PandoraPartyProject

シナリオ詳細

峻厳の獅子と腐り墜ちた罪の果実

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●罪
 主よ、我が罪を告白します。
 私は酷い人間です。
 私は間違いなく醜悪な――悪魔なのでしょう。
 私は確かに『その時』歓喜してしまったのです。
 苦しみ抜き、懊悩し、憔悴したその顔を見た時、密やかな喜びを抱いてしまったのです。
 人倫も、信仰をも捨てて齧りついた罪の味は甘く。 
 ベルベットのように広がる血の絨毯は赤く、鮮やかで。
 酸素に触れたそれがすぐにどす黒く、変質してしまう事を知りながら。どうしようもない破滅の足音がすぐそこに近付いている事を知りながらも、少なくともこの一瞬だけ我が物となった――本当の意味で掴んだ宝物に酔い痴れました。
「私は――お前を誰かに渡す等、出来なかった」
 そんな空虚なる言葉は長く縋り、説いてきた神の愛(アガペー)からは余りに程遠く。燎原火の如き許されざる人の愛(エロース)のようでした。
 嗚呼、口惜しい。
 嗚呼、何と甘美なのでしょう――

 お許し下さい、お許し下さい。
 お許し下さい、お許し下さい、お許し下さい!

 私は神(あなた)の僕であった筈なのです。
 そう望まれ、それを喜びにしておりました。
 確かに、そこに疑いは無かった筈なのです。
 しかし、しかし。
 私は余りに弱かったのです。
 楽園の園に実った果実はもう腐ってしまったのでしょう。
 遠い日に、二人が出会った時に――破滅は始まっていたのでしょう。
 或いはもっと前に、貴方が人が二つに分けて作り給うたその時から!

●罰
「……非常に不本意な依頼となる。
 諸君等に話すのも正直気が重いが――その心算で察しながら聞いて欲しい」
『峻厳たる白の大壁』レオパル・ド・ティゲール(p3n000048)の厳しい口調は、言葉の通り何時にも増して深刻さを帯びていた。彼の端正なマスクには多少の憤りの他、何とも言えないやり切れなさ――困惑に似た色を帯びている。
「仕事の話なんだろうが、了解だ」
 天義(ネメシス)における仕事が他所でのそれに比べて比較的堅苦しく――何とも一筋縄でいかない事はイレギュラーズも承知である。国家重鎮であるこのレオパルは魚も棲みかねる程に潔白な清流の人物であるからして、そのオーダーは少なくとも倫理に背く内容である可能性が低いのは救いなのだが。
「諸君等を信頼して話そう。
 今度の仕事はある街の聖職者の捕縛、或いは断罪である」
「聖職者の捕縛や断罪? 確かにこの国では珍しい話だが――」
 宗教国家である天義は神職が絶大なる権力を有する場所である。殆どの事例において神官が白と言えば黒いものも白くなる程の権威を持ち、各地の教会勢力はさながら貴族のようにそれぞれを統括している場合もある程だ。
「――まぁ、確かに不本意だろうな」
「うむ」と頷いたレオパルは自身がまさに汚れを許さぬ敬虔な神の僕である。その彼の価値観をして『他ならぬ神職が断罪を要する程の罪を侵す事自体が非常なイレギュラーであり、道理に沿わず納得のいかない事実である』と想像するに難くない。尤も、確たる話さえあるならば相手を問わず清廉に正さんとする所こそ、この男が最高の聖騎士たる所以ではあるのだが。
「一体何があった?」
「バウツシュという街にその街の神職を束ねるイレネジオという男が居る。
 彼には私も会った事があるが――篤実な人物で信仰に厚く、慈善事業として身寄りのない子供達を養育している……悪い評判等聞いた事もない理想的な男だ。
 その彼が、殺人事件を起こしたという匿名の通報があったのだ」
「……それはまた」
「私は通報を鵜呑みにはせず、彼の弁明を聞く事にしたのだが……
 ……幾度となく使者と手紙を送ったが、門前払いで追い払われた。追い払ったのは彼を慕う元孤児達――教会に勤める男達だったと聞くが、その行動にこそ私は事件を確信せざるを得なくなったという訳だ」
 レオパルは「神父を父のように慕う者は多い。その彼等が対決姿勢を示す以上、そこに非が存在する事は免れまい」と苦虫を噛み潰す。
「聖騎士団を派遣する事も考えたが、バウツシュの街において彼の信望は極めて高い。
 徒に民心を乱す事は避けたいと――陛下のお心だ。そこで諸君等ならば――そう、『神託』が未来を託した使徒たる諸君の仕事ならば理解も得やすいと考えた次第だ」
「……成る程ね」
 レオパルの表情が晴れないもう一つの理由にイレギュラーズは気付いた。
『本件で聖騎士団を動かしたくないのはあくまでフェネスト六世だけ』なのだ。眼の前の公明正大が鎧を着て歩いているような義漢は、汚れ仕事を誰かに押し付けたがるようなタイプではない。間違いなく――どんな苦境や試練を与えられようと、誰かに頼るより先にまず自身が先頭に立って手本を示すタイプだろう。
「……申し訳ないが、頼まれて頂きたい」
 だが、頭を下げた彼は同時に最高の騎士でもある。
 心酔する主君がそう命じれば、次善を考え実行する――それが本件という訳なのだ。
「仕事はバウツシュに赴いて、イレネジオ神父を捕縛、或いは断罪する事ね。
 ……彼がなんで殺人事件を起こしたか、なんて情報は全く無いのか?」
 問われるとレオパルは彼には珍しく――一瞬その言葉を言い澱む。
「……イレネジオ神父は先に言った通り、身寄りのない孤児を養育してきた男だ。
 匿名の通報によれば……あくまで通報による話だ。真偽は知れない。
 彼がその――アルミーノという若い男を殺したのは……あくまで通報の話だが。
『男女関係の縺れ』だったと聞いている」
「……」
「……イレネジオ神父は。
 娘のように可愛がっていたクラリーナという乙女を巡って殺人を侵したと」
 小さく頭を振り観念したかのように言ったレオパルの表情は今日で一番冴えなかった。

