PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<クレール・ドゥ・リュヌ>其の稚い指先で

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 人間が好きだ。
 倒れても起き上がる、笑い合って生きていく、そんな人間が好きだった。
 信仰心がない訳では無かったが、俺は神に祈るのではなく、感謝していた。
 カミサマ、俺を人間として生んでくれてありがとう。
 この小さな孤児院で、笑い合って、貰い手が見つかったら泣いて別れを告げて。
 それでもきっとまた会えると、お互いに希望を持って前に進んでいく。
 それが生きていく事なのだと。命を繋いでいく事なのだと。

 数日前、熱病で死んだはずの妹が帰ってきた。
 シスターは直ぐに妹を隠し、俺にも他言無用だときつく言いつけた。あんなに必死で――悲しそうなシスターを見るのは、初めてだった。
 其の時は其れで良いと思ったんだ。妹が帰ってきたのがどうしてかは俺は知らない。けれど、生きているのならまた笑い合えると、思ったんだ。
 笑い合えていたんだ。数日前までは。

 俺は人間が好きだ。
 人間が、――人間の中身が好きだ。
 例えば俺を慕ってくれる弟の腹を裂いて、中身を調べたら何が出て来るだろう。信心というものはその中にあるのだろうか?
 例えば妹を守るシスターの頭を割ったら、そこに信心や愛はあるのだろうか?

 やってみたい。
 やってみよう。


●危急の知らせ
「天義での黄泉還りは皆知ってるよね」
 地図を出しながら、グレモリー・グレモリー(p3n000074)は一同に告げる。死んだはずの人間が、何故か戻ってくるという一連の事件。中央部からの申請によるローレットの迅速な対応により、天に還った黄泉還り達もいたのだが――
「どうも、事態が妙な方向に転がっているみたいだ。ええと……サーカス、だっけ? サーカスが幻想に来て少しして、妙な事件が多発しただろう。あれと似た事がフォン・ルーベルグで起きているようなんだ」
 僕はその時は情報屋ではないので、詳しい事は知らないんだけどね。そういって、地図にマルを付けるグレモリー。
「つまり、狂気に囚われたかのような人間による事件の多発。――此処からはレオンの受け売りになるんだけど」
 つまり、死者の黄泉還りと今回の事件はまず間違いなく関連している。そして狂気に囚われた人間――『原罪の呼び声』。まさに<嘘吐きサーカス>の再来ともいえる。
 しかし疑問が残る。サーカスと違って今回の黄泉還りは散発的な事件だ。何かを見た・聞いたという共通点は見受けられない。では何が彼らに狂気をもたらしたのか?
「知らない赤の他人より、身近な親しい人間。……黄泉還った人間たちが、狂気のアンテナになってるんじゃないか、という推測が主だ。そして“彼ら”は恐らく其れを自覚していない。困った事だね」
 でも、レオンが言っていたよ。“ローレットが対応していて良かったな。していなかったらしてなかったら水面下に潜んでた爆弾は今の比じゃなかったぜ”って。
 グレモリーは淡々と語る。黄泉還った人間すべてが狂気のアンテナで、周囲に『原罪の呼び声』をまき散らしていたら。――背筋の凍るような話である。

「さて、君たちに入って欲しいのはフォン・ルーベルグの端にある孤児院だ」
 先程マル印をつけた箇所を指差すグレモリー。
「どうも少し前から様子がおかしかったらしい。買い物の量が増えたとか、シスターがきょろきょろしているとか。――まあ、判るよね。戻ってきていたみたいなんだ。でも問題は其処じゃない。恐らく……この孤児院の人間は“ほぼ皆殺し”にされている。犯人は判らないけれど、シスターか孤児のどちらかだ。君たちには確認と対処をお願いしたい」
 今回の事件はみんな秘密にしたがるから、情報が余り入って来ないんだ。困ったね。
 ぼさぼさの髪を乱してグレモリーが言う。彼にしては珍しく、苛立っているようだった。
「誰かを隠匿していてみんな無事なら、隠匿された誰かを天に還さなきゃいけない。……もし手遅れだった場合は、掃除をしてほしい」
 多分、手遅れだと思うけどね。
 ぽつりと呟いたグレモリー。其の一言には多くの諦めと、僅かな悲哀が滲んでいるように聞こえた。

