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シナリオ詳細

<終焉のクロニクル>Tacere qui nescit, nescit loqui.

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 傀儡のように糸にでも繋がれて永遠に踊っていられたならば良かった。
 愛のしもべなのだと道化のように唇を動かして、パフォーマーのわざとらしいジョークを見せて失笑を誘う。
 その刹那の時間だけは彼女の持ち得た両方のまなこが此方を見ていることは確かであったから。
 耳には蓋はないのだから良く回る口だと注意をされたって、この声色ひとつでも彼女の中に刻みつけていたかった。
 所詮は有象無象の中の一人なのだ。ぽつねんと、立っているだけ。突出した存在でも無かろう。
 彼女は至上の王であり、享楽の姫君。頂の冠をおざなりに被ったまま、舌舐めずりをしてその日の遊び相手を指さし選ぶのだ。
 ――なんて、そう思ってみれば良く分かる。
 たまたま目の端にちらついた埃のようなものだったのだ。彼女にとっての自分とは、そんな取るに足らない存在だった。
 恋をすれば人は莫迦になるのだと誰かが言っていた。それはそうだろう。世界の全てを知った気になったのだから。
 恋をしてから、彼女のために世界の何たるかを論じてみたくなった。この世界とは貴女と僕のためにあるのだと、サッポーという詩人が語らう愛のように尊いものであれば良かったというのに。
 思い上がりなのだ。
 何時の日か、この掌の中に彼女が林檎のように転がり落ちてきて囓って頂戴と微笑む栄誉を与えられるのではないかと。
 来るはずのない未来に焦がれるようにして清く美しき恋に終止符を打っても許されるとさえ思って居た。

 これが、純愛のはてなのだ。

 硝子の棺には彼女が眠る。酷く歪んでしまった骨の欠片を繋ぎ合わせて、無残に破れた皮膚を整えた。
 腐り落ちてしなわぬように貴女の体の内側から整えて、陥没した頭蓋の内側に華を埋め込み整える。
 桜色の唇に仕立て上げたルージュは色もなく白くなったそれからは浮き上がって見えただろうか。
『黒聖女』と呼ばれた女は彼女を呆気なく殺してしまった。手負いの獣など、うぬぼれに暴れ回るのが目に見える。
 彼女の下した判断や思考回路を間違いだとは思わない。冷静な『アタナシア』ならば良く分かる。けれど――
「そうじゃあないんだ。そうでは。ぼくは、愛しいその人と添い遂げるだけの未来を見ていただけだった。
 あなたがぼくの名前を呼ぶだけで僕は天上の喇叭が吹き鳴らされ、世界の華という華が咲き綻ぶことを夢想したのに。
 あなたがぼくに微笑みかけてくれることを夢見るだけで、紫色のカーテンは直ぐさまに開かされて大窓の外の空に飛び立つことだって出来たんだ。
 これはぼくにとっての唯一無二であったのだから、あなたが勝手に口を閉ざしてはならないでしょう」
 なんて、自分勝手だ。
 嫌になる。執着心は愛と理解には程遠く、哀れなだけの利己的行いだと知っていた。
 それでも。
「ルクレツィア様――愛おしきあなた。慈愛の月、天上の調べ。
 どうか、ぼくに最後のわがままをお許しください。あなた様の為ならば、この命なんて、擲って仕舞えば良いのですから」
 思い上がりも甚だしい?
 勿論だとも。『彼女』に勝てるわけがないと知っている。理性というのはやけに冷静ななのだ。
 それでも、それでもだ。恋をしている人間が理性的であるわけがないだろう。死んでしまいたくなるほどの絶望の前で、唯一、理解したのだ。
「あなた様を嬲った全てをぼくが消し去りましょう。あなたの騎士として。
 魔種も、人間も、この混沌も。その全てをあなた様に捧げ、あなた様の誉れとなれば、『おにいさま』は見てくださいますでしょう?」
 何度だって口にした。
 彼女のためにならば――唯一で良い、あの『女』の命を奪ってしまいたい。


 かつ、と靴音だけが響く。
 ワームホールから踏込んで、その向こう側に存在したのは『影の領域』と呼ばれる絶対未踏領域であった。
 終焉(ラスト・ラスト)は踏込んではならぬと聞く。広大な城の内部には傾いだ絵画に埃被ったベンチ、毛がごわごわとして随分と踏み荒らされたカーペットが点在していた。
 手入れは行き届いていないのだろうか。人気も無い。獣の往来の気配がする。あれは終焉獣と呼ばれるものの息遣いか。
 此れでは整理整頓の整った美しい王宮生活なんて夢のまた夢だろう。護衛や用心棒を気取った獣は、この地にまで攻略に訪れた者の遺骸を引き摺り続けて居る。
 涎を垂らした終焉獣が引き摺っていたのは幻想で活動する冒険者だったか。
 ワームホールより世界を救うための戦いに出ると耳にした冒険者は自身も派遣隊にと挙手をしたのだろう。
 ギルド・ローレットの隣人のような人なのだろユリーカ・ユリカは微笑んでいたか。
 だが、この地では彼等は余りにも無力だった。相手が悪すぎたのだ。イレギュラーズだけでは手に負えないだろう場所の制圧を行なうと意気込んだ彼等は実力を見誤って居た。
 それ故に、今や獣の餌だ。喰らうて居るわけでは無いが、獣はその姿をとったがままの本能で鼻先をすんすんと鳴らすのだ。
 その光景を目の前にしたイレギュラーズの視界に不可思議な硝子の棺が映り込む。
 魔法によって浮き上がったそれは透明な棺であった。美しく、茨によって包まれた薔薇の意匠。どこぞの高名な彫刻家があしらえたような繊細な意匠のそれは術者に付き従うようについて行く。
「悪食もそこまでにしたまえ」
 呆れたような声音が響き、細剣の先が終焉獣を突き刺した。
 銀の髪は月の光を帯びたように美しく、苛立ちの浮かんだエメラルドの瞳は余裕の欠片などもない。
 まるで騎士のような居住いのその人は、声音で分かる通りに女であった。
 その姿に――「アタナシア」と呼ぶ者は居たはずだ。
「アーティ、と呼んでくれても構わない。幾度目振りかの出会いだろうか、イレギュラーズ。
 申し訳ないけれど、ぼくの邪魔をしないで欲しい。ぼくは黒聖女(くそおんな)を殺しに行かねばならなくってね。
 ……きみたちはぼくの邪魔をするのかい? そうであったならば、ぼくはここできみたちとダンスを踊らねばならないのだけれど」
 肩を竦めたアタナシアは何かを警戒するように前方の扉を蹴破った。
 敵だ。魔種だ。当たり前にそれはわかる。
 その背の棺が『冠位色欲』ルクレツィアであり、彼女の権能を『準』権能と呼べる位置まで自らの能力へと変貌させていることも分かる。
 そして、女の目的が『復讐』だということも――

