シナリオ詳細
蜘蛛と百合の華
オープニング
●私を殺してと蜘蛛は言った
『黒耀の夢』リリィ=クロハネ(p3n000023)がローレットの受付と他愛のない会話をしていると、一人の黒衣の少女がローレットの扉を開いた。
「あら……?」
まあ! なんて素敵な黒衣に黒髪、と視線を這わせたリリィに少女が気づき、声を掛けた。
「ここが何でも依頼を受けてくれるという、ローレットでいいのかしら?」
「ええ、何でも出来るかはさておき、依頼として受ければできる限り達成を目指すわ」
「そう、なら……」
少女はどこか物憂いげに、しかしどこか挑戦的な声色でハッキリと言った。
「私を、殺して欲しいのだけれど」
どこか自分に似ている。そんな奇妙な依頼主の奇妙な依頼に、リリィは耳を貸すことにした。
「まずは自己紹介ね。
私はナツネ。ふふ、これが見えるかしら? そう私は蜘蛛の魔物よ」
リリィに見せつけるように自分の手を蜘蛛の腕へと帰るナツネ。どこからともなく伸ばした蜘蛛の糸を絡めつけ手繰り遊ぶ。
「素敵な手足だこと。それで蜘蛛の魔物という貴方が自分を殺して欲しいとはどういうことかしら?」
「あまり驚かないのね。
まあ良いわ。依頼について話すわね。そう、どこから話したものか……」
気怠げに、首を傾げながらナツネが言葉を紡ぐ。
蜘蛛の魔物でありながら、人の姿を取ることのできる力を持ったナツネは、長い時を人として過ごしてきた。
あまり人には関心がなく、人と関わらず生きてきたナツネだったが、最近ある日一人の少女に出会い世界は一変した。
少女の名はコトミ。薄いラベンダー色の髪の似合う学生らしい。
「恥ずかしい話だけれど、人に恋をしてしまったのよ、魔物である私が」
蜘蛛としての本性を隠しながら、ナツネはコトミの側に巣を張り、罠を仕掛けて接近する。そうして自らの恋心を隠して、コトミを籠絡せしめた。
「ふふ、私の手の内にあるとも知らず、自分から近づいてきてくれたわ。本当は私が近づきたいのも知らずにね」
自らの恋心を悟られず相手を誘引する恐るべき蜘蛛の手腕に、リリィは舌を巻く。
「そうして、私は彼女を手近に置くことができたわ。このまま少しずつ愛をはぐくむ。そんなつもりだったのだけれど……」
彼女は言う。魔物と人間は相容れないものなのだと。
「コトミに付きまとう貴族の男がいるの。そいつは自分をコトミの恋人だと嘯くわ。もちろんそんなことはない、コトミに確認したもの。
対した男じゃ無い。そう油断していたのね。彼に見られてしまったのよ、私の巣を」
それは人気に付かない廃屋の中。蜘蛛の糸で作られた彼女の巣。
弱い魔物を捕らえて喰らう彼女の巣での光景を、ナツネを怪しんだ男に見られたという。
「男は私を蜘蛛の魔物だと喧伝し、私をコトミから遠ざけようと……いえ、討伐も考えていそうな口ぶりだったわね。
――全て本当のことだもの、私には強く否定をすることも、ましてや人間であるその男を殺して自らの凶暴性を見せることもできなかったわ」
「それで、どうして自分を殺して欲しいと?」
「男は近いうちに自分の兵隊を連れて私を殺しにくるでしょう。でもそこで人間を殺してしまえばきっとコトミに嫌われてしまうわ。
かといって、あんな男に殺される理由もない。
ならいっそ、私は”自分を死んだことにして”どこか別の街へと移り住む。そう思っているの」
つまり、ローレットに自分を倒させて、死を偽装しようという話だ。
「私は蜘蛛の本性を現せば、自分でも抑えが効かないほどに暴れてしまうわ。並の人間ではきっと食い殺してしまうでしょう。
でも、ここの人達は強いのでしょう? きっと殺さずに済むわ」
目を伏せる少女ナツネは、どこまでも穏やかな心を持った魔物なのだとわかる。
「あいつは……きっとコトミもつれてやってくるわ。
もし私の正体がばれたとしても、蜘蛛の姿で倒されたのを見ればきっと、安心するでしょう。それに――」
ナツネは言葉を付け加える。
「もし、コトミが私に対して恐怖や怯えを見せて殺してというのであれば……本当に殺してしまっても構わないわ。
彼女に嫌われて、生きていこうとは思わないもの」
そう言って、ナツネは口を閉じた。
オーダーは死の偽装。そして場合によってはナツネの殺害となる。
男が連れてくる兵士達をナツネに殺させないように立ち回る必要もある。
