PandoraPartyProject

シナリオ詳細

愛という深き亡霊

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●Mr.カルデーナの独白
 思うに。
 己は佳い聖職者であったかも知れないが、良い夫ではなかった。
 そして、良い父親でも。

 彼は信仰のもとに生まれた。
 生まれたときから傍にあり、決して絶える事のない炎。
 静かに優しく燃え盛り、暗澹たる己らのゆく道を照らしてくれるもの。
 その炎の明かりを頼りに惹かれあい、彼は家族を作った。
 子は一人しか成せなかったが、それでも妻と子のためにと、炎を絶やさぬように――不正義と呼ばれぬように、精一杯職務に励んでいたつもりだった。

 けれど、そう巧くはいかぬのが人生。
 妻は彼が愛してくれなくなったと子を抱いて泣くようになった。
 どうしてだ。どうして己が、お前を愛していないと思うのか。
 愛は怒りに変わり、妻を怒鳴りつける日が段々と多くなっていった。
 職務に責任がのしかかり、その責任に押しつぶされそうな己を、そうやって慰めていたのかもしれない。
 ――だから、妻が子を連れて出ていくことは、当然だったのだ。
 これが不正義か、と男は嘆いた。表向き、彼は敬虔な神官だったから、そう呼ばれることはなかったけれども――彼自身が誰よりも、己を不正義だと罵った。

 妻と子は帰ってこない。きっと何処かで幸せに暮らしているのだろう。
 自分はせめてそれを祈り続けよう。罪深き己の祈りでも、きっと神は聞き届けて下さる。
 そう諦めて過ごしていた。
 一週間前までは。



「どうも天義で面白い噂が流れているらしい」
 グレモリー・グレモリー(p3n000074)はスケッチブックをぺらぺらとめくりながら、集めたイレギュラーズに話し始める。
「面白い、というと少々失礼かな。でも――死者が帰ってくる、という噂話だから、面白いのは仕方ないよね」
 あ、これは天義の友人から借り受けた画集だ。
 グレモリーが一枚を見せる。其処には天の遣いに導かれ、光の方角へ歩む人々が描かれていた。不健康な指が、その道程をなぞる。
「彼らはいわばこの道を逆向きに歩いて……天義に帰ってくる訳だね。どういう原理で、どういう術をもって…だとかは判らないけど。問題は、これが天義の首都で起きているという点」
 どんな原理であれ術であれ、死者蘇生など天義ではご法度、禁忌も禁忌である。しかし、人の心というのは時に信仰心に勝る。当事者は口を噤み、騎士団の努力は一向に実を結ばない。首都にどれだけ“不正義”が潜んでいるのかすら、彼らは把握できていないのだという。
「そこで君たちに白羽の矢が立ったという訳だ。君たち、あんまり信仰とかないだろう。ある人もいるだろうけど」
 僕はない、とグレモリーは言う。ぱたん、とスケッチブックを閉じて。
「天義のお偉方もね、進んでスキャンダルを公にしたい訳じゃない。出来れば首都には何もなかったと言いたいんだ。まったく厄介なものだけど、その為の手伝いをしてあげて欲しい」
 そう言ってスケッチブックから一枚紙を引っ張り出すと、机の上に置いた。地図のようだった。赤い丸が一箇所に。
「カルデーナという男の様子が怪しいらしい。勿論彼は何も言っていないし、表向きは礼拝も欠かさない敬虔な信徒だけど――敬虔だから、調べるにも調べられない。彼の家を訪ねて、何かおかしいところがないか調べて来てほしい。……まあ、どういう事かは判るよね。こういうときに“何もなかった事なんてない”んだから」
 いやに眩しいグレモリーの金瞳が、一同を見渡す。彼にとってはきっと、黄泉還りさえ絵の題材でしかないのだろう。そんな、冷たささえ感じる瞳。

