シナリオ詳細
<果ての迷宮>ワンダーランドを駆け抜けて
オープニング
●いざ前人未踏の地へ
『果ての迷宮』。
そう呼ばれる幻想首都メフ・メフィート中心に存在する迷宮は、レガド・イルシオン国王フォルデルマンが、攻略と管理を代々使命として託された不思議な迷宮だ。
これまで、数々の冒険者が挑み、幾度も失敗してきたこの迷宮攻略。
しかしここにきて、総隊長ペリカ・ロジィーアンとローレットのイレギュラーズ達が未知の階層にまで攻略を進めており、幻想の貴族達も注視している状況だ。
各々の幻想貴族もスポンサーとして資金を投入しており、長らくの悲願を自分達の代で叶えられるかもしれないという淡い期待を寄せている。
イレギュラーズ、君たちが迷宮に望むものは何か。
それは、富か? 名声か? 或いは――。
此処は不思議で奇妙なワンダーランド。
君たちを待つものは、果たして。
●
「ぴょーん! ぴょんぴょんぴょん!!」
「だわさーッ!?」
『総隊長』ペリカ・ロジィーアンに向けられた蹴撃を、済んでのところで彼女がかわす。
ごろごろ、と転がって、すぐさま勢いを利用して起き上がる。
空気を切り裂く蹴りを繰り出したのは、ベージュの毛並みをした人間大のウサギ。
「流石三月のウサギ、気狂いぶりは書物通りだわさ」
ペリカは周囲をぐるりと素早く見回すと、調査隊にこちらだ、とハンドサインを送って駆けだす。
周囲を彩るのは赤い薔薇。大輪に咲き誇るそれらは、枯れる事を知らない永遠の栄華。
その中に一際目立つのは、蔦が這い、白い薔薇が咲き誇る小さな家。
素早くペリカがドアを開け、調査隊が駆け込む。ペリカが入りざまドアを閉めると――周囲は途端に静かになった。
「……どうやら、この家を攻撃するという考えはないみたいだわさ」
ふむ、と何やらメモに書きつけるペリカ。
何度このやりとりをやったかは判らない。敵に出会う度に戦い、白薔薇の家――セーフハウスを見付けたら体力温存のために駆け込んでの繰り返し。白薔薇の家は寂し気に佇み、家の両側にドアがある――奇妙な作りになっている。おそらく迷路の中継地点と行ったところだろうか。
「次に行く前に、取り敢えず情報を整理しようわいね」
ペリカがまとめたところによると、こうだ。
エネミーは4種類。ベージュの毛並みが特徴的な、肉弾戦を得意とする“三月ウサギ”。手に持った懐中時計を投げつけてくる“時計ウサギ”。それから、必ず二匹セットで登場し、探索者たちを眠りと痛みへ誘う“帽子屋と三月ウサギ”。彼らは迷路の中で侵入者を迎撃するが、この白薔薇の家に逃げ込めばそれ以上追ってくることはない。
そして、彼らを倒した時に必ず告げられる言葉。
『アリスを探せ。見付からなければ彷徨え』
「……ん~~、このアリスってのがどうも、次の階層への鍵だと思うんだわさ」
其れには探索者たちも同意だ。現に今までアリスらしき姿を見た事はないし、これだけ探せ探せと言われたら気にもなるというもの。
「兎に角、いったん体力を回復したら、アリスを探しにいくのが最善策だわいね」
全員が頷く。まだこの階層は始まったばかり。さて、どれだけの敵に遭遇するのかは判らないが――この迷宮に共通する事項として、“果てはないが、階層には果てがある”のだ。
「――にしても」
青空を見るとは思わなかったわさ。
ふと呟いたペリカ。探索者たちがつられて窓を見ると、太陽こそないものの、穏やかな日差しと青空が広がっていた。
普通に散歩出来たらどれだけ良かっただろう。けれど、迷宮は其れほど甘くはない。
- <果ての迷宮>ワンダーランドを駆け抜けてLv:7以上、名声:幻想30以上完了
- GM名奇古譚
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年08月25日 22時40分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
青い空が、迷路を照らしている。けれど太陽は見当たらない。
どこからともなく降り注ぐ陽光を、赤い薔薇がまぶしく受け止め、赤い薔薇と枝と葉で出来た壁が探索者たちを迎え入れる。
彷徨えと吼えるのは誰か。
探しているのは誰か。
探されているのは誰か。
ウサギ穴に落ちたのは、はて、アリスだろうか。其れとも、イレギュラーズだろうか。
●青空広がる迷宮へようこそ!