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 通常依頼を無理やりねじ込んでいくのです。
 以下詳細。

●依頼達成条件
・イレネジオ神父の捕縛、或いは殺害

●バウツシュ
 天義の小さな街。
 信仰深い人々が多く、イレネジオ神父は一身にその尊敬を集めています。
 彼を断罪しようとする者に対しては攻撃してこないまでも極めて非協力的でしょう。
 ……非協力的所か、神父側に立つ可能性すらあります。

●教会
 バウツシュ中央に存在する教会。
 比較的大きな建物で併設する施設は孤児院を兼ねた住居スペースです。
 長年バウツシュに貢献し、孤児を養育してきた神父の為に町の人々がお金を出しあって作った謂わば彼の集める敬意の象徴とも言える建物です。
 現在も五名の少年少女がそこで生活を営んでいます。

●イレネジオ神父
 年齢は四十七。レオパルが太鼓判を押す篤実な神職です。
 そんな彼が何故よりにもよって養育する娘との男女の縺れを疑われる殺人事件を起こしたのかは不明です。匿名の通報者の正体も不明です。
 中央の事情聴取を拒否し、対抗姿勢を取っている、との事ですが、彼がそうであるのか、後述する教会の男達がそうであるのかはレオパルにも判断がついていません。
 戦う場合はレベルの高い神秘職で回復、火力を備えます。

●クラリーナ
 二十一歳の美しい乙女。
 バウツシュ一番の美人で、その魅惑の微笑みは憧れの的です。
 彼女を巡る『縺れ』で事件が起きたとされていますが……

●アルミーノ
 三十歳。バウツシュの金持ち。
 クラリーナと只ならぬ関係にあったとも噂されていますが真偽不明。
 イレネジオ神父に殺害されたとされていますが果たして。
 余り評判のいい男ではありませんでした。

