝利を確信したままただ嗤う。
「ほッ」
 首の太い筋が強引に頭の位置を変える。
 研ぎ澄まされた殺意と銃弾が、頭蓋ではなく肩の装甲に当たって小さな凹みを残す。
「典型的な落ちぶれ軍人っていうか……その腕でどこからここまで落ちぶれて来たんだか」
 両手の拳銃でそれぞれ精密に狙いをつけながら、『ガンスリンガー』七鳥・天十里(p3p001668)が不敵に微笑んだ。
「散々好き勝手してきたみたいだし、因果応報を味わってもらうよ」
 視線は交わさずお互いに気配を読んで、ユースティアの剣と同じ時間に着弾するように引き金を引く。
「そんなセリフは何度も聞いたぜ。いつも最期は俺の下で泣きわめいていたがよォ」
 意図して防御したように見えないのに、斬撃と銃撃が両腕の装甲で火花を散らす。
「まずはテメェだ」
 大きな拳が住民の住処の残骸に当たって残骸を散弾に変える。
 天十里は軽く跳ね、何もないはずの宙を強く蹴り散弾の範囲から抜け出る。
「さあ、悪者退治といこう!」
 魔弾が紫影のルーンを纏い、分厚い胸板に薄らとめり込んだ。
「螺旋を描け、無尽の刃……逃がさない!」
 声とは別の方向に微かな殺意が生じる。
 ベムの腕が本人の思考より早く跳ね上がって、無色無音の斬撃を迎撃する。
 だが征斗の神秘の斬撃は装甲を貫通する。
「この種の技か。面倒なッ」
 ベムは背後にも注意を向けざるを得なくなり、正面にいるユースティア達への圧力がわずかに緩む。
「うへ、筋肉達磨が来るよ」
 セレマが即座に防御重視に切り替えた直後、スラムの地形を文字通り踏みつぶして巨腕の軍人が突進した。
「全部纏めて食い尽くしてやらァ」
 予想被害範囲の中には、未だに激しく戦う地上げ屋達が含まれている。
「旦那、どうし」
 脅しが専門の賊はイレギュラーほど頑丈ではない。
 曲がってはいけない箇所が曲がり、潰れてはいけない部位が潰れて苦しみの中息絶える。
「賊の末路はこんなもの。とはいえ」
 汰磨羈が大きく横に跳ぶ。
 追撃のハンマーパンチが街路に小穴を開け無数の小石を撒き散らす。
「テメェ等白兵主体だな。なら俺の勝ちだ武器捨てて服脱げやァ!」
 1人か2人挽肉にするつもりで、渾身の大ぶりパンチを繰り出した。
「失礼いたします」
 拳が何か重いものに押し退けられる。
 狙った場所から1メートル離れた地面が抉れて小さな土煙が発生する。
「アァ? メイドォ?」
 腐れ軍人の進路を防ぎながら、エッダは完璧な礼をする。
「自分はゼシュテルの騎士、エッダ・フロールリジであります」
 姿勢は例として完璧でも蒼い瞳にあるのは汚物を見下ろすそれだ。
「騎士として……以前に、鉄帝の鉄騎として、かかる病巣は取り除くべし」
「テメェ……」
 ベムの声が低くなる。
 武人としても人間としても認識されていないことに気付いたのだ。
「――お覚悟なさいませ。自分は、その傲慢を叩き潰す者であります」
 悪徳軍人が吼え、エッダが静かに構え、動と静の対照的な予備動作から必殺の拳が放たれる。
 衝突する拳と拳の間に激しい火花が生じ、互いの腕装甲の表面を焼いた。
 ユースティアが乱れる息を抑え、痛みを受け入れた上で体の隅々まで制御し機会を待つ。
「軍人は国民守るのが仕事だろが! 寝ぼけてんじゃないよっ!」
 エッダを最初に落とすつもりの巨漢軍人に、エルヴィが舞いからの刺突を、そして魔力や魂的なもののみを狙った斬撃を繰り出した。
「このっ、程度でッ」
 魂は腐り落ちる寸前でも長い間戦場で生き延びた強者だ。
 根性だけで状態異常の過半をはね除け、エルヴィもエッダもまとめて殴り潰そうとする。
「其の悪意を」
 元妖刀がユースティアの魂を啜り冷え冷えとした力を蓄え、機械の剣が爆発の準備を終えた。
「断ち切ります」
 一撃で決めるつもりで思い切り良く踏む。
 込みベムの左脇を2剣で挟みこむ形で、爆発させた。
「ガァッ!」
 極めつけの深手だ。
 だが殺すには足りない。
