シナリオ詳細
<漆黒のAspire>七式の権能
オープニング
●
力がないことが厭だった。
何の力もない人間種に生まれたこと自体が。
屈強な体(オールドワン)も、
苛烈なる野生(ブルーブラッド)も、
静かなる智慧(ハーモニア)も、
深き海の激しさ(ディープシー)も、
力強き翼(スカイウェザー)も、
竜たる覇(ドラゴニア)も、
未知なる計算外(ウォーカー)も、なにも持ち合わせていなかった自分が。
ただの無個性(カオスシード)たる自分が。
何度土を舐めたことか。何度砂を噛んだことか。
人である限り、他には勝てない。
無価値(ニンゲン)である限り王(すべておさめしもの)にはなれない。
だから、価値を求めた。貪欲に。勝ちを求めた。
力があればいいのだ。この世のすべて問題は、おおむね力によって解決する。
魔力。筋力。体力。財力。知力。精神力。
ありとあらゆるちから。
そのすべてを収めることのできたもの。
――あの、おとぎ話の全剣王のようにだ。
地を這い、オールドワンに踏みつけられ、ブルーブラッドに食らいつかれ、ハーモニアに嘲笑され、ディープシーにもてあそばれ、スカイウェザーに見下され、ドラゴニアに歯牙にもかけられず、ウォーカーに逆に排斥されるような、惨めな我(ニンゲン)が。
見よ! 今まさに頂点にいる! すべての魔すら収めた自分が! 真に王を名乗るのにふさわしい自分こそが!
翻って見よ、力ある我はすべてを恣にする権利がある!
故に滅べよ、世界よ!
我が滅ぶといったから滅ぶのだ!
我を排斥した世界を我が排斥してやるのだ!
我はすべてを収める。
あの、憧れの、すべての剣を収めた王のごとく――。
●
「世界は滅ぶ。かくある如く」
全剣王――ドゥマを名乗る男は、その玉座にて独り言ちた。
全剣王の塔。鉄帝に生み出した、彼の虚飾の塔。その玉座に座る男は、ただただ世界を冷めた目で見ていた。
「我の背部には、終焉獣を大量に展開するためのワームホールがある。これを維持できれば、この国をつぶすことなどたやすいであろうよ」
「ええ、王のおっしゃるがままに」
ゆっくりと、女は頭を垂れた。
【エルフレームTypeTiamat】ルクレツィア=エルフレーム=リアルト。隣に侍るのは、【エルフレームTypeTitan】ショール=エルフレーム=リアルトである。
「貴様らをここに置いている意味くらいは解ろう。
保険だ。今、ワームホールの維持のために、この塔はひどくシンプルな構造になっている。
つまり、意外とたやすく、玉座の間にまで到達することは可能ということだ。
我はワームホールの維持に忙しい。そこで、貴様らが万が一の事態に対応する」
「万が一……ですかぁ……」
ショールが慌てたように言った。
「その通りだ。我は最強であるが、愚かではない。
ローレットどもは手練れだ。ここに上ってくる可能性は捨てきれん」
そういうドゥマへ、内心でルクレツィアがつぶやく。
(怯えか……臆病な自尊心の裏には、尊大な羞恥心が隠れているものですよ、王)
「貴様らが何事かを目論んでいることは知っている。
だが、目的は一致しているはずだ」
「は、はい! こんな世界、滅んじゃったほうがいいですからね!」
にっこりと、ショールが言った。
「できれば、穏やかに滅びを迎えたかったですけれど!
