シナリオ詳細
アンダー・ザ・ローズ~追憶の節
オープニング
●とある画家の切望
私は――恵まれた方だと思う。
魔術師として大成する夢に破れ、ならばと絵筆を執った。本当は魔術師としてありたかった、そういう“未練”を絵として発散していたら、地方貴族から援助の声がかかった。
間違いなく、画家としては成功したと言えるだろう。
しかし「これで良いのだろうか」と、いつも自分に問いかけている。
其れは誰もが同じだった。妻を亡くしたパトロンの未練を絵に描き、彼には大変喜ばれた。正確にいえば、喜んでいるようで懐かしんでいるようで、過去に捉われている己に悲しんでいるようにも見えた。
ああ、誰もが己に疑問を抱きながら生きているのだと、其の時思った。だから、其の疑問が少しでも消えればいいと、ひたすらに未練を描き続けた。
しかしどうも、最近筆が奮わない。
パトロンの未練は描き尽くした。というより、これ以上彼のプライベートに踏み込んではならないと、僅かばかりの倫理が警告している。
幼子ならどうかと街中で覗いてみたりもしたが、曖昧模糊として絵にならない。
友人なら漠然とした幼子の夢も、形にするのだろうか――そう考えて、友人が新たに手に職を持ったという噂を思い出した。
そうだ、ローレット。
どんな依頼でも受けるという彼らにも、未練はあるのだろうか。
あるとすれば、どんなものなのだろうか。
これは興味だ。私は友人に連絡を取るべく、久方ぶりに羽ペンを執った。
●ローレットにて
「画家はパトロンが付くまでが勝負だ。知ってるかな」
グレモリー・グレモリー(p3n000074)はそう切り出した。さらさらと、小型のキャンバスに鉛筆で何やら描きながら。
「パトロンが付けば基本的に画材にも資料にも困らないからね。でも、パトロンを得るには彼らの心を掴まなければならない。その辺りで、僕は失敗したんだけど――知り合いにクライクス・ジュモーという画家がいる。彼は数少ないパトロンを得た画家の一人だ」
ぱたり。
一段落したのか、キャンバスを伏せて置き、グレモリーは改めて一同を見渡す。
「何度か他の人にもお願いした事があるんだけど、彼は魔術師に師事していたことがあってね。人の心を覗く術を会得している。今回は、彼に心を覗かれてきて貰いたい。……ごめん、語弊があったかもしれない。彼に過去の未練を見せてあげてほしい」
グレモリーは小首を傾げる。曰く、クライクスが主に描くのは「人の未練」。あれが欲しかった、これになりたかった、失ったもの壊れたものへの追憶……などなど、様々な未練を垣間見、噛み砕いて絵画にしてきたようだ。けれど、身近な人間の望みはあらかた描き終わってしまったのだという。
「彼は筆が速くてね。仲間内でも有数の速さで……だから、ネタが尽きてしまったんだろうね。君たちに“未練を見せて欲しい”という依頼なんだ」
今までにも、怒りとか恐怖とか、見せて貰った画家がいるよ。彼らはいま制作に打ち込んでいるんだけどね。そう言って、キャンバスのふちを撫でるグレモリー。
「君たちの力を借りたい。……僕? 僕は、余り過去に興味を持たないから。覗かれた事はあるが、絵にならないと言われてしまったよ。だから力にはなれない。――君たちは色々な依頼をこなしてきたと思う。そんな君たちだ、“あの時ああしていれば良かった”という事の一つや二つ、あるんじゃないかな」
キャンパスを撫でながら、いやに穏やかにグレモリーは語った。
地図を取って来るよと席を立った彼。残されたキャンバスには何が描かれているのか。誰もがそれをめくれずに、己の過去に思いを馳せていた。
- アンダー・ザ・ローズ~追憶の節完了
- GM名奇古譚
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2019年05月17日 21時40分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「やあどうも、いらっしゃい」
広い庭、白い石造りの家。
そこに追憶の画家“クライクス・ジュモー”は住んでいる。
画家らしくない家だ、と『崩消の仮心』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は一同の後ろで周囲を見回していた。『雲水不住』清水 洸汰(p3p000845)も思った事は同じのようで。
「なあなあ、兄ちゃんは金持ちなのか!? 絵描きってみんな魔法使えるのか!?」
と、ジュモーを質問責めにしていた。
薄い金髪の優男――クライクスは、いや、と照れ笑いしながら否定する。
「魔法が使える画家はそういないよ。君たちに此処を紹介したグレモリーだって、魔法は使えないはずさ。僕たちは同じ魔術師の弟子だったんだけど、そろって破門されてね」
