PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Sandman>Die Blümelein sie schlafen

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『花々は眠っている』
「何――赤犬めがこちらに攻撃を始めたと?」
 オラクルが『ザントマン』であるとし、それを糾弾した会議――から少し経って。
 首都ネフェルスト並びにその近郊では、深緑との和を継続すべしとするディルク達が一斉にオラクル――いや『ザントマン』への攻撃を開始していた。
 成程、先の会議は糾弾が成功しようがしまいがどちらでも良かった訳だ。ただ奴隷売買に賛成を示す手遅れ者達がどれだけいるかディルクは把握したかったのだろう。この迅速な動き……当然会議の前から用意していたに間違いない。
「は、はい! 各地の賛同せし商人、傭兵あるいは奴隷を保管している拠点……全てが対象に!」
「してやられた、などとは言わんぞ若造め……!
 チッ。事前の売買をもう少し広げる事が出来ていればよかったのだが……」
 攻撃にはラサの傭兵のみならずローレットも参加しているらしい。
 ローレット、イレギュラーズの巣窟め。ラサの傭兵共が奴隷売買の妨害に動きにくいようには情報の工作など手を打っていたが……幻想を本拠とする奴らには如何とも出来なかった。奴らの動きが無く、売買の規模を更に広める事が出来ていれば――こちらに賛同する商人ももう少し増やせたろうに。
「まぁいい各地の連中には迎撃させろ。何もラサの傭兵全てが敵ではあるまい……上手い事こちらが優勢ならば、日和見を決め込んでいる馬鹿共はこちらにすり寄って来る。必ずしもこれは危機ではない!」
「ハハッ!」
 ザントマンは部下に指示を飛ばし、そして思考する。自身はどうしたものかと。
 先日、自らの屋敷に襲撃された結果あそこの防衛機能は消失している。元より籠城に長ける様な場所ではなかったが……いずれにせよあそこには戻れまい。だが手をこまねいていればいずれ自身を目標にした追手が追いつくも自然で。
「――やむを得んな。拠点を喪失した以上、赤犬めの味方が多い首都では動きづらい。
 一度近郊の拠点に身を移すとするか」
 故に首都ネフェルストを脱出するとしよう。
 万一大勢が向こうに傾けばそのまま逃げるもよし。こちらが優勢ならば凱旋して良し。
 詰まなければ幾らでも手の打ちようはあるのだから。
「さて。では……メレス。さっさと動け。お前も共に来るのだ」
「ひっ……いや、いやだ」
「嫌だと言っても連れて行くぞ。お前には利用価値があるのだから」
 そしてザントマンは視線を近くにいた幻想種の少女――メレスへと向ける。
 彼女は奴隷売買の被害者の一人だ。首に着いている黄金の首輪は特別製で『グリムルート』なる名を持っており……ザントマンの魔力で、強制的に命令に従わせる事の出来る効力を持っている。
 それはかつて、奴隷売買で栄えたという『砂の都』の貴重品で――
「意外だったよ。まさかザントマンの御伽噺に『続き』があったとは」
「ち、違う……私は、お婆ちゃんから聞いただけで……!」
「経緯なんぞどうでもいい。問題は内容だ」
 深緑には御伽噺がある。躾の為の子守歌、ザントマンのお話。

 ――夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
 そうしないと眠たい砂が降ってきて『ザントマン』に攫われてしまうよ――

 しかしメレスは。メレスはその『続き』を知っていて、オラクルの前で呟いてしまった。
「――『東、深い砂漠の中の砂の都に連れていかれてしまう』だったか?
 『砂の都』の位置を謳った話は貴重だ……さぁもう少し深く思い出せ。聞いた話とやらを」
「や、やめて……嫌だ、痛い! 頭が痛い! いやだ、やめッで!」
 凄まじい頭痛がメレスを襲う。主人の命令に沿うのだ、脳髄を焼いてでも。
「やめ、ぉ、えッ!」
 割れる様な頭を抱えて思わず床に倒れ込んで。
 その体勢のまま――胃からせり上がった全てを嘔吐する。
「オラクル様、馬車の準備が出来ました! お早くッ!」
「……チッ。まぁいい、続きは脱出してから行うとしようか」
 涙を流す、メレスの髪をザントマンが掴んで。
 乱暴に引き摺り回す――その様には、もはや商品としての扱いすらない。
 砂の都は沈む前、金銀財宝に塗れていたという。それがもし手に入るのならば幻想種一体などどうでもいいのだろう。脳が『駄目』になろうが、どうでも。
「ぇふ、た、たす、たすけて」
 喉に絡む吐瀉物の残りに嫌悪を催しながら。
 メレスは零れる様に呟いた。
 誰か、誰か――私を見つけて、と。

