シナリオ詳細
<クレール・ドゥ・リュヌ>ウルフスベイン
オープニング
●
無謬の都フォン・ルーベルグ。
白亜の街並みには一点の曇りもなく、品行方正で信心深い人々が暮らしている。
だが光ある所に影があるように。そんな都にも暗部と呼ぶものもあった。
大通りから西部の街道方面へ進み、幾度も路地を曲がった所に『贖罪の修道院』と呼ばれる場所がある。
購いを以て弔いと為すというのが教えなのだそうだ。
小さな寺院の下に巨大な地下墓所(カタコンベ)を有し、罪を犯した者達が眠っている。
そんな地下墓所の中で、大理石の床にひざまずき祈りを捧げる男が居た。
低くうねる告解の聖唱と共に、祈りの句を紡ぐ。
――さすれば汝、正義たらん。
男が祈るのは亡き母の為だった。
貧しい暮らしぶりの中で、母は一度だけ盗みを犯したのだ。
汚れなき都の住人とて、その全てが潔白な訳ではなかったのだろう。
母は断罪の鞭を一度だけ背に浴び、傷が祟って死んだ。
潔白でない点には二重の意味があろう。
一つは盗みそれ自体。悪は悪である。
一つはそうせざるを得なかった環境自体。
だがかつて、そんな環境に深く心を痛めた貴族の娘が居た。
名をマルティーナ・ディ・パッティと言う。男爵家の娘だ。
彼女は生前、貧しさ故に罪を犯したという者を庇い、私財をなげうって人々を救った。
無論、堅物揃いの天義上層部とて、現実というものは認識している。
彼女の行動を好意的に捉えられていたであろう。
そんな折、一つの事件が起こる。
貧しい人々の蜂起だ。
事件はカマル・フェンガリーという騎士によって解決され、首謀者とされたマルティーナは異端審問の末に処刑された。
名家パッティは事件を機に没落し、今やその名を継ぐ者すら居ない。
――
――――その筈だった。
「あまり……そのように自分を責めるものではありません」
「しかし聖マルティーナ、私は何か出来たのではないかと悔やんでならないのです」
彼女は涙を流す男の背を撫で「どうか。どうか安らぎを」と応じた。
聖唱が止み、歌い手達がローブの白いフードをあげた。
男に女、年齢も様々。ただ唯一の共通点は瞳の昏さで――いずれも武器を帯びていた。
やがて人々は去り、地下墓所には聖女だけが残った。
そう見えた。
「汝が――木偶人形風情が何を想おうが、何を言おうが、何も変わらんよ」
あざ笑うような少女の声音に、マルティーナが肩を震わせる。
闇夜からにじむように姿を見せたのは、枢機卿の紅い装束を纏った少女だ。
「いつまで冒涜を。その服を今すぐお脱ぎになって……!」
声を荒げる。
「ずいぶん強欲になったものじゃ」
嘲笑されたマルティーナが頬を染める震える。瞳に燃えるのは羞恥など通り越した嫌悪と怒りだ。
だが少女はお構いなしにマルティーナへ近づき、唇を重ねた。
なぶるような口づけの後、少女は喉の奥で笑う。
「人は皆、汝の姿を見、声を聞き。望んで居る――」
マルティーナが膝をつき俯いた。
瞳からこぼれ落ちる水滴が、大理石の床を濡らした。
「――最愛の者が汝のように黄泉返る事を」
そして。
天義そのものへの鬱屈した想いを燃え上がらせる事を。
己が止める度、声をかける度、人々の心には暗い情念が燃えさかってゆく。
あたかも全てを飲み込まんとする強欲を解き放たんとするかのように。
いっそ死すら望んだ。
だが自死は禁じられている。
この魔種はなぜ。この哀れな操り人形の自我だけを奪わなかったのか。
なぜ。
――なぜ。
「欲しかったからじゃよ、木偶人形」
汝が。汝等が。
そう――総てが!
●
「やあ。天義からのご指名だよ」
いつもの情報屋――『黒猫の』ショウ(p3n000005)が腕組みしている。
難しい仕事の予感がした。
「指名?」
依頼ではなく指名。首を傾げた『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)に、ショウは依頼書を見せる。
内容をかいつまめば『暴徒の鎮圧』だ。
そして――ローレットの勇者に助力願いたい旨。たとえばと添えた上で、この場に居る者やシュテルン(p3p006791)等の名が具体的に記されていた。
「だから呼んだのね」
まだ記された者が全員揃った訳ではないが。
「そういうこと。もちろん受けるか受けないかは個人の自由だけどね」
けれど。
「なんでかな?」
「それがね。分からないんだ」
たとえばシュテルンであれば魔種イーグルハートと直接対峙し、仲間と共に討伐して生還している。
魔種討伐の勇者という存在に敏感な天義であれば、その武名を重んじる者が居るのはいささかも不思議ではない。
だがやはり、まだなんとも言えない話だ。
「先に少し説明しておくよ」
ともかく今日は何が起きたのかと訪ねたイレギュラーズへ向かい、ショウは説明を始めた。
天義首都フォン・ルーベルグを中心に、このところ狂気に侵された多発し始めているのは既知であろう。
「フォン・ルーベルグの市民は善良で規律正しい。その辺りの説明はいらないよね」
勿論だ。だからこのような事件など起きようはずもないのだ。
「なら、それってまるで」
応じたアルテナにイレギュラーズが頷く。
この異常事態は――<嘘吐きサーカス>が居た頃のメフ・メフィートでの事件を思わせる。
「それでね」
表情を引き締めたイレギュラーズを前にショウが続ける。
レオンがざんげに確認した所によれば<滅びのアーク>の急激な高まりが観測出来たということだ。