「前回は世話になったね。レディ・メリッタ」
「お帰りくださいませ」
 ドレスを身に纏った少女は一礼をした。花びらを一枚一枚編み合わせたようなドレスに、柔らかな金の髪の娘は淑やかに微笑みを浮かべている。
「わたしはファルカウ様に命じられております。マリアベル様をお支えなさいと。
 この場に来たる者は撃破なさいと。滅びの気配を纏うあなた様はわたしたちの味方であるはずなのに、どうして殺気を渦巻かせているのですか」
「マリアベルという女はぼくの敵だから」
「そうですか」
 一度は共闘した相手だ。アタナシアの最優先はルクレツィアである。故に、メリッタと呼んだアトロポスとも共闘したのだろう。
 彼女の主人がファルカウであったからだ。だが、今はマリアベルを支える為に仕えている。
 アタナシアはここで彼女を何とか騙くらかして先に征くようなことは考えて居なかった。マリアベルに関わるならば殺すのだろう。
 ならば、彼女に任せて先にと、行かぬのがこの場所なのだ。
「ローレットですね。殲滅します。先には通しません」
 静かに告げるメリッタの背後で雷の音がした。魔女のしもべ達は、この場でイレギュラーズを排除して『マリアベル』の元へと馳せ参じ、向かうべき終着点へ――世界の滅びへと誘う手伝いをするつもりなのだろう。
 敵は、二種類だ。魔女の使い魔であり、マリアベルの配下に当たるメリッタ率いる者達。そして、魔種であるアタナシア。
 ふと、アタナシアと目が合った。
「きみたちは、この場に来たって選ばれている。ぼくはそれに嫉妬をしてしまうのだけれど」
 彼女はそう言った。パンドラの加護は、欠けた月を満たすようにイレギュラーズの身を包み込み、大いなる力へと変貌させるのだろう。
 アタナシアは引き攣った笑みを浮かべて囁いた――君達がマリアベルを殺してしまうことを思えば、悔しくて堪らない、と。
「……邪魔をしてくれるな、イレギュラーズ。
 ぼくはね、ただ、マリアベルを殺せばそれで良いんだ」
 レイピアの切っ先が怪しく光った。目の前のメリッタは、ぐるりと周囲を取り囲んでから「皆様を殲滅致します」と怪しい微笑みを浮かべていた。

GMコメント

●成功条件
 ・イレギュラーズによる『魔女のしもべ』の撃破
 ・終焉獣(ラグナヴァイス)の撃破
 ・『操り人形』の無力化
 ・『魔種アタナシア』によってイレギュラーズが殺害されないこと

 上記4点を全て満たすこと。
 ※また、シナリオ成功条件を満たせずとも陣営側勝利は可能である。

●失敗条件
 ・イレギュラーズの一人以上の死亡

●フィールド情報
 終焉の『影の城』内部です。だだっ広い最下層ホールです。使われなくなった場所なのでしょう。家具は雑多に転がっています。
 この城内ではマリアベル陣営の戦闘が行なわれています、が、アタナシアは現時点では『マリアベルには認知されていません』。
 アタナシアはマリアベルに認知されないようにこっそりと行動しています。マリアベルが気付かないのはアタナシアが展開する何らかの領域のせいでしょう。
 城の内部にいるマリアベルの軍勢を減らしながらアタナシアは進んでおります。理由は単純明快です、アタナシアはマリアベルを『ぶっ殺したい』からです。
 皆さんはそんなアタナシアと鉢合わせした現状です。アタナシア自身は僅かな負傷を負っていますが、まだまだ万全に戦えるといった様子でしょう。
 三つ巴です。何を優先し、何を撃破するか、皆さんの判断によって戦局と難易度は大きく変わります。

●『パンドラ』の加護
 このフィールドでは『イクリプス全身』の姿にキャラクターが変化することが可能です。
 影の領域内部に存在するだけでPC当人の『パンドラ』は消費されていきますが、敵に対抗するための非常に強力な力を得ることが可能です。

●エネミー情報(1)『魔女の使い魔』
 ・魔女の使い魔  アトロポス『メリッタ』
 全ての統率個体です。リトスを産み落とすことができるようです。森の精霊です。みつばちを思わせます。
 姿は大きく変容し、非常に人間的。みつばちのようなドレスを纏った可愛らしい少女となりました。
 従者のように振る舞い「ファルカウ様がマリアベル様をお支えなさいと申しました」と繰り返します。
 非常に強力な個体です。敵勢対象と認識した存在を機械的に排除します。アタナシアとの共闘経験がありますが、今回は敵です。

 ・魔女の使い魔 アトロポス『死したるスケッルス』
 イレギュラーズによって撃破された精霊の一人です。舞台装置のようなものです。
 メリッタが引連れた遺骸は一定ダメージを与える事で霧散し『消え去る』ようです。
 それまでは、雷を響かせて敵を穿つだけの固定砲台となります。フィールド最後方に位置。溜攻撃の出てくる非常に強力な大砲と認識してください。
 また、このスケッルスとは『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラングが信仰したヴィーザルの御伽噺にも擬えられます。

 ・魔女の使い魔『ダクリュオン』 5体
 指揮官の個体です。魔女ファルカウの使い魔です。リトスを統率しています。
 各々が10体ずつ指揮や回復を行ないます。リトス達はダクリュオンを守るように振る舞うようです。
 また、リトス達の中で長時間生き残った個体はダクリュオンへと変貌していきます。
 姿は蝶々にも似た可愛らしいドレスの少女達です。ですが無性と呼ぶべきでしょうか。

 ・魔女の使い魔『リトス』50体
 魔女ファルカウの使い魔です。メリッタから産み出された小さな華の精霊達です。
 非常に淑やかに話し使用人のように振る舞います。前衛タイプの個体です。精霊を思わせ、森の気配を漂わせます。
 それ程強くは在りませんが、統率する『ダクリュオン』の指示に従い連携を行ないます。
 数ターン生き残ることでダクリュオンに変化していきます。連携はそれなり、非常に数が多いため攻撃対象を揃えられただけでもとても大きなダメージです。