●首都での邂逅
「おお、イレギュラーズの方ですね! お待ちしておりました!」
 ラサの首都ネフェルスト。
 そこでイレギュラーズを待っていたのはディルクからの使いだった。どうにも特別に依頼したい事があるようで。周囲、慌ただしく動く者らが多い中言葉は紡がれる。
「ご存知かもしれませんが現在、ラサはザントマン一派排除の為に行動を開始しております。ザントマンに賛同する商人や傭兵共へ一斉攻撃を開始しているのですが……実は当のザントマン本人が行方をくらましていまして」
「――見失っているのか?」
 ザントマン――オラクル・ベルベーグルスはラサの古参商人だ。
 奴隷売買に手を染め追われる形になったとはいえ、ラサは庭の様なモノである。そうでなくとも奴隷売買の利益で一大派閥を形成しつつある彼に味方する者も多く、簡単にはその行方を追えなかったらしい。
「ですがザントマンが首都脱出を図っている、との情報を辛うじて得る事が出来ました! 今から追えばまだ間に合います! 首都近郊から脱出される前に奴へ攻撃してほしいのです!」
 情報によればザントマンは少数の手勢と、囚われている幻想種を連れて馬車で駆け抜けるつもりのようだ。それにしても、この期に及んでもまだ奴隷を連れているのか――そう思いはしたが。
「実は……ザントマン一派は特殊な道具を用いて、幻想種達を操れるようなのです」
「……操る?」
「正式名称は『グリムルート』……奴隷たちの首輪です。なんでも古代の都で使われていた奴隷の首輪で、主人に絶対服従してしまうのだとか」
 つまり――いざとなった時の捨て駒用に幻想種を連れているのか。
「首輪はそれなりの強度を有している、との事です。破壊は不可能ではないと思われますが、首というかなりデリケートな場所に付いていますので……基本的には対象を気絶させるなりした方が早いかと思います」
 手間をかけてしまう事になるが、幻想種の命を奪うのは無しだ。
 ラサは――少なくとも現在のディルクに明確に組する者達は深緑との和を望んでいる。幻想種は帰せるなら必ず帰すべきだし、命は奪っては本末転倒だ。戦闘を指示されれば意思によらず向こうは抵抗してくるだろうから、無傷でとは言わないが。
「なにとぞ、よろしくお願いします……! 最低でもザントマンの足止めさえして頂ければその内に纏まった傭兵の増援を向かわせることが出来ますので、それまでなんとか……!」

GMコメント

■依頼達成条件
 1:救出対象の幻想種達の生存
 2:一定時間ザントマンをネフェルストから出さない
 3:ザントマンの撃破

 「1+2」もしくは「1+3」のどちらかを達成してください。

■戦場
 首都ネフェルストの市街。
 大通りを突っ切っている馬車が三台列を成して存在しています。
 どれにザントマンが乗っているかは不明です。

 イレギュラーズはこれを待ち構える事が出来ている物とします。ただし事前に何か準備したりするような余裕はほぼありません。(布陣は問題なく出来るモノとします)

 大通りの周囲は民家、出店などが立ち並んでおり、大通り自体には障害物はありません。が、大通りの外は障害物が多かったり狭い道が幾つもある様な地形です。周囲には一般の民衆がいたりしますが、基本気にする必要はありません。戦闘が始まれば勝手に避難する事でしょう。

■『ザントマン』オラクル・ベルベーグルス
 深緑出身の幻想種にしてラサの古参商人。
 長い商人活動に加えて、奴隷売買による利益も相まって一大派閥を形成。
 しかしディルクの開いた会議により糾弾。追われる立場となっている。

 その正体は魔種。ただ原罪の方向性は今の所不明。

 攻撃方法として砂を操る特殊な術を有している。
 この砂に触れた人物は急激な眠気に襲われ全身に倦怠感を生じ、一時的に能力値が低下する事がある。この効果は特殊抵抗では防げないが、BSを解除するスキルで解除する事が出来る。
 また防げないが特殊抵抗が高いと効果が薄く、命中の度合いによっても効果が軽減するようだ。

 この砂はパッシヴ的に防御にも転じる事が確認されている。
 ただし自動で防御する訳ではなく、ザントマンの意志によって盾の様な防御行動をとりダメージを軽減する効果を有するので、ザントマンの死角や意識の外からの攻撃には対応しない事もある。

■ザントマンの部下×12
 ザントマンの忠実なる部下。ザントマンの呼び声に触れ、既に手遅れの者達である。
 どうやら元は傭兵の様で、それなりに高い戦闘能力を有している様だ。
 確認された情報だと前衛・後衛とバランスよくいるが回復役だけはいない。

 イレギュラーズが襲撃してきた後具体的にどう動くかは不明だが
 基本としてはザントマンの脱出を優先するような動きをみせると思われる。

■メレス・エフィル(救出対象)
 囚われている幻想種の少女。
 後述する『グリムルート』の効果によりオラクルに操られている。
 魔力の弾丸を放つ魔術を有しているが、護身術程度であり戦力としては強くない。

 ただし命令に絶対に服従する状態である。
 ザントマンはメレスに利用価値を見出しているが、いざとなれば駒として捨てるかもしれない。その際は本人の意思によらず文字通り命を懸けてザントマンの護衛をする事が予測される。

■幻想種×2(救出対象)
 メレス同様に囚われている幻想種達。
 この娘達もグリムルートを装備されており命を懸けてザントマンを庇う行動をする。
 倒す事はそう難しくないが、不殺以外だと生命は危険な可能性も……

■グリムルート
 ザントマンが所有している『砂の都』という古代都市の産物品。
 奴隷を高度に操る事の出来る特殊な首輪で、ザントマンの魔力で操作中。
 破壊は不可能ではありませんが、ただの鉄ではなく強度は高め。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <Sandman>Die Blümelein sie schlafen完了
  • GM名茶零四
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年10月12日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)
共にあれ
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人

リプレイ



 ――夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
 そうしないと眠たい砂が降ってきて『ザントマン』に攫われてしまうよ――


 砂が吹き荒ぶ。首都の中はそうでもないが、外は風が吹く度に舞い上がっていた。
 ああここはこういう国だ。緑に囲まれた深緑と異なり、生命の息吹を感じない不毛の地――
「やっぱりじゃ。前情報通り、ザンとんまとやらが乗ったらしき馬車の群がこっちに向かってきているみたいじゃ……もう幾何の猶予もないぐらい近いかの」
「――では後は自分が確認しましょう。馬車で走ってきているとなればトップスピードの筈……奇襲のタイミングは一瞬のみ。撃ち漏らさぬ様に行きましょう」
 その中にて『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)はウィッチクラフトによる鳥を作成し、飛ばせば偵察の代わりとする。そして『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が目を凝らすのだ。
 馬車が来るのは分かっている。
 だが『どれ』にザントマン――オラクルが乗っているかは不明だ。究極的には全部一度に叩いて動きを止めれば良いのだが、しかし魔種でもあるオラクルが一体どの馬車から姿を現すか? それを事前に察知できるのならば後の動きがスムーズになる故に。
 来た。超絶の視力と透視の技能による併用が馬車の中身を暴いて。
 ――奴らの姿をその目に捉える。

