PandoraPartyProject

シナリオ詳細

そこのあなた、マッチは如何?

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●さむい、さむい
 ファントムナイトも過ぎ去って、少しずつ季節は移ろい行く。鮮やかだった木々も今は物寂しく。木枯らしが吹いて人々を家へ追い立てた。
 あと少しもしないうちに、空からは銀の結晶が降り落ちることだろう。局地的にはすでに降ったかもしれない。
 そんな冬も間近に迫る今日この頃。街では1人の少女がマッチを売っていた。それだけ聞けば、物語にありそうな1シーン──だが。

「そこのあなた、マッチは如何?」

 人も滅多に通らぬような裏路地で。
 粗末な服で身を包んだ少女は、寒がるような様子も見せず。
 被ったフードは目深で、その顔も表情も窺い知れない。
 そして差し出した手にあるのはマッチ箱──ではなく、火の灯されたマッチだ。
 揺れる火に束の間見とれてしまったのは寒さのせいか。次の瞬間、その火はこちらを包み込むように伸び上がった。
「……っ!?」
 何か対応する間もなく、火に呑み込まれる。照らされたフードの下、少女が笑みを浮かべている様子が見えた。


●ふしぎなマッチ
「──それで、呑み込まれるのに不思議と熱くない。しかも、幻を見るんだそうですよ」
 いったいどういう原理なんでしょうねぇ、と首を傾げるブラウ(p3n000090)。その前に広げられた羊皮紙には『情報求む!』と書かれている。
 話も羊皮紙の内容も、最近出没するというマッチ売りの人物について。けれどその正体や行方はわからないらしい。今のところ危害を加える様子もなく、マッチの火に呑み込まれた者も1人残らず帰ってきている。
 只々不気味なのだ。
「で、幻って何を見るんだろう? って思いますよね?
 何でも『理想に思い描く光景』だとか。えっと、こんな未来が良いとか、こんな過去が良かったとか。そういう幻を見る人が多いみたいです」

 ある者は億万長者になった未来を。
 ある者は思い描いた恋人への告白をする過去を。
 またとある者は理想の死に際を幻に見たとも言う。

 それはほんの僅かな時間。泡が弾けるように、気がつけば元の場所にいるのだと言う。すでにフードの人物は消え去っており、足元に燃え尽きたマッチが転がっているだけだ。
「そのマッチも見せてもらったんですけれど、どう見ても普通のマッチなんですよね。もっと専門的な人ならわかるのかも知れないんですけれど」
 一見すればただのマッチ。その場に放置、或いは気付きすらしない者も少なくなかったという。
「危なくはないと思いますが、とても怪しいです。とーっても怪しいです! 僕らも情報を集めたいんですが、なかなか手ごわくて。
 もしも何か見たり聞いたりしたら、ぜひ情報提供をお願いします!」


 その話を聞いていたはずなのに。嫌であれば、回避することも無視することもできたはずなのに。

「そこのあなた、マッチは如何?」

 背後からかけられたその声に、思わずあなたは立ち止まって──。

 それは好奇心故か。
 叶わぬ願いでも持っていたか。
 それとも反射的な行動か。

 ──振り返ってしまったのだ。

GMコメント

●すること
 理想を思い描いた幻を見る

●前置き
 ブラウの話を聞いた皆さんは、幻想のとある場所で声をかけられます。場所はどこでも良いですが、人気がない場所です。
 声に振り返ってしまったあなたたちはそこで幻を見ることとなりました。

●幻
 『理想を思い描いた光景』です。
 いつ頃であるかは問いません。過去、現在、未来。ウォーカーであれば元いた世界でのことでも良いでしょう。幻ですから。
 もしもあの時、こうであったら。
 そんな『いつか』がその時、その瞬間だけ。これ以上ないほど理想に描いた光景となって目の前に広がることでしょう。
 五感まで現実のように感じ、幻の中の登場人物となっても。幻を客観的に見ていても構いません。

