シナリオ詳細
<Sandman>孤独の虫が呼んでいる
オープニング
●男は寝物語の様に言った。
教祖様、僕はね。始祖様に会ってみたいんですよ。
ウォッカを煽りながら男は赤ら顔でそう言った。楽園を探し求め目的の為に生きている片翼の乙女は首を傾いで教祖と呼ばれた少年を見遣る。
「きっと、さぞ素晴らしい方だったのでしょう? 始祖様ってのは。
なんでも『この本を最初は禁じながら感銘を受けた』んだそうですよ。
はは、この本の良さが分かるようなさぞお辛い事があったんでしょうねえ! それがこの素晴らしき『神の書』の最初の一冊で――こうして世に回る様になったきっかけだ」
複製して書物を闇市に流したの自分なのだとクリドマスはターバンをずるりと降ろして頭をごしごしと拭いた。火傷の跡をくっきりとさせた彼の頭を見遣りながら「火傷って懐かしいな」と教祖が何事もなかったように続ける。
「ああ、いいでしょう! これ。楽園を見ましたよ、でも扉を開けなかったのはまだまだ試練を熟すほどの力が無かったったって事でしょうね」
頷く教祖にクリドマスは「やっぱりかぁ」と甘えた様に言って再度ウォッカを煽った。
「きっと、『始祖様』の絶望を感じ取れば分かると思うんですよ。
楽園とは我らが帰るべき故郷である。教祖様にもね、その故郷へ戻るに素晴らしい場所を見て欲しいんですよ」
「見て、どうかなるの?」
「そこへ行きましょう。それから、そこで教祖様の『愛する人』も呼びましょう! 嗚呼、何なら、そこで楽園へと向かうまでを見届けますよ。なんでって? そりゃあ、私だってそこで楽園へ向かうんでちょっと寄り道して素晴らしき試練を見るのだって悪かぁないでしょう」
●とある乙女の手記
――そういって、クリドマスというおとこは私とカイン様に『少し待っていて』と云いました。
カイン様はすぐにでも『アベル』の許に行きたいというのを少しだけ我慢したのだと言います。
『楽園の東側』に所属する方々が緩やかに動き出したというのもあるのでしょうが、舞台を誂えると言われた以上、「出会えるか分からない賭けにでるよりも、待って居た方が準備も出来て効率がいい」と仰っていました。
きっとその時、私の背に背負った片翼が切り落とされて準備が整うのですね。
その時になれば『エリー』ではない私を見てくれるでしょうか?
きっと――きっと。
●深緑の魔女フランツェルは「莫迦らしい」と云った。
ラサという国は傭兵と商人で成り立ち均衡を保っている。そのどちらかが欠けても国家は保てないだろうと深緑の魔女、フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)は云った。
「どうしてって、簡単な話よ? 例えば深緑はファルカウという大樹を信仰しているからこそその閉鎖的な国を保って居られるし幻想だって王政でしょう――一応ね――誰か指導者がいなくっては国というのは破綻しがちなの」
民主主義とか社会主義とかこの際はどうでもいいのだけどとフランツェルは付け加えて渋い顔をした。
「例えば、実質は指導者であるディルクが『ザントマン』と呼ばれた商人、オラクルを糾弾したとして? その議場で意見が分断されたなら? これって不味いわよね。
どうしてって『傭兵派』であるディルクが何を言おうとも商人たちがイエスを返さなくっては均衡が崩れるもの」
ばらばら、とね、と魔法道具の薔薇を掌で崩して見せた彼女は深緑より『■■■■』を追って調査に出て来たのだそうだ。簡単に言えばフィールドワーカーの真似事か。
「今はザントマン派と呼ばれる商人たちが『強行』策に出ようとしているわ。
……それを防ぐのも皆の御役目だとは思うのだけれど――ここからは私からのタレコミよ?」
にい、と笑ったフランツェル。幼く見える彼女は幻想種の中で魔を治めた物として深緑を故郷の様に愛しているとでも言うのだろうか。
「異界からの漂流物と言われる禁書『■■■■』。リュミエ様にこれについて聞いてきたわ。
これは、彼女と彼女の■が禁じていたものだそうなの。魔的な気配を感じさせる禁書には人をそうだと思わせる魅惑の力があったそう」
今になっては、複製された本が出回っている事で死を救いとする者たちの集う場所になっているのだろうが。
「けれど、ある日、■■■様はその本に魅了された。そういう事件があったそう」
言葉を濁す。知っていても、言えないとでも言う様に。
「そして、『楽園』を探し求めた――この『始祖の楽園』に魔種であるクリドマスという商人は向かおうとしているわ。
『楽園の東側』に、『■■■■』に魅了され、この禁書を世に広めた始祖たる『■■■』様に一目でも会うために」
そして、その始祖の楽園で試練(しぬ)のだという。教祖たるカインという少年には素敵な試練(しにばしょ)を見つけたと楽し気に告げ――彼の目的もそこで達成しましょうと準備をしているらしい。
「ここでのオーダーはただ一つよ。
クリドマスを倒してほしい。なんだか、幻想種を玩具のようにして死にたいって思う程に憔悴した人たちを結局自分のために利用してるんだもの」
誰かが死にたいと願った。
そう願う程に辛く悲しいことが彼女にはあったのだろう。
その心に付け込んでクリドマスは彼女たちを連れだした。
そして傀儡の様に『操り』自身の目的が果たされたときに売り払わんとしているのだという。
「きっと、ここで彼を倒しても教祖は始祖の楽園に至るかもしれない。
けれどね、摘める芽は摘んでおかなくっちゃいけないわ」
フランツェルは「それに」と付け加えた。
「私ったら、自分のしたいことは自分で決めるべきだと思ってる派なのよね」と。
