シナリオ詳細
<Butterfly Cluster>白陽の砂
オープニング
●
ペール・ブルーの空は高く広がっていた。
荒涼とした岩肌が冬の、されど苛烈な陽光を遮っている。
冬と呼ぶには余りに熱かった。そのくせ日陰に入れば身震いする程に寒くも感じる――砂漠の冬だ。
広大な廃墟『アルダハ遺跡』の中、風に舞う砂を踏みしめる音が乾いた風に灼かれて消える。
幾度かのため息。
数人の男達が顔を見合わせ身を震わせたのは、気候の責だけではあるまい。
「ボス……」
先頭の男が口ごもりながら呼びかけた。
「今日の……戦利品でさ」
後ろの男が抱えた大きなズタ袋を、そっと。あまりに丁重に置いた。
「おそーい」
男の眼前に、突如逆さまの顔が現れた。
「ヒッ!」
細い柱を掴み、天真爛漫な笑顔を見せる少女であった。
あどけない少女の身なりは場違いに淫靡過ぎるもので。しかし男達は平伏の様相で膝をつき、うつむいた。
「なにそれ。ひっどー」
怯えて脂汗を流す男にそれ以上は目をくれず、柱から降りた少女――ミトラががズタ袋を引き裂く。
男達はその光景を見届けると目配せし、後ずさるように廃墟の中へ消えていった。
「大丈夫。怖くないよ」
ミトラは無邪気にくすくすと笑う。
ズタ袋に詰め込まれていたのは幼い少女であった。小さな白い翼、スカイウェザーであろう。
少女の肩がぴくりと跳ねる。
「しょっぱい」
「え……」
ミトラは少女の涙跡を舐め、小さな舌を出した。
「もう大丈夫だから行こ? ね?」
翼種の少女はどこからか連れ去られ、叫び、泣きはらし、ここへやってきたのだろう。
状況が飲み込めておらず、まるで狐につままれたような表情をしている。
「ね。はやく。あっちには誰も居ないから」
「……うん」
手を引き、岩肌空いた大穴へ少女達は駆け出した。
「あそこにね、私のお部屋があるんだよ」
――
――――
男の一人が嘔吐した。
少女の絶叫が耳にこびりついて離れない。
喉に絡まる吐瀉物にむせ、もう一度黄色い液体を吐き捨てる。
盗み犯し殺してきた者の末路なのかと、己が半生を呪う。
少女が死ぬなど、これまで何度目にしたことか分からない。
以前であればこんな時に浮かんだのは『勿体ない』という感情だったろう。
己が楽しむか、あるいは売るか。両方か。
さして古くもない記憶をたぐりながら、男達は戦利品の酒を煽った。
誰しも根っからの悪党だった。
ラサを荒し、傭兵に負けた。
落ち延びた先で盗賊王と共に夢を見た。
そしてローレットのイレギュラーズ達に再び負けた。
働いた悪事は数知れず、因果応報ではあるのだろう。
けれどここまで追い詰められる覚悟など、まるで出来てはいなかった。
男が顔を上げる。
いくつか干からびた死体が横たわっている。
すべて少女だ。少女だった。首や腕がおかしな方向にねじ曲がっている。
側にはいずれも、例外なく翼が落ちていて――
「これが、いつまで続くんだ?」
沈黙。
男はもう一度噎せ、酒を吐き出した。
「俺ぁ、限界だ」
男は。男達は。あの魔種の手先となったこと。逃げる先も、後戻りも出来ないことの絶望を噛みしめ、胃液の臭いをキツいアルコールで流し込んだ。
一体全体、何もかもがどうにかしている。
「なァ。おい」
一人がつぶやく。
隣の男は岩肌に背を預け、うつむいたまま横目だけを向けた。
「見えネェか」
小僧の頃、盗んだ金で夜の町を歩いた。
「……ア?」
他人の金で飲んで、打って、買った。
「死体が」
震える指先で示した。
「あの夜の女に見えるんだ」
聞いた男が金切り声で笑う。
そりゃオマエ。
「――誘ってんのさ」
●
乾いた石畳の砂を、乾いた風がさらう。
がやがやとした喧噪が、この街の活気を肌身に伝えてきていた。
待ち合わせの場所は、この辺りの筈だ。
「大体そんなところだ」
夢の都ネフェルスト。その外れに位置する一件の酒場で傭兵達が作戦に関する簡単な説明を受けていた。
まずは竜胆・カラシナ率いる『黒之衆』が齎した情報――砂蠍の残党の居場所、ラサ南部のアルダハ遺跡について。
それから。
「……今回の作戦は厳しいものとなるだろう」
ラサ傭兵商会連合に名を連ねる『白牛の雄叫び』の団長マグナッド・グローリーが居並ぶ面々へと真剣な眼差しを向けた。
「俺達は――賊共の掃討を担当する事になる」
マグナッドは途中言葉を切り、傭兵達はやや憮然とした気配を漂わせた。
担当戦域において敵のボスは魔種ということだ。
血気盛んな傭兵達のこと、大物(魔種)はイレギュラーズに任せる他ない事実はさぞ残念なことだろう。
頭巾で顔を覆う一人の少年が嘆息する。その瞳には鋭い光があった。
「どうしても駄目なのか!」
少年の叫びは唐突だった。
「駄目だ」
「あの魔種が俺の――妹だからか!」
「調子に乗ると置いてくぞ、青二才。力量の問題だ」
有無を言わせぬ強い口調に、少年が押し黙る。
「お前の覚悟は俺が保証してやる。だがその覚悟は上手に使え」
うつむいた少年、キアンはもう一度嘆息して「分かった」と声を振り絞った。
「お前等もだ」
マグナッドは傭兵達を睨む。
「命が散ったらそこで終わりよ。捨て身になるくらいなら足引きずってでも撤退しろ。いいな」
「おうよ」
「わかってんよ。オヤジ殿」
傭兵達は各々頷き、グラスに手をかけ――
「お? オヤジ殿。お客人だぜ」
「ローレットの。こっちに座ってくれ」
イレギュラーズが酒場に足を踏み入れると、傭兵達は一杯のゴブレットを用意してくれた。
手をかけると、かなり冷たい。水滴が見られないのは、かなり乾燥しているからであろう。
窓の外の色彩は鮮やかで、まさに異国の地を踏みしめているという実感がある。
「こっちは集まった所だ。情報は行ってるな? 何人来る?」
質実剛健な傭兵らしい対応だ。
イレギュラーズはいくらかの質問に答えながら、水を飲み干した。
「揃うまで待とうや、オヤジ殿」
