PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ベイビークライ/ヘビーレイン

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ナミダアメ
 久方の晴れ間だ。分厚い雲の切れ目から少しだけ陽の光と青空が覗く。
 幻想の町はずれのとある林の中で、薬草売りが採集に精を出していた。
 主要な街道沿いの便利な場所にも関わらず質の良い薬草が取れる、知る人ぞ知る薬草の穴場となっている。
 おや、これは食用キノコだ。こいつは夕食のひと皿にしようか。

 ――カナシイ――

 誰かの声がして、薬草売りが顔を上げる。
「おや? お嬢さんも薬草詰みに? ……って格好でもない、かな」
 そこに立っていたのは、地面に引きずるほど長い黒髪の、青白い印象の少女。
 その佇まいはとても頼りなく悲しい。何か、嫌な事でもあったのだろうか。

 ――シクシク、シクシク――

 長い髪で表情こそ窺い知れなかったが、少女は泣いていた。
 急に雨足が強まり、すすり泣く声は雨音で聞こえない筈なのに、何故だろう。視覚にも聴覚にも依らず、彼女が泣いているのが分かって――

「……あれ?」
 何があった訳でもないのに、薬草売りの目からも、大粒の涙が零れ落ちる。
 もらい泣き、というやつだろうか?

「――カナシイ!!」

 薬草売りの涙の直後。少女の髪が生き物のようにうねり、薬草売りに襲い掛かった。


・・・・・・

●レイニーブルー
「何は無くとも、雨の日って何だかブルーになっちゃうわよね」
 髪型もロクに決まりやしない、と、己の毛先を弄びながらプルーが溜息をついた。
 ここ数日の幻想、特にローレット周辺は曇天続きで、気まぐれに降る小雨や俄雨が鬱陶しい。
 そんな折、人ではない何かに襲われたと、とある薬草売りから情報が持ち込まれた。
「今日の依頼は鈍いブルーね。どうやら、この雨を振らせている犯人が居るようなの。……雨女、ね。レイニーガールって呼ぶ事にしたわ」
 曰く、それは悲しげな少女の姿をしていて、突然自分の髪や巨大な水滴を操って襲ってきたとか。
「相手の足が遅かったから、間一髪で逃げ切れたようね。他の目撃情報を集めても、決まって雨の日に現れたり、彼女の近くでは雨足が強まったりとか、そういう事があって……そういう精霊の類だって、うちで特定したわ」
 雨が長く続けば、作物やヒト・モノの流れへの影響は免れないし、それが主要な街道近くにも出たとあっては、なおさらに厄介だ。
「出会った人が生きて逃げ切れたぐらいだから、そこまでの苦戦は無いかも知れないけど……むしろ、厄介なのは雨の方かも知れないわね? ……いいえ、むしろ嬉しい雨、でもあるかしら?」

 レイニーガールの姿を見た者はほぼ全員、理由も無く無性に悲しくなる……という情報をひとつ、あとから付け足して。

「その時なら思い切り泣いても、雨が覆い隠してくれるわ。それじゃあ皆。メランコリックな雨色を、爽やかでビビッドな青色に変えてきてちょうだい」

GMコメント

はじめまして、今後はGMとしてもお世話になります。白夜ゆうです。
シナリオの方でも愛情一本、PCさん達を愛情込めて書かせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

●目標
レイニーガール、及びベビーレインの討伐

●ロケーション
幻想の街郊外の林近くの広道、時間帯は昼間。
現場到着時は小雨程度ですが、1ターンごと、ランダムに雨量が変化します。
道は舗装されており戦いやすい場所ですが、豪雨にまでなれば、
視界と足場への影響は免れないでしょう(※雨の影響については後述します)

●敵

『レイニーガール』×1
 今回の雨の元凶、精霊的な何かです。意識か無意識か、ベビーレインをも生み落としました。
 ネガティブな単語をぽつぽつ喋りますが、意思疎通はほぼ出来ません
 ……というか、泣いてばかりでほぼお話になりません。
 動きは遅めですが一打一打は結構強く、油断すると「足元を掬われます」。
・どつく:物近単/中ダメージ【不吉】
・髪で打つ:物中列/大ダメージ【泥沼】
・慟哭:神中扇/【無】【Mアタック80】【ショック】【呪殺】

『ベビーレイン』×8
 レイニーガールが生み出した、彼女の周りを浮遊する40cmほどの水の塊です。
 司令塔が泣いてばかりだからか、統率らしきものはほぼありません。
 こちらはそこそこ素早く、手数で押してくるタイプです。
・水つぶて:神中範/小ダメージ【足止】
・体当たり:物近単/中ダメージ【崩れ】

