PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Abschied Radio>憎悪が先か、狂気が先か

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●狂ってないけど暴力は素敵だ
「アー……やってらんねえ」
 練達内のとある自治区、集合住宅のひと部屋で、数名の労働者が安酒を煽っていた。
 部屋の床や壁はすぐに抜けそうなほど薄く、雨が降ればどこかで雨漏り、水まわりのトラブルもしょっちゅう。劣悪なつくりのこの建物は、低賃金の労働者を所狭しと詰め込む為の場所だ。
 いかなる英雄でであっても、混沌に来れば皆平等――というのはスタートラインに限った話で。
 要領の良い奴悪い奴、基本的な部分で強い奴と弱い奴。力の差というものは、暮らしていくうちにどうしても出てくる。
 特にこのエリアはその差が顕著で、貧すれば鈍するで治安も悪く、怒声や銃声が飛び交うのが日常風景。
「寝て起きて、起きたら仕事。仕事終わったら帰って寝て、また起きて仕事……」
「帰れればいい方だろ。……うーん、ここでいちからやり直せると思ったんだけどなあ」
「あんにゃろう、俺らをこき使いやがって」
 現状の不満を口々に漏らす。長時間の労働に従事する彼らは、仕事が終われば疲れ切って逃げる余力も無く。まして、逃げたところで上手くいくのか。今までも上手くいかなかったのに。少なくとも今は、雨風を多少凌げる家を与えられてはいるが――
 床に転がる安酒の缶、落としたままの煙草の灰皿、開けっぱなしの袋菓子。その横で、点けっぱなしの古びたラジオが鳴り響く。彼らにとっての、数少ない娯楽だ。

『……――Hi、良い子悪い子老若男女、今日は幸せに生きてるかい?……?』

 近ごろよく耳にする声だ。そういえば、この声が聞こえるようになってから、この辺りが一段と荒れてきた気がする。
「このラジオ、何だか不思議な感じがしないか?」
 勘の良い労働者が何かに気づき、思ったことをぽろりと漏らす。
「そうか? ……でも、だったら上等じゃねえか?」
 それを聞き何を思ったのか、粗暴な労働者が口角を釣り上げた。強引にテープで繋いだ割れ窓の向こうで、ひときわ大きな爆発音があがる。
「この大混乱だ。このどさくさに乗じて、奴らをぎゃふんと言わせてやるのさ」
「えっ、それは……なるほど!」

『今日だけは、思いのままに振る舞っていい!』

 数刻後。空になった部屋の中で、ラジオが休まず鳴り続けていた。

●悪い奴ほど決まりを守る
「ほう。奴らが暴動を、ねぇ」
 真っ白なスーツに身を包み、艶のある革張りの椅子にゆったりと腰かけた男が顎を撫でつつ、装甲服の男――私的に雇った用心棒の報告を聞く。
「まったく、俺が何をしたっていうんだい。技術も学もねえ連中に手取り足取り教えてやって、住処まで世話してやったっていうのに。その恩をアダで返そうってか?」
 確かに現場は長時間動かしており、同じ練達内でも、自治区によっては「決まり事」に抵触する恐れもある。しかし、この区域にそういった決まり事は無い。いかなる工夫をしても、存在しないルールを破る事は出来ない。
「その通りでございます」と、用心棒は大きく肯首する。
 この男、ゲオルギはかつて、銃弾飛び交う世界で武力を売っていた事がある。混沌の上でも以前と同様に武器を作り、仕入れ、売り捌いてその地位を固めてきた。「ゲオルギ武器商店」といえば、このエリアではそれなりに名が通っている。
 技術者がきわめて少ないが故の粗製濫造だが、それでも物珍しさに買っていく混沌の民や、とりあえずの武器を求める弱者など、需要はいくらでもある。
 どうなさいますか、と用心棒が問う。ゲオルギは、壁に飾っていたライフルを手に取りながら答える。元の世界でも愛用していた一品だ。混沌による制限はあれど、粗雑な自社製のものとは一線を画している。
「そりゃあお前、教えてやんねえと……なあ?」
 連中は自分の手足、道具として大事にはしてきたが、無くなったなら代わりを探すまで。ここは混沌、流れ者なら幾らでも居る。
「その通りでございます」と用心棒は答え、迎撃の手配に向かった。