- <Sandman>孤独の虫が呼んでいる完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年10月12日 22時15分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●孤独の虫
幼いころからそのおとこは一人きりであった。ラサの商家に生まれ、何不自由ない裕福な生活を送っていたことから周囲からは羨望の眼差しで見られる事もあった――あったが、それはある意味で彼を孤独の底へと突き落とすと同義であったのだ。
その名をクリドマス・ザハ・アブエイン。
彼が禁書とされる『■■■■』に出会い、閉鎖的たる深緑に存在した宗教へと加入したのは彼が大人になってからの事だったのだろう。
母は放蕩三昧、父は仕事で忙しいのだと家を空け続けた。彼には自分自身を愛する者がおらず、金を目当てに拠り付く羽虫の様な女を疎ましく思うだけの日々であった――しかし、禁書の中では違っていた。
生き続ける事に飽きたその日、その生すら試練であるとその本は語って聞かせた。
その禁書を市井に流した女は自身の存在を疑問視し、絶望したらしい。揺らいだレーゾンデートル。自己の否定。そこに至るまでの彼女の悲劇にクリドマスは心を打たれた。
何より! 何より彼は『誰かに依存して生きる』という事を知らなかったからだ。
嗚呼、麗しい始祖は誰かに依存するように己の価値を付随させ続けてきたのだろう。
だからこそ、絶望した。だからこそ、全てをまほろばに化そうとしたのだ。
始祖様。始祖様。始祖様。始祖様に会えばきっと、きっと――『絶望するほどに生を感じられた』始祖様ならば自分の価値を教えてくれるはずだ!
……それは、男の勝手な憶測で、勝手な推論で、身勝手さだったのだろう。
●
クリドマスが言った楽園。それが何所にあるかなんて誰もが知らない。嗚呼、けれど、楽園と口にすれば異世界からの迷子である『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862) には魅惑の響きとして聞こえてきて。
「ロクでもない話だけど楽園なんて私が行きたいわよ。
信じる神は死神だけどね! ……それに、その切符は販売停止よ」
好きなように生きて好きなように死ねるのだ。それこそが素敵で、素直に羨ましいのだと秋奈は小さくぼやいた。戦い続ける事を義務としてその身に確りと植え付けられた秋奈にとっては『死』というものは一つの道筋なのだろうが、『抗う者』エストレーリャ=セルバ(p3p007114)にとっては『死』という概念が救いではないとそう思えてならない。
「死は、救いなのでしょうか。そう思うほどの絶望を、僕は、憶えていません」
「絶望というのは常に何かと隣り合わせなのじゃろう。
妾とて、分からぬ。肯定することができぬことは『理解の外』ということなのじゃ」
尊大なる『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)。幼いながらもクラーク家の子女として教育を施された彼女はノブレス・オブリージュをその身、その態度で体現して見せる。
「理解できるかできないか、ならば。僕は、できません」
「――理解できて、堪るかよ」
そう言葉を吐き出した『ド根性ヒューマン』銀城 黒羽(p3p000505) は傍らの橘さんの姿をちらりと見遣った。
「その思想も、常人が理解できないからこそ『宗教』ってのが罷り通る。
それにこの話は『楽園の東側』って例のやべぇ宗教じゃねぇか。理解出来たらそれこそ入信だ」
黒羽が毒吐く。命を失っても尚、信ずる神がいるというその信仰心こそが最大の悪になることを彼は知っていた。
「ここで止めなきゃこの狂気も伝播するだろうし……」
「――『三度目まして』なんて、初対面でも顔を覚えて仲良くなる頃でしょう」
ガスマスクを携えて。『未来偏差』アベル(p3p003719)は静かに、そう言った。ミッドナイトラヴァーをその掌で弄ぶ。確かな重さは、そうか、これが『命を奪う重さ』の筈なのだとアベルは掌を見下ろした。
「その宗教には割と馴染み深い方なんですけどね」
「その割には浮かない顔、してるじゃないか」
ガスマスク越しにも滲み出る位にと、冗談めかして笑った『紅蓮の盾』グレン・ロジャース(p3p005709)にアベルは肩を竦めた。
狂気が伝播していく。それは幻想王国で起こったサーカスの一件でも、そして天義での黄泉返りでも特異運命座標達は経験してきた事だ。此度は砂漠の真ん中、人の流れが全て収束するこの夢の都で『広がった』からこそ面倒なのだとグレンは認識していた。
「至ってシンプルな話ではあるんだろう?」
「シンプル。確かにね。オレもフランツェルと同じく自分のことは自分で決めるべきだと思ってる派なんだ」
『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の言葉にはそれ以上にないシンプルさが込められていた。現状が赦せるか、否。ならば――殴る! これ程にシンプルな解法があるであろうか。
ふふん、と鼻を鳴らした深緑はアンテローゼ大聖堂の司教フランツェル・ロア・ヘクセンハウスは「奇遇ね。意見がぴったり合うじゃない」と満足げにイグナートを見遣った。
「でも、それを決められない位に噂の本は魔性を秘めてたってこと、だよね?」
そこで、話題に上がるのが『■■■■』である。その本を読めば、死を求める者たちは皆、そうだと納得してしまうと――『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はその本より感じる魔性を拒絶するようにフランツェルに聞いた。