 ・終焉獣 20体
 城内を練り歩いている番犬です。涎を垂らしたケルベロス。尾を揺らす三頚の黒い獣です。
 交戦状況を把握すれば直ぐさまにマリアベルへと報告を行なおうとするはずです。最優先での撃破をお願いします。
 それほど強力な敵ではありませんが一撃で倒せるわけではありません。

●エネミー情報(2)『色欲の魔種』
 ・『享楽』のアタナシア
 色欲の魔種。冠位魔種ルクレツィアに心酔している女性です。ただ、彼女の傍に居るために女性の姿を持っています。
 どちらかと言えば男性のような振る舞い特徴で有り、自称はルクレツィアの騎士です。
 ちょっと色々(TOP『狂乱』)ありました。現在は硝子の棺を所有し、マリアベルの撃破を狙います。
 美しすぎてごめんなさい。ナルシストです。お喋りです。ただ、常識は余り通じません。ノリはとっても軽いですが、本気です。
 目的はマリアベルの撃破、魔種と人間と滅びの全てをルクレツィアに捧げることです。
 彼女は『マリアベルの撃破』こそを第一にしています。その命を賭けてでも、です。
 アタナシアはある程度は饒舌です。地雷である「ルクレツィア」についてを踏み抜かない限りは好意的に話してくれるでしょう。
 彼女は「マリアベルをこの手で殺したい」と願っています。その願いに対してどの様な対処を行なうかも皆さんの選択の内でしょう。

 ・『硝子の棺』
 冠位の亡骸とアタナシアの能力と――恐らく『愛』が(色欲同士ですし)歪んだ共鳴をして真価を発揮し、強大な呪物(アーティファクト)として機能しています。
 これによりアタナシアは『普通の強力な魔種』であるに関わらず、準権能というべき特殊能力を使う事が可能になりました。
また憎悪と悪意で更に能力も強化されています。

 ・ネクロマンサー。無数の死霊を手繰り戦います。
 ・非常にEXFが高く、ネクロマンサーでありながら前線で戦う装備を有しています。魔法剣士と呼ぶのが相応しいでしょう。
 ・完全に魅了した者を魂の傀儡にする事が可能です。硝子の棺の効果でしょう。
  また、他に『特殊な能力』がありますが此処が人気が無いことから判明していません。
 ・『硝子の領域』:マリアベルからその姿を隠すための領域です。何時まで此れが持つのかも定かではありませんが――

 ・操り人形 20体
 アタナシアが此処まで来るために利用した死霊達です。アタナシアの敵に対しての攻撃を行ないます。
 アタナシアが「戦いが終った」と考えた時点で無力化されます。つまり、アタナシアにとっての子のフィールドでの敵勢対象の完全撃破が求められます。
 この操り人形達はアタナシアが殺したわけではなく、場に存在した霊魂達を利用した術式です。色欲の能力により霊魂を使役したと考えてください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はD-です。
 基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
 不測の事態は恐らく起きるでしょう。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 当戦場は選び取った行動によっては本当に死亡の可能性が高くなります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <終焉のクロニクル>Tacere qui nescit, nescit loqui.Lv:90以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2024年04月22日 22時00分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
終わらない途
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
シラス(p3p004421)
超える者
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇

リプレイ


 歪な月夜は幸福の気配がする。月の映った湖は姫君のドレスが揺れた余韻を残すことだろう。
 裾を踏んでしまったとしても彼女はさしたる感情をもその眸に浮かべやしない。如実に知らしめるのだ。お前なんてさしたる存在ではないと。
 蝶々がひらひらと舞い踊る花畑を楽園と呼ぶ事も出来ず、蜜蜂が働く様を嘲笑いながらも遠き場所を夢に見る。
 彼女は歪な月夜にのみ、此方を見て笑うのだ――「仕事をなさい」と甘く軽やかな声音を響かせて。
 赦しを乞う事が出来るならば、貴女の亡骸を手放すことの出来ない己の浅はかさを叱って欲しい。いっそのこと拒絶してくれれば良かった。その手で触れるなと冷たく遇ってくれさえすれば良かった。ドレスの裾を踏むことさえ許さずに、指先に触れる赦しを与えずに、ただ、ただ、お前は勘違いをして居たのだと手酷く払い除けてくれさえすれば良かったのに――

