シナリオ詳細
<Sandman>ガルシア一族と静かなる恐精遣い
オープニング
●『恐精遣い』静かなる毒鼓団
男は恐怖にとらわれていた。
光も音も匂いも感触も時間感覚でさえ虚ろとなり、目を開けたままぼうっと立っていた。
男の周りに群がる金色の妖精たち。ごく微少で人間とモスキートが混じったような形をしたそれの名は――。
「アクティアム妖精。
生命力を吸い取る代わりに恐怖を注ぎ込む、いわば『恐怖の妖精』」
男が目と口から血を流し、崩れるように倒れる。
「もういい、下がれ」
サイバーゴーグルをかけ、ゆっくりと手をあげる金髪の傭兵。彼の手には無数の妖精が集まっていったが、どの妖精も彼を攻撃することはない。
どころか、彼を親のように慕って命令を聞いていた。
ゴーグルの男は死体にかがみ込み、恐怖の余り白く脱色された頭髪を撫でてやる。
「正義気取りの傭兵ども、かァ。この俺を『恐精遣い』と知って、とれる限りの対策をとったようだがァ……無駄だったなァ」
妖精の攻撃をうけないようにするために装備したであろうスーツや、火炎瓶や、薬物や、その他諸々。
しかし彼らのとった対策は全て……。
「アクティアム妖精は『向こう側の次元』から恐怖だけを注ぎ込む……この奇襲から逃れることは、なんぴとたりともォ……できない」
妖精がかすむように消えていき、男は……『恐精遣い』はゆっくりと立ち上がった。
「さァ……次は誰を送り込む? ディルクぅ」
ラサ傭兵商人連合に大いなる亀裂が走った。
深緑侵略によって幻想種(ハーモニア)の拉致及び奴隷売買を拡大し巨万の富を得ようとするザントマン派閥と、深緑との同盟関係を保つべく拉致自体を阻止したいディルク派閥。
連合に所属する商人と傭兵たちは大きく揺れ、そして割れた。
この事件によってある意味で『丁度いい大掃除』が可能になったディルク派閥は早速ザントマン派閥の傭兵団壊滅へと動き出した……の、だが。
ザントマン派悪徳商人の用心棒を担っていた『恐精遣い』という傭兵団の暗殺を、ここまで幾度に渡って失敗していた。
いかなる対策をもってしても逃れることの出来ない『己の恐怖』という毒に、刺客が次々と倒されていったのだ。
そんなおり、不可能を可能にすることで知られるかの偉大なるガルシア一族第六子――『毒牙のカロルス』へと白羽の矢がたった。
●毒牙のカロルス
ローレット・イレギュラーズたちが頻繁に集まると噂のエスニックバー『Hermit Endorphin』。
色鮮やかな酒瓶の並ぶバーカウンターに、危険な男が座っていた。
膝まで届くかという長髪と、身体のあちこちに入ったタトゥー。脇腹に残る傷跡が、彼の歴史を物語る。
彼の名はカロルス・ガルシア。偉大なる傭兵団『ガルシア一族』の第六子であり、優秀な毒使いとして知られている。
そして今ここにおける立場は、ディルク派閥からの依頼仲介人兼仕事仲間であった。
「…………」
沈黙し、静かにオレンジ色のカクテルを飲むカロルス。
彼の隣に、甘い香りの誰かが座った。
「来たか……」
カロルスはそうとだけ言って、相手のほうすら見ずに依頼書を突きだした。
「必要なことは書いてある……仕事にかかれ」
二人分の代金とチップをテーブルに置き、さっさと帰ろうとするカロルス――のしっぽを、『彼女』はがしりと掴んだ。
「あァら。私に酒を奢るだなんて、オトナになったわねェ……『ロォル』?」
「――姉上!?」
片眉だけを上げ、翳した手の指だけを妖しく波打たせてみせる美女。リノ・ガルシア(p3p000675)が、そこにいた。
両手で顔を覆うカロルス。
「どうしたの『ロォル』ぅ? 酒が進んでないわよ?」
「もうやめてくれ……」
なにか恥ずかしい記憶を思い出す呼び方なのだろうが。カロルスは呼び方ひとつで完全にやりこめられていた。