「ぴょーん! アリスを探せ! 見付からなければ彷徨え!」
「知ってるッスか!? ウサギはぴょんとは鳴かないんスよ!」
ごもっともである。
茶色い毛並みをした――頭のおかしい――三月ウサギのまともに働いていない脳天を、『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)の鍛え上げた足が捉える。頭を狙ったハイキックは綺麗に決まり、ボールよろしくウサギは吹っ飛ばされた。
更に『特異運命座標』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)が別方向の三月ウサギを朱に染めて、大地にキスさせる。追いかけるように『わからせ美少女』シエラ バレスティ(p3p000604)の弾丸が起き上がろうとしたウサギを撃ちぬいて、敵は沈黙した。
「全く、来て早々に騒がしい事」
さらり、と白銀の髪を風になびかせながら『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)が言う。三月ウサギの群れという熱烈な歓迎を受けたイレギュラーズ。彼らの遺体を見ていると、ふと、ばらり、とウサギの体が“溶けた”。真っ赤な蝶の群れになって舞い上がり中空に消えていく。
「これは情報になかったわねぇ」
攻撃の意思がないなら、敵ではない。ただ宙を舞うだけの蝶たちに、『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)がのんびりと口にした。
「だわさ。まあ、攻撃してこないなら無視しても大丈夫だわいな」
『総隊長』ペリカ・ロジィーアンが後方で頷く。彼女は今回は情報収集役だ。前線に立つのはイレギュラーズの役目である。
「いきなりお出ましとは、これは先が思いやられるね……」
『チアフルファイター』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)が溜息を吐き、ふと視線を横にやる。其処には迷路に埋まるように、家が一つぽつんとあった。壁を這う蔦には白薔薇が咲き乱れ、静かに彼らを待っている。
「赤い薔薇の迷路、白い薔薇の家。そしてアリス……昔聞いた与太話の“不思議の国”そのものでござるな」
首をちょん、といかれないのは僥倖。そう『暗鬼夜行』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が呟いた。そう、聞いた情報ではハートの女王はいないはず……パットにされるフラミンゴも、薔薇を塗るトランプ兵もいないはず。
「敵は全員三月ウサギねー。今のところ、帽子屋もネズミも時計ウサギもなしー」
『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)がメモをする。曰く、時計ウサギがアリスの近くに――もしくはアリスが時計ウサギの近くに――いるらしい。まだまだ道のりは遠い。
「取り敢えず、あの家に入りましょう。準備はそこで」
『Tender Hound』弓削 鶫(p3p002685)がいう。拒否するものはいなかった。準備する間もなく襲われてはたまったものではない。
●薫る使い魔
「使い魔が使える奴は何人だ?」
『死を呼ぶドクター』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が見回す。――家の中は綺麗なものだった。生活感の欠片もない、良い家だ。この場にいるのは10と1人。ペリカは計算から外すとして――
「俺と?」
「私とぉ」
「私と」
「私と……」
「私。以上ね」
レイチェル、アーリア、女王、鶫、そしてミルヴィ。ファミリアを使役できるのは以上の5名。確かめて、レイチェルはミルヴィに視線を移した。オーケイ、と頷きあう。
「香水は十分あるわ。なくなっても作れるから、大丈夫。じゃあ、足に括り付けるわよ」
つまりこういう事だ。
各々のファミリアに、ミルヴィが調合したミントの香水瓶を括り付ける。蓋を少し緩めて、香りが迷路に付着するように細工する。
そうすればファミリアで探索済みの個所が香りで判る。アリスが見当たらない、見当違いの場所を進まなくてもよくなる訳だ。敵を避けては通れないが、其の編成を探る事も出来る。
「その子は?」
ミルヴィがアーリアに問う。彼女の肩に止まっている小鳥を指さした。いいえ、とアーリアが頭を振る。
「この子は良いわぁ。私と一緒にいてもらうから」