「貴女は語る口さえなくしてしまったから」

 アタナシアは、彼女はそこに居た。
 冷たい城は一人佇むには凍えてしまいそうで。手を繋ぐ相手さえも何処にも居らず、やってきてしまった哀れな道化を振り返る彼女の顔は最早見慣れてしまったか。
「また会いましたね。これまた随分と縁があるようで!」
「ルル家ちゃん」
 名を呼べば、舌をまろがせてから『夢見大名』夢見 ルル家(p3p000016)は「はい」と返した。当たり前の、友人のようなフランクさで。
「複雑ではありますが、もう一度会いたかった気持ちはあります。状況が許せばもうちょっと色んなことを話したいと思ってました」
「君とぼくが?」
 肩を竦めて笑えば「勿論」とルル家は笑うのだ。消しゴムを忘れてしまったクラスメイトに貸し出す程度のフランクさ。魔種という人の道を違えて仕舞った存在に対する仕草でも、言葉でもないかのように。
「……思えばそれなりに長い付き合いになりましたねぇ。
 最初に出逢ったのが、リーゼロッテさんが指名手配された頃」
『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)が良く知る監獄の女王はあの泥のような国で紅茶でも傾けて笑っているだろうか。
 彼女は秘密の薔薇に誘われて彼女と出会った。あの石畳で踊ったワルツから随分と時が過ぎたとしてもチェレンチィは彼女と相対していたのだから。
「その時はまさかこんな、いよいよ世界の命運が決まるなんて時まで貴女と事を構えるとは思ってませんでした。
 アタナシア。なかなか貴女には敵わない。こうしてこれまでボクらと戦う運命だったのも――貴女だってそう『選ばれた』のかもしれませんね」
「願わくば配役に名前などない通行人Aで終った方が良い人生であったのだろうね」
 苛烈な恋の行く先は、何とも悲痛なお終いであったのだろうけれど。チェレンチィは眉を顰めてからアタナシアを見た。
「そんな顔をしないでおくれよ」
 レイピアを手にした彼女と魔女のしもべは睨み合う。彼女は浮き上がって余ってしまったパーツだ。かちりと嵌め込むことは容易でもどちらに嵌めるかでその姿を変貌させる。模型に足りないパーツの1つを魔女のしもべとイレギュラーズの何れが拾うかもあちらも見極めているのだろう。
 ちらりとアタナシアの視線を向けられてから『冥府への導き手』マリカ・ハウ(p3p009233)はそっと目を背けた。
 余計な波風は立てやしない。けれど、彼女が此方に視線を向けた意味は。
(伺って居るのね。ええ、そうでしょうとも。彼女の姿は私には毒だもの――)
 マリカにとって、アタナシアが拒絶するべき存在であるというその事実以外には存在して居なかった。
 利用価値のある女と言えば確かにそうだ。余りに数の多い敵影、昏く湿っぽい気配のするその空間は毒をも食むかの如く鬱屈とした空気が溢れている。その中で『先客』とも呼ぶべきアタナシアは敵にするには存在が浮き上がり、味方と出来たならば十分な価値があるとも『老練老獪』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)は知っている。
(さて――)
 下手に刺激はせぬように。『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は因縁浅からぬ者と呼んだアタナシアの『旧友』――ああ、なんて可笑しな呼び名だろうか! ただ、そう称した方が都合が良いのだ。なんたって、彼女は今は敵ではないのだから――達に任せておくかと魔女のしもべを真っ向に見詰めた。
 己はアタナシアとの交渉テーブルに着く気は無い。だが、彼女は世界がどうだとか、滅びがどうだとか、そんな事を言う前に個人的感情に従って動いているのだ。それは何とも心地良い。
「君達はぼくに書ける言葉に迷っているのかい?」
「ええ、そうですね。以前までは、ですが、今回ばかりは少し違います。説得や交渉は専門外なので、ストレートに言いますが――
 アタナシア。いえ、アーティ。ボク達と組みませんか。マリアベルを倒す。そこまでは目的が一緒ですから。
 それ以降は敵対するなら容赦はしませんが。少なくとも、貴女一人で進むよりは、可能性があるのでは? 敵もこんなに居ることですし」
 敵、と。チェレンチィはハッキリと告げた。魔女のしもべの指先がぴくりと揺らぐ。
 アタナシアのエメラルドの瞳は真っ直ぐにイレギュラーズを眺めて居た。


 愛おしい人が居る。硝子の棺に彼女を閉じ込めて、伴に過ごす事で力を与えて貰えたとはなんとも奇妙な言い草だ。
 それでも魔種たる不倶戴天の敵が冠位魔種に準ずるような力を得たともなれば『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)も見逃すことは出来まい。
 ただ――彼女が饒舌で、ある程度の対話を楽しむ性質(タチ)であった事を除けば、だ。
「あなたがたは魔種と人。わたしたちは魔女のしもべ。そのどちらが近しいかをお分かりにはなりませんか」
「でも、僕はあの女を、マリアベルを斃したい。その障害となり得るだろう。レディ・メリッタ」
 アタナシアが肩を竦める。大仰な仕草を一瞥し「邪魔はしないよ。僕等は僕等がやるべき事をさせてもらう」とそれだけをヨゾラは返した。
「それに、僕達が目指す場所は黒聖女(マリアベル)だ」
「君と僕は行く先が同じならば、同乗者には持って来いなのかもしれないな。
 旅というのはそういうものさ? 馬車に乗って揺られる一時を楽しみにする冒険者は山程居る。最も、僕らは殺し合うような存在なのだけれど」
 ヨゾラに代り『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)は「アタナシア」と呼んだ。
「今日も美しいね、ぼくの柳華……沙月。君の舞はぼくを見惚れさせる。今日も、ぼくの為に踊ってくれるのかい?」
「いいえ。今日は――ええ、『今日は』邪魔をするつもりはありませんよ、アタナシア。いえ、アーティと呼んだ方がよろしいでしょうか?」
「そそるね」
 くすりと唇を吊り上げる。友人ではないからと呼ぶ事の無かった愛称は妙にしっくりとした響きとなった。魔女のしもべたちが武器を構える。ひゅうと、吹く筈のない乾いた風の音がする。――魔力の奔流だ。
「時には感情に身を任せ、そのまま行動するのも良いでしょう。私としては黒聖女を倒せれば良し……誰が倒すかには興味はありません。
 黒聖女を倒すお手伝いまではできるかはわかりませんが、この場は共闘しませんか?
 もちろん遺恨がない訳ではないでしょうが……この場は目を瞑って頂けると助かります」
「手伝わなくって構わない。なんたって、そこまで行けば意地の張り合いだろう? ぼくが殺すか、君が殺すか。違うかい?」
 沙月がぱちりと瞬けば「違わない」と『竜剣』シラス(p3p004421)が返した。
「ローレットが獲るか、お前が獲るか。分かり易い話しだな、アタナシア」
「目標を射止めるのが誰となるかというのはね、何だって変わらないということだもの」
 アタナシアの微笑みに『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は「アタナシア」と呼び掛けた。月夜に笑う女の顔を忘れたことはなかった。
 それこそ、星穹は『アタナシア』という魔種に焦がれるようにして此処までやってきた。それだけの日々を重ねてしまったのだもの、なんて皮肉か。
「邪魔なんてしませんわ。結構長い付き合いですのに、信じられていませんのね……『ぼくの盾』だなんて呼んでくれたのは噓だったのかしら」
「拗ねないでおくれ、星穹」
 ――その声音に星穹の眉が一つ動いた。女は妙に困ったような、甘えたような、雨に濡れた子犬のような表情を浮かべてみせるのだ。
「アタナシア。貴女が私達を倒さずとも良い理由をお前は問うていましたが、単純じゃありませんか?
 お前のお気に入りであるこの私が、お前を一番に相手をしてあげる余裕がないからです。
 ……それにマリアベルが一番嫌がることなんて予定通りに進まないことに決まっているでしょう」
「ふふ、君の傲慢な所が大好きだよ、星穹」
「ええ、そうでしょう。知っていますよ。
 貴女がこの場を搔き乱してくれればそれだけで彼女への意趣返しのひとつにはなると思いますけれど?」
『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)はと言えば恭しく、まるで西洋の騎士が来客に対して傅くかのような穏やかな声音でその名を呼んだ。
「アナタシア……いえ、アタナシア殿。如何でしょう。この場は協力する、っちゅうんは。
 おんしは主の敵を討つために、わしらは世界を救うために、こやつらを倒したい。わしらの目的は違えど、ここで成すべき事は同じです。
 確かにそれ程の力でありゃ、おんしだけでも先に進めるでしょうが……消耗するんは、あまりええ手とは言えんのではありませんかの?」
「そうだね、きっとそうだ」
 支佐手は彼女の心が決まっていることを知っている。だからこそ、言葉が欲しい、彼女の唇から応えを聞き出さねばならない。
 態度や素振りは思わせぶりに振る舞うことは幾らでも出来よう。ただ、アタナシアという女は吐き出した言葉を違えないという信頼があった。
 何故ならば、彼女という女は誓って『己の主』に嘘は吐かない。傍に居る享楽の女王の前で立てた誓いは違えることを良しとしないのだ。
「それに、わしらを生かしとれば、『聖女』の注意は自ずとわしらに向きます。決して悪い話では無いと思いますが。
 ……共闘の期限は、こやつらを倒し終わって次に会う時まで。如何ですかの?」
 アタナシアは笑った。レイピアの先に魔力が宿される。澄み渡った、緑色、霊力にも似た気配にマリカには見える。
 ただ、前線を好んだ彼女が『そうなさい』と与えられた不完全な死霊術を駆使することはないようで。
「僕は、今日は君達が奏でる音楽で踊ろう。仮面舞踏会で狂ったワルツを踊るのだって悪くはない話しだろう」
 地を蹴った。アタナシアの周囲にぞろりと人の影が見えた。死霊達はこの狭苦しいダンスホールは似合わない。
 星穹は一層美しく笑って遣った。ああ、彼女が『他の女にうつつを抜かした』事を後悔するほどに。