クスクスと笑い、彼の肩を叩きながら振り返るリノ。
「もう知ってる人もいるわよね? 弟のカロルス。今日の仕事仲間よ。
ほら、アレ出しなさい。持ってるんでしょ」
「…………」
弱った様子のまま、カロルスは腰にさげた袋からカプセル剤を取り出した。
そして、咳払いをひとつ。
「お前たちにはこれから、『己の恐怖』と向き合ってもらう。
『恐精遣い』に対抗する手段は、これをおいて他に無い」
●恐怖と痛みのアクティアム妖精
「『恐精遣い』たちはアクティアム妖精という特殊な妖精を使役する傭兵団だ。
アクティアム妖精による奇襲は対処が不可能と言われ多くの刺客が命を落とした。
だが……対処法は、ここにある」
カロルスが人数分だけ並べたカプセル剤。不安を感じさせる淀んだ色をしたそれを、ひとつ摘まみ上げて見せる。
「この毒は、本来なら肉体に激痛をおこさせ恐怖の幻覚を見せるというものだ。
しかしアクティアム妖精の毒と合わさることで、逆に妖精へ『恐怖』を逆流させることが可能になる」
アクティアム妖精とは恐怖を食らい蓄える虫のような生物だ。
とりついた際に流れ込む成分は強制的に恐怖の幻覚をよびさます。
「しかし妖精が蓄えられる恐怖には限度がある。
より深く強い恐怖であれば、妖精はパンクするだろう。
より深く、より強く、己の恐怖に向き合うことで、アクティアム妖精を……ひいては『恐精遣い』を打ち破れる」
- <Sandman>ガルシア一族と静かなる恐精遣い完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年10月10日 21時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●ドアを開いたその時から
エスニックバーを出ると、外はすっかり夜景色だった。
ぼんやりとともる街灯が、首都北部の広い居住区大通りを照らす。黒いネコが早足で横切り、遠くで鳥のなく声がした。
この夜は、いつもの夜とはひと味違う。
深緑侵略を計画するザントマン派の掃討作戦が首都のあちこちで起こり、ラサの傭兵たちも、そしてその依頼を合同で受けることになったイレギュラーズたちも大忙しであちこちを回っている。
勘定を終えて店を出るタトゥーの男、カロルス・ガルシア。
『灰火の徒』セルウス(p3p000419)はそんな彼へ振り返り、ぱたぱたと手を振って見せた。
「あ、カロルス君さあ、倒したらアジトって景気よく爆破してもいい?」
「物品回収が済んだ後なら、好きにしろ。妖精が居残っても面倒だ」
「ん、ありがと。行きに油缶でも買っていこうかな?」
どこか上機嫌そうなセルウス。
カロルスは平然としている……ように見えたが、後ろから強引に肩を組みにかかった『宵歩』リノ・ガルシア(p3p000675)に眉をぴくりと動かした。
「やァねェ、カロルスったらとんだ依頼を持ってきてくれちゃって。
終わったら美味しいお酒をゆっくり頂きたいところね」
一緒に行くでしょ、と視線を飛ばすと『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)がとろんとハニーシロップのような笑顔で応えた。イエスの笑顔である。というより、彼女が酒の誘いを断わることが考えられなかった。
「相変わらず、仲良しねぇ……」
しかしなぜだろう、アーリアの目にはどこかセピアな記憶と甘いチョコレートクッキーの気配がした。
くわえていた煙草を携帯灰皿に押し込み、『不良聖女』ヨランダ・ゴールドバーグ(p3p004918)がふうと息をついた。
「しっかし……アクティアム妖精だっけ?
人の恐怖心に漬け込むたぁ、趣味の悪いこったねえ?