●幻を見た後
 あなたは元いた場所に立っています。声をかけてきた人物はもういません。
 見つけようと思えば、燃え尽きたマッチか足元に転がっていると気付くでしょう。

●注意
 参加していないPCの名前は出せません。代名詞で置き換えることになりますので、ご了承下さい。
 尚、私の担当するNPCは登場できます。希望の場合、プレイングに明記して下さい。

●ご挨拶
 愁と申します。
 小さな火がすぐ消えてしまうように、その幻はとても儚く。そんな束の間に、皆様は何を見るのでしょうか。
 ご縁がございましたら、どうぞよろしくお願い致します。

  • そこのあなた、マッチは如何?完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2019年11月25日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

清水 洸汰(p3p000845)
理想のにーちゃん
レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ
ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
謡うナーサリーライム
メルナ(p3p002292)
太陽は墜ちた
レスト・リゾート(p3p003959)
にゃんこツアーコンダクター
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
フィーネ・ヴィユノーク・シュネーブラウ(p3p006734)
薊の傍らに
閠(p3p006838)
真白き咎鴉

リプレイ

●だってヒーローの一員なんだ

(なんかこーゆー話、オレもちっちゃい頃に絵本で聞いたっけなー)
 『雲水不住』清水 洸汰(p3p000845)はぶらりぶらりと散歩しながらお伽話を思い出していた。最も、そちらはヒロインが可哀想な話ではあったが。
「そこのあなた、」
「ん、なーに? オレに何か用ー?」
 かけられた声に、洸汰は元気よく振り返った。


「コータ兄ちゃん! 一緒に遊ぼう!」
「あっずるい! 俺も俺もー!」
 賑わう子供達に洸汰はにっこり。子供は子供らしく元気なのが一番だ。
「よっしゃ、今日は皆でキャッチボールしようぜ!」
 晴れてる日だったから、その日はボール遊び。
 またある日は雨が降っていたから、誰かの家でパズルを広げて。皆で頭を捻りながら完成させる。
 そして夕暮れが来ると、決まって一緒に帰路へ着くのだ。
(そんな日々が続いたら幸せだ)
 会って、遊んで、家に帰る。その繰り返し──。


 けれど時間は止まらない。皆がいつまでも子供でいられるわけではない。
 流れる時の中、子供達は洸汰より大きくなるだろう。声が低くなり、体つきが変わり。
 何より洸汰とは遊ばなくなるだろう。遊んでいた時間は勉強や仕事に充てられるのだ。
 それでも、と洸汰は戻ってきた現実に目を瞬かせながら、思う。
 大好きな人や物を見つけて、幸せな大人になれるならそれで良いと。
(その為にも、皆の日常ってやつ、オレがしっかり守ってやんないとな)
 まだ大人になれない洸汰にとって、すべきは今小さな子供達が素敵な大人になれるよう見守ること。見届けること。
 だって──洸汰はイレギュラーズという『ヒーロー』の一員なのだから。

「コータ兄ちゃん!」
「遊ぼー!」

 ああ、これは現実。無邪気な笑顔がこちらに向かってくる。
(大きくなっても楽しく笑って暮らしてくれてるんなら、オレはそれで充分かも)
 子供達の未来に想いを馳せ、洸汰は子供達へ大きく手を振った。


●ごめんなさいとありがとうと

「レーさんの理想は、……グリュックにごめんなさいとお別れを言うことっきゅ」
 『あーざーらしー』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)は──レーゲンは視線を落とす。
 あの時守れていたのなら。
 あの時もっと決断を早くしていたのなら。
 後悔はいくらでも降り積もる。だってそうであればグリュックの体だけでなく魂だって治せたはずだったから。
 もしもすでに転生しているのならば記憶はない。そうであればお別れのみを告げるつもりだった。
 けれど、件のマッチ売りは理想を──幻を見せるという。それにグリュックは最期に待っていると言っていた。ならごめんなさいを言ったって構わないだろう。
「レーさんだけが覚えていて、グリュックは忘れてしまうのはとっても悲しくて、つらいけど……
 ……ぐすっ」
 頭が理解しようとしても、感情はそこに伴わない。自らの操るグリュックの腕の中、レーゲンは少し眠ろうと目を閉じた。