「破門ですか? 一体何をしたんです?」
「ふふ、其れは秘密。まあ、悪戯を少々、とだけね」
『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)が首を傾げる。けれど、ジュモーは指先を唇に添えるだけ。
「未練……か」
そんなものは一つしかない、と『憤怒をほどいた者』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は思う。それをこれから目の前に突きつけられるのだと思うと、僅かにその瞳に憂いが差す。
「クライクスさんは未練を描いているのよね。人気なの?」
『愛の吸血鬼』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)が問う。
「人気……か。人気不人気ではないと思うな。誰もが必ず抱えるものだから、共感しやすいんだと僕は思っているよ」
「共感……」
『繊麗たるホワイト・レド』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)はぽつりと呟く。自分の未練が何かまだ判らない彼女だが、それでも誰かに共感してもらえるものなのだろうか。
「(それにしても、恐怖に憤怒ときて今度は未練……見られたくないものばかりよねぇ)」
流石に口にするのは憚られて、『宵越しのパンドラは持たない』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は心中で思うだけにする。
それは9人が入ってもなお余裕のある広い部屋だった。高級そうなソファ、部屋の端にある真っ白なキャンバス。『聖クリスティアン』クリスティアン=リクセト=エードルンド(p3p005082)を含め、全員が着席したのを確認すると、クライクスは言う。
「こんな画家の頼みの為に集まってくれてありがとう。余りにも辛くて見ていられないと思ったら、右手を挙げて言ってくれ。すぐに魔術を切るよ。じゃあ、このキャンバスを見てくれ。じっと、そう、集中して」
……。
…………。
●クロバの未練
「ハハハ、今日もオレ様の勝ちって奴だな?」
「クッソ……! 次はぜってー勝つからな!! 覚悟しろよ!」
目を開いたクロバの前に、モノクロで流れる景色がある。剣を肩に担いで笑う男と、悔し気に頬を拭う子ども。――ああ、あれは、あれは俺だ。そして、笑っているのは――“剣聖”を自称する、俺の……
……妹を守るために、力が必要だった。
強くなりたくて挑んで、負けて、悔しくてまた挑んで、負ける。そのたびに男の剣捌きを真似して、そして上回られた。何度負けただろう。100を越えた頃から、数えるのをやめた。其れほどに男は強かった。努力なんて意味がない、そう思わせる程の才覚。
「お前には剣の才能がねぇ。大人しく飯でも作ってた方が向いてる」
いつだったろうか、言われた言葉だ。其れが悔しくて、何度も素振りをした。悔しくて、むかむかして、憎くて――どこまでも高い空のような男に、いつか勝てる日を夢見て、剣を振った。
もし空に触れられたら、“父”と呼んでやるのだと。そう思っていたのに。
――……映像は其処でおわる。真っ黒な空間で、クロバは其の続きを明確に思い出すことが出来る。
忘れもしない。妹を殺してしまった、あの日の事。全部全部、危ういバランスで積み上げてきたものを全て崩された、あの日の事。
其の時“黒葉”は気付いたのだ。結局自分は、彼に認めて欲しかったんだと。
●ヨハナの未練
無人の映画館、其の中央に座っていた。うふふのふ! 席を取り放題、寝そべったりも出来ちゃうのです!
でも、とヨハナは不安に思う。記憶らしい記憶がないヨハナですが、果たしてお力になれるのでしょうか? 記憶がないから、未練ももしかしてそこそこなのでは?
ジー……
『間もなく上映が始まります』
あっと、上映ですねっ! お静かにしましょうね!
ヨハナはさっと座り直して、スクリーンを見上げる。
カタカタカタ、とフイルムが回り始める。其処にはヨハナのよく知る人物がいて、スクリーン越しにこちらに手を伸ばしていた。
とても楽しそうな記憶だ。かと思えば映画もびっくりな戦闘を繰り広げたり、綺麗な景色を見上げたり。
ヨハナは何処かに自分がいないかな、と探す。
――いない。 何処にもいない。
ヨハナには、過去の記憶がない。名前すら、本当に自分の名前なのか怪しい。
あるのは未来に対する不吉な予感と、理解できない知識の断片ばかり。
彼らが地を歩く人であるとするならば、ヨハナは糸で吊られた人形のようなもの。歩くふりも、走るふりも出来るけれど、其れは本当ではない。
だから、ヨハナは“未来人”なのです。
不確かで曖昧な概念ですが、そうでなくては、一体ヨハナは何者だというのです?