「――あの女が消えた後の世界で殺しあいましょうよ、アーティ」

 そんな口説き文句は柔らかな羽毛で包んで、後世にまで持って言ってやって欲しいけれど!
 アタナシアの眸がぎらりと輝いた。その気配を察知して支佐手は真っ向から敵を睨め付ける。そう、『アタナシアという女は敵に含まず』、魔女のしもべたる使い魔達をじらりと睨め付けた。
「さて、平和的解決がなせんのであらば、わしらと解決方法を模索しませんかの?」
「致しませんわ」
「それは、失敬」
 ならば物理行使しかあるまい。支佐手の手にした火明の剣が纏う符術が光を帯びる。その眸にも魔力の片鱗が浮かび上がった。
 静かにアンデッドの鎌を握り込み敵影の殲滅に向かうマリカの周辺の土が盛り上がる。夥しい程の『お友達』は導き手に加勢するべしと姿を現した。
 マリカの表情は暗い。影(シュト)が微笑み囁くのだ。本当は一刻も早くアタナシアを冥府(ドゥアト)に送ってしまいたい。
 ――今の自分がどうにかしなくては。
 そう思い込んでいた所がある。故に、アタナシアは分かり合うことの出来ない敵だと認識していたのだ。
 彼女は死霊遣いだ。そうあるべきと力を与えられ、他者に対して何ら感慨を抱いていない。彼女は「似ている」と告げるマリカには否定的だったか。

 ――ねえ。どうにかするんでしょ~?

 影(シュト)の囁きにマリカは首を振った。魔力が僅かに乱れたが、気にする事も無かった。何せ、今のアタナシアにマリカは干渉しないと決めて居る。
 だと、言うのにどうしようもない程に前を行く女が気に掛かって仕方が無いのだ。

 ――本当は気付いてるんでしょ~?
   罪とか贖いとかなんて、本当は辛くて、しんどくて、今すぐ捨てて楽になりたい~って思ってる自分が居るって。
   影は霊魂を構成する要素の一つ。もう一人の自分、本当の自分。強く押さえ付けてるとこうして形として出てきちゃうヨ?

 違う。冥府に送るって言いながら、本当は彼女が気に食わないだけだ。気に食わない。気に入らない。
 冥府に送るという行いよりも尚も個人的感情に突き動かされているだろうと影(シュト)は笑うのだ。

 ――よくわかるよ。だってあなたは、このマリカちゃんなんだもの♪

「違う」
 呟いてから、眼前へと迫るリトスを切り裂いた。巨大なる骸は鎌の先より産み出さればくり、と精霊を喰らうてしまう。
 精霊を傷付けた時点で、魔女のしもべ達はイレギュラーズを完全なる敵と見做した。マリカを一瞥して「君はぼくを好きなのかも知れないね」と笑うアタナシアはさも当然のようにリトスへとレイピアを突き刺した。
(……アタナシア。それに、その『硝子の棺』……)
 ヨゾラは僅かながらの焦燥を感じていた。彼女の存在はマリアベルには感知されていない。それはマリアベル達を相手にするイレギュラーズの尽力だ。
 何せ、アタナシアという女は正面切って行くというわけでは無く、本能的にマリアベルが『こっちの方に居るだろう』なんていう考えだけで此処までやってきたのだから。
 影の領域内で、その姿を変貌させていたヨゾラは少々の不安を胸に抱きながらもアタナシアの背を眺めていた、途端に、彼女は振り返る。
「熱烈な視線だね。何を不安がっているんだい?」
「……アタナシア。君の存在が何時、相手に察知されるのかとか。そういうのだったら?」
「問題ないさ。あの女はねぼくのことなんてどうでもいいんだ。袖に為れているとでも言うべきかな」
 揶揄うような声音を弾ませてからアタナシアはそう言った。『硝子の領域』――即ちはルクレツィアの権能を借り受けた形だ――はマリアベルにとってさしたるものではないとでも言うのか。
 そもそも、ルクレツィア自体をマリアベルは小物として扱っていたのだ。その配下など羽虫同然という事か。それが、アタナシアは不服だったのだろう。ただ、彼女がイレギュラーズの側に着いたとなればマリアベルも放っては置かないはずだ。この戦いは早期に決着するべきである。
 そして、もう一つの疑問はアタナシアが自らの能力をどの様に使うか、だ。
(――……魔女の使い魔を魅了して傀儡に、はしないとは思うけど……!)
 困惑した様子で一瞥する。彼女の能力がどの様に発揮されるかは定かではない。魔種の存在だってこの内部では未知数だ。
 アタナシアは少なくとも因縁と呼ぶべき相手をマリアベルだけに絞って居る。ヨゾラの懸念したイレギュラーズへの戦闘行為は『交渉』にて行なうつもりはないのだろう。
「ぼくが唐突に裏切って、君達を殺しそうだとでも言いたげな顔をして居る」
「……魔種を信頼しきっては居ないよ。何せ、君は」
「そう、ぼくはルクレツィア様に仕えていたからね!」
 敵同士なのは確かだと嬉しそうに笑った彼女にヨゾラは『本当にルクレツィアが第一』なのだと翌々分かった。
「まあ、そうだな。アタナシア。黒尼と戦いたいなら今ここで俺達と争って徒に傷を負うのは得策じゃねえだろ?」
 バクルドは敢て軽やかにそう言った。ただし、それは彼女を相手にする余裕がないという意味合いを含んでいる。
 敵対の意思がない事を堂々と宣言し、しもべとして数を増やし続けるメリッタを一瞥した。リトスは払い除けるが、ダクリュオンを削り取り、出来うる限りメリッタへの道を開くのが最善だ。
 巻込まないという『前提条件』をイレギュラーズが守っていればアタナシアという女は『色々な事に目を瞑れば』心強い存在でもあるのだから。