 脇腹から血と別の何かをはみ出させながら、巨大な手の甲がユースティアの顔面に迫る。
「必ず援護するって信頼がちょっと重いかもっ」
 天十里の魂が肉体を凌駕する。
 膨大な力を銃と銃弾に込めても力が余り、豊かな黒髪の先を炎の如く変えてしまう。
「ま、とりあえず……あんたは黙ってろ!」
 銃口から伸びるのは銃弾というより飛び抜けて長い槍状の力場だ。
 ベムの肩腕を肘から肩までを抉り、ハンマーパンチの軌道を変えさせユースティアの足下から1メートルの地点に空振りさせた。
 ユースティアが後ろに飛び退き瓦礫の山に着地し衝撃で呻く。
 彼女が予測していた通りに、瓦礫が彼女と悪徳軍人を引き離す形で崩れて広がる。
「逃がしたか。ならテメェからッ」
 生き延びるためには片手で脇と内臓を抑えるしかなく、ベムが血走った目で天十里を睨み付ける。
「ははっ、出来るものなら、ってあぶなっ」
 ベムは腕一本で大地を殴り、小さな津波で以て天十里を襲う。
 天十里は器用に二段ジャンプを繰り返して直撃を避け銃弾を浴びせるが、2つや4つ穴を増やしても呆れるほど頑丈な軍人にとっての致命傷にならない。
「ちょっとこれは、スリル多過ぎかな」
 卵丸がジェットパックを止めて大きな瓦礫の山に着地する。
 戦闘中に飛び降りるのは危険な高さと乱雑さだが、このくらいしないとベムの隙はつけないだろう。
「蒼蘭海賊団団長、卵丸も助太刀に加わる!」
 セリフの途中で瓦礫を蹴って向きを変更。
 受け身をとれるかどうか心配になる速度に、斬撃による速度をのせてベムを唐竹割りにするつもりで振り下ろす。
 ベムの防御は間に合った。
 が、天十里に抉られた腕では本来の防御力は発揮出来ず、装甲も肉も骨も断たれて上腕の半ばから斬り飛ばされる。卵丸は危なげなく着地し包囲網に加わる。
「頑丈だな」
 汰磨羈は味方への治癒術高速連続行使による疲れを感じながら、無傷の体で至近戦を挑む。
「オォ!!」
 ベムが残った手で大地を連打する。
 攻撃している間は攻撃されないと、現実逃避で思考してひたすら殴る。
「過去の鍛錬の成果か」
 汰磨羈も無傷では済まない。
 30秒この場に留まれば最低でも重傷だ。
「だが」
 この程度ではな。
 囁くような声で呟き、味方の攻撃に紛れてベムの足指に力がかかったタイミングを待って、膨大な霊力を込めた足で踏み抜く。
 大地と足裏で挟まれた骨が砕け、ベムの体が防御のため踏ん張ることが出来なくなる。
「ああ、言い忘れていたが……"生死不問"だそうだ。この意味、分かるな?」
 事実のみを告げる言葉が毒のように染み渡り、心技体のバランスが完全に崩れた。
「女共がぁッ」
「目も耳も鼻も全部曇っているんだね」
 ファミリアーを通して見た人々を思い出し、征斗が己の唇を噛む。
「これで解決はしないけど、これ以上悪くしない為の一手……だよね」
 呪毒の霧でベムを包み込む。
 消耗しきった体に良く染みこんだ。
「まだだッ」
 小さな拳が心臓の上の肌に当てられる。
 神秘では無く合理の技術がエッダの力を拳に集める。
「やめッ」
 肋骨が押し砕かれ、破片が心臓を切り裂き、悪行を重ねた男に短くも激しい苦痛を与えて終わらせた。

●消えた軍人
「後は任せてください」
 穏やかな目をした軍人が、ベムの死体を酒の飲み過ぎで死んだ死体として引き取った。
「まあ、上上の結果かな」
 エルヴィが伸びをする。
 生き残った賊は過酷な重労働を科され、その利益のいくらかは被害者に渡される。
「……うん、行くか!」
 すべきことは無数にある。
 足を止めることがあるとしても、きっとまだまだずっと先のことだ。

成否

成功

MVP

エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト

状態異常

なし

あとがき

激戦でした。

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