PandoraPartyProject

シナリオ詳細

約束・皮肉な運命

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●囚人番号471
『僕に何かあったら、彼女を頼むよ――』

 友との約束を果たすために、ローザミスティカの手を通じてローレットに依頼を出す。
 それは正しいことなのか、と自問自答する。
 自分の人生はもう、終わりから数えたほうが早い。あと二十年、いや、せいぜい十年生きられればいいほうだろう。
 いまさら……小島、通称『監獄島』に送られる以前の、友の死とともに遠い過去に置いてきた約束を、他人の手を借りて果たしたところで、誰が喜ぶというのか。
 右腕を伸ばし、冷たく湿った石壁に手をついた。
 誰のためでもない、自分自身のためだ。悔いだらけの人生だった。これ以上、後悔したくない。

●ローレットにて
 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は、長年使い込まれて端の擦り切れた皮手帳を閉じた。
「殺しのターゲットは、実の母親殺しを企てている青年貴族だ。名前はアルフォンソ・パウエル=ソフエル」
 ソフエル家は反フィッツバルディ派で知られている貴族だ。現当主のハロルド・ジェフ・=ソフエルはかなりの高齢で、もう長くはないと噂されている。もってあと二、三日。没すれば、長男であるアルフォンソが家督を継ぐことになるが……。
 いま、ソフエル一族の間で、人気者の次男を次期当主に担ぎ上げようとする動きが高まっているらしい。
「カリスマがあっても次男は妾の子、養子だ。順当にいけば、次期当主はアルフォンソだろう」
 人気のあるなしは問題にならない。領民に嫌われていようとも、親戚筋の受けが悪かろうとも、長男であれば家督を継げる。
「しかし、ここに不都合な真実がある。アルフォンソはソフエル夫人の『愛人の子』なんだ。それを知る者は少ない。アルフォンソ自身も偶然、母親の告白を耳にするまで知らなかった」
 ソフエル夫人は死の床につく夫に、長年胸に隠してきた秘密を暴露した。アルフォンソは、フィッツバルディ派のテロリストだった愛人の子だと。
 夫人は好きでもない年上の男に無理やり嫁がされた腹いせに、仮面舞踏会で知り合った同年代の若い下級貴族と逢瀬を重ねる。相手がフィッツバルディ派のテロリストだと知るころには恋に落ちており、アルフォンソを妊娠していた。
 クルールは椅子の背に体を預け、腕を組んだ。
「夫人は夫を殺害し、若い下級貴族と駆け落ちする計画を立てて実行するが失敗。愛人は逃走中に死亡、テロ仲間……友人は捕まって監獄島に送られている。それ以来、夫人は夫への憎悪をひた隠し、従順な妻を装って生きてきた」
 ちなみに、ソフエルはテロで負った火傷が元で、左半身が酷いケロイドに覆われている。メイドの一人がアルフォンソの弟を身ごもるまで、子が作れない体だと思われていた。
 テーブルを囲むイレギュラーズの一人が、倦んだ声で呟く。
「……死にかけの旦那に、テロの手引きしたのは自分で、息子はあんたを狙ったテロリストの子だって告白した。それを偶然、聞いて知った息子が、弟に追い落されないよう母親を殺して口を塞ごうとしている」
「その通り」
「つまり――クソだな。母親を殺そうとしている息子も、息子を殺そうとしている母親も」
 慌てなさんな、とクルールが手をあげる。
「依頼人は『監獄島』の囚人、アルフォンソの……本当の父親の友人だ。監獄島を実質仕切っているローザミスティカの仲介で、ローレットに依頼が入った。夫人に息子を殺す気はさらさらない」
 ある日。依頼人である監獄島の囚人471番にソフエル夫人からの手紙が届いた。二人は長年に渡り、密かに連絡を取りあっていたらしい。もちろん、夫人は偽名で囚人471番に手紙を出している。逆もまた然り。
「夫人は、息子に毒殺されかけたことを囚人471番に手紙で伝えている。息子が犯人である証拠はないが、状況……なにより自分に向けられる冷たい目に強い殺意を感じる。どうか貴方も気をつけて、と」
 監獄島にまで手を伸ばせるとは思えないが、母親まで殺そうという男だ。もしかしたら、と夫人は考え、囚人471番に手紙を出したのかもしれない。
「夫人は毒殺されかかったあと、人里離れた山奥に隠遁した。愛する息子に母親殺しの大罪を犯させないようにな。それでも、アルフォンソは母親を殺しに行く。依頼人の恐れは現実のものとなるだろう」
「どうしてそんなことが分かる?」
「オレが事前に調査した。アルフォンソが近々シカ狩りを計画している。母親が隠遁した山奥の別荘のすぐ近くで。なのに、夫人は何も知らされていない。となれば……ピンとくるだろ?」
 クルールはテーブルの上に金の詰まった袋を積み上げた。普段よりも量が多い。
「口止め、および慰謝料だ。お前たちに悪党になってもらう。山賊の仕業にみせかけて、鹿狩りの仲間ともどもアルフォンソを殺してくれ。くれぐれも夫人には依頼人の指示だと気づかれないように。頼むぜ」
 息子の死を夫人は嘆くだろう。だが、息子の名誉は守られる。家督は妾の子であるアルフォンソの弟が継ぐが、夫人は安泰だ。
「お前たちは金を手にし、依頼人は『約束』を果たせる。それに……」
 立ちあがるイレギュラーズたちを見上げ、クルールは口の端を歪めた。
「ローザミスティカの叔父さまは、なんであれ反フィッツバルディ派が一つでも滅びれば喜ぶだろうよ」