(……何十年も独りで旅をして、混沌に召喚されて)
 その間に何度も枕を濡らしたのだ、そんな理想じゃなくて良いだろうとグリュックの中に宿ったそれは思う。
 楽しいこと、嬉しいこと。そんな理想を見れば良いというのに、レーゲンはいつまでもこの肉体の主を──グリュックを想っている。
(せめて、幸せな幻を見られるように)
 そう願うグリュックの耳が、音を拾った。足音。そして。
「ねえ、そこのあなた」
 それは話に聞いた、少女の声。
(お願いします赤ずきんさん。私も頑張って、レーさんを起こす為に激しく振り向くので)
 グリュックは渾身の力を込めて、勢いよく振り返る。
「っきゅ!?」
「マッチは如何?」
 目をぱっちりと明けたレーゲンの前に、炎が広がった。


「……幻は終わったっきゅ?」
 しばしして、レーゲンはぱちくりと目を瞬かせていた。そして自身を抱きかかえたままのグリュックを見上げて楽しそうに話す。
 自分が嬉し涙を流して、転生したグリュックと共にいたこと。抱いてもらったこと。幸せだったこと。
 けれど同時に気づいてしまった。
「君にお礼を言ってなかったっきゅ」
 だから言おう。これまでの沢山のことに心からのお礼と──そして、これからもよろしく、と。


●薄れるかおりとふつうの日々

 そこのあなた、と声をかけられた『ふわふわ鹿の』ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)は目を丸くした。
「あなた、薄い服で寒くないの」
 ヒトに毛皮はない。なのに何と寒そうな格好をしているのだろう。
 向き直ったポシェティケトは、広がる赤に「あら、」と目を瞬かせた。


 いつもと違う空気。
 けれど懐かしいにおい。
(知っている森だわ)
 むくりと体を起こすと、そばには2匹の動物。おばあさんと、ちいさい子。起き上がるその2匹をポシェティケトは知っていた。
 ──どこに行ってたの、探したのよ。
 ずっと一緒にいたのだから、これからも一緒。森の心地よい場所を転々と歩き回って、好きな時に眠って、散歩して。美しい木の皮もむしゃりと食べてしまおう。
 ふわふわのちいさい子が大きくなって、ツノも立派になるくらい、いいえもっと。ずっと、ずっと。
(あらあら、いやねえ)
 どうして忘れていたのだろう、とポシェティケトは不思議に思う。だって、こんなにも大切な2匹なのに。
 おばあさまと、ポシェティケトのかたわれ。3匹でいつまでも、何でもない日を繰り返そう──。


「……まあ」
 気がつけばポシェティケトはねぐらの森に戻ってきていた。泡沫にいた時の記憶は夢から覚めた瞬間のように、徐々に曖昧になっていく。
 可愛いふわふわの様子や甘い毛皮の香りが、今すぐ掴めそうだというのに──どこにだって存在しない。
(輪郭がぼやけていくみたいで、寂しいわ)
 そこへふわりとやってきたのはいたずら妖精。頬を撫でるような感触にポシェティケトはふふ、と小さく笑う。
「慰めてくれるの、クララシュシュルカ」
 こうしている間にもまた忘れていく。ああ、何が寂しかったんだっけ?
「またすこうし、わからなくなってきちゃった。でも、とってもしあわせな気持ち、だったのよ」
 胸の奥が温かくなるような、そんな気持ちだ。今だって理由は違うけれど、温かい。
「心配してくれてどうもありがとう、優しいいたずらっこさん」


