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シナリオ詳細

<ジーニアス・ゲイム>十六夜の紅い夢

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 夜の帳が降りる頃、スマルトの青が空に広がっている。
 空に浮かぶ月は満月よりほんの少しだけ欠けて歪な姿を見せていた。

「傷もずいぶんと良くなったじゃないか」
 膝に少女を乗せた女――『ジオマンサー』ティヤヌーシュ・サウラーンは楽しげに笑う。蛇の様に歪んだ唇でニヤニヤと嗤う。
 首輪から伸びる鎖を引かれの女の腕にしなだれかかった少女『クティータ』ミトラ。
「ああ、私の可愛いクティータ」
 ティヤヌーシュは虚ろな瞳で自分を見上げるミトラの頬を長い指で撫で上げる。
 美しい顔も柔らかい頬も長い睫毛も小さな唇も。全部愛おしく、同時に酷く嗜虐心を煽られた。
「私の腕の中で藻掻いて、泣いて、叫んで、いい声で啼いてみせておくれよ?」
 ベッドのサイドテーブルから小さな小瓶を取って、ミトラの口に流し込む。
 全部飲み終えたのを確認してティヤヌーシュは少女の身体に魔術を施していく。
「ぅ……うぅ」
 苦しげに息を吐くミトラ。魔術は少女の身体を駆け巡り、オールド・ローズの文様を刻む。
「どうだい、苦しいだろう? これはね、お仕置きだよ。この前はとんだ役立たずだったからねぇ」
「ご主人、さま……うぅ、苦しい、です」
 辛そうに訴えてくるミトラにご満悦な様子で、魔術をより強力に重ねていくティヤヌーシュ。
「そうだろう。そうだろう。もっと、もっとだよ!」

「ぁぁああああ!?」

 天蓋の向こうから聞こえてくる妹の啼き声に拳を握りしめる『アスフール』キアン。
 ティヤヌーシュの洗脳は薬物と魔術の混合。逆らえば全身が内側から溶かされるような激痛と呼吸困難に陥ってしまう。簡単に解けるものではないそれに、少年は抗い続けていた。
 それは、この地獄の様な状況から妹と共に抜け出すため。
 けれど手立ては無いまま。無力な子羊は歯を食いしばる。


 ――痛いの。とても、痛くて、苦しくて。
 でも、誰も助けてくれなくて。
 痛いのに、ご主人様は笑ってる。嬉しそうに笑ってる。
 これは楽しいこと? 痛いと思うのはおかしいの?

 痛いのは――『楽しいでしょう?』
 痛いのは――『嬉しいでしょう?』
 痛いのは――『気持ちいいでしょう?』
 ああ、そっか。そうだよね。

 ――――『さあ、手を取って。愉悦の快楽は目の前にあるわ』



 破竹の勢いで勝利を収め続けていたローレットにとって先の戦いは厳しいものであっただろう。
 イレギュラーズの尽力のお陰で崩壊を回避できた都市もあれど、砂蠍の手に落ちた拠点も少なくない。
 強力な軍隊として機能しつつある砂蠍の目的それは。

「――幻想王都メフ・メフィートを手中に収めること」

 馬車に揺られながら『Vanity』ラビ(p3n000027)はアメジストの瞳をイレギュラーズに向けた。
「大変なの! でも、あの三大貴族のお姫様なら怖い蠍さんをやっつけてくれないかな?」
 強そうだしと付け加えた『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)はこくこくと頷く。
 確かに彼女や他の三大貴族の実力であれば、倒せる可能性もあるかもしれない。
 しかし、ラビはゆっくりと首を横に振った。
「三大貴族の方々は現在、北部の戦線にいる、です」
「そうなの?」
 幻想は今、窮地に追い込まれつつある。
 南部では砂蠍が暴れ、北部では鉄帝国が鉾を上げた。
「はい。しかも、あの『塊鬼将』ザーバ・ザンザが動いたとの情報があります」
「だから、そっちに行ってるのね」
 アルエットは得心した様に呟き、ラビがこくりと頷く。

「んじゃ、俺たちの役目は蠍のお相手ってことだ」
「はい。私達は南に向かいます」
 イレギュラーズの問いに手に持った資料を膝の上に広げるラビ。
 資料は幻想国の地図だった。ラビの指は王都メフ・メフィートから更に南の宿場町を指し示した。
「ここは……?」
 フィッツバルディ領からバルツァーレク領へ向かう街道沿いにある町。
 比較的のどかで落ち着いたその町は、いとも簡単に砂蠍の毒牙に引き裂かれたのだろう。
 南部の柔らかな日差しと、それに育まれ実る潤沢な農作物は人々を争い事から遠ざける。
 それでも、果敢に立ち向かった町の衛視は皆殺しにされ、見目の美しい者たちは連れ去られた。
「みんな、どこに連れていかれたのかな?」
 町で一番大きな邸宅。そこに入ったきり誰一人戻ってきていないのだという。
 前回と同様に捕らえられ、牢に閉じ込められれいる可能性もあるだろう。
「攫われたのは多くは子供のようです」
「早く助けないと」
「はい……」
 鍛えた兵士と違い子供の命は儚い。弄ばれ、虐げられ寒い檻の中に閉じ込められれば、命を落とす危険もあるだろう。
「これ以上、好きにはさせねぇ!」
 イレギュラーズが拳を握り込み声を上げるのに、ラビは少し浮かない顔をしていた。
 どうしたのと云うアルエットに視線をあわせ言葉を紡ぐ。

「そこには、魔種(デモニア)が居るみたい、です」



 大きな天蓋付きのベッドには何人もの子供たちが寝転んでいた。
 薄布(シルク)を纏い、柔らかい花の香りを漂わせている。
「ふふ……」
 ふわりと微笑んだのはミトラだ。
 しかし、その瞳は虚ろではない。潤んだ瞳と薄紅色の頬。赤い唇は美しい声を奏でる。
「大丈夫、怖くないよ」
 こつんと額を押し当てて、同じ年頃の少女の手を握るミトラ。
「こうすれば、暖かいよ」
 握った手は背に周り、少女を優しく包み込む。
「……ね?」
「うん、あたたかい」
「私も、まぜて」
「ぼくも……」
 幾人もの少年少女達が紡ぐ、緩やかで優しい時間。お互いの身体を寄せ合い温め合う。
 触れ合う肌は柔らかく芳しい。くすぐったくて小さく笑い声が漏れた。
 ただ、それだけで。なんて、なんて幸せで――

