シナリオ詳細
<刻印のシャウラ>ヴァイオレットサンズ
オープニング
●
幻想南部。レミスカミスの町。
南端の港町と、北の穀倉地帯の丁度中間に位置し、古くから物流により栄えている。
例年通りであれば、秋の収穫祭を目前に活気を増す頃合いであった。
だが――この日はどうだろうか。
時刻は昼過ぎ。まだ天高い太陽の下で、領主の館へ向けた行列を作る人々が居る。
皆々が手にする籠には果物、肉、わずかばかりの貨幣や宝石が乗せられていた。
「……急げ」
けつまづいた老婆を足蹴にしたのは、ターバンを巻きだんびらを携えた男である。
急げというのに転ばせたのは文字通りの本末転倒と言えるが、問題がそうした些末な理屈にないことは明白であろう。
ともかくそうした人々の赴く先、領主の館には、つい先日まで男爵が住んでいた。
住民から嫌われ、恐れられ。いかにも幻想貴族らしい男であったが、少なくともこれほどの狼藉を働く人物ではなかった。
では。なぜ事態はここへ至ったのか。
かつて西方『ラサ傭兵商会連合』の大討伐で、キング・スコルピオなる盗賊王が率いる『砂蠍』が敗れたと言う。
だが逃げ延びた彼はこの幻想に潜伏し、正体不明の資金力と人脈によって勢力を拡大し続けていた。
そこからを突如と述べるべきか、ついにと述べるべきか。『新生・砂蠍』の一団が、この町を占拠したのである。
交戦の末。男爵と夫人は囚われ、すぐに処刑されたという。そして生き残った兵達も囚われた。後はやりたい放題という訳だ。
同様の事態は各地で相次ぎ、こうしてのっぴきならない状態になっている。
この町のように、既に陥落した場所もあれば、まだ耐えている場所もあるようだ。
さて砂蠍本体がこれをやったのであれば、まだ話も分かるだろう。
だがこれを成したのは、あくまで一人の幹部に率いられた部隊だと言うから大変なことだ。
総体として。その規模は最早盗賊団のそれではなく、統率、能力共に『軍隊』と呼ぶべきスケールであろう。
謎の人脈、資金力、盗賊王のカリスマに率いられた彼等は、ついに『国盗り』を開始したのだった。
●
「ということ、です」
述べた『Vanity』ラビ(p3n000027)はアメジストの瞳を書簡に落としていた。
大事である。ローレットとて協力を惜しむものではないというのも理解出来る。
だが気になる点は――
「この事態を貴族の人達が許したのかな?」
小首を傾げて『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)がラビを見つめていた。
「いいえ。ですが……」
当然ながら、こうなれば貴族は軍を差し向け、奪還を目指すのが当然だろう。
「何か事情があったのかな?」
「はい」
それは――幻想貴族『サリューの王』クリスチアン・バダンデールからもたらされた情報に起因する。
大層『間が悪い』ことに幻想北部、鉄帝国との国境線で彼等が侵攻の兆しを見せているというのだ。
北部を抜かれれば国防上に最悪の問題が発生する。だから貴族達はその軍を北部に結集せねばならない訳だ。
そして『不運な事に』北部と南部で真逆と来ている。
「話が出来すぎてねえか?」
そんな所もない訳ではない。こうなれば鉄帝国と新生・砂蠍が組んでいるのではないかという推測は立つ。だがあの鉄帝国が、それもかの鉄宰相が好むやり方とはどうしても思えない所もあるのだ。
とはいえマクロな話を始めても仕方がない。
依頼主――つまり幻想という国からのオーダーはこの町の制圧である。
それを成し遂げられるのは、ローレットのイレギュラーズをおいて他にないのだから。
ならば後は具体的な作戦をどう詰めるか。
ローレットの情報によれば、レミスカミス領主の館は堅牢である。
そしてそこへ数十名の兵士が攻め入ったまま出てこないというのだ。
懐柔された様子も、処刑された様子もないと聞く。
具体的な仕事としては敵幹部の撃破、そして彼等の解放が必要となる。
「順序は逆のほうがいい、です」
ローレットからの提案は以下のようなものだった。
まず、領主の館を夜襲する。
そして囚われた兵士達を解放する。
その勢いで幹部が居るであろうフロアに攻め込み、一気に制圧するというものだ。
だが、かなりの冒険ではないのか。
「はい。でも、情報は出来る限り、集めました」
敵は新生砂蠍の盗賊達。西方の盗賊と幻想の盗賊を寄せ集めた軍勢だ。
それから敵の女幹部は享楽的かつ退廃的な性格で、美しい少年少女を侍らせているという。
少年少女は呪術と薬物によって洗脳されているらしい。
ある時は慰み者に、そしてある時は死を厭わぬ兵士となるように仕立て上げているという話だ。
「反吐が出るな」
イレギュラーズの一人が眉根を寄せる。西方の盗賊らしいやり方だ。
だがそうであるがゆえに、敵の行動は読みやすく、情報も集めやすかったのだろう。
「あ、それと。ボスの女幹部。ティヤヌーシュ・サウラーンという、ご立派な名前の盗賊らしいのですが」
言うに事欠いて。
「名前の後ろにフォン・レミスカミス女伯爵なんて付けているよう、です」
男爵領の占領で伯爵を名乗るとは、またなんともアレな感じだ。
さて。囚われているであろう兵士は、おそらく物色されながら生かされているのだろう。美しければ生かす、そうでなければ殺したい時に殺す。敵はそういう女だ。
弱兵ではないようだが、ある程度の衰弱も予想される。救助した後は、幹部との交戦ではなく、雑魚との戦闘や制圧等を行ってもらうのが良いだろう。
詳細な所はリーダー格となる三名程の騎士を救助出来れば上手くやってくれる筈だ。
どのみちイレギュラーズ達は幹部の一団と交戦しなければならない。
残念なことに、かなりの強敵だという話だ。
しかし朗報もある。敵の数は多く練度も高そうだが、連日の宴会で酒に酔っている者も居そうという話だ。
「まあ、やるしかねえよな」
まさかの強襲など予想もしていない敵に、水をしこたまぶっかけてやろう。
●
「これっぽっちかい、しけてきたねえ」
エメラルドにブルートパーズ、ルビーと派手な宝玉を連ねた首飾りを手首に乗せた女が、おもむろにそれを投げ捨てる。