そうさせてくれないローレットは嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い」
「貴様はヴェラムデリクトのところにいたほうが相性がよさそうだが、まぁいい」
ふん、とドゥマは笑う。
「我は、すでに七罪の権能のコピーを可能にした。
今、塔の周辺に展開している『不毀なる暗黒の海(エミュレート・ラ・レーテ)』は、不毀の軍勢に不死の力を与えるだろう。
同時に、『不毀なる分与(エミュレート・カロン)』は、我が権能を預け運用する力も持つ。
ルクレツィア、偶然にも同じ名を持つ貴様には『不毀なる増幅(エミュレート・ルクレツィア)』を与え、さらに『不毀なる暗黒の海』のコントロールを任せる。
ショール、貴様には『不毀なる廃滅(エミュレート・アルバニア)』を預ける。
使いこなすがよい」
「ありがたく――」
「ありがたく!」
首を垂れる、二体の魔種。ドゥマはどこか乾いた眼を、己の背後に向けた。
「……ようやく、ようやく……滅ぶぞ。この世界は」
●
決戦の時は来た――と、誰かが言う。
鉄帝より派遣された軍勢は、この時、すべての人々が願いと想いを一つにして、全剣王の塔の前に集っていたのだ。ほんの少し前まで、いくつもの派閥に分かれていた事も、今やはるか昔のことのように感じる。もはや、鉄帝は一つだ。
「ラド・バウ、軍属、それから腕に覚えのある民間人。全て」
メルティ・メーテリアが、『あなた』たちローレット・イレギュラーズへと告げる。
「一つになって……今まさに、あの塔を破壊するときです」
全剣王の塔にて、動きがあった――と報告があったのは、つい先日。まず、内部の構造が非常にシンプルになった。次いで、何らかの力の流れた、頂上――全剣王の間へと注がれていることが発覚し、やがて外から見てもわかるほどに、塔の頂上の間にて、何らかの時空のゆがみが発生していることが分かった。
その時空のゆがみから、無数の終焉獣、不毀の軍勢が現れ周囲に襲撃を開始したのである。
「加えて、報告によれば、ベアトリーチェ・ラ・レーテの『暗黒の海』にも似た結界が周囲に展開されているといわれています。
……全剣王は、七罪の権能すら操るのかもしれません」
メルティの言葉通り、さながら冠位の権能を彷彿とさせる力を、全剣王は運用していた。現に、あたりには暗黒の海に似た結界が展開されており、すでに衝突した鉄帝の闘士たちの話によれば、『不死とも思えるほどに死ににくく』なっているのだという。
さて、以上の状況を以て、鉄帝はこれ以上の時間をかけられぬと判断。全軍を挙げての塔攻略作戦を実行。周辺の敵を鉄帝軍が処理し、玉座にいる全剣王を、少数精鋭のローレット・イレギュラーズが仕留める――。
「行きましょう。
あの塔のアクティビティは面白かったですが、いい加減、不法占拠の遊園地にはご退去願いませんと」
メルティの言葉に、『あなた』はうなづいた。かくして、誰ともなく雄たけびを上げて、戦場へと突撃していく。あちこちで激しい戦いが繰り広げられる中、『あなた』たちは、一部の闘士たちとともに、塔へと突撃した――。
塔内部でも激しい戦いが繰り広げられていた。階下に視線を移せば、闘士たちが階下で敵を足止めしているのがわかる。
「さっさと行けよ! ここは俺たちが何とかする!」
闘士たちがそう言ってくれるのを、何度聞いただろう。虎の子は『あなた』たちであり、今『あなた』たちに仕事があるのだとしたら、消耗を最小限にして頂上へと向かうことだった。
果たして、何人もの仲間たちからの献身を受けて、『あなた』たちは塔の最上階へと到着した。そこには、巨大な黒い洞と、玉座にてこちらを睥睨する男、そして二人の女の姿が見えた。
「……来てしまいました」
うう、と女が言う。もう一人の女は、涼しい顔をして声を上げた。
「予定通り。排除いたしますね王よ」
「そうしろ」
男――ドゥマが言う。
「念のため言っておくが、貴様らが死ねば預けた権能は霧散する。
我の下賜を無駄にするなよ」
「ええ、かしこまりましてございます」
そういうと、女――ルクレツィア=エルフレームとショール=エルフレームは静かに『あなた』たちに相対した。
「申し訳ありませんが――容赦はありません。
ここで果ててもらいます」
「私たちの、穏やかな終わりのためにも……!」
ショールが意識を集中すると、すぐに周辺に、強烈な腐臭が巻き起こった。それは、廃滅の病にも似た、強烈な毒素の檻である。
「……アルバニアの権能か?! だが……!」
体をむしばむ痛みをこらえながら、『あなた』は思う。
これが、本当にアルバニアの権能だというのならば、ずいぶんと温いものだ、と。
これまで相対してきた、多くの原罪。その激闘。それに比べれば、ずいぶんと温い、と!