GMコメント

●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想(レガド・イルシオン)』における悪名が増加します。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●成功条件
・アルフォンソ・パウエル=ソフエルと鹿狩りのメンバー全員の殺害。
・ソフエル夫人の生存(夫人は多少怪我をさせてもOK。使用人の生死は不問)。
・ソフエル夫人に『息子は山賊に殺された』と思わせること。

●場所と時間
・人里離れた、冬の山奥。
鹿狩りのフィールドから少し上がったところに小さな別荘があります。
・昼。
薄曇り。かなり冷えますが、雪はまだ降っていません。
別荘まわりには枯葉が積もっています。
空気がとても乾燥しています。

●メインターゲット
・アルフォンソ・パウエル=ソフエル。人間種。年齢は40歳。
野心家。かなりひねくれた性格をしています。
自分がハウエル家の血を引いていないと知り、真実を闇に葬り去ろうとしています。
召使たちや周りの友人(貴族の子弟)よりも、いい恰好をしています。
ひとりだけ白馬に乗っています。

武器はライフルと両刃剣です。
クラスは『ブリッツクリーク』です。
【騎乗戦闘】【リッターブリッツ】【アクセルビート】を活性化。
 
●サブターゲット
・貴族の子弟……2名、人間種。
アルフォンソの取り巻きです。
栗毛の馬に乗っています。
ロングボウと狩猟ナイフで武装しています。
2人ともクラスは『シューター』です。
【精密射撃】【曲芸射撃】を活性化。

・召使たち……6名。人間種。
アルフォンソと貴族の子弟にそれぞれ二人ずつ付き添っています。
徒歩です。
武器の所持はなし。
全員クラスは『アコライト』です。
【キュアイービル】【ライトヒール】を活性化。

●その他の敵
よく訓練された猟犬……6頭。
噛みついたら命令があるまで得物を離しません。
主人たちに対する強い忠誠心をもっており、【動物疎通】だけでは説得できないでしょう。

●ソフエル夫人と使用人。
アルフォンソの母親。山奥の別荘を借りて、三人の使用人と暮らしています。
夫人はスキルを持っていませんが、別荘からライフルを持ちだして山賊(イレギュラーズ)を売ってくる可能性があります。
使用人たちは、【調理】などの非戦スキルのみ所持しています。

●山奥の小さな別荘。
一見、山小屋風。
一階と二階に暖炉があります。
裏に井戸があります。
周りに他の家はありません。
ライフルの他、薪割のための斧、調理のための包丁があります。
割った薪を縛るための荒縄があるので、ロープを用意する必要はありません。