――『次回上映をお待ち下さい』
スクリーンに描かれた文字。いつの間にか、上映は終わっていたようだ。
「いいなぁ」
ヨハナは一人、呟いた。これが“自分の記憶であったらいいのに”と、歪んだ憧れを胸に抱いて。
君の記憶だよと言われても、今のヨハナにはきっと理解できないだろう。
だって、ヨハナは未来人なんですよ?
●洸汰の未練
「洸汰ももうxx歳かぁ。大きくなったなぁ」
「ふふっ。今年もコーちゃんの大好きなトンカツよ」
俺の何度目かの誕生日。
大好きなトンカツという言葉に、俺は嬉しくって笑顔が止まらなかった。家の外で少しだけ、悪意のない盗み聞き。大好きなトンカツの香りがして、早く家に飛び込みたかった。
誕生日は楽しい事ばっかりだ。みんながおめでとうって言ってくれるし、ちょっと特別扱いしてくれる。一年で一番幸せな日かもしれねーな!
――そう、思っていたんだ。
「ユーちゃんの分も……きっと、元気にたくましく育ってくれたのね」
え?
「……。そうだな。出来れば、ユウタと一緒に遊ばせてやりたかったけど」
「コーちゃんは元気な子だけど、……ユーちゃんは、どんな子に育ったのかしら」
ユータ? ユータって、誰だ?
俺は知らない。友達にもいない。――家族は父ちゃん、母ちゃん、俺の3人。
もしかして、俺の知らない兄弟なのかな。俺が生まれる前に死んじゃった兄ちゃんだったり、俺の知らない間に死んじゃった弟だったり、するのかな。
ユータって、誰だろう。
「……。ただいまー!」
「あら! おかえりなさいコーちゃん、ちゃんと手を洗うのよ?」
「うん!」
巧く誤魔化せただろうか。“ユータって誰?”とは、聞けなかった。
トンカツはとても美味かった。ケーキを食べて、誕生日の唄を歌って貰った。
けど―― 一番知りたかった事は知れないまま、俺は今、混沌にいる。
でもな、何でだろう。
そのユータって奴は、生きてて、すぐそばにいる気がするんだ。根拠はねーけど……ほら。この世界って何があっても不思議じゃねーだろ?
もしかしたら会えるんじゃないかって、思うんだよな。
●ユーリエの未練
未練は誰にしもある事。画家はそう言っていた。
そうだろう、とユーリエは思う。忘れられない、逃げてもいけない。
向き合わなければならず、向き合えば傷が痛むもの。
人は選択をするたびに未練を背負う。あの時ああしていれば、こうしていれば――では、そちらが最良の選択だったのだろうか? 判らない。
其の日、ユーリエは魔術学校からの帰路を歩いていた。そして、ぱっと思いついたのだ。彼女の妹。病弱で、ベッドに臥せっているあの子に、何かしてやれないだろうかと。
何か驚く事があれば、病気に弱い体質も何処かへ行ってしまったりするのだろうか。なら、びっくり箱を作ろう。驚かせるにはオーソドックスだが、一番効果が高い気がする!
それから走り回って、魔術学校の先生や友達を頼り、世界に一つだけのびっくり箱を作り上げた。これできっと、妹もよくなるはず。
――其れが間違いだった。こんな事、思いつかなければよかったのだ。
箱による未知の事象で、自分はこうして混沌へと召喚されてしまった。妹ももしかしたら、何処かにいるのかもしれない。
ユーリエの世界では、人間は必ず何かしらの魔術の素養を持って生まれてくる。
其れは良い事なの?
魔術なんてなかったら、妹は普通の女の子として生活を送れていたはずなのに。
魔術なんてなかったら、戦争だって起きなかったのに。
魔術なんてなかったら、みんなが笑って幸せな世界になったはずなのに。
魔術なんて、なかったら……
ユーリエの痛む傷。其れは、世界の選択。
魔術と親しい世界を選んだ、逃れられない運命に、ユーリエの傷はずくずくと痛む。
●クローネの未練
――とても暗い。
暗い暗い暗闇の中に、クローネはいた。はて、これが未練だというなら、何とも曖昧模糊としている。
目の前が徐々にセピアがかって、はっきりとしてくる。
はて、何が出て来るのだろう。クローネはじっとそれを見つめていた。
石棺だった。
掘り出された石棺に、クローネの記憶がふんわりと蘇る。悍ましい土の匂い。苦しいほどの狭さ。
そうだ。
“あの病”にかかった私は、死んだと思われて石棺に入れられ、土の下に埋められた。私は生きている、生きているんだ。そう叫びたくても、息が詰まって何も言えなかった。
生きたかった。生きるために何でもした。服を食らい、隙間から土を通して入ってくる泥水を啜り、神に祈り、悪魔に縋って。
どれが正しかったのかは判らない。ただ結果として、私は土の中から解放された。
――人間ではなく、吸血鬼として。
地獄は其処で終わらなかった。
皆が私を忌み嫌った。化け物だ、悪魔だと、街の人ならいざしらず、家族さえ私を非難する。
私だって、好きで吸血鬼になったんじゃない!!!