●魔種でなくても悪い奴ぁ居る
「働く、って命がけだよね」
 仕事の都合上、危険に身をさらす事も少なくないショウがしみじみと言う。
「ゲオルギ武器商店、っていう武器屋があるんだけどね。かなり強気でやってたから、結構色々なところから恨みも買ってて……そこで働いてる人達が、最近の混乱に応じてオーナーを襲うんだそうだよ」
 労働者側は統制の取れていない者ばかりで、戦力や人数、進行ルートなどは全て簡単に割り出す事が出来た。襲撃される側、ゲオルギ側の戦力についても既に調査済みである。
「襲う側、働く人たちの方は、ケンカには慣れてるけど大した武器は持ってない。ゲオルギの方は、人数は少ないけど装備が全然違う。……このまま行ったら、働く側が全員返り討ちになるかな」
 
 練達中に絶えず流れる、不穏なラジオ。鳴りやまぬ怒号。憎悪が先か、狂気が先か。
 魔種が絡まないにせよ、憎悪や狂気は容易に広まる。今回のオーダーはただ1点、『暴動とその拡散を止めること:』。その方法は、あなた達に一任された。

GMコメント

労働者も経営者も、みんな大変ですよね。
ふみのGMの企画に乗っかってお邪魔します、白夜です。

・・・・・

●目標
ゲオルギ武器商店周りの暴動を鎮圧し、エリア外に騒動を広げないこと
(方法不問。労働者やゲオルギ、その他の生死も問いません)

●ロケーションなど
練達のスラム気味なとあるエリア、ゲオルギ武器商店前の通り~店の中です。
時刻は夜。周囲にある程度の明かりはありますが、細かい部分は見えにくいかも知れません。店内は明るいです。
店の前には銃眼付きのバリケードが張り巡らされ、ゲオルギ側はそこから撃ってきます。
店外の道は広く戦闘に支障はありませんが、店内の方はやや狭くごちゃついています。

エリア内の住民比率は、旅人8:何らかの純種2ぐらいです。
付近の住民は安全な建物の中に避難していますが、何かの拍子に出てくる可能性も
ゼロとは言い切れません。
店付近の電信柱に取り付けられたスピーカーからは、絶えずラジオが流れています。

●敵
ゲオルギ側と労働者側で分かれて争っていますが、特に何かしなければ
イレギュラーズの皆さんは両方からの攻撃を受けます。

 〇『ゲオルギ武器商店』ゲオルギ(旅人)
 異世界からやって来て、その身ひとつで成り上がろうとしている男です。
 鉄火場の経験は多少あり、用心棒ほどではありませんが銃の腕はそれなり、
 何より獲物の性能が非常に良く、当たるとかなり痛いです。
 部下の用心棒含め労働者側に比べるとだいぶ冷静ですが、狂気の影響はあります。

 ・フルオート射撃:物中列/大ダメージ【溜1】【連】
 ・精密射撃:物超単/中ダメージ【出血】

 〇用心棒×4(旅人2:鉄騎種2)
 ゲオルギが雇った用心棒です。命懸けはお手のもの。
 大盾を構えており、どちらかというと守り重視のようです。
 そこそこ良い装備を持っています。

 ・フルオート射撃(弱):物近列/中ダメージ【溜1】
 ・多段牽制:物近単/小ダメージ【足止】
 ・ブロッキングバッシュ:物至単/やや大ダメージ【痺れ】

 〇低賃金労働者×10(旅人8:人間種2)
 ゲオルギのやり方に不満を持ち、混乱に乗じて暴動を起こした人々です。
 治安の悪い地区でやってきただけの「ケンカ」の腕はありますが、その程度です。
 元からゲオルギを恨んでおり、本人たちはあくまで「狂気に乗じている」つもりで、
 実際に汚染されているかは不明です(が、すべき事は変わりません)
 強い憎悪から、思わぬ底力を発揮する可能性があります(CTが高めです)