●教会の男達
 元々は孤児でイレネジオ神父に養育されていた若い男達。
 教会や孤児院の運営を積極的に手伝う若者達であり、善良です。
 善良ですが、状況柄血の気は強く、神父の引き渡しは断固として拒否しています。
 十人の若者達が現在神父を守る姿勢を見せています。
 そこそこ喧嘩慣れしているようであり、護衛も兼ねていた事からある程度強いです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 我が家の神父ろくな事しねえな……じゃなくて。
 軽くミステリーというか捻ったというか何というかアレです。
 PCの活躍次第ですが、必ずしも良い後味にならない事を覚悟の上でご参加下さい。
 以上、宜しくお願いいたします。

  • 峻厳の獅子と腐り墜ちた罪の果実完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年12月11日 21時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シェリー(p3p000008)
泡沫の夢
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
刀根・白盾・灰(p3p001260)
煙草二十本男
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
酒々井 千歳(p3p006382)
行く先知らず
アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)
<不正義>を知る者

リプレイ

●甘く、甘く。
 後悔しているかと問われれば頷くばかりだ。
 私の選択は――私の過ちは只々破滅へと繋がる一本道。
 愚かな私は欲望の侭に人を傷付け、その全てを奪い去る煉獄の炎そのもので。
 耳障りな、こうなって尚捨て去れない私の『良心』は繰り返し私自身を責め苛む。
 痛烈なまでに、苛烈なまでに。
『理性が完全に把握するこの運命』を何度でも伝えてくるばかりなのだから。
「ああ――」
 私の眼の前で――が悲しげな溜息を漏らしていた。
 もう動かなくなった肉の塊がズルリとベッドから転がり落ちていく。
 広がるビロードを乱したそれは口からだらりと舌を出したまま、悪徳の私に浮遊する視線を投げていた。

 ――罪深い! 罪深い! 偽物め、愚かな悪魔め――!

 幻聴が、彼の声が面罵する。
 全く一言の申し開きも、一言の反論も許さない唯の事実。
 私は欲望の侭に彼を『殺し』、自らの意志でこの状況を作り出したのだから、そればかりは間違いない。
 錆びた鉄の臭いに咽ぶこの部屋で、視線を絡め合わせるのは二人きり。

 ――私はずっと望んでいた。
 
 とても、うつくしいひと。だれよりたいせつなひとを。
 胸の奥底で欲望を焦がし、己を道徳の鎖で雁字搦めにしてきたその心を。
 一体何時からか分からない。
 その時間を私は自覚していない。狂おしい程の情愛に塗れて、情欲に濡れて。
 私は絶対的に後悔しながらも断定的に言い切るのだ。

 もし、時計の針を巻き戻し。
 何もかもをやり直せたとしても――同じ選択肢を取るだろうと!