「おい、もうやめてやれ」
 見上げれば。天蓋のレースを割って入ってきた、双子の兄であるキアンが苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
「何が?」
 きょとんとした顔で首を傾げるミトラ。その手首を掴み、声を荒らげる。
「何がじゃねぇよ。自分が何をしてるか分かってんのか?」
 掴まれた手首からアガットの赤い血が白い腕を伝っていた。
 ミトラが金色の瞳を流すと、ベッドの上は血溜まりがある。
 その中で恍惚の表情を浮かべ浅い息をしながら横たわる少女たちの姿があった。
「……気持ちいいこと、してただけだよ?」
 心底疑問を浮かべる顔で、ミトラは血だらけの手を広げる。
「お兄ちゃんも混ざりたかった?」
「違う」
「んー、違うの? でも、お兄ちゃんさ」
 言いながら、血だらけの手でキアンへと抱きつくミトラ。
「私がご主人様に『気持ちいいこと』されてる時、助けてもくれなかったよね? ただ、見てただけ」
 赤い指でキアンの頬を撫でる少女は「あのときはまだ痛かったのに」と寂しげに漏らした。
「あっ、そっか。お兄ちゃんは見てるのが好きなんだね」
 悲しげな表情は去り、ミトラはくすくすと楽しげに笑い声を上げる。
「ミトラ!」
「……もう、お兄ちゃんうるさい!」
 トンッと軽い音でキアンの胸を押しのける少女。瞬間――部屋の壁に叩きつけられる少年の姿。
 不意打ちとはいえ、少年は血を吐き出して床に伏した。
「あ、ごめんね。お兄ちゃん。まだ、手加減ができなくて」
 キアンの元へ駆け寄るミトラは兄を抱きしめ、柔らかい光と共に傷を癒やして行く。
「あの子達もね、こうやって後で治してあげるの。そしたら、また……」

 陰り――

 二人の背後に立つ影に、キアンは妹を己の身で庇うように隠した。
「おやぁ、ワタシ達が町に出ている間にこんなところで遊んでいたのかい?」
 ニヤけた顔で双子に顔を近づけるティヤヌーシュ。
「ほおら、おいでキアン。逆らうんじゃないよ」
「うぐっ……!」
 女の洗脳はキアンを支配する。抗えば壮絶な苦痛を味わう事になるそれに逆らうことは難しく、キアンはふらりとティヤヌーシュの元へ歩いて行く。
「可愛いミトラ、お前もだよ」
「……」
 差し出された女の手を払いミトラは黄金の瞳を上げた。
「何? お仕置きが、まだ足りないのかい? キアン、ミトラを捕まえな」
「ミトラ、や、めろ……」
 虚ろなキアンの瞳。しかし、そこには洗脳に抗う苦しげな表情を宿している。
「……どいて」
「おやぁ? いつからそんな口が聞けるようになったんだい?」
 キアンの背後から手が伸び、ミトラの顎を舐めるように捕まえた。

「お兄ちゃん、どいて。そいつ殺せない!」

 黄金の瞳が見開かれる。
 弾かれるように吹き飛んだのは――ティヤヌーシュだ。
「な……!?」
 殴られた顔を押さえ、転がりながらも戦闘態勢になれるだけの経験は積んできた彼女でさえも、否、自分の洗脳に絶対的な自信があったティヤヌーシュだったからこそ、ミトラの暴挙に驚きを隠せない。
「お前えぇ! よくもやってくれたね!」
 服従させるの為の魔術を詠唱していくティヤヌーシュ。それに近づいていくミトラ。
 少女の額を掴んで叩きつける洗脳の魔術は、弾き返されティヤヌーシュ自身に降り掛かった。
「あが、あああああああ!?」
「どう? 自分の魔術を味わう気分は。痛い? そんなわけないよね? 貴女にとってそれはとても気持ちいいことだよね? 私にそう、教え込んだのは貴女だもん」 
 ミトラは藻掻き苦しむティヤヌーシュの小物入れ(ポシェット)から小瓶を取り出して、それを女の口に流し込む。
「ねえ? 気持ちいいでしょう? ご・主・人・さ・ま?」
「ぐ、そ、があああああ!!!」
 喉元を掻きむしりながら、それでも執念でミトラへと腕を伸ばす。しかし、それは少女の足によって踏みつけられた。
「あは……ふふふ!」
 室内に響くは少女の可憐な笑い声と、女の苦痛の叫び声だった。


GMコメント

■シナリオ詳細

 もみじです。おや? 子猫の様子が?
 EX、死亡判定有りなのでご注意ください。

●目的
 魔種の討伐(必須目標)
 新生・砂蠍幹部の撃退(必須目標)
 攫われた町の子供たちの救出(必須目標)

●情報精度B
 不明点はありますが、作戦に必要な分ついては、しっかりとした情報が揃っています。

●ロケーション
 邸宅内の広い庭園。夜ですが周りに灯りがあり戦闘には問題ありません。
 イレギュラーズが侵入した事を感知して敵が集まってきた所からスタートです。
 最奥に魔種とキアン。その前に砂蠍幹部と盗賊達十数名が居ます。
 攫われた子供たちは邸宅の主人の寝室に寝かされているようです。

●敵
 魔種。
 新生砂蠍の女幹部。親衛隊の少年少女。
 女幹部の部下である西方の盗賊達。
 そして旗下に加わった幻想の盗賊達による軍勢。
 哀れな犠牲者と、正真正銘のクズ共です。
 前回のイレギュラーズの活躍により盗賊たちの数は減っています。十数名程。

○色欲の魔種『クティータ』ミトラ
 キアンの双子の妹。10歳。親衛隊の一人だった少女。原罪の呼び声に引かれ魔種へと成りました。
 美しいシルクの衣装を纏い、微笑みを浮かべています。
 痛みや苦痛に歪む表情が楽しいようです。
 兄キアンや自分に攻撃が向けられれば戦闘を開始します。
 また、こちらから積極的に攻撃をしなくてもちょっかいを掛けてくる場合もあるでしょう。
・切り裂く:物近列、出血、流血、HA吸収小、連、ダメージ
・ファッシネイト:神至単、出血、魅了、ダメージ大
・カルトアルテ:神遠範、恍惚、苦鳴、ダメージ
・キトゥンダンス:物中範、出血、ダメージ大
・子猫の抱擁:神至単、HA回復、治癒
・スペルミミック:一度受けた神秘属性攻撃を使用可能と思われる。それ以上の詳細な条件や制限等は不明。
・毒耐性、不吉耐性、麻痺耐性、精神耐性(其々に類するBS無効)

○『ジオマンサー』ティヤヌーシュ・サウラーン
 新生・砂蠍の幹部。
 豊満な胸を誇示するように薄い服を纏った三十代半ばの女性。
 容姿だけなら美しくはあるのですが、見るからに下品です。
 魔種の洗脳を受け、痛みに対して恍惚の表情を浮かべます。戦闘能力は以前と変わりません。
 盗賊であり、占い師であり、呪術師。
 遠距離の魔術攻撃が得手ですが、接近戦闘もこなす非常に強力な敵です。
・子猫の愛(P):魔種ミトラに対して絶対的な服従を示します。彼女の為ならば命を惜しみません。
・曲刀近接攻撃技、出血、弱点
・魔術中距離範囲攻撃、火炎
・魔術遠距離貫攻撃、致命、必殺
・シムーン(熱砂嵐):神中範、火炎、猛毒、ブレイク

