シナリオ詳細
鏡面の海
オープニング
●とある漁師の話
“鏡面の島”? ああ、あの島か。
そうだよ、この海を渡った向こう、あの島がそうさ。あの周りでは青魚が釣れるんだ。奇妙なのは島の天候だけだから、良い漁場になってるよ。
――え? 何が奇妙なんだって? アンタ、其れを知ってて聞いてきたんじゃないのかい? 変なお人だなあ。ええとな、あの島は常に雲がかかってるんだ。あんなに低い雲、雨が降る前じゃなきゃなかなか見ないだろう? 此処からでも見えるだろう? でも雨は降らないんだよなあ。
でな、あの島には誰が埋めたのか、真っ赤な鳥居が幾つも並んでるんだ。百本はくだらないだろうなあ。千本鳥居、って言葉があるんだ、それくらいあるんじゃないか?
なにより奇妙なのは空さ。見上げれば“逆さの鳥居が見えるんだ”。空に神様が埋めたんだって神話もあったんだが、それは違う。何せ、見上げる俺たちの姿も見える。
……小さい頃に一度だけ、興味があって親父の船で渡った事があったよ。まるで鏡みてえな雲が、俺と鳥居を移してた。俺は其れがたまらなく怖くてなあ。すぐに親父のところへ逃げかえったのを覚えてるよ。だから其れ以上奥にはいかなかったんだが、鳥居を抜けて一番奥には、最も望む景色があるって噂だ。さて、その真偽の程はどうなんだろうねえ。
●
「というのが漁師の証言」
グレモリー・グレモリー(p3n000074)は地図にマルをつけて場所を示し、話し終えてふう、と息を吐いた。
「確かに、どれくらい前からかも分からないくらい昔から、この“鏡雲”は観測されていたみたいだ。といっても他に異常気象を起こす事もないので、海洋からは“よくわからないが不思議な気候”として観察されていたみたいなんだけど」
行ってみたいよね。というか、僕が行ってみたい。
グレモリーは強く言う。彼がこう言うときは、何かに興味を抱いた時だ。
「だって、一番奥には最も望む景色があるんだよ? 行ってみたいと思わないかい。僕は思う。僕が何を望んでいるのか、知りたいと思う」
という訳で君たちをお誘いしたんだ。行きたい人は、船の便を取ったからチケットを取っていってね。
「あ、島はごく普通の自然体系をしていて、野生動物とかもいるみたいだよ。雲に興味がないなら、そっちを追ってみるのもいいかもしれないね。……ジビエ料理だね」
誰も料理するとは言っていない。
- 鏡面の海完了
- GM名奇古譚
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2019年11月26日 22時25分
- 参加人数27/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 27 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(27人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
「という訳でー! “大いなるディー”デイジーによるジビエ料理の時間なのじゃ! え? 鏡面を見上げてアンニュイにならないのかって? 妾はこの島には何度か来たことがあるからのー。鳥居も草原も今更なのじゃ! なので今日は狩りをする! よいな! 目標は、晩御飯をキャンプでお肉丸焼きにすることじゃ! 幸いこの島には開拓の手が入っておらぬ。つまり野生生物狩り放題! 今日はこの森をキャンプ地とする! なのじゃ! あー、これ一度言ってみたかったのじゃー! よし、では狩りに行くとするかの! ――え? 草原で上を見たかって? 勿論見たぞ? ……何を見たのかは……美味しい獲物が取れたら語ってやるのじゃ。 あ! 大きな影! あれはシカかも知れぬ! 追え! 追えー!」
「わー、ほんとに不思議」
アクセルはてってこてってこ、跳ねるように鳥居の中を歩いていく。見上げれば同じ鳥居が見えるけど、そもそも鳥居ってなんなんだろう?