その事実は尚更に、あの事件と同様の何かを思い起こさせた。
おそらく――否、間違いなく『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』が強く生じてる。
だがサーカス公演のようにわかりやすく人を集め、広く人々を感染させる旗印は見えないのだが――
イレギュラーズの疑問にショウが答える。
おそらく狂気を電波させる『アンテナ』が居るのだと。
まあ。
「これはレオンの推測だけどね」
ぞっとしない。
その『アンテナ』とは、もしかしたら『黄泉返った愛する者』なのではないか。
知性、人間性すら感じさせる存在が。己の復活を喜ぶ者を、知ってか知らずか狂気に堕とす。
それが強大な邪悪による操り人形だとしたら――
「どうにか出来るのは、キミ等しか居ない事になる」
無責任な物言いを情報屋は詫びた。
さて。
このメンバーが受ける仕事は、そんな風に同時多発している事件の一つだ。
「依頼の内容自体は単純なんだ」
ショウが言うには、依頼内容そのものは『黄泉返った死者』と『暴徒』の討伐ということになる。
しかし持って回った言い方をするということは、何かあるのだろう。
「オレが調べた所、どうも暴徒達の影に何らかの魔物か何かが居るみたいなんだよね」
魔物と来たか。
「ひょっとしたら……魔種(デモニア)かもしれない」
それは人類の――世界にとって不倶戴天の敵の名。
「その情報は天義から?」
「依頼書には魔物の可能性については触れられていない」
それは、どこかきな臭さを感じるが、単に天義側では調査出来ていないだけかもしれない。
なにせ全体を見渡せば、フォン・ルーベルグはとんでもない事態なのだ。
「それにこの依頼。とある貴族のお抱え騎士達と共闘することになるみたいなんだ」
「とある?」
「それがね、誰なのか書かれてないんだよ。だから何者なのかが分からない」
ショウが依頼書を差し出す。
言われてみれば確かにそこが曖昧だ。
ショウが首を振る。
「ちょっと臭うだろ?」
依頼内容そのものは『黄泉返った死者と暴徒の討伐』だけ。
依頼自体はきちんとした天義の依頼。
それだけならローレットだけ、あるいは天義の騎士達だけでも解決出来そうな内容ではある。
手が回らないであろうに、わざわざ共闘などとは。
「それって、魔物の存在が意図的に伏せられてるってこと?」
アルテナの問い。
「考えたくはないけれどね」
だが一体何のために。そこが不明だ。
「以上の詳細な情報がつかめなかったんだ」
ごめんねとショウは続ける。
「だから一気に沢山の依頼が舞い込んだ中で、こいつの情報精度はとても低い」
ならば格別の注意が必要だろう。
「十分に気をつけてね」
今日の情報屋からはかなりの懸念が感じられたが――まずはこの依頼を受ける仲間が揃うのを待とう。
全てはそれからだ。
●
月明かり。
白亜の聖都に一人の騎士が佇んでいた。
線は細いが、騎士装束が良く似合っている。麗しの貴公子と言っても差し支えあるまい。
いかにも生真面目そうな眼差しの奥には怜悧な――けれど底知れぬ光が宿っている。そんな男だ。
「……さて。そろそろですか」
その石畳を踏みしめ、名門エストレージャ家の騎士団長カマル・フェンガリーが歩き出す。
今頃ローレットのイレギュラーズは、配下の騎士達と合流している筈だ。
仕込みは――全て終わっている。
おそらく暴徒達と共に居るであろう魔物――背後には魔種(デモニア)の気配もあるのは承知しているが、そのためのローレットでもある。
国難とも言える事件が度重なっているが、おそらくローレットなしでは重篤な事態に陥っていた事だろう。
さしものカマルもローレットに所属するイレギュラーズ達の実力そのものは評価せざるを得なかった。
ローレットという存在は、彼女を手に入れる為の巨大な障壁となるだろう。
とはいえ彼にとっても、この国(ネメシス)が廃墟となっては意味がない。
厄介極まるローレットではあれど、こうした未曾有の事態への利用価値はある。
ならば上手く使えば良いのだ。
眼前の国難そのものが、己に絶好の機会を与えてくれたとすら言えよう。
ローレットに対し、いくらか伝えていない事はあるが。現状、手が回らぬのは事実ではある。
指摘があれば率直に詫びれば良い。
下げる頭など持ち合わせていないが、スロープレイは得手である。
見かけなら、いくらでもやってみせよう。
手配した襲撃者からも足が着く余地はなく、かの『峻厳たる白の大壁』でもなければ見通せまい。
無論そのような場に引き出される愚など侵そう筈もなく。
己が逃げ道とて入念。
後はあくまで天義の騎士として清廉潔白に振る舞えば良い訳だ。
今回上手くいけばそれも良し。
そうでなくとも今後有利に立ち回れる状況を構築出来るだろう。
内心ほくそ笑み。しかし表情一つ変えず。
――かならず彼女を手に入れる。
カマルの自信は確信めいていた。
- <クレール・ドゥ・リュヌ>ウルフスベインLv:8以上完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年05月27日 21時20分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
具足を揃えて騎士が一礼する。
「ローレットの勇者様方ですね。お待ちしておりました!」