 よかったら、帰ったら話を聞かせて欲しい。宜しくね。

 にこりともせず彼はそう言って、イレギュラーズを送り出すのだった。

GMコメント

 どうも、奇古譚です。今回は天義からの依頼となります。
 どうやら死者が帰ってきているようです。黄泉還りは人の夢、けれど叶ってはいけない永遠の夢です。
 安らかな眠りにもう一度、案内してあげましょう。


●目的
 亡者を天に還せ
(死者2人を倒す、もしくは納得させる)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●立地
 首都の目抜き通りからやや離れた場所にある、閑静な住宅街です。
 天義では普通ランクの住宅になります。

●エネミー
 カルデーナ氏
 カルデーナ夫人とエミュスくん(5)

 2人は既に死亡しています。
(ただし、カルデーナ氏はそれを知りません。まずはその事実を認知させる事から始めなければならないでしょう)
 彼らには戦闘スキルはありませんが、イレギュラーズの対応次第では逃亡・暴れ出すなどの恐れがあります。スキルの使用もやむなし、となるかもしれません。

(以下PL情報 ※ただし調査すればすぐに判ります)
 カルデーナ夫人とエミュスくん親子は、家を出て新天地を探していました。
 しかし不幸にも、国境そばで野盗に襲われて死亡してしまいます。
 ニュースにはなりましたが、彼が忙しかったのか、カルデーナ氏の耳にはその事実は入ってきませんでした。
 事件現場に寄ってみれば、何か発見があるかもしれません。


 アドリブが多くなる傾向にあります。
 NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
 では、いってらっしゃい。

  • 愛という深き亡霊完了
  • GM名奇古譚
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年04月25日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
エリザベス=桔梗院=ラブクラフト(p3p001774)
特異運命座標
アベル(p3p003719)
失楽園
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
藤堂 夕(p3p006645)
小さな太陽

リプレイ

●得たもの
「カルデーナさんですか? ええ、とても敬虔な方で……」
「何か、様子がおかしいときはありましたか?」
「様子……そういえば数か月前、酷く憔悴しておられました。でも、最近は元気になってきたみたいで……」
「そうですか。どうも、お時間をとらせて申し訳ない」
「いいえ。よい一日を」
「よい一日を」
 そういって歩み去る婦人を、『憤怒をほどいた者』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は複雑そうに見送る。傍にいた『空歌う笛の音』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)がぽつり、呟いた。
「数か月前、っていうのは、奥さんと子どもが出て行ったときかな」
「そうだろうな。……粗方聞き込みは終わった。現場を調べに行ってみるか」
「どの方もカルデーナ氏を敬虔な信徒だと仰っていましたね」
 『未来偏差』アベル(p3p003719)が考え込む。事前に相談した際、禁術の類を使っているのではないか――との予測も出たのだが、此処までの評価を見るに、そのような事をする人物ではなさそうだ。
「だとしたら、何かがあったんだろうな。……ま、調べてみりゃ判る事か」
 『D1』赤羽・大地(p3p004151)が言う。だろ、と顔を向けた先では、『圧倒的順応力』藤堂 夕(p3p006645)が痛まし気に俯いていた。
「喪った者が帰ってきたのに、私達は……再び失わせようとしているんですね。……こんなのって」
「……あまり考えすぎるな。俺たちは出来る事をやる、それだけだ」
「そうだよ。死んだ人が帰ってくるって、すごく魅力的に聞こえるけど……でも、本当ならいけない事なんだよ」
 ウェールとアクセルが言う。それは夕に向けてというより、己に言い聞かせているようにも聞こえた。
 少しの沈黙の後、彼らは頷き合い、更に調査を進める為に歩き出した。まずは図書館、情報収集なら鉄板だ。新聞の類を調べて行けば、事故や事件を特定できるだろう――