「不意打ち防止だっけ? オッケー」
先程はセーブポイントから進んだところを狙われたが、不意打ちへの対策はきちんと取られている。そのうちの一つが、アーリアの肩に止まったファミリア。後ろを向いて止まっているため、異変があればすぐに判る。
「よいしょっ。うーん、風流だね!」
シエラが白薔薇の家入り口に、風鈴を付ける。ちりんちりんと鳴る其れは、青空の下で涼し気だ。勿論涼むためだけのものではない。エーテルストリングス――魔力伝導線を風鈴につなぐことで、動きがあれば――自分たちの他の誰かが家を通れば、直ぐに判るようにする。更に持ってきたマントを破いて、糸と棒で旗にする。“通りましたよ”の目印に。
「こっちから来たっすね」
シエラが扉に旗を取り付ける間、レッドが地面にチョークで矢印を描く。探索と迷路に関してはこれでもかと対策を巡らせているイレギュラーズ。問題はただ一つ――アリスとはいったい何者なのか、だ。道具なのか生き物なのか。動くのか動かないのか。こればかりは、時計ウサギの数に聞いていくしかないのだろう。
一通り回復も終えたイレギュラーズは、扉を開く。蝙蝠や鷹など、様々なカタチをしたファミリアが宙に舞い、ミントの香りを迷路のあちこちに振りまいていく……
●時計ウサギを探して
「此処を右?」
「左は行き止まりよぉ」
「じゃあ右ねー」
「その先も右。白薔薇の家(セーフハウス)があるわ」
数分後。各々が飛ばしたファミリアの情報をもとに、迷路の地図を作っていく一同。
迷いやすい構造の中、敵はそんなに多くはないが、群れてイレギュラーズを待ち構えているようだ。その中から時計ウサギの姿を探し、アタリの道を選別していく。情報を合算すると、進めば進むほど時計ウサギと三月ウサギの比率が逆転し、一方で眠りネズミと帽子屋の数が増えていく法則があるようだった。
「取り敢えず、情報をまとめるのは進みながらにするわいな」
ペリカの提案に否を唱える者はいない。進まなければこの階層は踏破出来ない。アリスの姿を確認できないのが唯一の不安材料だが、迷路の他に道がないのなら、迷路のどこかにアリスがいるはずだ。
「おいで――抱き締めてあげる!」
「ぴょーん! ぴょん! ぴょん! アリスを探せ! 見付からなければ彷徨え!」
ミルヴィが敵の目を引き付ける。其の舞は戦場という聖地に捧げるもの。紫電の瞳が妖しく瞬いて、三月ウサギのおかしな頭を占領する。
「この天鍵の女王を降さずして勝利はないと思いなさい!」
ミルヴィと同じく前線に出た女王が傲然と告げる。彼女こそフラミンゴをパットにし、白い薔薇を紅く染める女王だと、ウサギたちを引き付ける。
「時計ウサギは1匹……敵がこっちを待ち伏せしてる感じが続いてるわねー」
ユゥリアリアは後方で敵の布陣を分析しながら、のんびりと呟いた。それに、と見上げる青空。あるはずのない青空は、あるはずがないからだろうか、夕暮を迎える様子はない。ずっとずっと、燦々と陽光が降り注ぐ心地よい天気だ。
「まるで彷徨ってるのはウサギたちの方……みたいに考えちゃうわよねぇ」
アーリアが葡萄酒色の蔦を召喚しながら、ユゥリアリアの分析に己の所感を告げる。成程、とユゥリアリアは頷く。しかしそうすると、益々にアリスとは何か、という謎が深まる。この迷宮に長くいるであろうウサギ達の目をも盗むアリスとは?
「不思議の国云々で片付けるには、この迷宮は奇怪すぎますね。次の階層は一体どうなっているのやら」
ウサギ達を相手にしている仲間を信じ、自らはファミリアーで探索を続ける鶫。彼女は眠りネズミ達を相手取るまで体力を温存すると決めている。情報通りなら、ここを抜けるとセーフハウス。その次に……
「いました。セーフハウスを抜けた先に眠りネズミと帽子屋です」
「やっとッスか! 情報の敵が出ないとなんとなくソワソワしちゃうッスね!」
三月ネズミに肉弾戦を仕掛け、其の健脚を胸元に叩き込み、葵が笑う。得た情報が出揃ってからが探索の本番だ。
「そうとなりゃ時間をかける必要はねぇ。さっさと倒してセーフハウスで休憩といこうぜ」
レイチェルが視線を移す。次の中継点(セーフハウス)は直ぐ傍だ。此処を抜ければ眠りネズミ達が徘徊するゾーンへ突入となる。
「しっかし、メルヘンに見せかけて堅牢な迷路っすよ、此処は。小動物も通れないくらいに赤薔薇が壁になってる、っす! どーん!」
レッドのレジストクラッシュが唸る。強かに叩きつけられた心の強さは、時計ウサギが思わず時計を手放すほど。ああ、これではただのウサギさん! 可愛くもないし、愛でている時間もない!