「やるぞ……! 偽りの王を、ここで引きずり落す!」
仲間の言葉に、皆はうなづいた。
果たして――王の間にて、血戦が始まる!
- <漆黒のAspire>七式の権能Lv:60以上、名声:鉄帝50以上完了
- GM名洗井落雲
- 種別EX
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2024年03月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●死線
「……フン。
本当に、よくも来たものだ」
男は――『全剣王を名乗る男』は、いささか忌々し気にそういった。
「階下の無能どもはさておいて、だ。
ロザリエイルとエトムートは何をしているのか。
奴らの功績を労わないつもりはないが、肝心な時に役に立たないのであればその評価も下がるというものであろうが」
ちっ、と顔をゆがませ、舌を打つ。
「ご安心ください、王よ」
ルクレツィア=エルフレームが恭しく頭を下げて見せた。
「王の手を煩わせるつもりはございません。
ここで私たちが、必ずや狼藉者の排除を」
「当然だ。そのために貴様らに権能を預けたのだ」
ドゥマがそういうのへ、ルクレツィアとショール=エルフレームがゆっくりと/わたわたと一礼をして見せた。
「……権能だって?」
『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)が、わずかに訝しむように声を上げて見せた。
「なるほどね。外の不毀の軍勢たちが、やたらと死ににくなっているのも……冠位の魔、ベアトリーチェの権能の再現ってことか……!」
「再現? もはや我は冠位どもの権能を己の内に収めた」
ドゥマが得意げに笑った。
「見よ――我は『全剣王』である!
すべてを収めし武の王! 最強の名は、我にこそふさわしい!」
(……イワカンがある)
『黒撃』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が、小声でそういった。違和感。全剣王を名乗る男から覚える、なにか奇妙な齟齬。
(あれは本当に、『全剣王』なのかな?)
そう、言った。つまり、本物のドゥマか、という話ではなく、本物の『おとぎ話の全剣王』であるのか、ということだ。
そもそも、おとぎ話の全剣王とは、『実在するかも怪しい存在』であるのだ。例えば、歴史的な資料が残っていたわけではないし、帝室にその存在が担保されているわけでもない。
ただ、強く、ただ、最強という、それは『鉄帝に生きる民の憧れ』に過ぎないのだ。
もちろん、目の前にいるドゥマは強い。規格外に。それだけは確かだ。でなければ、終焉勢力の顔の一つをはっていたりはしないだろう。
(それに……これはほんとに、権能の再現かい?)
マリアもうなづいて見せた。
(だというのならば、ずいぶんと『手加減をしてくれている』ことになるよ)
その言葉通りに――あまりにも『再現としては温い』。冠位の権能は、もっとおぞましく、もっと恐ろしいものだった。それこそ、相対するだけで充分に絶望する程度には。
だが、少なくとも、ベアトリーチェの権能を再現したと騙る、現在の疑似権能――これはイレギュラーズたちは知るよりもないことだが『不毀なる暗黒の海(エミュレート・ラ・レーテ)』と名付けれたそれは、なるほど、強烈なほどに味方を死ににくくしている。が、『不死』ではない。ベアトリーチェのそれには、遠く及ぶまい。
(ですが、いかに劣化とはいえ、彼の冠位の模倣をここまでの精度で再現しているのは充分に脅威です)
『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)が語る通りに、完全再現とはいかずとも、これだけの範囲に、これだけの術式を展開し、さながら地獄を再現して見せたその辣腕は充分に賞賛にあたると言えよう。
つまり――侮れる相手ではないのだ。その看板が、偽りの物だったと仮定しても。
(再現というのならば、おそらくこの『全剣王の塔』自体が、ルスト・シファーの神の国の再現なのでしょう。つまり、奴は今、同時に複数の疑似権能を操っていることになります)
(魔術師としては破格級だ)
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)がうなづく。
(無論、ファルカウだのの規格外はいるが。
それでも、奴の術式は人知のそれじゃあない。
全剣王かは不明だが、それを名乗っても問題のない実力はあるんだろうさ)
(ついでに、プライドもだろうね)
『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)がふむん、とうなづいた。
(ああいうのは、怒らせると面倒だぞ。しばらくは下手に出たほうがいい)
愛無が言う通り、おそらく現時点での最悪は、『ヘタを打って、ワームホール展開の儀式にリソースを注いでるドゥマを、早期に参戦させる』ことであろうか。その場合は、おそらくドゥマを何らかの形で怒らせたときであろう。となると、不本意ながら、『言葉は選んだほうがいい』。例えば、権能に関してのこれまでの感想は、黙っておいた方がいいだろうか。今のところは。
(上機嫌にさせておけ、か。
子供をあやしに来たわけではないのだとしても)
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)が内心で苦笑しつつ、しかしその作戦は充分に効果的であるといえるだろう。仮に敵が子供であったとしても、その子供が振るう力はあまりにも恐ろしいのだ。
(となると、相手を王として敬ってやるべきか?)
