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シナリオ詳細

歯車書架の裏側

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 広大なる土地には深々と雪が降り積もる。凍て付く大地を覆う気配はとてもではないが繁栄しているとは言い難かった。適する身体を持ちながら、人々はその厳しさの中で力を手にする。武とは自身を護るための技術であり、最大の存在意義なのかもしれない。
 ゼシュテル鉄帝国は首都のスチールグラードに存在するスラムにはそうした自身の存在意義を持たぬ者も多くいた。華々しくその実力を誇示するラド・バウの闘士たちと比べれば些細でちっぽけな存在であるだろう。
 雑草と呼ばれようが彼らが生きて居ることには違いない――それでも、それを是とせぬ者は居るのだ。スラムへの立ち退きを強行する計画が発足された事により、スラムでの弱者救済を掲げるクラースナヤ・ズヴェズダーの抵抗は大きくなりつつある。
 彼らは武という技術を持たぬ――持たぬという事は、救いの手を差し伸べねばならぬのだ。
 ローレットに話が舞い込んだのは詰まる所、そういう所だ。……それは庶民や貴族たちには関係ないのかもしれない。
 平和に注ぐ冬の陽気をたっぷりと吸い込んだ蜜色の巻き髪を揺らして淑女はからりとベルを鳴らして店内へと歩を進める。
「御機嫌よう、オリヴァー。今日は新しい本は入りまして?」
 穏やかな笑みを浮かべた幻想貴族の令嬢に古書店の店主は首を振った。最近は海洋も大号令で騒がしく、鉄帝国でも何らかの動きがあるそうで、本をのんびりと読む者も減ったと大仰に落胆して見せるオリヴァーに令嬢はその美しいかんばせを柔和に緩めて見せる。
「ふふ、そう言えばオリヴァーが以前仰っていたヒューゴ・ライトの小説を読みましたのよ。
 ヒューゴの本を読んでいると言えば、弟は『魔本』ではないですか! と云うの。ホラー小説を書く作家さんってそういう都市伝説の付きまとうものなのかしら?」
「さあ? エリザベス嬢が満足してくださったのならよかった。申し訳ないのですが、今日はそろそろ出かける時間でして……」
 憂いを乗せたその整ったかんばせを見詰め令嬢は「あら」と小さく呟いた。若い淑女に人気の高い店主の愁いを帯びた表情に令嬢もつい見惚れてしまっていたのだ。
「どちらに?」
「……少し『本』を仕入れに行かねばならないのですよ。また、良い本が入ったらオススメしますね」


「ローレット。イレギュラーズ――それから、『旅人』ってのは切っても切り離せないもんで」
 自分自身も旅人――召喚されたイレギュラーズ――であることを考えれば『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)は誰から見てもそう結びつけるのは可笑しい事ではないと告げた。
「近頃じゃ、海洋王国とか鉄帝国でもイレギュラーズが大活躍って感じ、なんだけどさ。
 ……まあ、簡単に言えば『旅人』っていう異界の存在をよく思わない人ってのは一定数居るらしい」
 それが『新世界』と呼ばれるギルドなのだそうだ。そのギルドを構成するメンバーの多くは罪人も多いが魔種も存在するとされ謎に包まれている。彼らは旅人という存在に対して明確なる殺意や嫌悪を抱いており、今まででも旅人の襲撃事件と云うのは一定数あったそうなのだが――
「旅人の存在をよく思わない以上、ローレットの存在だってよくは思わないって事。
 だから、ローレットが海洋とか鉄帝で活動している所に出てきて『旅人の襲撃』を狙ってきてる――って感じで……」
 今回、その動きが観測されたのだと雪風は言った。旅人が多く所属するローレットが活動すればするほどに旅人を芋づる式に引き摺りだし一網打尽にできるのでは、という事だろう。
「今回は、鉄帝国のスラムにばら撒かれたホラー小説があるんだ。
 あー……噂聞いたことないすか? 『ヒューゴ・ライト』の本を読むと魂を奪われる、とか。まあ、そのヒューゴの本がスラムにばら撒かれた。それが魔種の呼び声に近しい影響を持ってるんじゃないか、って」
 事実、それがどうであるかは定かではない。今回ばら撒かれたのは著ヒューゴ・ライトの『孤独な家』という本であった。
『魔本』と呼ばれるその本を手にしたスラムの住民たちは人形のように生気抜けたようになっているという。その本の効果を利用したがったのがスラムの立ち退きを狙う地上げ屋だ。
 どうにも思惑は交錯し合う――雪風は「一種の協力関係と、後は火付けっすね」と言った。
「魔種やそう言った魔法道具の類が絡めばローレットは出張ってくる。
 まあ、それを狙ってるんだと思うし、地上げ屋かりゃすれば人形状態になった住民を無理矢理撤去するのは易いから」
 だからこそ、魔本を最初にばら撒き始めた『犯人』は存在せず、地上げ屋がヒューゴの本をばら撒いているという事だろうか。
「……俺もいろんな本は嗜むんすけど、そういう――その、ヒューゴの本も、気にはなるけど、読書は楽しいのがいいよなあ」
 地上げ屋を撤退させ本の流通を一度止めて欲しい。もう広まったそれは無法地帯である以上対処の使用はないが、できるだけの対処を願っていると山田は肩を竦めた。