セーフハウスにて。
「今のところ、風鈴が鳴った気配はないね。私たちの後ろをアリスがついてくる……なんて事にならないのはいいけど、ちょっと寂しいかも」
めげずに風鈴とエーテルストリングスをドアに取り付けながら、シエラが溜息をつく。
各々がそれぞれの方法で互いを癒す。或いは体力、或いは精神力を。
「ま、時間はたっぷりあるんだわさ。幸い此処にゃ夜は来ないみたいだしね、ゆっくり行こうじゃあないの」
ペリカが地図に書き込みをしながら笑う。様々な形状の――ともすれば足場すら危うい――迷宮を抜けて来たからか、彼女の表情は余裕そうだ。踏みしめる大地がある。見上げる青空がある。其れだけでも安堵するものがあるのかもしれない。
「しっかし、迷路を回って人探しが此処まで大変なものとは思わなかったッスよ」
椅子をぎっこんばったん、動かしながら葵が言う。まあ、ヒトかどうかも判らないッスけど。と付け足す。
「……もしアリスが人ではないとすれば、迷路の出口で待っている可能性が高いわね?」
「そうだな。素直に次の階層を開いてくれるアリスだとありがてぇ」
女王とレイチェルが呟く。此処までの探索でアリスの痕跡は一つたりとも見付からなかった。ならば生き物ではない可能性も、ゼロではなくなってくる。或いは、何らかの理由で動けないとか。
「んー」
「レッドちゃん? どうしたのぉ?」
「いや、この時計……ボクの知ってる時計と違うっす」
アーリアと咲耶が何が違うのか、と覗き込む。そして直ぐに理解した。まず文字盤がない。金色の短針と長針はある。けれども、位置がバラバラで、互いに交差するように逆向きに回り続けている。
「うぅん。……迷宮って、時間の概念もないものなのかしらぁ」
「これは目が回りそうでござる……武器として使うのもさもありなん」
拙者も投げ付けたくなるでござる、と咲耶が言う。……別に、時計ウサギは時計にイライラして投げ付けている訳ではないのだが、まあ、それはそれ。
「よーっし! 回復と調香出来たよ!」
「ええ、私も万全。先に進みましょう」
ミルヴィと女王が言う。タンク役の彼らには、出来れば常に万全の状態でセーフハウスを出て貰う。それが10人と1人の総意。
「この先は確か、眠りネズミと帽子屋が出るエリアになりますね。……気を付けていきましょう」
鶫がドアノブに手をかける。シエラが取り付けた風鈴が、涼し気にりぃんと鳴った。
●アリスとは
幾つ目になるか判らないセーフハウスを抜け、慎重に進むイレギュラーズ。
周囲には薔薇の香りに交じってミントの香が漂い、ファミリアーが周回済みであることを示していた。
「――ん」
最初に気付いたのはミルヴィだった。まなじりを擦る。目をぱちぱちと瞬かせる。そう、頭に煮凝りのように落ちてきたこれは。
「眠い……眠りネズミが傍にいる、気を付け……ふわあいででで」
「オラ、起きろ。寝てる場合じゃねえよ」
「此処までの疲れがプラスされて結構眠いッス! 皆、気を付けるッスよ!」
ミルヴィの頬を遠慮なく抓るレイチェル。痛みで眠気がスッ飛んだミルヴィは、さて、と佇まいを整えて敵の能力に引っかかりかけたのを誤魔化す。
やがて、ぴょこん、と帽子が現れた。曲がり角から出て来るのは幾重にも重なった帽子と、其の上に寝そべっている茶色い塊。帽子の主は曲がり鼻ににやにや笑い。白とベージュのウサギを従えて、帽子屋たちが現れる。
「眠気なんて吹っ飛ばすほど踊りましょう! 女王様、いくわよ!」
「私を従えるの? 豪気ね。でも良いわ、そろそろダンスパートナーを変えてみたいと思っていたところなの」
「どうにも、帽子屋とネズミの分、数が多い様子……! 拙者も同行仕る!」