「そうね。その本自体に誰かをどうこうする魔力があったわけではないのかもしれないけれど。
けれど、何かに縋りたい人にとっては救いだったと思うわ。逃げてもいいと、教えて呉れるもの」
「逃げてもいい――」
死が救いであるとは欺瞞である。死を選択できるもののの大いなる奢りである事を マルク・シリング(p3p001309)はひしひしと感じていた。
「逃げ……そうだね、確かに。そうしたいと選択できる人にとっては死は逃げ道だ。
けど、死の向こうに、救いなんてあるものか。
冬の寒村、飢えと寒さで家族も友も次々と、その命の灯を消していった……あの地獄が楽園への道程だったなんて、決して言わせない」
唇を噛み締める。マルクは『裕福なもの』達が決して見ることのできない地獄を思い浮かべて胡乱に吐き出した。
「けど、そうやって逃げ出そうとする人たちだって……心が弱っているだけ、でしょ?」
穏やかな口調で、それでいて確かな芯の強さを感じさせるように『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はそう言った。髪を搔き乱すマルクの言わんとせん事は分かっている。
「救われない人がいるのに、救われるかもしれない人が思考を放棄するなんて許せないの。
――けど、そんな弱っている所に付け込んだ挙句、玩具のようにこき使うなんて……そっちの方が絶対に許せない!」
楽園へ行きましょう。
そんな言葉を黙認できるほどにスティア・エイル・ヴァークライトは大人ではなかった。
それはアレクシアも同じなのだろう。スティアの強い決意の言葉に大きく頷く。
「フランツェルさんは『自分のしたいことは自分で決めるべきだと思ってる派』なんだよね?」
「え? ええ、そうね」
「なら、私もそうみたい。死が救いだなんて私は絶対に思わない。そしてそれを利用しようとしてる人も許さない!」
なら、続く言葉は一つだった。
夢の都ネフェルスト。戦場となる砂漠のオアシス。様々な思惑交差するその中で、狂気が伝播し合う。
不俱戴天の仇たる魔種を打ち破った歴戦の英雄――『特異運命座標』と呼ばれた存在ならば。
「ここで、絶対に倒して見せる!」
●
常ならば熱気溢れるネフェルストの街は今日という日は少し違った。『ザントマン』サイドについた商人たちと、それを止めるべく応戦する『赤犬』派の者たちのいがみ合いが至る場所で見て取れた。
「……普段からこの街ってこんな感じ?」とイグナートの問うた声に「まさか!」とフランツェルが笑う。
「普段ならこのあたりで串焼きでも食べながらうろうろしたいところでしょ」
「その意見、概ね同意」
グレンがそう呟き障害物の影に身を隠しながら肩を震わせた。上空にはデイジーのファミリアーで鳥を先行させ動向を探っている。
「ねえ、フランちゃんはさ、この街、けっこー気に入ってるの?」
「そりゃあね。皆そうでしょ。ディルクさんも、ディアナさんも、ハウザーさん達だって。
……此処に来た貴方達だってそうじゃない? ここは『夢の都』だもの」
その声に秋奈は「ふうん」と小さく返した。保護結界を展開しつつ、それが万全ではないと自身でも知りつつも念には念を入れるべきかと立ち上がる。
「焼石かもしれないけど、この都の美しさも守れるだけ護っておこうかな」
意図的に物品を壊せば其れはどうしようもない事だが、不慮の事で街の外観を損ねる事が無いようにと巡らせたそれにエストレーリャは「物陰が多ければ、隠し場所も、増えますね」と頷いた。
「でーあーふたーでー
しーんぐあーろーりのー」
鼻歌交らせた秋奈がゆっくりとその背を屈める。手にする戦神制式装備第九四号緋月の感覚を彼女は指先で確かめた。
「敵影は?」
「ばっちりじゃ。あれが――」
デイジーの大きな紫苑の瞳は確かに女の姿を捕らえていた。長耳の――そして、首にはグリムルートと名付けられた首輪をつけた『楽園の東側』の信者たち。クリドマスという商人の軽口に乗せられて『楽園』を目指す為にその身を削る乙女たちだ。
「――『ターゲット』だね」
マルクがノーワイズ・ノーライフを手に立ちあがる。眩い光が広がり幻想種の女達を包み込んだ。
その光を懼れる事無くデイジーが展開した月球の結界がきらめきを持って幻想種達の視界を奪った。
「まずは要救助者を確保する!」
その言に頷いて、離れた距離より『敵襲に気付いた様に集まる商人』達をその視界に映したアベルが唇を釣り上げる。楽園の東側の商人たちだけではない。その顔には見覚えがあった。
――『また』
その言葉、アベルは確りと覚えていた。また、と彼が言ったその言葉。
「またの機会ってのが巡ってきたようですよ?」
三度目ましての顔合わせ。クリドマスとの因縁もそろそろ終いにしてやろうと挑発するように投げ入れるは閃光、そして、爆発音。顔を上げたクリドマスの表情が僅か、変化する。男の顔に浮かんだのはあからさまな程の挑発ではなかろうか。
「おや――」
じっとりと、確かめるようなその気配。ぞ、と背筋に走ったそれは魔種(あしきもの)と相対したときに感じるものであろうか。エストレーリャの中ではそれを『潰す』事こそが目的であると絶対的に認識されていた。
怒りを孕んだ瞳を向けた商人がアベルへと距離を詰める前にグレンはその身を滑り込ませる。
「『銃』が撃ち『盾』が防ぐ、シンプルだ」
実にシンプルな戦闘ではないかとグレンは守護聖剣ノルンで商人の放った一撃を払う。ザ・フォートレスーーそれは絶対的な防御の壁だ。決して崩れる事が無きように。自己を犠牲にしてでも『銃』がその引金を引けるようにと彼は前へと走る。
「シンプル。サイコウだね――っ!」