傭兵の一人がマグナッドに果物の皿を滑らせた。
「それじゃあ、あれだ」
マグナッドが述べる。
「ラノールのやつはどうしてる?」
先程までの真剣な眼差しは和らぎ、太陽の様に朗らかな笑顔で『息子』の様子を問うたのだった。
- <Butterfly Cluster>白陽の砂Lv:8以上完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年02月23日 23時30分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
アルダハ遺跡の中は冷たく乾いていた。遺跡の中をすり抜けていく風が砂粒を転がす。
揺らめいた橙色の灯りに照らし出されたのは、巨大な鳥籠の中に座り込んだミトラの後ろ姿。
「ねぇ、動いてよ。飛べる小鳥を鳥籠の中で飼うからこその意味を教えてよ」
飼い猫が玩具で遊ぶように。無邪気に爪を立てられた有翼の少女。痛みと快楽の折り混ざった狭間で命の灯火が掻き消えた。
「ねえ、どうして?」
こんな時、いつも答えをくれた存在が居た。振り向けばいつもそこに居た半身。
「あれ……? お兄ちゃん? どこに行ったの」
けれど、応える声は何処にも無く。乾いた石壁に己の声だけが響いていた。
―――
――
平素であれば燦々とした輝きを帯びるガーネットの瞳が少しだけ憂いを孕む。『命の重さを知る小さき勇者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)は双子の運命に思いを乗せた。
「かみさまがこの世にいるのならば、もう一度二人仲良く暮らせるようにしてくれたらいいのにね」
少女は憂う。悲惨な物語を与え給う神は。何故――と。
その隣で赤い瞳を細める『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は小さく唸った。
「うーん」
もっと素敵な物語にするには。心躍る展開、胸を揺さぶる激情。紡がれる物語の先行きがどうなるのか。
「逃げられては本末転倒ですし。ああ、困りました困りました」
言葉とは裏腹に、四音の表情は『喜』に満ちていた。
戦場に黒い影が走る。遺跡の支柱の影に光るワイヤー。『濃紺に煌めく星』ラノール・メルカノワ(p3p000045)が操る式神だ。
(あの時、砂蠍の幹部から取り返せなかった少女……)
只のか弱い奴隷だったミトラを知っている。ラノールは苦虫を噛み潰した様な表情だ。
あの時、あの瞬間にもっと力があったのなら。悔やんでも悔やみきれない思いを抱えていた。
傭兵団の中に紛れる小柄な影を目で追う。
(……キアンはもっと辛いだろう)
されどこの手で出来る事は。魔種となってしまった子供達がこれ以上の悪行を犯さぬようここで止める事のみなのだろう。巨大なマトックの柄を掴み視線を前へ。
「いつも通りの囮役だ。任せていいかな? 父さん」
前に躍り出たラノールに続き、巨体が戦場に現れる。『白牛』マグナッド・グローリーが手を上げ後ろに控える団員に合図を送った。
「応よ。任せとけ! いくぞ、野郎ども!」
「「おおーー!!」」
戦場が怒気を孕み目覚める。
ラノールの挑発に乗った盗賊が剣を振るう。赤い瞳の残像は一瞬の間に移動し、剣先は空を掠めた。
「ちぃ!」
安々と避けられた攻撃に苛立ちを顕にする盗賊。仲間の影から飛び出した男が剣を突き入れる。
しかし、それも軽々と交わしたラノール。ローレットでも屈指の俊敏さを誇る彼の前に、敵の太刀筋が空回る。
「やるじゃねえか」
誇らしげに口の端を上げたマグナッド。
傭兵団を出ていった時は防御に重きを置いていた戦法が。今は敵の攻撃を寄せ付けぬまで成長している。
『親』として我が子の成長を間近で感じられる戦場に白牛の闘志が燃えていた。
ラノールが引き寄せた敵を『ロリ宇宙警察忍者巡査下忍』夢見 ルル家(p3p000016)が狙う。
狙いは違えずターコイズ・グリーンの瞳が盗賊共の奥。魔種の姿を一瞥した。
前回の戦いは苦い棘となって少女の心を曇らせる。
未熟であったと痛感する。心を凍らせることができたと思っていた。
哀れな少女を、殺す事に戸惑いがなかったとは。言い切れないから。
(今更躊躇する権利もないというのに)
「……今度こそ終わりにします」
的確に穿たれる矢は盗賊の肩に足に突き刺さった。
「……酷すぎる有様です」
無造作に転がされた亡骸に『渡鈴鳥』Lumilia=Sherwood(p3p000381)は眉を潜めた。
同情するべき点はあるかもしれない。しかし、こうして罪の無い少女を弄んだ事は断じて許されることでないのだと。こうなってしまったからには、命で贖うほかないとLumiliaは静かに憤る。
これ以上、無関係な犠牲者を増やさぬように。
白銀のフルートを唇に軽く当てて息を優しく吹き込む。
石壁に響く美しい音色。神の剣を授かりし英雄の詩は仲間に加護を与えるもの。
その音に『クティータ』の耳が立ち上がった。
「何それ。面白そう!」
珍しい笛の音。それにスカイウェザーの象徴たる白い翼。魔種の興味はLumiliaに集中する。
ミトラの恍惚と苦鳴を伴った攻撃は鈴の音の如く戦場に木霊した。
反響し音の波となったカルトアルテがLumiliaを襲う。
しかし。美しき笛の音は止むこと無く。ミトラの鈴音を掻き消し霧散させた。
「わお! すごいすごい!」
新しい玩具を見つけた子供のように無邪気にはしゃぐミトラ。
(やっぱり、スカイウェザーに興味があるのね)
空色の瞳を上げて『夢色観光旅行』レスト・リゾート(p3p003959)は魔種の行動を見つめていた。
彼女の推測通り。敵は飛行種に興味があるらしい。
これを不利と見るか、好機にするかはイレギュラーズの『ここから』に掛かっている。
無邪気に笑う姿は年端の行かない子供そのもので。
