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シナリオ詳細

アンダー・ザ・ローズ~追憶の節
アンダー・ザ・ローズ~追憶の節

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●とある画家の切望
 私は――恵まれた方だと思う。
 魔術師として大成する夢に破れ、ならばと絵筆を執った。本当は魔術師としてありたかった、そういう“未練”を絵として発散していたら、地方貴族から援助の声がかかった。
 間違いなく、画家としては成功したと言えるだろう。
 しかし「これで良いのだろうか」と、いつも自分に問いかけている。
 其れは誰もが同じだった。妻を亡くしたパトロンの未練を絵に描き、彼には大変喜ばれた。正確にいえば、喜んでいるようで懐かしんでいるようで、過去に捉われている己に悲しんでいるようにも見えた。
 ああ、誰もが己に疑問を抱きながら生きているのだと、其の時思った。だから、其の疑問が少しでも消えればいいと、ひたすらに未練を描き続けた。
 しかしどうも、最近筆が奮わない。
 パトロンの未練は描き尽くした。というより、これ以上彼のプライベートに踏み込んではならないと、僅かばかりの倫理が警告している。
 幼子ならどうかと街中で覗いてみたりもしたが、曖昧模糊として絵にならない。
 友人なら漠然とした幼子の夢も、形にするのだろうか――そう考えて、友人が新たに手に職を持ったという噂を思い出した。
 そうだ、ローレット。
 どんな依頼でも受けるという彼らにも、未練はあるのだろうか。
 あるとすれば、どんなものなのだろうか。
 これは興味だ。私は友人に連絡を取るべく、久方ぶりに羽ペンを執った。


●ローレットにて
「画家はパトロンが付くまでが勝負だ。知ってるかな」
 グレモリー・グレモリー(p3n000074)はそう切り出した。さらさらと、小型のキャンバスに鉛筆で何やら描きながら。
「パトロンが付けば基本的に画材にも資料にも困らないからね。でも、パトロンを得るには彼らの心を掴まなければならない。その辺りで、僕は失敗したんだけど――知り合いにクライクス・ジュモーという画家がいる。彼は数少ないパトロンを得た画家の一人だ」
 ぱたり。
 一段落したのか、キャンバスを伏せて置き、グレモリーは改めて一同を見渡す。
「何度か他の人にもお願いした事があるんだけど、彼は魔術師に師事していたことがあってね。人の心を覗く術を会得している。今回は、彼に心を覗かれてきて貰いたい。……ごめん、語弊があったかもしれない。彼に過去の未練を見せてあげてほしい」
 グレモリーは小首を傾げる。曰く、クライクスが主に描くのは「人の未練」。あれが欲しかった、これになりたかった、失ったもの壊れたものへの追憶……などなど、様々な未練を垣間見、噛み砕いて絵画にしてきたようだ。けれど、身近な人間の望みはあらかた描き終わってしまったのだという。
「彼は筆が速くてね。仲間内でも有数の速さで……だから、ネタが尽きてしまったんだろうね。君たちに“未練を見せて欲しい”という依頼なんだ」
 今までにも、怒りとか恐怖とか、見せて貰った画家がいるよ。彼らはいま制作に打ち込んでいるんだけどね。そう言って、キャンバスのふちを撫でるグレモリー。
「君たちの力を借りたい。……僕? 僕は、余り過去に興味を持たないから。覗かれた事はあるが、絵にならないと言われてしまったよ。だから力にはなれない。――君たちは色々な依頼をこなしてきたと思う。そんな君たちだ、“あの時ああしていれば良かった”という事の一つや二つ、あるんじゃないかな」
 キャンパスを撫でながら、いやに穏やかにグレモリーは語った。
 地図を取って来るよと席を立った彼。残されたキャンバスには何が描かれているのか。誰もがそれをめくれずに、己の過去に思いを馳せていた。

GMコメント

 こんにちは、奇古譚です。
 グレモリーの友人がネタ切れを起こしました。ここまでテンプレ。
 関連性は殆どありませんので、今までのストーリー知らない、という方もお気軽にご参加ください。
 今度は「未練」です。割と裕福な画家のようですが……