ミルヴィ、女王、そして咲耶。3人が壁となって敵の前に立つ。ふんわりと薫るのは眠りの甘さ。帽子を幾重にも被っているのは、魔法使いの帽子屋。何でもない日をお祝いするにはアリスが足りず、イレギュラーズは邪魔だった。だからネズミはポットから逃げ出し、帽子屋は見えざる衝撃を放ち、“何でもない日”を“ひと悶着あった日”へと変えようとする。けれど今日は、彼らの“命日”だ。
「オーバードライブ! ネズミと帽子屋は速攻で片付けるッス!」
葵が蹴り放つのは、真紅の蝙蝠たち。前衛をすり抜けてはばたいた蝙蝠は、蹴り放った葵自身の体力を持っていきながら、敵前衛のウサギ達を巻き込むように弾け飛ぶ。
「ぴょーん! アリスを探せ!」
「探してますー。其の為にー、あなた達を排除するのですわー」
ユゥリアリアがぷんぷんと言う。後衛から調和を奏で、傷付く前衛に癒しを与える。
「拙者は夜闇に生きる者。眠りの誘惑は効かぬと知れ……!」
咲耶が駆ける。紅牙流暗殺術、悪刀乱麻。帽子屋にはまだ届かぬと、時計ウサギを狙って放たれる無形の牙。使う者次第で手段も殺法も変化する攻撃なれば、ウサギに見切れる筈もない。さまよえ、と呟きながら刀を突き立てられたウサギは、赤い蝶の群れになってぶわりと羽搏く。
「可愛い子、行って頂戴ねぇ」
アーリアがファミリアーを飛ばす。命じられたのはアリスの追跡。時計ウサギが三月ウサギの数を上回っているのを見ての判断だ。さて、命令を無事遂行して戻ってこれるのだろうか。
「数が多い。アーリア、合わせるぞ」
「オッケーよぉ。呪殺呪殺~!」
――Die Rache der Holle――
――大丈夫よぉ。ちょっとした悪酔いみたいなものでしょう?――
レイチェルが噛み切った人差し指から、炎が溢れ出す。赤い薔薇をも赤く染めるかのような、猛然たる紅蓮の焔。レイチェル自身の生命力を食らいながら、眠りネズミを狙って燃え上がる。
ネズミを狙って口を開けるのは、真っ黒な“月の裏側”。果たして其処は、本当に月の裏側なのか……其れを知るのは、アーリアだけだ。焔にまかれ、其の負担の分だけ更に攻撃を受けたネズミは、あっという間に赤い蝶にバラけて宙を舞う。
「アリスを探せ!」
「見付からなければ彷徨え!」
帽子屋が、ウサギ達が吼えた。帽子屋たち――そう、彼らは一組ではない――が怒りに任せて前衛へ殺到する。
「前衛の方、左右へ避けて! 撃ちます!」
吼えたのは鶫だった。怒りのままに前衛に殺到するケモノたち、前衛が避ければ射線は通る。察した女王とミルヴィは左右へ。鶫は咲耶を庇うように前に立ち――“其れ”を顕現させた。
其れは、巨砲だった。最大顕現8秒という短さながら、彼女の持つ技の中で屈指の威力を持つ大召喚術。霊子圧縮能力を持つバックパック、そして肩に担ぐように現れる二門の砲身。霊子吸引、砲装填よし――!
「てぇぇぇッ!」
――轟音。
ウサギの後ろにいる帽子屋ごと貫く勢いで放たれた砲撃は、相応の威力をもって応えた。敵は削り取られるように消え失せ、紅の蝶すら羽搏くことはない。
「はあッ、はあッ……!」
「よくやったわ。見事な一撃よ、鶫」
「すっごい……! でも無理はしちゃ駄目だよ!」
女王が計算されつくした一撃をウサギに叩き込みながら、賛美の言葉を贈る。更に後方から弾丸の支援を贈りながら、シエラが鶫の身を案じた。
「私は、大丈夫です……後方から支援します」
「感謝致す!」
殴りかかってきた帽子屋に小太刀の一撃を与えながら、今度は咲耶が鶫を守る。
「どどどどーんっす!」
レッドが前に出て、ウサギ達に乱撃を仕掛ける。後方からは焔と呪いの魔手が伸び、時折ウサギや帽子屋を捕まえては、ぐしゃり、と握り潰す。かといって至近から仕掛ければ、3人の守り手に阻まれ、後方からの弾丸とエネルギー弾の餌食。
不思議の国の住人に許されたのは、呟くことだけ。
「アリスを探せ」
「アリスを探せ」
「見付からなければ、彷徨え……」
●君がアリス?