 戦闘開始時、前方にベビーレイン、後方にレイニーガールが控えています。

★雨の状態について
毎ターン開始時、雨量が弱雨~豪雨までランダムで変化します。
(判定としては1d10を振り、7以降を豪雨とします)
豪雨まで至ると足場や遠くの見通しが多少悪くなり、立ち回りやレンジ3以降の攻撃の精度に下方修正がかかります。
こちらは適切なスキルやアイテム、プレイングで軽減可能です。

★その他の敵?『なんだか無性に悲しくなる』
この雨の中ではつらい過去を思い出したり、特に理由は無いのに無性に悲しくなったり、泣きたくなったりしやすくなります。
基本的に戦闘への支障はありませんが、特別な+αなしに「悲しみをなかったことにした」場合のみ、物理・神秘とも防御力が低下します。

●情報確度
このシナリオの情報確度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。

・・・・・・

泣きたい日だってあるさ、いきてるんだもの
……という訳で、よろしければお付き合いくださいませ。

  • ベイビークライ/ヘビーレイン完了
  • GM名白夜ゆう
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年09月22日 22時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

銀城 黒羽(p3p000505)
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
ノア・マクレシア(p3p000713)
墓場の黒兎
クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)
幻灯グレイ
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
時裏 結美(p3p006677)
妹『たち』の献身

リプレイ

●雨模様は人それぞれに
「雨の日も乙なものじゃが。これはさすがに、な」
 リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)が見上げる空は曇り続きで、雨はすぐにでも降り出しそうだ。
「私は、苦手ですね……嫌いじゃないっスけど」
『幻灯グレイ』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)が、先行させた使い魔を操り敵の位置を確かめる。見通しはまだ良好だ。自分の視界さえ歪まなければ。
 感情は時に訳もなく浮かんでは消え、制御しきれない事もある。修羅場慣れした『魔眼の前に敵はなし』美咲・マクスウェル(p3p005192)とてそうならば、慣れない者なら尚のこと。不安そうな顔の『墓場の黒兎』ノア・マクレシア(p3p000713)を気遣い、「大丈夫?」と声をかけた。
「うん、大丈夫……じゃ、ないかもしれない……けど」
 誰かがひとり消え、「オトモダチ」がひとり増えたあの日も確か、雨が降っていただろうか。
「それでも、人を襲っちゃうのも、無差別に悲しい気持ちにしちゃうのも、悪いこと……だよね」
「うん。でもやっぱり何か……悲しいことがあったのかな」
『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が、標的を思いやって語る。
「何が哀しいのかが分かれば、荒っぽい手段を取らなくていいかもだけど……それにはちょっと時間がないか」
 『聖妹』時裏 結美(p3p006677)は、自分と近しい成り立ちの標的に少しの親近感を覚える。だからこそ、力づくでも泣き止ませるよと「お兄ちゃん達」に誓う。
「思い出す所は色々か。記憶のねぇ俺には、そんな思い出すら縁遠いが……」
 時には泣くのも悪くない。『ド根性ヒューマン』銀城 黒羽(p3p000505)は、心の中でそっと呟く。
「まあ気楽に。止まない雨は無い。という事で行こうや」
 リアナルが言葉通り気楽に言ったところで、ぽつりと一滴、大粒の雨が落ちてきた。
「……そろそろっスよ。気を付けて」
 遠くを視るクローネの警告。雨足は急速に強まり、視界を一瞬で煙らせ。
 雨の向こうには泣き止まぬ少女と、周りを揺蕩う水の塊が在った。