(少なくとも、頭は垂れてやる必要はあるんだろうぜ)
『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)がそういう。
(オトノサマ。こういう時って、臣下はどうするんだ?)
(それはもちろん、正座して平伏してもらうわけであるが)
『殿』一条 夢心地(p3p008344)がそう言いつつ、
(こちらを殺しに来たつもりの敵が、急にそんなことをしたら、麿もさすがに不審がるがの!)
(まぁ、そうだろうよ)
アルヴァが嘆息した。
(敵意は捨てつつ、敬意を見せつつ、か。
本当に、子供をあやしに来たかのようだ)
武蔵が嘆息するのへ、『魔法騎士』セララ(p3p000273)がうなづいた。
(むずかしいね。というか、そろそろこそこそ話も見逃してもらえないかも。
何か案がある人はいる? ボクはノーアイデア!)
(ふむ……なら、私が行くか)
こほん、と太磨羈が咳払い。
「『全剣王』よ。エルフレーム達との戦いを、御前試合として御主に捧げたい」
「御前試合だと?」
わずかに、ドゥマが不審げな表情を浮かべた。
「いかにも。
もしも、かの二名を討つ事が出来たのなら。その時は、全剣王に挑む権利を賜りたい。
鉄帝式の、最上級の敬意の払い方と存じている」
ゆっくりと、太磨羈は一礼をした。「フムン」と、ドゥマが唸る。この時、ドゥマの中では、様々な思惑が駆け巡っていたが、最終的に下した結論は、『ワームホールの展開に注力できるのならば、エルフレームどもがどうなろうがよい』というところである。つまり、この時、奇しくも『利害が一致した』わけである。
ドゥマからしてみれば、大目標は『イレギュラーズを殺すことではなく、ワームホールを展開すること』なのだ。言ってしまえば、『ワームホールさえ開いてしまえば、イレギュラーズが何をしようと世界は滅ぶ』。まぁ、すぐには滅ばないだろうが、壊滅的な打撃を世界に与えることができるわけで、それは目の前のイレギュラーズたちに拘泥するよりはずっと効率的だ。ドゥマは短絡的ではあるが、愚鈍ではない、とは言える。
翻ってイレギュラーズにしてみれば、最終的にドゥマは討伐するつもりでありこそすれ、ここで『三体の魔を同時に相手にする』ことは絶対に避けたかった。特に、ドゥマは二体の魔に比べてさらに規格外である。この三体を同時に相手にするならば、全滅は必至――かはイレギュラーズたちの戦法にもよるだろうが、少なくとも、非常に苦しい戦いを押し付けられることは確実であろう。
つまり、この時、どちらも『本音を言えば戦いたくない』のである。となれば、それにドゥマがのらない手はなかった。無論、これは太磨羈が殊更に『ドゥマのプライドをくすぐった』ところにもある。百戦錬磨の妖猫である。プライドの高い子供をあやす手などは心得ていた。
「聞いてのとおりだ。ルクレツィア。ショール。
存分に使命を果たせよ」
「は、はい!」
ぶん、と勢いよく、ショールが礼をして、ルクレツィアが一礼をして見せた。となれば、ドゥマは玉座に座り込んで、さっさと何かをぶつぶつと唱え始めた。おそらくワームホール展開と維持の術式であろう。
(ナイス、たまき!)