GMコメント

こんにちは、奇古譚です。
罪は罪を呼び、無辜の民は怪物になる。
今回はそんなお話。

●目的
 孤児院を調査し、狂気のアンテナを破壊せよ

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●立地
 天義首都「フォン・ルーベルグ」の端にある小さな孤児院です。
 数人のシスターが主だって孤児たちの世話をしていました。

●敵
 グレモリーの推測通り、孤児院は子ども2人を残して全員殺害されています。
 孤児院を訪ねる人がいないためまだ明るみに出てはいませんが……
 エネミーは下記。

 少年x1
 黄泉還った少女x1

 少年は鈍器を背負い、刃物を持っています。
 とても足が速いです。初手から懐に入られることも想定した方が良いです。
 少女は奥の部屋に隠れ、絵本を読んでいます。
 一見するとまともに見えますが、『原罪の呼び声』のアンテナであることをお忘れなく。
 説得出来る相手ではありません。天に還すには直接手を下す必要があります。


 悲劇が一転、狂乱の場に。
 それを見て笑うのは誰か、まだ判りません。
 しかし、事態を収められるのはイレギュラーズだけでしょう。

 アドリブが多くなる傾向にあります。
 NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
 では、いってらっしゃい。

  • <クレール・ドゥ・リュヌ>其の稚い指先で完了
  • GM名奇古譚
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年05月28日 21時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エーリカ・メルカノワ(p3p000117)
夜のいろ
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
アリシア・アンジェ・ネイリヴォーム(p3p000669)
双世ヲ駆ケル紅蓮ノ戦乙女
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
シラス(p3p004421)
超える者
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
リリアーヌ・リヴェラ(p3p006284)
勝利の足音

リプレイ

●聖なるを崇める魔窟
 どろり、と粘質な空気が建物の周囲を囲んでいた。
「……どうやらあそこだな」
 地図を見なくても、もう判る。大きく古めかしく、天義の象徴を屋根の上に掲げたあの建物が孤児院。物陰から見つめ、『憤怒をほどいた者』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は努めて静かに溜息を吐いた。無理もない。聖なるにみえるあの中はブラッドバス。どれ程の絶望と死が待っているのか、想像するに余りある。
「空気が淀んでいる……周りの人は気付かないのかしら」
 黒い衣を纏い、『夜鷹』エーリカ・マルトリッツ(p3p000117)は服の袖で口元を抑える。今にも血生臭い香りがしてもおかしくない、そんな雰囲気なのに。――『勝利の足音』リリアーヌ・リヴェラ(p3p006284)は静かに頭を振るう。
「シスターが少女を囲った日から、静かにこんな雰囲気になっていったものだろうと思われます。シスターはもしかすると……幸せな結末にはならないと予感していたのかも知れませんね」
「ガスマスクしてて良かったと思った日が来るとはネ。でも、傍目に見ても不気味になっちゃってマア……」
 『ガスマスクガール』ジェック(p3p004755)が愛銃を確認しながら、孤児院の周囲を見渡す。人通りはなく、皆が家に籠ってしまっている。この空気のよどみの所為だろうか。
「子どもに外道を演じさせる……酷い脚本家がいたものだ」
 果たして其の“脚本”が、この天義にどれだけ散らばったのやら。『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)――稔が呟いて、肩を竦める。
 孤児院は静けさを守ったままだ。まずウェール、『閃翼』シラス(p3p004421)、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が先行し、中を確かめる事になっている。
 3人は頷き合い、孤児院へと空気を分け入るように進んでいく。リリアーヌは前後の間、いわば中衛に配置、他の4名は物陰で待機。巧く少年を引きずり出せれば外で、そうでなければ後続として中へ突入、戦闘に加わる。
「(幸せな黄泉還りに見せ掛けた策。――度し難い)」
 重い沈黙の中、『ひとりの吸血鬼』アリシア・アンジェ・ネイリヴォーム(p3p000669)は眉を寄せた。