「ガラスじゃないか」
石造にあたり砕けたガラスが、ランプに照らされ抗議の光を放っていた。
ガラスと宝石では光の反射が段違いなのだ。転がるそれの輝きは鈍い。
「へいオカシラ。町の連中、そろそろ蓄えが尽きてきたんじゃねえかと」
頭を下げたまま答えるのはターバンの大男。その横眼には貨幣が貴金属が詰まったズタ袋が積み重ねてある。収奪物であろう。
「おだまり!」
女は言い放ち、男は一層頭を下げた。
「いいかいマフナムッド。アタシャもうお貴族様なんだよ。そしてオマエラは騎士だってんだ」
「へい」
「騎士がお国の――つまりはキングとアタシの為に働くのは当然だろうさ。平民(かちく)風情に容赦なんていらないんだよ」
「へい」
「明日はいい仕事が出来るといいねえ」
「へい!」
広い室内は宴の様相である。
無頼の男達は肉を食み、酒を飲み、骨をそのまま後ろへと放る。
いかにも高価な毛足の高い絨毯は、既に飲食物の残骸で穢れていた。
「おかしらぁ! ばんざーい!」
「新たな領主サマに! かんぱぁーい!」
数十人の男達はいずれも屈強で、皆盛大に飲み食いしているようだ。
「おいネーチャン! 酒だ! 東のオンナは気立てがナッテネェ」
暗い顔の女達が酒を注いでまわっている。
「亭主の命も、あんたらの頑張りにかかってるんだぜ!」
暗い顔の女が唇を噛み締める。
「だらしねぇダンナだよなあ!」
震えている。
「おい零すなよ。なぁネーチャン、俺にのりかえねえか。なんたってオレはアンタの旦那よりお偉い、騎士様になるんだからよ!」
「お町にゃ生娘がたんといるじゃねえか。選び放題食い放題だぜ」
「ばっかオマエ。亭主の前でヒイヒイ言わせてやるのがイイんじゃねえか。可愛がってやるからよお、なあおい」
下卑た笑い声が室内に響く。
その奥で。
先ほどのお頭と呼ばれた女が座るエジプシアン・レッドの豪奢な椅子――おそらく領主が座していたものだろう――の両脇には、年端もゆかぬ少年少女が侍っていた。
いずれも薄絹を身にまとい、短剣を携えていた。さながら悪趣味な親衛隊といった所か。
「うるさいねえ」
大声で叫び笑う無頼の男達に、お頭は舌打ち一つ。
侍らせている少年少女達に粘着質な視線を送る。
「決めた」
定められた視線の先に立つのは幼い少女だ。肌も露わな衣装と貴金属がまるで似合っていないが、マットグレイの頑丈そうな首輪とそこから伸びる鎖がさらに異様であった。
お頭は椅子のひじ掛けに垂れる鎖の一本を手にとり。
「さあ……おいでクティータ(子猫)」
気色悪い猫なで声とは裏腹に、引いた手首の力は強い。
首を鎖で繋がれた少女の足がもつれ、倒れる。
「……はい」
それでも少女は輝きを失った眠たげな瞳で女を見つめ、従順そうに答えた。
「よろこんでご奉仕します」
子猫と呼ばれた少女がよろよろと立ち上がる。
「グズグズするんじゃないよ!」
突如激昂し鎖を引く手をさらに強めた女に、少女は苦し気に呻き。
「可愛がっていただけて、嬉しいです」
謝礼を述べるべき場面とは思えないが、言われた女はなぜか得心したように鼻をならす。
「今夜はたっぷりお仕置きしてやるよ。わかったね?」
「はい……ありがとう、ございます。嬉しいです」
選ばれなかった少年少女達は、いずれも表情一つ変えぬまま立ち尽くしている。
鎖でつながれ寝所へといざなわれる少女の方、お頭と呼ばれる女へと。
憎悪の瞳を光らせた、ただ一人の少年を除いて――
- <刻印のシャウラ>ヴァイオレットサンズLv:8以上完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年11月15日 21時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
ブライトン・ブルーの夜空を瞬く星が幾重にも重なって降り注いでいた。
指先を撫でる風は少しだけ冷気を帯びる。
視線を上げれば、館の最上階に揺れる『蠍』の旗が見えた。
「明日はボチボチ女漁りだなあ、おい」
「いやあ、しかし、上手くやったもんだなあ」
男達が酒を煽っている。
「そりゃおまえ、俺のお手柄よ」
「ばっかオマ」
食いちぎった羊肉の骨を捨て、男が油まみれの指を舐める。
「お?」
ふいに男の一人が立ち上がり、天を仰いだ。
「いや、なに、アレよ。リトルジョー」
「ンだよ。向こういけよ、キタネェなあ」
ふらふらと壁際に近寄る男は下腹部をまさぐった。ほどなく不浄が外壁の内側を濡らし――
――爆音。
石壁に衝突した男は、そのまま汚水に顔をめり込ませる。
黄ばんだ歯が飛び散った。
「――アア!?」
怒声を発し曲刀を抜き放つ別の男の背に不可視の雹が次々と突き刺さって行く。
「ギャァ!?」
「はー……とってもゲスなのよ」
外壁の上から少女特有の華奢な声が男の耳に届いた。『マグ・メル』リーゼロッテ=ブロスフェルト(p3p003929)のピオニーパープルの瞳がゴーグルの奥で光る。
「ナンダァ!? てめえ!」
見上げた外壁の上、黒いローブに身を包んだ影が一斉に動き出す。
「ゲスなら遠慮なくぶっ飛ばす事ができるわ」
彼女の言葉に激発した盗賊は、赤ら顔で曲刀を抜き放つ。
「あんだぁ!? てめえ、おい、やっちま――」
――閃光。
鈴が鳴るかの如く研ぎ澄まされた剣先には桜の花びらが舞った。
紫電に爆ぜた大気が、イオンの臭いをまき散らす。
遅れてはばきの音色。そして赤い霧。
血を払い刀を納めた『刃に似た花』シキ(p3p001037)の視線、細い背の向こう。
先陣を切ったシキの背後には何本ものロープが外壁に垂れ下がっている。
侵入者である十の影が音もなく、戦場に散開した。
「おおかみさんは ひつじをかったよ
ふやして たべれば はらいっぱい」
空気が震える。
『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)の歌声が壁に反響する。
音の波を拾う彼女は灯りの少ない暗闇でも的確に敵の位置を『視る』のだ。