●全部この雨のせいだから
「黒羽さん、レイニーガールはあの辺に!」
「ウェールさん、囮するならあの辺りっスよ」
 美咲の並外れた視力と、使い魔の視覚を用いたクローネが標的、レイニーガールとベビーレインの位置をかなり正確に捉え、全員と共有する。
 敵の数に対して、こちらの前衛の数はやや足りない。多くを引き付けて後衛を守ろうと、 『憤怒をほどいた者』ウェール=ナイトボート(p3p000561)が駆け出した。
「ちょっと待て、慌てるでない。まずは儂が一発」
 敵は遠距離攻撃の手段を持たず、彼我の距離はまだ離れている。今のうちにとっておきをくれてやろうと、リアナルは虚像の弦を引き、緋く無慈悲な魔力を放つ。恍惚を伴う死の予感は無差別に広がり、雨の子たちを蝕んだ。
「こいつには皆を巻き込めんしの。じゃあウェール殿、よろしく頼んだ」
「ああ、任された!」
 リアナルの鏑矢に続いて、翼を生やし光を纏った狼が敵陣に迫る。不屈のヒーローと花の魔術師、妹の概念もそれに続く。
 一足先に駆けたウェールは指示があった場所、他の前衛より少し離れた位置から、内包する憤怒を水塊の群れに振り撒く。
(ああ、やっぱり――)
 思い出すのは、もう会えない我が子。最期に呼んでくれたあの声が、自分を救った瞬間の、涙でぐちゃぐちゃになったあの顔が、いつもより鮮明に浮かんでくる。
 彼は今もきっと、別の空の下で泣いている。
(泣くのは息子と再会した時と、息子が結婚する時だけ、って、決めてはいたんだが……)
 俺は今もあの時と同じ、情けないままか――剥がした憤怒は自身への怒りへ転じ、雨の落とし子達に行き渡り、何体かが吸い寄せられていく。
 今は優しい狼の目からは、とめどない涙が溢れた。けれど今は豪雨。雨と涙の区別など、誰にもつきやしない。
『だから今は、泣いても平気だよ――』
 憤怒の渦中、息子の優しい声が聞こえた気がする。都合の良い空想か。しかし今なら、雨の所為にしても良いだろうか?

「カトレヤ・ラビアータ!」
 鈍色に曇った世界に、アレクシアの声が鮮やかに響いた。魔力を帯びた花が咲き、雨の娘たちを妖しく誘う。灰色の中で生まれた薄紫の色彩に、レイニーガールは反応を示した。
 この花を咲かせるには苦痛が伴うし、吸い寄せられたベビーレインの体当たりも痛いが、あの頃よりも強くなった少女は、この程度ではびくともしない。
(そう、あの頃より――)
 あの頃私はとても弱く、外に出る事もままならなかった。
 ただ護られるだけだった日々、優しいみんなと「兄さん」が居た日々。
 みんなの事は好きだった。とても好きだった。思い出しては涙が零れる。
 そうだ、あの頃、弱かった私は……
「……ううん、それも昔のこと!」
 泣いてもいいけど俯きはしない。「兄さん」のように、ひとりでも多くを救うんだ。弱気も涙も踏み越えて、鮮やかな花を咲かせよう。
「君の悲しみ、ここで止めて見せる!」
 その悲しみはここで晴らそう。そう、ひとりでも多くを救うのだ。

 まずは取り巻きを減らさなければ。低空を飛ぶ黒兎は、後方より不吉をベビーレインに囁く。運は何ものにも平等だ。水塊の動きが僅かに揺らぐ。
「……五郎さん……」
 ぬいぐるみを抱く腕に力が籠る。身体は無くしても魂は一緒だと、彼は約束してくれた。けれど、悲しくなる日も未だにある。今日のような雨の日だと、尚更だ。
「理由があろうが無かろうが、悲しい時は悲しくなるのさ。今は普通に、そういう時なんじゃろ」
 だから泣いても問題ない。と、ノアを横目にリアナルが言う。彼女もノア同様、取り巻きの水塊を落とさんと弓を構えて。特徴的なオッドアイからは如何なる理由か、涙が溢れていた。
「儂は慣れてるんだけど、これっておかしい? えっ?」
「……ううん。そんな事ない、よ」
 涙が溢れたなら拭えばいい。ノアはもう一度「五郎さん」を強く抱きしめた後、戦いの方へと意識を戻した。
「さて……私も呪いをひとつ、重ねさせて貰いましょうか」
 冥刻の魔女がもたらす疫病が、不吉の予兆に続いて雨の子を蝕む。形のない不安や、悪意未満の曖昧な感情。重ねてもたらす嫌な予感は、やがて現実に実を結ぶ。
 生きる事こそが毒である。それでも彼女は、進んでその中に在り続けるのだ。