「ええ、わかっているのよ」
後戻り出来ないことも。己の胸がチクチクと痛むことも。
ここで終わらせなければ。大人の都合に振り回された哀れで悲しい子供達の物語を。
そうでなければ。悲劇からまた悲劇が生まれていく。
レストの悲しげな瞳に頷いたのは『Life is fragile』鴉羽・九鬼(p3p006158)だ。
言葉に出さずとも言いたいことは通じている。
なんて残酷な運命なのだろうかと。九鬼は刀の柄を握りしめた。
少女は眼の前に立ちはだかる盗賊を薙ぎ払う。
「ねぇねぇ。ルアナとあそぼ?」
太陽の様に眩しい笑顔で。くすりと笑ったルアナは盗賊たちの怒りを煽る。
「ンダァ、このガキが!」
あたたかな金色の髪はふわりと揺れて盗賊の視界にちらついた。
「捕まえられる?」
挑発的な笑みはルアナの可愛らしさも相まって、男たちの神経を逆なでしていく。
戦場を挑発する様に駆け周り、盗賊たちをうまく壁際に誘導していた。
こうなってしまっては、どうしようもないのだと。
ざわつく心を落ち着かせる『ストームバンガード』メルナ(p3p002292)は愛剣を構える。
自分に出来ることは。前に進むこと。手の届く範囲でやれることをやり切る。
それが救いとなるのなら――お兄ちゃんだってそうした筈だよね。
兄の代わりに力を振るう事で。選ばれるはずだった兄をすぐ傍に感じることができるから。
メルナは蒼い瞳を。強い眼差しを上げる。
ルアナが呼び込んだ盗賊に向けて。青白い斬光の一閃。
背を向けていた男たちの背中から血飛沫が上がった。
戦場に張られた己のワイヤーを見つめ『カオスシーカー』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)は冷静に分析していた。
今回の戦場では有効に作用したワイヤーは。別の戦場では状況が許さない場合もあるだろう。
さりとて。それはまた別の機会に考えれば良い。
今は、目の前の戦場に意識を寄せる。左腕をゆっくりと掲げ魔力を掻き集めていく。
収縮した魔素は空気を震わせ、破壊の光が放たれた。
岩肌が白く照らされる。
(……この世界は本当に)
小さくため息をついた『ド根性ヒューマン』銀城 黒羽(p3p000505)は心の中で悪態をつく。
(いいだろう、やってやるよクソッたれめ)
どんなに悪人であろうと世界がその存在を許さないのだとしても。
最後まで救いが無いなんてあんまりだと。黒羽は歯を噛みしめる。
無辜なる混沌が彼らが生きる事を容認しないのだとしても。心は。魂だけは救ってみせる。
「それくらいさせてくれよ……頼むから」
ラルフ達の援護により盗賊達との最前線を突破した黒羽は、あまりにも簡単に抜けられた事に眉間に皺を寄せた。
「なぜだ」
盗賊たちの視線をは黒羽に向いていない。罠であろうか。
否、そんな高等な戦術ではない。なぜならば、盗賊達は士気が低くミトラの命令であるスカイウェザーの拿捕及び盗賊活動の他には、降りかかる火の粉を払うことを優先しているからだ。
要するに彼らは狂気に抗いながら協力させられているのであり、嫌々従っているだけなのであろう。
だから。黒羽は盗賊たちの包囲網を安々と突破出来たのだ。
●
「……あの獣種の子、あの魔種のお兄ちゃんなんだ」
傭兵団の中に紛れた少年を見つけメルナはぽつりと呟いた。
この戦場に居るということは、何かの覚悟があるのだろう。彼の考えは分からないが。敵側に回るのではないのならやりたいことをさせてやろう。後悔を残さぬように。
メルナの意志の強い瞳が盗賊を捉える。
「……盗賊に容赦はしない」
盗み、犯し、殺す。これまで奴らが重ねてきた数々の悪行を考えればここで死ぬのも自業自得。
「おうおう、威勢が良いねぇ。姉ちゃんよお!」
投降の意志すら感じられない下衆な笑いに。メルナの闘志が吹き上がる。
「だから……早く、そこをどけ……ッ!」
ルアナは盗賊に囲まれていた。
そんなに強いとは言えない攻撃。しかし、多勢に無勢。
積み重なる剣はルアナの肌にアティック・ローズの血を走らせる。
「痛っ!」
召喚される前はこんなピンチなど、どうという事もなかったのだろうか。断片的な記憶は僅かばかりで。それを計り知る事はできないけれど。
でも、小さな勇者には心強い仲間がいる。
「あらあら、大丈夫よ。おばさんがついてるわ~」
柔和な声と共に。レストの癒やしが降り注ぐ。夢色の煌めきの中でオレンジとパープルが弾けてルアナの傷が塞がっていった。
「すごい!」
「ふふふ、任せてちょうだい~」
パラソル・ステッキをくるりと回転させて、にっこりと微笑むレスト。
「アルエットも居るよ!」
レストの回復に『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)の癒やしも重なる。
「頼もしいわ~」
千一夜の呪詩は剣の形を取ってLumiliaの美しい剣技の一部となっている。
儚く白い天使は、花の香りを纏わせ戦場を踊っていた。
揺れる髪が美しい尾を引き、それに目を奪われている間に、瑠璃色の光が襲い来る。
光は纏わりつき剥がそうとしてもじわりと皮膚に侵食していくのだ。
「うわぁ! 何だこれ、剥がれねぇぞ!?」
美しき猛毒が血管を通じて体内に流れ込む。体組織は凍てつく氷で崩壊していた。
瑠璃花の香りに包まれて、男は恐怖に苛まれる。
続けざまにダーク・ヴァイオレットの怨嗟が術式となり盗賊を引き裂いた。
「盗賊の手を削ぎ、足を削ぎ、最後に首を取る」
四音のカーマインの瞳が笑顔の形を象る。つるりとした唇は三日月の形。
痛みを味わえと徐々に切り刻まれ、男は恐怖と苦痛を味わいながら絶命した。
「ふふふ、ミトラちゃん、待っていてくださいね?」
「すまん! そっちに行った」
傭兵団の一人が声を上げる。抑えを抜け盗賊が侵攻してくるのが見えた。