 ――私がこの国の為に動くなんて、どうかしてる。でも、“何か”が起きてるなら、見捨てる事は出来ない。だって、故郷なんだもの。捨てて逃げた私だけど、それでも――
「……アーリア様?」
「!」
 『宵越しのパンドラは持たない』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は、『特異運命座標』エリザベス=桔梗院=ラブクラフト(p3p001774)の呼び掛けにはっと顔を上げた。エリザベスは心配するでもない表情で、アーリアを伺っている。
「な、なんでもないわぁ。ちょっとお酒が切れてぼーっとしてたみたい」
「そうですか。こちらのファミリアーは……特に何かを見つけたという事はありませんわね。婦人と幼子が遊んでいるだけです。ええ、“婦人と幼子”が」
「そうねぇ。私の小鳥も同じだわぁ。カルデーナさん達、とても仲良しに見えるのよねぇ……まるで仲が悪かったなんて嘘みたい」
 アーリアとエリザベスはそれぞれファミリアーを用いて、カルデーナ氏の自宅を観察していた。朝、妻が朝食の支度をする。氏と息子が起きてきて、3人で食事をする。氏が仕事に出ていくのを妻が見送り、それから妻は家事と息子の相手を。何のことはない、天義に限らず幻想でも在り得る一般的な家庭の光景だ。
「……本当に、普通のお家みたいねぇ」
「そうでございますね。依頼がドッキリであるかと疑ってしまいます」
「成る程、君たちにはそう見えるか」
 二人がいたのは家と家の間の路地。其処に入ってくるものは、コソ泥か仲間くらいのものだ。――『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)が2人と合流し、興味深そうに呟いた。同じく、2人も興味深げな顔をする。
「何か変なところでもあったのぉ?」
「変、という訳でもない。僕には家の中は伺い知れないが――婦人と子の感情に負のものが一切ないのが気になったまで」
 思案するように片目を閉じ、ランドヴェラが言う。負の感情が一切ない。その言葉に、アーリアとエリザベスも顔を見合わせた。
「……出て行って、帰ってきたのよねぇ」
「普通は多少の憎しみか、または殺意があってもおかしくありませんわね」
「聞き込みではそうだったね。数か月前からぱったり婦人と子息の姿を見なくなった。つまりまあ、失踪した――と考えるなら、氏に対する憎しみがあって然るべきだろう。まあ、僕は“感情がない”と予想していた訳だが、そちらは外れたようだ」
「……やっぱり変よぉ。ウェールさんたちが帰ってきたら、情報を共有しましょぉ」
 アーリアが言う。反論する者はいない。
 3人はファミリアーでの探知を続けつつ、一旦移動する事にした。ある程度の情報を得た、この路地にいてわざわざ怪しまれる必要もない。宿泊場所を決めながら、現地調査組を待つ。
 カルデーナ一家を訪ねるのは、明日。


●見たもの
「聞き込み終わったよ。やっぱり、事件前に子ども連れの女の人が宿泊してたって」
「おう、ありがとな。しかし……さすが天義というべきか、国境まで綺麗なもんだな」
「綺麗なもんだな……か。霊魂はうようよしてるけどな」
 天義国境にて。
 傍の宿で聞き込みをしていたアクセルと夕が戻ってきて、ウェールは頷いた。
「精霊たちも……悲しんでいます。此処では悲しい事がよく起こるって。新聞にあった、野盗の所為でしょうか」
「そうだな。次々と訴えてくる、あいつらが、あいつらがって」
 夕は精霊と、大地は死霊と向き合い、それぞれ情報を集めていく。どれもこれも悲しい思いばかりで、美しく整備された国境の見目とは裏腹だ。
「あとは物証だけかな? どう?」
「流石に遺体はなかったな。だが……」
「重要なものを見つけました。……これがないのは、きわめて不自然だという証拠です」
 ウェールが視線を流した先、アベルが“其れ”をアクセルに見せる。
「え? それって……!」
「そう。これがないのはおかしいんだ。おかしいんだよ」