GMコメント

 日下部あやめと申します。よろしくお願いします。

●成功条件
 ・地上げ屋の撤退

●あばら家通り
 鉄帝国のスラムに或るあばら家通りです。無数の家が点在し人々が肩を寄せ合って過ごしています。
 地上げ屋は端より順々に立ち退きさせることが目的のようであり、ヒューゴの本は此処を起点に広まっています。

●地上げ屋*10人
 悪徳商人ハイエナの根回しで放たれた地上げ屋であり、何者かと取引をして『ヒューゴ・ライト』の本を手にしています。
 本をばら撒き、住民を無力化させることで効率的な立ち退きを行わせようとしています。
 全員が鉄騎種であり、前衛タイプです。中には元はラド・バウの闘士であったと名乗る存在もいます。

●ヒューゴ・ライト
 戦場には居ません。各国でも人気のホラー小説家。その人気の理由は彼の本を読むと魂を奪われるという都市伝説がついて回るが故です。
 彼の本についたあだ名は『魔本』。何らかの理由があり、その本は歪な魔力を帯びているのか、『噂に似た効果を及ぼしています』。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

それでは、頑張ってください。

  • 歯車書架の裏側完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年12月25日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
シグ・ローデッド(p3p000483)
艦斬り
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ディアナ・リゼ・セレスティア(p3p007163)
月光ミセリコルデ

リプレイ


 暗雲落ちる空は不吉の気配を孕んでいる。思い過ごしだと笑った女は一歩進み出てから、俯いた。
 それは私とて同じであっただろう。到着した家に我々が求めた淑女が居る筈がないと言う確信が胸の中に沸き立ったのだ。鉄格子の嵌められた窓は如何にもと言った様子に感じられた。乱雑に積み立てられた塵の中に、人が住んでいるとは想像できない。