その視線の先には弱き者と判断された獣種の少年キアンの姿。
別の男を相手取り侵攻してきた敵に気づけていない。無防備に背を晒している。
「このくそガキが!」
少年が気づいた時には避けようのない角度に太刀筋が見えた。
訪れるであろう痛みを予感して身体が強ばる。咄嗟に目をつぶった。
しかし、いつまで経っても痛みは訪れること無く。ギリギリと金属の摩擦音に目を見開いた。
そこには――ラノールの背があった。
金属が弾かれる。暗色のマントが靡く。
巨大なマトックで盗賊の剣を薙ぎ払い、キアンを相手取っていた男を蹴りつけ距離を取らせる。
流れるような戦術。傭兵団でマグナッドに叩き込まれた生きて帰るための動きだ。
キアンの目には、それが濃紺に輝く星に見えただろう。
「前だけじゃなく、戦場全体に目を向けろ。仲間の声を聞き漏らすな」
傭兵団に入ったということは『家族』になったということだ。
『父』の背を見て育ったラノールと同じ様に。この時、少年は『兄』の背を見た。
それは、この戦場で何よりも誰よりも頼もしい背中だった。
―――
――
黒羽は肩で息をしていた。既にパンドラの箱は空いている。
ミトラに辿り着く前に、親衛隊に囲まれ集中攻撃を受けたのだ。
パーティが彼と合流する頃には息も絶え絶えで。だが、それでも耐え忍んでいた。
黒羽の狙いはミトラ本人の足止めであり、単純に予測と照らし合わせて考えるのであれば達成したかどうか微妙といえる。
しかし、単身で敵陣へ踏み込んだ事は、結果として間違っていなかった。
なぜならば、親衛隊はミトラの狂気に完全に染まっており、能動的にミトラのために動いている。
黒羽が真っ直ぐ向かって来ることがなければ親衛隊はすぐに盗賊に合流したはずなのだ。
そうなれば親衛隊を仲間だと思っているミトラも、またすぐに最前線に出てくる事になったであろう。
眼の前で繰り広げられる親衛隊と黒羽との交戦に、より興味を示した。
これがなければ、先に興味を得ていたLumilia(美しい羽を持つ者)がミトラの集中攻撃を受けていたのは想像に難くない。
あるいは僅かに数が勝る敵に、味方陣営が足止めされている間、ミトラが自由に動き回ることで範囲攻撃等による壊滅的な被害を被った可能性も否めない。
黒羽の行動はこれを防いだという点で、ミトラの足止めと同様の効果をパーティに与えることに成功していた。
しかし、攻撃の手も回復の手も選ばないということは。その分だけ戦場を長引かせる事にもつながる。
己の代わりに仲間の傷が増え、剣を多く振るわせているとも言えるだろう。
攻撃を選ばぬ事で「守る」その挟持。
取捨選択が出来ぬ不器用さで守っているのは、他者ではない「己の心」だ。
それを黒羽も理解しているのだろう。そこに至る理由(おもい)も記憶と共に欠けてしまったけれど。
甘いと言われるかもしれない。罵られるかもしれない。けれど――敵も味方も確かに傷つき血を流していた。
●
交戦開始から幾ばくかの時間が流れていた。誰しも既に一度ならず傷ついている。
このタイミングでイレギュラーズが狙うのは死体を操るシュナだ。
幾度かの剣戟と魔法の交差。間髪入れずに施される回復。一瞬の隙きも許さぬ戦場。
盗賊とは比べ物にならない程の力量に気を引き締めるイレギュラーズ。
ルル家が先陣を切る。煌めく銀河が重なり、妖刀が四方に幻影を作り出す。紫電を帯びた攻撃は散弾銃の如くシュナの身体を撃った。
いかにすばやく魔種の元にたどり着けるか。親衛隊を殺すことができるか。
ルル家の読み通り、本作戦の正念場はこの局面。
未だ、誰一人として欠けていないのは僥倖だった。
少女の攻撃は。在り方は諸刃の剣。高いリスクを負い、その上の必中に手を伸ばす。
手繰り寄せるは己の限界の先。回る回る。銀河が海練を伴って重なった――
ルル家の二連撃はシュナの体力を大きく削る。綺麗な顔が痛みに歪んだのが見えた。
レストの星屑ドレスがふわりと揺れた。
青いリボンのついたパラソルをゆっくりと振りかざせば、遊色の魔法陣が浮かび上がる。
揺らめく色のパレードは風を繰り、砂塵を戦場に呼んだ。
「ごめんあそばせ?」
吹き荒れる砂を纏った風嵐がシュナの傷に入り込んでいく。
風に赤色が混ざった。
レストが呼んだ砂は勢いを止め、地に落つる前に再び舞い上がった。
「これは……!?」
熱を孕んだ風。自分の魔法ではない。ミトラの攻撃だと、いち早く気づけたのは梟で戦場全体を見ていたから。
「危な……!」
レストの言葉は砂に遮られる。熱砂嵐がイレギュラーズを襲う。
「きゃ……!」
爆風と熱砂がLumiliaとメルナの身体を蹂躙する。目も開けていられぬ砂塵。白い肌が火炎を纏った石礫に焼かれていた。蓄積された傷に追い打ちを掛けるように入り込むシムーン。
「私は……! こんな所で!!!」
皮膚は焼け爛れ、赤い血が砂に混じろうとも。
それでも、メルナは前を向くことを止めていない。パンドラの輝きは満ちて――月の光が砂嵐を抜け走り出す。太陽(あに)を追いかけるように。違わぬ足音で。
メルナの剣がシュナの行く手を阻んだ。
「……ごめんなさい。せめて、すぐに終わらせるから……!」
メルナの叫び。シュナは血を吐きながら、眼の前の少女を。自分を殺す者を排斥しようと死体を繰る。
「――――」
高い金属音。
しかし、シュナの決死の攻撃もメルナの大剣に弾かれ間合いが詰まった。
「くっ……」
蒼い剣が蹂躙を持って――敵の身体に深々と突き刺さる。
「シュナ!」
宣言通り。心臓を一突き。フィーの回復が施されるよりも早く。痛みを感じるより早く、命の灯火は消えたのだろう。
覚悟を持ったメルナの、その剣にブラッディ・レッドの雫が流れていた。
それは彼女の涙だったのかもしれない。
ラルフは戦場を冷静に見据えていた。
黒羽が思ったよりも傷を負ってしまっている事も、想定の範疇。親衛隊の一人を早々に屠れたのも作戦通りというわけだ。