未だ状況を掴みきれて居ない敵影を惑わす歌は夢へと誘う子守唄か。
「だけども おなかが へったので
あしを ちょこっと つまみぐい
たったいっぽん だいじょうぶ♪」
耳を塞いでも聞こえてくる音の重なりに盗賊たちは苦しみ、藻掻き。狂った様に剣を振り回した。
無論、イレギュラーズにとってそんな敵が落ち着くまで、待ってやる義理などありはしない。
「さて、盗賊退治といこう」
振り回された剣の腹を叩いた『叡智のエヴァーグレイ』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)は、いなした力を利用しもう片方の手で男に拳を叩き込む。
骨が砕けた音と共に盗賊は後ろに倒れ込んだ。
吹き出す鼻血をグレイシアは最低限の動作で優雅に避けて、次の獲物へと視線を向ける。
叡智の黄金が見据えた先には『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)へ短剣を振り上げる盗賊の姿。
「ひゃ……!」
攻撃される恐怖に身を強張らせるアルエット。
グレイシアは視線だけを僅かに動かすと裾を払う。
なぜならば。彼の視界が捉えた端。己が移動体制に移るよりも早く歩を踏み出した『神無牡丹』サクラ(p3p005004)の背が見えたから。
知識編む賢老は彼女であれば大丈夫だと『把握』しているのだ。
聖刀【禍斬・華】を携え、青藍の瞳は眼前の盗賊を射抜く。
サクラはアルエットと盗賊の間に飛び込み、剣先を左盾で弾いた。
バランスを崩し蹌踉ける男。その隙きをサクラは逃さない。
「――推して参る!」
鞘走り一閃。流れる刃。
胴を裂く太刀筋と共に倒れる盗賊。
(俺は生まれてこの方、人殺しってのはやったことがねぇ――)
父から聞く武勇伝に憧れ、冒険者になった『一所懸命』葛城 リゲル(p3p005729)は拳をぎゅっと握りしめた。真っ当に生きていれば、人を殺すことを厭うのは当然の道理である。
殺人は罪。あってたまるかと眉を寄せたのは、彼の純粋な正義だろう。
以前は命のやり取りを言葉で回避することが出来た。
しかし――リゲルはインク・ブルーの空を一瞬だけ見上げた。
今夜の月は一段と冷えて見える。
自由気ままに、金に困らない程度にその日暮らしをしていたリゲルにとって、今夜の戦場は少しばかり覚悟が必要なのであろう。
そう、ここは蠍の戦場。簡単な野獣退治などとは比べ物にならないぐらい死に近い場所。
「今回ばっかりはそうもいかねぇ」
リゲルは竜爪を構え、盗賊と対峙する。
自分の意志で人を殺す――
その覚悟を持った瞳で、リゲルは目の前の男に走り込んだ。
実のところ、この瞬間まで青年にはどこか水の中の出来事の様にかんじていたのかもしれない。
「なめんじゃねえぞ、小僧!!」
風を切る曲刀が唸りを上げてリゲルの首に迫る。相手には躊躇などない。これまでに幾人もの人間に同じことをしてきたのであろう。
「――ッ!」
しかして、盗賊の剣が頬を掠めた瞬間。今までの甘い理想が全てが吹っ飛ぶぐらいの恐怖と闘志が同時に湧き上がったのだ。
殺さなければ。殺される。
腹を括るのに十分すぎるほどの衝撃で。
この日、葛城 リゲルは人を殺すのだ。
リゲルの拳を受けブラッディ・レッドの血を流す敵の後ろ。黒いセーラー服の裾が揺れる。
アンティーク・グレイのガラス玉みたいな瞳は色を映さないけれど、白薊 小夜(p3p006668)の知覚に不足など有りはしない。
小夜の剛刀はまるで見えているかの如く男の背を薙ぎ払う。
「うう……痛え……助けて、くれ」
痛みに悶え苦しむ盗賊にアクバールの瞳を向ける『孤兎』コゼット(p3p002755)は怒りを帯びていた。
「なんだか、ムカムカしてくる、よ……」
助けを求める人々を虐げ、己がその立場になった途端、簡単に命乞いをする盗賊たちに。
切り裂かれ出血している傷口目掛けて、蹴りを入れるコゼット。
「しっかりやっつけて、おかなくちゃ……!」
皮肉にも、地に転がる盗賊は彼女の一撃で命を落とすことがなかった。なぜならば直接の死因は刀傷による出血死となったから。
「ぐぇ……、ぇ……っ、ぐ、ぇ」
それを結果的に早めたのは、こちらも当然の事ではあるのだが。
「……」
盛りのついたヒキガエルのような声は、聞こえなくなった。
「これで、もう、わるいことできない、ね」
命が終わった事を確認して、コゼットは戦場の奥を見遣る。たった今失われた命と引き換えに、何人もの命が奪われずに済むということが、このどうしようもない世界の真実なのであろう。
戦場の奥には、牢に俄改造された大きな倉庫がある。
その入り口に転がる多量の酒瓶は幻想南部の葡萄酒だった。きっと町の住人から奪ったものなのだろう。
「汚い言葉を使うならば、『屑の極み』と言った所か」
牢番の前に立ちはだかる『砂狼の傭兵』ラノール・メルカノワ(p3p000045)はマトックで敵の攻撃を軽々とかわしていた。
仲間が他の盗賊たちを一掃する間、牢番の斧は彼をただの一度も、掠めさせることすら出来ていなかった。
「殲滅に力を貸せないのは心苦しいが……」
「何をぬかしてやがる!」
大きく振りかぶった敵の戦斧はラノール目掛けて下ろされる。
踏み込んだ一撃。その力と速度の収束点は、ラノールが避けがたいポイントを目掛けている。
敵も習熟した戦士ではあったのだ。
さりとて、ラノール自身も長柄の使い手、何処に力を加えれば軌道が逸れるかなど知り尽くしている。
腕に力を籠め、大戦槌の先端を捻る。打ち下ろす。
重心を乗せた大物は横からの衝撃で簡単に使い手の身体さえも引っ張ってしまった。
「私が危険度の高いお前を抑えれば、その分他の者が自由に攻撃できるということだ」
砂狼の大戦槌がひらりと舞って戦場に金属音を響かせる。
質量は強い武器なれど、時として弱点となりうる。この日、牢番が学んだ教訓はおそらく二度と生かせまいが――
「悪漢達に支配された町の解放。うーん、良いですねえ。とってもヒロイックです」