●奇妙な依頼
「匿名の告発状と、神父様を護ろうとする人々……か」
 何処か晴れない灰色の口調で小さく零したのは『黒鴉の花姫』アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)だった。
「何だか、そう素直に――額面通りに受け取れない話かも知れないね」
 成る程、アイリスの言う通り。
 あの日、八人のイレギュラーズの元に飛び込んできた依頼は奇妙なものだった。
 天義――聖教国ネメシスの聖堂で重苦しいしかめ面をしたレオパルがイレギュラーズに語ったのは罪を犯したとされる、ある聖職の捕縛か断罪。
「匿名の通報、男女の縺れ、表に出ない神父……ですか。
 さて、真実は何処にあるのやら――尤も、私は真実などと云うものには興味ありませんが」
『泡沫の夢』シェリー(p3p000008)が飄々と肩を竦めた。
 本件の問題は『匿名の告発状』と出頭を拒む状況から、確実な犯人と目されているイレネジオ神父が、かの白獅子さえも一目を置き、太鼓判を押す理想的な聖職であるという事実である。
 潔白ならば全ての嘘を見通すレオパルのギフトは太陽の下に神父の無罪を証明せしめる。白だとするならば、彼の裁きを受ければ間違いは一つにも起こり得ない。だが、神父側が使者を押し問答で追い返す事数回に及んだ結果、今日に到ったという訳である。
 状況から見て神父はほぼ確実に黒であり、殺人は起きたものと推測される。
 だが、それを表す状況自体が出鱈目であり、控え目に言って論理的でない――
 殺人の下手人と疑われ、中央から出頭を命じられた神父を、彼を慕う者達が庇おうとするのは当然だが――己の罪業を隠し立て、自身を敬愛する若者を危険に晒すのが『レオパルの認めた男』のする事とは思えないのだから当然だ。
「これは予感だけど」
 秀麗なる眉目に若干の憂いと深慮を乗せた『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が『予感』なる不確かを唇に乗せた。
「多分、そう単純な話ではないと思うわね。痴情の縺れ、何て話ならそれこそ五分で解決だけれど」
「……まぁ、人の心なんて切っ掛けがあれば簡単に揺らめくものではあるが。
 だが、この事件――単に娘を想う親の話にしてはキナ臭さを感じるな。
 罪には罰を、だがその前にオレらの手で真実の糸口を探るぞ」
 皮肉に冗句めいたイーリンに応じた『影刃赫灼』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)、
「罪には正しき裁きを。そのためには、罪を正確に測らないといけない。
 ――この仕事、捕まえて終わりには出来ないね」
 彼に同意した『薄紅一片』サクラ(p3p005004)の言葉に仲間達は頷いた。
 クロバの言は「罪には罰を」だ。翻せばそれはサクラの言う「本当の罪(しんじつ)を探し出し、罰するべきを罰する」という意味も含む。
 イレネジオという男は人生の大半をバウツシュの人々と神への奉仕に捧げたという立派な聖職である。中央の命令にさえ敵対的な視線を向ける程、神父への信頼が厚い――絶大と言ってもいい――かの街へ敵対的に踏み込めば不測の事態も起きかねない。
「動機も、関係者の本心も、今の段階では確証が持てないけど。
 誰が、誰を害したのか。そこは明らかにしないといけないな。
 ……果たしテ、真に裁かれるべきハ、誰なんだろうナ?」
「話通り、神父が何か罪を犯したのか――或いは、何らかの理由で罪を被ろうとしたのか。
 どちらにせよ、密告という形で神父は矢面に立たされてしまった。後がどうなるかは……俺達次第、なんだろうな」
「ええ、必ず上手くやりませんと。なんとかお助けしたいですからな……」
 小さく鼻を鳴らした『自称、あくまで本の虫』赤羽・大地(p3p004151)、そして続けて言った『行く先知らず』酒々井 千歳(p3p006382)の言葉に応えた『屑鉄卿』刀根・白盾・灰(p3p001260)の言葉にも意思が篭もる。
(レオパル様に認められる程の男でも、恋愛に狂うものなのでしょうかな。そんな名誉持ったことないので分かりませんけども……)
 例え悪い結末しか無かったとしても最悪だけは避けておきたい――
 想いの滲む彼の言葉に主語は無く、それは恐らく複数の意味を指していた。救うべきは罪を犯した神父であり、罪の間近にあったクラリーナであり、神父を守ろうとする男達であり、バウツシュの住人達であり――レオパルの苦渋でもあるだろう。
「……本当に。これはもう、碌な話になりませんからな」
 実際、どうしようもない男なのだ。
 だが、常日頃から露悪的な灰は、見ての通り酷くお人好しな所もある。
 憎めない愛嬌のある屑鉄(ポンコツ)は頭を掻いて曇空の向こうを見つめていた。