彼が積み重ねてきた経験は死線といえるものばかりであろう。
今を把握し。未来を見る。
混沌の探求者。ラルフ・ザン・ネセサリーは機を読み、蠍姫の弾丸をフィーに打ち込んだ。
「――!」
死毒に侵された少女の身体は内側から燃えるような爛れと止まらぬ血に激痛を味わう。
「あぁあああ!?」
地面を転がり、のたうち回るソレに。終わりを与えてやる。
無慈悲だというその攻撃は。これ以上の苦しみを消し去る『必殺』の拳だ。
痛いと思う時間すら無く。少女は頭蓋骨の中身をぶちまけた。
「ごめん、ね?」
今にも泣き出しそうな瞳でルアナは目の前のエジェを斬った。
命を失いルアナにしなだれかかった亡骸を見つめ。ざりざりとした心を吐き出す。
「ねぇかみさま。物語の勇者様って、人を殺す事ってあるのかな」
挟持が。正義が。違う同じ人間。それを切らねばならぬその苦しみに。
少女の心は軋みを上げ悲しみの涙を浮かべる。
「ルアナは勇者になれるのかな?」
その小さな声に、大丈夫だと頷いてみせるのは九鬼だ。
「私は悲しむ人を少しでも減らす為に刃を振るうと決め、今まで振るってきました……」
その中で人を殺した。それは悪であった。大を救うため小(あく)を切り捨てた。
此処で止めなければより多くの犠牲者が出てしまうのだ。
「自分に降りかかった悲劇を、他者に繰り返す……そんな彼女を、絶対に止めてみせます!」
だから、ルアナの行動は間違ってなんかいない。
彼女を否定すれば、九鬼自身の信念を閉ざすという事になってしまう。だから。
「大丈夫です。私達は間違っていません!」
アイシクル・ピンクの瞳が覚悟の光を宿す。九鬼は残ったロロを捉え、食らいついた。
霊刀との契約は命ある者を斬り続けること。でも、罪のない人を斬りたくは無かった。
悪を斬る鬼であれ――
そう思ったのは、いつの日だっただろうか。
「イン、行くよ!」
『強敵か。食うのが楽しみだ』
神立は神速の剣技だ。対して相手は俊足。
「どちらが速いか、勝負ってところね」
「……」
姿勢を落とし一気に距離を詰めてくるロロに九鬼はその場で構えた。
後ろに下がっている余裕など無い。地を蹴る音が聞こえる。柄を握る音がする。
轟音。
神義の速さで振るわれる刀は空気を震わせ、雷の如く光を放った。
極度に身体への負担を掛ける技。反動は九鬼の内蔵を揺らす。血を口から流し、それでもまだ立ち続ける彼女の前にはロロの姿。
不運にも寸前の差で差し込まれた毒剣に視界が歪む。
だが。
「まだよ!」
構え直した刀に力が宿った。まだ、終わっていない。九鬼の剣は失速していない。
返す刃。二連撃の爆音と閃光。
恍惚の狭間に少年は九鬼の金色の美しい髪を見た。
それは記憶の中の母親に見えたのかもしれない。
「母さん……?」
ゆっくりと倒れていくロロは、幸せそうな笑顔で美しい幻影に抱かれながら。息絶えたのだ。
「みんな死んじゃった……うぅ」
「すまねぇな」
ミトラの呟きに黒羽が応える。子猫の爪を一身に受けた男は体力のギリギリのところで耐えていた。
辛いであろうその身体。けれど、それを顔に出すことはなく。
「うぅ、えーん! みんな死んじゃった。死んじゃ……えぇん!」
悲しみに自分の感情を抑えられないミトラの攻撃を受け続けた。
「よおし、よおし。目が覚めたら、また遊ぼうな……」
ミトラの鳴き声と黒羽が地面に倒れる音が響く。
「返して。私の友達……。えっぐ、うう」
ゆらりと立ち上がるミトラ。先程までとは違う空気。
悲しみと激情が渦巻く怒りにも似た感情が、ミトラを、戦場を覆っていく。
●
執拗に狙われたLumiliaが肩で息をしていた。
並の回避能力ではないLumiliaが軽々と避ける様を見て、ミトラは悲しみから一変。大いに歓喜した。
鳥を追いかける猫の如く。捕まえては離しを繰り返したのだ。
Lumiliaの白いドレスにじわりと赤い花が散る。
「ねえ、鳥籠に行こう? 私と一緒に。あなただったら分かるかも」
誘なう指先。腰を這う尻尾。至近距離で見るミトラの瞳にLumilia(じぶん)の姿が映り込む。
逃れられぬ色香に美しき羽がひらりと落ちた。
ミトラに背を預け、くるりと踵を返すLumilia。光を失った瞳はイレギュラーズへと向けられる。
「ふふふ。癒し治すのが私の使命」
魔種の魅了を受けたLumiliaにダーク・ヴァイオレットの影が絡みついた。
それは四音の癒やしの呼び声。黒い羽の御使いが祝福の音色を伴ってやってくる。
「必ず皆さんを守ってみせますから。安心して戦ってくださいね」
美しき羽を黒い影が撫でれば、Lumiliaの薄金の瞳に輝きが蘇る。
「あ……、私は」
魅了から開放され、意識を取り戻したLumiliaは儚い微笑みをカーマインの抱擁へと向けた。
「ありがとうございます。四音さん」
(勿論、そのためには私自身も立ち続けませんとね)
四音は嗤う。
こんなに濃密な物語の詩を。間近に感じられる好機。寝ていることなど出来はしない。
愉悦を含んだ笑みを浮かべ四音は戦場を見つめていた。
ミトラの興味を一手に引き受ける事となったLumiliaを援護するように、ラルフが魔種の前に立ちはだかった。玩具を取り上げられた子供の顔で頬を膨らませるミトラをこれ以上前に進ませまいと威圧する。
「もー! どいてよぉ」
前に出ようと横に飛び出せば、同じ様についてくるラルフに、苛立ちは募っていった。
フェイントや小賢しい細工など不要。
ただ、子供をあやす様に。しかし、的確に進路を塞ぐ。
「うううー!!!」
地団駄を踏む子供の如く。ヒステリックにミトラは怒りを顕にしラルフに攻撃を仕掛けた。
出血を伴ってミトラの剣がラルフに食い込む。切り裂かれた彼の皮膚から血が吹き上がった。
それでも、ラルフは立ち続ける。
仲間の存在がある限り、この場所が今出来る最良だと理解しているから。
身体を張って、魔種の攻撃を受け続けた。