 ・工具で殴る:物近単/中ダメージ【弱点】
 ・手榴弾:物近範/大ダメージ【火炎】※1人1つずつの所持、使い切りです
 ・安ピストルで撃つ:物中単/中ダメージ【出血】
  ※命中は低めですがCT時にダメージ量が大きく増え、【流血】が追加されます。

 〇バリケード(店の前)×5
 ゲオルギと店を守る、銃眼付きのバリケードです。
 1枚で人ひとりをすっぽりカバーできる大きさで、 店の入り口を覆うように配置されています。
 後ろの人間に防技アップの補正が付き、特に射撃と斬撃のダメージを大きく軽減します。
 ダメージ蓄積での破壊や【飛】攻撃で吹き飛ばすなど、何らかの方法で対処可能です。
 勿論ですが、自発的には動きません。

接触時の初期配置は、店の前のバリケードを挟んで道路側に労働者10名、
バリケードの向こう(店内側)にゲオルギ達がいます。

●情報精度:B-
敵や場所の情報に間違いはありませんが、不確定要素になり得るものが
その場にあります。

・・・・・

それでは、皆様のご参加をお待ちしております!

  • <Abschied Radio>憎悪が先か、狂気が先か完了
  • GM名白夜ゆう
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年11月25日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
リュグナー(p3p000614)
虚言の境界
鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ゼファー(p3p007625)
祝福の風

リプレイ

●愉快なラジオと奈落の月
『どうしても欲しい? でも動けない? 辛いよね~! そういう時はどうするって? 簡単だよ、奪ってしまえばいい!』
 現場付近のスピーカーから、絶えずこんな調子の声が響く。
「また、ラジオですか」
 普段は物静かな『玲瓏の壁』鬼桜 雪之丞(p3p002312)も、この声には心がざわりと波打つ不快な感覚――苛立ちを感じる。
 現場に近づけば、ラジオに労働者たちの罵声も混じる。ゲオルギ側と何やら揉めているようだ。
 その様子を見て「不満があるなら海洋に住めばいいのに」と漏らしたのは、『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)。彼女には労働者の気持ちも、雇い主のゲオルギの気持ちも「わからない」。働かなくても毎日楽しく生きている者は、あの地には沢山居るというのに。
「そう簡単な事じゃないのよ。きっと、ね」
 風の向くまま、己の腕一本で生きてきたゼファー(p3p007625)が過去の出会いと別れを思い出し呟く。彼らは自分を忘れただろうが、強い者弱い者、多種多様な人々の事を、ゼファー自身はよく覚えている。
「あの声、あのラジオは、人の心の何を引き出そうとしているの?」
「何が楽しいのか分かりませんが、混乱、混沌こそが望みなのでしょう」
 雪之丞が、ココロに感じたままを語る。
「そうですね。真意は分かりませんが、社会に対する揺さぶりとしては……十分な効果がありそうです」
 『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)もほぼ同意見だ。練達の技術を使えば、広範囲に無差別に狂気を撒く事も、或いは可能だろうか。
「うーん、ただの音声にそんな力があるかは謎ですけど……」
 憎悪が先か、狂気が先か。ラジオの声は元々あったキモチを引き出すきっかけに過ぎないのかも知れない。『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は、人々のキモチを俯瞰し思う。

「……おや」
『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)が手にした騒音の破片が大きく共鳴する。周辺のスピーカー、狂気の発生源は早急に破壊すべきという事で全員の意見は一致している。夜闇の影響を受けないその『眼』で、目標はすぐに見つかった。
「見つかったか。どうやら、複数あるみてぇだな」
『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が放っていたコウモリが、更に二つのスピーカーを発見する。優れた聴力で位置を探っていた雪之丞も「向こうで間違いない」と、仲間に位置を知らせる。
「では、スピーカーの方はレイチェル様とリュグナー様、咲耶様にお任せして……」
「はい、拙たちは労働者の抑えに向かいましょう」
 アリシスと雪之丞が労働者側へ接近すると同時、その背後。上方で強烈な破壊音が響く。 リュグナーの渾身の魔弾が、一つ目のスピーカーを破壊した。
 その衝撃で介入に気づかれたようだが、事は早急に、確実に行くべきだろう。
「ふむ、強度は普通のスピーカー並みか。それなら……」
 レイチェルが放った不可視の刃が、二つ目のスピーカーを破壊した。夜は吸血鬼たる彼女の領域。狙い撃つには、何の障害も無かった。
「武器を持ち出してまで襲おうとは、相当不満がたまっているのか、狂気に侵されているのか」
 これは立場の違う者同士、対立の物語。
「悪くはないですね」
 労働者の銃弾を受けながら、四音が微笑む。どんな結末でも、ヒトが紡ぐ物語はいつも面白い。だからお礼をしなければ。それが彼女なりの愛と礼儀だ。
 さあ、この物語はどう転がる? 