●目的
 奇怪画家「クライクス」を助けよう

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●立地
 住宅街にある広めの一戸建てです。
 パトロンのお陰なのか、羽振りは悪くなさそうな感じです。
 家の中には画材や資料がたくさんあります。

●エネミー?
 クライクスの作り出す幻影

 真っ暗闇の中に、貴方の未練と伴う過去が映像となって現れます。
 それは無音かも知れませんし、モノクロかも知れません。
(お好きにプレイング内で指定してください)
 貴方の心情を一定時間映すと幻影は消え去り、元の景色が戻ってきます。


 基本的に個別描写です。
 また、アドリブ描写が多めの傾向がありますので、プレイング通りに記載して欲しい!という方も明記をお願い致します。
 では、いってらっしゃい。

  • アンダー・ザ・ローズ~追憶の節完了
  • GM名奇古譚
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2019年05月17日 21時40分
  • 参加人数 8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)
死神二振
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
守護する獣
ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人
清水 洸汰(p3p000845)
雲水不住
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
愛の吸血鬼
クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)
幻灯グレイ
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
クリスティアン=リクセト=エードルンド(p3p005082)
煌めきの王子

リプレイ


「やあどうも、いらっしゃい」
 広い庭、白い石造りの家。
 そこに追憶の画家“クライクス・ジュモー”は住んでいる。
 画家らしくない家だ、と『崩消の仮心』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は一同の後ろで周囲を見回していた。『雲水不住』清水 洸汰(p3p000845)も思った事は同じのようで。
「なあなあ、兄ちゃんは金持ちなのか!? 絵描きってみんな魔法使えるのか!?」
 と、ジュモーを質問責めにしていた。
 薄い金髪の優男――クライクスは、いや、と照れ笑いしながら否定する。
「魔法が使える画家はそういないよ。君たちに此処を紹介したグレモリーだって、魔法は使えないはずさ。僕たちは同じ魔術師の弟子だったんだけど、そろって破門されてね」
「破門ですか? 一体何をしたんです?」
「ふふ、其れは秘密。まあ、悪戯を少々、とだけね」
  『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)が首を傾げる。けれど、ジュモーは指先を唇に添えるだけ。
「未練……か」
 そんなものは一つしかない、と『憤怒をほどいた者』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は思う。それをこれから目の前に突きつけられるのだと思うと、僅かにその瞳に憂いが差す。
「クライクスさんは未練を描いているのよね。人気なの?」
  『愛の吸血鬼』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)が問う。
「人気……か。人気不人気ではないと思うな。誰もが必ず抱えるものだから、共感しやすいんだと僕は思っているよ」
「共感……」
 『繊麗たるホワイト・レド』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)はぽつりと呟く。自分の未練が何かまだ判らない彼女だが、それでも誰かに共感してもらえるものなのだろうか。
「(それにしても、恐怖に憤怒ときて今度は未練……見られたくないものばかりよねぇ)」
 流石に口にするのは憚られて、『宵越しのパンドラは持たない』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は心中で思うだけにする。

 それは9人が入ってもなお余裕のある広い部屋だった。高級そうなソファ、部屋の端にある真っ白なキャンバス。『聖クリスティアン』クリスティアン=リクセト=エードルンド(p3p005082)を含め、全員が着席したのを確認すると、クライクスは言う。
「こんな画家の頼みの為に集まってくれてありがとう。余りにも辛くて見ていられないと思ったら、右手を挙げて言ってくれ。すぐに魔術を切るよ。じゃあ、このキャンバスを見てくれ。じっと、そう、集中して」
 ……。
 …………。


●クロバの未練
「ハハハ、今日もオレ様の勝ちって奴だな?」
「クッソ……! 次はぜってー勝つからな!! 覚悟しろよ!」
 目を開いたクロバの前に、モノクロで流れる景色がある。剣を肩に担いで笑う男と、悔し気に頬を拭う子ども。――ああ、あれは、あれは俺だ。そして、笑っているのは――“剣聖”を自称する、俺の……