●バウツシュ
「――余り派手にやる訳にはいきませんが、一応状況の確認は出来ました」
 シェリーの言葉に面々が注目を寄せた。
「教会の周りは壁に覆われていますが、裏口があるようですね。
 神父を守ろうとしている男達は正門に集中しているようです」
「おいおい、マジかよ。がら空きじゃないか」
 使い魔で空から俯瞰した偵察を済ませたシェリーにクロバが首を傾げた。
 だが、サクラやアイリスは違ったようで納得したように頷いている。
「……そういうモノなのカ?」
 問う大地にサクラは「当然よ」と胸を張る。
「あのレオパル様の率いる栄光の聖騎士団が裏口から門を潜るなんて有り得ない」
「……それは余り『正義』じゃないし、しないよね」
 アイリスの言も合わせ、天義を知る人間からすればそれは驚くに値しない話であった。
 とは言え、これはパーティからすればかなりの好都合だった。
「本当に傷一つ無い名声っていうのはこういうのを言うと思うわ」
 肩を竦めたイーリンはバウツシュの地図を眺め、神父の情報を集めていた。
 彼女が知ったのは彼が如何にこの街に尽くし、愛されているかばかりであり――街の人々からすれば『真偽』さえどうでも良い可能性だった。今回の事件の『被害者』に当たるアルミーノは評判の悪い男であり、『加害者』とされる神父の逆である。
「噂話にはなっているようだが、期待出来ないのは間違いない」
 頷いた千歳の超聴力がイーリンの言葉を裏打ちする。
 この街は決定的に神父の味方である。
「ま、調べられる限りハ、調べてみたガ……」
 生きている者が無理ならば、死んでいる者ならば、と言わんばかりは大地である。
「浮いてル、霊魂自体が新鮮じゃないナ。情報は酷く限定的ダ」
 大地に限らず面々が最終的に得た有力な情報は『殺人現場は住居スペースの一室、クラリーナの部屋である可能性が高い』事だった。
「やっぱり作戦通り、か?」
「死者を出さないのが第一よ」
 細かい情報収集よりは荒事の方が向いている――死神(クロバ)にイーリンは釘を刺す。
 住民の協力を得られる筈もないイレギュラーズ達は少し荒っぽいながらも本丸たる教会に密かに侵入する手筈を進めていた。上手くイレネジオに接触し、状況を質さんとする判断は相応に合理的と呼べるだろうか。
 だが、密かに侵入するだけでは話が解決しそうもないのは確かである。
 猛る男達が収まらないのであれば話は結局進まず、暴発的な事態を引き起こしかねない。
 故の二手だ。
 正門側で男達に真っ向から挑むのがクロバ、イーリン、大地、サクラ、千歳、灰。
 一方でシェリーとアイリスは正面を迂回して真に迫る情報を集めようという算段だ。
「現場に行けば……アルミーノさんと話せるかな?
 ……死人に口なし? 本当にそうか、確かめてみよっか」
「謀をするとは言え、説得は本心から。頑張りましょう!」
 アイリスと灰の言葉に話は纏まり、パーティは最後の確認をしてめいめいに動き出す。
 五里霧中を掻き分ける彼等は果たして――?