●前に立つ者たちのプライド、支える者たちの矜持
 悲しいのなら助けてやりたい。その一心で、黒羽は敵陣真っ只中を駆け抜けた。
 レイニーガールよりも僅かに早く、黒羽が彼女の行動を阻む。続けて放った堅枷の闘気が、お互いの手首をがっちりと繋ぎ止めた。踏固の闘気と不退転の決意、一瞬だけ戻った在りし日の力が、枷を更に強固にする。
「なあ、何がそんなに悲しいんだ? 良かったら理由、聞かせてくれねぇか」
 至近距離で少女に問う。長い髪で顔は隠れ、その表情は見えない。
「……カナシイノ」
 やはり会話は難しいかと、ヒーローの勘で想いを探る。助けを求める気持ちは無い。どう語してみてもただ「カナシイカラ、カナシイ」とだけ繰り返す。
「……カナシイ!!」
 悲痛な叫びと同時に、レイニーガールの髪がぶわりと広がる。真正面の黒羽と近くに居たアレクシア、結美を巻き込み、ぬかるむ地面に打ち付けた。
「たた……」
 彼女も概念のカタマリ、純然たる悲しみの集合体。それ以外の要素は、恐らく無い。そんな気がした妹の概念は、本当の妹がそうするように黒羽を気遣う。
「無茶はだめだよ?」
「ああ、ありがとな。けどもうちょっとだけ……試させて貰っていいか?」
「うん。それなら……」
 全力で支えるまで。悲しみの精の一打は重く、服も髪も泥まみれだし地面もぬかるんでぐちゃぐちゃ。しかし、妹はそれすら利用する。雨の状況次第だが、派手な汚れはよく目立つ。
 結美はつとめて冷静に、片手のオーラソードで最も傷ついた水塊を狙い、思い切り打ち据えた。

「ちょっと疲れるけど……上手くやってくれてるね」
 一方の後衛。魔眼の持ち主は、後方よりその目で戦場を見渡す。前衛の各人の工夫もあり、豪雨にあっても位置把握は思いの外容易い。最も強力なレイニーガールの攻撃も、黒羽の足止めで後衛までは届かない。動きを封じるあの髪も、黒羽なら輝く闘気で跳ね除けられる。尤も、ダメージだけは免れないが……
「長引かせないようにしなきゃね。……よし、まとめて行こう」
 ウェールが引き付けた水塊の群れを、瞳の奥の闇が見据える。見つめただけ。ただそれだけで、水塊が爆ぜ飛沫が上がる。完璧な狙い撃ちは出来ないまでも、この一撃でかなりの水塊を抉った。
(ちょっと前まではこの眼にも、ずいぶん苦労させられたっけなあ)
 制御不能の凶悪な魔眼。混沌では「この程度」に鳴りを潜めているが、美咲にはそれが有難かった。
 無意識に零れた涙は、元世界での辛苦を思っての事か。
(大丈夫、まだそこまで問題にならない)
 冷静に己の状態を見つめ、状況を見極め、最適解を導き出そう。計算通り、いつも通りに。

●レインドロップ/ティアドロップ
 雨量は短期間に激しく移ろう。予想よりも長引く豪雨がイレギュラーズ達を阻むが、各人が施した視界と足元への対策は十全以上。
「光ってると……よく見えるっスね。有難い事で」
 特に発光は曇天の薄闇の中よく目立ち、遠くからでも捉えやすい。
「うーん……ちょっと混戦気味……でしょうかね」
 クローネは考える。心象の呪いを振り撒けば恐らく、前で戦うアレクシアにも及ぶ。ならば一体ずつを確実にやろう。
 贋作の黒い太陽を掲げ、水塊の一体に狙いを定め。哀れな水塊は、気づけば苦痛の匣の中。無数の責め苦に耐え切れず爆ぜ、地に落ち只の水たまりと化す。
 思えば彼女の過去もそう、辛く苦しい事ばかり。
 化け物に造り替えられたが故に化け物となったのか、人にそう扱われたが故に化け物となったのか。何に悲しんで、どれに苦しんでいたのか。
 すべては遠い昔の話で、もう何も感じないと思っていたのに。
「……あ」
 雨とは別の、頬を伝う温もり。身体は勿論、心も「私が」「生きている」証か。
 辛い事を辛いと思える、それがどれだけ幸せな事か。クローネは雨に紛れて、久しい感傷に少しの間だけ浸った。

 前後衛間の密な連携に数体のベビーレインが落ちるも、幾多の呪いや魔眼の直撃を免れて残った水塊が放つ礫と体当たり、素早い動きは、イレギュラーズの動きをなお阻む。
 ウェールの憤怒から逃れたうちの一体が、美咲やノアが居る後衛に向けて飛んできた。
「運の良い奴め」
 リアナルが抜けさせまいとそれに近づき、至近距離で渾身の一撃を見舞う。長距離射撃を得手とする彼女だが、多少の無茶はやむを得まい。
「リアナルさん、すまない! 後はこっちで引き受ける!」
 今再びのウェールの憤怒が、リアナルの受け止めた水塊ごと周囲を捉えた。アレクシアの妖花と併せて、水塊のすべてが怒りに染まる。
 早速、数体の生き残りがウェールに体当たりを見舞おうと飛来し、彼はそれを迎え打つ。憤怒の上に重ねる乱撃。雨の中でも分かるほど、派手な水飛沫が上がった。
「泣くのはもう終わりだ。さあ、俺はここに居るぞ!」
 ウェールの思考はシンプルに、誰も傷つけたくないだけだ。その一心で、雨の中に立ち続ける。