闘気をその身に纏いイグナートは声を張る。「ゲスはぶっ飛ばす!」とその発言にクリドマスが「ゲス?」と喉を鳴らして手を叩いた。
「おやおやおや。ゲス。成程? 『楽園の東側』――私達の思想にケチをつけると。
知っていますか。人間というモノは思想を大事にしている。それは、思想への否定。私達の存在の否定ではありませんか!」
声を張り上げる。男のその言葉を聞きながらイグナートは「オセッカイ」と小さく呟いた。
「オレたちのやっていることは大きなオセワなのかもシレナイけれどね。
ケド、傀儡状態になってりゃ、その『シソウ』ってのも本人の意志か分からないよ!」
その刹那、黒羽の体には自身の能力を全盛を思わせるそれが宿る。距離詰め、承認を絡めとる鎖。クリドマスの視線を釘付けにするアベルと、その足を止めるグレン。
そして、そして――『自らの意志で死に向かおうとする』一人の幻想種と向き合うは、己の身を病に支配されていた一人の少女。
「傷つけるのは本位じゃない……でも!」
踊る様に。呻くはルクア・フェルリアールーー彼女は、死にたいと願っていた。
その身を病に蝕まれ、その痛みに血反吐を吐く様に呻きながらもアレクシアは魔力の花で彼女を穿つ。魔力の残滓は飽きに花開く毒花を思わせる。
花を美しいと、そうスティアは感じていた。同時に、アレクシアがルクアを傷つけたくはないのだとセラフィムの背をなぞる。癒しを謳い、傀儡と商人の様子をちらりと見遣る。
(……そう簡単には倒れない、よね)
スティアの癒しを受けながらグレンはクリドマスより放たれる一撃の重さを感じる。遠距離タイプである彼を補佐するように立ち回るルクアの意識は全てアレクシアに向いている。無数の商人や傀儡たちの無力化が目的であるその中で秋奈は小さく呻く。
(そう一筋縄じゃ行かないって――? 厭な気配ね)
戦神は戦闘に参加せず、無力化した傀儡たちの保護を担っていた。グリムルートの事も気がかりだ。数が多い事からそれほどまでの脅威ではないのだろうが一筋縄ではいかぬのが『首輪をつけた戦闘要員』という事か。死を目指して戦う彼女たちは怖い、助けて、と泣く物も居れば殺してと懇願するものまでいる。
(怖がるくらいなら、死のうなんて思わなければいいのに)
秋奈は只、小さくぼやいた。嗚呼、マルクとデイジーの不殺攻撃の中、ルクアの攻撃を受けるアレクシアとクリドマスの『お遊び』を受け止めるグレンを支えるエストレーリャは響く声音に狂気を感じ取った。
――さあ、楽園へ! 生きて居てもいいことなんざないのです!
響く。響く。脳に響く。それを聞きながらエストレーリャは抗う。頭を押さえ、厭だと泣きながら攻撃を続ける幻想種の一人がごとりとその体を転がせた。
死にたいと泣き続ける傀儡の少女。彼女をフランツェルの元まで運んだエストレーリャは息を吐く。
「死にたい――らしいのです」
「ええ。確かに、聞いたわ」
「……そう思う程、辛い思いをした人に、助けられる言葉は、出せません」
エストレーリャは声を震わせた。死にたいと、何度も願う幻想種(どうほう)は何を見て、何を感じて来たのだろう。フランツェルに傀儡の少女を託し、前線に戻ったエストレーリャは癒しを謳いながら声を張る。狂気を、払う様に、確かな声音を響かせて。
「けど! 貴方達に首輪を嵌めた商人はそれを利用しようとしています
ザントマンは、幻想種の仲間を物として扱いました。その一派を、僕は許せません!」
その声に、幻想種の視線がふい、と逸らされた。彼女達も『モノ』だったのだと、その時エストレーリャは悟り唇を噤んだ。
●
世界の形は何時だって歪で、搾取する側とされる側が存在している。
その時、彼は搾取する側でありながら、その心の隙間を埋める事が出来なかった。
『■■■■』に出会って、その心を埋める事が出来るのではと彼は思い――そして、象徴の少女と出会った。
切り落とされた片翼に、背負った翼を証の様に誇らしく思うこれまた歪な少女。
誰かの身代わりではないのかとクリドマスは『象徴』へと問い掛けた。嗚呼、けれど、彼女は首を振ったのだ。そうでいいのだ、と。
アベルとカインとエリー。その三人で楽園へ向かう事がカインの望みであると少女は知っていた。
そのエリーが『自分自身の事ではない』事さえも知っていたのだ。
知っていて、彼女はそうなった瞬間に彼が自身を『エリー』ではないと認識してくれるのではないかと考えていたのだ。
「寂しくはないのかい?」とクリドマスは問い掛けた。「寂しくなんて。彼が望むんですから」とその白い頬を赤く染めて、彼女は笑ったのだ。
「あなたは? 寂しいの?」と彼女が問い掛けたそれにクリドマスは何も答えることができなかった。
どうして、彼女は孤独の中に居るというのにたった一つのちっぽけな――自分に向けられているかも分からない――愛情を信じて居られるのだろうか。
父は、母は、誰も、アイ情なんて向けて呉れなかったクレドマスには其れは分からないままだった。
●
傀儡の無力化を狙うデイジーとマルクが手分けし、そのすべてを誘う様に黒羽が周囲に彼らを集め続ける。
商人たちを吹き飛ばすイグナートにその補佐に回るのはフランツェル。
一方で、クリドマスの視線を集めるのは長距離より攻撃ができるアベルと、その攻撃を一手に引き受ける壁役のグレンであり、傀儡であるルクアを受け止めるアレクシアだ。
無力化した傀儡たちや無理に倒す事も無く巻き込む様に不殺で倒れた商人を安全地帯迄運ぶ人を担う秋奈は傀儡の首に嵌められた首輪――グリムルートの解析を行っていた。
その戦線を維持するべく癒しを送るのはエストレーリャとスティアであった。
(被弾は恐れない。ここで、恐れちゃ救えないんだ――攻撃を引き付けてくる仲間と、治癒に専念する仲間を信じるしかない……!)