「どうかしら? 私の願い――叶えられるかしら?」
見た目に似ている少女の切な頼みに、リリィは一つ頷いて。
「ええ、任せて頂戴。きっとローレットが貴方の望みを叶えてくれるわ」
と、力強く胸を叩くのだった。
- 蜘蛛と百合の華完了
- GM名澤見夜行
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年11月30日 21時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●晒すその身は魔性の理
「フフン、なるほど。別口で依頼を受けた、ねぇ……あいつが魔物であることに気づいたものが他にもいたわけだ。
ぜひ、君達にも協力願いたいねぇ。あの化蜘蛛を殺す、その手伝いをね!」
醜く歪んだ顔で嬉々として語るのは、噂に聞いた貴族の男だ。名をハンスと言った。突然現れたイレギュラーズを前に訝しげな顔を見せていたが、『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)がローレットの名前をだし、魔物――ナツネ――を討伐しに来た事を伝えれば、態度を一変させた。
「なにかの間違いじゃ……だって、姉様が、そんな……」
事態を受け入れる事の出来ない少女――コトミが、眉を八の字にしてどこか不安、心配気に言葉を零す。
「それについては、あっちの連中に聞いてくれ。
俺達はこっちだ。魔物討伐に当たって条件がある、来てくれ」
コトミの質問には答えずに、ハンスとその私兵を連れ離れていくハロルド。ハロルドの威圧感のある悪人面に、有無を言わさぬ迫力ある声色がハンス達を巧みに誘導し、コトミから引き離す事に上手くいったと言えるだろう。
ハロルドの後を追うように、『湖賊』湖宝 卵丸(p3p006737)も貴族達の方へと向かう。
「ま、ローレットなんていなくても俺の私兵で十分だけどな! ワハハ」
「目的は同じなんだし、協力した方が上手く行くって、蘭丸はそう思うんだけど……どうかな?」
「まあそれはそうだがなぁ? それで条件ってのは――」
ハンス達が離れていったのを確認して、コトミの傍へイレギュラーズ達が近づく。
「むー、悪人じゃないんだろうけど、ものすごく悪そうな奴だね」
貴族の男は、恋路の邪魔者であるナツネを心底、葬り去りたいのだろう。その意思をハロルドに渡したファミリアーを通して感じ取った『マジカルフラワーズ』アリス・フィン・アーデルハイド(p3p005015)は頬を膨らました。
「邪魔も居なくなった所で女らしい話をしましょう?
――ねえコトミさんには好きな人はいる?」
突然の『優心のアンティーク・グレイ』白薊 小夜(p3p006668)の質問に、コトミが顔を赤らめて俯く。
その様子を光を失った瞳で射貫いた小夜が言葉を続ける。
「私は居るわ、私は特異点なんて呼ばれているけれど実際は異世界から来た化物。
けれど、それでも良いと受け入れてくれた人が……。
コトミさんならどう? 貴女の好きな方が実は人ではなかったとしてそれを受け入れられるかしら? 少し考えてみて?」
「姉様が魔物だったら……」
それはコトミの価値観を揺るがす問いかけに他ならない。魔物は人を脅かす存在であり敵以外の何物でも無い嫌悪すべき対象だ。もしそれが憧れと淡い恋心と思しき気持ちをぶつける相手だとしたら――それは人生の岐路と言っても過言ではない。
「そうですね……私もどちらかというと異世界の化け物の類ですが……もし仮に、私に大切な人がいて、その相手に拒絶されるなら。いっそ死を選ぶかもしれません」
「そんな……!」
『雷迅之巫女』芦原 薫子(p3p002731)の言葉がコトミの胸を突く。
それはナツネの事を言っているのだろうか。コトミの目が見開かれた。
「私達は基本的に拒絶される側です。だからこそ、大切な誰かに拒絶された、つまらない世界で生きるぐらいならこの世界に意味がないので」
ある種の脅迫めいた言葉に、コトミの心は揺さぶられる。
もし本当にナツネが魔物だとして、その思惑がどこにあるのか判断が付かない。付かないからこそ、誰でもないナツネと会う必要があるとコトミは感じた。
「まあ放って置いてもあの男が連れ来ちゃうと思うし、一緒にいこ?