●惨劇の痕
「生きてる人間、いると思うか?」
 シラスが問う。其の口ぶりには“俺はいないと思う”という意見がありありと浮かんでいる。
「……いなかったとしたら、墓が増えるだけだな」
「そうね。生きてる人間がいるようには見えないわ」
 そして、まともな人間もね。
 ゴーグルで目を覆い、布で口元を隠し、司書――イーリンが呟く。間もなく扉に3人は到着し、最前のウェールが慎重に扉を開けた。

 ずるっ……ずるっ……

 音がする。
 開くと真っ直ぐにカーペットが敷かれてあり、周りには長椅子。典型的な教会の作りが、一同を出迎える。
 3人は顔を見合わせた。奇襲の気配はない。探索に特化したウェールが、周囲を見回す。気配は2人分――しかし其の思考を掻き乱し、胃の中を空にしたいと思う、酷い臭いが鼻をついた。
 血の香り。肉と内臓が腐った香り。鉄の香り。腐った食物の香り。
 あらゆる悪臭をミキサーにかけたような香りと、暗闇の中でなお生える赤黒い染み。染みは壁にまで飛び散り、――彼らの眼前に、やがて少年が現れた。

 ずるっ……ずるっ……

 何かを無心に引きずっている。何かとは何か。見てすぐに判る。……子どもの遺体だった。力ない肉の塊を、服を掴んで引きずる少年。背中には幾つかの鈍器を背負い、包丁を咥えて、一生懸命に子どもを――何故? 子どもを祭壇の前に並べている。

「ん? あ! こんにちは!」

 なんという事だろう。少年はこちらに気付くと、包丁を手に持ち快活に声を上げ、手まで振って見せたのだ。
 シラスは反吐が出る思いだった。何人も殺しておいて、こんにちは、だと?
「ごめんね、いま皆を並べてる途中で……何かな? 郵便屋さん?」
「……いや、俺たちは郵便屋さんじゃない」
「え? じゃあ何?」
「……貴方を確保しにきたのよ」
「? カクホ? 困ったな……皆を並べて、信心を神様に見せなきゃいけないんだ」
「信心だと?」
「うん。ほら」
 言うと包丁で、死体の腕を衝く。どろり、死者らしく勢いのない血液が流れだす。
「!」
「ほら、まだ流れる! これが“信心”だよ! みんなを刺したり殴ったりしたら、信心があふれて来たんだ! 其れを俺は神様に教えたい! みんな、みんな、敬虔な信徒でしたって! 信心が噴いて溢れて、皆抵抗したけど、あれはきっと信心がなくなるのが怖かったんだね! でも、俺が確認したらみんな静かになったよ、だから其れを神様に報告しないといけないんだ! あのね、頭を割ったらそのなかにいっぱいピンク色の」
「クッソ、もう黙れよお前!!」
 シラスが叫び、其の声量を利用して一瞬集中の境地に入る。ぱぱん、と鳴らした不揃いな手拍子は、少年の意識を彼に向けるには十分で。
「お兄ちゃんにも信心がありそうだね。見せてよ。俺、見たいなあ」
「見たいならこっちに来やがれ。嫌って程見せてやるよ、お前の信心も!」
 シラスが駆け出す。ウェールとイーリンも駆け出す。一同は(恐らく少女を残し)聖堂の外へ。
「ご無事ですか!」
「大丈夫だ! 外に誘き出す!」
 扉外で待機していたリリアーヌも駆け出し、一同は扉前の階段を降り……孤児院前を決戦場とする。


●ロンド
「……来タ」
 ジェックが呟くと“黒の亡霊”を構える。駆けて来る4人、追って来る頭から足先まで赤黒く染まった少年が1人。誰かが傷付いている様子はない。
 ジェック以外の3名が駆け出し、ウェール達4名と合流する。ジェックはスナイパーのため、路地に残る事にした。孤児院の中なら移動する必要があったが、街路なら問題あるまい。
「(……シカシ、酷い格好だネ。真っ赤になっちゃってサア)」
 こちらにまで血の香りがしそうだ。うえ、と舌を出す。