ラルフの肩越しに戦場を見渡し、ミトラは見覚えのある顔に目を開く。
「あれ……? お兄ちゃん? 何でそっちに居るの?」
今。気づいたというように。驚きを隠せないミトラが声を上げた。
「お兄ちゃん?」
キアンの心が揺れる。たった一人の血のつながった家族を見捨ててしまうのかと。罪悪感に鉛のような胸の息苦しさを感じる。
ミトラの心は純粋に。兄が傍に居てくれることを信じている。そう断言できる程に無垢な瞳で少年を見つめる少女。
しかし。と少年はイレギュラーズに視線を送る。
そこに否定の色は見えない。
「好きにしろ」
ラルフは突き放す様に声を掛けた。それ以外に何をいえるだろうか。
己の言霊は力を有する。それ故に掛けられた相手の意志を捻じ曲げてしまう事もあるのだとラルフは自覚している。だから、道を示すことはしない。『自由』なのだとその背が語る。
敵対するならば排除するまでだ。ただ、それだけのこと。
後悔のない選択をしてほしいと、ルル家はターコイズ・グリーンの瞳を伏せる。
家族の命を奪おうとしている自分たちに何を伝えることが出来ようか。
上っ面の言葉など不要だろう。世界の敵だと判断されようとも、たった一人の家族の元へ行ってしまうことを自分達が止めれる筈もないのだ。
ルル家にはキアンがぐっと拳を握ったのが分かった。
「俺は……。終わらせる。此処であいつを眠らせてやる」
それが、少年の『後悔』であったのだろうとレストは目を細める。
生まれた時から共に在った片割れの苦痛を終わらせてやりたいと。
その決意。レストは胸に刻む。
Lumiliaが己の考えた言葉が杞憂に終わった事に胸を撫で下ろした。
ならば。もう憂うことはない。
全力で。立ち向かうだけ。
「お兄ちゃん……。何で?」
ラルフはぽつりと溢れたミトラの声を聞いた。
●
戦場は熾烈を極めた。文字通りの総力戦。
傭兵団の面々も援護に加わったが、その殆どが戦闘不能に陥っていた。
さりとて、イレギュラーズもやられているばかりではない。
連携に連携を重ね。技を放ち。体力を大幅に減らしているのだ。
しかし、未だ手探りの勝機が揺らめいている。
「やはり、並大抵じゃねぇな」
マグナッドが倒れた『息子達』を抱えて戦場の隅へゆっくりと降ろす。命に別状は無いがこれ以上戦場に立たせるわけには行かない。
「死ぬなよ。ラノール」
白牛は最前線に立ち続ける『我が子』を想った。
ラノールには。死ねない理由があった。
濃紺の夜空に輝く星であらねばならなかった。愛しき夜鷹が迷わぬよう。
手をとるために。彼女の元に帰るために。
「ウオォォォ!」
巨大なマトックが爪牙を剥く。ミトラの皮膚をがりりと削り取る。
ラノールの耳が向きを変えた。魔種の尻尾に着いた剣の風を斬る音を読む。
「私には、当たらないよ」
ひらりと太刀筋を躱し。追撃のヘイトレッド・トランプルが魔種を撃つ。
魔種といえど、命中に特化しているわけではないミトラの攻撃は。ラノールを捉える確率が大幅に下がってしまうのだろう。それだけ、ラノール・メルカノワは避けた。避け続けた。
「もー! あたんないー!」
言いながら。口の端は笑っている。何処か楽しんでいる様にも見えた。
ラノールの影から飛び出したのはルアナ。
全身全霊の力を込めて大剣を振るう。ラノールが切り裂いた傷目掛けて突進した。
「ルアナが道を拓くから!」
勇者たる先見の明。敵の懐に飛び込み、己の身体を。命を削り。
それでも勇気だけは失わない――
仲間が居るから。一人じゃないから。
たとえこの剣が少ししか届かなくても。ルアナには後に続く仲間が居る。
パンドラの箱をこじ開けて。己が命の輝きで、好機を掴み取る。
それはまさしく勇者の器。
「今だよ――――!!!」
「はい!!!」
ルアナの声に応えるのは。太陽に焦がれた月の剣。
美麗な銀の髪が流れる。灯された明かりに煌めいて星を連れているよう。
兄の様になれない事を一番自覚しているのは。メルナ自身なのだろう。
だからこそ。兄に成ることを望む。そうあろうと自己を戒める。
面影を。そこに見ていたいから。
「そこだぁああ!!!」
全体体重を乗せたメルナの剣技はミトラの身体を切り裂いた。
Lumiliaはミトラから距離を取り、冷静な瞳で呪歌の剣を携える。
薄金の瞳をわずかに伏せ、呼吸を整えた。
細身の剣を正面に構え左手を刀身に添える。
少女が描くは無数の瑠璃花。夜の香りを纏わせた花はゆらりと魔種へと飛びついた。
「ねぇ、分かんないよ! どうしてなの!?」
何が理解できないのか。何に怒っているのか。ミトラ自身も既に分からなくなっている。その様子をLumiliaは冷静に観察する。
毒は効かぬのは承知。しかし、その他は優位。
「もおおおー!!!」
Lumilia目掛けて怒りの攻撃を放つ魔種。
それを真正面から受け、パンドラの輝きを放ち。立ち続ける強い意志――
「ルーン・ロベリア」
Lumiliaの鈴の様な声が戦場に響き、ミトラの身体に大きな傷を刻んだ。
レストのパラソルが揺れる。キラキラと虹色の煌めきを戦場に降り注いでいた。
「大丈夫よ~。今、治すわ~」
パラソルが静かに畳まれ魔素がレストの周りに集まっていく。
レストの魔法陣は形を変え今にも弾けそうな蕾となる。
「夢のゆめ。空に揺蕩う、風の標。この手に咲き誇る、癒やしの花となれ――」
大輪が咲く。パステルカラーの夢色が弾けた。
それは傷ついたラルフの身体を急速に癒やしていく。
倒れそうになる身体を仲間の癒やしで繋ぎ止めながら、ラルフは機を測っていた。
パンドラは燃えて。満身創痍。血は体中から溢れている。
しかし、それは敵とて同じ。だから、ラルフは攻性に。その左手を上げた。
「仕掛ける――!」
ミトラの懐に入り込み、左腕の肉を削ぐ。
避けるであろう右側、その軸足に蹴りを入れた。しかし、魔種はそれで倒れるような弱さではない。