マルクがイグナートの引きつけた傀儡と商人に向けてはなった鮮烈な光が眩くも広がっていく。秋奈の視線は必死にグリムルートの解析を行っていた。アナザーアナライズを使用しての解析で外し方にはそれなりのコツがあることを秋奈は認識していた。無論、それはクリドマスが此度の為にと自身で誂えたものだけに適応されるのだろうが――
「無力化すれば外せるわ。仕組みは分かったもの」
「ならば、後は全力で無力化し、保護するだけじゃ! 妾達が行う事は至ってシンプルで困るの?」
デイジーの額に汗が滲んだのは、多勢の中での攻撃が中々に骨が折れるからだ。圧倒的な回復力で戦線を維持するスティアとエストレーリャとて、魔種を一手に引き受けるグレンを支える事が精いっぱいだと認識していた。
(黒羽さん、グレンさん、イグナートさんにアレクシアさん……。
其々が『相手を惹きつけてる』から、回復の対象がばらけちゃう……! けど――)
スティアは祈る。己の魔力を増幅させる聖域で皆が踏ん張るだけの力を与えんと。
「死は誰も救わない。死が俺達に寄越すのは楽園でもなければ地獄ですらない――永劫の無だけだ」
黒羽が淡々と告げたその言葉を否定するように、商人たちは声高に叫ぶ。
死と謂う試練を超えた先に素晴らしい世界があるのだと。祝福なのだと。只の一度の試練なのだと。
永劫の無は、虚構の幸福であるかのように。商人たちのその声は決して交わらぬ奇異なものとして黒羽には響いた。
殴りつけるその腕を止める事無く、イグナートが地面を踏み締める。商人を倒したそれを受け止めた秋奈が障害物の影へと彼らを投げ入れる。半数。現時点で無力化されたのはその数だ。範囲攻撃を持っての無力化は個体差の体力で倒れる速度をズラしただけだろうか。
「もう少しだね――! フランツェルさんは大丈夫?」
「ええ、けど……みんなの方こそ。まだ『本命』は残っているでしょう……?」
汗を拭ったフランツェルにスティアは曖昧に笑みを溢した。その数を減らしながらも、分担での持ち回りでは時間の経過がシビアに感じさせる。被弾を懼れぬマルクの額にも汗が滲んでいることをスティアは見逃さなかった。
(大丈夫――もう少し、もう少し……! ここで、挫けちゃ誰も救えないんだ……!)
母が愛した様に。自身も誰かを愛するように――スティアは祈る。
その祈りの輝きを受け止めて黒羽は只、飛び込んだ。言葉を以て制するように。声を張り上げて。
「だから、幸福なんてのは今を生きてる奴だけが感じることが出来る。
お前達はまだ生きてるじゃねぇか――てめぇ等で、これからの幸福から逃げるような真似するんじゃねぇよ」
「逃げるしかなければ……?」
深、と。その声は響いた。顔を上げたのはアレクシアだった。傀儡のルクア――ルクア・フェルリアールが涙を流しながらそう囁いたのだ。
「逃げるしかなければ、どうするの?」
傀儡たちの無力化を行いながら秋奈はその声に口を閉ざす。さあ、そんなこと聞かれたって『死を許容する』彼女には堪える事は出来なかった。
「お主の境遇や苦しみには同情しよう。
しかし、如何に苦しみを受けようと死が救いなぞというのは戯れ言じゃ――この世界でもっと生きあがいて見せよ」
デイジーの言葉にルクアが顔を上げた。美しい瞳の、線の細い女であった。痩せこけているかのように思えるその頬は生気も乏しく決して美人と称することはできなかった。
「生きて居たって、何にもいいことはないわ」
「そんな……!」
スティアは声を振り絞った。ルクアの視線を受け止める事が出来たのはデイジーより感じられた異常なカリスマ性のおかげなのだろう。
その瞳は『デイジーの言葉を否定するかのような彩』をしていた。
「生きて居たって、私はどうしようもないじゃない。
こうやって、こうやって、こうやって、歩き回ることが夢だった!
こうやって、こうやって、こうやって――冒険する事だって夢だったわ!」
「ねえ……どうして楽園に向かおうと思っているの? そこには本当に貴女の望むことがあるのかな?