「見ィつけたぞクソジジィ――!」

 瞬間。リゲルからの情報に一早く反応したのは『黒狼』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)だ。
 隠密の状態から跳躍。馬車に向かってくらいやがれとばかりに放つのは闘気である。片手に集約され、投じられたそれは馬車の直下へと放たれ――驚異的な炸裂を見せる。さすれば馬は動じ、大きくその車体を揺らした。
 可能であればオラクルの乗った馬車だけ止める事が出来れば良かったが……単体のみ狙える訳ではなく広範囲である『域』の領域に到達していた技能であった為に全ての馬車が対象となった。
 まぁ元より探知が無理であったのならば『こう』していたのだ。作戦に大きな影響はなく。
「ぬ、ぐ――!? これは……!」
「今助けるぞガキ共!! ちぃとばかし手荒なのは……勘弁してくれ!」
「やるぜぇ原状復帰の払い戻しをよぉ――喰らいな勘違い商人風情がぁ!」
 ルカに次いで動いたのはデイジーと『一兵卒』コラバポス 夏子(p3p000808)だ。揺らいだその馬車群の、特にオラクルの乗っているとされる馬車に対いて追い討つように。デイジーは月光の結界を展開し、ほぼ同時に夏子の横薙ぎが放たれる。いっその事破砕してしまえと言うかの如く。
 強烈なる衝撃と音が馬車を襲い――遂に完全に横に倒れれば、やむなくオラクルが馬車の外へと転がり出れば。
「ザントマン……その正体が本当に幻想種であったとは驚いたでござるよ」
 少々でござるがな、と呟いたは『必殺仕事忍』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)である。
 倒れた車体から姿を現すオラクルへ、彼女が踏み込んだのは後方から。戦闘が始まる前の布陣にて物陰に隠れた彼女が紡いだギフト――隠形之印・常世隠。あくまで己のみであるが音や気配、匂い・体温すら隠すその印が彼女の存在を陰に溶かし誰にも気付かせぬ様にしていたのだ。
 そして跳躍。一閃せしその刃が狙うのは当然背だ。
 抉り込ませる刃――死角からの攻撃ならば防御の『砂』も纏うまいと。
「ッ、オラクル様!!」
 直後、気付いた配下の兵が出てきたので飛び退いた。
 敵の総数はこちらを超えている……わざわざ個々に相手をすべきではない。特にオラクルは向こう側にとっての守護すべき最重要人物。すぐさまその周辺が固められるは当然で、残っていれば孤立の危険もあった。
 位置取りは常に気を付けて相手を追い詰めるとしよう。奴の首をここで取る為に。
「断罪の時は今日この時……疾く首を垂れるであります。語るべく、言葉も無し」
「数々の非道、あの世で悔いるが宜しいかと」
 故に『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)が前へ出る。リゲルの背後から急速直進。オラクルの正面を取り、城塞が如き構えを取りながら奴をブロック。続くは雪村 沙月(p3p007273)だ。
「――参ります。悪逆非道の数を指折りなさい」
 展開されしオラクルの部下、内の一人をその瞳に捉え。
 触れる肉体。指先を軸に、放つ掌。軽く押し出す様なその所作の後――訪れるは衝撃。
 一で受けた者の身が。二で崩れ。三で貫通せし衝撃が後方の総てを襲う『玉響』である。まだ味方の接近も完全に完了していない今だからこそ気兼ねせずに放てる沙月の一閃。それはオラクルをも捉えて。
「目障りな。だがこの程度の数ならば対処できるわ!」
 しかし流石は魔種と言うべきか、オラクルはまだ倒れない。
 どころか依然として冷静だ。部下を展開させ――同時に、幻想種達をも前に出す。
「さぁ行け、盾となれ前へ出ろ。命を使い潰して私に仕えるがいい!」
 メレス以外の二人に命ずる。その源は『グリムルート』である。
 ザントマンの力を媒介としているその首輪の強制力は異常である。ともすれば文字通り『命』を賭してでも命令に従わせようとする効力があり――
 だから。
「――久々にキレそうだよザントマン」
 彼の。『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)の怒りは此処に在るのだ。
 嫌だと泣いている声が。抗する思いが溢れて此処に満ちている。
「――僕たちは君達を助けに来たんだ」
 其れに何かを感じない程、彼は人でなしではなかった。
 お家に帰ろう? 紡ぐ言葉は慈愛に満ちて。
 彼の名乗りが前に出た幻想種の目を引く。前へ出ろ、と指示された幻想種達はその言葉の範疇内として――カイトの下へと向かっていく。彼を討つ為に、彼へ危害を加える為に。
「ハハハ! やっぱりこの馬車の中のどれかに間違いなかったな――俺の勘もそう言ってたぜ!」
 しかしとその瞬間。空から訪れし影があった。
 それは『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)である。センスフラグによる直感探しが功を――功を奏した、のか? ともあれ姿をしかと捉えた『もう一人のカイト』は空から幻想種の下へと向かうのだ、その目的は。
「さぁ空賊行為を始めるぜ! チンケな奴隷狩りなんぞが俺を捕まえられると思うなよ!」
「いやカイトはたしか、空じゃなくて海の方かつ別に賊の枠じゃ……細かい事は良いか」
 そう『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)共に行う空賊行為――もとい幻想種達の強制拉致である。怒りの付与によって動きを見据え。そこへ飛行可能な二人が急速強襲し、その身柄を確保せんとする作戦だ。
「すまない――ちょっと大人しくしてもらうぞ」
 だが幻想種達も操られている以上当然抵抗する。味方であったり或いは抵抗が無い者なら運ぶも難しくなかろうが激しく暴れるならば話は別だ。一人だろうと運ぶなど出来る筈がなく――故に、サイズは一言謝りを入れた上で腹部へと威嚇術を放つ。
 不殺の意を持つソレならば命を奪う事は確実にないだろうと……空のカイトは素早くロープを仕掛け、その抵抗を少しでも削がんとする動きだ。どちらも一貫して幻想種の救出を目的としており。