尻もちを付いたアルエットに手を差し伸べながら、『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は、ふわりと微笑んだ。
敵を薙ぎ払って行く仲間の背を赤い瞳で見つめる四音。
『人』が紡ぐ物語というものは、こんなにも甘美で愛おしいのだと心が躍る。
同じ戦場で、同じ感度で、織りなされるアカシックレコード。
狂おしい程に濃密な記録をこの身で感じられる愉悦に、抑えきれない嬉しさが込み上げるのだ。
「どんな物語になるのか楽しみですね、アルエットさん」
四音は雲雀の白い指先をしっかりと握って、もう片方の手を牢番へと向ける。
同じ様にアルエットも魔法具である大きな鍵を浮かべた。
四音の影から出たダークヴァイオレットの澱みは地を走り、敵を飲み込まんと蝕んで行く。
「物語を盛り上げる要素として悪役も重要です。存分に華を咲かせ、散ってくださいね?」
アルエットはメルヒェンなエフェクトを撒き散らしながら光輝を放った。
――――
――
コゼットのアイス・ブルーの刀身が月光に反射して、一筋の光が戦場を支配する。
身体との接続を切られた牢番の頭部が石畳に叩きつけられ転がった。
地に伏した牢番の腰に下げられた鍵でサクラが牢を開ける。
「さあ、出て!」
「アンタ達は……」
ぞろぞろと牢から出てくる兵士達。
「俺知ってるぜ。ドデカいマトック使いのブルーブラッドっていやあ、ローレットのラノールだろ?」
「じゃあ、あのちっさいウサ耳は、もしかしてコゼット嬢か!?」
ローレットが来てくれたという事実は疲弊していた兵士達に幾ばくかの安堵を齎した。
サクラは手短に、このまま制圧に乗り込む事を宣言する。
「――敵を倒すより抑えが目的! あと絶対死なない事!」
覚悟を決めた瞳でサクラを見つめる兵士達。
「なあ、あんた達。お願いがあるんだ。俺の家内を助けてはくれないだろうか?」
一人の兵士がグレイシアに懇願の目を向ける。
「ああ。吾輩達だけでは手が足りんからな……大切なものは自分達で守ると良い」
安心させるように肩を優しく叩いたグレイシア。
家族・立場・誇り・故郷。
自らの手で守るという思いは、案外馬鹿にできないもの。
否、それこそが。騎士の矜持なのだとグライシアは目を細めた。
「奥さんを助けるヒーローだもの、武器位なくてわね」
武器を抱えて笑顔を向けるリーゼロッテ。
「さあ、急ぎましょう」
四音は館への道を促す。
これだけ剣戟や怒号、歌声が聞こえた後だ。館の中の盗賊たちが警戒をするには十分すぎる時間。
仲間たちは頷き、足早に館の中へ侵入していく。
「ふふ」
カーマインを冠する少女は嗤う。唇が三日月に歪んで嗤っている。
次の頁は、もっと、もっと愉しいものになる。
そんな予感に昂ぶりを感じずにはいられない。
「解決できたら、話を聞く人が多くて大変ですね。特に双子さんのお話は悲劇的で良さそう。
……ふふふふ」
――――さあ、物語(フェアリィテイル)を捲りましょう
●
大勢の靴底が、地鳴りと共に近づいてくる。
煩い音は何処かから寄ってくる羽虫の様だ。
「お頭……! 敵襲です!」
「分かってるよ。あんなけ、どんちゃん騒ぎしてるってのに、気づかないバカが何処にいんだい!」
荒々しくドアが蹴破られる。
「はぁい! ご機嫌な犯罪者に――」
リーゼロッテの声と共に、突入したイレギュラーズ。
奥に居るティヤヌーシュ目掛けて、魔法陣を展開するリーゼロッテ。
彼女の瞳は的確に仲間と給仕の女たちの位置を捉えていた。
大丈夫。この位置からなら当たらない。
知覚。魔法術式展開。魔力注入開始。
集約――
「魔術のプレゼントよ!!!」
ティヤヌーシュを中心に降り注ぐハガルの雹は親衛隊を巻き込み爆音を轟かせる。
滴るブラッディ・レッドの血潮は毛並みの美しい絨毯に染み込んでいた。
しかしそれは、ティヤヌーシュのものではない。
彼女を庇ったミトラのものだ。
「庇わされているって事ね。強制的に」
小夜がアンティーク・グレイの目を伏せて紡ぐ。攻撃を受けても尚、ティヤヌーシュを庇うように立つ少女を見遣り眉を寄せた。洗脳は思ったよりも強固であるらしい。
「蛮刀1人に騎士1人、兵士2人! 抑えきれないなら更に兵士に加勢して貰って!」
「あいさー! 姐さん!」
「任せろ! 行くぞ! 野郎ども!」
「「オオォォーーーッ!!!」」
サクラの指示で兵士達が雪崩込み戦闘が始まる。
「随分といい趣味ね? その子達と遊びたいのだけれど、勿論壊してしまわないようにするわ」
黒髪がシャンデリアの灯りに艶めいた。
「何を抜かしてやがんだい! 小娘が!」
「あらまぁ、何てお口がお上品なおば様なんでしょう」
ティヤヌーシュに牽制を掛けつつ、小夜は包容力のある優しい声で親衛隊に語りかける。
「そういうことで私の相手をして頂戴?」
その身は既に再生の術式が流れ、循環している。
しかして、ティヤヌーシュを巻き込まぬ様に親衛隊を取り込むとなると、一筋縄では行かないだろう。
自ずと名乗り口上で捉えられる数が減ってしまうのは道理。
「あなた達は洗脳されているの。気をしっかり持ちなさい」
「……」
親衛隊は小夜の言葉が届いて居ないのであろう。
否、届いていたとしてもどうしようもない状況であるのかもしれない。
「目を覚まして! 貴方達の大切なものを守る力を貸して!」
サクラも声を張り上げる。四音はキアンへとエンゼルフォローを施してみるが。
しかし、洗脳が解ける様子はない。
「はははは! 無駄さね! そいつらは『パウダー・スノー』とアタシの呪術で丹念に『作り込んで』いるのさ。簡単に解けやしないよ!」
ティヤヌーシュの下品な笑い声が響く。
(パウダー・スノー。麻薬の一種……?)
サクラは思惟する。
スノーというだけあって何かしら『雪』に関する物質、あるいはそれに関する隠語だろうか。
ともあれ、今は戦闘中。ひとまず麻薬については記憶の片隅に置くに留め。ティヤヌーシュを見遣るサクラ。
「もし、逆らおうなんてしたら、それこそ身体の内側から溶けるような痛みと呼吸困難で悶え苦しむ事になるのさ。そう、こいつらも最初はそうだったンだよ。悶えて、悶えて……ああ、あの時は可愛かったねぇ」