それも想定内。狙いは叩き込まれるであろう尾の双剣。
「もー! これでも、食らえ!!!」
その絶大なる威力を攫う――――
力の反動。ラルフの身体は軋みを上げる。
しかし、己の痛みなど些末なこと。ミトラに無くて、自分にはあるもの。仲間という存在は的確に自分を動かし続ける。
ラルフの拳はミトラの重心を崩し、無防備になった腹を打ち抜いた。
「か、はっ!」
地面を転がる魔種が血を吐き出す。
「痛いのは、はぁ、はぁ……気持ちいい、なんだよ」
明確な致命傷。
しかし、それでもまだ立ち上がった魔種はイレギュラーズに向かってくる。
「過去を変えることはできませんが。せめて……」
霊刀【因業断】を握り、九鬼が魔種に狙いを定める。ルル家が挟み込む様に妖刀を構えた。
リスクを抱え。高みを目指す。似た二人の剣舞が咲く。
九鬼が先に地を蹴った。
因業断の刃は光を纏い、力が溢れていく。
この世に神様が居るのならば、せめてせめて。こんな悲しい物語に終焉を。奇跡を願う。
「繰り返す悲劇はここで終わらせる!」
気まぐれな運命の女神は振り向かない。けれど、この一太刀にはこの場に集まった人々の願いが込められている。傭兵団が、仲間が紡ぎ出した一縷の光。
その想い――込めて。
「痛いのも、これで終わりです!!!」
ミトラを正面から捉えた一閃。
魔種の瞳は、まだ諦めていない。藻掻き、死に抗い。
生きたいと九鬼に手を伸ばす。
九鬼のアイシクル・ピンクの瞳に魔種が映り込んだ。それでも、少女は逃げない。
魔種が写り込んだ、その後ろ。
膨れ上がった混沌。夢見 ルル家の姿が映り込む。
「眠りなさいミトラ。永久に」
黒き霧は鋭利な槍となりて――魔種の身体を穿った。
――――
――
此処でお別れ。
呆気なくて、悲しいだけの。幕引き。
「確率が低いのは判っているわ。けれど、それで諦めて何になるのかしら?」
レスト・リゾートが水色の瞳を上げる。
パラソル・ステッキから呼び起こされる光明の白鴉を。
迷いのない意志で『自身』に降らせた。
アガットの赤はミトラに降り注ぎ。
「大人の都合で悲しませてしまったのなら、大人が責任取らなきゃね。そうでしょう~?」
ミトラの血と。レストの血と。
「この状態で旅人である私の血を与えたら、魔種化を止められないでしょうか?」
四音は微笑む。
物語の頁をめくる為なら。己の血さえ――
「私の命を注いであげる。さあ、お食べ?」
フィナーレにはまだ早い。
アンコールが鳴り響く――――
ミトラの魂を救うために奇跡の発動を願った。レストと四音。そして、九鬼。
しかし、気まぐれな神は必ずしも力を貸すとは限らない。
四音は旅人の魔種化が観測されていないという点に着目し、己の血肉を与えることで、何らかの抵抗をミトラに与えることが出来ると考えたのである。だから、己の血飛沫をミトラに浴びせた。
この試みはおそらくメカニズム的には失敗に終わった。四音が観測できた範囲では少なくとも己が血は魔種に何ら影響を与えることはなかった。
だが。
違ったのはその先だ。
ミトラにとって痛みとは、快楽であり。苦痛に歪む顔や心である。あるいは快楽となってしまったマゾヒズムであれば理解ができる。
だが今発生した事態は予想外に過ぎた。
誰かのために己を犠牲とするなど、ミトラは考えたこともなかったのである。
ミトラの左半分は笑っている。右半分は悲しみの涙を薄く流している。
そのどちらもが悲しみに変わる。元の蒼色へと変わる。
それは、PandoraPartyProjectならぬ偶然の奇跡。
『誰かの為に』と願った。特異運命座標が手繰り寄せた一瞬の狭間(ゆらぎ)。
「ミトラ――――!!!」
「おにいちゃん……痛いの終わらせて?」
妹の苦しげな表情にキアンは手に持った剣を取り出す。
ぶるぶると震える手に思った様に力が入らない。それを優しく制したのは『兄』であるラノール。
そして、ラルフの暗い緋色の鋭い目。けれど、どこか優しい瞳。
「恨む相手も居らねばいけないだろう?」
少年の剣を素早く攫い、ラルフは魔種の心臓目掛けて突き立てる。
「自分を責め続ける人生を背負うにはまだ早い」
――――
――
泣かないで、お兄ちゃん。
この二ヶ月間は。私の短い人生の中で一番幸せな時間だった。
ただ、耐えるだけの痛みから開放され、安心して眠ることができた。
美味しい食事と愛してくれる友達と。たくさんの快楽に身を委ね、遊んだ。
あの時死んでしまっていたら、私の中には何も残らなかった。
ローレットのあなた達との戦いですら、私にとっては『楽しい』思い出。
剣を交えた瞬間も、心ときめく触れ合いも。掛けられた言葉に思い悩むことも無かった。
これは神様がくれたご褒美なんだよ。
あの時の戦いをありありと思い出すことが出来る。
琥珀色の瞳をした優しい精霊は涙を浮かべていた。
叡智の魔王は戦場を的確に見据え戦闘(苦痛)を終わらせようとしていた。
私達の境遇に自身を重ねた蒼き楔は生きる糧として己が背を差し出した。
紫の魔女は私に問うた。兄を支配したいのかと。そのやり取りでさえ。煌めく記憶。
灰の瞳をした彼女へ答えをまだ言っていなかったと思い出した。
手を伸ばせと言ってくれた吟遊詩人は優しく力強い声だった。
赤き勇気で眼の前に立ちはだかったあの人ともう一度戦ってみたかった。
無力な私を斬り捨てた美しき凶器に触れてみたかった。
胸に剣が突き立てられる。
真っ直ぐに命を奪う優しい剣先。
瞳を動かす。
私の命が尽きるのを。みんな、見守ってくれている。
優しい人達。
暗い緋色の瞳で私の中に凶器を突き立てる貴方は、どこまでも優しいね。
叡智の魔王に見守られた小さな勇者が眩しくて、可愛くて、羨ましいな。
綺麗な翼。やっぱり鳥は青い空を飛んでるのが一番綺麗だって思うの。
お兄ちゃんの影を追いかける貴女。私に似てるって言ったら怒ってしまうかな?