○『アスフール』キアン
 ミトラの双子の兄。10歳。ティヤヌーシュの親衛隊の一人でした。
 毒塗の短剣で武装しており、俊敏でそこそこ強いです。
 ティヤヌーシュの洗脳はほぼ解けかけており、魔種となったミトラに恐怖と困惑を隠せません。
 ミトラはキアンを洗脳するつもりはないようです。

○マフナムッド
 巨大な二本の蛮刀を持ったひげ面の大男です。ティヤヌーシュの副官でした。
 ミトラの洗脳により彼女に従っており、本来のスペックは発揮できていません。
 攻撃力、防御力、近接戦闘能力に優れています。
 至近~近距離戦闘が得手で、近距離範囲攻撃と列攻撃も持ちます。

○十数名の盗賊たち
 ミトラの洗脳により彼女に従っており、まともに戦える状態ではありません。
 しかし、マーク、ブロック等の妨害を行います。まるで、ゾンビのよう。

●その他
○元親衛隊×4名
 かつてティヤヌーシュに洗脳されていました。
 いずれも美しく、幼い少年少女。今はミトラに洗脳されています。
 戦場にはおらず、寝室と思われます。恍惚としており戦える状態ではありません。

○攫われた子供たち
 親衛隊と共に寝室にいると思われます。

●同行NPC
・『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
 神秘攻撃重視バランス型。遠距離攻撃、回復が使えます。
 皆さんと同じか、やや弱い程度の実力。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <ジーニアス・ゲイム>十六夜の紅い夢Lv:8以上完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2018年12月14日 21時45分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
離れぬ意思
グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
知識の蒐集者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
蒼の楔
シキ(p3p001037)
藍玉雫の守り刀
佐山・勇司(p3p001514)
赤の憧憬
リーゼロッテ=ブロスフェルト(p3p003929)
リトルリトルウィッチ
ライハ・ネーゼス(p3p004933)
トルバドール
白薊 小夜(p3p006668)
盲御前

リプレイ


 ――素敵な演劇。悲劇で喜劇。
 心が震える揺れ動く。
「ああ、どんな物語になるのかしら。とってもたのしみ」
 カーマインの瞳がゆるゆると。物語を繰るくる。紐解いていく。

 十六夜の月は庭園の草花を優しく照らしていた。
 スマルトの青には星々が輝き、子供たちを夢に誘う時間だろう。
「何だい、こんな夜更けに来訪とは無礼極まりないねぇ。手土産の一つでも持って来いってんだよ」
 下品な言い回しの女は『ジオマンサー』ティヤヌーシュ・サウラーンだ。
 盗賊やティヤヌーシュの更に奥には色欲の魔種『クティータ』ミトラの姿が見える。

「あれが悪い大人に影響された子供の末路なのよ」
 小さく呟いた自分の言葉に頭を振ったのは『マグ・メル』リーゼロッテ=ブロスフェルト(p3p003929)だった。彼女の言葉を誰も咎めはしない。
「…悪かったのよ。茶化さないとやってられないっての、もう!」
 しかし、バツが悪そうに眉を寄せる。

(もしあの館で……)
 ほんの少しだけ過った思考に灰の瞳が憐憫を帯びた。『優心のアンティーク・グレイ』白薊 小夜(p3p006668)が視た未来はどんな結末だったのだろうか。
 しかし、彼女の行うことは唯一つ。
「己で定めた一殺多生の剣の道」
 それを斬り進むのみ。強い意志を持った灰の瞳は自分が相手取るマフナムッドの姿を正確に捉えていた。
 先陣を切った小夜は動きの鈍い盗賊達を軽々とすり抜け、ひげ面の大男の前へと迫る。
 その影に隠れて走り出したのは『藍玉雫の守り刀』シキ(p3p001037)だ。
「……僕達は、化け物を殺すために作られた凶器にして、狂気」
 人を殺め続け血と怨嗟を吸い尽くした妖刀。桜吹雪が描かれた黒い鞘から抜き放たれるは淡い燐光。
 盗賊の動きより一瞬早くティヤヌーシュの前に躍り出たシキはガーネットの瞳に敵影を写し込む。
「たくさんの子供を虐めて、怖がらせたこの人は……正しく、化け物だ」
「はん、あんただってそうだろうよ。化け物同士仲良くやろうじゃないか」
「嫌……です」
 一突き。二突き。切れ目のない刺突と斬撃。
 シキの大太刀がティヤヌーシュの身体に突き刺さる。
「マフナムッド、応援して」
「へい」
 ミトラの小さな声にぐるりとティヤヌーシュの方向へ向き直るマフナムッドだが。
「行かせないわ」
 マフナムッドの前に立ちはだかる小夜によって、彼の行動は阻害される。
「ちっ」
 仕方がないと舌打ちをした大男。彼が持つ二本の蛮刀は小夜へと叩き込まれた。
 しかし、片方はしなやかに傾いだ肢体の上を掠め、もう片方は彼女の防御力の前に傷一つさえ残せない。
「何ぃ!?」
「見くびらないで頂戴」
 以前よりも強くなった少女と、弱くなった男ではお話にもならない。
 そこには数段の戦力差が出来ていたのだ。
「貴方弱くなったんじゃない?」
 くすくすと口に手を当てて、無防備な隙きを作り出す小夜に大男は怒りを顕にする。
「何だと、小娘がァ!」
 振り上げられた蛮刀は小夜の白杖に押し止められた。
 マフナムッド程度の戦力、一対一の戦闘では彼女の柔肌に深い傷を負わす事などできはしないのだ。

「悪を倒してめでたしめでたしと行かないのは世の常、という事でしょうか」
 どの世界でも。どの人生でも。紡がれた記憶と生き様がある。
 たとえそれが誰かの物語では悪であるとしても。
 伏せていたターコイズ・グリーンの瞳を前に向け『ロリ宇宙警察忍者巡査下忍』夢見 ルル家(p3p000016)は魔刀と銃を構える。
「ですが、拙者にとってはいつもの事です」
「みんな、抑えて」
 ミトラの号令と共に盗賊たちが一斉にイレギュラーズへと向かう。
 ルル家は素足で地を蹴った。盗賊達が自身を捉える前にティヤヌーシュを射程圏内に収める。
「まずは、貴様からですよ」
 放たれた執念の弾丸は一直線に飛翔しティヤヌーシュの腕に中った。
「は、ははは!」
 皮膚は裂け弾が肉を穿ったというのに女は恍惚の笑みを浮かべる。
 以前逃した敵との再戦。金の瞳を上げて『叡智のエヴァーグレイ』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)はティヤヌーシュを見つめた。
 まさか、主従が逆転するとは――思いもよらない事象に驚きはしたもののグレイシアの行動が変わるわけではない。依頼通りにどちらも倒すまでである。
 纏わりつく手下の妨害を受けながらも狙いは恍惚の表情を浮かべる女。
「いやはや。全くもって美しくない」
 グレイシアは放つ虚無のオーラはグーズ・グレイの色を帯びてティヤヌーシュを包み込む。