サーコートを彩るのは天義が誇る名家エストレージャの紋章だ。カマルの部下であろう。
勇者――か。
ついこの間のさる事情、彼の耳に飛び込んできた情報が故にであろうか。『追憶に向き合った者』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)の心境は苦い。
混沌が織りなす数奇な定めの果て。彼が運命へと至るまでには、まだ些かの時間を要したが――さりとて今日の刃を鈍らせる筈もなく。
こうしてイレギュラーズ達は現場とされる寺院の近くで、共闘相手たる天義の騎士達と合流していた。
石壁に手を当てれば湿った埃がざらついている。
初夏の夜風が首もとを撫でる。やけに冷える夜だった。
「天義の騎士と共闘か……」
誰の耳にも届かぬよう発せられた小さな呟きに、胸元の十字が応じる。
『不服そうだな』
天義の騎士と言えば清廉潔白で実直な者が多い。国民性からしてその多くが善良ではあるのだ。
街は清潔で美しく、困りごとがあればすぐに手を差し伸べてくれる。フォン・ルーベルグはそんな都だ。
幾度かの依頼や降臨祭で『花の都』を知る『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)は、この国の清濁をいくらか知ってしまっている。
そしてこの時、ティアには騎士達を警戒しなければならない事情があった。
「シュテ……怖い」
彼女の後ろでは祈るように。『星頌花』シュテルン(p3p006791)が、美しい黒衣に包まれた豊かな双丘の前で、不安げに両手を組み重ねている。
それもその筈、騎士達が纏う紋章――エストレージャ家こそ、狂信の果てに彼女を地下牢へ閉じ込めていた恐るべき場所なのだから。
『これまでにもあったが油断するなよ?』
「分かってるよ、きな臭い感じもするし、カレンとの約束もある、シュテルンを護らないとね」
『そうだな、全力を尽くそう』
仲間であれば。友(カレン)の恋人であれば。なんらかの陰謀を疑わぬほうが無理というものだ。ならば務めを果たすまで。
けれど不思議なことに――
「カマル団長はすぐに到着する筈です。それまでしばしお待ちを!」
――述べた騎士の言葉や表情は、戦いを前に正義を抱く毅然としたものだった。
「よろしく頼む」
「はっ!」
眼前の騎士は実直そうな青年に見える。クロバは騎士からの憧憬を隠そうともしない視線に、苦笑を隠して思案する。
おそらくこの騎士達に裏はあるまい。彼等から感じるのは悪意や敵意とは真逆の感情だった。
誰かを騙す者の多くは、他者をも信用しない。部下である騎士達はシュテルンがエストレージャの姫君であることを知らないのだろう。
そこには多分な政治的配慮も含まれているに違いない。
より正確には彼等にとって、そもそもエストレージャのシュテルンなどという人物は『居てはいけない』のである。それが『この場であればなおさら』のこと。
名家にスキャンダルは付きものであり、人の口に戸は立てられぬ。だがこの騎士達は勘ぐりを行わぬ。この人々は、この国は、きっとそういう風に出来ているのだ。
ならばカマルにも、そのような事情を吹聴する訳には行かぬ立場もあろう。
さておき。
幾ばくかの短い打ち合わせの後。
足早に近づく青年騎士の姿にシュテルンの身体が強張る。
人か死神か。天使か、それとも――奇しくも『死神』と呼ばれる両名は、一人の仲間をその背に守るよう歩み出た。
微かな緊張を破ったのは青年騎士の側であった。
「遅れて大変失礼しました。私は団長を務めるカマルと申します。ローレットの勇者様方、どうぞよしなに」
表情一つ変えず、カマル・フェンガリーは優美に腰を折った。
「作戦は既に共有出来ているということで、よろしいでしょうか?」
「ええ、無論ですわ」
苛立ちを隠そうともせず、答えた『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が眉をつり上げる。
口の端に微かな笑みすら浮かべ、怒りの炎が彼女の美しいエメラルドの瞳を燃え上がらせていた。
――救いを求める人々を蹂躙し、貧者の救済に尽くした聖女を討伐する。
あえて『ヴァリューシャ流』に表現するならば、この仕事はそういった依頼内容だ。
これから相対しなければならないのは、彼女が所属する『クラースナヤ・ズヴェズダー』と言う教派が救うべき人々なのである。
そんな仕事によりにもよっって彼女を『指名』などとは皮肉が過ぎるだろう。悪意すら感じられる。
彼女とて魔族絡みの案件でなければ、即座に断っていたであろう。
「『灼鉄の聖女』様でいらっしゃいますね? お初にお目にかかります」
ヴァレーリヤの背を冷たい炎が駆け抜ける。己を指しているのは分かるが初めて聞いた呼称だ。
「お怒りはごもっともでしょう。ですがおそらく『この指名』をした者はこう考えたのでしょう」
彼女であれば、いたずらに民達へ断罪の刃を掲げる筈がない……と。そうカマルは述べた。
「筋を通さんとする努力は垣間見えますわね」
「これは手厳しい。お噂通りと述べれば失礼になりましょうが。ともあれどうか我等にご助力を」
「ええ……努力いたしますわ」
その自制はこの日、彼女にとって大いに苦労が必要だったことだろう。
もしも『国や教派が違えど、志は共に出来る』などと述べられれば、重篤な事態に陥ったかもしれない。
●
「それでは参りましょうか」