●その他
イレギュラーズには予め、『山賊』になりきって、山中に待機してもらいます。
『山賊』らしくとことん悪の限りを尽くしましょう。
ソフエル夫人さえ生存していれば、あとは何をしてもOKです。
あとは……。
不自然にならないように、夫人を生かしたまま引きあげましょう。

  • 約束・皮肉な運命完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年12月31日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
メリンダ・ビーチャム(p3p001496)
瞑目する修道女
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
シラス(p3p004421)
超える者
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者

リプレイ


 派手な排の紅葉はすでに終わったが、栗色に輝く雑木の山並が美しい。奥へ分け入るにつれて木々は色を落とし、威厳を湛えたまましっとりと冷たい空気に溶け込んでいく。粛然として立つ姿はまるで修道士のようだ。
 『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は頭をたれた。
 いまは灰色の枯葉も、これから流される血と涙をすべて受け止めて、愚かしくも悲しき人間模様に染まる。罪深きは――。
 低く長い鳥の鳴き声が、枝に裂かれた冬の薄日を揺らした。
はっとして顔を引き上げる。
(「おっと、いけねぇ」)
 山を登るうちに、どうやら酒が抜けてしまったらしい。体を震わせて残っていた哀愁を落とし、帰ったら浴びるほど飲むか、と小さく呟やいた。
 葉が割れる小さな音を耳にして振り返ると、口角をあげた『瞑目する修道女』メリンダ・ビーチャム(p3p001496)と目があった。指で頬をひとかきして視線を横へ流す。細い肩の後ろに斜面を登ってくる仲間たちの姿が見えた。
「何を考えていたの、マイエンジェル?」
「別に。なんでもねぇ。あ、いや、山賊っつったら、やはり本業のおれさま抜きに語れねえな……ってな」
 メリンダは含みを持たせた微笑みをグドルフに向けた。
「ええ、そうね。グドルフさんが居るだけで説得力が増すわ。でも、神父と修道女、殺されてゾンビになった信徒たちが生き血を求めて……そんなホラー仕立てにしても面白かったかもね」
「確かに面白れぇが、説得力がなさすぎる。ゾンビじゃ金も盗れねぇしな」
 グドルフはニカッと笑った。
 ゴブリンとエルフから巻き上げた金はとっくに使い果たした。ヤツらと一緒に自分を置き去りにした『こそどろ』エマ(p3p000257)からも金を取ったが、そっちは少額だ。なんといってもヤツらに巻き込まれただけなのだし。
「にひひ……私も臨時収入は大歓迎ですよ」
 噂をすればなんとやら。肩で息をするエマがメリンダの横に立つ。
「やっと追いつきました……。メリンダさん、意外と健脚ですね。ひひひ……。ところで、あれが例の山小屋でしょうか。性悪息子の母親がひきこもるという」
 エマが指を指した遠い先に、質素な山小屋がぽつりと立っていた。山小屋というには少しばかりでかいが、貴族の別荘にしては粗末だ。もっとも、中は豪華に飾り立てられているかもしれないが。