 ……妹を守るために、力が必要だった。
 強くなりたくて挑んで、負けて、悔しくてまた挑んで、負ける。そのたびに男の剣捌きを真似して、そして上回られた。何度負けただろう。100を越えた頃から、数えるのをやめた。其れほどに男は強かった。努力なんて意味がない、そう思わせる程の才覚。

「お前には剣の才能がねぇ。大人しく飯でも作ってた方が向いてる」

 いつだったろうか、言われた言葉だ。其れが悔しくて、何度も素振りをした。悔しくて、むかむかして、憎くて――どこまでも高い空のような男に、いつか勝てる日を夢見て、剣を振った。
 もし空に触れられたら、“父”と呼んでやるのだと。そう思っていたのに。

 ――……映像は其処でおわる。真っ黒な空間で、クロバは其の続きを明確に思い出すことが出来る。
 忘れもしない。妹を殺してしまった、あの日の事。全部全部、危ういバランスで積み上げてきたものを全て崩された、あの日の事。
 其の時“黒葉”は気付いたのだ。結局自分は、彼に認めて欲しかったんだと。


●ヨハナの未練
 無人の映画館、其の中央に座っていた。うふふのふ! 席を取り放題、寝そべったりも出来ちゃうのです!
 でも、とヨハナは不安に思う。記憶らしい記憶がないヨハナですが、果たしてお力になれるのでしょうか? 記憶がないから、未練ももしかしてそこそこなのでは?

 ジー……
『間もなく上映が始まります』

 あっと、上映ですねっ! お静かにしましょうね!
 ヨハナはさっと座り直して、スクリーンを見上げる。
 カタカタカタ、とフイルムが回り始める。其処にはヨハナのよく知る人物がいて、スクリーン越しにこちらに手を伸ばしていた。
 とても楽しそうな記憶だ。かと思えば映画もびっくりな戦闘を繰り広げたり、綺麗な景色を見上げたり。
 ヨハナは何処かに自分がいないかな、と探す。
 ――いない。 何処にもいない。

 ヨハナには、過去の記憶がない。名前すら、本当に自分の名前なのか怪しい。
 あるのは未来に対する不吉な予感と、理解できない知識の断片ばかり。
 彼らが地を歩く人であるとするならば、ヨハナは糸で吊られた人形のようなもの。歩くふりも、走るふりも出来るけれど、其れは本当ではない。

 だから、ヨハナは“未来人”なのです。
 不確かで曖昧な概念ですが、そうでなくては、一体ヨハナは何者だというのです?

 ――『次回上映をお待ち下さい』

 スクリーンに描かれた文字。いつの間にか、上映は終わっていたようだ。
「いいなぁ」
 ヨハナは一人、呟いた。これが“自分の記憶であったらいいのに”と、歪んだ憧れを胸に抱いて。
 君の記憶だよと言われても、今のヨハナにはきっと理解できないだろう。
 だって、ヨハナは未来人なんですよ?


●洸汰の未練
「洸汰ももうxx歳かぁ。大きくなったなぁ」
「ふふっ。今年もコーちゃんの大好きなトンカツよ」
 俺の何度目かの誕生日。
 大好きなトンカツという言葉に、俺は嬉しくって笑顔が止まらなかった。家の外で少しだけ、悪意のない盗み聞き。大好きなトンカツの香りがして、早く家に飛び込みたかった。
 誕生日は楽しい事ばっかりだ。みんながおめでとうって言ってくれるし、ちょっと特別扱いしてくれる。一年で一番幸せな日かもしれねーな!
 ――そう、思っていたんだ。

「ユーちゃんの分も……きっと、元気にたくましく育ってくれたのね」

 え?