「外道が!」
リゲルが吐き捨てた言葉に女幹部は口の端を上げる。
「ちょいとボウヤには刺激が強すぎたかい? この気持ちが理解できないような子犬はハウスだよハウス」
「ウッセェ! 俺は子供じゃねぇよ!」
「はははは! 存分に吠えなぁ!」
……鎖で繋がれた、子ども――あれが“奴隷”。
シキはガーネットの瞳でミトラを見つめていた。
己が主が、かつてそうだったもの。連れ戻される事を恐れ、悪夢に震える肩を幾度も慰めた。
シキは兵士と盗賊の間をすり抜け最奥へと至る。
本体である妖刀をティヤヌーシュへと振り抜けばミトラの毒剣に阻まれた。
肩口で切りそろえられた白い髪。主とよく似ている少女。
しかし、決定的に違う。あの人の目はこんなに虚ろじゃない。
少しずつ時間を掛けて傷を癒やし、主の笑顔が増えて来たのだから。
今更、目の前の虚ろな瞳の様に、『こんなモノ』に戻ってほしくない。
「あの人を、怖がらせるものは……僕が、全部斬って、守ると決めたから」
藍玉の雫を守る刀であると。冬の浜辺で約束をしたから。
「……これは」
黒太刀の柄を握り込む。
たとえ、主がこの身を振るうに相応しくないと葛藤しているのだとしても。
それでも――
「どうしようもなく歪んだ僕の」
漣の音が聞こえる。冬の肌寒さと手の温もりを覚えている。あの小さな手をいつまでも覚えている。
たった一つの真っ直ぐな。
「――――誓いだ!!!」
シキは殺意を持ってミトラを斬る。弾かれた小さな身体はアガットの赤を散らしてバルコニーへのガラス戸に激突した。ガラスと共に転がった身体はぴくりとも動かない。
「ちぃ! お気に入りだってのに!」
ティヤヌーシュは激高しシキへの攻撃を優先した。
豪奢な装飾に彩られた曲刀がシキの身体を切り刻んで行く。
苛烈な戦闘において妖刀『禍ツ死期』が負う深い業は極端なリスクを孕んでいる。巨大な爆発力と引き換えに背負う代償はあまりに高い。
しかして。怒りによって女幹部の注意を引きつける事が出来たのは僥倖だと言えよう。
●
「てめぇ……ミトラをよくも」
静かな怒気が滲んだキアンの形相は憎悪に満ちていた。
小夜はその表情に覚えがある。
縋るべき親から与えられたのは暴力という名の呪い。
年端も行かぬうちは分からぬ理不尽も。成長するに連れて意味を成す。
耐え難い苦痛に。
憎んで。憎んで。憎んで。
相手を憎む事でしか自我を保てない程には憎んでいた。
それ以外の感情が自分の中に見つからない。
そんな人生だったのだ。
未だ渦巻く炎は燻るれど。それでも、目の前の子供にそんな瞳をしてほしくない。
小夜は目の前のキアンの頬を掌底打ちする。
「いいえ。あなたの妹を盾にしたのはティヤヌーシュよ」
頬を抑え視線を上げる少年を諭すように紡ぐ言葉。
「さあキアンさん、復讐劇の時間です。憎いでしょう? 悔しいでしょう? ここで妹のために立たなくて、兄と言えるんですか?」
「悔しいのでしょう! 妹を助ける手柄を全部わたし達に取られて良いの、お兄ちゃん!」
重ねられる四音とリーゼロッテの言葉に、キアンの表情が歪む。
「兄……、ミトラ……ティヤヌーシュ」
「何やってんだい! キアン! さっさと戦うんだよ! そいつらはミトラを殺したんだよ!」
「うわああぁぁああ!?」
内蔵を溶かされるような痛みがキアンの全身を駆け巡る。
胃の中の物をぶちまけながら、息も絶え絶えでイレギュラーズに向き直る少年。
「戦う。戦う……ミトラを殺した、ヤツらと戦う」
先程までの憎悪に満ちた眼差しではない、虚ろな瞳がそこにはあった。
グレイシアはバルコニーに転がるミトラを見遣る。
確かにぴくりとも動きはしないが、注意深く見れば微弱ながら呼吸はしているようだ。
辛うじて生きてはいるらしい。良かったというべきだろうか。
生き得たとしても彼女の前に広がる道筋は険しいであろうから。
このまま終わらせてしまった方が……否、それを決めるのは今ではないなと肩をすくめ、グレイシアは女幹部へと向き直る。
「貴族を名乗るのは自由だが、これほど説得力の無い貴族もあるまい」
皮肉めいた言葉使いは賢老ならではの造詣の深さゆえ。
「上に立つ者というのは、良かれ悪かれ素質が必要なものだ」
軽いステップで踏み込んだ間合い。
「お前さんが領地を治めるなど、到底無理な話だ」
凍りつく様な拳の乱打が繰り出される。
しかして、それを受けるのは親衛隊の一人だ。
「こんな年端もいかねぇガキ共を……クソッタレ……!」
女幹部の前から無理やりその小さな身体を引き剥がしたのはリゲル。
抱きかかえられ、暴れる親衛隊の鳩尾に拳を叩き込む。
「う……!」
「どんなに暴れてもぜってぇ死なせねぇし殺させねぇぞ」
藻掻き苦しむ様に、リゲルの腕から逃げようとする親衛隊の少年。
自ら盾になろうとするのをリゲルは苦渋の決断で、首元から伸びる鎖を引っ張る事で阻止していた。
親衛隊はきっと両親の居ない子供たちなのだろう。
スラムに住んでいたのかもしれない。時に見目麗しさは貧しさへの武器となる。
そうして見初められ此処に居るのかもしれない。
健やかに両親の元で育ったリゲルには想像出来ない様な、陰惨な過去がこの小さな体に刻まれているのかもしれない。まだ、外で走り回って、笑顔を溢れさせる位の歳であろう。
こんな風に戦場へ狩り出し、あまつ己の盾にするなど、間違っている。
リゲルは鎖を握る手に力を込めた。
そうだ。間違っているのだ。
こんな小さな子供がこんな所にいるべきじゃない。
「……頼むから大人しくしてくれ!」
もう、戦わなくて良い。だから、どうか。
願いを込めて慈悲を帯びた一撃でリゲルは少年を打つ。
「きれいだね……ティアラは。おばさんは……なんか、気持ち悪い、よ」
コゼットは親衛隊の頭上を飛びティヤヌーシュの懐へ飛び込んだ。
振り返る親衛隊はリーゼロッテによって分断される。
「おっと、あなたの相手は私。そんなレモンカシス女伯爵? とか悪趣味な女の近くにいたら誇大妄想が移るわよ!」