●失ったもの
 翌朝。
 カルデーナはいつも通り支度をして、妻と子どもに声をかけ、職場へ出向こうとしていた。
 そこに割り込むノックの音。誰だろう、と氏がドアを開くと、其処には8人の大所帯。まずはアーリアがふんわりと穏やかな笑みを浮かべて挨拶する。
「こんにちはぁ。突然押しかけてごめんなさいねぇ」
「いえ。……ご用件は何でしょう?」
 突然の来訪者にも、柔らかい口調を崩さないカルデーナ。それは妻と子が帰ってきて、幸せだからだろうか。夕は心をじくじく痛ませながら、そっと小声で告げる。
「……突然の来訪、申し訳ありません。ご夫人とお子さんが、事件に巻き込まれた可能性があるという事で、私たちはその調査に来ました。ご協力願えますか」
「……! 妻と子が……!?」
「あなた?」
「いや、……いや、何でもない。君は奥にいなさい」
 不思議そうに出て来た夫人を留めるように手を向けるカルデーナ。そして、沈黙。意を決したように彼が顔を上げたのは、数度深呼吸をした後の事。
「判りました。そういう事なら協力は惜しみません。何からお話すればいいでしょうか」

「……奥様とご子息は、数か月前に出ていかれたそうですね」
 こちらはカルデーナ氏。イレギュラーズは氏と夫人(と子)をそれぞれ別の場所で説得するという手段に出た。近くに喫茶店でもあれば良かったのだが、生憎ここは住宅街。そして、喫茶店で話すような気軽な話題でもない。カルデーナ氏は家の外で。カルデーナ氏が外に出すのを拒んだ為、夫人と子は家の中で、それぞれ話をする事になった。
 カルデーナの心の柔らかいところを、容赦なく突くウェール。――苦い顔をしたカルデーナだったが、最初に覚悟を決めていたのか、ええ、と頷いた。
「私は巧く妻を愛せなかった。職務に追われ、余裕がなかったのです。……彼女は子どもと一緒に出ていきました。数か月前の事です」
「でも、戻って来られた」
「ええ。一週間前に」
「……これを、ご存知ですか」
 アベルが布袋から布を取り出す。――いや。二重に包んだ其の中に、“其れ”はあった。
「それは、……え?」
 小さな銀の環だった。カルデーナは一瞬ぽかんとした後、アベルから引っ手繰るように環を奪い、細部を確認する。
「……そんな、……何処で」
「数か月前、国境付近で女子どもが野盗に襲われて殺された。あなたの耳には入ってなかったかもしれないが……その指輪は現場に落ちていたものだ」
 大地が告げ、愕然と沈黙が落ちる。震える手でカルデーナは指輪の裏側をなぞり、……視認した。その裏側に掘った文字は、確かに、……確かに、自分が妻に送った“我らは永遠に寄り添う”という文字列。
「……そ、その女子どもが、妻たちではないという可能性は? 現に妻と子どもは、家の中にいるんですよ……?」
「残念ながら。周辺の宿で聞き込みをしました。“夫から逃げて来たという女性と幼い子を泊めた”、……その頃から野盗の噂はあったそうです」
「……私たちが来た理由、あなたも判っているんじゃないですか? 最近の噂を知らない訳じゃないですよね、……“死んだ人が帰ってくる”って噂……!」
「……っ!!」
 夕が心を引き裂くような声で告げると、カルデーナは息を呑む。――そう、知らない訳がない。この首都にいて、知らない訳が無いのだ。死者が帰ってくるという、夢のような話を。
「確認しますか。奥様の手を」
 静かに告げるウェール。それは、厳しい優しさだった。けれど、カルデーナは頭を振った。
「……判っていたんです。妻と子に何かあったんじゃないかと、其れは……頭の片隅にあったんです。だって、私が嫌で出て行ったのに、わざわざ心変わりして戻ってくる理由がない……でも、でも、私は嬉しかった……! 今度は優しくしよう、今度こそ愛そう、……やり直せる事が、嬉しかった……!」
「……貴方は賢明な方です。でも、遅かった。言葉にしなければ伝わらない事もあると気付くのが、遅かったんです。言葉にすれば責任が生じる、でも“だからこそ”伝わる思いがある。……貴方が不正義だったとすれば、其れは、“怠慢”です」
 アベルは言いすぎたとは思っていない。誰かが言わなければならなかった事だと思っている。彼の心痛はいかばかりか、察するに余りある。
「天義の者であるあなたが、生死の理を破って帰ってきた彼女たちを匿うのは……背負った国に示しが付かないんじゃないか。国だけじゃない、離れ離れになった夫人とお子さんにも」
「認めたくないよな。奥さんと子どもが出て行って、傷付けたくないから幸せを祈ろうって思っていたのに、二人は既に死んでいたなんて。……だが、俺たちは死者を天に還すって依頼で来たんだ」
「さっき、アベルさんが不正義と言いましたけど、……本当の不正義は、本当の悪魔は他にいます。カルデーナさんは何も知らなかっただけ。お願いです、抵抗しないで下さい。私達に、……最後の手段を、使わせないで下さい」
 それぞれに説得する様を、エリザベスは黙して見ていた。説得は彼女の得意とする所ではないが、カルデーナの心の在り様が如何に変化していくかには純粋に興味があった。彼女は心を揺さぶる言葉をまだ持っていない。心を理解し、愛を理解する者の言葉こそ、カルデーナの心に響く。
 いつか、自身もああやって絶望したり、悲しんだりする日が来るのだろうか。或いは、愛を望み、神を信じる日が来るのだろうか。――諦めたように泣き出すカルデーナを見ながら、エリザベスは心の隅でそんな事を考えていた。