促すカマルにイレギュラーズの幾人かが頷く中で、彼は微かに眉を動かした。
「これは本当に……いえ、私も先ほど知ったばかり」
視線の先には身を固くするシュテルンの姿がある。
「合点が行きました。皆様が姫君のご友人であらせられるのなら、当家の事情に警戒しておられるのも当然でしょうか」
驚いたそぶりを見せたカマルは、いけしゃあしゃあと述べる。
「ですがエストレージャの事情など、この国難の中では些末。今宵はただ天義の騎士として、皆様と共に戦う身の上です」
何かを察した騎士達が感嘆の呻きを漏らした。
「私が見たものは永久に胸の内にとどめると、正義に誓いましょう」
連れ戻す意思はない、報告もしないと、カマルは暗に述べる。
配下の騎士達は僅かに怪訝そうな表情をしたが、やはり事情を飲み込めていないといった風だ。
だがそれを深追いしない程度には騎士達はこの国での処世術を身につけており、またカマルに対する信頼もあるのだろう。
(……さて)
そんなカマルを一瞥し、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)が瞳を細める。
騎士である部下達が顔を知らぬ姫君とは、名家にとって一体何者なのか。
シュテルンの様子と本人の応対を鑑みるに、カマルという男は腹に一物以上を隠した人物であるようだ。
この依頼とて指名である以上、偶然である筈もなし。導き出される必然の回答として、驚いた素振りは演技であるということになる。
今回の人員調達について知らぬ存ぜぬを通したところで疑念は消すことが出来ない。
カマルは貴族の私兵と言えど、歴とした身分を持つ騎士団長である。いかに天義が混乱の渦中にあろうと、作戦の根幹に関わる人事を知らぬことなど余りに不自然だ。
それも、少なくとも部下から信頼を受ける程度に有能であろう者がである。
推測ではあるが、カマルは天義国内向けの筋さえ通っていれば良いと考えているのだろう。
そしておそらくローレットを敵と見なしている。さらにはそれを隠そうともしていないのではないか。ポーカーフェイスに徹してはいるが、勝負していること自体はあえて見せているようにも感じられる。
第一、任務の遂行を重んじるのであれば、共闘相手に疑心を生むのは得策ではない。
狙いは何なのか。なにが彼をそうさせるのか。
あるいは強烈な自尊心が故か。
(さて……彼の企みは何処に在るやら)
アリシスの目配せに応じたクロバ達とて、嫌な予感はひしひしと感じる。
「アンタが天義の騎士で今回依頼をした側だって事は承知している」
だから伝えねばならないことがある。
「だけど――それでも不義を起こそうというのなら俺は容赦するつもりはないよ」
見え透いた悪意へ。すれ違いざま、釘を刺すように。
「信用されないものですね。残念ではありますが、行動で示しましょう」
カマルが打算で動く男であれば、そういう意味においてであれば信用することも可能そうと思えるが。
「……怖い、だけど……でも……シュテ」
現実へ健気に立ち向かおうとする少女を。
「ちゃんと、行く……する……よ……」
イレギュラーズは守り抜くと決意していた。
いずれにせよ過去を弄ぶ月光人形を滅ぼし、それを生み出す魔種を打倒する。成し遂げるしかないのである。
怪訝そうなカマルと視線を合わせつつ、ため息をついたのは『狐狸霧中』最上・C・狐耶(p3p004837)である。
面倒そうな話だ。仕事は仕事、まずはそれを成し遂げなければならない。
そうした中でもしも『気に入らないことがあった時』拳を叩き付けることが出来るのは、その権利がある人だけであろうと決めていた。己ではないのだと。
だが嫌がらせ――狐の得手をやめてやるつもりもない。
先ほどからカマルを見つめ続けているのも、一つの牽制なのである。
「大丈夫。魔法が一つ使えるんですよ」
ふとシュテルンに向かい『未来偏差』アベル(p3p003719)は口八丁を叩いてみせる。去年の冬と同じ言葉だ。
「キミを笑顔にする魔法を」
マスクの下の表情も分からず、どこまでが本気とも付かぬ軽口にも聞こえるが――けれど今日はガラにもなく、彼女の騎士となる役目を果たすと誓って。
その卓越した技量は、かの砂蠍を射貫いた英雄としての名声が証明している。
長いようで短い時間の後。
一行は総勢二十を越える混成部隊となり、件の寺院前へと到着した。
「参りましょう」
「はい」
涼しげな声音の『朱鬼』鬼桜 雪之丞(p3p002312)に、『儚き雫』ティミ・リリナール(p3p002042)が頷く。
「それでは作戦通り、よろしくお願いします!」
「うんうん、任せて!」
念を押した『瞬風駘蕩』風巻・威降(p3p004719)に『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が頷いた。
踏み込んだ雪之丞にとって、天義の些末な事情になど興味がない。
だが愛らしい瞳の見据える先。
階段の向こうに居るであろう月光人形。それを生み出した何か。
死者を愚弄し、黄泉を嘲るその在り様は――かつてそちら側に居た者として――癪に障るのだ。
こうして――
●
イレギュラーズは騎士達と共に広い階段を駆け下りた。
「見つかったというのですか」
「まさか! 早すぎる!」
広大な地下墓所で悲鳴にも似た声が反響する。口調も声音も、暴徒と表現するには余りに温和しい人々であった。