「鳥って書くし、止まり木みたいな役目があるのかな? でも、逆さの方が止まりやすそうだけど、あれは映ってるやつだよね……」
映る自分に手を振ってみる。手を振り返される。草原の方が見えないかと視線を動かしてみるが、全体的に灰色の鏡は曇ったように真上ばかり綺麗で。
「雲がいつもあるのに雨が降らないってのも不思議だなー。なのにこんなに森は綺麗なんだよね」
周りを見渡したアクセル。鹿を追うタコのようなシルエットが見えた気がしたが、きっと鏡面の悪戯だろうと思う事にした。
「おばさん、こういう不思議な場所をお散歩するのは好きよ~。誰がどうやって作ったのかしらね?」
リゾートはふんわりおっとり、鳥居を一つ一つくぐってゆく。でもなんだか、1人というのも寂しいものだ。そうだ、と思い立って、ファミリアーを呼び出した。白い毛並みに、鼻と手足は黒色の靴下うさぎさん。ちょっと待っててねぇ、と声をかけると、片手で種の箱を探る。一粒取り出した種、旅路を彩る如雨露で水をやればほら、新鮮な小松菜が現れる!
「ウサちゃんって小松菜が好きなのよね~。あなたも好き?」
うさぎの鼻先をくすぐるように小松菜を振ると、もぐり、とうさぎは小松菜に食いついた。もぐもぐもぐもぐ、吸い込むように其のまま菜っ葉を食べる。
抱き上げて小松菜を食べさせてあげながら、再び鳥居を歩き出すリゾート。1人じゃないから、寂しくないね。
「雲が低いのに、不快にならない環境というのもあるのだな……」
オリヒカが元々いた蒸気の世界でも、雲は低かった。けれど、この鏡雲のように不思議な雲ではなく、ただただ重苦しいだけだった気がする。其れに比べれば、此処の天候は不思議と心穏やかだ。
「しかし手入れがされてないだけあって、木々の密度が凄いな…横道に入ったら迷ってしまいそうだ」
鳥居を隠してしまいそうな木々。鬱蒼と生い茂る森にぽっかりと空いた鳥居分の道は、まるで誘い込まれるかのような。“自然”という環境には未だに慣れない。何もかもを計算された景色だけが、これまでのオリヒカの普通だったから。
彼はやがて草原に辿り着くが、其処には望む景色はない。何故なら、自分で叶えるだけだと判っているから。
レイヴンは其の翼を仕舞い、二本の足でゆっくりと鳥居をくぐる。幾つくぐったか最早知れない。数える気は彼には元からない。
「海洋での有名どころは網羅していたつもりだったが……」
まだまだあるものだな。と独り言ちる。何でも、この鳥居を抜けた先では“最も望む景色”が見られるのだとか?
「……今更」
思い出す必要など、レイヴンにはない。あの者を斬ったのは私。ワタシではない、“私”なのだから。――……だから“ワタシ”は、今望むままに鳥居の並ぶ鏡面を見上げた。はて、この鳥居は一体、何を奉るために建てられたのだろう。
「でっけー鳥居だな。しかも赤い。気に入った!」
カイトは真っ赤な鳥居の上に座り、うんうんと頷いていた。よく判らない形をしてはいるし、何故鳥居というのかは判らないが、鳥が居るから鳥居なのだとすれば、今俺が座っているこの鳥居は本望という奴なのではないか?
「しかし不思議な空だよなぁ。まるで鏡みtピヨピヨピピピ……ピピ?」
ピピって誰だよ。小鳥みたいな声が……ん? え? あれ!? 俺、鳥の姿になってる!? しかもピヨピヨしか言えねえ!
「ピピピー!!? ピヨピヨピー!?」
まあ、順当に考えるなら罰が当たったのだろう。南無。カイトは小さなよだかになった自分をまじまじと見て、ふと空を見上げた。
よだかの姿でも空は飛べる。ああ、どうせならあの空を割って、其の上へ行ってみたい。小さなよだかは其の欲求に従って、翼をはためかせた。ああ、どうか星になりませんように。
「本当に陰鬱な島だな」
エイヴァンは思わず呟く。興味本位で来てみたはいいが、雲は低いし鳥居は不気味に紅い。上を見たら――まあ、何が見えるかは大体想像はつく。今更子どものころを思い返したところで何もかわりゃしないんだ。あいつはあいつ、俺は俺、で。
「……ッ、あーもう! 面倒臭ぇなぁ!」
鳥居を避けるように、エイヴァンは森へと入る。人気もないし、空も森で隠れてしまうから、気分を変えるには丁度良い。……うさぎがびくりと体をはねさせて、ぴょんと何処かへ逃げてしまうのを見た。
「……何やってんだ、俺」
草原に行かないのか? 躊躇っているのか? 何も変わらないといったのはお前だろ?
