シナリオ詳細
不在証明は、溺死する。
オープニング
●
異端審問官として、自分は良くやってきたと思う。
忠実にこの国の正義に従ってきた。
不正義に対して己の役目を果たしてきた。
それは神父達も認めているところだ。
神は存在する。
我らの信じる神は存在する。
―――神は一体どこから創造されたのですか?
神は、自己原因。
神は、自ら自分を在らしめた。
ならば我が神よ、忠実なる信徒たる私が、問おう。
何故、私は救われない?
何故、我々は救われない?
辻褄が合わない。
真実と虚偽が夜に混ざり合う。
しかし、真も偽も、閉ざされた口の前では何ら違いは無い。
我が妻は復讐の暴徒に殺された。
我が娘は重篤の病魔に蝕まれた。
一体、私は。
あと何人の”無実の民人”を殺めれば、救われるというのか?
答えておくれ、神父様。
答えておくれ、我が神よ。
―――答えておくれ、我が愛しい家族たちよ。
●
深夜と早朝のハザマの時刻。
異端審問官である彼の内に燻っていた不正義が膨張して、胸を叩きつけた。
ベッドから起き上がり、彼は掌を見詰める。
暴走する獣性。
また今夜も、夢と現実が夜に混ざり合う。
―――けれど、そのどちらも。
閉ざされた眼の前では何ら違いは無い。
男は、抱き始めた違和感に押し潰されて、知ってしまった。
神は居ない。
神など居ない。
私は救われない。
ならば、私は―――。
男は純白の手袋と、手入れの行き届いた剣を手に取る。
だから、私は―――。
優秀な異端審問官たる彼は、玄関を開け、冷たい空気を大きく灰に取り込む。
けれど、私は―――。
そして彼は、異端になった。
●ローレットへの依頼
「異端審問官ゼロッテの断罪に手を貸して頂きたい」
柔和な声色で一人の神父が言った。
その声色に反し、神父の表情は冴えない。
「ゼロッテはこれまで極めて模範的な異端審問官として、教義に順じていましたが、
最近、彼の様子がおかしいのです。
信徒らによる調査の結果、彼は不正義の思想に染まりつつあるようだとわかりました。
俄かに信じがたいことです。
……しかし、確かに彼の周辺に不幸が続いていたのは事実。
彼には動機がある。ちっぽけではありますがね。
そして、そういう考えだから、―――彼は何時までも救われない」
「……それで、”つつある”で処分してしまって構わないのか?」
イレギュラーズの一人が尋ねた。
「彼は反逆する」
その問いかけに、神父は間を空けず答えた。
「告発がありました。
不正義は秘匿できません。
まだ正確な情報は得られていませんが、やがて彼は事を起こすでしょう。
皆様には先に街へ入り、ゼロッテが動き次第確保をお願いしたい」
「そちらの騎士の断罪では、不満が?」
いえ、と神父は、口元に手を当てた。
その眼には、明確な侮蔑が浮かんでいる。
「ただ―――、汚いでしょう?」
堕ちた異端審問官の血などは。
●反逆の時
「や、止めろ……!」
必死の形相をした一人の司祭がゼロッテの元へ駆けるが、ゼロッテはそれを容易く斬り捨てた。
「第六聖典を確保せよ」
「は!」
ゼロッテが大剣を薙ぐと、一筋の紅い軌跡。
短い悲鳴が残響する。
礼拝に来ていた十名の市民は、すぐさま黒衣を身に纏う教会魔術師達に取り押さえられていた。
ゆっくりと歩みを進め、ゼロッテは祭壇から上を仰ぐ。
豪華絢爛なステンドグラス。
我らが神への、祈りの場―――。
「全て、まやかし」
正義も不正義も全て同じだ。
≪最愛の妻≫(ブルネッタ)、そして≪最愛の娘≫(セリア)―――。
ゼロッテは振り返る。
血濡れの祭壇から睥睨すれば、信徒たちの怯えの視線が跳ね返る。
全て同じだ。
君たちが居ないなら、何もかも同じだ……。
- 不在証明は、溺死する。完了
- GM名いかるが
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年01月18日 23時00分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
大聖堂に突入したイレギュラーズ達。