「では、ぼくはレディ・メリッタとのダンスをしても?」
「……分かった、話は後だ。ファルカウの手下を先にやるぞ」
 シラスは地を蹴った。彼女とは争うつもりはないが必要以上の干渉もしない。警戒をしないという事は、即ち、視界にも入れないという事だ。
 シラスの戦士らしい振る舞いをアタナシアは嫌いではない。何せ、戦い方はその個人の在り方が出るからだ。
「彼は心から闘争に向いているね。ぼくはそう言う人間が嫌いではないよ」
「貴女は恋多き女ですね、アーティ?」
「ふふ、嫉妬は時に女を美しくさせるのさ。君がぼくの心の行く果てにまで気を配ってくれる事があるだなんて、思っても見なかったよ」
 沙月は「まあ、それでよいでしょう」とそれだけ返して終焉獣を振り払う。地に叩きつける、獣の呻く声が響く。それっきりだ。
 ひらりと踊るようにして、跫音一つも残さずに風のように駆けて行く。沙月の戦い方はアタナシアの目から見ても優美そのものだ。
 そんな涼しげな彼女の眸が、己を捉えて放さない。アタナシアはその事に高揚していた。星穹や沙月の存在そのものをアタナシアは気に入っているのだから。
「折角の機会ですし、ダンスに誘ってもよろしいでしょうか?
 種類は違えど舞踊の嗜みはありますので……邪魔者はあちらにいる魔女のしもべや終焉獣達。私達で蹴散らしてみませんか?」
「君から? ああ、なんてしあわせだろう!
 ぼくの寵愛はきっと君を焦らしたことだろう。恋というのは、人を狂わせるけれど、愛とは情熱的でなければ胡散臭いだけになる」
 アタナシアはひらりひらりと踊るようにやってきた、傅いた。戦場でするには余りにも不似合いなポーズで沙月の手を恭しく取ってみせる。
「踊って頂けますか? レディ」
「ええ。……ええ、けれど、2人で踊れないのは残念ですが……それは機会があればでしょうか。楽しみは後に取っておく方が良いとも言いますしね」
 唇を吊り上げ笑った沙月を見てからアタナシアが少しだけ可笑しな顔をした。
 どこか、困ったような、それでいて寂しげな。大好きなプディングを冷蔵庫に仕舞い込んだは良いけれど、誰かに食べられてしまっていた時の子供の様な、お預けに悲しみを背負ったような顔をして「そうだね」とそれだけの言葉を返した。
 ――きっと、後なんてないのだ、と。
 沙月は知っている。知っているからこそ此処で我武者羅に戦うのだ。思う存分に彼女は「死んでも良いほどに楽しんでくれる」だろう。
 アタナシアという女は熱烈だ。それこそ、愛情という武器を剥き出しにして刃を研ぎ澄ませ続けるようにして。
(なんとも――苦しい事でしょうね)
 チェレンチィは眉を顰めた。
「ほら、あの獣が報告に行ってしまう。貴女も居ることがばれるのは避けたいでしょう?」
「確かにね。あの女にばれてしまえば、ぼくらの楽しいダンスはお終いになって終う、それは酷く苦しいだろう?」
 まるでイレギュラーズとの逢瀬を楽しむように、女の唇は優美な三日月を描いてみせるのだ。チェレンチィの目から見てもアタナシアは楽しげだった。
 彼女に不幸があるとするならば、自身を愛してくれる唯一を見付けようとしなかったことだろう。
 ただし、彼女に幸福があるとするならば、命を擲っても惜しくないほどに誰かを愛せたことだろう。
「いいなあ」と何となく呟いたルル家は終焉獣達が姿を消し、リトスを前にした。迅速に、迅速に、そして次にと進むが為に。
「ん?」とアタナシアはルル家に耳を傾けた。彼女は饒舌で、対話が好きとは聞いていたけれど、本当にいつだって耳を傾けてくれるのだ。
 あの時、悪戯なあだ名を与えた相手であった彼女はそうやって楽しそうに笑うのだ。
「拙者実は振ったというか振られたというか……いずれにせよ失恋したんですよね。
 好きな人は拙者を好いてくれていましたが、その人が一番好きなのは別の人で……。拙者はそんな中途半端な関係に耐えられませんでした。
 アタナシア、貴方はルクレツィアがイノリを好きなのを知っていて愛を貫いていました。そういうところ、ちょっぴり尊敬しますよ」
 アタナシアは目を見開いてから小さく笑った。リトス達を無数に相手取っていた魔種は「それは苦難の道なのだよ」と笑う。
「ええ、そうでしょう。拙者は耐えられなかった」
「ぼくもきっと、気が狂ってしまったかも知れないね。ルクレツィアさまだけを見ていたならば」
「へ」とルル家はぽつりと漏した。眼前のダクリュオン。スケッルスに接近していた少女は拍子抜けしたような声を漏したのだ。
「ぼくはね、唯一無二はあの方だっただけれど、それなりに花を手折ることは嫌いではなかった。
 ただ、これは純愛だから、あの方のようにぼくを見てくれなくてもよいと――そんな恋に酔ったぼくという存在をぼくは愛していたのだろうね」
 魔法が解けてしまったならば、恋が潰えてしまうから。
 Tacere qui nescit, nescit loqui.(沈黙することを知らない者は、語る術を知らない)のだ。
 だから、彼女は『多弁』だった。話続けて有耶無耶にして、恋をしている己を作り上げて生きてきた。
 自己は揺らぎ、言葉は通じないだろう。当たり前の話しだが、アタナシアという存在は魔種だ。それ故に、そうした生き方が一番にしっくりと来たのだろう。
「君は、唯一の恋を見付けることが出来れば良いね。ルル家ちゃん」
「……その呼び方、もしかして拙者が押し付けてからずっと覚えてました?」
「勿論。ぼくは君に負けて露わにも名前を呼んでも許されてしまう関係性になった女だからね!」
 突拍子も無い事場を発して笑い続ける。アタナシアという女を後方から眺めながらゼフィラは前線へと向かう仲間達を支え続けた。
 命を大事に、ただし大事にしすぎては事をし損じる。だからこそ、『誰も倒れる事がないように』という意味合いで戦うことを考えて居た。
 俯瞰するように、戦場を見回し『脆い』部分を狙うバクルドに、その傍に立っているゼフィラの癒やしの風が吹き荒れる。
 静寂は、等しく人々を癒すのだ。感情に従い、戦況という先などどうでも良くて、ただ、ただ、自らの欲を肥やす。
 そんな女に同調するように共にある事を選んだ仲間達をゼフィラは尊重していた。――それが、この舞台で彼女が踊る方法であるとでも言うように。