いや、寧ろ……何も変わらない事の方が……
「海洋にこんな島があったなんてなー。これは勿論、探検するっきゃねーよな!」
と、ワモンは鳥居の中へ入っていく。スゲー数だ、千本くらいあるんだっけか? じゃあじゃあ、オイラが本当に千本あるのか数えてやるぜ!
「いーち、にーい、さーん」
……まだまだあるな……先は長いぜ……
「じゅーう、じゅーいち、じゅーに……」
あ、やべ! 一本抜かしたかもしれねえ! じゃあ最初から数えなおすかー。
「いーち、にーい、さーん……あーーーー!!! 飽きた!!」
目を閉じても真っ赤な気がするぜ! こんなのやめだやめ! 其れより探検だ! 鳥居を抜ければ草原があって、見上げりゃなんかスゲーんだよな! よし、行ってみるぜ!
●
鮮やかな赤が途切れたと思ったら、何もない草原に出た。其れは縁が望む通りの道程であった。
では望むものが映るのか。縁は躊躇いなく空を見上げる。
風にくゆる煙の灰。空を埋め尽くす鏡面の雲の灰。その中に――女がいた。
美しい女だった。長い耳に涙型の青い耳飾りを揺らし、同じ色の瞳から涙を流して。白い腕に赤ん坊を抱いて、立ち尽くして泣いていた。
ああ。そうだ。俺が最も望むとしたら、この景色なのだろう。……綺麗だと思ったんだ。
――滲む不幸の色が綺麗だと。
あの時の俺は、確かにそう思ったんだ。
「ああ、やっぱりな」
ウェールは草原で雲を見上げて、笑った。移るのは一面の黄色、タンポポの優しい花の色。
この光景もとても綺麗だったのだが、家から少し遠い自然公園には桜並木があって。みんなそっちに行ってしまうから、タンポポ畑は誰もいなかったんだ。昔は休みが平日だったら、息子と一緒に遊びに行ってたんだよな。
「なあ、この光景に見覚えはあるか?」
『うるさいの! いま景色に感動してるところなの!』
「そうかあ」
ちび梨尾さん次男は相変わらずツンデレだが、そんなところが可愛い。本当ならパパ好き好き大好きダンスを踊って欲しいが、無理だろうな。
でも、感動してくれたなら俺はそれで満足だ。昔の梨尾も、綺麗な花畑だって喜んでたっけなあ。
「妾の元居た世界の空は、太陽こそ昇らなかったものの……綺麗な空だった。眺めて飽きる事はなかったのう」
魔王はそう、ぽつりと零します。雲を見ていた商人は、す、と魔王に視線をやりました。
「そう。キミのいた所では太陽は昇らなかったのかい」
魔王が見上げたのは藍色の夜空。“魔王”として君臨していた世界の夜空。あの世界にいた時を思い出し、思わず俯きました。
――のう商人。妾は正しかったのじゃろうか。間違っておらぬかったのじゃろうか。
ただ生きるために、ただただ生きるためだけに“勇者”を屠ってきた生き方は、正しかったのかと。竜(かのじょ)は、静かにほろほろと泣きながら。
「……我(アタシ)が間違ってるとか間違ってないとか言ったとして、魔王サマは納得できる?」
つまりそういう事さ。言いながら、商人は静かにハンカチを魔王に差し出しました。受け取って涙を拭えば、よい薫りが鼻をくすぐります。
「……そういうそちは、何を見たのじゃ……?」
「我かい? 部屋を見たよ。窓際にベッドがあってね、白い髪の女の子が横たわって、我の手を握って静かに眠ってるところ」
「……そうか。それは」
「そうさ。我のトモダチだった。……最初のトモダチが死んだ時さ」
さて、我はどうしてそんなものを見たのかねえ。
商人は鏡の雲を仰ぎました。答える人は、誰もいませんでした。
史之は千本鳥居を抜け、草原へ。何が見えるのかなんとなく想像がついているのだけど、それでも胸が高鳴るのは、高揚ゆえだろうか。
一思いに、と見上げた雲に映ったのは――宮殿。つややかな床に跪く史之。白に銀のお仕着せ――嗚呼、あれは海洋の近侍服。そして跪く相手は勿論、そう。
「……イザベラ女王陛下……」
思わず草原に跪き、鏡面の女王に頭を垂れる史之。暫くそうして、顔を上げれば光景は消えてしまっていたけれど。嗚呼、鏡面の中においてもあなたは美しい。
今はもうぼんやりと見上げる史之を映すだけの雲。大の字に寝転んで、はあ、と熱っぽい息を吐く。大号令が出た海洋は、大きく動き出すだろう。今こそこの力を役立てる時。頑張ろう。あの光景に、少しでも近づくために。