そう、叫びたかった。
私はただ、生きたかった。生きたかった、だけなのに……
●アーリアの未練
どうせなら、この前頼んですぐ零しちゃったお酒の記憶とかが良かったのに。
青い空、白い雲。海の香り、飛ぶ海鳥。過去の記憶に、アーリアは悲し気に睫毛を震わせる。
故郷である天義から逃げて、ようやくたどり着いた楽園。海洋でほんの数か月だけ過ごした、幸せな家族の時間。
「“xx”、おやつの時間よ」
ああ、お母さんが呼んでいる。捨てた名前で、私を呼んでいる。どうせならもっと呼んで欲しかった。クッキーもお母さんも大好きよって、もっと言っていればよかった。
「ただいま。今日はね、色んな貝が――」
港で仕入れた商品の話をしてくれるお父さん。もっと真剣に話を聞いていれば良かった。義父として、そして別の意味でも、大好きなお父さんだった。
幸せな昼下がり。白い家、白い波、白い雲。白い色に感じていた狭苦しさが、海洋に来て自由に変わった。人は何処にでもいけるんだって、理論じゃなくて、心で感じた。
この時間が永遠だと思ってた。ずっと続くと思ってた。けれど……
――あの子とも話をしていたら。
もっと話をしていたら、何か変えられたのかしら。私たちの居場所を告げたあの子。私たちを軽蔑したあの子……
アーリアの視界が、すとん、と黒く落ちる。
そして目の前に白い幻が現れると、
「裏切り者」
淡々とそう呟く、アーリアに似た面立ちの……妹が立っていた。
●ウェールの未練
「さて、未練なら腐るほどあるのだがな」
ウェールは笑う。息子を守ろうとしたはずが敗北し、逆に洗脳されて悪事を働いた事。こちらに召喚されてから、依頼で助けられなかった者がいること。
けれど、そう、一番の未練は――
ウェールはその夜、偵察のため隠密行動をしていた。彼の意志ではない。異界の侵略者に洗脳された、哀れな戦士としてである。
「誰だ!」
声がした。見つかった。殺すか? 逃げるか? 其の二択が激しく脳裏で明滅し、彼は迷わず叫ばれる前に殺すことを選んだ。
犬頭のシルエットをした其の影に飛び掛かり――父さん、と呼ばれた。
理解できなくなったはずの日本語で、でも確かに、父さん、と。涙ながらに呼ばれた。其の時僅かに動きを止める事が出来たのは、過去の記憶を思い出しかけたからだろう。犬獣人の彼と毎日一緒にいて、同じ飯を食べていた気がして、僅かに動きを止めた其の瞬間。
黒犬の刃が自分の腹を貫いた。
……少しだけ、嬉しかった。強くなったな、“xx”。
嗚呼、名前が呼べない。
必死に考えて、以前の名をちょっと残した呼び方にした、あの名前が呼べない。“xx”。“xx”。呼べない。呼べない。呼べない。思い出せない。
手に握らされた懐中時計。もういいよ、と優しく呼び掛ける声。
名前が呼べないなら腕を伸ばそうと。抱きしめてやろうとした手は、空を掻き。
「さようなら、パパ」
遠くから聞こえた涙ながらの声が、その世界での最後だった。
召喚されて直ぐ、ギフトのお陰で名前を思い出した。
梨尾。梨尾――俺の大切な息子。涙を拭いてやれず、呼び返してもやれなかった俺を、パパと呼んでくれた息子。
俺は絶対にこの未練を断ち切る。必ず梨尾のもとへ帰って、抱き締めて、名前を呼んで、たくさん謝ってたくさん感謝して、そして日常へ帰るんだ。
●クリスティアンの未練
この土と風の香りを、未だに覚えている。
「(……ああ、僕の生まれ故郷だ)」
小国エルド。豊かで美しく、人々の笑顔が絶えない平和な国。其の幸せを余すことなく一身に受けながら、クリスティアンは育った。父母と兄、そして国民。誰もがクリスティアンを愛し、クリスティアンも彼らを愛していた。
とりわけ、強い父には憧れの感情を抱いていた。いつか僕もあんな王になれたら。穏やかな施政を見るたびに、そう憧れずにはいられなかった。
隣国が嫉妬するほどに、エルドという国は素晴らしかった。
だからこそ、だろうか。
戦火がエルド全土を包み込み、火と鉄の匂いで全てを掻き消してしまうのは、彼が9つのとき。
長い戦だった。怒号と金属のぶつかり合う音ばかりが響き、人々の顔から笑顔は消え去りかけていた。
しかしその戦も終わりを告げ――教会の鐘がなる。何重にも、人々を――戦の傷がもとで世を去った賢王を、悼むように。
「父上! ――父上……!」
あの時僕が大人だったら。父と共に戦線に立てるほど強かったら。
あるいは治癒の魔術を持っていれば。薬草の知識があったなら。
そうすれば、父はあんなに早く逝かずに済んだのだろうか。――その願いは叶わない。だって、9つの子どもに一体何が出来ただろう。クリスティアンはただただ守られる側で、ただただ、無力だった。
「……そうだ、あの時の僕は弱かった」
過去の未練が血を流して、ずくずくと傷んでいる。けれど。もう彼は子どもではない。父のようにはいかずとも、強くなったし、賢くもなった。
だから知っている。この混沌という世界に召喚されて、判った事がある!