「それを私がみすみす見過ごすとでも思ったかイレギュラーズ共!」

 されどそれは戦闘の隙と言っても過言ではない。
 仕方のない事ではある、救出も戦闘も両立させる事など不可能。そして抵抗する相手をなんとか運ぼうとする事に力を入れようとすればどうしても隙が出来る――それをオラクルと配下が見逃す筈がない。
 迫る刃。数はオラクル側が多く、とてもブロックには人手が足りない――
「それでも――成さねばならない事があるんだ!」
 途端。昼であるにも関わらず太陽の輝きにすら負けじと煌めく刀身。
 リゲルのギフトが敵の目を微かに引いて、己が身にその攻撃を集中させんとする。騎士のカイトが先程放ったのと同様に、敵に己の存在を名乗るが如くの動きで吸い寄せんとしているのだ。
 交差する刃。激しく轟く金属音。
 戦闘の気配が本格的に始まり、大通り周辺の民が叫びながら退避する中――ザントマンとの激突が始まった。


 眠りの砂は脅威である。
 眠気というのは大概の生物にとって必須の要素であり、そして『心地よい』モノだ。
 誰しもがその枕に抗えない。『怠惰』に誰もが身を委ねてしまう――
「眠るがいい……!」
 オラクル……いや『ザントマン』としての素性を最早隠そうともしないオラクルが放つのは、件の砂だ。オラクル自身の魔力から生成された、数多を睡眠へと誘う術。触れるだけで効果を及ぼす砂の波がイレギュラーズを襲って。
「チッ……こいつで幻想種達を攫ってたって訳か、腹ワタが煮えくり返るぜ……!」
 しかし分かっていたからこそ対策をしていた者もいる。ルカは簡易防塵マスクに加え、全体的な厚着を。あまり着込めば動きが鈍くなるので、そう成らない範囲でだが砂そのものを避ける事が出来るように手を打っていた。
 そして放つは再び闘気だ。オラクルの周辺を守護せし者を引きはがさんとする為に放つそれは、やはり強力。しかし初手はともかく布陣後は例えばブロックを目的としたエッダなどもオラクルの近くにいる訳で、仲間や自身を巻き込まないようにしつつ攻撃をするのは非常に困難だった。域たる攻撃の便利ではない部分が露わとなっていて。
 着弾、炸裂。吹き飛ばすオラクル周辺。敵の反撃の弓矢が肩を穿ち。
「この程度で倒れるかよ……! 商人傭兵の風上にも置けねぇ連中を前に、退く事は出来ねぇんだよ!」
「同意であります。首魁を討ち果たす絶好のこの機会、死力を尽くしましょう」
 故にとエッダは防御の構え。攻撃をほぼ捨て、オラクルの姿を捉え続ける。
 逃がさない、逃がさない――眠りの砂は心で耐えて、決して意識を落とさぬ様にしつつオラクルの抑えを最上として彼女は行動し続ける。とはいえ数は向こうが上。誰ぞ一人でもエッダのブロックに入ってくればオラクルは自由となってしまう訳で中々常に動きを封ずるは難しい。
 特に、空のカイトとサイズが幻想種の救出行動に入っている以上、それが完了されるまではイレギュラーズ側の戦闘要員は二人減っているにも等しく。数の差がより響く状態となっていた。
 幻想種達を倒すに難しくないのは確かだ。
 しかし強制とはいえ全力の抵抗を見せる者に対し、命を奪わぬ様に配慮しつつその上で即座に無力化出来るかは別である。騎士のカイトが周辺に引き寄せた後、不殺の攻撃を最優先で重ね、無力化を優先させれば話は別だったかもしれないが……
「分かってはいるさ……ああ、だけれども……!」
 それでも極力傷付けたくはなかったのだと、騎士のカイトは敵を抑えつつ奥歯を噛み締める。
 既に彼女達は攫われ――絶望し――恐怖に震えていた。
 そこから更に痛い目を見せるなど『受ける側』にとっては耐え難いだろうと、不殺の攻撃であれ痛みを与えたくはなかったのだ。ああ全く――ザントマンめ。
「ザントマン……鍛冶屋として斬りたいが、それ以上に今は幻想種達を……!」
 救わなければならないとサイズはもまた歯噛みしながら無力化した幻想種を運ぶ。
 後方から弓矢が、砂が襲ってくるが最早頓着しない。痛みなど彼女達に比べれば易しとばかりに。
 全ては事が終わってから丁寧に説明すれば良いと思考する。首輪を破壊し、ロープを解いて。あぁ携帯食料の詰め合わせでも配りながら安心させよう。全てが無事に、片付いたならと。
「御伽噺のザントマンを彷彿とさせる能力……グリムルートを御する魔力……」
 オラクルの砂を、マントを翻し払いながらリゲルは思考する。
 これらは偶然か? いずれも伝承でしかない要素であるというのに、なぜオラクルは拘り、なぜオラクルは扱えるのか。魔種としての能力故――そう考えれば簡単ではある、が。
「もしや貴方はザントマンの子孫か、関係者ではないのか? 少なくとも――砂の都の――」
 でなくばただの与太話として切って捨てるのではないか。砂の都の情報など。
 放つ剣の舞。空気すら凍てつかせんとする一撃は敵の身を穿ち、声をオラクルへと届かせ。
「ふん――貴様になんぞやの関係もあるまい。人助けなどという真っ当な事をするお前達にはな」
 されどオラクルは考察を切って捨て、リゲルと異なりマントではなく身を翻した。
 ――逃げるつもりだ。いや、最初からオラクルの目的は戦闘ではなく脱出……数が多く、ブロックも完璧には出来ないこの内に逃走を図るつもりなのか。数手イレギュラーズと交戦した結果『容易には倒しえない』とも判断したのだろう。
「あ、いや! 痛い、止めて……!」