(「そうだ、別荘にある金目の品も頂きましょう」)
 エマは細く笑んだ。
 何かと金が入用になるこの季節、誠にありがたい依頼である。
「あ~あ。焼き甲斐がありそうなのに……」
 『こげねこ』クーア・ミューゼル(p3p003529)は、ちょっぴり毛先が焦げた猫耳を伏せた。
 放火魔の本能に蓋をして、炎による浄化の『おすそわけ』ができないのは至極残念だ。
「ひとの末路は焔によるものであるべし、というのが私の信条ですが、今回は相手が相手なのであまり拘らない方向で。うっかり夫人が死んだら洒落にならないです」
 はあ、とため息とともに落とした肩を、後ろから『瓦礫の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)にどやしつけられる。
「そうしな。夫人は殺さねーよー注意だからな」
 ことほぎは胸の谷間から、変身魔法杖シュレーディンガーⅢ型を取りだした。
「今日からキミも魔法少女☆」、なーんて台詞は恥ずかしくて声に出さないが、くるりと杖を回して先から星形の煌めくスパンコールを放出し、銀のカーテンの後ろに隠れる。
 カーテンが落ちると、ことほぎは熊の毛皮を纏った女山賊の姿になっていた。
「どうよ? オレ、イケてるだろ?」
「うん、バッチリだよ。いえーい、山賊だー」
 『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)とことほぎがハイタッチする。
「略奪するぞー!」
「おー!」
 はしゃぐふたりを見ながら、『ラド・バウD級闘士』シラス(p3p004421)はため息をついた。
(「山賊というよりは蛮族、秋奈は場違いなサンタクロース……だな。そう言う俺も人の事を言えた成りじゃないけど」)
 山賊らしい衣裳で、と聞いて、シラスはなにも思い浮かばなかった。とりあえず、頭を務めるプロ山賊の姿を真似てみたのだが……。
 寒い。とにかく寒い。裸の上半身になめし皮のベストなんて格好、冬の、それも山奥でするもんじゃない。
 半ば八つ当たりで浮かれる仲間に釘を指す。
「略奪の前にやるべきことはきっちりやらないとね。わかってる、そこの二人?」
 もちろん、と秋奈が腰に手をあてて振り返る。
「鹿さん狩りのフリしてやってくる貴族のバカ息子をぶちのめすよ。夫人さんが可愛そうだけど……戦いの中にしか、私の存在する場はないから、これもコラテラルダメージというものよ」
 すぞぞ、と白ムカデ足をうごめかして、『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)がゆるい斜面をのぼってきた。
「まぁた貴族絡みですかー……しかし、始末許可があるのでしたらいいでしょー。私の……じゃなくて、イーゼラー……様のため、良き脚……ではなく、穢れた魂を捧げられますからねー」
 棒読みのセリフにうっすら狂気を滲ませて、ピリムはピジョンブラッドの瞳を細めた。
 金もクズどもの命も興味がない。良き脚があれば、他になにも……いや、報酬は当然の権利としてきっちり頂くが。
「おい、お喋りはそこまでにしろ。隠れるぞ」
 すっかりいつもの調子を取り戻した山賊頭の号令を受けて、イレギュラーズはそれぞれ木々の間に身を潜めた。