「僕は今ここで守りたい仲間がいるんだ……! 忘れはしないさ、けれど過去だけを見つめて、後ろを向いている訳にはいかないんだ……!」
●
「クライクスさん、ありがとう」
術を解いて、各々水分補給をして。
それから、ウェールとジュモーは固く握手を交わした。
「俺の未練が役に立てるかは不安だが、大事な事を思い出せたよ」
「それは良かった。僕の方こそ、とても素敵な記憶を見せて頂きました」
「ああ、クライクスさん! 色々と見せてもらったけど、僕も大事な事を思い出すことが出来ました! これはお礼のブロマイドです、どうか受け取って下さい」
「これは……スケッチに役立ちそうですね、ありがとうございます」
クリスティアンはいつも通りだが、ウェールと2人、晴れやかな表情をしていた。
晴れやかな顔の者がいる一方で、矢張り辛い思いをしたものもいる。
「今日はぁ、飲みにいくわよぉ~!」
「飲みにいきましょー!」
「オレも! オレも飲みに行く!」
「ダーメ、コータくんはジュースよぉ」
「……私も、飲みに行く。まさかこんな形で思い出すことになるとは……」
「……」
「どうしたの?」
じっと己の掌を見つめるクロバに、ユーリエが問う。
「いや。……未練は未練だが、俺も大事な事を思い出した気がする」
「そう。私もよ」
どんな選択をしようと、未練が残るって事をね。
苦く笑ったユーリエに、クロバは素直に頷けずにいた。
あの時ああしていれば。あの時こうしていれば。
そのたびに未練は泡沫のように生まれ、消える。あるいは大きな傷跡となり、取り返せない失敗として残る。
けれど生きるためには、前を向かなければならない。
彼らは――イレギュラーズは其れを知っているから、今日も歩き出す。
家へ、店へ、どこへともなくふらりと……ばらばらの家路は、彼らの奇妙な運命を描いているようにも見えた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
皆さん素敵な未練をありがとうございました。
未練とは何ぞや、という方もいて、まさに十人十色だなあと楽しく書かせて頂きました。
クライクスもやる気スイッチが入ったようです。ありがとうございます!
参加者全員に称号『追憶に向き合った者』を配布しております。
また、MVPは前を向くことを忘れないクリスティアンさんにお送りします。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
グレモリーの友人がネタ切れを起こしました。ここまでテンプレ。
関連性は殆どありませんので、今までのストーリー知らない、という方もお気軽にご参加ください。
今度は「未練」です。割と裕福な画家のようですが……
●目的
奇怪画家「クライクス」を助けよう
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●立地
住宅街にある広めの一戸建てです。
パトロンのお陰なのか、羽振りは悪くなさそうな感じです。
家の中には画材や資料がたくさんあります。
●エネミー?
クライクスの作り出す幻影
真っ暗闇の中に、貴方の未練と伴う過去が映像となって現れます。
それは無音かも知れませんし、モノクロかも知れません。
(お好きにプレイング内で指定してください)
貴方の心情を一定時間映すと幻影は消え去り、元の景色が戻ってきます。
●
基本的に個別描写です。
また、アドリブ描写が多めの傾向がありますので、プレイング通りに記載して欲しい!という方も明記をお願い致します。
では、いってらっしゃい。
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