 唯一残っているメレスの髪を掴んで、包囲の穴が出来そうな場所を見据える。
 名乗り口上による引き付けも限度はある。幻想種達はともあれ、オラクル配下の傭兵達はそれなりの戦闘能力を保持していれば必ず引き寄せる事が出来るとも限らず。そして狂気に満ちた彼らはオラクルの為に命を懸けるだろう。強制で操られている幻想種達と――些か理由は違うが同様に。
 奴隷も配下も皆等しく駒、駒、駒。所詮使い捨てるだけの塵芥だとばかりに。
 どうせメレス以外はそこまで重要ではなく……いやむしろ場合によっては――つまり生命が脅かされた場合だが――その場合はメレスすら使い捨てるだろう心算で――
「いやはや……そう簡単には脱出させないでござるよ」
 しかし当然としてイレギュラーズ側もはいそうですか、と行かせる訳はない。
「今まで数々の幻想種達の誇りを踏み躙ったその罪の報い、その身にしかと受けよ! 天誅である!」
「ラァラァラァ! 見誤ってんだよ爺――! おら待てこのボケェ!!」
 往くは咲耶と夏子だ。咲耶は極力死角を取ろうと跳躍しながら刃を振るい、夏子はそのオラクルへと続く途上に存在する邪魔な配下達へと攻撃を。横薙ぐ一閃が炸裂し、吹き飛ばさんとして。
「なんぞや逃げるのかの? ザンとんまとやらは魔種なのに臆病な奴じゃのーというかザンとんまってどういう意味なのじゃ? なんとも間抜けな名前なのじゃ……改名しようとは思わなかったのかの?」
 次いでデイジーがザンとんま、もといザントマンを挑発しながら癒しの術を紡ぎ上げる。
 体力が減った者には直接の治癒魔術を。眠気を齎されている者がいれば分析し、号令を。デイジーは――無限とは言わないが、魔力を循環させる術を複数持っている。故にそうそう気力が枯渇する心配はなく、出し惜しみは無しだ。
「のーザンとんま、のー? 親後殿に文句は言わなかったのかのー? それともザンとんまに満足してるのかのー? 正直妾はドン引くのじゃが……」
「――よく回る舌だ」
 直後、そのデイジーへと集約された砂の魔力がオラクルより投じられる。
 槍の如くの勢い。回復を齎す彼女の存在は厄介だと感じた故か――おっと、とデイジーは短く呟いて直撃を寸でで回避。それでも、抉った箇所から侵食せし眠気が来る。
 これが厄介だ。幾度も受ければ眠気の深度も深くなろう。さすれば段々と命中する確率も増える訳で……故にこそ癒しの術を持つ彼女は倒れる訳にはいかない。自身の生存も優先しつつ、戦線を維持しなければならないのだから。
 だからオラクルは潰そうとする。二、三を投じ、あわよくば仕留めてしまおうと。
「させませんよ」
 されどイレギュラーズは一人ではない。先程から、数はオラクル側が上と何度か言ってはいるが、だからと言って攻撃が全く届かないわけではない。
 例えば沙月だ。彼女の、無拍子からの踏み込みが位置を取らせる。先と同じく玉響の構えから生じさせる衝撃があれば――傭兵が盾になろうと直線的にオラクルを捉えていれば攻撃が通る。
 故に手を突き出す。攻撃の妨害も兼ねて、沙月はオラクルを――
「メレス」
「ひっ――い、いや――ッ」
 ――だがその時。オラクルはメレスを射線に割り込ませた。
 どうだ攻撃出来るかと――嘲笑うかのように。
「くっ……! 未だ非道を重ねますか、罪をより重くしますか!」
 寸前で攻撃の方向を変える沙月。オラクルの部下だけを対象に、放つ玉響。
 不殺以外では駄目だ。イレギュラーズは――正確には依頼主のラサは幻想種を助ける事を目的にしている。幻想種に万一の犠牲が出るかもしれない攻撃は躊躇われ、そしてオラクルもまたそれを理解していた。
 故の盾だ。オラクルにとっても失いたくはない要素ではあるが、しかし攻撃しないだろうという信頼から常に自らの手元に置いているメレス。手を大きく広げさせ、可能な限りオラクルの盾となるような位置を常に歩かせながら。
 移動する。大通りをまっすぐに、もう少しで出口なのだからと。
 外にまで出れてしまえばどうとでもなる。別の配下との合流され果たせれば――幾らでも挽回は――
「……むっ!?」
 瞬間。オラクルの視界の端に何かが映った。
 超速で移動する影だ。咲耶の攻撃に気を取られた一瞬に接近された、その影は。
「はっははは! 油断しやがったな――オラクル!!」
 ――空の方のカイトであった。
 先程拉致、もとい救出した幻想種をロープで縛りあげて戻ってきた彼が次に狙ったのは、メレスである。空から飛行する彼は全力なる移動にて傭兵達のブロックを突破し、メレスを一瞬で掻っ攫う。
「だ、駄目! 離れて! じゃないと……!」
 無論メレスも同様に激しく抵抗する。護身術程度の魔術であるが、超至近距離で――しかも戦闘の防御すら取れぬ形にて受ければ流石に空のカイトも無傷とはいかない。
 だが離さない。顔を歪めかねない痛みが走るが、それでも表情には一切出さず。
「任せときなお嬢ちゃん、安全な所に連れて行ってやるからよ!」
「ソレを連れていかれるのは流石に困るな――人の所有物を取るとは死しても文句は言えんぞ?」
「どの口がほざきやがるんだか……!」
 砂の魔力を形成するオラクル。暴れるメレスを連れて高く跳べるかは微妙な所だが。
「空賊経験一日未満――舐めるんじゃねぇぞオラクル!」
 それでも成すべき事を成す為に。
 この娘を連れて首都の外へは――決して出させない!