威圧するかのように大理石を打つ鉄靴のけたたましい音を前に、暴徒達は戦慄く手足を叱咤して得物を構え始めた。
「おやめになって!」
暴徒達の中心でそう叫んだ女の声は、まるでこちら側に向けられたようにも聞こえたが。
「ダメです聖マルティーナ! ここでやらなきゃ、ダメなんです!!」
「いけません。投降を、どうか、どうか!」
マルティーナの呼びかけとは裏腹に、怯えていた暴徒達の震えが止んだ。彼等の瞳には俄に昏い闘志がたぎっている。
「騎士様。どうか、私の命で皆を、民を!」
月光人形がカマルに懇願する。
「あのときの模倣でしょうか」
カマルが額を押さえる。
「なりません、心を乱せば、魔種の思う壺」
「ええ……心得ております」
雪之丞の言葉にカマルが頭を振る。
ティミも問う。
彼の望み。これまで積み上げたもの。全て。
「私だったら……絶対に捨てませんよ」
奪われ続ける人生など、まっぴらごめんだ。
「皆様がこんなものと戦っているとは……」
無表情を崩さず、されどカマルは微かに呻いた。
「貴方様が今できる事、それは魔種へ抗うこと。魔種がつけ入る隙を、天義を揺るがす火種を作らぬように、お耐えください」
「ええ」
カマルは痛感したことであろう。皮肉な事態。まさかローレットに助けられるとは。
「確かに皆様こそ、本物の勇者なのでしょうね」
呟きは、おそらく本心であったろう。
「……そういう仕掛けですか」
アベルが狙いを定める先。彼女こそが黄泉返った月光人形で間違いない。
どんな言葉を発せども、意思とは裏腹な狂気をばらまくアンテナになっているのだ。
仮に戦いが彼女自身の望みならば。そこに闘志があるならば、まだしも救いとてあろうに。誰かがこの醜悪な劇を組み上げたのだとしたら――
引き金に指を掛け、狙いは絶対に外さない。
澱む空気を引き裂き、駆ける弾丸がマルティーナの胸。その中心へと吸い込まれ――後背の炸裂。
常人なら即死であろう。だが僅か一滴の血もなく胸には暗い穴があいている。
無論、アベルの狙いはその一撃で殺しきることではない。彼女を引きつけることだ。
「おやめに、おやめになって!」
悲痛な声音と共に剣を構え、アベルへ向かい走り出すマルティーナの様子は、人だと考えるには余りに異常であった。
声も表情も闘争の中止を求めている。
身体は今まさに戦闘態勢に入った。手足の動きは素早いが、糸で引かれるようにぎこちない。
事情を知らねば滑稽にすら見える程であろう。
「嫌あぁあああ!」
アベルへ向かい、マルティーナの身体が突如つり上げられるように跳ねた。
直後、不自然に急降下する彼女と共に、高く掲げた剣がうなりを上げ――されど甲高い音と共に再び跳ね上がる。
「止めましょう。何度でも」
魔刀『凍狼』が一閃。折れた剣先が宙を回転し、大理石の床に突きたった。
「拙の間合いにある限り、全て斬り捨てて見せましょう」
腰をかがめ、雪之丞が再び刀を構える。
「いつまでそうしているおつもりですか?」
彼女は闇に問うた。
「そうさな、お客人」
いつからそこに居たのか。
まるで影が起き上がり、色彩を得たかのように。
深紅の法衣を着た小さな少女が、石突きで大理石の床を打つ。
「騎士等共々、妾の贄としてくれよう」
――何か来る。
威降が握る悪風の刃。呪いの斬風が揺らめく闇を切り裂いた。
闇から絶叫がほとばしった。柱の陰から、天井から、無数の怪物が滲み出すように現れる。
そして棺から起き上がるのは亡者の怪物共か。
怒りに瞳孔が収縮し、敵の一体が威降に牙をむく。
威降に続き、イレギュラーズ達は次々と怪物へ猛攻を開始した。
まるで、はじめから知っていたかのように――
「……なるほど」
カマルの視線に鋭さが宿る。
ローレットは魔物がいるという情報を得ていたようだ。あえて伝えていなかったのだが。
騎士達に動揺が走るが。
「神が正義を望まれる!」
カマルが声を張り上げる。
「「――神が正義を望まれる!!」」
続く、騎士達の唱和。やはり練度は高い。
「あの化け物は勇者様方にお任せし、私達は制圧と参りましょうか」
カマル等、天義の騎士達が剣を抜き放ち、一斉に剣礼する。
騎士達の突撃が始まった。
暴徒達は数で僅かに勝ってはいるが、技量も装備もまるで違う。
剣と盾を構え、一糸乱れず突撃する騎士達の敵ではない筈だ。
しかし暴徒達は怯えもせず、奇声を上げて騎士達へ向かい飛び込んでいく。
斬撃。剣と剣が絡み合う。鋼の歌声。
盾を打ち、甲高い音と火花が散った。
騎士達とて殺さぬように戦うつもりのようだ。ハンディキャップにはなろうが、それでもやはり差がありすぎる。
瞬く間の内に、暴徒達は次々に浅い傷を負っていく。
一方的な戦いになると思われた。
だが。
突如一人の騎士が崩れ落ちた。
「まず一つ」
喉の奥で笑った紅法衣の少女が、その手を掲げた。
「妾はアストリア。汝等の飼い主となる者だ」
手の内で脈動するものを握りつぶし、投げ捨てる。
「欲する者。貴女もこの国の闇に呑まれて堕ちた者ですか」
枢機卿の装束とは――アリシスは思案する。皮肉な姿だ。
強欲。おおかた心から欲したものを決して得られないが故の渇望という所か。
「人間が、知った風に囀りおる」
嘲笑。されどアリシスは真っ直ぐに見返し戦乙女の槍を握りしめ――だが騎士達の反応は違っていた。
「あ、あなた。あな、あなた、様……はっ!」
アストリア枢機卿――――!?