「アーティ。貴女はお気に入りは自分の手で殺したい質。違いますか?」
 星穹は敢て彼女を庇い立ち振る舞った。それはアタナシアに対しての『敵対していない』という意志だ。
 彼女は気紛れだ。だからこそ、星穹は沙月とチェレンチィと協力しながら彼女の気を惹くことに決めて居たのだ。
 アポロトス達を前にして、魔女のしもべを惹き付ける星穹に「的を集めて、傷だらけにならないでおくれ」と僅かに手を抜く素振りを見せるアタナシアを揶揄うように呼んで見せたのだ。
「もう少し気合を入れて搔き乱していただいても結構なのですけれど!
 ――でないと私の方が貴女より攻撃上手になってしまうかもしれませんわね」
「僕のために、傷だらけにならないでおくれ」
「あら、案外心配性なのですね。『貴女に殺される価値のある私』はそんなにもひ弱ですか?」
 盾だと呼んでくれたのに。
 そうやってせせら笑ってみせれば彼女は喜ぶのだ。ほら、こうやって手玉にとれるようになったのも、此れまでの事だ。
「取り巻きを潰しても統率個体が生み出してたらキリがねぇな」
 そうだろうと笑ったバクルドに「手伝って貰っても構わないかな」とゼフィラは友人に問うかの如くアタナシアに言って見せた。
「勿論さ。君達がぼくで良いと言うなら」
「失恋の痛みさえ耐え難い程なのに、愛する人を永遠に失う苦しみなんて想像も出来ません。
 その痛みが僅かでも緩和出来るなら協力しても良いと思うのは……変ですかね?」
「いいや、君は実に人間らしくて、ぼくは好きになってしまうよ」
「それは、光栄と言うべき何でしょうかね」
 好きだとか、嫌いだとか。そんな単純なことだけで走っていられたならばどれ程に良かっただろうか。
 アタナシアが居る事でイレギュラーズの陣営側の戦闘は何れだけ敵の数が多くとも、疲弊を抑えての展開を迎えられている。
 スケッルスに対してとて、ルル家が肉薄し、後方からヨゾラの支援が存在して居る。バクルドはルル家の太刀筋を見極め、一撃を投じている。
 メリッタに向かうアタナシアの負担を出来る限り軽減する星穹とて居る。
(魔種と共闘だなんて――)
 不思議だな、とヨゾラはそう感じていた。それでも、自然と体が動くのだ。
 バクルドは長期戦にはならぬようにとメリッタへと接近する。ゼフィラの癒やしが包み込む、動け、ここで多少の無理は承知で畳みかけるが為に。
 必中を狙ったのはその攻撃が可能な限りメリッタの打撃となるためだ。
 肉体も魔力も、誰も彼もが極限だった。全力疾走だろうと笑うシラスに違いは無いとバクルドは戯けるのだ。
 此処までやってきた――苦痛は鍛錬をこなしたものならば十分に耐えられる。その次だ。その次の本当の限界がシラスに訪れる。
 視界が萎む、五感が遠のいていく。それも超えてみせる。越えて見せろ。
 己の目指すべき世界何処にあるか分かっている。此処で手を抜けば一瞬で戦線が瓦解することだって知っているのだ。
「ッガァー」
 青年は地を蹴った。
 これまでの死線と比べればこんな物、前座の前座ではないか。
 体が空っぽになったって構わない。この『可能性』は、己の炎だ。拳を握れ、殺せ。その為にここまでやってきた。
「アーティ!」
 呼ぶ沙月に「ふふ」とアタナシアが微笑んだ。
 地を蹴った、彼女の権能か、それとも『持ち得た能力』だったのかは定かではない。周辺に存在した霊魂が弾丸へと変化する。
 マリカが眉を顰めたのはどうしたって振り払えない影が追い縋るからだ。
「殺そう」
 アタナシアが言ったか、マリカが言ったのか分からない。
 マリカの影が笑おうと、これが何かの八つ当たりだと言われようとも――攻撃は霞むことなく叩き付けられる。敵は、定まっていたのだから。
「沙月」と愛おしそうに呼ぶアタナシアに沙月は小さく微笑んだ。
「ダンスは、お嫌いではありませんでしょう」
「勿論。君とならば地の果てまで踊っていられる」
「お上手」
 ならば、最後まで踊って貰う為にその武運を願いたい。
 最後。その言葉はチェレンチィについて回った。彼女の持ち得た硝子の領域はなんとも羨ましい異能であった。
 しかして、それが暗殺者であるチェレンチィにとって必要なものであろうとも彼女にとってはそうであったかは定かではない。
「アーティ、貴女はきっと月の下で美しく舞台を迎えたかったのでしょうね。影に隠れて居るだなんて勿体ない」
「ふふ、美しいと褒めてくれたのかな」
「そうだと受け取って下さいますか」
「そうしようかなあ」
 軽口を弾ませるアタナシアへと微笑むチェレンチィがひらりと前進した。
「君」
 呼ばれてから支佐手は頷く。引き寄せ続けたリトスの数も少なくなった。星穹に守られている限りアタナシアは万全、と、そう認識し仲間を庇うように立ち振る舞っていた支佐手は「はい」と応えた。
「君はぼくを殺そうとは思わなかったのかい?」
 アタナシアに呼ばれてから「今は」と支佐手は首を振った。忠義とは、薄れるものではない。主とは、唯一無二である。
 支佐手とて然うして認識していたからこそ、それ以上は言わなかった。
 それはゼフィラやバクルド、ヨゾラもそうなのだろう。アタナシアに対して手向ける言葉があるとしたら『一輪』の花のようなものだ。
「……おんしの本懐、遂げられるとええですの」
「君達にとって、一番に困った話をしようか。君達は屹度、優しすぎるのさ。ぼくみたいな存在に」
 アタナシアは微笑んで、地を蹴った。
 向かう先は、定まってしまっていたから。
 メリッタと相対した印象は正しく虫。もっと言えば機械その物だった。
 働き蜂としか呼ぶ事が出来ない彼女の姿をシラスは真っ向から見据えている。常に正確で、感情に揺れない。
 だからこそシラスは読みやすい攻撃があると気付いた。メリッタの魔力がその腕に乗せられる。
 シラスの左肩を貫通した魔力。だが、しかし。