「鬼ごっこ、アシェが好きだったなあ。アシェは直ぐに大人しくなったんだ。僕に懐いてたからね。頭を叩いたら沢山沢山赤とピンクの信心を出して、大人しくなったよ」
「……信心?」
「聞かねえ方が良い。こっちがイカれる」
 不思議そうに首を傾げた稔に、シラスが頭を振る。そう、相手は呼び声によって正気を失っている。こちらが確保しますといったところで、はいそうですかと大人しくなる相手ではない。
「お兄ちゃんの信心、見せてよ」
 少年が笑い、走り出す。――と思った時には、既にリリアーヌがシラスを庇うように動いており……少年がバットを振り上げ、振り下ろし、彼女の腕が軋んでいた。
「……脚には自信あり、ですか……良いですね、勝負しましょう」
 言いながらも、内心舌を巻いた。少年の半ズボンから下にチラと視線を移せば、ぽつぽつと内出血の痕が現れつつある。己の身体限界すら上回る、速度に優れるリリアーヌが辛うじて追える程度の機動力――
「お姉ちゃん、神様を信じる? 信心ってある?」
「そうですね……信じるかどうかは別にして、信心はあっても良いのではないかと思いますよ」
 少年を逃がさないようマークしながらのクイックアップ、何処まで追い付けるか。
「やあああっ!」
 ぶちり、親指を噛み千切り血(しんじん)を流し、武器に塗りつける。其れは紫色に照る炎となって、アリシアの武器に絡みつく刃となる。リリアーヌが引き受けているうちに斬り付けるが、少年は素早く後ろに下がってこれを避けた。
「あははっ! 騎士ごっこのちゃんばらはロムスが好きだったんだ! 腕を叩いたらすごく泣いて、可哀想な事をしたなあ! でも、お詫びにたくさん信心が見えるようにしたから、大丈夫だよね?」
「……ッ!! 皆様! 惑わされないでッ!」
「そう、惑わされちゃだめ……!」
 少年が紡ぐ言葉に、頭がクラクラしそうだ。幼い言葉で紡がれる、淡々とした殺人の記憶。彼は其れを“信心の証明”と疑わない。噴き出す血が、零れる脳漿が信心だと疑わない、いとけない狂気。
 アリシアとエーリカが声を上げ、己と仲間を鼓舞する。エーリカは己の生命力さえも仲間への鼓舞に変えて、解き放つ。
「台詞には切れ味があるが、いまいちシチュエーションが古臭いな。棺と化す大聖堂、ありがちなテーマだ」
 Starsは批評で己を保ちながら、呪術を少年に放つ。――少年は孤児院育ちだから、神秘攻撃を知らない。何をされたのか判らないまま、何かの衝撃に倒れ込む。

「――そこだネ」

 びすっ、と痛ましい音がする。
「……あれ?」
 少年は、何をされたのか判らなかった。膝がぶわっと熱くなって、ぷしゅ、と赤い信心が溢れ出す。
 ジェックの弾が、あやまたず少年の膝皿を打ち砕いた。少年は片手に持った赤黒いバットを杖に立ち上がる。
「あはは、……お、俺にも信心って、あったんだ……神様にお祈りするの、時々サボってたんだけど……」
「其の状態で、まだ立ち上がるのですか……」
「あは、あはははへひゃ、ひぇはひ……」

「――……お兄ちゃん?」


●クレール・ドゥ・リュヌ
 混じり入ったか細い少女の声に、少年を含めた全員が孤児院の入り口に目を向けた。
 其処にはネグリジェを纏った、亜麻色の髪の少女が一人。足元だけを血に汚し、一同を眠たげに見下ろしていた。
「カージュお兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、る、ルチュ……俺は大丈夫、大丈夫だよ……ちょっと信心が、そう、神様への思いが溢れて、はひゃ、えひ、ひひひひひひ」
「あれが……」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、だれ?」