病気が治ったら良いとか、痛いのが取れたりしたとしてもその願いはかわったりしないのかな」
スティアは指折り数える。幻想で無理なら海洋で。海洋が無理なら鉄帝で。天義や練達だって。この世界には沢山の技術があり、国があり、人がある。
「絶望して、諦めないで……!」
スティアの言葉を受け止めてイグナートは走った。秋奈の『言葉』を耳にして、抗う為の一歩をその手で放つ。
「オレは少しだけ分かる気がするよ。歩き回りたい、走り回りたい。
体を動かしたい――戦える喜びってヤツはサイコーの感覚だからね。
でも、最初から終わる気で戦おうなんて考えはコウテイ出来ないよ
やるからには勝つ! その気概の出す力の差を教えてやろうじゃないか!」
距離を詰めたイグナートの一撃にルクアがその身を翻した。秋奈が落ちた首輪を払う様に顔を上げた。
傀儡のルクア。その姿を見ながらアベルは口を閉ざしていた。
死なないで? 命を大事に? 楽園なんてそこにはない?
ああ、アベルは何と言えばいいのか分からなかった。普段なら出る軽口が、今日は重苦しく感じられる。喉に何かが引っ掛かったかのような――そんな気がして言葉は出なかった。
「アベルさん?」
「いいえ」
いいえ、と。首を振る。フランツェルの視線に曖昧に笑ったアベルはその言葉を呑み込んだ。
何と言えばいいのか。こんな状況、もしかすれば俺のせいかもしれないのだから――
「アンタの目的が何なのかは知りませんが、気に食わないんですよ」
クリドマスに吐き出した。アベルの言葉にクリドマスの瞳がちら、と彼を見る。
「それって、同じでしょ。身勝手な」
「でしょうね」
吐き捨てる。アベルも、クリドマスも身勝手な事で動いていると言われればそうだと感じた。
クリドマスの莫迦らしい考えに『彼』が巻き込まれる事がアベルには辛抱ならなかったのだ。
「―――アンタのくだらない野望に、アイツを巻き込むな」
ただ、その声が響く。『銃』の為に『盾』は奮闘する。グレンが僅かに呻く声を出す。
「死は救いじゃないんだ! 諦めないで!」
アレクシアは、生きて欲しいとは言えなかった。諦観に囚われる気持ちは分かる。自分だって、ベッドの上で寝ている儘ではきっとそうだった。尊敬する『お兄ちゃん』を羨み彼女のようになったかもしれないと――そう思う。
「動けたんだよね。そんな方法だって!
動けるのって楽しいでしょう! 嬉しいでしょう!
なら諦めないで! 君を治す方法は私が必ず探すから!」
「う、う――どうやって。どうやっても治らないのに!」
悲痛なるその声音にスティアの眉が寄る。嗚呼、絶望が其処には横たわっているのだと痛い程に感じるから。
アレクシアは首を振る。彼女の声を続ける様にグレンは己の唇から溢れた血潮を拭う。クリドマスの一撃が重く、その臓腑を傷つけた。
「ッーー」
生きろと、その言葉が彼女に取って残酷でも。可能性(わがまま)に賭けるのが特異運命座標と知っていた。
「病と痛みの苦しみは想像を絶する。けど何もできない苦しみは少しだけわかるぜ。
何かできる事は、それだけでも嬉しいよな」
手を血に染めて、その足を傷だらけにして、赤い靴を履いて踊るかのように。
ルクアは訊きたくないと首を振った。厭だ、厭だと駄々をこねるかの如く。
「だが本当にしたいことは違うだろ?! 『戦う事』は傷つけ傷つけられ、血を見ることじゃないはずだ。
森を歩き、花を愛で、詩を歌う。とっくに諦めちまったかもしれないが……だからこそそれが『最初の希望』だろ。戦う強さをまだ持っているなら――」
グレンはそこで言葉を切った。ルクアは苦しんでいる。病にその身を苛まれる事も、自身がうまく動けない事も。孤独の中で、きっと彼女は泣き続けていたのだと、そう感じた。
エストレーリャは唇を噛む。彼女を励ましたいとそう思えど、彼女に賭ける言葉が見つからないと首を振った。説得することはきっと、難しい。けれど――それでも、彼女に手を伸ばす事は特異運命座標(かのうせい)があるならば。
「いつまでだって付き合うから! 可能性を捨てないで!」
アレクシアはそう叫ぶ。ルクア。ルクア・フェルリアール。只の一人の幻想種。
「私も手伝うわ。貴女がそれだけ必死なら」
スティアの肩に手を添えて、頬について赤を拭ったフランツェルはアレクシアを見遣る。
頷いて、アレクシアは一押しとルクアへと向かった。
孤独の虫。孤独の中で泣いている。呼んでいたのだ。誰か、救って――と。
「死の先にある楽園を探す前に、君に手を差し伸べられる僕たちの手を取ってほしい。
『楽園』よりも救いのある世界に、必ず君を連れて行く。死の先ではなく、生と共にある世界に来てほしい」
「欺瞞だ」
クリドマスは吐き出した。マルクの放つ光を見ながら大声を上げて。
「傲慢だ!」
強欲で、傲慢な、正義の味方の言葉だと彼は謗る様に声を張り上げて。
「だから? 傲慢で、強欲で、欺瞞で、何が悪いの?