 数で勝る盗賊達はイレギュラーズの後衛にまで入り込みべったりとゾンビの様に纏わりついた。
「クズとはいえ、こうなるとちょっと同情するわ……」
 眼の前の盗賊にうんざりしながら煌めきの羽ペンを天に掲げるリーゼロッテ。
 囁くは雷神への歌。描き出すは紫電を放つ雷鳴の轟。
 狙うのは眼前の盗賊。それに――次に行動する『赤の憧憬』佐山・勇司(p3p001514)に張り付いている敵影だ。
「雷鳴と共に彼方より来たりて」
 ピオニー・パープルの魔女が描き出す閃光は盗賊を穿ち。
 仲間の道を切り開く雷神の道筋となる――
「雷神の鉄槌(ライトニング)!!!」
 豪雷はスマルトの夜空に響き渡り、ジリジリと残り香の如く紫電が迸った。
 仲間が開いた道に赤いマフラーを靡かせ勇司が走り込む。
(痛いのが苦しいのなら、いっその事堕ちてしまえばイイってか?)
 盗賊の腕をするりとかわし、短い時間の中で勇司は思考を回していた。
 仕方のない事だと割り切ることができるのなら。こんな気持にはならないだろう。
 この戦場の結末は。きっと、グッドエンディングにはなりはしない。
 目の前で肉親を奪うということに傷まぬ心などありはしない。
 それでも。その先に助けることができる命がある。多くの命を救える可能性がある。
「だったら、俺は――」
 赤き憧憬が思い描く原風景。煌めく光の意志。
 それらを携え、勇司はティヤヌーシュの元へ駆け抜けたのだ。

「……盗賊というのは物語を映えさせる華ではあるが」
 吟遊詩人は謳う。『トルバドール』ライハ・ネーゼス(p3p004933)が紡ぐ言葉は抑揚を持って戦場に旋律を奏でる。
 左手に埋め込まれたオーブから流れ出る魔力の奔流。
 夢と現の間を波のように揺蕩う声で己の生命力を贄に、仲間を鼓舞する神子の宴を奏楽する。
「麻薬は自分で楽しむ物であって他人に齎す物ではない」
 神子饗宴の反動でライハの身体が軋みを上げた。
「弁えろ。クズは死ね」
「あははは。言ってくれるじゃないか。ええ!!」
 激高しやすい性格は洗脳されても変わらず。ティヤヌーシュは簡単にライハの挑発に乗る。
 ブロックしている勇司とライハを狙い、火炎を伴った貫通攻撃を放った。
 蛋白質が焼ける嫌な匂いが立ち込める。

 リーゼロッテの雷鳴に紛れて、『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の蝙蝠が夜空に飛翔する。
 同じく光の粒が集まって人の形を取る。『優心の恩寵』ポテト チップ(p3p000294)が喚んだ精霊だ。
「ミトラを助ける術を持つなら、ミトラも助けたい。だけど……」
 ポテトの琥珀色の瞳に憂いが滲む。魔種を元に戻す方法など存在しない。可能性の坩堝であるこの無辜なる混沌でさえ覆らない事象は確かにある。
 だからこそ。助ける事ができる命を。掴むことができる可能性を救い上げる。
 それがポテトに今出来る最良。その想いを精霊達は大いに汲み取ってくれたのだろう。

「お兄ちゃん何か飛んでった。お屋敷ぐるぐるしてる」
 動くものに対して鋭い反応を示すミトラの瞳が羽ばたく蝙蝠と光の粒を捉えた。
「普通は偵察とかそういうのだろ」
 妹と一緒になって夜空を見上げた『アスフール』キアン。
「んー、普通って何? コウモリが飛んだらテイサツなの? お兄ちゃんテイサツって何?」
 普通という言葉に少しだけ不機嫌な声を上げるミトラ。
「つまりだな。ちょっと見てきなってことだ」
「ああ、ちょっと見てきなね。ティヤヌーシュがよく言ってた。でも、何を? 私達は此処にいるのに?」
「目的が戦う事じゃねーんだよ。普通に考えて、大方アイツが攫ってきた子供とかだろ。まだ、別働隊がいるかもしれねぇ」
「もう! 普通とか分かんないし! それって危ないって事じゃないの?」

 レイチェルの蝙蝠はポテトの精霊の案内の元、寝室の窓を見つけた。
 窓は固く閉められており声は聞こえないが、月明かりで中の様子は見ることが出来る。
 一番近くに居た子供にハイテレパスを送り手短に状況の説明と共に優しく声をかけた。
『……良く頑張った。もう少しの辛抱だ。必ず助けるからな?』
「うん、わかった。待ってるよ」
 その声に反応した親衛隊の少年――シュナはどうしたのと少女に問いかける。
「えっとね、助けに来てくれるって」
「助けに? 誰が来るの?」
「んとー、ろーれっとのお兄ちゃんとお姉ちゃん?」
「ローレット……」
 小さくつぶやいたシュナは少女の手を引き部屋の中にある大きなクローゼットに押し込んだ。
 同じ様に次々と町の子供たちをクローゼットへ入れていく少年。
「出して、出して。怖いよ!」
 怖がる子供たちの様子、それに恐怖の思念はハイテレパスを通してレイチェルに伝わる。
「静かにして!」
「ひっ!」
 しくしくとすすり泣く声が聞こえてくるがシェナはそれを無視してベッドに向き直った。
「エジェ、フィー、ロロ起きて。敵がくるみたい」
「うーん、敵?」
「そう。ローレットが来てるみたい」
「ミトラとキアンがいれば大丈夫よ」
 ふわふわした足取りでベッドから起き上がる親衛隊の子供。
「ロロはミトラに知らせて」
「ん……」
 こくりと頷いたロロはシーツを羽織り足早に部屋から出ていく。

 親衛隊の様子を蝙蝠の瞳で見つめていたレイチェルはアルエットに目配せした。
 レイチェルに知覚できたのは子供たちがクローゼットに押し込まれた事。親衛隊の一人が何処かへ走って行ったこと。それに子供たちの怯えた声。きっと、子供たちではどうすることも出来ない状況。
「アルエット、ちょっと様子を見てきてほしい」
「わかったの!」
 張り詰めた戦場に籠の中の雲雀が大きく鳴いた。