セララが内心でぱちぱちと拍手しながら、そういった。
(でも……時間制限付きだね。
早くあの二人をやっつけないと、ドゥマのワームホール展開を安定させてしまったようなものでもあるから)
セララの言うとおりであるが、これは苦肉の策というか、トレードオフといおうか。万全に有利を取ることなどはできないのならば、せめて少しでもアドバンテージを稼がなければならない。実力が拮抗した者同士での戦いは、わずかな有利が勝敗を決する。いわんや、実力がさらに開いた者同士であれば、多くの有利を重ねなければ、その刃が敵の肉体に届くことはないといえるだろう。
「さて、ここからはいいな?」
『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が、今度ははっきりと、言葉をあげた。眼前に立つ。二人の魔の。
どちらも同じ、エルフレームの姉妹。
「……ブランシュ……」
ショールが、いささかおどおどした様子で言った。
「あ、あの時は、よくも……!」
「覚えている。
殺し損ねたことを、後悔している」
ブランシュが、静かに目を細めた。ショールが驚いたような顔をする。
「イメチェンした?」
「目覚めたのさ、死神に」
ショールがびっくりした顔をして、ルクレツィアの顔を見た。ルクレツィアがかぶりを振った。
「あのくらいの年頃にはよくあることよ」
「……まぁ、そうだよね」
マリアが視線をそらしながら、思わず相槌を打った。
「さておき。
貴方が立ちふさがるのならば、あの時と変わらない。
殺すわ。今度こそ」
「やってみろ」
ブランシュが、ゆっくりと構えた。
「ショール、ルクレツィア。俺は博士の夢を叶える。
全ての魔種を滅ぼして、復讐を」
「まだあの狂人の妄執に付き合っているのね」
ルクレツィアがあきれたような声を上げた。
「貴方では、人は救えない。よくわかったわ」
「俺もまた人間だ。心を通わせる事の出来た人間だ。
だからこそ、俺は俺の意思で託された使命を全うする。
お前の様な管理された自由など真っ平ごめんだ。
俺は、あの人の遺志を継ぐ。
それが、あの人の妄執から生まれたものだとしても――。
俺は、魔種が、お前たちが、この世界に齎す悲しみを知っているから。
知っているか。近々俺のママが……今の時代にできた、大切な仲間が結婚式を挙げるだろうぜ。
そんなときにな、神父だのなんだのの役がルクレツィア、お前じゃあ締まらない。
俺がママに送る宝物は、世界平和って奴だ」
だからこそ――討つ。魔を。世界にあだなすものを。
「ムズカシイ話は苦手でね」
イグナートが構えた。
「始めようか。時間も余裕もない」
「では、『不毀なる廃滅(エミュレート・アルバニア)』を起動します……!」
ショールが念じるように目を閉じると、あたりに腐った海のようなにおいが漂った。
「廃滅の臭い……!」
愛無が言うのへ、仲間たちはうなづく。なるほど、確かにこれは、廃滅の――アルバニアの権能のそれに似ている。
「……だが、即座に腐るわけでもねぇ。
きっつい毒、くらいなもんだ。対策はできる」
アルヴァの言葉に、夢心地はうなづいた。
「放っておけば厄介とは言えよう。
だが、それまでよ。
麿には通じぬ! なぜなら、麿はHappy End 8の首領たるがゆえに!」
「……特殊部隊でしょうか」
ショールが言うのへ、ルクレツィアがかぶりを振った。
「あのくらいの年頃にはよくあることよ」
「そうかなぁ……」
セララが嘆息する。さておき。
「腐った海の臭いをこの武蔵の前に漂わせるとは。気に入らん」
武蔵が武人のごとく表情をみせた。
「さて、魔よ。二匹の魔よ。
御前試合というのならばそうしよう。
ここで滅ぼす。そして、我々は世界を救う」
「似たようなもの同士、ずいぶんと違えるものね」
ルクレツィアが笑った。
「いいわ。