煌めきの羽ペンより展開される壱式『破邪』が親衛隊を絡め取った。
「ふふふ。アンタ達、綺麗な顔をしているじゃないか」
ザ……。
「その口の悪さもアタシの洗脳に掛かれば大人しくなるさね」
ザ……ザザザ。
「どうだい? なってみるかい? お・人・形」
ザ……ザザザ……ザザザザザ……。
奴隷になれと。この女は言っているのだ。
虐げられ、暴力を受け入れ享受しろとコゼットに宣う唇が下品な笑い声を発する。
ザ……ザザザ……ザザザザザ……ザザザザザザザザザザ……。
「煩い、うるさい、ウルサイ!」
ノイズが走る。
コゼットの耳に大音量で悪意(ノイズ)が響くのだ。
薄く脆い薄氷のナイフをティヤヌーシュへ繰るコゼット。
女幹部の肩口がアガットの赤に裂ける。
「盗賊って僕、けっこう好きなんだ。生きるのに必死で狡猾で、強か」
カタラァナは美しい声で言葉(うた)を紡ぐ。
彼女の声はどこか揺らめくワダツミの様に波を齎すのだ。
「必死に頑張るキミたちが好き。身の程を知って身の丈を弁え虎視眈々と上を狙うキミたちが好き」
ゆらりゆらり。揺蕩う言葉。アクアマリンの旋律。
「収奪も糧あってこそ。生み出すものじゃなくて奪うもの」
「さっきから何をゴチャゴチャと言ってんだい……!」
彼女の歌声は感情を上書きしていく様に耳に入ってくる。
かき乱される心境は苛立ちさえ覚えてしまう程に侵されるようで。
「ああ、そんなことも忘れてしまったんだね。
劣等感に盗賊の生きる“すべ”さえ忘れてしまったと言うなら」
この戯言はブラフだ。
捻じ込む魔力を悟らせない為の歌だ。
「――――掻き抱くブライニクル!!!」
「何……!?」
油断していたティヤヌーシュは驚愕の表情でカタラァナを一瞥した。
動きが鈍くなった敵にイレギュラーズは猛攻を掛ける――――
玉座の椅子から突入口寄り。副官マフナムッドを相手取るのはラノールだ。
「ちっ、俺の相手は男かよ」
男はラノールに唾を吐きつける。それを簡単に躱す砂狼は赤い瞳で眼光を飛ばした。
「同じ砂漠の民として嘆かわしい限りだ」
「へっ、気取ってるのも今のうちだぜ」
マフナムッドの巨大な二本の蛮刀はラノールの首を跳ねる様に左右から振り抜かれた。
しかし、それはラノールを捉えることなく空を切る。
副官には彼が残像を残して消えたように見えただろう。
「ど、何処行った!?」
「こっちだ。のろま。そんな愚鈍でも蠍の一員にはなれるんだな」
わざと敵の注意を引く為、罵詈雑言を使っていくラノール。
マフナムッドをティヤヌーシュと分断する。それが彼の目的だ。
当然こちらの回復も容易には望めないということになる。
しかし、ラノールはその任を引き受けた。
戦場において自分という存在の有用性を的確に把握しているから。
二撃目の敵の攻撃がラノールを襲う。
その剣筋は夜空を溶かした影の中にたち消えた。
三度目、四度目。マフナムッドの剣はラノールを裂かない。
埒が明かぬと仲間の元へ戻ろうとする敵を砂狼は通さない。
「ここで蠍の手足は千切り取ってしまおう」
●
「ぐぁあ!」
「おい! 下がれ!」
傷を負った兵士がバリケードの奥へ引きずられて行く。
「アナタ! アナタしっかり!」
血に濡れる夫を妻が支え、アルエットが傷の回復を施す。
ここまで。兵士達はよく持ちこたえていた。
今回、戦場となった大広間の一番大きな入口を防いだ事が、イレギュラーズ達に僅かな時間を与えてくれた。苛烈な戦闘の中で、その数手のアドバンテージがどれほど貴重なものか、理解せぬ者は居るまい。
仮にここから一気に増援が流れ込んで来たならば、戦場は混乱を極め、今頃は瓦解していたであろうから。
「姐さん!」
屈強な砂蠍盗賊の前に次々と傷を負った兵士達がサクラへと助けを求める。
「大丈夫! 任せなさい!」
サクラは前線を離れ兵士達の元へ馳せた。
「良いねぇ、若くて強い女は良い。嬲り甲斐があってよぉ!」
蛮刀を持った男がサクラを舐め回す様に視姦する。
それを物ともしない彼女の瞳は青藍の輝きを失わない。
「減らず口はそこまでよ!」
刀が風を切る。刃が交わる金属音――
ギリギリと。摩擦の温度。
「フン!」
「っ……!」
蛮刀を滑らせ、サクラの重心を崩す盗賊。弾き上げられた剣先。
サクラの空いた脇に蹴りが叩き込まれる。
しかして。
「甘いわ」
盗賊の足を曲芸の如くひらりとかわし、聖刀で肉を払った。
「やるじゃねぇか。俺はシャマール。お前さん、名前は?」
「……サクラよ」
剣戟が交わされる。押して一撃。引いて二撃。
戦場で強い敵と出会える事。それは運命と呼ぶべき采配。
「楽しいねぇ」
「……」
「連れねぇなあ。オイ」
ゴトリ。シャマールの耳元で鈍い音がした。
「ああ、もう、終わり、か……」
血溜まりの中。
転がったシャマールの頭をサクラの青藍の瞳が見つめていた。
――――
――
「チィ! 埒が明かねぇ! 回り込め!」
バリケードの向こう側、盗賊たちは破ることが出来ない守りに迂回路を取った。
ベランダ伝いに大広間への侵入を試みる算段であろう。
じりじりと過ぎていく時間。
未だティヤヌーシュやマフナムッドは健在であった。
バリケードの中、アルエットが疲労の表情を浮かべていた。
「アルエットちゃん大丈夫?」
「カタラァナさん。もう、魔力が無くなってしまったの。ごめんなさい」
「大丈夫。こんな時の為に僕がいるんだよ」
紡げ紡げ。偉大なるツリトプシス――
シンティッザトーレは揺蕩う波そのもの。奏でられる音色に歌声を乗せて。
薄青のドレスがふわりと揺れる。
あなたのおもいで はなしてごらん
たのしいはなし おもいでばなし
とけいのはりは いまなんじ?
アルエットの額に触れた指先。回りだす雲雀のエフェクトはアリスの時計。
回って。回って。カタラァナの魔力は少女の中へ入っていく。
それはまるで海の揺り籠の様な心地よさだ。
「ほらね?」
「ありがとう、カタラァナさん!」
屈託のない笑顔を向ける雲雀。一瞬の後には真剣な表情で兵士たちの回復に意識を向ける。
しかして。
味方の負傷者が増えてきているのも事実。
――ガシャーン!