 アーリアは気付いていた。
 カルデーナ夫人の左手に、あるべきものがない事に。ファミリアー越しでは気付けなかったが、こうして向かい合ってみればすぐに判った。
「素敵なご家族ねぇ。仲良しで、暖かくて……」
 私もこんな家庭が築けたらいいのに。
 亡くなった両親、黄泉還りの噂。こそりと揺さぶるように混ぜる言葉たち。カルデーナ夫人は其れを微笑んで聞いている。
 ――何故だか機械的だ。
 ランドヴェラはそう思った。瞬間記憶でこの風景を記憶に刻みながら……何故だか決められたように動いている、そんな印象を受けたのだ。
「――カルデーナ夫人。あなたはこの家に帰ってくる直前の事、覚えてる?」
 アクセルが踏み込んだ。夫人は少し不思議そうな顔をした後、思案する。その様子では、どうも覚えていないように見えた。
「……いいえ。ごめんなさい。この家に帰ってくる前の事は、何故か覚えていなくて……」
「……。あのね、夫人。夫人とエミュスくんが国境を越える直前に、野盗に襲われて亡くなった。そういうニュースがあるんだ」
「……え?」
「証拠は……いま、仲間がカルデーナさんに見せてるけど……結婚指輪だよ。今、付けてないよね?」
 アクセルにそう指摘されて、夫人は左手を見る。初めて気づいた、という風に目を僅かに見開く夫人。アーリアは悲し気に目を伏せ、ランドヴェラはそれを記憶に残そうと真っ直ぐに見詰めている。
「2人は今、幽霊みたいなものなの。天義ではそういう事件が頻発してて、……それはきっと、悪い奴らの企みで」
「……」
「……カルデーナさんとお別れして、……神様のところに行ってくれないかな。幸せなのは判るけど、でも、このままじゃ」
「夫にも不正義の烙印が押される。ですね」
 アクセルは知らず俯いていた顔を上げた。夫人は笑っている。
「数か月の記憶が曖昧だと思った時、何かおかしいとは思っていました。指輪の事を指摘されたとき、やっと判りました。……私は“死んでいたから”記憶がないのですね……」
「……」
「あの人と一緒にいると、幸せな気持ちでいっぱいになりました。おかしいですね、出ていくまではあんなに悲しかったのに。こんなに晴れ晴れした気持ちで過ごすなんていつぶりだろう、なんて思っていたんです。……おかしいですね、……」
 死を受け止めるのには、強さがいる。あなたは死んでいますと言われて、はいそうですかと言える人間はどれだけいるだろう。
 それでもアーリアが見る限り、夫人はその火酒を飲み干したようだった。つうとまなじりから一筋涙がこぼれて、落ちる。
「あなた達の感情を――不躾ながら――少々拝見させてもらったが。恨みや悲しみといった感情はないように思ったよ。貴方も、カルデーナ氏も、ご子息も、みんな幸せだった。それは間違いない」
 ランドヴェラが告げる。その幸せには意味がある。幸せだった思い出は残り、悲しい離別も前を向いて受け止める事が出来る。少なくとも、数か月前のような離別よりはずっと。
「――奥様。これは、神様がくれた、言い残した事を伝えるためのチャンスかもしれないの。……お願い、もう一度彼に向き合って」
 そして、もう一度天に。
 さすがに二杯目の火酒を注ぐのは、アーリアには躊躇われた。夫人は既に飲み干して、其れでも泣き崩れる事無く気丈に笑っているのだ。
「……最後に、夫と話をさせてくれますか。出来ればエミュスも一緒に」