 寝室は庭園の奥にある館の二階。戦場を駆け抜けねばならない。
 最前線を迂回するように走り出したアルエットの行く手を阻む盗賊。それをライハが身体を張って遮る。
 しかし、敵の数は未だイレギュラーズより多い。
「可愛い天使ちゃん。どこにいくのかなー?」
 アルエットの身体はミトラの腕の中に吸い込まれる。目を見開くアルエット。
 少女の目には突然魔種が現れたように見えただろう。
 ミトラの動きをティヤヌーシュ越しに見た勇司が妨害に走るより速く、子猫はしなやかに駆けたのだ。
「ねぇ、ミトラー。こっちに敵来るって。シェナが言ってる」
 寝室から走ってきた親衛隊のロロが気怠げな声で発する。猫の耳を欹ててロロの声を聞いたミトラはアルエットに向き直った。
「……そうはさせないよ。あの子達に痛いことするのはやめて。まだ何もしてないんだから」
「違うの! アルエットたちは……」
「何が違うの? ローレットは痛いことするでしょ? 今、ティヤヌーシュの前に立ってるあの綺麗な人は私を殺そうとしたよ。ふふふ、痛いのってさ、気持ちいいんだよ。あなたにも教えてあげる」
 痛いことをするなと発した唇は、同じ口で痛いことをするのだと紡ぐ。
 他から見れば支離滅裂な精神性。魔種の歪な理屈にアルエットの顔が歪む。
 ミトラはアルエットを強い力で押し倒し、背中を膝で押さえつけ白い翼を掴かんだ。
「ほら、こんなに簡単に……」
 翼の付け根が引っ張られる感覚にアルエットは藻掻き暴れる。
「やだヤダやめて、やめ!!!」
 白い柔らかな羽根が鈍い音と共にクリムゾンレッドの血飛沫に彩られた。
「ぁああああああああああ――――っ!!!」
 雲雀の言葉を成さないい叫び声は戦場に響く。
「アルエット!!!」
 庭園の土を爪が食み、逃げようとする雲雀の残った片翼をミトラはもぎ取っていく。
「ねえ、どうかな? 痛いの気持ちいい?」
 激痛とショックで意識を失ったアルエットに「残念」と言いながらミトラは刃の気配に振り返った。
「ミトラちゃんは楽しそうで良いですねえ」
『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)の大鎌がミトラの首に押し付けられる。それを気にもとめていない様子で刃を握り微笑む子猫。
「うん。楽しいよ」
「いいんですよ、思うままに生きる人の輝きというのもありますから」
 押し返される大鎌に伝わる力強さを四音は感じていた。
 刃を握れば自ずとブラッディ・レッドの赤は流れ痛みもあるだろう。しかし、四音の目の前に居る少女は楽しげに笑っている。
「そのままの貴女も私は好きですよ。でも……飛べる小鳥の羽根をもいじゃダメです。飛ぶことが出来る小鳥を籠の中で飼うからこそ意味があるのです」
「どういうこと?」
「それを考えるのも楽しいことですよ。さあ、どいてくださいね」
 思案顔で素直にその場を離れたミトラはキアンの元へと舞い戻っていく。
 四音はすぐさまアルエットの羽根に回復を施したが、痛みとショックで深く意識レベルが低下し当分は戻らないだろう。彼女を抱え、戦場の隅に横たわらせる四音。


 戦場は加速する――
 リーゼロッテのユーピテルの雷は戦場を舞い踊り盗賊共を薙ぎ払う。
 そこに出来た突破口に走り込むルル家とグレイシア。
 拳が風を切る。絶凍武闘の拳に纏わせた格闘術式はティヤヌーシュの胴に叩き込まれた。
「きひっ」
 女が笑う。痛みを快楽にして。
 グレイシアの身を射線上にして、ルル家が銃を構える。
 飢えた狼の遠吠えが響くかの如く研ぎ澄まされた弾丸が、グレイシアの脇の下を通りティヤヌーシュへと着弾した。
「ふは、あはは。あー痛いねぇ。気持ちいいよお」
 口から血を吐きながらティヤヌーシュは恍惚の表情で剣を構える。
「あんたらもさぁ。痛みに踊りなァ!」
 吹き荒れるシムーンは火炎と猛毒を持って吹き荒れた。毒と炎に耐性を持つシキと抵抗力の高い勇司は熱砂のダメージだけで済んだが、グレイシアとルル家は更に毒炎に苛まれる。
「これは思ったより……」
 皮膚が焼けただれ毒が染みた。痛みに汗が滲む。
「ふふ、大丈夫ですよ。今、治しますからね」
 ルル家の焼けただれた頬を四音のダーク・ヴァイオレットの影から出現した無数の手が撫で上げ癒やしていった。
 グレイシアは痛みに耐えながらティヤヌーシュの向こう、未だ傍観者で居るキアンに語りかける。
「そこに居る少女は魔種となっている……見た目は依然と変わらぬやもしれぬが、中身は変質し、その存在も別の物へとなっている」
「それはもう貴殿の妹御ではありませぬ」
 重ねてルル家が言葉を乗せた。
 隣に居るミトラをゆっくりと振り向く。
 以前と変わった所といえば、頭に生えた猫耳の片方が黒くなり、片目が青くなった。
 他には尻尾の形が変わったぐらいだろうか。
 殆ど変わらない。キアンの妹だ。

「……飼い猫に手を噛まれる……って、言うんですよね……こういうの」
 ティヤヌーシュの前に立っていたシキがガーネットの瞳を流す。
「あははは!」
 血を流しながらシムーンを吹き荒らす女は、きっともう長くは持たないだろう。
 熱砂にアガットの赤が交じる。それでも嬉しそうな笑いを浮かべイレギュラーズに対峙していた。
「人を洗脳していた者が、今度は逆に洗脳されるとは。うーん、絵本にしたような悪党の末路ですね」
 素敵ですと赤い目を細めた四音が嗤う。

 ライハのソウルストライクがティヤヌーシュの胸に大穴を開けてクリムゾンレッドを飛散させた。

 ――――
 ――

 グレイシアの思惑通り此処までの戦況は上々と言える。イレギュラーズの奮闘によりティヤヌーシュやマフナムッドは既に倒れ、盗賊たちも壊滅状態であった。
 しかし――
 たとえ前哨戦において戦力差が歴然だったとしても、消耗は確実に垣間見える。
 最前線で果敢に戦い続けたシキのパンドラは火を灯していた。ミトラの「ちょっかい」を受けたのは前回の戦いで殺されそうになった腹いせだったのだろう。