貴方だってそうだったでしょう。私達皆、『死にたいときに死ねるのよ』」
秋奈はきょとりとした調子で、そう言った。その声を聴きながらアベルは「傲慢はどっちだ」と吐き捨てた。
「傲慢で強欲で、欺瞞で、それに満ちた世界だからアンタもアイツも、『楽園』を目指してる。
それの何が悪い。こっちだって――傲慢で強欲で自分勝手をさせてもらいますよ」
クリドマスを倒して見せるのだと決めた特異運命座標達の想いを乗せてアベルは只攻撃を放った。
傲慢で欺瞞に満ちた阿呆共と。
「言葉を弄して他人を動かす。やってる事は俺も似たようなもんか、だが口は挟ませねえぜ」
クリドマスが吼える。グレンのその身が倒れると同時、ルクアの瞳がぱちりと煌めいた。
「希望は、一つなんかじゃない! ――だから僕は、皆を最大限、死から遠ざける」
マルクの声を聴いたが早いか、ルクアの足が止まり地面へと倒れる。それを受け止めて秋奈は生きてると小さく呟いた。
●
クリドマスの視線がアベルを捕らえた。自身を狙い穿つその狙撃手の瞳を受け止める様に。
「聞きたいことは山ほどありますよ。けど、一番は『何を考えてるか』――教えて貰いましょうか」
アベルの言葉にクリドマスはは、と小さく声を発して笑った。
「『楽園』へ行きたいだけ」
「それは、『宗教』で示す楽園? それとも――」
確かめるスティアの声にクリドマスは分かっているでしょうとも言いたげな視線を返す。アベルは彼が『楽園の東側』の始祖の示したもう一つの楽園を探していたのだとその時、認識した。
グレンが倒れた事でその身をアベルの前へと滑り込ませたアレクシア。戦線に復帰した秋奈はクリドマスが語る死と楽園への希望を黙って聞いている。
「楽園へ行けば分かるのだ! そう、始祖様が示した全てを。彼女の感情を、彼女の存在を、彼女そのものを!」
「始祖様という存在に焦がれているだけ――まるで勘違いした、恋みたい」
エストレーリャの言葉にクリドマスは烏滸がましいと笑った。羨望は恋に似て、絶望は愛に似て、甘露であるその感情を追い求めるのは『彼が狂ってしまっているから』なのだろうか。
嗚呼、それなら話は早いと秋奈はにんまりと笑う。体力は十分だ。
「残念だけど、手加減はできないわ! 死が救いなのは間違いないわね!」
距離詰める。刃を振り上げクリドマスへと一直線に。その身体が傷付こうとも彼女は構う事はしなかった。何故? 戦神なんてそんなものなのだから!
出せる力は全て出し切って見せるとイグナートはクリドマスへと飛び付いた。その勢いの儘、彼の体が薙ぎ倒される。確かな一撃を届けた事を確認し、イグナートは流れ弾のように飛んだそれをスティアの前へと滑り込み受け止めた。
「イグナートさん!」
「ダイジョーブ。あとは任せるよ」
囁く声に頷いて。強い意思を以てスティアは祈る。その祈りと共にアレクシアを鼓舞すれば、エストレーリャがそれに続いた。
デイジーは尊厳と、その身一身に背負った気概で只、その場に立って居た。貴族としての品位を捨てることはない。彼女はしっかりと男を見据える。
「ならば、始祖の許へ至る為に何を探しているのじゃ? 楽園?
それが『死』ではなく、本来ある場所だというならば――」
「始祖様が森(こきょう)を追われ、辿り着いた場所。彼女が最後、幸福へ至る為に辿り着いた只のひとつ。その始祖様の眠る場所! 其処に行けば楽園(し)を迎えることができるのだ!」
始祖。カノン・フル・フォーレが最後辿り着いたというその場所に彼女は未だ眠っているとクリドマスは夢見る様にそう言った。
アベルの眉が動く。森を追われ? 辿り着く?
楽園の東側。楽園――始祖カノン・フル・フォーレにとっての『楽園』。
美しき姉と過ごした鮮やかなる深緑。その深い木々の奥、乙女にとっての幸福の場所。
嗚呼、とアベルは笑う。そうか、クリドマスが目指した『楽園』は――
「深緑の――『楽園』の東側にあるんですね」
その、カノン・フル・フォーレの築き上げた楽園、砂の都は。
始祖様と何度も繰り返す。クリドマスに叩きつけた一気呵成。溢れる血潮を拭う様に黒羽は限界を超えるように力を振り絞った。
「ッ――ヤロウ!」
楽園より出奔した始祖の作り出した新たな楽園。往くべき場所に向かうが為に『始祖が嫌ったこの場所』を全て手に入れる為ならばザントマンの事さえも利用する。それは正しくも信心深いと言えるだろうか。
「どうして、貴方は死にたいの?」
スティアは訊いた。頭の中から抜け落ちた記憶を搔き集める様に書物を辿った指先を追い掛けてアレクシアはふらりと立ち上がる。
「どうして、貴方は始祖様ばかりしか見て居ないの?」
スティアは訊いた。アレクシアが受け止め続けた攻撃がその身を震わせる。痛い、と感じながらもルクアに付き合うと決めたならばここを堪えなければとそう考えていた。
「どうして――」
「――始祖様しか、よすががなかった」
寄る辺のない思いを幻想に託して。男のその声を破る様に秋奈が全力全霊を込めて飛び付いた。
デイジーの放つ気配が男を包み込む。そして――そしてアベルは云った。
「またあとで」と。
放った其れは、命を奪う訳ではない。
命を奪わず、意識を狩り取る様に。
クリドマスが『行きたい場所』になんて行かせてやらないと――
●
死にたかった。
誰からも見られなくて、誰からも愛されなかったから。
死にたかった。
何処に行けばそうできるかもわからなくて、自分でそうする度胸もなかった。