 ――ヒューゴ・ライト『孤独の家』より


 寒々しい空気に晒され、傾いだ小屋で暮らす人々達の娯楽は紙の本であった。装丁が整っている物ばかりではなく、煤被った古書や塵として廃棄された物であってもスラムと呼ばれた掃き溜めには十分な娯楽として流通していた。そんな彼らだからこそ、噂に耳を傾け心を躍らせる――『ヒューゴ・ライト』の本は魔本である、と。
「魔本……ですか」
『月の女神の誓い』ディアナ・リゼ・セレスティア(p3p007163)はそう呟いた。月の女神の加護をその髪先に揺らした異界の姫君は自身の暮らした世界にも魔的な力を帯びた書物はあったと唇に指先宛て考え込む。
「それらを悪用して住民を危険な目に合わせるのは許せませんね」
 ハロルド様、と此度の仕事を共にする青年に絶対的な信を置いたディアナに『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)は共に励もうと頷いた。幾分か気に掛ける相手ではあるが、ハロルドの中ではヒューゴの書物に引っ掛かりを感じていた。釣り糸の如く垂らされた可能性が彼の中ではぐるりと巡る。
「魔本、か。やはりあいつが裏で糸を引いているのか? ……いや、あの時の本が魔本だったという証拠はない。まだ断定は出来んか」
「まあ、興味がないと言えば嘘になる。だが、『呪い』という言葉だけで言えば旅人たちにもそうしたステータスを所有しながら召喚された者も居るのが実情だ。
 ヒューゴとやらの呪いが実際、どのようなものであるか。譬えであるかそうでないかを想像する事こそが必要な事なのかもしれんな? ……呪われた道具と言えば私も、だが」
『『知識』の魔剣』シグ・ローデッド(p3p000483)が唇を釣り上げて笑った言葉に『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)――司書はまじないという言葉は広義に渡るものだと呟いた。そも、彼女が司書と名乗るのだって呪い除けの一環なのだ。魔力の光を帯びた紫苑を靡かせた淑女は唇に指先添えてから「ふむ」と小さく呟いた。
「スラムを追い詰める、か。
 抜け殻、魔本……私の本も知ってるのかしら? ……興味深いけれど、悪趣味だわ」
 此度のオーダーは魔本を突き止めることではなくその魔本を悪用する者に懲罰を与える事だった。
「神がそれを望まれる」と口にして、『神様の望み(オーダー)』を確認するようイーリンはスラムへと歩を進めた。
 伽藍ばかりが立ち並んだその場所は鬱蒼とした気配さえ感じさせる。端切れや廃材だけで組み上げられた歪な住処を家と呼ぶのは憚られると『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は目を細めた。
「魔本なんて呼ばれても、どんな娯楽でも欲しくなるもんスかね。それは兎も角、バラまくやつが問題ッスよ……回収すんの誰だと思ってるんスか」
 苛立ったように呟く葵に『天使を視た少女』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は本と小さく呟いた。
「なーんでまた本でこんなことになってるのかしらね」
 本というモノは古来より『そういった事』に使用されやすいとも言われる。『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)とて元の世界でそうした事柄に触れたことがある。旅人を狙っているといわれる組織の犯行であることが示唆される中、相手になってやるとやる気を見せた異界の創造戦神に咲耶は草臥れた街を見て「巻き込まれたのはどちらやら」と呟いた。
 スラムか、それとも特異運命座標か。様々な思惑が交錯し合う世界というのはどうにも一筋縄ではいかない。眼前に或る問題は――
「排除するなら代わりの居場所を用意してやれば良いものを。天義と違えど鉄帝の闇もそれなりに深い様でござるな」
 ――スラムの事であろうか。
 神の教えは貧しい物にも施しを。『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)はスラムを脅かす地上げ屋達が全般的には悪いとは思えなかった。
「彼らにも事情があるのかも知れないけれど、貧しい人々から家を取り上げるような真似は許せませんわ! 地上げ屋の皆さんには、お引取り頂きましょう!」
 弱者より奪取する事は赦せない。主は誰にだって施しを与えたのだ。勝気な瞳に堂々たる色を乗せてヴァレーリヤはスラムの中を歩んだ。