「まったくもって不甲斐ない事ではありますが。拙者らも貴殿も、妹御を救うのに力が及ばなかったのです。諦めなさい」
「何を言って……」
 ルル家の言葉に得心行かない様子のキアンへグレイシアが紡ぐ。
「魔種はこの世界の病巣だ……放置しておけば、周りの罪も無い人にまで悪影響を与えてしまう」
 サーカスの事件を知っているだろうと魔王が問えば首を横に振るキアン。
 世界の情勢は意図的に遮断されていたのだろう。家猫が外の世界を知らぬように。
「知らぬとしても。これ以上罪を重ねる前に……今、此処で終わらせねば」
 兄として妹を止める事が出来ずとも、手を貸す事が出来ると願いを込め。

「終わらせるって何だよ。ミトラが何をしたっていうんだよ!? 人を殺しもしてねぇし、誰にも迷惑なんて掛けてねえだろ!?」
 妹を庇うように後ろに隠した少年は剣を構えた。イレギュラーズの圧倒的な戦力を前に手が震えている。
 しかし、家族の命を奪うと言う相手に、はいそうですかと引き渡す事が出来るだろうか。
「その子は……魔種はもっと多くの人を、さっきの人達みたいに壊すわ。いいえ、壊すだけじゃない殺してしまう。そういうものになってしまったの」
 リーゼロッテの声がキアンの耳に届いた。
 血みどろのベッドに横たわる子供。その中で恍惚の表情を浮かべる妹を思い出す。
 回復を施さなければ出血死してもおかしくない状況だった。そういう予感を見ないふりをしていた。
 怒りを顕にしていたキアンの瞳に迷いが生まれた。あれがグレイシアの言った世界の病巣なのだろうか。
 視線は灰の賢老と紫の魔女に向けられる。
「やらせたくないなら、絶対止められる自信がないのなら……お願いだから、どいて」
 ピオニー・パープルの瞳は真剣な輝きで少年を見つめていた。
 こんな言葉しか投げかける事ができない自分が嫌になるけれど。魔種となった以上、元に戻すことは出来ない。だからこそ、リーゼロッテは自分の手を汚す事で『家族』を殺す事に報いようとした。
 それはこの戦場に居る全てのイレギュラーズの総意であろう。

「キアン……ミトラの命を助けることは出来ない」
 はっきりと。最も子供(キアン)が分かりやすい言葉で。ポテトが言い放つ。
 琥珀色の瞳は強い眼差しでまっすぐ少年を見つめていた。内包する優しさが目の表情に浮かぶ。
 彼らが嘘を言っていないことは、キアンにも分かるのだろう。
「お兄ちゃん」
 小さな手が少年の腕を掴む。
 イレギュラーズは本気で世界の為に、この戦場に立っているのだ。
 しかし。
 それでも、譲れないものがある。
 もし、ポテトの『家族』が討伐される側になってしまったら。この短い時間で心の整理を着け打ち倒すことを良しとできるだろうか。殺される事を容認できるのだろうか。
 そこには必ず葛藤が生じるはずだ。その人が大切であればあるだけ。
 以前のポテトであれば。望まれれば世界の歯車となり大義の名の元に『家族』を討伐することが出来たかもしれない。
 しかし、イノセンスだった精霊は星の光に照らされ豊かな心を得た。愛を知った。
 だからこそ。
 大切な家族を殺されるのを了承し、死んでいく様を唯見ているしかない。それがどれほど残酷で想像絶する悲痛を伴うか。分からない無垢ではもうないのだ。
 双子の気持ちを思えばこそ優しきポテトの琥珀色が潤みを増す。

「あの館以来ね。キアンは変わりないようでよかったわ。でも……」
 双子の気を惹くように言葉を選ぶ小夜。彼女の澄んだ声は優しさと何処か冷たい寂しさが共存する。
 光を結ばない目は双子の姿を映像として映さないけれど。
「ミトラ、貴女は変わってしまったのね」
 変容した気配と動きは知覚出来る。
 できるだけゆっくり、子守唄を歌うように話しかける小夜。僅かでも時間を稼ぐ算段だ。
「私達は世を乱す魔種を見逃す事はできない。けれどキアン、貴方はどうしたい?」
 小夜は細い指をキアンへと開く。
「俺は……」
 腕を掴んでいる妹の指を上からそっと包み込む少年。
 少年一人とイレギュラーズ達では圧倒的戦力差がある。
 それをキアンは理解していた。守りきれない事を分かっている。
「ミトラも、お兄さんをどうしたい? できるだけ悔いを残さように決めなさい」
 兄の後ろに隠れる妹に投げかける言葉。

「キアン君は……もし、どうしても辛いなら目を逸らすのも良いと思いますよ」
 これから起こる悲劇に。目を閉じて耳を塞ぎ見なかったことにすれば良いと四音が謳う。
「あなたは充分に悩み苦しんでいるじゃないですか」
 だから、もう良いのだと。そんな心を裂く様な事を見ている必要など無いのだと。
 あたかもキアンの心に寄り添う言葉。
「後のことは私達に任せてください、ね?」
 多感な少年の心を揺り動かす。揺すって揺すって。どうしようもなく心に刻みつけるための言葉。
 目を逸らせるはずもない。耳を塞げるはずもない。任せられるはずもない。
 介入しない、守らない選択肢は無いのを知っているのに。
 少年の心を揺さぶる為に――悲劇に喜劇――『物語を動かす為』に四音は言葉を選ぶ。
 キアンの表情が苦悩を浮かべれば、カーマインの瞳が細められた。

「俺も双子だ。俺の半身、妹はもう居ない」
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタインの蒼の楔。
 復讐に身を窶し、復讐の為に生きた化け物の成れの果て。
 人ならざる者と成り果ててそれでも。愛の為に悪を成した。
 だからこそ。目の前の少年の行く末が手に取るようにわかる。
「キアン、今から俺はお前の半身を奪う。此処で止めねぇとミトラは沢山の犠牲を産ンじまうンだ」
 愛という枷を背負い。悪を討つ悪であれと自分に掛けた呪いを解き放つ。逃れられぬ復讐の道へと門を開けと蒼が呼ぶ。
「……恨むンだったら俺を恨め」
 その先に待つのは金銀妖眼の吸血鬼。奇しくも魔種となったミトラと同じ色の瞳。その目で恨み晴らすその時まで追いかけて来いと死神が嗤う。
 レイチェルの声に。キアンは答えを出した。
「だったら、ここは引けないだろ」
「……ああ、そうだろうな。俺だってそうするさ」
 キアンがレイチェルへと走り込む。毒塗りの剣は蒼い燐光を帯びた白弓の隙間を縫うようにレイチェルの腹に刺さった。
 衝撃。
 少年は左頬に攻撃を受ける。威力が落ちることは承知でレイチェルは空いた右手でキアンへと『拳』を叩き込んだのだ。