『水晶角の龍』リヴィエラ・アーシェ・キングストン(p3p006628)は殿を務めその唯一の扉の前に立つと、『灰燼』グレイ=アッシュ(p3p000901)の懐からはファミリアーによる使役を受けた鼠が飛び出していった。
『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)と『応報の翼』ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)の眼光は鋭く―――エネミースキャンによる索敵がすぐさま始まった。
(私達旅人が居る以上、神のような存在の介在は間違いないのでしょうけど。
奥さんと娘さんを亡くし、神様を信じられなくなった。
……えぇ、気持ちは分からなくもないわ)
でも。―――色々と聞きたいこともある。
そう内心で続けた『ふわふわな嫉妬心』エンヴィ=グレノール(p3p000051)は、緑色の瞳を細めた。
「―――神の使徒が貴方を断罪に来ました」
聖堂内に、穏やかな声が響く。
『ホワイトウィドウ』コロナ(p3p006487)の聖女の様な笑みと、いっそその穏やかさが鋭利な刃物に成った様な、そんな宣告。
少なくともゼロッテには、そう聞こえただろう。
コロナが優しければ優しいほどに。
その刃は、研ぎ澄まされていく。
「どうやら、招かれざる客人に見受けられるな」
低く良く通る声が響く。
それが、ゼロッテの第一声だった。
「人質に手を出さないと約束するなら、天義の神の名のもとに、私たちも正面から戦うと約束しましょう。
……神に選ばれしイレギュラーズを倒し、その不在を証明するか外道に堕ちるか、如何します?」
コロナの返答に、教会魔術師には僅かな動揺と強い否定の色が、そして捕えられていた人質には灯された希望が広まった。
(異端審問官。断罪する者。
心が蝕まれようが『信仰』の二文字で誤魔化して来たのでしょうが……)
常に人の生と死を見つめ、心の迷いを受け入れ、祈りを捧げる―――そんな日々を生きる『ほのあかり』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)にとって、ゼロッテの姿はどう映るのであろう?
(この天義で『模範的』って言われた程の敬虔な人が反逆なんて、何故?)
静寂の中、一人『夢見る狐子』ヒィロ=エヒト(p3p002503)が自問しつつ、均衡を破る様に先頭を切った。
ゼロッテの眼が細められる。ヒィロはそのまま、ゼロッテを受け持つ心づもりだ。
(―――きっとゼロッテさんにとっては何よりも代え難い、耐え難い不幸だったんじゃないかな。
それを思うと悲しくなるけど、でも、ゼロッテさんが奪ってしまった命の代償は償わないと)
「ボク達の手で―――!」
ヒィロの曲刀の切っ先は教会魔術師達がゼロッテの前に立ちはだかり、受け止められる―――が。
「っ……!」
思わず魔術師達が顔を顰める。強烈な発光が彼らを襲ったからだ。
聖刀『禍斬・華』から放たれるその光。
(私にも、他人事じゃないのかも知れないね。
……でもどんな理由があったって、関係ない人を巻き込むなんて許さない)
「天義騎士見習い、サクラ!
この狼藉を止めに来ました!」
依頼なんて、関係ない。たったの一人も死なせるもんか―――!
『神無牡丹』サクラ(p3p005004)の瞳に宿るのは、確固たる意志。
「……全面戦争、と云う訳か」
≪我が国≫(天義)も腑抜けたものだ、己の手で私を断罪する事すら出来ぬとは!
よろしい。貴殿達にお見せしよう、≪我が国≫の真実を」
ゼロッテが口の端を歪めた。その声色には、十分な怒気が孕まれている。
―――不愉快な思いはあるが仕事は仕事だ。今は割り切ろう。
『影刃赫灼』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)の異形の眼が、そんな眼前のゼロッテを見据える。
敵は、”殺す”。
それが死神としてやるべき仕事なのだから。
……始まるのは、異端狩り。
―――ああ、それは。
嘗てはゼロッテ、彼本人の使命であったのだろうに。
●
「此度の不正義に神は嘆き、御怒りである!