 ぐわん――

 其の見下ろす視線を受けた瞬間、何人かの視界が歪み、思考が眩んだ。
 こっちへおいで。こっちはとても甘いよ。素敵なもので一杯だよ、世界を素敵だと謳歌できるよ――

「……っ、ダメ……!」

 エーリカが耳を塞ぐ。これ以上聞きたくないという風に。
 純種を苛む原罪の呼び声が、たった少しの視線だけでもたらされる。
「これは……成る程、悪質で逆質のデウス・エクス・マキナ。さっさと壊さなければまずいか」
 Starsが少女に手を向ける。呪術を発動しようとした其の刹那――
「あhyはへひゃひひひひひきkっききいぃしんじんしんじんしんじんしに!」
 奇声を上げながら飛び掛かった少年――カージュ。思わず庇いに出たウェールの頭部を、したたかにミートハンマーで打ち付けた。
「ぐあ……っ!」
「るちゅるちゅりゅちゅるちゅるちゅるtりゅtyるちゅ」
 ぐるぐると目が回る。其れは比喩表現ではなく――少年の眼球が人形めいてグルグル回り、やがてゆっくりとイレギュラーズに視線を定める。膝からぼだぼだと血を流しながらも、痛みに耐える様子は見受けられない。
「……ルチュには手出しさせない。彼女はやっと帰ってきたんだから。熱病で神様のところへ行ったけど、俺たちが寂しがってるからって、神様が返してくれたんだ!」
 ――……誰も、何も言えなかった。
 少年の豹変ぶりに、ぞわりと背筋を冷たいものが奔る。これが狂気。月に魅せられるより、神に愛されるより、もっともっと粘質で深い、狂気。
「……っ、お前だけだ……!!」
 最初に口を開いたのは、ウェールだった。最も近い彼はカージュに手を伸ばし、一息に抱き寄せる。
「お前だけなんだぞ! 墓を建てても、其処に行って好物を供えてやれるのは、お前だけなんだ! どんな人だったかを忘れずに過ごしていけるのは、もう“お前だけ”なんだ!! 其れが、家族の死も悼めない怪物になって死んでいくのか? 人間に戻れずに、死んでいくのか……!? なあ、こっちに戻ってこい! 狂気に負けるな、過去に負けるな……! 犯した罪は軽くないが、お願いだ、強く、」
「……おじさんの信心、暖かいね」
 ウェールの願いは空しくも砕け散る。少年は優しく強い彼の声に、たった一言そう返した。急所に突き立った包丁。至近距離、こんなに簡単に信心を見せてくれるんだね、おじさん。
「――……くそ……ッ!!」
 ウェールは小さな奇跡が己の内で弾けるのを感じながら、腰の刀を抜いた。黄色い炎が少年を包み込み――優しい其の光で体力のみを奪う。
「大丈夫? 今縛るわ」
「俺より先に彼だ……頼む」
「傷は俺が癒やす。倒れてくれるなよ」
 駆け寄ってきたイーリンとStarsに、ウェールは少年を託す。べっとりとウェールの体前面についた赤色は、果たして誰のものなのかも区別出来ない。
 イーリンは手早く少年に猿轡を噛ませ、手足を縛る。微塵も動く隙を与えないようにしっかりと入念に縛って、横合いに引きずる。
「彼は私が見張るわ。貴方達は人形をお願い」
「ああ」
「ヒールはしたが無理はするなよ」
 ウェールは脇腹から包丁を引き抜き、鮮血(しんじん)溢れる傷口をStarsが癒やす。そして彼は立ち上がり、月光人形に対峙する。