ヒィロはそのまんま、美咲は軽く敷物を用意して、ころん、と草原に寝転んだ。
「見て見て美咲さん、ごっちゃごちゃ! 白銀霞の森に、金木犀に、桃色坂でしょ? あっちにあるのはウォータースライダーで、カキフライにソーセージに焼き芋に焼き栗! わー、巨大蟹もいる!」
「あはは、ヒィロは色々見えてるみたいだね。私は……なんだろう? 形も色も良く判らない。私も花や食べ歩きがいいー」
「あれ、これが見えるのってボクだけなのか……ちょっとだけでも美咲さんに分けられたら良かったのにな」
心なしか不機嫌そうな美咲を、思い出の数々をみたヒィロはまぁまぁ、と宥める。
「でも、色々映って……どれが一番なのかはボクも良く判らなかったな」
「そうだね。全部楽しかったって事じゃない?」
「うん。きっと、どれもボクの一番! って事なんだと思う!」
――だから、これからも“一番”をたくさん見付けにいきたいな! 勿論、一緒に! 今日みたいに!
――じゃあ手始めに、この後“一番”になりそうなものでも食べに行きますか!
寝転んで戯れながら、少女たちはこれからも“一番”を見付け続ける。
この千本鳥居、まるで天界への参道みたいよね。
そう、蛍が言う。
言われてみれば、と珠緒は頷く。この何とも言えない気持ちは、元居た世界でのお役目、“カミ”と接続している時に感覚が近いような気もする。
けれど珠緒はカミとつながる事もなく、草原に辿り着く。いっせーの、で一緒に見上げるのだと、2人、決めていた。
手を繋いで、いっせーの。
「……ああ。見上げるまでもなかったわ」
蛍は笑う。重く垂れた鏡雲に映るのは、世界を挙げてのお祭りに向かう自分と彼女。2人笑顔を浮かべて、一緒に作ったサンドイッチをもって。
「……これは」
珠緒はじっ、と見上げる。天を衝くような巨大な桜の木、舞う花弁の吹雪。手を繋ぎ、見上げていた2人が振り向いて、こちらへ歩いてくる。其の表情はとても穏やかな笑顔で――
「……珠緒さん、どうだった? 良い景色が見えたかしら」
「景色というか、……象徴的な」
「そうなの? ボクはね、とてもとても大切な景色が見えたよ」
「……。ええ。珠緒にとって、確かにこうあろう、というものでした」
こうありたい。こうあろう。きっとその願いは叶う。
蛍と珠緒は手を繋ぎ直して、お互いに笑顔を向け合う。既に望む景色は、叶っているのかもしれない。
私の心に最も残る景色って、どんな景色なんだろう。
胸を高鳴らせながら、ノースポールは鳥居をくぐり、草原へ出る。深呼吸を一つ。見上げれば、ぶわりと紫色が広がっていた。
――ああ、覚えている。あれは親友と一緒に藤棚を見に行った時だ。彼がナンパ術を身に着けたというから、試して貰おうと思ったんだ。
いつもよりお洒落な彼が私の手を取って、甘い言葉を投げかける。それだけで私は身体まで赤くなって、頷く事しかできなかった。
嬉しいのにね、切ないの。私以外の人にそんなことしないで欲しいって、思ったの。きっとずっと前から好きだった。其の時初めて、私は恋を知ったんだ。
ふと指を見る。彼に貰った大切な指輪が、きらり、煌めいている。私は今、天にも昇るほど幸せだ。――関係は変わっても、お互い変わらずに……また藤棚を見に行きたいな。
シャッファの師匠が頭に湯呑を乗せていた。
――ああ、あれは、奪ってみろって試練だったな。飛び掛かっても足を狙っても、ちっとも湯呑は手に入らなくて、悪戦苦闘した記憶しかない。
娼館での休憩中に暇つぶしで始めた拳法。師匠は其処の用心棒で、滅法強かった。次第に其の楽しさ、険しさを知り、のめり込んでいった自分。
「……ふふっ、やだな、私」
シャッファは思わず吹き出す。懐かしい思い出だ、師匠がまだ存命だったころの、セピア色の記憶だ。けれど――
「あんな楽しそうに笑ってたんだね、私」
取れない取れないと悔しがっている割には、幼いシャッファは楽しそうに笑っていたのだった。
アーリアとリアは、手を繋いで鳥居を抜けた。まずリアがちらり、と空を見上げ……ふは、と吹き出した。