伝えたい事、直接伝えたほうがいいしね。
大丈夫、困った事があったらいつでも私達を頼ってね」
アリスの微笑みと言葉は信頼に価するだろう。コトミはコクリと頷くと、一つ覚悟を決めたようだった。
「もどってきたようでござるな」
『武者ガエル』河津 下呂左衛門(p3p001569)がチラリと視線を這わせれば、ハロルドと卵丸がハンス達と帰ってきたようだ。
アリスはファミリアーを通して聞いていたが、それを悟られないようにハロルドが言葉にして確認する。
「条件は全てクリアだ。
蜘蛛の巣へと、向かおうじゃないか」
ハロルドの説得は多少の難航――ハンスがトドメを要求――したが、最終的にローレットの手による決着で話は付いた。これは理路整然としたハロルドの説得による功績だろう。
一行は足を揃え、ナツネの待つ廃屋へと向かった。
その廃屋は、人の出入りなどまるで無いように不気味さを湛えていた。
軋む床板の上を一行が進む。そうして、大広間へと侵入すると異質な光景が広がっていた。
一面の蜘蛛の巣。それも巨大なものだ。
「いました」
フィーネ・ヴィユノーク・シュネーブラウ(p3p006734)が短く告げる。後ろにいたコトミがビクりと肩を振るわす。
イレギュラーズも思わず目を見張る。すでに覚悟を決めていたナツネが、コトミを前に人間としての姿を晒すとは思っていなかったからだ。
黒衣の少女が、巨大な蜘蛛の巣の下で、気怠そうに小首を傾げ、その長い黒髪を揺らす。
「見つけたぞぉナツネェ! さぁ観念してその首を差し出すんだなぁ!」
貴族の男の言葉に、冷徹に目を細めて一瞥するがこれを無視する。そして、すぐに優しい眼差しとなってコトミを見た。
「コトミ、来てしまったのね」
「ね、姉様! ま、魔物って、嘘ですよね!?」
「……そっちの人達から聞かされているでしょう?
事実よ。私は魔物、醜い蜘蛛よ」
寂しげに言葉を零すナツネは自らの手を魔物のそれへと変えてみせる。
「そ、そんな、姉様――」
「コトミ、もう手遅れなのよ。
忌み嫌われる魔物が、人の真似事をしていたに過ぎないわ。
この人数。全力で抵抗してみせるけれど……私のことは諦めて頂戴」
「だ、ダメ――!」
コトミの制止の言葉を振り切って、ナツネの背から巨大な蜘蛛の足が生み出される。
「さぁ、掛かってきなさいな人間。ただで私を潰せるとは――オモワナイコトネ!!」
最後はもはや人の言葉ではなく。大蜘蛛と化したナツネが自分の巣へ張り付いた。
コトミを誘惑して置きながら――勝手と知りながら――コトミに自分を諦めさせる。人としての生を全うして欲しいと、愛するコトミを想い、ナツネは敢えて自らの変貌を見せつけた。
その覚悟、意思に『リヴァイブアゲイン』銀城 黒羽(p3p000505)が「クク」と笑う。
「いいじゃないの。好きだぜそういうの」
誰に言うでもない、嬉しそうに言葉を零し、ナツネを見据える。
人に恋した魔物。その想いに他人が土足で踏みいる道理はない。二人だけの想い、それを守る手伝いをするだけだ。
「さあいくぜ、化け物――!」
言葉とは裏腹に、イレギュラーズの守る戦いが始まった。
●二人の心
魔物の姿を晒したナツネは、もはや人の心など捨て去ったかのように強烈な殺意を放ち、大広間を蜘蛛の糸で埋め尽くして、罠に掛かる者を待つ。糸に絡め取られ動きを見失ったものがいれば、それまでと一転して恐るべき機動力を持って対象を捕獲しようと試みる。
「その糸が邪魔だ――ッ!!」
本能のみで動くナツネを前に、ハロルドが鋭い洞察力と戦闘狂的勘を持ってバーンアウトライトによる巣の焼き払いを狙う。爆裂する一撃がナツネごと巣を張る蜘蛛の糸を焼き払う。
「建物には影響はださせません」
フィーネの保護結界がこのハロルドの狙いに見事に合致して、燃えさかる火炎が糸だけを焼き落としていった。
巣を焼き払われたナツネは怒り心頭のまま子蜘蛛を産み落とし、手駒とする。私兵の士気を上げるために、卵丸が手持ちの二刀でナツネを指し示し声を上げる。