ガラスが割れる音にアルエットがバリケードから顔を上げれば、ロープを使い窓を蹴破って入って来た黒尽くめの男たちの姿。玉座の椅子左方、バルコニーに続くドアからは回り込んだ盗賊達の声がする。
アルエットの背筋がざわりと凍る。
「大丈夫、だよね……?」
小さく呟かれた雲雀の鳴き声は喧騒にかき消された。
「アンタ達、遅いじゃないか!」
「へい。すいやせん、お頭」
ティヤヌーシュの顔がニタリと歪んで。イレギュラーズに向けられる。
●
続々と現れる増援に戦場は苛烈を極めた。
既に数名のパンドラが光を灯している。
多勢はイレギュラーズにとって厳しい戦いを強いた。
「物語は佳境へ……ですね」
カーマインの瞳で四音は嬉しげに嗤う。
彼女の目には今の状況が御伽噺の様に見えているのだろう。
人間が紡ぐ冒険譚。旅をする中で現れる強敵。厳しい戦いを共にした仲間。
揺れ動く心情。葛藤する若人。可愛らしい少女。
本のページを捲る様に、登場人物に愛おしさを感じるように。
四音は世界を見ている。
「今は……」
この戦場において、イレギュラーズと敵側の戦力は拮抗している。
敵の増援は味方の摩耗に繋がるのだ。
特に回復を担うアルエットの疲労が著しい。
己の力不足に涙を浮かべながら、それでも歯を食いしばり耐えている。
「ふふ……さて、私もお礼をしないといけませんね」
ダークヴァイオレットの淀みから出た腕がリゲルを優しく包み込み傷を癒やした。
「……ねえ、おばさん。その胸のお肉……動く時に、邪魔じゃない?」
エンバー・ラストの赤はシキの身体をべったりと塗りつぶしている。可能性の箱をこじ開けた妖刀を立たせているものは、執念と呼ぶほかないだろう。
「……僕が、斬り落としてあげるね」
黒き刀身はティヤヌーシュに鬼神の如く迫りくる。
「チィ!」
禍ツ死期が敵の胸元を引き裂くのと同時に。女幹部の曲刀がシキの心臓を的確に捉え――薙ぎ払った。
――致命傷。
ブラッディ・レッドの血溜まりの中、横たわるシキ。
「おや、大変ですねぇ」
駆け寄る四音はダークヴァイオレットの淀みから抱擁の癒やしを施す。
確かに致命傷に見えた攻撃だった。しかして、辛うじてまだ息はある。
「これは……」
シキの胸元に光る藍玉。絆の一雫がシキを守るかの如く僅かに軌道を逸していたのだ。
夜鷹の星(ラノール)は。彼女の為にその身を惜しんだ。
彼女の悲しむ顔が見たくないから。血を流す事を厭い。
己の戦い方すら変えて。彼女の為に輝かんとした。
しかして、苛烈なる戦場は夜空に瞬く星を落とさんとする魔手に溢れているのだ。
今まで副官マフナムッドをたった一人で抑えきったラノールの手腕は目を瞠るものがあるだろう。
それほどに、鍛錬を積み上げ。この高みにまで至る境地。
ひとえに、大切な人の為。
周りを囲まれ、叩きつけられる剣に、明滅する意識の中でラノールは。それでも諦めてはいない。
「ああ。でも。こんな所で負けてやるわけには行かないんだよ」
何故ならば、遠慮がちに見上げてくる彼女の元に帰らなければならない。
出会ったばかりのあの暗い瞳に戻すわけにはいかないのだから。
「相棒、まだ頑張れるよな?」
マトックの柄を握りしめ。赤き瞳を上げて。
運命(かのうせい)を燃やす。
「俺はまだ!!!」
ラノールのパンドラの輝きは星に焦がれた鳥に導かれ。
彼女の指先が青年の心を引き止める。
「うおおおおぉぉぉ――――!!!」
ラノールの声に呼応して。
小夜が援護の手を差し伸べる。
「あっちはリゲルさんが抑えてくれてるわ」
増援で来た盗賊の頬に剛刀をお見舞いしながら小夜はラノールを引っ張り上げる。
「助かる」
「お安い御用よ」
背中を預け、自分たちを囲む敵影に武器を構える二人。
お互い満身創痍。血だらけだった。
「行くぞ!」
「ええ!」
アンティーク・グレイの瞳は何も映さない。
しかし、迫りくる音はありありと敵の太刀筋を教えてくれる。
敵の剣。鋭利な切っ先が黒髪の間をすり抜ける。
返して――後の先。
小夜は攻撃の手に生じた隙きを見逃さない。
剛刀に切り裂かれた敵の喉元は盛大にアガットの赤を吹き出した。
ノイズは相変わらずコゼットの耳に鳴り響いている。
敵が増える度に大きくなる音に。慣れているとはいえ流石に摩耗してくるのだ。
「ほんと、うるさい、よ」
悪い大人は私利私欲に塗れて、コゼットの様な子供を搾取する。
そうじゃない大人も居るのだろうけど、彼女の周りには屑ばかりだった。
「どいつも、こいつも」
アイス・ブルーの薄剣は砕け散りながらも、瞬時に再生する。
敵の皮膚を切り裂き、骨に当たっただけで簡単にその身を霧散させる。
コゼットの身体は軽く、黒尽くめの増援の太刀筋を風の様に交わし懐へと入り込み首を狩った。
「わたしから、うばっていかないでよ」
上から降り注ぐケチャップみたいなドロドロの血にも。
もう慣れてしまった。
グレイシアは眉根を寄せて戦場を知覚する。
想定よりも敵の数が多くなって来ているのだ。
「いかんな……」
このまま行けば、いずれ瓦解し戦線は崩壊するだろう。
何か手立ては無いものかと見渡せば、前線へと進んで来る人影がある。
「姐さん、俺たち行きます」
バリケードの中で燻っていた兵士達が武器を手に立ち上がったのだ。
「ダメよ! 無茶はしないで!」
サクラは敵の攻撃を弾きながら背で語る。
バリケードの中に居たということは怪我を負った兵士だと言うことだ。
それを今更、最前線に立たせようとする指揮官がどこに居よう。
「自分たちの街を、家族を守るのに。無茶は上等でしょう」
「姐さん達を見てると、やっぱ居ても立ってもいられないんですよ」
血を流しながら。それでも、守りたい者の為に戦う。
それを教えてくれたのは、他でもないイレギュラーズなのだと兵士たちは口々に叫んだ。
「良く言った若人。吾輩に続きなさい」
グレイシアは兵士たちに紡ぐ。勇気溢れる未来の勇者。
それらを育てる事は魔王たる叡智のエヴァーグレイの矜持。
ここで朽ちる気は毛頭無いが。先達として若葉を導くのも、また一興なのである。
グレイシアはサクラに目配せしてみせる。
「なら、そこまでの道は私が開いてあげる」
凛とした声が戦場に響いた。
ピオニー・パープルの強い眼差し。
自信ありげに胸を張るリーゼロッテ。僅かに震える指先を煌めきの羽ペンを握ることで隠して。
散りばめられた宝石は少女の瞳の色と同じアメジストと、シトリン、ルビーにサファイヤ。
ペンの先には屈折率の高いダイヤモンドをあしらえて。
細い指先が描き出すは雷神ユーピテルの魔法陣。
「雷鳴と共に」
呼び起こすはいかずちの破滅。書き綴る文字は複雑に折り重なる。
「彼方より来たりて」
呪文が進むに連れてリーゼロッテの銀の髪が電気を帯び浮き上がった。
魔力抽出完了。
あとは、解き放つだけ。ピオニー・パープルの瞳は真っ直ぐティヤヌーシュを見据える。
「雷神の鉄槌(ライトニング)――――!!!!!」
超弩級の爆音を響かせ、ティヤヌーシュへと続く道をこじ開けたリーゼロッテ。
「今よ!!!」
リーゼロッテの声に、弾けるような怒涛を込めて、兵士たちが突撃していく。
先頭にはグレイシアとサクラ。
援護する形でカタラァナの深淵に眠り待つ神を言祝ぐ歌が聞こえていた。
この好機が、きっと最後。これを逃せばもう後は無い。