其処な異端者の命を以て罪は洗い流されるだろう」
グレイの何処か芝居じみた宣言に続き、
「人質を解放し、大人しく投降する気はありますか?」
クラリーチェが教会魔術師達へ問う。
これは、彼らの覚悟への最後の問い。
そして逃げ道でもある。
死ぬことで自らの心に殉じてもいいし、
投降して命永らえても良いという―――。
「……」
教会魔術師達は無言で首を振る。
そうであるのなら……。
「聖典は何処?」
イレギュラーズ達はまず聖典の確保に動く。
ミニュイの問いかけに、当然教会魔術師達が答える事は無い。
それは彼女も理解している。むしろ重要なのは、
(誰が聖典を持っているのか……)
彼らの”心の内”だ。
「―――聖典は、其処ね」
「何……?」
ミニュイの静かな言葉に、視線の合った教会魔術師が顔を強張らせた。
併せて、エンヴィは事前に第六聖典’九の章’の特徴を依頼主から聞き出しているし、
(色は―――ああ、そう。”その色”、なのね)
リヴィエラが己のギフトを使い、第六聖典’九の章’であろう箇所から感じ取った色は、……そうであって欲しくなかった≪黒色≫(憎しみの色)。
「左から二人目の魔術師が持っている本が、聖典よ!」
リヴィエラの声に、いち早くサクラが駆け、魔術師達へと斬り込む。
(だが、残りの教会魔術師は―――)
ゲオルグが感覚を研ぎ澄まし周囲を見渡す。グレイのファミリアーたる鼠が、どうやら二階へ向かっているらしい。
―――そして、そこに耳を向けると。
「させんぞ―――!」
ヒィロとサクラ共々後退させんと、即座に教会魔術師達から光弾が放たれる。
「っ……!」
前衛陣を激しい魔術攻撃が襲うが、
「支援します!」
コロナの身から蒼い衝撃波が放たれると、堪らず魔術師達の攻撃が止む。ゲオルグもすぐさま医療魔術を展開すれば、前衛陣の傷も瞬く間に癒える。
「やるな」
ゼロッテが忌々しげにイレギュラーズを睨んだ。
そして、彼が踏み込むと―――、一閃。
鮮やかな剣跡がヒィロを襲い、その攻撃を太盾で受ける。
「―――上だ!」
突如、ゲオルグの声が響く。
……上とは? そう問う者は、此処には居らず。
(―――見つけたぞ)
既に、ゲオルグの指さす方へ、エンヴィが魔銃の照準を二階に合わせていた。
「……お見通し、と云う訳か!」
つくづく遣り辛い―――そう続けたゼロッテの苦い表情。
何故なら、エンヴィのその照準の先には、彼が潜ませておいた”残りの教会魔術師達”が居たからだ。
すぐさま続いて、乾いた発砲音が数発。
直後、残響する呻き声……、しかし、残念ながら、敵の急所は外した様だ。
「私の弾丸を避けられるの? ……妬ましいわね」
「云ってる場合か―――!」
クロバの影が躍り出る。彼が狙う敵は、
「其処を退け!」
鬼気を乗せ、雷を纏った一閃―――その凄絶なる剣戟が、人質を囲っている教会魔術師達を襲った。
「信仰深い皆さん、どうか恐れないで……!」
捕えられていた市民たちが、リヴィエラの声に、そして、
「―――出口に向かって走って下さい!」
クラリーチェが引き続いて、人質たちを退避させる。クラリーチェは追いすがるように魔術を放つ教会魔術師達へ向け、神秘封印の秘術を展開する。
「安心して逃げるんだ! 私たちが援護する!」
走り出す市民達を教会魔術師達が見す見す逃さないのは必然。しかし、出入り口付近にはゲオルグとグレイが控え、市民達の脱出を援護する。
「何をやっている!」
苛立ちを隠さないゼロッテの声色は、しかし、直ぐに閉ざされる。
(天義の掲げる正義の執行人たる異端審問官に、今更神を否定させた絶望が何なのか
―――知りたくて堪らない)
ミニュイが舞踏の様に斬り込む。蹂躙の斬撃が教会魔術師達を薙ぐと、
(ゼロッテくん、彼の物語はすごく見応えがありそうなのに残念だ)
「”―――実らぬ努力を知れ。その身一つで抗ってみせろ。”」
グレイが放つ、精神を呪縛する形而学的鎖が、教会魔術師達の魔術を陳腐化させる。
「何だと……!」
取り乱した教会魔術師に、クラリーチェが間髪入れず顕現させる有毒なる濃霧―――。
「これが―――”聖典”ね」
流れるような攻撃の後、ゼロッテが声の元―――サクラへと視線を遣ると、その右手には奪還した筈の書物が在った。
辺りを見渡すゼロッテ。
……周囲の魔術師は悉く己が魔術を無効化され、念のためと二階に備えさせていた残りの三名もどうやら戦いを続けられる様子では無さそうだった。
●
ゼロッテは剣を構えなおす。
殺めるべき十名は逃がした、破壊すべき聖典は失った。
だが、もし仮に。
世界の全てを一人で敵に回すとしても。
抗うと決めたのだ、この神無き世界に!