「相手は生み出した子蜘蛛を盾にするつもりだ、彼奴に近づけなくされる前にまず子蜘蛛を倒して道を開く……卵丸に続け!」
海賊プリンセス王子な卵丸の言葉は、持ち前のカリスマと共に私兵の士気をあげ子蜘蛛への対処に熱が入る。この卵丸と、子蜘蛛対処に専念する薫子二人のお蔭で、他のイレギュラーズはナツネへと集中できていた。
「貴方のその魔性、私達が受け止めるわ。存分に戦って――彼女に全てを見せるのね」
黒いセーラー服を靡かせて、小夜が仕込み白杖を構え走る。撒き散らされる白糸を刹那の抜刀で切り払いながら肉薄する。弱視でありながら、まるで全てが視えているかのようにナツネの攻撃に対し防御を集中すれば、その見事な剣術と体捌きによっていなしていく。
「ナツネさんの気持ち、コトミさんに届いてるかな――ううん、きっと大丈夫。
――いまはただ、二人を信じるんだ……!」
変貌したナツネとの戦い。怯え竦むコトミだが、しっかりとその瞳はナツネを捕らえている。自分を諦めろと言ったナツネ。その寂しそうな瞳を見て、コトミの心は揺り動かされていた。
アリスの放つ雷光と魔力弾が、吐き出す白糸と子蜘蛛をナツネごと焼き切り、傷を負わせる。人とは違う青い血が噴き出る度に、コトミが肩を振るわせた。
「あの魔物が怖いですか?」
コトミの動向に注意を向けるフィーネが、ハロルドとアリスへと活力を与えながら問いかける。その問いかけに、コトミは小さく首を振る。
「わ、わかりません。
とても怖くて、足も竦んでいるのに……姉様が傷付いているのを黙って見てるなんて……」
魔物としての本性を見せた相手を、未だ『姉様』と呼ぶコトミ。その言葉にフィーネは目を細める。きっとコトミの想いは魔性を前にしても変わってなどいない。揺らいだ価値観の中にあって、しかしそれを上回る二人の思い出があるのだ。あと、足りないのは覚悟だけ。
ナツネの吐く蜘蛛の糸が前衛の足を封じ込める。即座に飛び出したフィーネが癒やしの光によって糸を振り払った。
「想定通り、数が多くて手間取りますね。
私兵のお相手は卵丸さんに任せて、私は数を間引いて行きますか」
紅雷を刃に纏わせて、薫子が戦場を疾駆する。子蜘蛛の吐き出す糸を切り払うと勢いままに身体を回転させ、絶死の突きを繰り出した。
私兵だけでは子蜘蛛を倒すのにかなりの時間がかかる。薫子の子蜘蛛狩りは戦況をコントロールするという意味で、十分な貢献と言えただろう。卵丸と共に私兵に苦戦させながらも敵を倒したというやりがいも与えていた。
小夜と共にナツネの注意を存分に引いていたのは黒羽だ。自ら手を出す事を拒絶する黒羽はその身を幾度となくナツネの容赦の無い攻撃の前に晒す。
「ハッハ! 効かねぇな。早く殺してみせろや!」
三度の致命打を受けながら立ち上がる不屈の闘志持つ黒羽に、然しものナツネも驚愕の眼差しを向ける。だが、だからといって攻撃の手を緩めるわけではない。
続く攻撃にパンドラの輝きを宿しながら立ち上がり、コトミを横目に声を上げた。
「テメェは死ぬぜ! ただの小娘を愛したばっかりにな」
「――!」
ハッとコトミが目を見開いたのを黒羽は見逃さなかった。
ハロルドが聖剣に柔らかな光を宿し肉薄、ナツネの蜘蛛の身体を切りつける。
「はははっ! おら、かかってこいよ!」
ナツネを派手に傷つける剣閃を見せるハロルドのこうした戦闘狂としての戦いは、争いを知らないコトミの心を抉っていく。
「と、止めなきゃ……ダメ……絶対に――」
ナツネの理性のない戦いぶりに、イレギュラーズもまた多くのものが血を流していた。パンドラの輝きに縋りながらの死闘を思わせる戦いに、コトミは何度も目を背けそうになった。けれど、どうしても目を背ける事はできず、ナツネを見つめ続けていた。
戦いは佳境に入った。
イレギュラーズの戦いぶりは凄まじく、凶暴性だけを現出させたナツネを追い詰める。
制御の出来ない自演とは、困り果てたものだが、イレギュラーズはなんとかその役目を全うすることができるだろうと、一呼吸、気を抜いた。