「今鎮圧しても、ゲオルギが考えを変えない限り繰り返すよな」
「ああ。暴動という選択をした以上、どちらも同じようには居られまい」
 魔種の狂気があるとはいえ、その根底に憎悪があるのは確実。今回で根本的な解決は出来なさそうだが、やれるだけの事はやろうと、レイチェルは月下美人の大弓を構える。
「ま、根本的な解決がこの場出来るとまでは思っちゃいませんけれどね。あ、咲耶! スピーカー、あっちにあったわ!」
「承知!」
 ゼファーが示した先と仲間たちの情報から三つ目のスピーカーを捉えた『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)も、集中した上で呪いの手裏剣を投げつける。
「人心を惑わす悪辣な手管、この紅牙の忍術で全て打ち砕いてくれよう!」
 スピーカーは簡単に壊れ、咲耶は確かな「手ごたえ」を感じた。人を呪わば穴ふたつ。呪いが返る先は、果たしてどちらで何処か。

 三つのスピーカーが壊れた事で音声が止み、辺りが少し静かになるのを、その場に居た誰もがはっきりと感じた。空気が緩まった今がチャンスと、ココロがバリケード超しにゲオルギへの接触を試みる。
「ローレットの者だけど。メンドクサイ事をもっと面倒にしないよう、あの人たちを抑え込むのは任せてもらえませんか」
「ローレット……? ああ、今、巷で噂の何でも屋ね。随分と綺麗どころを揃えてきたもんだが」
 内輪揉めへの介入者は、各地での活躍目覚ましい想定外(イレギュラー)か。混沌に生き、こと情報網が発達した練達に住むゲオルギが知らない筈もなく。
「ええ、ええ! 私達はローレットから派遣されてきたの。どうか、この場は私達に預けて貰えないかしら?」
「申し出はありがてぇが、出来ねえ相談だ。何も出来ねえバカ共にあれこれ世話して育ててやったのに、恩を仇で返すようなド阿呆になっちまったからな」
「なるほど」
 ココロが首を傾げる。
「でも、自分の為のお世話でしょう? だったらそれは彼らの為ではないので。恩でもなんでもないと思います」
「恩とか何だかんだより、こうしてやらんと示しがつかねえ。……何より、俺の気持ちが収まらなくてな!」
 邪魔をするなら嬢ちゃん達も殺すぞと、労働者も冒険者も巻き込んだありったけの弾丸を放つ。
「……そう。それがあなたの『ココロ』なのね」
 被弾してしまったココロが、その弾から彼らの『キモチ』を探るもまだ分からない。彼らの『心』を知りたくてこの場に来たのだ。それまで、誰一人として奪わせる訳にはいかない。
 指に嵌めた海色の誓いを高く掲げ、場に流れる血を最小限に留めた。

「この野郎! やりやがったなァ!」
 無差別な弾丸は、労働者たちの怒りに油を注ぐ。ココロによって傷が癒された事にも気づかぬまま、彼らが一斉にゲオルギに迫ろうとしたところ。