 魔種とは人の領域を外れた者達だ。
 例えば――姿こそ人のままである者も多くいるが、その本質は既に魔物ともいうべき別存在。身体、魔力。基礎的な能力値など常人を大きく凌駕していて。
「止められるとでも思ったか、その程度の数で!」
 そしてオラクルも例に洩れず『そう』だった。
 纏う砂は防御の力となり、腕を振るえば薙ぐ如くに砂の波が形成される。
 触れれば眠る超常の力。只人では決して耐えられぬ睡魔の果て。
 空のカイトを砂が追う。暴れるメレスにやむなく不殺の一啄。運搬性能の技能にて抱えながら砂の届かぬ地へと飛ばんとする。
 飛翔。滑空、包まんとする砂のベール。風の道を通りて空のカイトは舞い上がり、辛うじて包み込まれんとする道をただ只管に突き進み。
「はっ――大した事はないなオラクル! 前回の方がまだマシだったんじゃないか!?」
 以前の、屋敷の事でを思い返す空のカイト。と言ってもあの時は人間の形態であったので向こうが覚えているか微妙だが、まぁ只の挑発と軽口なだけ。とかく逃れようと前だけを見据えながら。
「おのれちょこまかと……だが逃さんぞ。私の砂で圧し潰してくれるわ……!」
「――貴様の砂。その程度が如何したと」
 瞬間。地上にても迫る波に相対したのはエッダだ。
 腕を畳み防御と成して。来たる衝撃と襲い来る眠気の総てを受け入れる。
 痛みは針の如く敵へと返して、瞼を重く脳髄を煮えさせる睡魔には。
「自分は」
 自らの頬に拳を入れて。
「――貴様の暗躍を挫く者であります」
 ただ倒れぬ城塞として在り続ける。
 彼女の武術、錬鉄徹甲拳は防御こそ精髄。華麗なる足捌きよりも確実なる一歩こそ至上。
「お覚悟なさいませ。貴様は此処で果てるのであります」
「ほざけ小娘が!」
 ならば二撃でも三撃でも入れてやろう。どこまで崩れないか見てやるとばかりに砂が再び収束。崩れずとも吹き飛ばしてしまえば移動も可能だとオラクルは思考して。
 そしてそんなザントマンを援護するかの如く周囲の傭兵も動き続ける。
 戦場は段々とネフェルストの出口の方へと移りつつあった。こればっかりはどう足掻いても数の差を同等以下にしない限り止められない流れだろう。
 いや一刻も早くそうするべき、か。そもそもをして『魔種』であるオラクルと一対一で互角以上に戦うというのは非常に困難である。同数ではまず勝てまい。同数よりも多くてなんとか、それが魔種だ。
「うっぜぇ野郎どもだな……全員がよ、平和的に生きてたのに迷惑をかけやがって……!」
 憤怒。邪魔をせし傭兵と――そして元凶のオラクルへと夏子はその感情を向けて。
「幻想種との接点にチャチャ入れて、誰も皆が損をして……絶対責任取らせてやるからな!」
 傭兵達を薙ぐ。激しい衝突音。転じて放たれる刃が夏子の頬を掠めるが、激情を内に秘めた彼はそんな痛みなどなんのその。幾度の傷を受けようと、矢を受けようと元凶を駆逐するまで決して止まりはせず。
「ああ全くその通りだぜ……こいつらに加減はしちゃいけねぇ……!」
 そして同様の感情はルカも抱いていた。
 彼の出身はラサだ。クラブ・ガンビーノという傭兵団の――つまり彼自身ラサの一員でもある訳である。商人と傭兵……その繋がり、その在り方は昔から知っている。
「金の為ならで、汚え事だってする事ぁある。綺麗な事ばっかりするのが傭兵じゃねぇよ。だがなぁ……それでも、誰も超えちゃいけねえ一線っつーもんがあるだろが!」
 誰もが分かって踏み越えないライン。誰もがあえて踏み越えないモノがあるのだと。
 彼は紡ぐ。彼は叫ぶ。
 高らかに。先代から継承せし誇りに恥ずべき事などないから。
「これ以上テメェなんぞに! 『深緑』を好きにさせてたまるかぁ!!!」
 交流ある『ダチ』を汚すんじゃねぇ! と、踏み込んだオラクルへ放つ渾身の一撃。
 防御の砂に阻まれ――しかし強引にぶち破って。
「ぬぅ……! 煩わしいわ、傭兵の世界に足を突っ込んだばかりの小僧如きが……!!」
 されど未だ致命には至らぬ。まだ傭兵が残っており、全力を投じられていない故もあるが。
 やはり砂が厄介なのだ。防に使え、攻に転じれば睡魔の力が降りかかり脳を溶かす様な感覚。重なれば重なるほどにその感覚は強くなり――成程、幻想種に限らず力無き者ならばあっという間に睡眠に誘われてしまう訳だ。
「だけど……ここまでだ」
 剣を構えるはリゲル。初期に敵を引き寄せた影響からか、幾分か傷は見受けられるが。
「ディルク様の掌で転がされている小悪党程度に、これ以上の栄誉が訪れる事はない!!
 オラクル――いや、ザントマン! 貴方の野望は終わるんだ!!」
「ああ全く。人を人だと思わぬ化物が……人の世で繁栄出来るとは思わない事だ!」
 銀閃煌めく不殺の刃と、鍛冶師の放つ魔法の砲撃が戦場を穿つ。
 リゲルに次いで現れたのはサイズである。救った幻想種達はおいそれと手が出されない近くの商家の屋上へと。飛行可能だった者故の芸当である。
 地と空からの攻撃は激しく、オラクル側へと降りかかる。
 リゲルや夏子の斬撃に傭兵の前衛部隊は相対し金属音を鳴り響かせ。
 弓や銃を持ちし者はそこに攻撃を重ねているが。
 元より首魁のオラクルが逃亡に主眼を置いている事もあり――戦況は徐々に追い詰めつつはあった。
 もしかしたらオラクルが最初からイレギュラーズと全面的に戦うつもりだったのならば初期の戦力的に、オラクル側が有利だったかもしれないが……オラクルにとっては首都に留まっているといつディルク側の追手が現れるとも限らない。
 そうなればいくら何でも形勢は不利であり、だからこそ一刻も早く離脱したかったのだ。
 砂の都の情報を知る、メレスを連れて。
「砂の都――か」
 騎士のカイトはサイズと同様に魔法の砲撃を行いながら思考を重ねていた。
 ザントマン……少なくともオラクルがその本人ではないと騎士のカイトは推察している。 模倣犯と言った所だろう。ザントマン伝説になぞらえて行動しているだけの人物、なぜならば。
「本人なら、ザントマン伝説の続きを知らない筈がないからな」
 こいつは『本物』ではない。それがカイトの出した結論だ。
 眠りの砂自体は、このオラクルの物であるかもしれないが。
「教えろオラクル――君に『グリムルート』を与えたのは誰だ!」
「そんな事が、貴様に何の関係がある! ああなんだ、グリムルートでも欲しいのか!?」
 併用せしはリーディング。しかし、なぜか効力が上手く働かない。
 纏っている砂の魔力に弾かれているのか? 微かなノイズばかりで核心が読めず。
「お前と同じにするなよ! 俺はただ……黒幕がいるのなら……!」
 いるのなら――討つだけだ。
 これほどの悲しみを幻想種達に与える道具なんてのは害でしかなく。
 そして全ての根源を討つ事で彼女達を救えるのなら、そう。