ぶっ倒しちまって構わないってんなら遠慮なくぶん殴らせてもらうよ。
さっさと終わらせてみんなで酒でも飲み直そうじゃないか!」
一方、一足遅れてバーから出てきた『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)。
(敵に妖精がいると書いてあったから今まで二年くらい我慢していた妖精の血が吸えると思って参加したが……詳しく聞いた感じ、これ妖精は別次元から干渉してくるだけで物理的に攻撃できない……そんなーだまされた……。けどもしかしたら敵サイドの妖精に干渉できる可能性もあるからね、最後まであきらめずに動こうか)
サイズの考えを知ってか知らずか、ふわっと笑ってローブの裾をひく『月の旅人』ロゼット=テイ(p3p004150)。
「奴隷売買に、恐精使い……『砂漠の民』としては、身内の恥だからねー」
この者も力を貸すよ、と隣の『鳳凰に付き添いし白十字』イージア・フローウェン(p3p006080)と会話をしていた。
イージアはこくこくと頷いてから、頬の鱗を軽く撫でた。
これから起こるであろうことを、どうやら彼女なりに理解し、そして覚悟しているようだ。
「私もきっちり終わらせたい、ですしね」
恐怖。トラウマ。過去。あやまち。
人は恐ろしいものから本能的に逃げてしまうが、どうしても向き合わなければなったとき、その人物の本質が垣間見えるという。
「向き合うチャンス……なのかもしれません」
「チャンスといえば!」
『小さな太陽』藤堂 夕(p3p006645)が両拳をどんと高く突き上げた。
「ハーモニアを浚ったり売ったり、果ては侵略しようとしたり!
その傭兵が恐怖を武器にするなんて……まーったくなんて相手なんですか!
悪趣味罪で逮捕投獄してやる!!!!!!!!!」
してやりましょう!
と、仲間たちに拳を突き出してみせると……。
リノたちは振り返り、『勿論』とジェスチャーで応えて見せた。
●恐怖は寝室へのノックに似ている
『恐精遣い』のアジトは首都のよくわかる場所にあった。
「悪徳傭兵というから、もっとコソコソ隠れてるかとおもった」
「隠れなくていいくらい自信があるんだねー」
サイズとロゼットのいうように、『恐精遣い』はある意味では城壁に守られているようなものだ。
近づけば、ないしは逆らえば恐ろしい目に遭う。
そういった恐怖が周辺住民の壁となり、『恐精遣い』の手口を知る同業者はどうあっても恐怖に刺されるということを知っているので近づかない。
近づくのは『恐精遣い』が対処できる程度の実力や知識しかもたない傭兵やコソドロ程度というわけだ。
口布を装着し、鈴が転がるように笑うリノ。
「そういう連中の裏をかくのが、アサシンってものよ。カロルス」
「ああ……」
カロルスはカプセル錠剤を取り出すと、それをリノやアーリアたちに経口投与させていく。
「本来ならアクティアム妖精の恐怖毒によって神経を焼き切られるが、この免疫があれば症状を遅らせることが出来る。
妖精の毒を受けている間は全ての感覚が混濁し幻覚を見るだろう。そこがどこで、今がいつか、五感の全てが塗り替えられてしまう筈だ。
何もしなくても免疫効果によって一分弱で状態を解くことはできるが、恐怖に強く向き合い自らを傷付けることで症状を素早く脱することができるだろう。準備はいいな?」
アーリアたちは頷き、そしてアジトへと近づいた――その時。
視界が闇に覆われた。
否、音が消え、大地がめくれあがり、空気の臭いが混濁し、触れるものすべてがぞわりと変容した。
それが異次元からの毒であると認識できた時には、脳もまた強い幻覚症状に飲み込まれていた。
声がした。
『砂漠で死ぬのも≪渡り≫の役目――』
『何故逃げた――』
『世界を守る為などと言って誤魔化すつもりか――』
『自分だけ死から逃れようなどと――』
聞き覚えのある声がした。自分をなじる声がした。
ロゼットは声から逃れるように走ろうとするも、足がやわらかい砂にとられたかのように進まない。
『山賊の娘』『汚された娘から生まれた、穢れた血』『人殺しの血は人殺ししか産まない、今のうちに殺しておくべきだ』『お前などを産んだせいで私達の娘は死んだのだ、何故生まれてきた』