●遺るもの
 ――あなた。私、死んでいたみたいです。
 ――そうらしい。ほら、忘れものだよ。手を出して。それから、……本当に、すまなかった。
 ――いいえ。私もごめんなさい。耐えるばかりで、其れが美徳だと思っていたの。
 ――いや、私が悪いんだ。余裕がなくて、追い詰められて、言葉にしなくても君を愛している事を判って貰えると思って。怠慢だと言われたよ。
 ――まあ。ふふ。貴方が怠慢だなんて、こんな事でもなければ言われなかったわね。
 ――……。君は、笑えるんだな。
 ――ええ。だって、この一週間とても幸せだったもの。貴方は?
 ――……幸せだったよ。とても。出来ればこのまま、この日々が続いてほしかった。
 ――そうね、私もそう思うわ。でも其れは出来なくて、……主のもとへ帰らなければ。
 ――……例えこうして寄り添えなくても、私たちはいつも一緒だ。
 ――ええ。主の御許に私とエミュスはいるわ。だから、いつだって寄り添える。
 ――祈り続けるよ。君を、エミュスを、愛し続ける。君たちの安らぎを祈り続けよう。もう怠慢だなんて言わせないさ。
 ――無理も程々にしてくださいね? 貴方はいつだって、そうやって無理をするんだから。さ、エミュス、こっちにきて。
 ――うー? ママ? パパ?
 ――エミュスはパパが大好きよね?
 ――うん! パパ、だいすきー!
 ――パパも、エミュスが大好きだよ。ずっと愛してる。
 ――パパ、あのね。あのね。ぼく、楽しかった。
 ――…………。
 ――パパも、ママも、大好き!

 ぱしゃり、黒い泥が跳ねて。
 死者は天へ帰り――

「……ぅ、うあ、うあああああ、ああああああああああ……!!」

 男の慟哭がこだました。
 イレギュラーズは扉一枚隔てたところで、俯いて沈黙していた。それはまるで夫人と子の冥福を祈るようでもあった。
 夕が泣いていた。それを宥めるアーリアも、悲しげな顔をしていた。
 誰もが憂鬱に俯いていた中で、ランドヴェラだけが真っすぐに前を見つめていた。
 悪魔は誰なのか。本当の不正義は、いったい何処にいるのか。
 それはまだ、誰にも判らない。

成否

成功

MVP

アベル(p3p003719)
失楽園

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
結構心情的に辛い依頼でしたでしょうが、書いている方はとても楽しかったです。
心情依頼は文字数的には辛いんですけどね!
悲しい別れではありますが、カルデーナ氏はこれから本当の意味で前を向ける事でしょう。過去の償いではなく、過去の埋め合わせでもなく、未来を見つめて生きていく。それは間違いなく、イレギュラーズの皆さんのおかげです。
MVPは敢えて厳しい言葉をぶつけたアベルさんに。
また、エリザベスさんに「愛を見つめる者」の称号を付与しております。ご確認ください。
ご参加ありがとうございました!

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