「アレクシアさん、お手伝いするね」
 レイニーガールと直接対する前衛側は当然、受ける傷も多い。アレクシアが咲かせる調和の壮花が大きく傷ついた者を癒し、体勢や気持ちを崩した者が複数あれば、結美がそれを打ち払う。
 妹は数手先まで考えを巡らせ、ここぞというタイミングで的確に「お手伝い」をしていく。後衛への気配りも忘れない。何故なら彼女は妹だから。
 そんな彼女だからこそ、涙する時はどうしようもなく。
 彼女の中にあるすべての妹、数多の思い、無数の悲しみが渦巻く。特に、兄や姉を奪われた時の悲しみは、筆舌に尽くし難い。
 彼女を構成する妹の欠片、そのひとつが叫ぶ。
『そういう時どうするって? 敵をぶっ飛ばせばいいじゃない!』
 猟奇的な発想だが、結美はそれに同意した。マテリア・ガンに魔力を篭め、泥まみれも構わず地に伏せ、しっかりと狙いを定める。今なら邪魔な取り巻きを、あの女ごと巻き込んで撃てる。この好機を逃す手は無い。
 数はあまり撃てない、結美のとっておきだ。「みんな」の嘆き、叫びを今、この一撃に全て込め――
「みんなの悲しさを思い出させてくれて、ありがとう」
 破滅的な砲撃は斜線上のベビーレインを轢き潰しながら、レイニーガールを貫いた。

「ア、アアア、アアアアアアア――!!」
 その痛みと込められた悲しみに、レイニーガールは絶叫した。心を削る慟哭、伝搬する悲哀。これまでの中で最も激しいそれは空気を伝わって広がり、後方のリアナルやノア、クローネが居る場所にまで及ぶ。
「おお、こいつは……結構くるなぁ」
 その叫び声は精神だけでなく、時に肉体にもダメージを及ぼす。リアナルが一瞬ふらついたものの、その肉体は不滅。傷がみるみる癒えていく。
「クローネー、ノアー、大丈夫かー」
「……問題ありません」
「だいじょぶ、だ……よ」
 とは言ったものの、彼女達は今にも泣きだしそうだ。リアナル本人の目頭も熱い。
「参ったもんだ。……うーん、悲しいときはあれだ! とりあえず……」
 流れる涙はそのままにして、マナースターの弦を引く。取り巻きがだいぶ減った今なら、レイニーガールも一緒に狙える。真っ直ぐに放つ一矢は手前のベビーレインを貫いて、レイニーガールをも縫い留めた。
「こう、撃つのが気晴らしになるじゃろ☆」
 涙濡れの笑顔でウィンクして見せる。幾度も悲しみ涙してきたが、その分転び方は上手くなる。その様子は、辛い過去に涙する二人を幾分か勇気づけた。
「……ですね」
「うん……撃っちゃおう」
 正面を向き直したクローネは腐敗の呪いを、ノアは「オトモダチ」の力を借りた一矢を、それぞれベビーレインに向け放つ。
 今は「オトモダチ」も、「お友達」も、両方が一緒に居てくれる。だからきっと大丈夫。
「五郎さん……見てて、ね」
 ベビーレインは、残り僅かだ。

●雨はやがて止むから
「カナ、シイ――」
 雨の少女を真正面から繋ぎ留めた黒羽は当然、真っ向から攻撃を受け続ける。堅枷の闘気を始め、後方から放たれるあらゆる呪縛を受けてなお、その膂力は馬鹿にできない。
 前衛が髪に巻き込まれる度アレクシアと結美が癒すも手が足りなくなり、美咲も回復に手を回す。
 泣けてくるのは、「眼」が命の美咲にとって厄介だ。こんな時はどうするか。まずは素数を数えてみよう。意識をその場から遠ざけるのは、感情制御の基本だ。
「3、5、7……うーん、これでも厳しいか」
 ちょっとした奥の手だが、手っ取り早く「あれ」を使おう。こんな事もあろうかと……と、ポケットに忍ばせた手鏡を取り出す。身だしなみチェックは女子のたしなみ。だけど、今回の使い道はまた違う。鏡を通し、自分の眼を見て――
『私には、あの雨女は見えない』
 力技の自己催眠で認識を捻じ曲げ、泣く少女の姿だけを『認識できなくする』。
 姿が直接見えずとも、黒羽の光を追えば良い。
 全てのベビーレインを討った今、魔眼を阻むものは無し。ありったけの魔力をその眼に集め、視線を一条の雷撃に変えて、真っ直ぐに涙の元凶を穿った。