より身近な、より親しいはずの声が追いかけてくる。
進まない足。
まとわりつく声。
砂の上に倒れ伏し、耳を塞いで丸くなりたくなった、その時。
『あんたなんか産むんじゃなかった』
耳元で囁く、母の声。
「いや」
むくりと、ロゼットは起き上がった。
「産んで貰ってこれはダメでしょ」
自らの顔面を殴りつけた。
アーリアは燃えさかる『知られざる教会』の中にいた。
有力な異端審問官の力によって天義から隠匿されたこの場所が、崩れ、黒煙をふき、黄金の十字架が倒れていた。
「お姉様、なんてことをしてくれたのかしら、ねえ、お姉様?」
焦げ付いたクッキーの袋を握りつぶし、ゆっくりと指を開いて地に落とす……紫髪の少女。
彼女からわき上がる憎しみと恨みと、そして自分を通した全世界への嫌悪が黒煙となってあがるように、見えた。
にげろ、とあの神父が言う。
もう彼女は助からない。反転してしまった。
理解するに十分な事実と、その理由。
アーリアは小さく首を振って、後じさりをしようとして、何かに躓いて倒れた。
焼け焦げた十字架をへし折るように抜き、ハンマーのように翳してゆらりゆらりと歩いてくる少女……メディカ。
「あなたのせいです。お姉様。殺してくれれば、こんなことにならなかったのに」
逃げることも叶わず、踏みつけられ、狂気と魔にそまった双眸に、自らの恐怖に歪んだ顔が映り込む。
むせかえるような灰のにおい。
炎の熱。
しかし、ふと。
自分の懐から甘い香りがした。
チョコレートクッキーの香り。
彼女が大切にしたものを、狂ってまで守りたかったものを、本当は知っていた。
だから。
「――あなたなんて、メディカじゃないわぁ」
手元に転がったワインの瓶に口づけをして、自らの足に叩き付けた。
砕け散るガラスと共に、世界が粉々に砕けていく。
平和な田舎町であった。
リノはウッドデッキの椅子に腰掛け、毛糸でマフラーを編んでいる。
庭で遊ぶ子供と、夫の姿。
町で手に入れた、質素だけれど丈夫な服。
長く伸びて編んだ髪。
裕福では無いけれど貧しくも無い、優しい夫と元気な子供と、そして田舎に買った小さな家。
永遠に続くような、幸せな家庭。
郵便受けのフラッグがかたんと上がる。なにかしらとボックスを開くと、一枚の絵はがきが入っていた。
宛名と差出人には、ベルクという字が書かれていた。
燦然とまぶしく立つかの姿と、その横で愛おしそうに侍る女の姿。
リノは絵はがきを眺めながら、頬に手を当てほっこりと笑った。
兄上様とっても幸せそう。いつまでもお元気で。
――途端。
自らの足にナイフが突き刺さった。
「……じょう、だんじゃ……ないわ」
膝に刺さったナイフ傷をぎりぎりと開き、吹き上がる血を顔に浴びた。
「私は今でも、あの人が欲しい」
自らの肉体も、未来も、きっと世界すらも天秤にかけられるくらい。
「得られないなら殺したいほど、愛しいの」
世にも艶やかに微笑み、リノは血のしぶきを吹き上げた。
「――っつう!」
自らの足を傷付けた状態で、リノは悪夢から目覚めた。
隣では同じように自らの腕を爪で切り裂くカロルスの姿。はたとリノへと振り返り、リノの名前を呼んだような気がした。それも、とても古くて懐かしい呼び名で。
「カロルス?」
「い、いや、なんでもない。姉上。他の味方は」
「なんとか」
「私たちが一番乗りみたいねぇ」
特に早く悪夢から脱したアーリアとリノ、そしてカロルスとロゼットはそれぞれ恐精使いたちへと襲いかかった。
「馬鹿な、アクティアム妖精の奇襲を受けて正気を保てるはずが――」
「うちの弟をナメてかかったわね」
相手の襟首を掴み取り、腰を持って抱き寄せるリノ。
目を大きく見開き、相手の眼の奥の奥を覗き込んだ。
更にアーリアが相手にふわりとよりかかり、耳元に甘く囁く。
それだけで相手の意識は混濁し、ありもしない情欲と恋慕に追い詰められ、泡を吹いて発狂した。
「あんたが姉上の友でいられる理由がわかったよ」
カロルスはそんな相手の首へ、薬指の爪をざくりと差し込んだ。それだけで意識を失い、倒れる恐精使い。