「ゲハハハッ、山賊グドルフさまのご登場だぜえ! オウ、こりゃまた随分といい身なりだねェ……さぞかし、たんまりとカネを隠し持ってるんだろうなあ!」
 名乗りをあげた『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)に続き、イレギュラーズたちは身を潜めていた場所から一斉に飛び出した。
「身なりからして貴族様か? ゾロゾロ引き連れて良い身分じゃねーか!」、とことほぎ。
 四方を取り囲んだ山賊――イレギュラーズたちから、焼けつくような欲望と刺すような殺気が鹿狩りの一行に放たれる。
「さ、山賊だと!?」
 メリンダは慈愛に満ちたまなざしを白馬にまたがる男に向けた。
「その通り、山賊。そこの山小屋を襲う直前にあなたたちがやってきた……というわけよ。運が悪かったわね。お金も命も、諦めてちょうだいな」
「なんと。それは……神の思し召しか? くふふ、ちょうどいい。お前たちに全部、罪を――!?」
 グドルフが動いた。
「なにをごちゃごちゃ言ってやがる!」
 大きく踏み込みながら、問答無用とばかりに山賊の剣を横に薙ぐ。分厚い刃が白馬の胸を払い、血しぶきが赤い幕のように広がった。返り血を浴びるまま、残心をくれる。
「おう、野郎ども。さっさと片付けるぞ」
 シラスとことほぎが同時に魔弾を放ち、白馬の左右にいた栗毛の馬の太ももを撃ちぬく。
 ショックを受けた馬たちは、いななきながら竿立ちになった。
 斜面でバランスを崩して倒れる馬の背から、つぎつぎと着飾った男たちが転げ落ちる。
「身なりからして貴族様か? ゾロゾロ引き連れて良い身分じゃねーか!」
 血に酔ったような芝居かかった声でいうと、ことほぎは呪われし剣を引き抜いて駆けだした。
 落馬した男たちが次々と立ちあがり、武器を手に取る。
「行け、ご主人さまたちをお守りしろっ」
 主人らの狩りに付き添ってきた使用人が、狂ったように吼える猟犬たちの手綱を離した。回復呪文を唱えて、主人たちのダメージを癒しにかかる。
「ゲハハ、このおれさまに逆らおうって言うのか。いい根性だ」
 赤だるまと化したグドルフは、従者たちを無視して、牙をむく猟犬たちのほうへ悠然と歩みだした。のしのしという足音が聞こえそうだ。
 血まみれの迫力に飲み込まれて、犬たちが腰を低くする。
 クーアは後ろから駆け寄ると、尻尾を巻く股間に猫キックをお見舞いした。
「焔以外で命を奪う趣味はそれほどないのです! ……たぶん」
 ギャン、と甲高い声があがる。犬は口から泡を吹き、枯葉の上に横倒れになった。
「さて、次はどれにしようかな?」
 クーアに目を向けられた犬が、キャンと小さく鳴いて後ずさる。
「きーめた。次は……おまえの番なのです!」
 あはは、と笑い、逃げる犬を追いかけるクーアの目の中には、火をつけるときとはまた違った別の狂気が渦巻いていた。
 馬と犬の鳴き声、飛び交う怒声。刃と刃がぶつかりあう音が山間に木霊する。
「おらー、山賊ですよー。さっさと脚ィ……じゃなくて金品出しやがれってんですよー」
 遠くでドアが強く閉められた音がしたが、ピリムがあげた真っ平らな声にかき消された。やる気があるのかないのか、無表情で両刃のサーベルを振り回し、狙い定めた脚、じゃなく従者に突進していく。
「獲物はー、みなさんに差し上げますよー」
 ほのかに光る赤暗い目は、枯葉を蹴り散らして走る脚しか見えていないようだ。
 すべての音を制して、肉に矢が刺さる鈍くも禍々しい音がはっきりと響いた。
 矢の根元に吸い寄せられるように、ピリムを除く山賊たちの視線がメリンダへ集まる。
「ふふ、この程度……問題ないわ。私に構わず続けて」
 メリンダは矢を放った男に微笑みかけながら、胸に刺さった矢を引き抜いた。ビュッと赤い血が吹きだしたのも一瞬のこと。男の顔に赤い筋を描いたあと、胸の傷は驚異的な速度で塞がった。
 男の顔がみるみるうちに恐怖で引きつる。
「あっははは! 狩りは十分に楽しんだかしら? 今度は貴方達が獲物になる番よ!」
 メリンダが手にした鎖の先に付くトゲつきの鉄球が、ゆらりゆらりと左右に揺れ始めた。
 背を向けて逃げ出した男の先で、剣を構えたことほぎがまっていた。
 たたらを踏んで立ち止まったところへ、頭に鉄球が振り下される。
 ぐしゃりと頭蓋骨がくだける鈍い音を聞いてから、ことほぎはゆっくりと体を回した。
「残念だったな。アンタの主人は頭を潰されちまった。いまさら回復したところで……無理だと思うけど?」
 口をわななかせる従者向けて、まっすぐ腕を突きだした。従者のみぞおちに刃が吸い込まれる。