●調査I
 ラムレイに乗り、銀鶏と叶多で堂々と――
「私達はただ断罪を求めるわけではありません」
 言い切ったイーリンの言葉に男達はざわめいた。
 見るからに中央の聖騎士ではない面々――天義の片田舎にもイレギュラーズの噂は届いていたのだろう。
 奇妙な一団を見る彼等は懐疑的ながらも、彼女の言葉に僅かばかり耳を傾けていた。
「真実こそが、神父の名誉を守るのです。
 この街を愛し、育み、多くの子供達の命を、住民の心を救ってきたあの方の傷口を、膿んだまま放置する事。
 聖列さえ失う汚辱に沈めんとする事が、あなた方の望みだとでも言うのですか?」
「恩人の不名誉に気が立つ気持ちはとてもよく分かる。
 しかし、皆さんが我々に協力してくれれば少しは状況を良く出来るかもしれません。全力を尽くします、信じて下さい!」
 強い警戒を滲ませた男達は決して油断する事は無くイレギュラーズ達を見回していた。
 彼等が中央からの使者である事は一目瞭然である。
「……神父を連行はさせん」
「ちょっとまって欲しイ。連行するしない以前の問題ダ。こっちは未だ真実を探していル」
 低い声で言った男の敵対心をすかさず大地が上手くいなした。
「本当に殺したのは『彼』なのか? 死んだのは『彼』なのカ?」
「俺達としては、積極的に事を構える心算は無いんだけれど。
 個人的に気になっているのは、事を密告したとかいう人間なのだけれどね。今この状況になって得をする人物とか知ってるかい?」
 続けた千歳の言葉に男達は顔を見合わせた。
 大地にせよ千歳にせよ、
「ま、神父は悪くないだろうさ。なんせ殺したいと思ったからやったんだろ?
 高潔な人格者がそこまで怒り、憤るだけの事情が『そこ』にあった訳だ。
 なら、個人的にはそこに不義は感じないと思うんだがな?」
 ニヤリと笑って『フォロー』じみたクロバの言は特にだ。
 不器用な聖騎士団に寄り添った対応は期待出来まい。
 故に男達の心情を慮ったのはこれが初めてになった筈である。
「……死んだのはアルミーノだ。間違いない。殺したのは――知らん」
 重い口を開いた男の言葉に苦笑したのはサクラだった。
 愚直に教義と信仰、正義を守り続けている。天義の民が上手い嘘を吐ける筈も無く。
「……貴方達の心根は、たぶん善良なんだと思う」
 苦笑いを言葉に交えたサクラは自問自答した。
(罪人を庇うのは不正義だけど、不正義と断ぜないのは私の弱さなのかな――)
 答えは返らず、返らないからサクラは諦めて静かに言った。
「庇われる事を当の神父が望んでいないとしたら?」
「馬鹿を――」
「――これはあくまで想像に過ぎないけど、匿名の通報は余りに真相に近過ぎた。
 貴方達が通報する訳は無い。神父を愛する誰も同じ事。アルミーノさんは死に、誰もそんな事をする、したい人はいない。
 つまり――匿名の告発者って、イレネジオ神父本人じゃないかな?」
 反論に被せて吐き出されたサクラの言葉に男は小さく息を呑んだ。
 消去法は真実かは知れない、だが少なからぬ真実味を帯びていたのは確かだった。
 彼等は誰より神父の高潔さ、その人格を知っている。彼が罪を隠し立て、逃れようとする人間では無い事を。
「罪を犯し、それを懺悔する事も出来ない神父の、助けを求める声だったんじゃないかな。
 貴方達が神父を助けたいと思うなら、真に出来る事は神父を匿う事じゃない。
 裁きの場に神父を送り出した上で、申し開きをする事だと思う」
 その一言にざわめきが大きくなった。
 男の中には武器に手をかける者もおり、緊張は強烈に高まっていた。
「辞めましょう、それは良くないです!」
 両手を上げる灰に続くクロバの言葉に圧が滲んだ。
「やるなら、お前等は覚悟は出来ているんだろうな?
 ――実力にせよ、罪を被る覚悟にせよ。碌な結果にはならんし、しないぜ」
「善き人の命は奪いたくない」
 一方のイーリンは動かない。攻撃されるまでは決して手を出す心算は無かった。
「聖騎士団長は無茶苦茶な人じゃない。だから、全てを明らかにする必要があるんだ」
 ギリギリの『攻防』の中、綱渡りの言葉が響く。心を込めて千歳は言った。
「――お互いの、為にも」