 ――ちりん、ちりん――

「おいでませおいでませ。憎きは此方へ。仇は此処に――」

 猥雑なエリアに似つかわしくない、鈴に似た、澄んだ音色が響き渡った。可憐な夜叉の打ち鳴らす音色が、多くの労働者たちを強烈に引き付け。彼らは向きを変え、雪之丞へと殺到する。
 彼女の立ち姿は、さながら奈落へと誘う幽鬼。足を取られれば真っ逆さまに。
 労働者たちが次々に振るう工具や銃弾を、神鳥の名を冠した漆黒の鞘が静かに捌く。捌ききれずに血が流れても、鬼は顔色ひとつ変えず。
「……なるほど。確かに、刀を抜くまでも無さそうです」
 敵の練度をその身で確め、返す刀――ではなく、身を守っていた鞘で労働者を強かに打つ。重ねてアリシスが放った光が、労働者を気絶させた。
「まずは一人……ですね。確実に参りましょう」
「はい。お願いします」
 ざらついた怒号と清らかな鈴の音が混じって響き、頭上には清浄にして不吉な月が登る。状況は今、始まったばかり。

●目には目を、悪には悪を
 ゲオルギが放った弾を寸でで避けた咲耶が、続けて接触を試みる。
「労働には相応の対価が無ければ下の者はついて来られぬ。謂わばゲオルギ殿の自業自得でござろうが……」
 毛色は違えど、咲耶も彼と同じく闇に生きる者。ゲオルギも己と近い空気を感じ取り、警戒を強めた。
 闇には闇を。咲耶には切り札の用意がある。雪之丞とアリシスのお陰で邪魔者はほぼ無いが、そう長くは持たないだろう。いつ切り札を出そうかと、機を伺う。
「確かに、暴力を振るってきたならば反撃するのは当然でしょう。しかし彼らは魔種に扇動されただけの被害者です」
「アンタならうすうす気付いてるだろうが、この事件は魔種絡みだ。さっきまで、変なラジオが鳴ってたろ?」
 四音とレイチェルが、魔種の存在とラジオについて述べた。そういえば、あの声がもう聞こえない。
「普段、不満はためていても、そこまでする気は無かった者達です。ここは私達に彼等の対処を任せて貰えないでしょうか?」
「知らんのか? 二度ある事は三度ある。ここで奴らをのさばらせれば、それこそ繰り返すだろうよ。だったらこの場で替えた方が」
「……替えがきくって言ったが、入ってこないように手を回してもいいんだぜ?」
 レイチェルが低い声で、含みのある言葉を投げかける。彼女もこの辺り――闇の世界には顔が効く。
「労働者も貴重な資産なンだよ、三流商人」
「何を……!」
 あまりにも露骨な煽り。ゲオルギは逆上し、レイチェルに向けて発砲する。
 経験的に、こういった状況では冷静さを欠いた方から負ける。ゲオルギはそれを意識してか無意識にか、リロードに時間のかかるフルオート射撃を避けた。少し前――ラジオの声があった頃合いだったら、後先考えず撃っていただろうか。
(となると、俺もやはり――?)