 その間も黒羽は一縷の「可能性」に賭け、語り掛け続ける。受ける傷は意に介さず。並外れた根性を持つ彼は、むしろ追い込まれてからが本番だ。
「……」
 一切の攻撃をせず壁に徹する姿。自分の雨や髪がどんなに打ってもまた立ち上がり、何度も起き上がって、涙しながらも語り掛けてくるその姿。至近距離でそれを見続けた涙の精霊に、僅かな変化が訪れる。
 目の前の人間はおおよそ「泣くな」といった内容を絶えず言ってくる。泣く以外、悲しむ以外何も持たないこの存在に。
 傷ついてなお立ち上がり――これも何度目だろう? 血を吐きながら、ヒーローは言うのだ。
「……雨……涙ばっかりじゃなく、晴れ間。笑顔も、見せてもらいたいもんだ」
 嬉しい時に人は笑う。彼女は単なる悲しみの塊、楽しいと感じるココロなど無い。それがそう、「悲しくて」。
 泣き叫びながら我武者羅に、力任せに目の前の「優しい人」を何度も殴るも結果は同じ。倒れない。
 空模様が変わり始めた。
「この分だと、そろそろ止みそう……ですかね」
 涙ごとこの雨を吹き飛ばそう。クローネが、残った精神力を弾丸に変えて放ち、雨の元凶は痛い、と泣いた。
「痛くしてごめんね。だけどもう、悲しいのは終わり――」
 もう泣かなくてもいいように。アレクシアが贈ったのは、淡い青色の花。優しいブルーに包まれて、雨の日の少女は消えていく。彼女が最期に見た幻は、とても色鮮やかで優しかった。


●最期の涙は蒼穹に
 幻の花が消えると同時に雨が止む。みるみるうちに雲が途切れ、あちこちの切れ目から青空が覗き、やがて久しぶりの快晴となる。
「……おや」
 何かに気付いた狼が空を見上げる。
「虹、か……」
「こんなにはっきり見えたのは、久方ぶりかの? うん、よきかな」
「きれい……だね。五郎さん」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。見ててくれた?」
 雨上がりの虹に馳せる想いも、またそれぞれ。ある者は息子を、ある者はきょうだい達を、ある者は憧れの男性を想う。見上げる空は違っていても、あの橋が想いを繋げてくれますように、と。
「……悪くない眺めっス」
 自分には眩し過ぎると言ったクローネの表情も、虹より多くの色彩を持つ美咲の表情も、どことなく晴れやかだ。

「あの子、笑ってくれたかな」
 残った無数の水たまりに、アレクシアと黒羽は想う。彼女の悲しみは、晴れたのだろうか。
「……ん?」
 黒羽がふと空を見上げると、止んだはずの雨が一滴、頬に落ちてきた。
「あれ? また雨……?」
 アレクシアも気づいたようだが、空は変わらず晴れたまま。雨の気配は全く無い。
「これ……あの娘の涙、かも知れないね」
「ああ。これが最後の涙だといいな」

 止まない雨が無いように、晴れない悲しみだって無い。
 二人に落ちた雨の雫はほんの少しだけ温もりを帯び、陽光を受けて煌めいた。


成否

成功

MVP

なし

状態異常

銀城 黒羽(p3p000505)[重傷]

あとがき

雨降りシナリオ、お疲れ様でした!
リプレイ中にも書きましたが、自分の中に光を使う発想が無くて「なるほど……!」と、驚かされました。連携もお見事です。
泣いてばっかりのレイニーガールにも温かいお気持ちをいただけて、とても嬉しかったです。

降水量はOP通り、ターンごとに1d10転がして決めたんですが、
思ったよりもたくさん降ってきました……30%もあれば、やっぱり降りますよね。

この度はご参加、誠にありがとうございました!
また何処かでお会いできましたら、よろしくお願いいたします。

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