●調査II
「……確かに、アルミーノさんは神父様に殺されたんだね?」
 染み込んだ汚れの完全には拭えないその部屋で、明瞭性を失った『意志』にアイリスは問い掛けた。蟠る魂の残滓は彼女に強い無念を伝えてくる。憎悪は『二人』を指していた。
「間違いない、みたい」
 シェリーに向き直ったアイリスは言葉を続けた。
「アルミーノさんは、クラリーナさんと――しようとしていて、後ろから襲われ殺された」
「その犯人が神父であると」
「うん。でも――」
 アイリスは何とも難しい表情をしたまま言う。
「アルミーノさんの無念は二つ。自分を殺した神父と、『自分を嵌めたクラリーナさん』に――」
「ふむ」
 首を傾げたシェリーは嘆息を一つして、ドアの向こうに感じた気配に呼びかけた。
「説明をして頂ければ、幸いなのですが――」
 錆びた蝶番の音の向こうに佇むは二人、イレネジオとクラリーナだった。
 歳よりも老けて見える男は諦念に塗れ酷く疲弊しているように見えた。
 一方の乙女は麗しい美貌の顔を彫像のように凍らせている。
「諸君は、レオパル卿の使者……だね?」
「ええ。今度は『本気』の」
 シェリーの言葉に神父は状況を察しているようだった。
 これ以上、教会の男達を巻き込めば更なる咎になりかねないと。
「アルミーノ君を殺したのはこの私だ」
「お父さ――神父は、私を守ろうとしただけです! あの男は、あの獣は……」
「……辞めなさい」
 穏やかながらに強い静止の声を聞いたクラリーナは口を噤む。
 真相を開けてみれば何とも呆気無い――『札付きの悪は麗しい乙女を略奪せんとし、高潔なる男はそれを許さず罪と知りながら彼女を守った』。
 退屈な『筋書き』は状況と余りにも符合する。
「告発を行ったのは貴方でしょうか」
「私だ。抵抗する心算は無かったが、私が連行されればあの子達が何をするかが分からなかった。
 すまない。酷い仕事をさせた事を心から詫びたい」
 頭を下げた神父は確かに評判通りの人物なのだろう。
 罪は免れずともイレネジオの功績と状況は彼に或る種の許しを与えるだろう。
 裁くのがあのレオパル・ド・ティゲールならば、そうなるのは必然だ。

 だから。

 クラリーナはその顔に、薔薇色の唇に幽かな笑みを乗せている。
 イレネジオが必要以上に責められる事は有り得ず、田舎町で起きたこの事件はそれで終わりになる筈だった。
 この神父がアイリスのたった一言の台詞に全てを悟らず、何処までも高潔で無かったならば。
「特異運命座標――諸君に一つ頼みたい。
 どうか、外の者達が罪に問われぬよう、クラリーナの名誉が傷付く事の無いよう、取り計らって欲しい。
 全ては私の罪なのだ。私心が無かったとはとても言えない。
 全ては――欲してしまった――全ては、誤った」
「え……?」
 一瞬後、クラリーナの声が吐息のように漏れ出した。
 目を見開いた彼女の視界の中で愛する人が冗談のように崩れ落ちていく。
 銀のナイフで自身の頸を斬った神父は部屋を二度、鮮血に染めた。
 苦悩の父はそれ以上を語る事も無く――そのまま死んだのだ。

●インスピレーション
 アイリスからアルミーノの話を聞き、シェリーから神父の最期を聞いたイーリンは余りに深い溜息を吐き出した。
 思考は真実を残酷につまびらく。
 及ばぬ事もあろう。届かぬ事もあろう。
 されど今日という日は――天才足り得なかった女に、天啓を与える事を選んでいた。
「……確かに、罪だわ。罪深い、原罪。禁忌。
 ええ、これを語るのは――余りにも憚られるでしょう。『神父はこうなれば死ぬ他は無かったでしょう』」
 彼は天義の人だから。高潔な神職だから。クラリーナを『愛して』いた筈だから。
 審問を行うのはあのレオパルで、彼の問いに決して嘘は通用しないから。
 三文芝居をひっくり返したのはたった一つの鍵だった。