 剣を引くと、白眼を向いた従者が枯葉の上に突っ伏した。
「ふひ、ふひひひ」
 巻き毛の男は胸の前で手を合わせ、追従笑いを浮かべた。さっきまで狂ったように振り回していた狩猟ナイフは今、落ち葉の下に沈んでいる。
「な、なにが、何が欲しい? の、の、望ものはすべてやる。だから! だから、なあ、助けてくれ」
 その卑屈にも見える笑顔を目に焼き付けて、エマは隼の名を冠する短刀を振り上げた。
「そうですか、それでは遠慮なく。命と金目の物と馬の肉をいただきですッ! えひゃーひゃひゃ――」
 巻き毛の男が落ち葉をすくい、浴びせかけて来た。あっさりかわしたものの、一瞬の虚を突かれて逃げられる。
「イヒ、ヒ……なんとも不細工なシカで」
 狙った獲物が林の中に逃げ込む前に、狩らなくてはならない。オーダーはターゲットの全滅だ。
 エマは下へ駆け下る獲物に向けて、落ち葉の上を滑りながら加速して接近した。スピードが十分高まった状態で上方から背中を足で蹴り倒す。
「ぐはぁ」
 滑り落ちていく巻き毛の男のあとに、砕けた枯葉が空に舞う。
「ひひひ……度々思いますが、貴族のイザコザってシャレになりませんよねぇ。ま、今回は割とスッキリやれそうです。えひひひ……」
 木の後ろに隠れながら回復支援を行っていた従者を、シラスは斜面の上から魔力拳銃で狙っていた。
(「なんだ!?」)
 シラスの全身を悪寒が貫いた。訳も分からぬまま得物から照準を外し、悪寒から逃れるように身体を捻った。
 捻った勢いで木の幹にぶつかる。
 鋭い音がした。
「うっ」
 シラスは痛みに唸った。だが、痛みは木の幹にぶつけたことによるものではない。
 肩口に伸ばした指先にベストの布の綻びが触れる。指でまさぐると、綻びの周囲にぬるりとした感触があった。
 顔をあげると、逃げて行く男の後ろ姿が見えた。あれは……鹿狩りの連中ではない。
 かさり、と枯葉が割れる音を傍で聞いて振り返る。
 さっきまで下にいたはずの従者が襲い掛かって来た。取っ組み合いになって斜面を転げ落ちる。
「この――」
 シラスは従者の上に馬乗りになると、腰に巻いていたシェイプシフターを解いた。細く長い刃に変形させて、首に当て、落とした。
「山小屋の連中に感づかれた!」
 急速に冷えていく従者の体から尻を浮かせた瞬間、シラスは弓鳴りの音を聞いた。飛んできた矢は枯葉の下に紛れ込んでしまったのか、見当たらない。
 危険を感じ、太い木の影に隠れる。とたん、木の皮が弾けた。
 今度ははっきりと銃声を聞いた。
 銃声がした方へ顔をあげると、ライフルを構えた老女がいた。もう一人、年老いた男が付き添っている。
「シラスさん、後ろ!」
 秋奈の声を聞くと同時に、体を沈めて横へ転がった。
 さっきまで身を隠していた木がゆっくりと倒れていく。舞いあがる枯葉の向こうに、川のブーツが見えた。
 白馬に跨っていた男、アルフォンソ・パウエル=ソフエルがシラスに切りかかる。
 駆けこんできた秋奈の手が動き、緋月の刃がアルフォンソが振り降ろした両刃剣を受け止めた。
 三度目のライフル音を切り裂いて、濡れた刀身が赤く閃く。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 我は戦神、叛逆の魔王なり!」
 空を滑る緋憑の刃が時の逆流を起こしたかのように、太刀の風で色づいた枯葉が舞いあがる。
 その一度の関光で、アルフォンソは胸と口から血飛洪を吹いた。
「な……そんな、馬鹿……な……」
「馬鹿はあなたです」
 秋奈は緋憑の刃を翻した。
 恨みにクワッと眼を見開いた首が、枯葉の上に落ちた。頭を失った体が、斜面を転げ落ちていく。
 ライフルを構えていた老女が悲鳴をあげ、くたくたと崩れる。
「おくさまっ」
「あ、ああ……アルフォンソ!」
 転がっていった体を追いかけようとする老女を、年老いた男が抱き止め、山小屋へ引きずっていく。
「ちっ、面倒なことになったな。おい、品定めは後にしろ! 山小屋をやるぞ。ピリム、野郎の足なんぞ眺めてないでこっちへ戻って来い! クーアもだ、犬はほっとけ!」
 グドルフはまだ息のあった白馬の首を切り落とすと、一気に山小屋まで駆けのぼった。横から体当たりをするように突っ込んで来た猟犬をやり過ごし、始末を後ろからきたクーアに任せる。
 固く閉ざされた山小屋のドアを蹴破って、イスを振り上げていた老人の顔面に拳を叩き込んだ。
「今からここにあるモンは、全部この山賊グドルフさまのモノにしてやるよ。ありがたく思いやがれ!」