「鬼さん此方――いえ、鬼は拙の方ですが」
 交渉の間に労働者を抑えるべく、雪之丞が再び奈落の鈴を打ち鳴らす。いまだ多勢に無勢は変わらず、ゲオルギ側からの銃撃をも受け幾度か深手を負うも、四音とココロが奏でる調和の音色がその大部分を相殺する。
「ご支援、痛み入ります。この程度で倒れる訳には、いきませんね」
 雪之丞とアリシスは共に不殺で留めてきたが、対処できるのは一人ずつ。しかし、一人でも減ればだいぶ楽になる。交渉側に目をやると、ゲオルギに迷いが生じているのが見えた。
「……では、私からも一言」
 アリシスの玲瓏な声が、一帯に響く。
「この騒動は、練達北西部で広く起きています。解決には今しばらく時がかかるでしょう――単に代わりを見繕っても『繰り返す』か、或いはより悪い結果を呼び込むかも知れません」
「そういうこった。アンタも『繰り返す』って言ったろ? ここで方針を変えないと……いずれはアンタ、死ぬぜ」
 アリシスの言葉もレイチェルの言葉も、少し考えればその通りになる事は想像に難くない。
 もう一押しか。咲耶が今ぞと切り札を切る。
「申し訳ござらぬが、拙者の伝手でゲオルギ武器商店が手を伸ばしておらぬ販売ルートを幾つか調べさせて頂いた!」
「ほう、販路だと?」
「一度目を通して頂けぬでござろうか!?」
 咲耶がちらつかせた資料に、ゲオルギは強い反応を示し。
「……俺はココじゃあまだ新参の域でな。俺の知らねえ販路や金脈があっても……不思議じゃ無えな」
 練達の地は日々流入する旅人や技術によって拡大を続け、全てを把握する事はほぼ不可能。野心ある彼にとって、新しい情報は今、最も欲しているモノだった。
「……興味がある。で、勿論、そいつには対価が要るんだろう?」
「簡単な事でござる! 繰り返しになるでござるが、労働者たちの対処を拙者たちに任せて頂ければ!」
「そう悪い話でもなかろう。その程度の連中であれば、貴様ほどの者が労力を無駄に割く事もあるまい」
 咲耶を後押しするように、リュグナーが切り出す。強調された「無駄」という言葉は、ゲオルギが強く嫌うものの一つ。
「我からも繰り返すが、今回は『魔種が絡んでいる』。魔種絡みの対応に関して、我々の手腕を知らぬ貴様ではなかろう?」
 専門家に任せる事の重要性も、ゲオルギは理解している。改めて状況を確認すると、どうやら、この介入者たちはこちら側も殺さずに済ませたいようだ。自身や護衛が発砲しても反撃して来なかった事を見て、ゲオルギは確信した。
「よし、いいだろう――おい! 攻撃はやめだ!」
 即座に飛ばされた命令を受け、配下の銃撃がぴたりと止み、辺りが急に静かになった。
「賢明な判断だ。情報通り、やり手のようだな」
「ええ、ええ。商売は大鉈を振るう思い切りだけじゃなく、慎重さも時には重要かしら!」
 リュグナーに続いてゼファーも、ゲオルギの判断を称賛する。
「幾ら労働者に替えが居るったって、死人がン十人出たなんて広まれば商売に差支えが無い訳はないわ」
「ああ。姉ちゃんの言う通りだ。俺とした事が、頭に血が登っちまってたか」
「魔種の所為もあるし、分かって貰えればオッケーよ! それにほら、万が一お偉いさんに目を付けられて仕事がし辛くなるのも、本意では無いでしょう?」
「全くもってその通りだな。槍の姉ちゃんとそこの包帯は、ビジネスってもんが良く分かってる」
「我も稼業を持つ身故にな。――何れ、貴様とも取引をする日もあろう」
 信頼と精度が命の情報稼業。故に、リュグナーは決して『嘘は言わない』。

「……よし。あんた等にこの場は任せる。それでいいんだな?」
「ええ! そうと決まれば……」
 ゲオルギ側に向いていた冒険者たちが、一斉に労働者の方へ向き直り。

「さあさあ、かかってらっしゃい! 遊んであげるわ!」
 いの一番に、ゼファーが声を張り上げる。雪之丞の手を逃れた労働者が数名、ゼファーの口上に釣られて進路を変えた。

●三途の川は通行禁止
「憎悪に身を任せてこの程度。使い手より武器の問題でしょうか」
 ゼファーの引き受けもあって、雪之丞にかなりの余裕が生まれる。後は、殺さず落とすのみ。元凶の思惑に乗るのも面白くはない。
「狂気に乗じるつもりが、染まってしまっては元も子もありませんね」
「そうですね。後々の事を考えれば、死者を出さないに越した事は無いでしょうから」
 アリシスが今一度高く掲げた聖杯越しに、異界の神の威光が顕現する。
 神域の暗部、機密の中の機密。聖女にして背教の魔女が放つ聖なる術式は、邪悪のみを打ち払い、その命までは奪わない。
 たびたび受ける状態異常や気力の枯渇をも四音が癒し、それが途切れることも無かった。
「だいぶ捌けてきたわねー! それじゃあ、速攻キメちゃいましょうか!」
 一の手に古びた長槍で、二の手に拳で労働者を沈めにかかる。寸での所で踏み留まっていた者たち故に、命を奪わないよう注意深く、されど大胆に。
 攻勢に転じた冒険者たちの猛攻を逃れ、店の近くまで至った労働者があったが、リュグナーの『眼』が見逃さない。予備動作無しの衝術で吹き飛ばし、店から大きく引き離す。
「逃がさぬ――」
 立て続けに放った黒い鎖、地獄の大公の影が、吹き飛ばした労働者の自由を奪う。この一撃が、ゲオルギ側の安全を強固に確保した。
「やるじゃねえか」
「フ、後で適正な上乗せを頂こうか」
「考えておくぜ」