「――目の前で泣いている女の子がいたら、救わない理由なんてないんだよッ!!」

 源を断罪し、全てを救う。
 それが騎士としての――己の在り方なのだと。
「然り。そしてそれは、同種族を手に掛け売り捌く貴殿も同様」
 その悪行地の底まで落ちても許されまい。
 咲耶の一閃は変わらずオラクルを狙っており、その逃走経路を同時に塞ぐようにも。
「そっ首討ち取り、この地獄――終わらせてくれよう!」
「戯けめ。いつまでも私がお前の動きを覚えないとでも思うか!」
 オラクルの首に向けた咲耶の一閃。しかしそれを完全に捉えたオラクルが砂で防ぎ切り、逆に砂の刃を咲耶の首に向けて打ち放つ。
 故に彼女は上半身を後ろに、下半身だけを前に往かせる形で地を跳んだ。
 腰を起点に回転するかの如くの動きは砂の刃を寸でで躱し、勢いを突いた脚部はそのまま蹴りの形へと。オラクルの顔面に投じて、極めて能力の高い『生還者』たる能を魅せれば。
「ぬ、ぐ――」
「空ぶるとは無様じゃのうザンとんま。もしや勢いもここまでなのじゃ?」
「攻め立てましょう……逃がす訳にはいきません、ここが押し時ですッ!」
 次いでデイジーの癒しの術が皆の眠気の解除の一端となりて、沙月の武踊がオラクルへと。
 畳みかける。ここが好機と見たイレギュラーズは一気に攻めるのだ。
 サイズの魔力が、騎士のカイトの魔力が。
 リゲルの剣が咲耶の刃が、夏子の薙ぎがルカと沙月の一撃が。
 傭兵やオラクルへと一斉に。
 エッダは依然として在り続け、デイジーの支援は皆を満たし――
「一度狙った獲物――逃すつもりはねぇからな!」
 そして空のカイトが天を舞う。
 纏うは羽と炎。竜巻の様に敵を薙ぎ払う火災旋風が、空から地へと放たれて。
 穿つ。砂を焼き、熱砂とし。灼熱の如く全てを焼かんとすれば。

「ふ、はははは……! 残念だが手遅れだな、イレギュラーズ共ォ!」

 ――だがオラクルは倒れない。
 砂が熱砂に変じようと、その身を焼き尽くすには些か足りないのだ。
 それよりももう出口の門の方が近く。
「チィ……あと一歩って所でよぉクソ爺……!!」
 夏子が届かぬ刃を口惜しむ。オラクルの撃滅は決して不可能ではなかっただろう。
 しかしそれには一刻も早く十対一の状況に持ち込む必要があった。ブロックにより移動をさせない、という事は最前提として。しかし魔種という常人を超えている存在を倒すにはなるべく戦力を素早く集中させなければどこで覆されるか分からない。
 一人倒れただけでも不利となり、一人でも戦えるレベルの戦力が魔種なのだから。
「メレスは――まぁいいクソ。くれてやる、死ぬよりはマシだ。
 生きていれば幾らでもまた反撃できる……!」
 この戦いでオラクルは幻想種を失い、手勢も多くを失った。
 それでも己はまだ生きている。ならば挽回の仕様はあるものだ。
 なぜならばオラクル・ベルベーグルスは只人を超えた存在である『魔種』――
「ねぇ」
 なのだから――
「邪魔」
 後方、出口の門の方から突如として聞こえた声にオラクルが振り向いた、瞬間。

 オラクルの右腕が『砂』として塵果てた。

●子守唄では眠れない
 沙月は覚えていた。オラクルの匂いを。
 いざという時・逃亡された時――その足音を追えるように。
 であればこそ分かった。今奴の右腕が消失したのは『現実』だ。奴から匂いの一部が――失われて。
「あれは……!?」
 同時。サイズの視界に映ったのはオラクルの『奥』だ。
 絶叫を挙げるオラクルの先にいたのは、白い服装に紫色の髪を持つ――
「幻想種……」
 否。