「おや、知らんツラだが。その紋はエストレージャの騎士共だな?」
驚愕に見開かれる騎士を見やり、アストリアは喉の奥で笑う。
「なりません。魔種の甘言に惑わされては」
カマルの叱咤。
「ハッ……!」
動揺は隠せぬまでも、やはり統率はとれている。
「枢機卿を騙るなど冒涜と知りなさい」
「なるほど……この不信者共めが。まあ良い、どのみち同じ事よ」
アストリアは笑う。
だがともかく、騎士達には『そういうこと』になったようだ。
アリシスは思案する。本物の枢機卿とは驚いた。さながら獅子身中の虫といった所か。
「お取り込み中に悪いが――」
仮初の魔眼に光を宿し、アストリアの胸を紫電が劈く。
微かに遅れ、轟音。
身を焦がす憎悪と共に駆け抜ける一閃――魔眼心斬・鬼影。
「……お前はここから通さない!!」
クロバが二刀を構える。
「賢しい!」
魔種の瞳に怒りの炎が揺らめいた。
●
戦いは瞬く間の内に混戦へと移行した。
半円の陣は維持できておりシュテルンこそしっかりと護られているが、それでも数の差と敵の挙動が痛い。
そうなる僅か前。初手、月光人形マルティーナは狙い通りアベルに向かい、それを雪之丞が迎え撃つという格好だ。
イレギュラーズは癒やし手を護る陣を崩さぬよう、まずは怪物へ集中砲火を浴びせている。
アストリアも狙い通りにクロバへと向かい、戦局は堅調な滑り出しを見せた。
一方の暴徒はほとんど闇雲に殴りかかってくるだけで、その攻撃自体にはほとんど意味がない。
これもある程度、読み通りであろう。
だが最初の問題は暴徒達の数に起因していた。
暴徒達には連携もなにもないのだが、騎士やイレギュラーズへ相対する数にはかなりのばらつきがある。
数多くを引き受けてしまった際、幾度も避け続けていると、その隙を抉るように魔物の攻撃が殺到するのである。
これに危機を感じた騎士達は決死の応戦を始めた。カマルを中心に態勢を立て直し、一人また一人と暴徒の数を減らしている。
騎士団とイレギュラーズの連携はいまいちだが、そこには致し方ない面はあった。
綿密に連携するのも手段ではあったかもしれないが、慣れた指揮官の元で戦う優位もあろうから、メリットとデメリットが相殺される可能性もあるからだ。
そうした中で魔種はクロバと激闘を繰り広げていた。激しい攻撃の応酬は、人間対化け物という構図が故、人間側の耐久に厳しさが残る。
無論これはクロバの責ではない。戦わねば敵を退かせることも出来ない以上、そして魔種に自由な行動を許してしまえばとてつもない被害が予想出来る以上、攻撃的な抑えは極めて重要な役割と言えた。
これに伴いシュテルンやティミといった癒やし手は、必然クロバの援護に集中している。これも致し方がなかろう。
クロバは強いが、それでも魔種などという相手と戦い続けられている以上、彼女等はその役目を十二分に果たしていると言える。
故、後は魔物の数が減るのが先か、こちらの体力がこそげ落とされるのが先か。
戦局は僅かな間にそのような形へと推移しつつあった。
「どうしたものでしょうね」
鋼の驟雨で敵を一網打尽とするには、月光人形と怪物達の位置が離れすぎている。暴徒に当てぬ事は可能ではあろうが、だがここは。
アベルが選んだ一手。予測の弾丸は月光人形の肩を貫き、更に彼女の手を封じた。正に必中の狙撃手と言えよう。
「主よ、慈悲深き天の王よ」
聖句を紡ぎ、天の王に捧ぐ凱歌を振るう。
「彼の者を破滅の毒より救い給え!」
激情を胸に押し込め、ヴァレーリヤはマルティーナを悼む。
振り抜かれる重量。炎の旋風が月光人形を強かに打ちつけた。
哀れな操り人形。気高い聖女の模造品。魂を穢す者。
それでもおそらく月光人形(にせもののマルティーナ)は感情を持ち、意思を持ち――民の安寧を願い続けているのだろう。
『終わらせてやれ』
「分かってる」
狂気劇場から放たれる気糸がマルティーナの身を縛り、至近から放たれたティアの魔力が炸裂した。
残されたのはただ、汚泥。
月光人形。
額を流れる汗に片目を閉じ、クロバを癒やし続けるティミの脳裏によぎったものは兄と姉の思い出であった。
もしも現れたなら。その胸に飛び込んでしまうかもしれない。
たとえそれがまがい物だと思っていても――
「聖女マルティーナ、どうか安らかに」
アリシスの呟き。
自我をはっきりさせているとは、哀れなことだった。
黄泉帰りの自我の不安定は、どうやら意図して思考を制御されたものであろうか。
さておき。狂気を伝播する災厄の早期退場は、大方の予想外ではあったかもしれないが。アベルとティア、ヴァレーリヤ等の絶大な火力は驚くほどの効能を発揮したと言える。
誤算があったとすれば月光人形を、あまりにあっけなく接近に持ち込めた事だろうか。
だがそうでなければ作戦が成立し得ない以上、やるからにはその成功を前提とすべきだったろうか。難しい命題ではあろうが――
とはいえ為すべきは変わらない。
「さて……」
黒の聖典。第八の秘蹟。
「その魂――刈り取りましょう」
月の魔女アリシスの黒魔術。神の呪いを浴びた悪霊ゲニウスに、彼女は告死天使の刃をたたき込む。
「斬り捨てます」
一瞬でも早く。
凍狼が煌めく。雪之丞が放つ飛翔する斬撃が魔物の胴を寸断する。
「まだ動きますか……醜悪な」
グリード・ワーム。強欲の眷属。欲張りな生き物だ。
「崩折れよ、頭を垂れて眼を閉ざせ」
ティアが放つ穢翼の呪いが敵を蝕み。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
グリード・ワームのぞろりと生えそろった牙をかわして、跳ねた狐耶は固い弾力へ掌底を当てる。
「うへぇ。趣味じゃないんですがね。ええ、嫌がらせは続けます。こっちは趣味ですね」
最上式稲荷殺法――狐襲が炸裂した。
イレギュラーズは怪物へと猛攻を続け、僅か数十秒の内に三体を沈めるに至った。
騎士達は暴徒の半数程を戦闘不能な状態に追い込んでいるが、それでも数名が地に倒れ伏している。
問題は――
「付き合うておれんのでな」
クロバの元から飛すさり、
「七星守護――貪狼が煌めきよ。妾が命に従い異端者を打ち貫け!」
傲慢な詠唱に導かれ、展開する七星の魔陣が一星が一条の光線ガンマ・レイを放つ。
アストリアの膨大なエネルギーが暴徒もろとも騎士達の数名を瞬く間の内に沈めた。
「アンタを、許すつもりはない――!」
アストリアの背に、今一度の鬼影。
迸る雷閃は、しかし今度は浅い。
「ほざけ小僧。汝は後だ。嬲り殺してやるゆえ」
魔物は最後の一体。魔種は健在。暴徒は僅か。騎士は満身創痍。
「厳しいなぁ……」
威降のぼやきは、誰の胸にも去来するものを捉えている。押すか、退くか。既に事態はそういう状況だ。
この時ティミは決断を迫られていた。
クロバの援護か。魔物の撃破か。
微かな逡巡。
「そんなにヤワじゃないからさ。やってくれ」
その言葉を信じて。
「クロヴィ!」
ティミは相棒の名を叫んだ。
「……ああ」
ティミの影がゆらめき咆哮する。顕現した漆黒のチャーチグリム(クロヴィ)が怪物に食らいついた。
のたうち、幾度も叩き付けられ、それでも黒犬は喉笛を離さない。
「クロヴィ、お願い!」
食いちぎる。迸る血潮が怪物の最後を告げ――千載一遇のチャンスが切り開かれた。
「今しかないでしょうね……!」
暴徒達が威降へと殺到する。
「任せて!」
暴徒の一人を引き受けたアルテナの攻撃を皮切りに、イレギュラーズはターゲットを暴徒へと移行させた。
そうした中で、ティミの願いに応じた妖精達が瞬く間の内に暴徒達を打ち倒す。
その命は――少なくともイレギュラーズは誰一人として奪ってはいない。
劈く雷鳴。イレギュラーズの猛攻。
「おのれ小僧共!」
激昂したデモニアが、巨大な錫杖をクロバにたたき込む。
「……言ったろ。通さない、と!」
仮面を失った死神は、それでも可能性の箱を焼き、刃を構えた。
「シュテ……シュテルン……絶対。助ける……する……だから……!」
清浄な癒やしの光が、クロバの背を暖かく包み込む。
あと一撃耐えきれる。耐えきってみせる。
そこから――威降や雪之丞に委ねれば――戦局は!