深い踏み込み。ヒィロは其れを認め、迎撃態勢を取る。
―――そして繰り出される暴虐的な一撃。それは、盾で受けるヒィロの眉を大きく歪ませるのに、余りに十分な威力だった。
「ゼロッテさん……、貴方の中の神は、正義は消えちゃったの!?」
ヒィロの純真な問いかけ。
それは、まだ僅かに残るゼロッテの心を苛む。
「無辜の血を流すことで、今感じている悲しみと怒りを、貴方自身が他の人に味わわせることになるんだよ!」
「私がせずとも天義が為す!」
ギン、と分かたれる二人。ゼロッテの声には多分の苦悩が滲み出ていた。
「これは断罪なんかじゃない!
ボクには、神様なんてどうでもいい!」
溢れ出る勇気、そして迸る闘志。
―――それがゼロッテを留まらせる。
「ゼロッテさんが出した犠牲者と残された家族への贖罪。
―――その為に死んで貰うんだよ!」
「やれるものならやってみよ、小娘!」
咄嗟にゼロッテは身を屈める。それでも躰を掠った弾丸。紅い血筋が、ゼロッテの頬を伝う。ゼロッテの視線の先には、エンヴィが魔銃を握っている。
「なぜ、天義に叛逆する道を選んだのかしら。
神の名を使い自分を利用した国への復讐の為?
それとも、これ以上天義の正義に則って人が罰されないようにする為?」
「ふん、良く分かっている。その何れもだ」
「では、すぐに聖典破壊と人質殺害をせず、立て籠もっている理由は何なのかしら」
「―――それは」
一瞬口ごもるゼロッテ。
「力ある聖典を破壊する為に何らかの儀式、おそらくは生贄を必要とする―――。
違うかしら?」
そんなゼロッテに空かさずサクラが問いかける。ゼロッテは僅かに瞳を大きくし、「その通りだ」と小さく頷いた。
「聖典は全て、破壊する。
神の規定を暴き―――この世の不実を、私は明かす!」
「その為に、無実の人を殺めて?
……確かに、私だって家族や友人がそうなった時に正義を、神を疑わずにいられるか自信はないよ」
「何を、分かったような口を―――」
「ううん、はっきりと分かるよ。貴方は間違っている!」
ゼロッテの言葉を遮り、サクラは断言する。
「”いずれの私”が貴方と同じ道を歩むかも知れなくても……!
―――”今の私”は、貴方を全力で止める!」
禍斬・華の柄を強く握りしめるサクラ。
それは、違えようの無い、真実の本心だから……!
ゼロッテは、一歩後退し右手を大きく上げる。滑らかで詠唱した呪術はすぐさま形となり、
「来るぞ!」
敵、そして周囲の状況を極めて冷静かつ的確に把握しているゲオルグが仲間に呼びかける。
直後、ゼロッテから放たれる業炎。その炎はヒィロ達を飲み込み、
(成る程面白い。だからせめて、最期くらいは飾ってあげよう。
―――『異端審問官が神の御名において裁かれる』なんて面白くないかな!)
真っ向からグレイが対抗療術を放つ。演じられた相貌はしかし、何処か楽しげだ。
結果として相殺された二つの魔術。そして、反撃とばかりにコロナとクラリーチェから攻勢魔術が放たれると、ゼロッテは大剣でそれを受け止めながらも顔を歪め―――。
「神ってのは、人に対して何もしないもんなんだよ」
クロバの肉薄を、許した。即座に剣を振るうと、夜煌竜一文字と大剣が悲鳴をあげるように交わる。
「故に信仰に篤かったアンタはすべてに裏切られたと思った。
……だが、それはハナから勘違いだ、”初めから居やしないものに救いを求めてた”んだ!」
クロバの剣に、ゼロッテが圧される。
ゼロッテの顔が、一層強く歪んだ。
「そして自分を悔いた!