「……。そうだな。出来れば、ユウタと一緒に遊ばせてやりたかったけど」
「コーちゃんは元気な子だけど、……ユーちゃんは、どんな子に育ったのかしら」

 ユータ? ユータって、誰だ?
 俺は知らない。友達にもいない。――家族は父ちゃん、母ちゃん、俺の3人。
 もしかして、俺の知らない兄弟なのかな。俺が生まれる前に死んじゃった兄ちゃんだったり、俺の知らない間に死んじゃった弟だったり、するのかな。
 ユータって、誰だろう。

「……。ただいまー!」
「あら! おかえりなさいコーちゃん、ちゃんと手を洗うのよ?」
「うん!」
 巧く誤魔化せただろうか。“ユータって誰?”とは、聞けなかった。
 トンカツはとても美味かった。ケーキを食べて、誕生日の唄を歌って貰った。
 けど―― 一番知りたかった事は知れないまま、俺は今、混沌にいる。

 でもな、何でだろう。
 そのユータって奴は、生きてて、すぐそばにいる気がするんだ。根拠はねーけど……ほら。この世界って何があっても不思議じゃねーだろ?
 もしかしたら会えるんじゃないかって、思うんだよな。


●ユーリエの未練
 未練は誰にしもある事。画家はそう言っていた。
 そうだろう、とユーリエは思う。忘れられない、逃げてもいけない。
 向き合わなければならず、向き合えば傷が痛むもの。
 人は選択をするたびに未練を背負う。あの時ああしていれば、こうしていれば――では、そちらが最良の選択だったのだろうか? 判らない。

 其の日、ユーリエは魔術学校からの帰路を歩いていた。そして、ぱっと思いついたのだ。彼女の妹。病弱で、ベッドに臥せっているあの子に、何かしてやれないだろうかと。
 何か驚く事があれば、病気に弱い体質も何処かへ行ってしまったりするのだろうか。なら、びっくり箱を作ろう。驚かせるにはオーソドックスだが、一番効果が高い気がする!
 それから走り回って、魔術学校の先生や友達を頼り、世界に一つだけのびっくり箱を作り上げた。これできっと、妹もよくなるはず。
 ――其れが間違いだった。こんな事、思いつかなければよかったのだ。
 箱による未知の事象で、自分はこうして混沌へと召喚されてしまった。妹ももしかしたら、何処かにいるのかもしれない。

 ユーリエの世界では、人間は必ず何かしらの魔術の素養を持って生まれてくる。
 其れは良い事なの?
 魔術なんてなかったら、妹は普通の女の子として生活を送れていたはずなのに。
 魔術なんてなかったら、戦争だって起きなかったのに。
 魔術なんてなかったら、みんなが笑って幸せな世界になったはずなのに。

 魔術なんて、なかったら……
 ユーリエの痛む傷。其れは、世界の選択。
 魔術と親しい世界を選んだ、逃れられない運命に、ユーリエの傷はずくずくと痛む。


●クローネの未練
 ――とても暗い。
 暗い暗い暗闇の中に、クローネはいた。はて、これが未練だというなら、何とも曖昧模糊としている。
 目の前が徐々にセピアがかって、はっきりとしてくる。
 はて、何が出て来るのだろう。クローネはじっとそれを見つめていた。

 石棺だった。

 掘り出された石棺に、クローネの記憶がふんわりと蘇る。悍ましい土の匂い。苦しいほどの狭さ。
 そうだ。
 “あの病”にかかった私は、死んだと思われて石棺に入れられ、土の下に埋められた。私は生きている、生きているんだ。そう叫びたくても、息が詰まって何も言えなかった。
 生きたかった。生きるために何でもした。服を食らい、隙間から土を通して入ってくる泥水を啜り、神に祈り、悪魔に縋って。
 どれが正しかったのかは判らない。ただ結果として、私は土の中から解放された。
 ――人間ではなく、吸血鬼として。

 地獄は其処で終わらなかった。
 皆が私を忌み嫌った。化け物だ、悪魔だと、街の人ならいざしらず、家族さえ私を非難する。

 私だって、好きで吸血鬼になったんじゃない!!!