後は――戦場の最奥でせせら笑う枢機卿装束のデモニア『アストリア』一体となった。
その筈であった。
「敵襲! 敵襲だ!!!」
満身創痍の騎士が悲痛な叫びを上げ――
●
殺到する黒装束の集団が、イレギュラーズ達を取り囲む。
「なるほど……」
そんな状況もアリシスにとってみれば、むしろ納得すら出来る所だ。
魔種側の増援と考えるのは無理がある
あからさまな襲撃タイミング、状況の演出は間違いなくカマルの仕業であろう。
「かかれ、小娘を捕らえろ」
冷たい声音。その刃が狙うのは――
「させま……せん……!」
――幾本もの剣に貫かれたティミがゆっくりと膝を折る。
喀血。愛らしい服の胸元が赤黒く染まる。
けれど。
「させませんから――ッ!」
可能性の欠片を抱き、ティミがアダマスの鎌を握りしめる。
「シュテ……ごめんなさ……なさい……だけど!」
おびただしい赤の中で、けれどシュテルンは己を奮い立たせ、ティミに癒やしの術を施した。
きっと己が狙われているのだ。あのカマルに。カマルの手先に。
こんな時に。どうして。
うそつき、うそつき、うそつき。
「仲間割れか? 人間共」
突然の乱入に舌打ちしたのは魔種だけではあるまい。
これ以上の戦闘を継続するには、イレギュラーズの傷は深すぎる。
おそらく作戦の僅かな不協和音が、火力の分散というほつれの原因となったろう。
魔種からすれば襲撃された上に、突然更なる邪魔者が現れたことになる。
騎士から見ても、黒装束の乱入者は新たな敵でしかない。その上満身創痍。最も厳しい状況に立たされているのは彼等カマルの部下達である
イレギュラーズ、騎士達。誰もが同じ思いを抱いたろう。
ただ一人――カマル自身を除いて。
だが彼の計画も破綻を始めていた。
ここは勝者なき戦場となりつつある。誰しもが戦略目標を満たすことが出来ていない。
そうした中で、客観的に判断するのであれば、もっともマシな結果を得たのは月光人形を撃破し、また原罪の呼び声を封じたイレギュラーズ達かもしれなかった。もっとも当人達はそうは思っていないのであろうが。勝ち得た成果は確実に存在する。
さておき。
「まあよい、まとめて殺してくれる」
魔種が七星の魔陣を展開する。
第一星貪狼が灼熱に輝き――
「七星守護――貪狼が輝きよ。妾が命に従い異端者を焼き尽くせ!」
おびただしい熱の奔流が炸裂し、星爆の大呪がイレギュラーズを襲う。
「シュテルン様、どうかこちらへ。私の命に代えてもここを逃れるよう……さあ!」
黒服の一人を切り捨て、カマルがシュテルンへと手を伸ばす。
嘘。うそ。うそつき。
だって今も、カマルには鳥兜(ウルフスベイン)が見えるから。
「シュテ、帰らない! カマル、うそつきっ!」
カマルのため息。
「困ったことです」
崩すことのなかったポーカーフェイスにも陰りが見える。
内心、彼も舌打ちを禁じ得ないであろう。
「ならば姫君は、勇者様方にお任せしましょうか」
黒装束が奪えればよし。
己が連れかえってもよし。
それらが無理でも勇者達へ好感を与える布石となればよし。
だがどれも無理だった。カマルとて己が命を守らねばならぬ状況という訳だ。
イレギュラーズの胸の内は苦い。
八方塞がりだ。
前門の魔種。後門の襲撃者。
既に大半のイレギュラーズが一度は可能性の箱をこじ開けている。
万事休す。か。
――そんな時だった。
「勇者を護れ!!!」
騎士の一人が声を張り上げる。
「神がッ!!」
血が滴る腕を押さえ、騎士達が立ち上がる。
「神が正義を望まれる!!」
――神が正義を望まれるッ!!
――――神が正義を望まれるッ!!!