「……! 皆様、ご注意を」
 複数の手榴弾が自分に向けられるのを感じた雪之丞が、ゲオルギや労働者からも出来るだけ距離を取る。続けざまに響く爆音。彼女の注意が功を奏し、被害は最小限に留まったが、受けた傷は決して浅くない。
 炎の中、平然と立つのは四音。願いを込めた救いの音色を広く奏でれば、多くの傷がたちまち癒えていく。
「命を大切に思う皆さんの命も、同じように大切ですから」
 ――それにもっと、皆の物語が見たいから。
 咲耶の妙法、箱の形をした複合暗器が次々と形を変え、残り僅かとなった労働者に迫る。あの道化の思い通りにさせまいとするなら、これ以上攻めれば殺してしまう。
「ココロ殿! お頼み申す!」
「うん。どうでもいいのですが」
 こくり、と頷いたココロの威嚇術が瀕死の労働者を打ち倒した。どうでもいいのに何故殺さない? とでも言いたげな目を向けられた少女はこう返す。
「どっちもいちいち殺す価値なんて感じないからですよ」
 陽光に煌めく海も、その底は昏くどこまでも深く、本人にさえ見通せないのだ。
「あと一人か。それじゃあ、安らかに」
 一瞬だけ解放する不死の王の力、その一片。レイチェルが纏う闇が、瀕死の労働者に音もなく迫り包み込む。息が詰まり、声が出ない。痛みは無く、ただ力だけが抜けていき。

「――眠れ」
 労働者が意識を失った瞬間、闇の中に蒼い燐光がちらついた。

●おやすみなさい、また明日
「あいつの所でまた働けるとも思えねぇし、だからって、別の場所に行けるかっていうと……」
 地面に転がった労働者が呟く。なんと、死者が一人も出ていない。ゲオルギ側に至ってはほぼ無傷だ。
「殺してくれよぅ……どうせ俺らなんか」
「まあ待て」
 リュグナーが声を潜め、狂気が解けて弱腰になった労働者に語りかける。
「我は情報屋を営んでいるが故、幾つかの『繋がり』がある――もし貴様らがチャンスを乞うならば、仕事の斡旋くらいは出来るやも知れんな」
「仕、事……?」
「俺らにも、出来るのか?」
「ああ。我にかかれば、丁度良い仕事もすぐ見つけられよう。尤も、対価は頂くがな――出世払いだ」
 咲耶が持ち込んだ資料の中には、ゲオルギが求める情報、金脈が確かにある。すっかり気を良くしたゲオルギは労働者の方へと向かい、暫し何かを話していた。

 彼らの行く先は視えないが、これでこの近辺――通称『エリア42』の騒動はひとまずの収束を見る。
 レイチェルが事後処理として行ったラジオ破壊も功を奏し、エリア外へ騒ぎが広がる事も無く。
 ひとまずの応急手当に過ぎずとも、明日は明るいように思えた。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

鬼桜 雪之丞(p3p002312)[重傷]
白秘夜叉

あとがき

店の前でスタンバってたバリケードの皆さん<解せぬ……

バリケードや強力な範囲攻撃(+不確定要素になるラジオ)、対策する事多いですが頑張って!
……という予定で組んでいたのですが、結果と判定はご覧の通り、なんと死者ゼロです!

ゲオルギはキレ気味ではありましたが商売人で利益重視、
そんな彼の性格を踏まえつつ、欲するモノの実物まで用意があった交渉内容は
文句なしの素晴らしさでした。
ラジオについては、壊さないと場の人間がヒートアップしたり、避難民が出てくる可能性などあったので、
最初にしっかり探して壊した(交渉も壊してから行った)のも効いています。

交渉中の戦闘引き受けや、万一の対処までもバッチリでした。
どの方のどのプレイングが欠けていても、この結果にはならなかったでしょう。
こうやってドンドン作り手の予定をひっくり返されていく感覚、すごく楽しいですね……!

ご参加、誠にありがとうございました!
またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。

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