何もできず運命に抗えなかった弱い自分に!」
「それは―――」
言いかけたゼロッテの言葉を、クロバは遮る。
「”俺”も似たもんだ……!」
「……っ!」
至近距離で睨み合った二人が、激しい残響と共に弾ける。
分かる。アンタの気持ちは、痛いほど分かる。
だから。
「……だから、アンタの悪夢はオレが終わらせる!
祈れ! オレの名はクロバ=ザ=ホロウメア―――」
「は―――」
それは、守りすら許さない絶速の一斬。
ゼロッテはその動作を前に、何処か乾いた笑みを浮かべた。
「―――”死神”だ!」
澄んだ水面の如く清冽な、無数の剣戟。
それらはゼロッテを精緻に斬り刻み。
……そして地面に倒れ込むゼロッテの姿を、ミニュイはじいと眺めていた。
(あなたの反逆はここで終わるけれど。
その絶望は―――、この白亜を穢せるものかもしれない)
●
倒れたゼロッテには微かな息。
クラリーチェは、もう数分と彼の命が持たない事を理解した。
(……ゼロッテさん。貴方だけは、ここで終わらせるしかない)
そして、その運命を受け入れるしかない。
「信仰は、命尽きるまで殉じてこそ。愛しい人との永訣ですら。
『彼らは神の御許へ旅立つことを許された』と思えてこそ、でしょう?」
ふ、とゼロッテは血濡れの口元を緩めた。クラリーチェは、その口元を拭う。
「他の神父のように、”不幸を試練”とは言いません」
コロナは、不規則な呼吸を繰り返すゼロッテの頬を撫ぜ、穏やかな声色で話しかける。 まるで刃の様に感じた、彼女の言葉は。
今ではゼロッテにとって、とても温かく―――。
「大切な人の死の辛さを乗り越えるのが試練というなら。
……試練の前提である人の死は何だというのです?」
「全くだ……」
途切れ途切れの声でゼロッテは絞り出す。
「ああ……、何故人は……。
生れ落ち、死に、それを、繰り返すというのか……」
何のために―――。
ゼロッテは何かに縋るように手を伸ばす。
何時かにあった、幸せか。
何時かにあった、信仰か。
ヒィロがその手を握る。
逝く最後くらいは、その温かさを思い出して欲しいから……。
数秒後、その手から力が抜ける。
「……貴方達の旅路に幸多からんことを」
呟かれたのは、ゼロッテと彼の家族に捧げる、クラリーチェの聖職者として最期の祈り。
(私は死ぬまで信仰の鎖に絡め取られた生き物。
≪死≫(開放)を願う者。
籠の中で空を見上げる者。
―――ああ、いっそ異端となれた貴方が)
少しだけ、羨ましい。そう感じたクラリーチェの隣に、ゲオルグが跪く。
「……私も祈ろう」
―――どうか、彼の魂が妻と娘と同じ場所へと導かれますように。
●
「神罰は執行され、罪は洗い流された。
彼の異端者に誑かされた者共も矛を収め、退くがいい」
逃げるならよし。そうでないなら始末を―――そこまで言いかけたグレイは、しかし、口を噤む。
(そろそろ審問官ごっこも飽きてきたな。
ゼロッテくん―――、もう居ないし)
興味が失せたかのようなグレイに代わり、ミニュイが続ける。
それは、戦闘不能にまで追い込まれたが生きながらえた教会魔術師達への最後通告。
「この結末を神罰と信じて再び神に帰依し、投降するも良し。
でも、違うなら。
反逆を続けるつもりなら。
ここで死ぬより、まだやれる事があるはず。……無辜の民の血を流す以外の方法で」
ミニュイは目を細める。その声には聊かの辛辣さを孕み、
「神の不在を証明するために、神を盲信する者と同じ事をしてどうするの―――?」
精神的支柱を失った教会魔術師達は程なく投降の意志を示した。
そんな様子を壁にもたれ掛かりながら眺めていたクロバは、腕を組みながら息を一つ吐く。
(どいつもこいつも正義正義……。
下らない正義の為に人の運命を捻じ曲げるのなら―――オレはこの国の”正義”を喰い殺す)
そして彼はそのまま、心底不愉快そうな表情で足早に大聖堂を後にした。
(……もしかしたら、ゼロッテさんは『神様なんて居ない』って自分に証明するために、こんな事をしたんじゃないかしら)
全ての処理が終わり、リヴィエラが大聖堂から出る寸前、彼女は再度その中を振り返る。
(本当に神様がいるなら、信心深い無実の人達は救われて、不正義な自分には罰が下るはずだ……って。