「今のが一番大きい群れだったみたいねぇ」
アーリアが戻ってきたファミリアーを撫でながら言った。
「で、次のセーフハウスに人影があったって?」
「えぇ、そう言ってるわぁ。アリスだと良いわねぇ」
「アリスって人だったんスか……?」
「正直、アリスという名の別のものの気がし始めてたっす」
アーリアのファミリアーによれば、次のセーフハウスまで敵影はない。つまり、あとはアリスかもしれない人影の主を追うだけ、という訳だ。
「糸に反応はないんだけどなー。人間型の何かかも知れないよ?」
「人間型の……中身が違う事はあるかも知れないでござるな」
シエラの言葉に咲耶が頷く。迷宮の深層に人間がいたら、それこそ驚きものだ。人間の形をしていたも、人間ではない。其の可能性の方が高いだろう。
「ミントの香りが薄れてきた。そろそろファミリアが来てないエリアに入るかも」
ミルヴィが言う。すん、と鶫が香りを確認すると、成程。爽やかな香りはこれまでよりずいぶんと薄くなっている……ような気がする。
「地図もそろそろ未開拓のエリアに突入ねー……あら?」
ユゥリアリアが地図を確認し、前を見ると……みんなが立ち止まっていた。ついうっかり前に出そうになって、慌てて止まる。
なんだろう、と前方を確認すると……エプロンドレスの少女が1人、立っていた。
「……あなたがアリス?」
女王が問う。
「私はアリス」
少女が言う。金の髪、碧い瞳。
「私はアリス。あなた達は、私を探して彷徨っている」
機械的に告げられる言葉に、イレギュラーズは“人間ではない”と確信する。アリスは白薔薇のセーフハウスのドアを開いた。
「どうぞ、探索者さんたち」
アリスに招かれて入った白薔薇の家は、今まで通ってきたセーフハウスと殆ど変わりはない。
「ようこそ、探索者さんたち。ようこそ、果ての迷宮へ」
「どうもっす」
手振りで椅子をすすめられ、最初に座ったのはレッドだった。彼らはそれぞれ椅子に座ったり壁にもたれたりして、アリスの様子を伺う。
「私はアリス。あなた達が彷徨い、求めたもの。ご質問はありますか」
「あなたは何者ですか? 出来れば……アリス以外の言葉で」
鶫が言う。アリスは静かに頷いた。
「イエス。私は“アリスと名付けられた”この階層を管理するプログラムです。敵対者を排除する住人を配置し、白薔薇の家を整備し、探索者には然るべき対応をするように命令されています」
「命令ってのは誰からだ? お前を作った奴は何処にいる?」
「情報深度がCを超えているため、質問にはお答えできません。B以上の情報ならば開示できます」
「よくわかんねーけど、お願いするッス」
「作成者はこの階層から退去しました」
「……それだけ?」
「イエス」
ぱちり、と決められた秒数ごとに瞬きを繰り返しながら、アリスが頷く。これでは情報は何もないと同じだ、とペリカは肩を落とした。
「はあ。まあ、作成者についてはいいとして……次の階層にはどうやっていくんだわさ。流石にこれには答えてもらわないと」
「さらなる深層への侵入をお望みですか?」
ぱちり。またアリスが瞬きをする。人間のように白い肌をした腕がエプロンドレスのポケットを探り、銀色の鍵を取り出す。
「お望みならば、次層への入り口を開きます。その場合、この家がセーブポイントとなります」
「……」
皆が視線を交わす。次の階層へ進むことは目的の一つだ、此処で開いて貰うに越した事はないだろう。
「じゃあ、お願いします」
おずおず、とミルヴィが言った。イエス、とアリスは答えた。火の入っていない暖炉に近付き、鍵をがちり、と差し込む。重々しい音がして……がたん、と壁が揺れた。
「うわっ!? 何でござる!?」
「お気を付けください。揺れます」
「もう揺れてるわー?」
「あ、壁! 壁! 動いてる!」
壁がごとごとと動き、上にスライドしていく。浮遊感がイレギュラーズを包み……やがて揺れが収まると、空気が変わった。ミントの香りもすっかりなくなっている。
「……次の階層に着いたのか?」
レイチェルが口にする。外に出て確かめてはみたいが、そうすると未知数の世界を探索する事になる。得策ではない。
「イエス。……アリスの任務はこれにてすべて終了しました。スリープモードに入ります」