必要な命と己が命。
それを天秤に乗せた時。
天義の騎士は正義をためらわない。
騎士の剣が黒装束を切り裂き、反撃の刃を突き立てられる。
血を吐き、それでも彼等は吠える。
『ティア……』
「分かってる。分かってる、けど!」
彼等を。騎士達を犠牲にして。助かれと言うのか。
勇者と呼ばれるイレギュラーズが。
護るべきものを前にして。
「見捨てろと!?」
ヴァレーリヤが激怒した。倒れた民達を、貧しい人々を、その命を見捨てろと言われている。
「マルティーナ……私は……!」
救いたい。救わねばならない。
けれど――それでも。イレギュラーズには果たさねばならない約束がある。
離脱にせよ、魔種の猛攻を受けつつ、襲撃者を退けながらの脱出となる。
全員の協力が不可欠だ。
誰一人、この場に残ることは許されない。
ティアがシュテルンの手を握る。
「行こう」
「シュテ……だけど……」
イレギュラーズが逡巡する。アベルと威降が油断なく動向を伺う中。
決断の時が迫っていた。
「あの邪悪を滅ぼせるのは、あなた方しかいない!」
騎士が叫ぶ。
「ここは! お退き下さい!」
けれど。
「我等が覚悟を! どうか!! どうか!!!」
命を振り絞り突撃する騎士が最後に願った。
生きろと。
勇者達が抱く可能性を信じて。
カマルは既に姿を消している。
黒装束の集団は騎士と交戦しながらも間合いを狭めている。
魔種の術式が再び光りを放ち始め――
――
――――
戦い続けるならば。
散った命が賭けた希望を。魔を討ち果たす使命を背負い続けるならば。
――誰しも決断せざるを得なかった。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
依頼、大変お疲れ様でした。
あと一歩だったのではないでしょうか。
どうか怪我を癒やして下さい。
MVPは考え得る限りの究極的最悪を未然に防いだ方へ。
いくつか称号が出ています。
それでは、皆さんにまたお会いする日を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。全体依頼+関係者な感じです。
こちらの依頼に参加した方は、天義から直接ご指名があったということになっています。
背景情報は複雑ですが、為すべき事は単純です。
難易度自体はHARDです。
攻略に徹するも良し、事態をより最終的解決に近づけるも良し、あんなあいつに一杯食わせてやるも良し。
後は皆様次第です。
●目標
『成功目標』
・月光人形マルティーナの討伐(必ず殺す)
・暴徒の鎮圧(生死逃亡問わず)
『やるはめになること』
・魔種と取り巻きの魔物を撃退(生死逃亡問わず)
・突然現れる襲撃者を撃退(生死逃亡問わず)
魔種等『やるはめになること』の存在はプレイヤー情報ですが、もちろんプレイングに盛り込んで頂いて構いません。
●ロケーション
罪を犯した人達が弔われている広大な地下墓所です。
皆さんは共闘する騎士達と合流し、ここへ来ます。
暴徒と魔物がおり、後ろに魔種とマルティーナが居ます。
棺や祭壇、柱なんかがありますが、雰囲気です。
とっても広いです。
地形や灯りの心配も無用です。
中にはマルティーナと魔種アストリア、とりまきの魔物が居ます。
不利になった場合、あるいは一定の時間が経過すると謎の黒装束集団が襲撃してきます。
どれもやっつけて下さい。
●敵(最初から居る)
『月光人形マルティーナ・ディ・パッティ』
当人の人格そのものは非常に真っ当ですが、操られるがままに交戦してきます。
神秘属性遠距離の回復や攻撃を行います。
弱くはありません。
『魔種アストリア』
非常に強力な魔種です。
枢機卿服を纏った銀髪紅眼の少女に見えます。
属性は『強欲』です。
月光人形を操っているようです。
・ラヴィッシュ(A):物近単、出血、必殺
・ガンマ・レイ(A):神超遠貫、万能、致命、弱点、暗闇
・スターフレア(A):神遠範、火炎、炎獄
・ウルサ・メイヤーα(A):???
・ロバーソウル(P):物理通常攻撃が連、HP吸収を持つ。
・グリードヘイロー(P):???
『バリィド』×8体
アンデッドです。
至近から殴るだけですが、弱くはありません。
『ゲニウス』×2
遠距離攻撃を得手とするモンスター。なかなか強力です。
『グリード・ワーム』×2
近距離攻撃を得手とするモンスター。なかなか強力です。
『暴徒』×25名
統制も連携もなく襲いかかってきます。
武器は持っていますが、普通の人々です。
とても弱いですが、原罪の呼び声による狂気伝播の影響下にあります。
言葉が通じる状態ではないでしょう。
●敵(突然現れる)
『黒装束』×15名
リーダー一名以外は強くありません。
しかし数は厄介です。
ダガーやボウガン等で武装しています。
●味方NPC
普通に共闘してくれます。
『カマル・フェンガリー』
今回のマルティーナ討伐隊の指揮官。
天義名家エストレージャ家お抱えの騎士団長です。
「本件はそもそも我が身の不徳が至る所。どうかご助力を」
などと丁寧に述べます。
依頼にシュテルンさんが参加した場合、彼は大いに驚いたそぶりを見せます。
・連れ戻しに来た訳ではない。
・シュテルンが居た事を父(バーロン・エストレージャ)には言わない。
・守る。
三点を約束してくれます。
『騎士』×10名
カマルの部下達です。
それなりに戦えます。
防御技術とHPが高め。
●情報精度D
背景情報に不明点が多数あるためです。
記された情報自体に嘘はありません。
攻略に絞るなら敵能力の不明を考慮したとして、B-程度でしょうか。
がんばってみてください。
●同行NPC
・『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
皆さんと同じぐらいの実力。
両面型。格闘、魔力撃、マジックミサイル、ライトヒールを活性化しています。
皆さんの仲間なので、皆さんに混ざって無難に行動します。
具体的な指示を与えても構いません。
絡んで頂いた程度にしか描写はされません。
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