だが、その一縷の油断が致命的な隙を生み出した。
「ぬ――ッ!? 不覚ッ!」
蜘蛛の糸をものともしない下呂左衛門だったが、前衛として見事な撹乱を見せていた最中、ナツネの鋭い足に体勢を崩され、床に倒れ込む。瞬時にナツネが蜘蛛糸を吐き出し、下呂左衛門を”床ごと”糸で張り付ける。斯様に蝦蟇の油が体面を覆っていようと、床ごと張り付けにされては脱出の術がない。
獲物を捕獲した蜘蛛の俊敏さは恐ろしいものだ。小夜と黒羽を薙ぎ払い、一直線に下呂左衛門へと向かう。
ナツネの鋭い足が無防備の下呂左衛門を容赦なく突き刺す。捕食するための下準備。命を奪う簒奪の暴力が一心不乱に叩きつけられる。
止めなくてはならない。
誰もがそう思った矢先、誰よりも早く動いたのは――コトミだった。
「いけません――!」
フィーネが止める手をすり抜けて、下呂左衛門とナツネの間に滑り込み震える声を上げる。
「だ、だめぇ――ッ!!」
「――!!」
理性を無くした魔物が、愛する者を串刺すその直前で動きを止めた。
「と、止まった……?」
「下呂左衛門さん――ッ!」
イレギュラーズが意識を失った下呂左衛門を救出する最中、コトミが言葉を零す。その瞳は涙に濡れていた。
「だめです、姉様……。
その手で、私のことを抱きしめてくれたその暖かい手で、人を殺めるようなことはしないで……。
そんなこと、私の好きな姉様はきっと望んでない……望んでないよ」
ゆっくりと、コトミの手がその禍々しいナツネの手に触れる。震えながら、しかししっかりと掴んだ。
「……クク、理性のない魔物が人の言葉に従うか。
そうだよ、そういうの待ってたんだよ」
誰に聞かれることなく、黒羽が嬉しそうに呟いた。
「――まったく、貴方には困ったものね。コトミ」
大蜘蛛が、その姿を傷だらけの黒衣の少女へと変える。どこか悲しそうに、けれど嬉しさも孕んだ真っ赤な瞳でコトミを見つめる。
傷付いた”人”の手で、ナツネはコトミの頬に触れ涙を拭う。そうして瞳を伏せ、満足したように言葉を零した。
「ごめんなさい。……ありがとう」
「……姉様。
魔物だって聞いて驚いて、怖くて――でも、姉様は何も変わってないよ。優しくて、人が好きで……私が好きな姉様のままだよ。
だから姉様、手遅れなんて言わないで。
私は姉様と、ずっと一緒にいたい」
「……コトミ」
胸がいっぱいになるのをナツネは感じる。コトミが自分と共にいることを望んでくれる。これ以上の幸せはない、と柔らかく目を細めコトミに頷き返した。
「待て待てぇ! ナツネェ! お前は此処で討伐されるんだよ! それでコトミは俺と一緒になるんだぁ!!」
私兵の後ろに隠れていた貴族の男が私兵から奪った剣を片手に近づいてくる。ああ、そういえばいたな……と、イレギュラーズは呆れながら傷付く身体を動かした。
「野暮な茶々はいれないで欲しいわね」
「まったくですね」
小夜と薫子が肩を竦める。
「フン」鼻を鳴らしハロルドがナツネに視線を配る。気怠げに頷き返したナツネは『依頼の完遂』を願い出るものだ。
「姉様?」
「大丈夫、この人達を信じて」
「おい! 聞いているのか! いまこの俺が叩ききって――」
剣を振り上げて近づいて来た貴族の男を、”大げさ”に剣を構えたハロルドが吹き飛ばす。
「おっと、悪いな。いま止めを刺すところだったんだ」
まるで悪びれた様子もなく悪人面で言い放ったハロルドが光輝く聖剣を構えた。
「これで死んでも悔いは無いわ」
「魔の存在は皆殺しだ。だが――」
それより先は言葉にせず。刹那の呼吸で踏み込んだハロルドの聖剣がナツネの意識を刈り取った。その様は見事魔物を討ち取ったように見えるのだった。
●蜘蛛と百合の華
「二人共幸せそうだね」
女の子同士というのがいまいちわからない卵丸だが、二人の幸せそうな姿は頬が緩むというものだ。