「あのウサギさんたちはどうなるのぉ?」
アーリアが問う。彷徨え、と口にしながら、彷徨っていた彼らは……
「迎撃プログラムは問題ありません。踏破された時点ですべて消滅しています」
スカートの両端をつまんでお辞儀をすると、片隅のベッドに入るアリス。
いってらっしゃい。
そう言ってアリスは目を閉じ、そして、二度と目を開ける事はなかった。
●
気の狂った三月ウサギ。
アリスを追う時計ウサギ。
眠りに誘う眠りネズミ。
魔法使いの帽子屋。
白薔薇の家、赤薔薇の壁、ミントの香り、燦々と降り注ぐ日差し。
ワンダーランドを駆け抜けて、イレギュラーズは一体どこへ行くのだろう。
アリスは眠り、新たな迷宮の扉が開かれる。
ハツカネズミがやってきた。不思議の国のお話は、これにておしまい。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お待たせいたしました。お疲れ様でした!
えー、眠りウサギだとか誤植しててすみません……今日まで全く気付きませんでした……正しくは眠りネズミです……混乱させてすみません(うずくまり)
ワンダーランドには夢がある。でも、夢には大抵からくりがあるもの。
種も仕掛けも……ありましたが、物騒な不思議の国をお楽しみいただけたなら幸いです。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
今回は<果ての迷宮>へ皆様をご案内です。
●目標
アリスを見つけ出し、次の階層ヘ進め
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●目的
次の階層に進み、次なるセーブポイントを開拓することです。
また、誰の名代として参加するかが重要になります。
※セーブについて
幻想王家(現在はフォルデルマン)は『探索者の鍵』という果ての迷宮の攻略情報を『セーブ』し、現在階層までの転移を可能にするアイテムを持っています。これは初代の勇者王が『スターテクノクラート』と呼ばれる天才アーティファクトクリエイターに依頼して作成して貰った王家の秘宝であり、その技術は遺失級です。(但し前述の魔術師は今も存命なのですが)
セーブという要素は果ての迷宮に挑戦出来る人間が王侯貴族が認めたきちんとした人間でなければならない一つの理由にもなっています。
※名代について
フォルデルマン、レイガルテ、リーゼロッテ、ガブリエル、他果ての迷宮探索が可能な有力貴族等、そういったスポンサーの誰に助力するかをプレイング内一行目に【名前】という形式で記載して下さい。
誰の名代として参加したイレギュラーズが多かったかを果ての迷宮特設ページでカウントし続け、迷宮攻略に対しての各勢力の貢献度という形で反映予定です。展開等が変わる可能性があります。
●立地
あちこちに白薔薇が這う家が点在する大きな草木の迷路です。
白薔薇が這う家にはアリスがいる可能性があり、また、休憩場所としても利用できます。
迷路は赤薔薇で彩られていますが、ハートの女王はいません。
●同行NPC
ペリカ・ロジィーアン
タフな物理系トータルファイターです。
基本的には、皆様の指示に従いますが、本音は調査に専念したいようです。
戦闘に参加させた場合、戦闘面では楽になりますが、調査面で多少の不利が発生するかもしれません。
●エネミー
時計ウサギx少数
時計を用いた遠距離攻撃を主とします。
彼を見かけたら、アリスが傍にいるサインかも。
三月ウサギxたくさん
きぐるいウサギです。
強靭な脚力を用いた至近距離攻撃を得意とします。
彼を見かけたら、アリスから遠ざかっているサインかも。
帽子屋、眠りウサギxたくさん
必ずセットで現れます。
神秘攻撃を主とする帽子屋と、其の場にいるだけで相手を眠りに誘うネズミです。
彼らは何処にでもいます。どちらかというと眠りネズミの方が危険。
●
アドリブが多くなる傾向にあります。
NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
では、いってらっしゃい。
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