 口に滲んだ血を吐き出した少年は視線を上げる。
 立ち上がり向かってきたキアンをルル家が魔刀で止めた。
 そこに出来た隙きを狙い、リーゼロッテが煌めきの羽ペンを振りかざす。
 宝石の瞬きは術式となりキアンの身体を打った。
「グ……」
 リーゼロッテの攻撃は急所を的確に捉え、少年の身体が大きく傾ぐ。その機を狙いルル家が素早い動きでキアンを組み敷いた。
「くそっ……!」
 それでも暴れる少年をルル家は気道を塞ぎ昏倒させる。
「殺してはおりませぬよ」
 ミトラに向けてルル家は言い放った。魔種ではない子供(キアン)を殺したくはない。それがイレギュラーズの想いだ。

 金と青の瞳が覚醒する。魔種(デモニア)が動く――

 真っ先に反応したのは桜を散らした妖刀。天駆ける韋駄天の加護を纏い、胸に藍玉を潜ませ魔種の前に躍り出た。
「……こんばんは。……また、会いました……ね」
 ミトラの双剣に神刀「禍津式」が火花を散らす。
 魔種となってしまった少女に思考を巡らせるシキ。どの様な気持ちでここに立っているのだろうかと。
 楽しさや嬉しさだろうか。前回は刀の本体側に戦闘時の意識を預けていたが、今は刀の付喪神である人間側の意識もきちんと共存している。
 だからこそ。今、目の前にいるミトラが本当は寂しいのではないかと思い至った。
 シキの世界は。基準は。目の前にいる魔種によく似た藍玉雫だから。彼女がそう思うかもしれないから。
「また会ったね。綺麗な人。ねぇ、あなたの名前は何ていうの?」
「……シキ、です」
 双剣と大太刀の鍔競り合いの均衡が崩れ弾かれる。子猫のファッシネイトがシキを襲った。
「シキさん」
 ふわりと微笑んだミトラ。その声が藍玉雫のそれに。
「助けて、シキさん。私、殺される」
 耳朶にご主人様の声が囁かれる。魅了される。

「はい。必ず……僕達が、守ります」

 シキの大太刀が十六夜の月光に淡い光を走らせる。
 剣先がゆっくりと翻り、仲間(イレギュラーズ)へと向けられた。


 ミトラの抑えに勇司が走り出す。守りの術式を身体に巡らせながら魔種をこれ以上前に出さないように滑り込んだ。
「悪いな、こうなっちまう前に助けに来れなくて」
 願いの盾を押し付けて勇司はミトラをその場に押し止める。
 それは戦場の奥へ攻撃を届かせない為。否、ここが境界線。地獄に進ませない為のボーダーライン。
 今の勇司に出来る最大限の覚悟。
「本当、何でもっと早く来てくれなかったの。……お兄ちゃん」
 切り裂かれる勇司の皮膚。魅了を伴った攻撃は勇司の強い意志の前にはねのけられる。
「やだなー、効かないし……」
「お前のお兄ちゃんじゃ無くて悪いな」
 痛そうな素振りも見せない勇司の隙きを突いて前に出ようとしたミトラ。しかし、しっかりとガードされて前には進めない。
「なら……」
 後ろへと機敏な動きで飛び退ろうとした魔種を小夜が制する。
「今度はお姉ちゃんか」
「まだ、さっきの返事を聞いていないわ。あなたはどうしたいか」
「どうって言われても……難しいよ」
 小夜の言葉に拗ねたように思考に意識を取られるミトラ。
「わっ!」
 荒れ狂う風の刃がミトラの頬を切り裂いた。ポタポタと流れる血。
 金青の瞳が風の出本を見やる。闇夜のローブを纏ったリーゼロッテを捉える。
「ふふ……」
 戦闘から離れていた意識をイレギュラーズへと戻した魔種。
「お返しするね」
 ゆらりとエメラルドグリーンのオーラが風を生み出し、リーゼロッテの胴を切り裂いた。
「くっ……」
 同じ技だというのにまるで威力が違う。削り取られた肉。アガットの赤い血がどくどくと流れ出ている。
 リーゼロッテの視界が陰る。
 ピオニー・パープルの瞳を上げれば、月の明かりに照らされて刀身が見えた。
 淡い燐光を放つ長く美しい刀。虚ろな目をしたシキがリーゼロッテ目掛けて刀を振り下ろす。
 傷口に重ねられる刃にリーゼロッテの意識が明滅した。
「シキ、さ……」
 仲間の名を呼ぶ声にも反応を見せず、ミトラを攻撃したリーゼロッテを狙ったのだろう。
 伏した彼女に二太刀目を浴びせるべく振り上げた刀。
「よく思い出せ! 君の守るべき人はさっきみたいな喋り方をしていたのか?」
 ライハの声が戦場に響く――
 それは戦場の問題点を的確に見抜く大号令。
 よく通る吟遊詩人の声は抑揚を乗せシキの心を打つ。
「この戦場にその人は居ないだろう! 目を覚ませ! シキ!」
「っ……!」
 リーゼロッテの顔すれすれに突き刺さる刀。見上げれば、瞳の輝きを取り戻したシキが僅かに申し訳無さそうな顔で見つめていた。
「すみません……」
「大丈夫だ。傷は私が治す」
 シキがリーゼロッテに手を差し伸べた所でポテトの癒やしが温もりを与えてくれる。
「癒し、支える。それが私の役目」
 尽きることのない魔素の充填で戦場を支える美しい精霊の姿。
 誰一人欠けること無く、死ぬこと無く。帰還する為に自分が居る。
 その強い意志こそ、仲間の不安を取り除いた。
 ポテトが居てくれるから、安心して前線に立つことが出来る。
 否、ポテトだけではない。四音やライハが基盤と循環を構築しうるからこそ、仲間たちは立っていられるのだ。

 勇司はミトラのスペルミミックをよく観察していた。
 受けた攻撃をそのまま使える事。威力が増大するのは魔力値が高いからだろう。
 グレイシアは後衛に下がりアイス・ブルーの冷気を纏わせた魔力エネルギーの後ろをを叩きミトラへ命中させた。上書きされるかを試すためだ。
「どうやら戦闘中は書き換えが出来ないみたいだな」
「そのようだ」
 飛んでくる技は事前に情報がもたらされているものと、先程覚えたウィンドカッターのみ。
 現状では同時に二個や上書きはされないらしい。
「ふふ、調べ終えた?」
「……ああ。もう十分だ」
「そっか。じゃあいっぱい遊べるね!」
 ゆらりとアイス・ブルーのオーラがミトラを包む。
 子猫の爪が勇司の肉に食い込んだ。

 ――――
 ――

 破砕。爆砕。
 十六夜の月が割れそうな程の剣戟と怒号。
 嵐の如く暴れまわる子猫の猛攻がイレギュラーズを襲う――

 人ならざる魔種を倒すというのは、その撃破自体が『難しい仕事』であると判断される。
 そんなことは百も承知はイレギュラーズであればこそ――唇を噛み締めたポテトが、無尽蔵の魔力から生み出される魔力で仲間を癒やしてゆく。
 だが彼女の責ではなく、イレギュラーズ達には『足りない』という現実が突きつけられつつあった。
 アルエット。そして勇司とシキ、四音が血を流し庭園の冷たい土に身体を晒している。