 そう、叫びたかった。
 私はただ、生きたかった。生きたかった、だけなのに……


●アーリアの未練
 どうせなら、この前頼んですぐ零しちゃったお酒の記憶とかが良かったのに。
 青い空、白い雲。海の香り、飛ぶ海鳥。過去の記憶に、アーリアは悲し気に睫毛を震わせる。
 故郷である天義から逃げて、ようやくたどり着いた楽園。海洋でほんの数か月だけ過ごした、幸せな家族の時間。
「“xx”、おやつの時間よ」
 ああ、お母さんが呼んでいる。捨てた名前で、私を呼んでいる。どうせならもっと呼んで欲しかった。クッキーもお母さんも大好きよって、もっと言っていればよかった。

「ただいま。今日はね、色んな貝が――」
 港で仕入れた商品の話をしてくれるお父さん。もっと真剣に話を聞いていれば良かった。義父として、そして別の意味でも、大好きなお父さんだった。
 幸せな昼下がり。白い家、白い波、白い雲。白い色に感じていた狭苦しさが、海洋に来て自由に変わった。人は何処にでもいけるんだって、理論じゃなくて、心で感じた。
 この時間が永遠だと思ってた。ずっと続くと思ってた。けれど……

 ――あの子とも話をしていたら。
 もっと話をしていたら、何か変えられたのかしら。私たちの居場所を告げたあの子。私たちを軽蔑したあの子……

 アーリアの視界が、すとん、と黒く落ちる。
 そして目の前に白い幻が現れると、

 「裏切り者」

 淡々とそう呟く、アーリアに似た面立ちの……妹が立っていた。


●ウェールの未練
「さて、未練なら腐るほどあるのだがな」
 ウェールは笑う。息子を守ろうとしたはずが敗北し、逆に洗脳されて悪事を働いた事。こちらに召喚されてから、依頼で助けられなかった者がいること。
 けれど、そう、一番の未練は――

 ウェールはその夜、偵察のため隠密行動をしていた。彼の意志ではない。異界の侵略者に洗脳された、哀れな戦士としてである。
「誰だ!」
 声がした。見つかった。殺すか? 逃げるか? 其の二択が激しく脳裏で明滅し、彼は迷わず叫ばれる前に殺すことを選んだ。
 犬頭のシルエットをした其の影に飛び掛かり――父さん、と呼ばれた。
 理解できなくなったはずの日本語で、でも確かに、父さん、と。涙ながらに呼ばれた。其の時僅かに動きを止める事が出来たのは、過去の記憶を思い出しかけたからだろう。犬獣人の彼と毎日一緒にいて、同じ飯を食べていた気がして、僅かに動きを止めた其の瞬間。
 黒犬の刃が自分の腹を貫いた。
 ……少しだけ、嬉しかった。強くなったな、“xx”。

 嗚呼、名前が呼べない。
 必死に考えて、以前の名をちょっと残した呼び方にした、あの名前が呼べない。“xx”。“xx”。呼べない。呼べない。呼べない。思い出せない。
 手に握らされた懐中時計。もういいよ、と優しく呼び掛ける声。
 名前が呼べないなら腕を伸ばそうと。抱きしめてやろうとした手は、空を掻き。

「さようなら、パパ」

 遠くから聞こえた涙ながらの声が、その世界での最後だった。

 召喚されて直ぐ、ギフトのお陰で名前を思い出した。
 梨尾。梨尾――俺の大切な息子。涙を拭いてやれず、呼び返してもやれなかった俺を、パパと呼んでくれた息子。
 俺は絶対にこの未練を断ち切る。必ず梨尾のもとへ帰って、抱き締めて、名前を呼んで、たくさん謝ってたくさん感謝して、そして日常へ帰るんだ。