 ――自分を嵌めたクラリーナ――

 麗しい乙女を殊更に欲したのは男の側では無い。
 情欲に濡れ、獣欲に滾ったのはどの男でも無かった筈だ。
 この事件で全ての切っ掛けとなったのは。
 信仰を捨てたのは、罪を告白すべきだったのは。
 神の愛から余りに程遠い、人の愛にその身を焼き焦がされたのは。
 悪徳を自覚し、後悔に苛まれながら。全てを肯定し、他の方法では絶対に手に入らない愛する人を欲したのは。
 完璧なる聖職の仮面を憎み、恋い焦がれ、因業に因業を重ねたのは。
 一生涯表に出る事は無かった『獣性』を引きずり出さんとしたのは、『そこまで追い込まれていたのは』――
「……辞めましょう」
 神父の愛が『どちら』だったのかは知れない。
『その瞬間、彼がどちらの顔をしていたのかを知る事はもう永遠に叶わない』。
 恐らくは――だっただろう。だが、確信は無い。『名誉を守る』約束をしたのだ。しては、ならない。
 それが語るに落ちる蛇足なら『語り部たる彼女とて、語り部たる彼女だからこそ』それは本意では有り得ない!
「報告、しないとナ」
 大地の言葉にパーティは頷いた。
 レオパルはこの顛末に良い顔をしないだろう。だが、彼は悪いようにもしないだろう。
 言い知れぬ後味の悪さを残しながら――片田舎の殺人事件の幕は降りる。



 レオパル・ド・ティゲールは公平で清廉な男である。
 男達の暴発を正門の面々が止めた事は非常に大きく評価された。
 イレギュラーズの口添えとイレネジオ最後の嘆願により、クラリーナの『名誉』は守られ、男達の罪は不問となったのだ。
 ……クラリーナが自死したとイレギュラーズが聞かされたのはそれから程無くの事だった。
 それは冷たい風の吹く――良く晴れた朝の事だったと云う。

成否

成功

MVP

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女

状態異常

なし

あとがき

 YAMIDEITEIです。

 ギフト刺さりすぎましたね。
 本作はシティアドベンチャー、ミステリであり、何らかのストーリー的仕掛けは存在する前提でした。
 さて、小説を書くテクニックの一つに『叙述トリック』というものがあります。
 この内、本作で採用している視点人物の誤認誘導はその叙述トリックの一種で、オードソックスなものです。
 PBWという媒体柄、『PBW的に反則があってはいけない』、『プレイングで高確率で真相に到達出来る必要がある』、『オープニングを読み切れば答えが分かる』点を全て満たさないといけないので内容は非常に単純ですが、主にフーダニット(誰がやったか、本作で言えば更なる真相と言うべきですが)を主体にしたミステリ部分の肝となる訳です。
 オープニングにおける『●罪』及びリプレイにおける『●甘く、甘く。』をさも殺人犯であるイレネジオ神父の視点であるかのように見せかけ、そう取るのが自然であるかのような情報を並べ、本当の視点の持ち主を偽装しています。

※例えば『●罪』の
>「私は――お前を誰かに渡す等、出来なかった」
>そんな空虚なる言葉は長く縋り、説いてきた神の愛(アガペー)からは余りに程遠く。燎原火の如き許されざる人の愛(エロース)のようでした。

 という部分ですがこれは『言った』ではなく『聞いた』だったりします。
 又、理想的な神職に養育され、教会を手伝っている乙女であり、彼を敬愛するクラリーナも又『敬虔な神の信徒』なので『そんな空虚なる~』以降の地の文章についても彼女にも当てはまる、という寸法です。

 上記の通り、罪の述懐はクラリーナを見る神父のものではなく、神父を見るクラリーナのものであるという事になる訳ですが「これひょっとして一人称部分の視点クラリーナじゃね? はて、クラリーナに罪があるとするならそれはどういう事だ? つーか相思相愛なのね」というのが『分かれば分かる真相への鍵』です。叙述トリックだろうとなんだろうと嘘を書いたらズルですので、本当の事しか書いてはいないので。
 改めて読んで頂けるとその辺りは伝わるかなあ、と思います。

 シナリオ、お疲れ様でした。

PAGETOPPAGEBOTTOM