「まずい――!」
相手のリーダーらしき男がサイバーゴーグルを外し、その場から逃げ出そうとする。
が、弓を引いたロゼットがそれを逃さなかった。
奇跡のように現われた賛美の矢が発射される。
それを防ごうとしたリーダー――の横っ面に。
「待たせたね」
ゴールドバーグの拳が直撃した。
シスターヨランダは弱者であった。
と、述べるのがこの場合は適切だったろう。
灰色の世界に満足し、チョコレートを食べる子供や金貨を袋に詰める大人を、空の上の何かのように見ていた頃。
いまの自分にどんな未来が待つのかうっすらと分かっていても、それを逃れようともしなかった頃。
弱者のままで居続けると決めてしまっていた、頃のこと。
「待ちなくそガキ」
教会から背を向ける幼少の自分を、ヨランダは肩を掴んで止めた。
振り返る、光の無い目。
目が合った瞬間、ヨランダは当時の自分になっていた。
「うじうじと諦めてるんじゃあないよ。
諦めるぐらいなら――」
ヨランダの拳が、もう一人の自分の顔面へと叩き込まれる。
それはまさに、恐精遣いの横っ面を殴るのと同時であった。
一方で、夕は真っ暗な『なにか』にいた。
ちいさな夕は、草花のように動かず、動こうともせず、時折自らの身体から何かを『取られる』感覚におびえながら、しかしそのサイクルの中に居続けた。
こんな場所には戻りたくない。
そんな気持ちだけがわき上がり、しかし何も出来ないことに失望してもいた。
あの時『お母さん』に助け出されていなければ……。
「ひとつ、大事なことを教えてあげる」
自分に向けて、夕は口を開いた。
「もう、あの頃の私じゃ無い。今の私は、ひと味もふた味も違うのです。
さあ、こんな所にいる場合じゃありませんよ!」
夕はばちんと自分の両頬を平手で打つと、じんじんとする顔を小さく撫でた。
閉じていた目を開き、しっかりと恐精遣いをにらみ付ける。
「私の名前は『藤堂夕』! 『お母さん』の娘! ……です、ので!」
よろしくおねがいします! と叫んで拳を突き出した。
恐精遣いの周囲が突如として異空間と接続され、吹き上がる黒い炎に包まれる。
と同時に。
発動した紫水晶龍の呪いが恐精遣いたちを切り裂いていく。
頬からぼたぼたと血を流し、腕を振り抜いた姿勢で呼吸を整えるイージア。
「お待たせしました。何秒くらい、でしたかね」
イージアはいつも恐怖と共にある。
過去という恐怖と、自分という恐怖。その二つが、イージアという人間を形作ってさえいた。
ここではない場所、ここではない世界のこと。
両親や仲間を逃がすべく一人残ったあの時の記憶。
自らを見下ろす魔晶龍の目と、怪しくひかる鱗。
自らの肉体がおぞましく変容していくさまを、あのときハッキリと感じていた。
それは今もつきること無く、肉体の一部はいまだに紫水晶の鱗に覆われていた。
逃げ出せた『過去』が今に追いつき、自らをあの恐ろしい龍に代えてしまう恐怖が、鱗を撫でるたびによみがえるのだ。
(「正直怖い、親しい人や恋人が居る今なら尚更。でもこの試練を超えなきゃ、ずっと皆と一緒に居たいから!」)
けれど。
いや、だからこそ。
イージアは頬の鱗を無理矢理引きはがした。
「乗り越えて見せる。必ず……!」
新しく生まれた大切なもの。大切な場所。そして大切な人たち。
己の内にある恐怖から彼女たちを守るには、己が強くなるほか無い。
戦うほか、ない。
イージアと夕が正気を取り戻し戦いに参戦するかたわら、セルウスとサイズも己の恐怖と戦っていた。
その中でもサイズは実際に、恐ろしい竜と戦い続けていた。
まるで歯が立たない強敵に幾度となく転がされる。
さびた鉄鎌程度の力しかなかったサイズが逃げ惑い、抵抗を続ける。
そんな恐怖の記憶と戦っていたのである。
「けど……もうあの時の俺じゃない。ずっと強くなった。過去の恐怖位斬ってやる!」
「それは貴方が望んだ道?」
声がする。闇の中で意識だけがふわふわと五次元空間を漂流し、音も光もない声が、ただ届く。
セルウスはそんな声に対して呼びかけた。
「僕にとって神たる王が望まれる事が全てだ」
「王自らの望みなら、何故貴方を寄越したの?」