其処にあったのは、“いつも通り”のリアの日常。うるせーババアに、アホ面のガキども。追いかけて追いかけられて、最後にはまとめて叱られる。こんないつもの光景が、最も望む、心に残る光景だなんて、と。リアは笑う。
其れを微笑ましく眺めてから、アーリアも鏡の雲を見上げる。其処は、草原。此処とは違って、緑がとてもきれいに陽光を照り返している。お菓子にサンドイッチ、お酒を広げたピクニック。色んな人がいて、その中に――妹もいた。メディカ、目を覚まさない私の妹。其の名をふと、呼んだ。
「……」
隣のアーリアお姉ちゃんは、とてもやさしい顔をしていた。そしてあの子の名を呼んだ。ああ、きっとそうなんだ。あの子の事を、見ているんだ。
其の気持ちは痛いほどわかる。姉妹としてまた笑いあえる日を、私だって願わずにはいられない、けれど……わがままかな? “私のアーリアお姉ちゃん”でもいてほしくて。く、と手をひそやかに握れば、お姉ちゃんは笑みを浮かべたままこちらを見た。
「あら、そんな顔しないでぇ、リア。あのね、あなたも隣にいたのよぉ?」
大事な2人の妹だもの。どちらか片方だけなんて、そんな事はしないわぁ!
「何見てんだい、坊や」
ジェラルドは草原で、雲を見上げている。年老いた獣人が、煙草をふかしながら……本からこちらに視線を移し、ニヤリと笑った。
酒豪なのは、酒豪に飲まされたから。可愛いものが好きなのは、可愛いものに囲まれたから。女口調が混じるのは、オネエに移されたから。戦うのは、戦っていたから。
……医者になったのは、医者に育てられたから。
思わず溜息をつく。望むのは思い出ばかりで、未来はちいとも見えやしない。
「なあ、あんたは何が見えた?」
――白に交じった黒は異端だ。疎んじられて黒は育った。けれど、双子の妹とハーモニアの友人だけが、其の黒と仲良くしてくれた。仲良く鏡の中の草原を駆け回る、幼い三人。
フレイは眩し気に目を細め、けれどもう戻れないのだと少しだけ心を痛める。
「……アンタも鏡を見に来たクチか?」
声をかけられて、視線を相手に映した。何となく判る。相手も恐らく、過去を見たのだろう。
「何、何の変哲もない、仲良しな三人が見えていただけだよ。……アンタはもう見たのかい」
「ああ、俺はもう……十分に見た」
「そうか。なら一献どうだ? 船に積んであるのを見た」
それはいい、とジェラルドは口元で笑む。酒は良い。過去の事を押し流してくれる。喩え後から切なさが押し寄せても――海ではないのだから、きっとすべて飲み干せるはずだ。
「パパ! ママ!」
シャラは鏡に映る両親の姿に瞳を輝かせた。2人は笑って、彼女を見ている。
「私ね、一杯喋りたい事があるんです! お話したいこと、たくさん!」
パパとママが、私の描いた絵を褒めてくれている。其の姿に両親への思慕は募るばかり。会いたいな。会いたいな。会ったらこれまであったこと、元気でいる事をたくさんお話したいのに。
「シャラは両親を見たんだね」
「グレモリー様!」
絵筆とパレットを持った情報屋が、彼女の傍にいた。其の表情にいつもより陰りがある気がして、シャラは首を傾げる。
「はい、やっぱりパパとママでした。早く会いたいのですけど……グレモリー様は何か見えましたか?」
「……。いや。いつも通りの風景が見えた、かな」
「そうですか……」
シャラは俯く。グレモリーもまた、俯いた。
「……はっ! いえ、くよくよなんてしていられません! 私、また頑張ります! 頑張るって決めました! パパとママに褒められるためにも、グレモリー様!」
「なんだろう」
「絵を教えてくださいっ!」
「……。うん、いいよ。僕で良ければ」
鳥居を抜けた先には、神社はなかった。しかし誠吾は、神社を見た。其れは瞼を閉じれば思い出せる、己の元の世界、現代日本の何気ない風景。
鳥居を抜けた先には、重たく雲が立ち込めていた。しかしソフィリアは、空に浮かぶ島々を見た。其れは風の音さえ思い出せる、己の元の世界、雲の上を泳ぐ島々の風景。
「――お互い“元居た世界”が見えたって訳か。いつ帰れるのやら、だな」
「んー、やっぱりこの世界が平和になってから、になりそうですかね?」