 周辺に危機が訪れたとすればスラムの住民たちは巻き込まれたくないと逃げ出すとは言われていた。しかし、一般人が逃げ出すにも限度があり、戦闘に巻き込まぬ保証がないと葵は周囲を見回した。乱雑に積み上げられた塵の中で暮らす人々は気丈でありこの場を立ち退く気もないのだろう。その気概が生命の輝きであり、支え慈しむ相手として認識される事をヴァレーリヤはよく識っていた。
 自身のその姿を剣へと変貌させていたシグは人々の目がない隙を付き行動する。然し、有象無象に存在する人間の二つの瞳を欺くのは中々に難しい事をその身をもって体感した。じっくりと見遣ったあばら家通りは家屋を立ち退かせれば更地に還るが何処からともなく集められた我楽多とトタンが子供の玩具のように周囲には散らばっているのだ。
 どこかに訳知りの存在は居ないかと秋奈は情報網を駆使して、地上げ屋や『本』について問い掛けた。感覚を研ぎ澄ませて地上げ屋を探すハロルドと共に咲耶は揺らぐ殺気を察知せんと感覚を澄ます。
「凄いわね……? こんにちは。ある本を探しているのだけどご存知ないかしら?」
 柔らかな物腰でそう声をかけたイーリンはヒューゴ・ライトの書物を探すという切り口より無気力に化した人々の情報をキャッチする。本を所有しているという子供達から受け取ってズタ袋に詰め込みながら彼女を見る丸い瞳にイーリンは首を傾いだ。
「どうかしたの?」
「本は、此処の人にとっては唯一の娯楽だからね。お嬢さんたちが理由もあるだろうが、回収するそぶりを見せるのが不思議なのさ」
 幼い子供達の庇護者であろう女が子供達を庇う様に前へと出た。その仕草が魔本と呼ばれようとも、無気力になる人間がでようとも我が身を優先して生きる人々の軽快であると感じヴァレーリヤの眉根に皴が寄る。
「本はまた差し入れいたしますから……少しの間だけ、この場所から避難して頂けませんこと?
 もうすぐ地上げ屋がやって来ます。彼らに土地を奪われる人が出ないように、此処で戦って追い払いたいのです」
「そんな――」
「ええ、急にこんな事を言われて不安ですわよね。でも他に手段がありませんの。どうか私達を信じて下さいまし。何があっても貴方達の家を明け渡すような事はしませんわ。神に誓って」
 祈る様にそう言ったヴァレーリヤに秋奈はカリスマ性を発揮してにんまりと笑った。
「ほら、そこ。無気力状態でどんよりしてる人が居るでしょ? 彼らの事運んでくれないかしら。
 みんな命は惜しいでしょ? 明日を生きるために今を生きるのだ! みなのもの!」
 堂々たる秋奈の振る舞いに、祈る様にここは任せてほしいと告げるヴァレーリヤ。その説得の立ち回りを眺めるシグはハロルドと咲耶による『合図』を見逃がさなかった。
「この一帯を襲おうとする集団が来ます。その前に早く避難して欲しいです。皆様に傷付いて欲しくないので……」
 本をイーリンの手にするズタ袋に入れながらディアナは願った。その声音を震わせて、穏やかな乙女が囁くそれに頷き逃げる男たちの背をイーリンは鼓舞し続ける。
「ねぇ、貴方達はたしかに力はない。けれど、弱者同士で支え合うことはできている。
 私達には地上げ屋を追い払うことはできても、ここで暮らすことはできない。生きてるんでしょ、しっかりなさい!」
 いのちを繋ぐという事は途方もない苦労の上に成り立って居る。この地で気丈に生きる彼らに手助けをすることが間違いではない事をヴァレーリヤは生きる為に避難を始める者たちを見て改めて認識した。地上げ屋を悪と呼ぶことはできずとも――この地は紛れもなく、この地にしか住まえない者たちの唯一の場所なのだ。
 魔的な光を帯びた本の数は夥しいイーリンは流通が早かったのはスラムでの娯楽の一種に本が数えられるからだと改めて認識して溜息をついた。未だ隠し持つ者も居るだろう――
「ここは状況が違うじゃねぇか」
 地を這う様に厭らしく囁いたその声音は落胆に満ちていた。悪徳商人ハイエナの手配によって放たれたスラムの猟犬、その任を担った男たちは特異運命座標に「プレゼントだ」と本を投げて寄越した。
「……ヒューゴ・ライトの本か。何所で手に入れた?」
 低く蠢く様な声音には明確な嫌悪が籠められる。ゆっくりと顔を上げたハロルドに男は「さあ」とだけ返した。