「アタナシアーッ!」

 魔力を灯した腕を掴んだ青年は吼えた。この瞬間だ。『仲間』が最も強い攻撃を合わせられる瞬間。
 その時のシラスは母を利用した悪逆の魔種とも、不倶戴天の敵たる女の存在だと言うことも忘れ、ただ、獲物を狩る為だけに動いていた。
 闇雲にメリッタに食い付いた?
 そんなわけがあるまい。間合いは分かって居た。
 アタナシアの唇が吊り上がる。猟犬の遠吠えは女の好奇心をもそそっただろう。
 言葉なんて要らないだろう。戦士というのは言葉などなくと『最も獲物を狩り取る手順』を弁えているものなのだ。
 アタナシアのレイピアがメリッタに突き刺さる。
「か、」
「ふふ、君がそうやって呼んでくれるだなんて。可憐なレディを挟んで見つめ合う機械が来るとは思って居なかったな?」
「言ってろ」
 メリッタが何を言葉にしようとしたのかは分からない。
 その唇が零した音を連れ去るようにしてシラスは白々しく笑ってみせる魔種のレイピアの先から滴り落ちる血潮を見詰めていた。
 叩き込んだ一撃に、メリッタは何も返す事も無い。
 アタナシアがぞろりと引き抜く剣先は赤い血潮の湖を作り上げ整ったおんなの美貌をも一層美しくして見せた。
 それっきりで、このダンスは終ってしまう。支佐手はその場に佇むアタナシアの横顔からふいに視線を逸らした。
 マリカは唇をぎゅっと噛む。あのおんなを殺す事は『次のお楽しみ』なのだ。
「行けよ、マリアベルをやるんだろ? その次は思い知らせてやる」
 シラスを見詰めてからアタナシアははたと立ち止まってから笑って見せた。
「君達は何時だって、次と言うね。沙月も、星穹も、そしてシラス、君もだ。光栄だな、ぼくをそれ程までに愛してくれて居るだなんて」
 くすりと笑った彼女の背中には不吉が落ちる。チェレンチィは唇を引き結んでその背中を見詰めていた。
 雨垂のように、命の潰える気配を背負った女は目を伏せてから笑うのだ。その表情をチェレンチィは『島』で見てきたことがある。
 それは罪を償うわけでもなく、死を悼むわけでもない。ただ、私利私欲のために死にに行く人。
「……アーティ」
 星穹は呼んだ。バカみたいな感傷だ。親しんでしまったからには、行く先が地獄であったって、彼女の死を悼んでしまう。
 だって――「あの女が消えた後の世界で殺しあいましょうよ?」ともう一度唇が求めてしまうのだから。
「そうだね」
「踊ってだって下さるのでしょう。『2人』で」
「沙月の独占欲が僕に向けられるだなんて光栄だな」
 にこりと微笑んだ。硝子の領域、彼女を隠した『ご主人様の寵愛』はそろそろタイムリミットだ。
 美しい銀の髪が風にゆらりと揺らぎ続ける。そのエメラルドの瞳が細められてから「僕は、どうやら、一等愛しい人にだけ見詰めて貰えなかったようだ」と戯けたようにそう言った。
「ところでこの棺、少し広く出来ませんか」
 ルル家は「だって、拙者達はマリアベルを斃した後に決着を付けるでしょう?」とさも当然のように行ってみせる。
「2人で入るには少々手狭かと。あぁ、でも寄り添うように眠るにはちょうど良いかも知れませんね。
 ……傍で眠った方が地獄でも早く合流出来そうな気がしませんか? どうしましょう。棺に関してだけはオーダーを聞きますけれど」
「傍で眠りたい」
 アタナシアは笑って見せた。それはルル家が見た中で一番に子供の様な笑みだっただろう。
「地獄だろうが、どこであろうが、あの方と共に居られるならばぼくにとっては楽園だった。
 それでも、ぼくにとってはね、ルクレツィアさまが一番に愛おしい方の傍で笑っていて欲しかったのさ。
 この恋が実らずとも。この愛が潰えようとも。一番に愛しいひとがしあわせであって欲しいと願って仕舞ったのが僕にとっての一番の、お終いだった」

 ――シラスは「じゃあな」と手を振った。
 次なんてない、そんなことは知っている。
 殺さなくてはならない。この手で、その命を終えさせると決めたのに。
 でも、もう良いのだ。

「またね」

 彼女は友人ではないけれど、戦友になってしまったのだろう。

成否

成功

MVP

シラス(p3p004421)
超える者

状態異常

夢見 ルル家(p3p000016)[重傷]
夢見大名
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)[重傷]
終わらない途
シラス(p3p004421)[重傷]
超える者
雪村 沙月(p3p007273)[重傷]
月下美人
チェレンチィ(p3p008318)[重傷]
暗殺流儀
星穹(p3p008330)[重傷]
約束の瓊盾
物部 支佐手(p3p009422)[重傷]
黒蛇

あとがき

 お疲れ様でした。
 アタナシアは、マリアベル(<終焉のクロニクル>Pandora Party Project)へと向かう事でしょう。
 皆さんの選択が彼女にとって一つの道を与えてくれたのも屹度確かです。

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