痛みを終わらせてくれるって言ってくれた。優しい鬼名の貴女。
私のために自分を傷つけたお姉さんにごめんなさいって言いたいな。
真っ直ぐな緑瞳でいつも私を見つめてくれた貴女に応えたかった。
何度も起き上がってくる貴方には私を攻撃しなかったのはどうしてか聞いてみたかったな。
飛べる小鳥を鳥籠で飼う理由。最後まで分からなかったよ。ごめんね。
お兄ちゃんのお兄ちゃんは私のお兄ちゃんかな。そうだったら、すごく嬉しいな。
ねえ、お兄ちゃん。私のお願い聞いてくれる?
最初で最後のお願い。
いじっぱりで。でも本当は寂しがり屋の片割れを。どうか見守っていてほしいの。
ああ、楽しかった。
人生が辛くて痛くて苦しいだけじゃなくて、良かった。
遊んでくれて。言葉を掛けてくれて。幸せな時間をくれて。
ありがとう――――
●
幾ばくかの時間が過ぎて。それは数時間、否数分だったのかもしれない。
少年は妹の亡骸を撫で続けていた。
「キアン。そろそろ眠らせてやろう」
泣きはらした目に濡れた布をやって。ラノールはミトラとキアンを両手で抱き上げる。
「キアン、さん? ……貴方が生きていることが、あの子が生きていた証。だからお願い……」
「……生きていて欲しい」
ルアナとメルナが抱きかかえられたキアンの手を握り言葉を紡ぐ。
「妹さんが貴方を大切に思っていたって私達にも分かったから」
「だからね。あの子との思い出と一緒にこれからも生きてほしいの」
ラノールは羽根のように軽い双子の身体をふわりと抱きしめて。
「よく頑張ったな」
キアンが『弟』となるならば、ミトラにだって『妹』になれる可能性だってあったはずなのだ。
その妹から託された願いを胸に。ラノールは遺跡の外、青い空を見上げた。
ただ、願わくば。痛みも苦しみも無い。
穏やかで安らかなる眠りを――――
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。いかがだったでしょうか。
皆さんのお陰でミトラの心は救われました。
ご参加ありがとうございました。
称号獲得
Lumilia=Sherwood(p3p000381):白綾の音色
メルナ(p3p002292):青の十六夜
GMコメント
もみじです。蠍残党を一掃しましょう。
EX、死亡判定ありです。ご注意下さい。
●目的
魔種の討伐
●情報精度B
不明点はありますが、作戦に必要な分ついては、しっかりとした情報が揃っています。
●ロケーション
アルダハ遺跡の広場。明かりが灯されているので戦闘に支障はありません。
イレギュラーズが侵入した事を感知して敵が集まってきた所からスタートです。
最奥に魔種と親衛隊。その前に盗賊達十数名が居ます。
付近には連れ去られた少女達の亡骸が転がっています。
●敵
魔種。
親衛隊の少年少女。盗賊達。
○色欲の魔種『クティータ』ミトラ
キアンの双子の妹。10歳。麻薬漬けにされた元奴隷の少女。原罪の呼び声に引かれ魔種へと成りました。
薄布と宝石を纏い、微笑みを浮かべています。
痛みや苦痛に歪む表情が楽しいようです。
・切り裂く:物近列、出血、流血、HA吸収小、連、ダメージ
・ファッシネイト:神至単、出血、魅了、ダメージ大
・カルトアルテ:神遠範、恍惚、苦鳴、ダメージ
・キトゥンダンス:物中範、出血、ダメージ大
・子猫の抱擁:神至単、HA回復、治癒
・シムーン(熱砂嵐):神中範、火炎、猛毒、ブレイク
・毒耐性、不吉耐性、麻痺耐性、精神耐性(其々に類するBS無効)
○親衛隊の少年少女×4名
シュナ(ネクロマンサーで転がっている死体を操ります)
エジェ(踊り子で近接攻撃を仕掛けてきます)
フィー(ハーミットで回復や魔法を使います)
ロロ(フェンサーで俊敏、近接攻撃を仕掛けてきます)
ミトラの影響で完全に狂気に染まった状態です。
戦闘能力はそこそこですが、後戻り出来ないところまで来ており、殺害するほかありません。
このままでは最悪のケース(反転)も考えられるでしょう。
○十数名の盗賊たち
ミトラの洗脳により彼女に従っています。呼び声の影響で狂気に染まりかけています。
剣での攻撃、マーク、ブロック等の妨害を行います。
●味方
○『白牛』マグナッド・グローリー
傭兵団『白牛の雄叫び』の団長。
巨大なハンマーを軽々と振り回し戦場を駆けます。
イレギュラーズが魔種と対峙しやすいよう取り計らってくれます。
○『白牛の雄叫び』の団員×6名
傭兵団の中核を担う精鋭部隊。そこそこ強いです。
近接攻撃2名、盾役2名、回復1名、遠距離攻撃1名の役割分担をしています。
○獣種の少年
白牛の雄叫びの新入り。フードを目深に被った少年。
毒塗の短剣で武装しており、俊敏でそこそこ強いようです。
後悔を胸に秘めているようです。
●同行NPC
・『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
神秘バランス型。回復をメインに神秘攻撃が使えます。
皆さんと同じか、やや弱い程度の実力。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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