●泡沫に消えゆくヒト

「……え?」
 『青の十六夜』メルナ(p3p002292)は目を瞬かせた。視界に映るのは間違えようもない、ずっと暮らしていた村。
(……あ、これが幻? でも私の理想、って、)
「──メルナ」
 不意に名を呼ばれ、メルナは目を見開いた。その声も間違えることなどあるわけがない。
 けれど、だって。
「……お兄ちゃん?」
 振り返った先には、昔と何ら変わりのない兄の姿があった。
「ん、どうした? そろそろご飯の時間……っと、メルナ?」
 勢いよく抱きつくと兄が少しだけたたらを踏んで、不思議そうに声をかける。
(温かい。声も、姿も……お兄ちゃんだ)
 ああ、これが理想だというのなら納得だ。兄が生きている未来。共にいてくれる時間。
 少しでも長く、長く続きますように。
 そう願いながらメルナは顔を上げ、兄へゆるく頭を振った。
「……ううん。ごめん、ね。ちょっと……朝に怖い夢見たの、思い出しちゃったの……」
 それを聞いた兄は仕方ないな、というようにメルナの頭をポンポンと撫でる。兄離れしないと困った顔をするけれど、何だかんだと彼は妹に甘かった。
「……ありがと。もう、大丈夫だよ。ご飯の時間だっけ」
「ああ。父さんも母さんも待ってるだろうさ」
 行くぞ、と出された手に自らのそれを重ねる。剣ダコのある手が何だか懐かしい。
「お兄ちゃん、今日のご飯は何って言ってた?」
「ええと、確か──」


「……あ、」
 メルナは気づけば、人気のない路地に立っていた。声に振り返った場所だ。
 どうやら幻は終わってしまったらしい。
「……そう、だよね。幻なんだもん。長くなんて……見てられないよね」
 それでもあの姿を捜してしまいそうで、メルナはぎゅっと拳を握りしめる。
 兄は死んだ。それは確かなことだ。だからあの光景はメルナの理想、ただの幻。それ以上の何物にもならない。
(……幻、なのに)
 空しいだけのそれに縋るなんて、馬鹿みたいだ。
 帰らなければとメルナは踵を返す。生きて、兄の代わりにこの世界へ呼ばれたのだから。その務めを果たさねばならないと、心の何処かがメルナを突き動かす。
(……ね、お兄ちゃん。私、代わりに頑張るから)
 だから、もしもメルナがそちらへ逝くときは、きっとまた──。


●いつかに見る夢

「あ、あらあら~? ここは何処なのかしら~?」
 ただ振り返った、それだけのはずなのにと『遠足ガイドさん』レスト・リゾート(p3p003959)は辺りを見回す。驚いたことに、いつの間にか見知らぬ部屋だった。
(あ、もしかして……これがブラウちゃんが言っていた幻?)
 正体が分かれば不安も何もないもので。むくむくと膨れ上がる感情は──面白そう、だ。
 まずはと窓の外を見たレスト、早速息を飲んだ。その瞳は宝石のようにキラキラと輝いている。
 恐らく洞窟の中、だろう。宝物が所狭しと敷き詰められ、その中で竜が穏やかに寝息を立てている。その頭上は明るい。どうやら吹き抜けのようだ。
(まあ! お話でしか聞いた事が無いドラゴンが居るわ!)
 窓は薄くなさそうだけれど、もしかしたら竜を起こしてしまうかも。レストは心の中ではしゃぐ。
 部屋自体に不思議なものはないようで、レストは扉を開けると廊下に出た。長いそこの両脇には沢山の扉が付いている。
 真っ直ぐ進んで階段を降りると、ホテルのフロントが広がっていた。繁盛しているようで、従業員と客が賑やかにやり取りをしている。
 やはり、とレストの予想が確信に変わった。
(おばさんの夢は、世界の色んな場所にホテルや観光地を作る事だけれど……)
 この幻は、どうやらとんでもない立地にホテルを建てたようだ。
「んふふ〜、あちらには何があるのかしら?」
 ホテルの中をあちらへ、こちらへ。曲がり角を曲がったレストは、これまでと全く異なる──けれど見知った場所に、思わず立ち止まった。見下ろせば、転がったマッチ。
「素敵な幻……いいえ、目指すべき未来かしらね?」
 マッチをハンカチに包むと旅行鞄へ。あの幻を忘れてしまわないように。そしてんふふ、とレストは幻の光景を思い出して笑った。
(いつか覇竜の様な未開の地に、ホテルを建ててみたいものだわ~)
 あの幻がいつか、現実となりますように。