●エンド・ワルツ
「お兄ちゃんに酷い事しないで……」
「大丈夫、彼は私たちがしかるべきところへ保護するわ。でも、あなたは……」
「………。私を、殺すの……?」
「殺すんじゃない、壊すんだ。勘違いすんな」
 エーリカは目を伏せ、シラスが突き放す。人形相手に掛ける情はなく、呼び声を振り撒く元凶にはさっさとご退場願わなければならない。
「戦闘を開始、目標を破壊します」
 リリアーヌもまた、冷たく告げる。少年は生きているが、少女はもうこの世の人ではない。お前は此処に生きてはいけないと教えるのもまた、イレギュラーズの仕事の一つ。
「やめて! こっち来ないで!」
 どっ、と大気がたわみ、見えない弾が放たれる。
 リリアーヌとウェールがすかさず前に出て、少女の攻撃を水際で食い止める。
「神秘の範囲攻撃……ですか」
「腕力はなさそうだからな。予想できる範囲だ」
「……どうかご無理はなさらぬよう」
「判ってるさ」
「やだ! やだよお! わたし、やっとかえってきたのに! お兄ちゃんお姉ちゃんのところに帰ってきたのに、やだよお!」
「うるさいナ。タダの泥人形に、アタシは何の思い入れもナイ」
 じわりと距離を詰め、射程距離を探るジェック。じわりと目に涙を浮かべる少女にも、(ガスマスクで隠れた)表情一つ変える事はない。
「やだ!! やだやだやだやだ!!」
「故人を模していたとしても、人形ならば情けは不要……!」
「きゃっ……!」
 少女の死角――背後から、影が伸びて一直線に幼い体を切り裂く。アリシアのシャドウオブテラーが、少女を明るみへと押し出した。
「ごめんね、……あなたの、……みんなのことも、一緒に背負うから」
 エーリカが呟いて、再度生命力を皆の鼓舞へと変える。今度こそ、一撃で仕留められるように。人形として黄泉還ってしまった存在が、安らかに眠りを迎えられるように。
『カージュの苦しみと悲しみは、俺たちも一緒に背負っていくから。だから、恨むなら恨んでくれて構わない』
 Stars――虚が庇いに出た二人にハイ・ヒールで癒しを施す。
 少女はシャドウオブテラーに斬り付けられて、転ぶように階段を降り……其れでもせめてもの抵抗と、魔弾を繰り出す。
「ここは通しません。傷付いた彼らのためにも」
「悪いな……カージュは眠ってるんだ。起こさないでやってくれ」
「お兄ちゃん……カージュお兄ちゃん……!」
「悪い夢だったんだよ」
 シラスが拳を構える。
「終わらせてやるから、目ェ瞑りな」
 其れは、彼のせめてもの優しさだった。少女を眠りへいざなう、そんな声色で。

 暫くの間、轟音が鳴り響く。
 少女の悲鳴と、大気がたわみ、ぶつかりあう音。剣戟。
 そして暫くして、……すべてが終わり、静かになった。


●おやすみ、みんな
「孤児院の後始末、大方は終わったわ」
「確認できた遺体は全て埋葬しました。生存者は……」
「……遺体にはエンバーミングを施したから、……綺麗に埋葬出来た、はずだよ」
「あれだけやれば十分ダヨ。お疲れ」
 イーリンとアリシア、エーリカ、そしてジェックは、孤児院内の清掃と遺体の埋葬を行った。
 院内は酷いものだったが、遺体はほぼ一か所に集められていた事、切り傷と打撲傷が主だった事、この2点のお陰で埋葬は手早く終わった。生存者はゼロ。つまり、あの場所で生き残ったのはカージュ一人という事になる。

「皆さん、終わりましたか」
 リリアーヌとウェールが戻ってくる。彼らは周囲の家々に、状況を説明しに行っていた組だ。
「周りへの説明と、少年が戻ってくるまでの墓の手入れについて話を付けたぞ」
「免罪符のお陰でスムーズに事が進みました。受け入れ先を探すときにも使えそうですね」
「じゃあこれから探しに行こうぜ。改めてというのも変な話だし」
 シラスがいう。そうですね、集まっている今なら。とリリアーヌも頷く。
 Stars――虚はそれを見ながら、未だ眠る少年を見下ろした。彼はまだ、狂気の中にいるのだろうか。どうしてこうなってしまったのか。人形の作り主は、どんな顔で自分たちを見ているのだろう。
 絶対に許さない。相応の報いを受けさせてやる。
 そう心に決意の炎を灯しながら、彼は拳を握るのだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 死ぬのが幸せだったのか、生きるのが幸せなのか。
 その後の少年の人生は、ローレットの息がかかった相応の施設に委ねられることになるでしょう。
 ただ、少なくとも彼の背負った罪は消えません。皆の信心を証明した代わりに、彼は神に愛される事のない罪人へと落ちたのです。
 でも、孤児院に狂気が満ち溢れるよりは――幸せだったのかも。どうでしょうね?

 ご参加ありがとうございました。

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