黒羽によるナツネの死体作りが行われ、それを目の当たりにした私兵は昏倒したままの貴族の男を連れて帰った。あれだけの惨状を見せれば、私兵の言葉に貴族の男も納得するしかないだろう。
「……希望を捨てずに、生きてください。
きっと貴女の思うよりも、もう少し。世界は優しいと……私は、信じています」
「ありがとう。貴方達に頼んで良かったわ」
やはりどこか気怠げに、ナツネがフィーネに言葉を返した。
「いろいろ用意したけど、全部無駄になっちゃったね。
ふふ、でも良いんだ。二人が一緒なら、それが一番だもの」
アリスの微笑みの先、ナツネと手を繋ぐコトミがいる。
「美しき愛、ですか。
面白い物を見せてもらいました」
「う~む。やはり女子二人の色恋というのは奇妙なものでござるな。なに、拙者の理解が及ばないだけ故、気にする事なかれ」
「それで、二人はこれからどうするんだ?」
ハロルドの質問に二人は顔を見合わせて。
「さて、余所者と関わりをもたない深緑で隠れ潜むか……あるいは練達なんて面白いかもしれないわね」
「姉様と一緒ならきっとどこでも楽しいですよ!」
「お熱いことで。
――じゃぁな、気ぃつけていけよ」
「……ありがとう。何でも屋さん達」
イレギュラーズに見送られ、蜘蛛と人――仲睦まじい二人は、見果てぬ未来へ向け歩みを進める。
二人を見送るように、廃屋の裏でひっそりと咲いていた二輪咲きの百合の華が、静かに風に揺られていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
澤見夜行です。
皆さんの心遣いのおかげで、二人は共に歩む道を進む事となりました。
色々と問題もあるかもしれませんが、きっと上手くやっていくことでしょう。
MVPはいろんな場面で活躍したハロルドさんに贈ります。見事な活躍でした!
依頼お疲れ様でした! 素敵なプレイングをありがとうございました!
GMコメント
こんにちは。澤見夜行(さわみ・やこう)です。
蜘蛛の少女が頼む依頼。
心持つ魔物の願いは叶うのでしょうか。
●依頼達成条件
蜘蛛の魔物ナツネを倒す(コトミの請願があった場合、殺害する)
●依頼失敗条件
貴族の私兵をナツネに殺させる
●情報確度
情報確度はAです。
想定外の事態は起こりません。
●蜘蛛の魔物ナツネについて
女郎蜘蛛に人となる力が備わり生まれた少女。
長い黒髪に黒衣を纏うリリィによく似た容姿を持つが、その性格は気怠げでアンニュイな様相。
一目惚れした少女コトミを愛して止まず、コトミの為になら命をも捨てられる。
蜘蛛としての本性を見せると、その姿を巨大な女郎蜘蛛へと変え、恐ろしい程に荒い気性で対峙したものを襲い暴れる。
反応は遅いが、高耐久、高機動力で戦場を駆け巡り、列として並ぶ相手を糸で絡め【停滞】によって行動を阻害する。
戦闘中は毎ターン子蜘蛛を三体生み出してから行動する。
戦闘不能となったものは戦闘終了後まで手を出さない習性を持つ。
■子蜘蛛について
戦闘力は低いが、糸を吐き敵を【足止め】する。
通常攻撃で倒せる程度の弱さ。
●貴族の男の私兵について
数は五人。それなりに戦闘教育を受けた兵士で逃走の気配はない。
五人がかりで子蜘蛛を一匹倒せる程度の強さ。
貴族の男の命令で、どんなときでも突撃する。
●コトミについて
明るく純真なラベンダー色した髪の少女。
ナツネを「姉様」と呼んで慕っている。その想いが憧れだけかどうかは……不明である。
貴族の男については同級生というだけで、実は名前も覚えていない。
貴族の男に「ナツネの家まで連れて行ってやる」と言われついてきた。
●戦闘地域
幻想中央の外れにある街。その郊外の廃屋になります。
時刻は十四時。
廃屋内は所々に蜘蛛の糸が張られていて、絡まると行動がし辛いでしょう。
戦闘には支障のない広さとなりますが、超大に距離を取っての戦いは難しいでしょう。
そのほか、有用そうなスキルやアイテムには色々なボーナスがつきます。
皆様の素晴らしいプレイングをお待ちしています。
宜しくお願いいたします。
Tweet