●温もりと特別でない1日

「……っ!」
 振り返ってしまった『さまようこひつじ』メイメイ・ルー(p3p004460)は広がる赤に息を飲む。ほんの少しだけ怖くて、けれど何故か温かさを感じる、赤色だった。


 ご飯よ、と声が聞こえたメイメイは顔を上げた。家まで駆ければ、途中途中に見慣れた風景が広がる。
(これは、村にいた時の、記憶)
 これは追体験というものだろう。広がる世界も何もかもは昔のそれ。メイメイが旅立つ前の、山奥にある小さな村だ。
 メイメイたちは細々と、穏やかに温かい暮らしをしていた。牛や羊を追って、畑を耕して、織物を織る。決して易しい環境ではなかったけれど、それでもこの生活は大好きだった。
 ただいまをして、食卓に着く。両親や兄、姉、祖父母も共に。
「メイメイはまたそんなに食べて」
 からかう言葉にアワアワと恥ずかしがるメイメイ。その内で今の自身が懐かしがる。
(そう……いつも、たくさん、食べるから。
 そうして……食べ終わったら、ねえさま達と……一緒に)
 布団を用意して、一緒に包まって眠りにつく。
 今のように様々なことが起こる毎日ではない。同じような日々へ、自然が彩りを加える毎日だ。
 そう、これは特別ではないけれど大切な、何でもない日──。


 頬を涙が滑って、メイメイは漸く我に返った。
(あ、あ……終わってしまった、のです、ね……)
 拭っても新たな涙が零れ落ちる。けれどその胸にあるのは寂しさだけではない。
 懐かしいあの日々を。
 戻ることが叶うかもわからぬ故郷を。
 温かい暮らしを、家族を。
(見せてくれて……ありが、とう)
 いつの間にやら落ちていたマッチは、すでに燃え尽きて残骸と化していた。それをそっと拾い上げ、ハンカチに包み込む。
 それを胸に抱いて、ふと。
(……村に帰るのは掟で許されてないけれど……手紙、書いてみよう、かな……)
 手紙を送ることは掟で禁じられていない──なんて、屁理屈だろうか?
 それでも試しに書いてみようかと、メイメイは帰路へ着いたのだった。


●本ではない匂い

(理想の光景……夢というならば、憧れのあの人の隣に立てるようになる事です)
 けれど、とフィーネ・ヴィユノーク・シュネーブラウ(p3p006734)は思う。これは"夢"であって"理想"ではないのだろうと。夢と理想は似て非なるものなのだと。
 ならば、きっと。そう呟いてフィーネは炎の中、目を閉じた。
(私が儚い炎の中に見出す理想というのは……1つしか、無いのです)


 それは、叶わぬ願いだと折り合いをつけたはずだった。
 それは、過去の話だと諦めたはずだった。
 心の奥の、またその奥。ひっそり厳重にしまい込んだ、しまい込んでいたはずの理想。

 ある邸宅で、4人がテーブルを囲んでいた。厳格な父と、優しかった母。姉の贔屓目でも可愛らしい妹。そして──。
(……私)
 私は別荘に、別荘という牢獄に住まわされていない。せめてもと差し入れられる本の山もなく、そこで1人過ごしているわけでもない。……そんな、世界。
 家族の顔が少し揺らめいているように、はっきりとしないのはフィーネの記憶が曖昧だからだろうか。
(それでも、和やかで)
 温かい家庭が、そこにはあった──。