「拙者は忍びの紅牙=斬九郎!
 貴様らがその魔本で住民に害をなすのは調べがついておる。大人しく神妙にお縄に付くが良い!」
 刃を手に飛び上がる朔耶は堂々たる名乗りを上げる。ひらりと宙を舞う朔耶と対面するハロルドを逃さぬ様に後方へと回り込んだシグは金属ペンダントの武装を解除する。
 葵ははっと顔を上げた全員の避難を完全に完了するにはそれなりの時間がかかる。特に『魔本』の影響を受けたものを運搬するならばタイムリミットも近かったのだ。
「どうでもいいなんて事はねぇだろ! アンタは何でここにいるんスか。
 戦いから逃げて武力と無縁の生活がしたいんじゃねぇのか? なら今回も同じっスよ、ホラ、しっかりするっスよ!」
 叱咤激励する。その声に応えぬ住民を馬車に放り込んだハロルドがディアナに視線を送れば頷く様に癒しの気配が周囲へと展開された。
「魔本は読まなければその効果を及ぼさないのなら、大丈夫です……支えます!」
 ディアナに攻撃飛ばぬ様に、彼女を護り立ち塞がったハロルドの目は地上げ屋の男を見遣る。誰も彼もが闘士としその肉体を酷使してきたのだ。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしないわ!」
 ぐん、と男の前へと距離詰め臆することなく『戦神』部隊の長剣を振り上げた。マフラー靡かせた至近距離、秋奈がぐんと背筋を逸らしたそれと合わせて、鮮やかなる焔が宙を踊る。
 ――前進せよ。恐れるなかれ。主は汝らを守り給わん。
 赤々とした太陽の如きその髪を揺らして、司祭は堂々と唱え上げる。地上げ屋が顔を上げたはそれを見逃がさぬイーリンは咄嗟に声を発した。そう。地上げ屋たちはそれなりに数が多く手誰も存在している。
 シグが周辺の地形を確認していたこともあって特異運命座標はある程度の地の利が存在しているがこの一帯を壊す事を目的とする地上げ屋たちが家屋を倒せば意味もない。なれば、一同会する此処から彼らを逃がすまいと乙女はしっかりとまあ絵を見据える。
「全周警戒で行くわよ、敵の数カウント!」
 流星描くは紅い依代の剣・果薙。戦乙女が振り翳した旗に集うが如く、葵は地上げ屋へと詰め寄った。
 白い尾を引いて飛ぶ美しい青。それは決して美しいだけの妖精ではなく、悪魔のささやきの如く周囲に冷気を広めていく。地上げ屋が拳振り翳した一撃を受け止めたハロルドがにぃと唇釣り上げた。
 彼がその身を反転させて地上げ屋の体を反対方向へと捻り上げたそこへと宙より身軽にその身を堕とす秋奈が飛び込んだ。
「――♪」
 鼻歌交り、誰も彼もに罪悪感など持ち合わせぬと乙女が放つ其れに反射するようにその腹へと拳がめり込んだ。一筋縄ではいかぬかと、しかと地面についた足に再度力を込めて跳ぶ。
 至近より逃げた住民たちを確認しながらシグは地上げ屋の背後へと回り込んだ。
「さて……仕方あるまい。私の方で『怪奇現象』を起こすとしよう」
 特異運命座標は全て眼前に居るはずなのだ。かつん、と音鳴らしそこに落ちた美しい剣に地上げ屋が何だと言わんばかりに視線を送る。飛来する剣の切っ先と共に滅びを願った動力が地上げ屋の男へとめり込んだ。
 唸る声を聴きながら慈悲の心を宿した司教が深くその肺深くまで息を吸う。美しいかんばせに浮かべた笑顔は只、只、慈愛を宿し――
「――――どおおりゃああああ!!!」
 乙女のものとは思えぬほどの力を振り絞る。ぐん、とその身を打ち付けられた商人の反撃をその身一つで受け止めるハロルドがその瞳に闘気を宿らせる。
「はははっ! おら、どうした!? 俺が怖ぇのか!? 掛かってこいよ!」
 は、としたようにかんばせに不安を浮かべてディアナは指を組み合わせた。その身を癒すは天使の福音。それだけではだめなのだと地上げ屋見つめて指先を宙へと泳がせて唇より飛び出した鎮魂歌。
 がくり、と頭を垂れた男を見下ろせば、その周囲には魔本が落ちている。胡乱な目で彼がその本の頁を捲り小さく笑った。イーリンは其れを見て『理解』した。どうにも狡猾な男が後ろに存在しているのだ――きっと、それは……この魔的な書を使用して人々を廃人と化すことをどうにも思わぬ奴なのだ。


「魔本はどれくらい回収出来たっスかね……本の効果か、何かで無気力な人は回復するのが気になるっス」
 葵の言葉にイーリンはどうかしら、と周囲を胡乱に見回した。瞳に淡い色を乗せて、彼女の脳内には様々な情報が交錯する。
 さて、魔本と地上げ屋は別の者が手を引いているのだろう。魔本を使用する者に関してはハロルドが何所か知っている風であったが地上げ屋に関しては捕縛した彼らも余りに解答が鮮明ではない。舌打ちした彼を気遣う様に傍に寄ったディアナにハロルドは大丈夫だと視線を返す。
「ふむ、魔本の出どころ――山田殿の言っていた『新世界』はどうやらスラムには居ないようでござるな」
 咲耶は呟いた。地上げ屋に関しては其々が個別に『雇われている』事は分かる。それも、全てはどこかに結び付くのだろう。未だ情報が足りないかとイーリンは小さく呟きスラムを後にする。
 積み上げられたヒューゴ・ライトの本は人々の手に渡る事無く焚書となった。その赤々と燃え滾る焔は知識と共に何者かの怨嗟が揺れる。
 赤をぼんやりと見つめていた者たちはきっと思う事だろう。あの本はどうして読んではいけなかったのか。そうして、興味と共に積み上げられた好奇心が更に人々を『ヒューゴ・ライト』の許へと導くのは……止め処ない人間の欲を現しているかのようだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加ありがとうございました。
 鉄帝国でも様々な思惑交錯し合うという感じなのですね。

『新世界』は今後、様々な場所に姿を現すのだろうのかなと思うと楽しみです。
 またご縁がございましたら。

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