「これは……厳しい、でありますね」
 ルル家は戦いを継続させながらも、最悪の事態を回避すること。そしてそこに至った原因を考えずにはいられなかった。
 ――おそらく今回、親衛隊が戦場に出てきてしまったのはイレギュラーズの誤算であったかもしれない。身の危険を強く感じさせてしまったのであろう。戦える状態の親衛隊では無いが、苛烈な戦闘において眼前の『なにかを判断しなければならない材料』の増加は、『決断という負担』を細かく積み上げる。そして『戦えない存在の当たらない攻撃』とて、『当てられる存在』つまりミトラにとってにとっては有利な条件になってしまうこと。
 他の諸々も含めて細かな懸念は多かった。例えばアルエットの孤立から生じた彼女の戦線離脱(せんとうふのう)。作戦の細かな齟齬。
 一つ一つはいずれも小さな要因だが、多量に重なってしまったのは手痛い事態であった。
 とは言えそれは仕事に対してより以上の成果を目指したから生じたもの。悪いことではありえない。それ自体は単純にハイリスク・ハイリターンの選択でしかなかったのだが――

「お前が欲しかったものは何? 奴隷? お兄ちゃんの恐怖? 違うでしょう!」
「違うよ、そうじゃないよ!」
 リーゼロッテの言葉に首を振って。滅茶苦茶に攻撃を仕掛けるミトラ。
 思考の全てが子供じみていて論理的な会話が成立しない。
「痛いのは気持ち良いの!」
 それは、癇癪を起こした子供のそれだ。
 リーゼロッテは構わず、風の刃を打ち出す。

 激しい戦いは続いていた。勝利か、最悪の事態か。その瀬戸際で。

「今の貴女にはわからぬでしょうが、無念ですよ」
 罪のない、被害者であった少女を倒さねばならない。
 ルル家にとって数有る内の一つ。繰り返し重ねてきた大義。
 けれど、それに慣れるかと問われれば。そんな事は決して無い。胸を掻きむしられる程に苦痛で悲痛。
「それでも」
 どれだけ繰り返されようとも。歩みを止めないのは、守りたいものがありから。
 無辜なる混沌を守り、ここに生きる人々を守り。
 守りたい人達が大切だと思う人々の心を守り。
 己が傷く事を恐れない。
 強い光を宿すターコイズ・グリーンの瞳が僅かに憂いを帯びる。
「その命、頂戴します」
 ミトラの心臓を目掛けて魔刀が振り抜かれた。
 それは、必中のクリティカル――
「うぐっ……!」
 僅かに心臓を逸れた刀身は肋骨を折り肺を突き抜ける。
 ――貴方も本当はその1人だったのです。故に無念です。

「ミトラ――!!!」
 まだ動けない身体で這いつくばって、目を覚ましたキアンが叫んだ。
「少年。我々では彼女を救う事は出来ない。所詮我々は他人だ。魔種に至ってしまった彼女との距離は尚更に遠い――しかし同じ血を持つ君だけが世界で一番彼女に近いのだ」
 傷だらけのライハがキアンに叫ぶ。
「手を伸ばせよ。声を震わせろ! 君以外は誰も届かない。君が彼女の痛みを取り戻せ!」
 これが最後になるだろうから。後悔がないように。手向けの言葉をと。
 少女の心を救う事なら出来るのだと。
「ミトラの心を助けたいなら、お前がミトラの心を救い出すんだ! キアン!」
 満身創痍のポテトが血を流しながら叫ぶ。

「ミトラ、ごめん……な」
 絞り出した言葉は懺悔。守ってやることも出来ない兄の後悔。
 キアンの悲痛な声は小夜の耳にも届いた。
「それが、あなたの出した答えなのね」
 最後に掛ける言葉が自分を正当化するだけのものなのか。
 それとも、絶望し拙い考えしか浮かばなかったのか。それは分からないけれど。
 小夜はミトラを抑えながら、手にした直刀で胴を斬りつける。

「これで……!」
 肩で息をするレイチェルが赤い月を纏う。
 闇夜に光る金銀妖眼の瞳。蒼き楔を背負いし吸血鬼。
 魔種の足元に緋色の魔術式が展開し、夜の牙がミトラの身体を切り裂いた。

 痛くない。
 痛くない。痛くない。

 痛くない――――

 痛みなんて感じない。
 痛いのは気持ちいい事なんだから。

 ライハが紡いだ言葉の旋律。『そう』あらねば耐えられなかった。
 物心ついた時から盗賊の元に居た子供たちが、得るはずだった穏やかな日々。
 光の中、笑顔で歩むミトラやキアンの姿をライハは思い描いたのだろうか。
 ただ、痛みだけが与えられ、抗うことすら出来ず。
 苦しみぬいたその先に得た一縷の希望――悪魔の囁きに手を伸ばした事を誰が責められるだろうか。

 イレギュラーズ戦力の低下した状態は戦闘を長引かせ、継続した激しい戦いは、だが魔種に一つの決断。その猶予を与えてしまうことになった。

「死にたく、ない。死にたくない……!」

 涙を流し死にたくないと叫ぶ魔種の声。
 死の足音が聞こえる生と死の間。

 ――ああ、なんて。甘美な痛みなんだろう。
 今までで一番、痛くて痛くて痛くて。とても気持ちいい。
 もっと、もっと味わっていたいな。


 ――――
 ――


 爆音と閃光が続き。

 沈黙と凪。
 スマルトの青に浮かぶ月に照らされた庭園には深々と戦闘の爪痕が残されていた。
 そこに、立っている者は誰もおらず。
 最も激しく削り取られた土の上から続く血痕は地を這うように引きずられ。
 やがて、細くなり。

 ――ぷつり。と途切れた。


成否

失敗

MVP

佐山・勇司(p3p001514)
赤の憧憬

状態異常

夢見 ルル家(p3p000016)[重傷]
離れぬ意思
グレイシア=オルトバーン(p3p000111)[重傷]
知識の蒐集者
鶫 四音(p3p000375)[重傷]
カーマインの抱擁
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)[重傷]
蒼の楔
シキ(p3p001037)[重傷]
藍玉雫の守り刀
佐山・勇司(p3p001514)[重傷]
赤の憧憬
ライハ・ネーゼス(p3p004933)[重傷]
トルバドール
白薊 小夜(p3p006668)[重傷]
盲御前

あとがき

お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
新生・砂蠍幹部の撃退、子供たちの救出は成し遂げることが出来ました。
あと一歩だったのではないでしょうか。

MVPは精緻な立ち回りが輝いていた勇司さんへ。

ご参加ありがとうございました。

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