何かに縋れば、教義であるから死なねばならないと言われたときに。
嗚呼、死ぬ度胸がない自分はまだ『楽園』に遠いのだと認識できた。
死にたかった――けれど、『試練』を超えるにはまだ足りないと言い聞かせて生きながらえた。
死にたいと言いながら。
死が救いだと言いながら。
始祖様、始祖様、と。あるかもわからない幻想を追い求めて。
孤独だからと子供染みた莫迦みたいな妄想に浸っていたのだ。
●
「――ああ」
寂しい、と。掌が上がる。孤独の虫は知っていた。何処まで行ったって、そんな幻想に縋ったって。何もその寂しさを埋めれるわけでもないのに、と。
孤独の虫は泣いていた。その掌を取る事も無く、只、エストレーリャは首を振った。砂に埋もれる様に倒れていく。
「……この人には、まだ、『試練』は来てないんだね」
スティアがぽそりと呟いたその言葉に、誰も答えることはなかった。只、どこかで影が動く。
楽園への片道切符。その姿を両眼に映す様にじいと目を細めた『少年』は小さく笑った。
「いこうか」
「……いいのですか」
「うん。――次だ、次だよ。その時はその翼を切り落とそう」
撫でつけた指先。片翼の飛行種は頭を垂れる。その指先が心地よい。もう直ぐ、彼の望む永遠が遣ってくる。
孤独の儘の少女の心の隙間を埋める様にきっと――
●
くるり、くるりと世界が回る。
呆気ないでしょう。世界って、すぐにその表情を変えるの。
私は『彼女』ではないから、身勝手かもしれないけれど、貴方の欲する『彼女』の任が終わったら。
いつか、きっと。
私を見てくれると思って居たの。
花開く様に。その目を開けて、私の名を呼んでくれると――
「楽園へ行こう」
彼は、そう言った。エリーと別の誰かの名を冠する私の手を引いて。
「そこで、僕らは楽園へ向かうんだ」
楽園の東側。美しい緑の森はもう終わり。あの深き木々をかき分けた喪われたその場所に。
最高のおわりを求める様に彼は立って居た。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした特異運命座標!
さあ、まだ『■■■■』の話は続くようです――
またお会い致しましょう!
GMコメント
夏です。楽園の小手調べ。まずは変なこと考えてる商人をどつこう!
●成功条件
・クリドマスの撃破
・『傀儡』の保護(『傀儡のルクア』に関しては含みません)
●魔種クリドマス
ターバンを頭に巻いた商人です。魔種であり、その能力は扇動に向いているようです。
狂気を伝播させることに長けており、彼は同じく『魔種である教祖様』を敬愛しています。
『始祖様』と呼んだ女性を追い求め、教祖様に『始祖の楽園』『楽園へ向かう準備完了』への切符を渡すと約束しています。
始祖に至るが為にネフェルストの顛覆を狙います。
遠距離型ファイター。呼び声は『強欲』。死により親和性がある相手につよく響きます。
●奴隷『傀儡のルクア』
ルクア・フェルリアールという幻想種の少女。『楽園の東側』の信者です。
その身体は病に蝕まれ常にその痛みを抱え続けます。BSショックを常に自身に付与された状態です。
しかし、その反動からか攻撃力に優れ強力な個体となります。
グリムルートと呼ばれる首輪で意思に関係なく動き回ることができます。
彼女は病で動くことができない為、無理を推してでも『戦えている事』が喜ばしく、死ぬまで戦う事を望むでしょう。それこそが楽園に向かうための道筋であり――最後の希望だからです。
●奴隷『傀儡』*10
幻想種の乙女たち。元は『楽園の東側』の信者であり、クリドマスの言に乗せられて深緑より自らの足で出てきました。
楽園へ行きたい理由は皆それぞれ家庭の事情で会ったり挫折で会ったり、死にたいほど苦しい思いをしたものもいるでしょう。様々です。
グリムルートと呼ばれる首輪で意思とは別に戦い続けます。
●『楽園の東側』に所属する商人*10
傀儡と比べれば戦力は余りにありませんがクリドマスの狂気によって先導されている存在です。皆、特異運命座標に襲い掛かります。生死は成功条件に含みません。
●戦場
ネフェルスト市街。障害物はそれなりに多めです。
周辺には原罪の呼び声が広まる為、純種の危険はそれなりでしょう。
(教祖カインと象徴エリーに関しては戦場のどこかにいるようですが顔を出すことはしません。あくまで『待て』されたことに同意しており、クリドマスを待っているだけのようです)
●グリムルート
ザントマンが『始祖の楽園で使われていた』とクリドマスに手渡した首輪です。
ザントマンの気配をさせており、首輪を装着したものはその意志に反した体の動きをするそうです。首輪は壊す事も出来ますが容易ではないでしょう。
●『楽園の東側』
生きることは罪であり、肉体という枷から解放されることで人間は楽園に至る。
楽園に至る為にはより良き死(試練)を熟さなばならない。
『■■■■』に記載されている。またその本は『幻想種』が禁じたものだと言われており、リュミエと繋がりある女性がその書を市政に流したそうです。
簡単に言うと『死が救い』であるヤバい宗教です。それに縋らなきゃいけない人も当たり前ですがヤバいです。
●同行NPC
フランツェルがついていきます。魔女。遠距離型です。
指示があればお願いします。なければ無力化された傀儡の保護を中心とします。
よろしくお願いいたします。
Tweet