「知った風な口を利くなあ。キミは一体誰だ」
「貴方が世界を救いたいと望んだ。貴方の望み、貴方の選択」
「王の望みじゃないっていうのか?」
「王はこの世界が滅んでもどうでもいい」
「嘘だ、そんな訳ないだろ」
「貴方に嘘は吐かない。王の望みより救世の方が貴方は大事。違う?」
「僕は、王が救世せよというからここに来たんだ! 誰だよお前は、勝手な事抜かしやがって……!」
「もし、貴方の信仰心が揺らぐのであれば、それが王の望み」
「やめろ、やめろ、やめろ!」
セルウスは、分かっていた。
それが誰の声であるのか。
その恐怖がなにに由来するものであるのか。
相手が、誰であるのか。
「僕の姿で僕の心を覗くな!」
だくだくと血を流しつつも悪夢を脱するサイズとセルウス。
「……手の平傷だらけだし冷や汗かいてキモい」
「礼はたっぷりしなくちゃな」
サイズの放った呪血鎖が恐精遣いをとらえ、さらにはセルウスの繰り出すエメスドライブが相手の肉体を食いちぎっていった。
「今スゲー気分悪いし、さっさと死んでくれないかな!」
●恐怖を火にくべて
恐精遣いのアジトが爆発炎上していた。
「はーすっきりした!」
背伸びをするセルウスと、煙草の煙を噴くヨランダ。
ロゼットやイージア、サイズたちもそれぞれずいぶんな怪我こそしていたが、どこかすっきりした様子だった。
夕が『これからどうしますか』と振り返ると、リノとアーリアががしりと(逃げようとした)カロルスの腕を掴んだ。
「モチロン」
「呑みに行くのよぉ」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――mission complete!
ザントマン派の傭兵を抹殺しました
GMコメント
■成功条件:『恐精遣い』の撃滅
悪徳傭兵の団体『恐精遣い』のアジトへ襲撃をかけ、これらを撃滅します。
本シナリオは主に【恐怖対抗】【戦闘】の2パート構成でお送りしたします。
(厳密にはカロルス含む仲間たちのからみと出発を描くパートを含めての3パート構成の予定です)
■【恐怖対抗】パート
戦闘開始時、PC全員はアクティアム妖精にとりつかれている状態から始まります。
通常であれば5ターン行動不能に陥りますが、『PCが最も深く恐怖していることに向き合い、幻覚の中で自らを傷付ける』ことで行動不能時間を最短1ターンにまで縮めることができます。
行動不能から解かれた状態を便宜上『正気に戻る』と表現します。
(※戦闘中ずっとこの判定を行なうのは無理があるため、開始時に一括で判定しています。メタですが)
■【戦闘】パート
イレギュラーズ+カロルスの9人で『恐精遣い』との戦闘を行ないます。
『恐精遣い』は9人組。チームとしてそれなりにバランスのとれた構成ではありますが、範囲ヒールやBS回復、味方の強化といった部分に隙があります。
というよりアクティアム妖精による奇襲が主なので、それが破られると結構もろいという噂です。
クラスは『スレイ・ベガ』中心。
リーダーだけはエスプリ『妖精郷の主』の効果で毒・火炎・電撃・凍気が無効化されます。
他は神秘攻撃力に優れたタイプとHPが豊富なタイプに分かれている模様です。
■味方戦力:カロルス・ガルシア
偉大なるガルシア一族の第六子。一族が傭兵界隈ではちょっと有名なようで、ディルクからも『こいつならしくじらねえだろ』とご指名がかかりました。
戦闘では主に【毒】系のスキルと高い命中値・特殊抵抗値、および小剣タイプの武器を用いますが、特別強いというわけではないので彼の特性とマッチさせる形で連携すると戦闘が有利になってとても素敵です。
■■■アドリブ度■■■
ロールプレイをよりお楽しみいただくため、リプレイにはキャラクターのアドリブ描写を用いることがございます。
プレイングやステータスシートに『アドリブ歓迎』『アドリブなし』といった形でお書きくだされば、度合いに応じて対応いたします。ぜひぜひご利用ください。
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