 オラクルを凌駕する『魔種』がそこにいたのだ。

 見た目は幻想種だ。しかし視認すれば嫌という程に『原罪の呼び声』を感じる。
 オラクルも魔種として当然発している訳だが、比べモノにならない圧がそこにあって。
「――貴殿、何者でござるか。見た所『首輪』付きのようでござるが」
「しかし囚われている幻想種……の様な雰囲気には見えないでありますね」
 咲耶は警戒を解かずに現れた幻想種に問いを投げかけ。
 エッダもまた呼吸を整えながら彼女を見据える。
 首には――メレスの様に装着されていた『グリムルート』らしき首輪があるのだが。
 どうにも雰囲気が違う。操られている、いない以前に……ここにいる誰をも見ていない様な……
「……『ここ』には幻想種がいないのね」
 呟いた。
 幻想種、彼女と同種。それがいないのだと――いや厳密にはオラクルは幻想種の筈だが。
「そこで痛みを訴えてる爺以外の、かい? いたら――どうしてたと?」
「……勿論、連れて行くわ。だってこんな所にいたら幸せじゃないから」
「んん? それはどういう意味なのじゃ――」
 夏子とデイジーが幻想種に問いかけるが、答えは言語ではなく。
 『行動』にして示された。
 練り上げられた魔力がネフェルスト中に広がっていく。それは攻撃の類ではなく、ただ『あるモノ』を探知するための術だが――僅か数瞬で広がったそれは『あるモノ』全てに影響を及ぼして……
 制御する。オラクルの管轄下にあった『グリムルート』を。
 全て、ただ単純に『魔力と術の能力差』による暴力で強引に支配権を掠め取って。
「き、きさま何を……!! 私の商品を一体どこに持って行くつもりだ……!!」
 事態に気付いたオラクルが地に倒れ伏しながらも激怒するが。
 彼女の表情は動かない。
 笑う事など忘れてしまったのかの様に、なんの色も見せずにオラクルをただ見下ろしている。
「――待て、何者だ。貴女は」
 リゲルが少し離れた先、いつでも剣を抜けるように構えながら問いかける。
 近くで見ると誰かに似ているような気がするのだ。
 その服装に、その髪色――深緑の――どこかで――

「カノン」

 私の名前は、カノン・フル・フォーレ。
 遥か過去に――深緑を出た莫迦な女。
 砂を纏う。いつぞやに『ある都』を沈めた時の様に、乾いた砂を嵐の如く身に纏えば。
 誰も追えない。目を開けている事すら困難だ。
 騎士のカイトが目を腕で覆う。微かに見える、向こう側のカノンへとしかし言葉を紡いで。
「この力……まさか君が本物の『ザントマン』……!?」
「ザントマン? ああ、うんとても懐かしい単語ね。昔聞いた事がある。幻想種を攫う御伽噺――」
 まだ、仲が良かった頃。
 姉さんが語ってくれた御伽噺。


 ――夢を見たなら危ないよ。外の世界は嘘ばかり。
   優しい嘘に騙されて、全ては砂に呑まれるよ。砂の都は呑まれるよ。
  
   夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
   そうしないと眠たい砂が降ってきて『ザントマン』に攫われてしまうよ――


「なら、それになってみても面白いかもしれない」
 私と同じ境遇の幻想種を放っておくくらいなら。
 私が『ザントマン』となって、皆を攫おう。
 ――あの地へ皆を連れて行こう。

 瞬間。ガラスが割れるかのような音がして砂嵐がふと消えた。
 防塵マスクをしていたルカが瞬時に周囲を確認するが――カノンの姿はどこにも見えず。
 そしてオラクルも騒ぎに乗じたのか姿が無い。
「逃げた? 消えた――いや、一体どこへ……!?」
 空のカイトが飛翔して周囲を探るが、砂の果てまで見る事叶わず。
 と、その時。
「――み、皆さん……!」
 今度はイレギュラーズ側の後方から別の声がした――ふと見れば、メレスだ。
 カイトが連れ去った後、サイズが首輪の破壊を敢行しており、既にグリムルートの効力は失せている様である。で、あればここにいるのは純粋に彼女の意思だけの様で。
「い、今。聞こえたんです。微かに、この首輪から……
 皆で『砂の都』に行きましょう――って」
 砂の都。ラサに伝わる別の伝承、奴隷売買で栄え。
 しかし最後は『砂の魔女』によって沈められたという伝説の地。
「首輪が破壊された私達は助かったけれど、多分。首輪がまともに動いていた人たちは……今の声に従わせられたかもしれないんです……! お願い……! お願い、します。どうか、どうか」
 メレスは言う。首輪の主が変わったとて、事態が好転するとは思えない。
 いやそれ所か、オラクルの時よりも明確に――精神と脳髄を揺さぶる『呼び声』も聞こえて。
 あの声はきっと駄目だ。屈してしまえば、もうきっと誰も本当に戻って来れないから。

「どうかお願い、皆を助けて――!」

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

リゲル=アークライト(p3p000442)[重傷]
白獅子剛剣
コラバポス 夏子(p3p000808)[重傷]
八百屋の息子
エッダ・フロールリジ(p3p006270)[重傷]
フロイライン・ファウスト
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)[重傷]
運命砕き

あとがき

 お疲れさまでした。
 ザントマン事件はいよいよ佳境へと向かいます。
 次回が決戦となります。暫く状況の推移をお待ちいただければと存じます。

 さて今回の成否なのですが、成否自体は失敗となります。

 失敗の理由自体はシナリオ中に記載しておりますので詳しくは申し上げませんが、カノンが出てくる以前までで成否判定はしております。オラクルの撃破は不可能ではなかったのですが、様々な要素があった結果となります。
 メレス・幻想種の救出には成功しており全て失敗しているという訳ではありません。

 シナリオお疲れさまでした。

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