ぼやきながら誠吾は草原に腰を下ろす。さあ、と風に吹かれ、草がなびく音がする。ソフィリアもならって座った。其の様を親猫にならう子猫のようだと誠吾は思う。――いや、こいつの場合、小鳥だろうか。
こんな小さなお嬢さんなのに、戦う事をすんなり受け入れている。自分には其れが出来ない。誠吾は判っていた。
「うちも、早く平和になるよう頑張るのですよ」
其れは、お互いが元居た世界に帰れるように、というだけではない。
「……無理すんなよ」
「大丈夫です! うち、誠吾さんの分も頑張るのですよ!」
ぐっと拳を握るソフィリアに、誠吾はありがとう、と頷いた。……戦えないけれど。せめて誰かを、目の前の小鳥を癒す術くらいは、覚えてみようかと思う。
閠は一人、森の中にいた。其の目的は狩りではなく、森でもない。
常に目元を覆っている布をそっと外して、島を覆う鏡の雲を見上げる。其処には金色の瞳が、苛立たし気に輝いていた。
――もう一人のボク。暴走してしまった、敵と戦うための人格。
「……こんな、不思議な鏡越しなら――会えると、思っていました。閉じ込めてしまって、ごめんなさい」
閠は自らの目を見上げながら、申し訳なさそうに言う。俯く事は出来ないけれど、其の声は俯いている。
「キミにだけは、謝らなければいけません……嫌われているのは、判っています。其れでもボクは、顔を見て、お話したかった」
空を仰ぐ。瞳に浮かぶ不快感に、苦笑した。その笑みが嫌われる遠因だという事を、閠は気付いているのだろうか。
「いつか、また、同じものを見られるまで――待っていてください、ね?」
宣言して、目隠し布を付けた。いつか、いつか。キミと本当の意味で向き合える日が来るまでは。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
重苦しく立ち込める雲に、皆さんは何を見たでしょうか。
過去?願望?喜び?悲しみ?
受け止めがたい光景もあったかもしれません。でも、それらがあなたを支えているのかも知れませんよ。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
天候関係のイベシナは海洋で出したくなりますね。どうしてでしょう。
という訳で不思議な雲が揺蕩う島にご案内です。
●目的
鏡面の島に行ってみよう
●立地
海洋にある小さな島です。
上陸したあなたをまず出迎えるのは並んだ真っ赤な鳥居です。森の中に整然と並ぶ様は、ウォーカーの方の中には千本鳥居と呼ばれる場所を想起させるような風景になっています。
また、鏡面の雲は鳥居の辺りから始まっており、見上げれば逆さになった鳥居と見上げるあなたの姿が見えます。
鳥居に案内されるように歩いていくと、草原に辿り着きます。草原自体には何もありませんが、其処で鏡面を見上げると――“最も心に残った景色”が映し出される、という言い伝えがあります。
●出来ること
1.鳥居に沿って歩く
2.中央部で“最も望む景色”を見上げる
3.その他(森の散策など)
鏡面の雲は島全体を覆うように広がっており、何処にいてもあなたを映し出すでしょう。
森は手入れされていないので、迷子になってしまうかも知れません。ウサギや野鳥などの野生動物が確認されています。鏡雲の存在以外は普通の島のようです。
●NPC
グレモリーが島中央部で草原をスケッチしています。
お声掛けはご自由に。ただ、上空に何を見たのかは語る事はありません。
●注意事項
迷子・描写漏れ防止のため、同行者様がいればその方のお名前(ID)を添えて下さい。
やりたいことを一つに絞って頂いた方が描写量は多くなります。
●
イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。
皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守って楽しみましょう。
では、いってらっしゃい。
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