きっと何か、とても哀しい出来事が起こってしまったことを、神様がいない所為にして自分を納得させたくて)
ゼロッテの遺体は既に外へ運び出されている。
穏やかな死に顔とは対照的に……天義による彼の遺体の取り扱いは、極めて雑だった。
(だって……私には見えるもの)
ゼロッテが立っていた祭壇。
其処には、≪青い≫(哀しい)、綺麗な。
そんな色が―――。
●
―――神に祈りを、天に正義を、己が心に信念を、過てる者に、断罪を。
コロナの口から紡がれる、詩の一節の様な祈り―――。
劃して、一人の異端が断罪された。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
皆様の貴重なお時間を頂き、当シナリオへご参加してくださいまして、ありがとうございました。
まずは当方の体調不良により、ご返却遅れました事お詫び申し上げます。
対処すべき事柄、そして気に掛けるべき対象が多く、難易度以上に動き辛いシナリオだったのかなと感じています。
其処に対して、皆様十分な役割分担と適切なスキル構成で臨まれた事が理解できるプレイングであり、成功に値する内容でした。
また特に皆様の心情の部分がそれぞれキャラクターの個性を表しており大変興味深かったです。素敵な考察もあり、その点は素晴らしかったと感じています。
ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『不在証明は、溺死する』へのご参加有難うございました。
GMコメント
●依頼達成条件
・異端審問官ゼロッテの殺害
・第六聖典’九の章’の奪還
※人質の生死に関しては、達成条件に含まないものとします。
●情報確度
・Bです。OP、GMコメントに記載されている内容は全て事実でありますが、
ここに記されていない追加情報もあるかもしれません。
●現場状況
・≪天義≫(聖教国ネメシス)内のとある街にある大聖堂の中です。
・時刻は夜ですが、大聖堂内には光源が潤沢にあり、十分な視界が確保されています。
・異端審問官ゼロッテと彼に同調する教会魔術師七名が、大聖堂内の聖具第六聖典’九の章’と十名の市民を人質にして立てこもっています。
・シナリオは、イレギュラーズ達が大聖堂内に踏み込んだ所から開始します。
・出入り口は、正面扉以外は封鎖されています。
・聖具第六聖典’九の章’は、所謂書物の形態を有しています。
■大聖堂
・高く広々とした身廊が在り、木製の長椅子が並べられ、向かって最奥に祭壇があります。
・祭壇にはゼロッテと教会魔術師四名が居り、聖具第六聖典’九の章’と十名の市民を確保しています。
・残り三名の教会魔術師の所在は、シナリオ開始時には不明です。
●味方状況
特になし。
●敵状況
■『異端審問官ゼロッテ』
【状態】
・優秀な異端審問官。
・武闘派の異端審問官であり、大剣を用いた武術に優れます。
・幾らかの魔術知識も有しています。
【傾向】
・≪幻想≫等の一般人民と比較すると、非常に人格の優れるタイプの男性です。
・聖具第六聖典’九の章’の破壊、十名の市民の殺害を手始めに、≪天義≫への反逆を企てています。
・強い意志を以て今回の反逆を計画しており、説得による状況回避は大変難しいと予測されます。
【能力値】
・素人ではありません。油断せず、慎重に対応する必要があります。
■『教会魔術師』×7
【状態】
・七名います。しかし三名の教会魔術師は姿が見えず、奇襲や罠に留意する必要があります。
・地方教会の専任魔術師で、異端審問官の業務遂行の補助もするなど、
戦闘については魔術を使用した領域に関する一定のスキルを有しています。
【傾向】
・ゼロッテに対する人望から、今回の反逆に同調し行動を起こしています。
・ゼロッテ同様に説得による状況回避は大変難しいと予測されますが、
ゼロッテ死亡後であれば幾らか聞く耳を持つ可能性はあるでしょう。
【能力値】
・素人ではありません。油断せず対応する必要があります。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
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