 ほろり、と雫が零れ落ちた。
(……薄々、そんな光景になる予感がしていたのは否定しません、けど)
 これはいけませんね、と小さく呟いたフィーネは落ちていたマッチを拾い上げ、脇道の奥へと進む。こんな顔で──泣き顔で、往来は歩けない。
 そうして誰にも見られないような奥まで進んで、フィーネは溜息をこぼした。

 もしも、私が異能を持っていなければ。
 もしも、無辜なる混沌に呼ばれていなければ。
 もしも、家族と共に暮らせていたのなら。

 今を否定するわけでもなく、不幸だと言いたいわけでもなく。それでも捨てられなくて心の奥底に潜ませていた願い。
 嗚呼、ここまで心が掻き乱されるとは。
 深呼吸をして、ゆっくりと心を落ち着かせる。フィーネは手元のマッチに視線を落として──そっとそれを、ポケットにしまった。


●大好きなあなた

 ブラウの話を聞き、帰路についていた『真白き咎鴉』閠(p3p006838)は、マッチ売りの人影に足を止めた。同時に向こうもこちらを見る。
「ねえ、そこのあなた」
「……アナタは誰?」
 閠の言葉に、マッチ売りは答えない。答えないまま、手に持つマッチへ火を灯した。
「……マッチは如何?」


 ──救われたい、なんて、それこそ、夢にも思いません。
 ──けれど、幻でなら……見ても許される、でしょうか。


 転寝からあの人の声が閠を現実へ引き戻す。風に乗っているのはその声と、海洋らしい潮の香り。
「お兄様、お兄様、ここに居ますよ」
 起きて駆け寄れば、閠と同じ金色の──そして穏やか眼差しがそこにあった。風に白くて美しい髪が靡くのを見て、閠もまた目を細めて笑う。
(なんてあたたかくて幸せな時間なんだろう)
 いつまでも続けば良いのに。
 揃いの漢服は花壇に咲き誇る花々より、段違いに色鮮やかだ。けれど2人分の笑顔はそれに勝るとも劣らない。
 ふと閠が顔を曇らせて、兄がどうしたのかと問う。
 思い出してしまったのだ──先ほど見た、夢を。

 大人達が怖い顔で、操りやすい閠を家長の椅子に座らせている夢だった。人質だ。誰に対して? それはもちろん大好きなこの人──お兄様の。
 体の自由を奪われ、言われるままに頷く。そうすればそうするほど、何もわからなくなっていく恐ろしい夢。

「大丈夫、ここには怖いことなんて何ひとつないよ」
 兄が手を伸ばし、閠の淡い緑色の髪を優しく撫でる。落ち着かせるようにその唇からは童謡が紡がれて。
(そうだ、ここにはお兄様がいる)
 たったそれだけ。兄がいるだけで、閠は幸せだった。




 はっと意識が戻ると、寒空の下にいた。その足元には燃えかすとなったマッチ。閠は丁寧にハンカチに包むと懐へしまった。
 少女からは何も答えてはもらえなかったが、自らの見た幻は少しでも情報となり得るだろうか。
「これも、明日にでも、ブラウさんのところへ、持って行きましょう」
 顔を上げると、見知った霊魂2つが飛んでくる。いつまで経っても帰ってこない閠を心配したようだ。
「大丈夫。さあ、帰りましょう」
 閠はにこりと微笑んで──その黒布の下に滲んだ雫は、誰にも知られることはない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした、イレギュラーズ。
 素敵な幻は見られましたか?
 昨日も今日も、そして明日も。混沌のどこかでは、あのマッチが灯されるのでしょう。

 またのご縁がございましたら、よろしくお願い致します。

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