「ここで――!」
「終わりよ!!!」
「「「「「うおおおおおおおおお―――!!!」」」」」
仲間が切り開いた道を突き進んで、進んで――
――――
――
イレギュラーズ達の渾身の一閃はティヤヌーシュの体力を大幅に削り取る。
「チィ! 分が悪いね。アンタ達!」
「へい! 殿は守りやす!」
増援部隊が守りを固めるように女幹部の前に出て来る。
「マフナムッド引くよ!!!」
「へい!」
「待て――!!!」
「あぁら、一緒に来たいってのかい? アタシの『良い子』になるなら考えてやってもいいんだよ?」
くつくつと笑い声を残して、闇夜へと飛び立って行く盗賊たち。
その中には怒りの眼差しをイレギュラーズへと向けるキアンの姿もあった。
血まみれになった妹を抱えて。
イレギュラーズは見た。少年の瞳の奥。憎悪の中に見え隠れする複雑な思い。
確かにそこには『助け』を求める声が――
程なくして。夜空にオレンジの炎が上がる。蠍の旗が燃えている。
レガドイルシオン王旗が掲げられるのと同時に、街は歓声に包まれたのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
イレギュラーズの働きによって無事に館を奪還することができました。
MVPはサクラさんへ。
兵士への的確な指示で戦場を纏め、一人たりとも死なせないという熱意が伝わってきました。お見事です。
称号獲得
ラノール・メルカノワ(p3p000045):濃紺に煌めく星
シキ(p3p001037):藍玉雫の守り刀
コゼット(p3p002755):アクバール・ブラウンの若葉
リーゼロッテ=ブロスフェルト(p3p003929):ピオニー・パープルの魔女
サクラ(p3p005004):薄紅一片
葛城 リゲル(p3p005729):竜爪黒狼
白薊 小夜(p3p006668):優心のアンティーク・グレイ
GMコメント
もみじです。思いっきり派手に攻め入ってやりましょう。
EXなのでご注意ください。
●目的
領主館の制圧。(必須目標)
新生・砂蠍幹部の撃退。(必須目標)
囚われた兵士達の救助。(必須目標)
数名の女性の救助。(努力目標)
親衛隊。助けてあげたいものですが、さて……生死は不問で成功条件にも含みません。
●情報精度B
不明点はありますが、作戦に必要な分ついては、しっかりとした情報が揃っています。
●敵
新生砂蠍の女幹部。親衛隊の少年少女。
女幹部の部下である西方の盗賊達。
そして旗下に加わった幻想の盗賊達による軍勢。
哀れな犠牲者と、正真正銘のクズ共です。
全員で数十名が予想されます。
●場面1
突入と救助のフェーズです。
突入前に1ターンの準備が可能です。
『地形』
領主の館の裏門。時刻は夜。足元に不安はありません。
灯りは乏しいですが、敵の条件も同様です。
突入と同時にスタートします。
警備は甘く、敵の見張りはいずれも酒に酔っています。
敵を素早く片付けて、近くの牢屋(大きな倉庫を改造したもの)に囚われている兵士達を救助しましょう。
その後、兵士達に指示を出して下さい。陽動や制圧といった方法で皆さんを手助けしてくれる筈です。
ターン数の大きな経過で増援が予想されます。
敵は強くありませんが、スピードと同時に戦力温存も要求されるでしょう。
『敵の陣容』
・砂蠍盗賊(曲刀)×2名
バランス型。門の近くに居ます。屈強そうです。
・幻想盗賊(短剣)×2名
スピード型。曲刀使いの後ろに居ます。素早そうです。
・幻想盗賊(弩)×2名
遠距離型。後方に陣取っています。
・牢番×1名(両手斧)
パワー型。最後方に居ます。牢屋の鍵を持っています。
●場面2
次に敵幹部達の撃退フェーズです。
素早い移動後であるため、事前準備の時間はありません。
『地形』
大広間に突入した所からスタートします。
敵を蹴散らし、撃退して下さい。
目的は制圧のため、敵の生死逃亡等不問ですが、生かしておく理由はありません。
灯り、広さは十分です。
いくつもの机が運び込まれ飲食物がのっています。足元にはゴミが散らかっていますが、特に問題はないでしょう。地形はフレーバーです。
給仕をさせられている数名の女がいます。いずれも兵士達の妻です。助けてあげましょう。
『敵の陣容』
女幹部、洗脳された少年少女、盗賊達による部隊です。
奥の椅子の女幹部。周囲に親衛隊。手前に盗賊達という構成です。
酔っている者も居ますが、素面の者も居ます。
・『ジオマンサー』ティヤヌーシュ・サウラーン
(後ろに『・フォン・レミスカミス女伯爵』などと僭称している模様)
新生・砂蠍の幹部。
豊満な胸を誇示するように薄い服を纏い、似合わぬティアラを付けた三十代半ばの女性。
容姿だけなら美しくはあるのですが、見るからに下品です。
盗賊であり、占い師であり、呪術師。
遠距離の魔術攻撃が得手ですが、接近戦闘もこなす非常に強力な敵です。
・曲刀近接攻撃技、出血、弱点
・魔術中距離範囲攻撃、火炎
・魔術遠距離貫攻撃、致命、必殺
・シムーン(熱砂嵐):神中範、火炎、猛毒、ブレイク
・『クティータ』ミトラ
キアンの双子の妹。10歳。親衛隊の一人。
洗脳されています。お頭の一番のお気に入りのようです。
毒塗の短剣で武装していますが、少し弱っています。
・『アスフール』キアン
ミトラの双子の兄。10歳。親衛隊の一人。
毒塗の短剣で武装しており、俊敏でそこそこ強いです。
洗脳されていますが、抗う様子が僅かに垣間見えます。
・親衛隊×4名
いずれも美しく、幼い少年少女。洗脳されています。
あまり強くありませんが、毒塗の短剣を持ち機敏です。
・『副官』マフナムッド
巨大な二本の蛮刀を持ったひげ面の大男です。攻撃力、防御力、近接戦闘能力に優れています。かなり強いです。
至近~近距離戦闘が得手で、近距離範囲攻撃と列攻撃も持ちます。
・砂蠍盗賊(蛮刀)×2名
屈強そうです。そこそこ強いです。
・砂蠍盗賊(片手斧)×2名
パワー型。あまり強くありません。
・幻想盗賊(片手剣)×2名
スピード型。あまり強くありません。
・幻想盗賊(弓)×2名
遠距離型。あまり強くありません。
ターン数の経過で増援が予想されます。
ロケーション1の手際等によって補正があります。
●味方
騎士3名と数十名の兵士です。
庭の牢に囚われています。
牢は倉庫を改造したもので、近くに武装もあるようです。
ただし鎧を身に着ける暇は……ないでしょうね。
少々弱っていますが、闘志は確かです。
救助し、上手く活用して下さい。
皆さんの言う事に素直に従います。
●同行NPC
・『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
神秘攻撃重視バランス型。遠距離攻撃、回復が使えます。
皆さんと同じか、やや弱い程度の実力。
●その他
複雑な状況です。
少々メタな情報となりますが。要するに『2連戦』する依頼です。
また時間をかけすぎると敵には『援軍』が来てしまいます。
敵との戦闘と同時に、連戦のペース配分や、救助した兵士の活用等、考えることは多いでしょう。
頑張ってみてください。
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