●クリスティアンの未練
 この土と風の香りを、未だに覚えている。
「(……ああ、僕の生まれ故郷だ)」
 小国エルド。豊かで美しく、人々の笑顔が絶えない平和な国。其の幸せを余すことなく一身に受けながら、クリスティアンは育った。父母と兄、そして国民。誰もがクリスティアンを愛し、クリスティアンも彼らを愛していた。
 とりわけ、強い父には憧れの感情を抱いていた。いつか僕もあんな王になれたら。穏やかな施政を見るたびに、そう憧れずにはいられなかった。
 隣国が嫉妬するほどに、エルドという国は素晴らしかった。

 だからこそ、だろうか。
 戦火がエルド全土を包み込み、火と鉄の匂いで全てを掻き消してしまうのは、彼が9つのとき。
 長い戦だった。怒号と金属のぶつかり合う音ばかりが響き、人々の顔から笑顔は消え去りかけていた。
 しかしその戦も終わりを告げ――教会の鐘がなる。何重にも、人々を――戦の傷がもとで世を去った賢王を、悼むように。

「父上! ――父上……!」

 あの時僕が大人だったら。父と共に戦線に立てるほど強かったら。
 あるいは治癒の魔術を持っていれば。薬草の知識があったなら。
 そうすれば、父はあんなに早く逝かずに済んだのだろうか。――その願いは叶わない。だって、9つの子どもに一体何が出来ただろう。クリスティアンはただただ守られる側で、ただただ、無力だった。

「……そうだ、あの時の僕は弱かった」
 過去の未練が血を流して、ずくずくと傷んでいる。けれど。もう彼は子どもではない。父のようにはいかずとも、強くなったし、賢くもなった。
 だから知っている。この混沌という世界に召喚されて、判った事がある!
「僕は今ここで守りたい仲間がいるんだ……! 忘れはしないさ、けれど過去だけを見つめて、後ろを向いている訳にはいかないんだ……!」



「クライクスさん、ありがとう」
 術を解いて、各々水分補給をして。
 それから、ウェールとジュモーは固く握手を交わした。
「俺の未練が役に立てるかは不安だが、大事な事を思い出せたよ」
「それは良かった。僕の方こそ、とても素敵な記憶を見せて頂きました」
「ああ、クライクスさん! 色々と見せてもらったけど、僕も大事な事を思い出すことが出来ました! これはお礼のブロマイドです、どうか受け取って下さい」
「これは……スケッチに役立ちそうですね、ありがとうございます」
 クリスティアンはいつも通りだが、ウェールと2人、晴れやかな表情をしていた。

 晴れやかな顔の者がいる一方で、矢張り辛い思いをしたものもいる。
「今日はぁ、飲みにいくわよぉ~!」
「飲みにいきましょー!」
「オレも! オレも飲みに行く!」
「ダーメ、コータくんはジュースよぉ」
「……私も、飲みに行く。まさかこんな形で思い出すことになるとは……」

「……」
「どうしたの?」
 じっと己の掌を見つめるクロバに、ユーリエが問う。
「いや。……未練は未練だが、俺も大事な事を思い出した気がする」
「そう。私もよ」
 どんな選択をしようと、未練が残るって事をね。
 苦く笑ったユーリエに、クロバは素直に頷けずにいた。

 あの時ああしていれば。あの時こうしていれば。
 そのたびに未練は泡沫のように生まれ、消える。あるいは大きな傷跡となり、取り返せない失敗として残る。
 けれど生きるためには、前を向かなければならない。
 彼らは――イレギュラーズは其れを知っているから、今日も歩き出す。
 家へ、店へ、どこへともなくふらりと……ばらばらの家路は、彼らの奇妙な運命を描いているようにも見えた。

成否

成功

MVP

クリスティアン=リクセト=エードルンド(p3p005082)
煌めきの王子

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
皆さん素敵な未練をありがとうございました。
未練とは何ぞや、という方もいて、まさに十人十色だなあと楽しく書かせて頂きました。
クライクスもやる気スイッチが入ったようです。ありがとうございます!

参加者全員に称号『追憶に向き合った者』を配布しております。
また、MVPは前を向くことを忘れないクリスティアンさんにお送りします。
ご参加ありがとうございました!

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