 裏のドアから、手で口を防がれた夫人を連れて中年の女が出てきた。中年の女はソフエル夫人に使えている使用人だろう。
 逃げだした二人が斜面の向こうに消えたことを確認し、エマは屋根の上から飛び降りた。
 開きっぱなしの裏口から中に入る。
 予想どおり、質素なのは外見だけで、山小屋の中は貴族の子女が暮らすに相応しい内装が施されていた。
「にひひ……ソフエル夫人は『ぶじ』逃げましたよ」
「ごくろうさんだったね」
 ことほぎは気絶した使用人の両脚を持って、キッチンへ引きずって行った。
「おや?」
 キッチンにはすでに、腫れあがった鼻から血を流す男が倒れていた。
「あ、それはわたしが……ひひ、先に入った時に倒したんです。ほとんど同時にグドルフさんたちが小屋の中に押し入ってきたんですが」
「抜け駆けはよくないね。貴族から巻き上げたものも、この小屋のものも全部、みんなで山分けだ」
「まあまあ……」
 エマはラックからナイフを取りだし、クルクルと回した。なかなか上等なナイフだが、武器としては使えなさそうだ。売り飛ばすとしよう。
 ふところに仕舞おうとしたとき、ナイフの刃にシラスの姿が映り込んだ。手にした何かに視線を落とし、じっと見つめている。
(「……ロケット、ですかね。あれは」)
 見ていると、シラスは手の中にそれを握り込み、ズボンのポケットに突っ込んだ。
「どうした、エマ?」
「なんでもありません……えひひ、さて、わたしは二階を物色してきましょうかね」
 そのとき、シラスの行動を見ていた者がもう一人……。
 秋奈は少し考えて、シラスの抜け駆けを見逃すことにした。実は、シラスが見つけるよりも先に、鎖の切れたロケットを絨毯の上に見つけて隠しておいたのだ。そうしないと、小粒のダイヤモンドで縁を飾ったロケットをなぜ盗賊は残したのか、謎が残ってしまうから……。
 それは開いた右に幼子を抱いた若き日のソフエル夫人、右に成人した――先ほど倒したアルフォンソの若き日の顔が描かれていた。
 シラスは仲間に黙って抜け駆けするような人ではない。あとでこっそり、夫人に届けるつもりなのだろう。
 秋奈は腕に絵画を抱えたメリンダを追って、暖炉の火が消えた部屋を出た。廊下でグドルフと鉢合わせる。
「そろそろズラかりましょう。クーア、火をつけてちょうだい。やるからには徹底的に……。それが私たちのやり方だわ。そうでしょう、『団長さん』?」
「え……、あ、ああ、そうだな。おーい、クーア! 火だ。火をつけてくれ!」
 遠ざかっていく仲間たちの会話を聞きながら、シラスが独りごちる。
「はは、救いようのねえ話だな」
 窓の外はすでに暮れて、夜の闇が降りていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

成功です。
形式的な調査の跡、アルフォンソ・パウエル=ソフエルと他数名は、偶然にも流れて来た渡りの山賊に襲われたとして片づけられました。
ソフエル家は次男が代を継ぎます。
ちなみに、養子だった次男は隠れフィッツバルディ派……彼もまた父親に対して屈折した思いを抱いていたようです。
ローザミスティカおばさまの笑い声が聞こえてきそう……。

夫人のロケットは匿名の郵便で送り返されました。夫人はロケットを手に取って泣いたそうです。その肩を次男が優しく抱いて慰めたとか。
クルールがそう言っていました。

それでは、ご参加ありがとうございました。

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