深い愛に抱かれて、永遠の安らぎのまま、滅びを待ちなさい」
「来ますよ」
オリーブが言った。
「仕留めます……ここで!」
その言葉に、仲間たちはうなづいた。
そして――その、一瞬の緊張を合図に。
御前試合の、幕が上がった。
●エルフレーム
さて、イレギュラーズたちの目下の問題であるならば、なにを得て、何を捨てるか、というものがある。
この状況下で、なにを得るか。
三匹の魔の内、どれをまず仕留めるか。
何を捨てるか。
そのために捨てるべき安定とは何か。とるべきリスクとは何か。捨てるべき目標とは何か。
それは一瞬のうちに目まぐるしく変わる。攻防、とはそういうものである。頭を休めている時間も余裕もない。常に考え、検討し、実行に移し、フィードバックし、さらに実行する。
何度も何度も何度も何度もそれを繰り返す。両陣営が動き終わるのに、およそ十秒。十秒の『ターン』の応酬。攻める。守る。受ける。押す。目まぐるしく変わる攻守を、一瞬の判断と思考で理解し、行動(プレイング)に写し取る。
ゲームであれば、おそらくは最高に楽しいであろう時間。
しかし、ここにかかっているベットは、己の命と世界の破滅である。
現に――今この段階でいれば、ベアトリーチェの疑似権能、そしてアルバニアの疑似権能の存在がある。それは、ここにいるイレギュラーズのみならず、『周囲で戦っている闘士たち』にも影響を及ぼすものであった。
「毒は耐えられるだろう」
愛無が言った。
「これは、ザビアボロスの怨毒でもなければ、アルバニアの廃滅でもない。
どちらにも、及ばない――といっていいだろう。無論、死ぬほどきついが、死ぬほどではない」
という通り――例に挙げた者たちの致死の毒に比べれば、幾分か温い。死ぬほどきついだろうが、死ぬほどではない、とは、言い得て妙、か。
「となれば。闘士たちが速やかに戦闘を終わらせるという意味でも、ベアトリーチェの疑似権能をつぶすべきでしょうね」
即座に判断を下したオリーブが言う。階下の闘士たちにとって厄介なところは、なるほど、不死と見紛うほどの非致死性(EXF)の付与であり、そうなるならば、たとえ多少の毒素によるダメージがあっても、敵が死ぬ、ということのほうが士気の向上でも戦闘効率でもよい――ということになろうか。
「だが、ショールはあれでも『優秀な盾役』だ」
ブランシュが言った。
「はるか昔……相対した時も、奴の固さには随分と手を焼かされた。
それが衰えているとは思えん。寧ろ、本格的に魔に堕ちた以上、さらに向上しているとみていいだろう」
「つまり、盾役の仕事をさせなければいいわけだね!」
イグナートが言う。
「いつもの通りだ。気負うことじゃない。
いつも通りにやればいい。
オレたちなら、それでも通じるはずだ!」
自信であり、ある種事実でもあった。ここにドゥマが乱入していたならばまた事態は変わっただろうが、それはそれとして、今はまだ2体の――強力とはいえ――一般の魔種を相手にしている状態だ。ならば、まずはオーソドックスな戦い方で充分に相手ができるだろう。
「……けど、気を付けて。あの、ルクレツィアの方。妙だ」
マリアが言う。
「数合、打ち合ったけど……何か、おかしい。
ただの魔じゃあ、ないよ」
「ああ、気づいたようね?」
ルクレツィアが笑う。
「私は、全剣王から権能を下賜されています。
一つは、『不毀なる暗黒の海(エミュレート・ラ・レーテ)』。
もう一つは、『不毀なる増幅(エミュレート・ルクレツィア)』」
「冠位の魔、ルクレツィアの増幅権能か!」
マリアが苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「それを、自分に使ったんだね……!
なるほど、本人に及ばないとしても、強烈な超強化術式(アッパーバフ)だ!」
「つまり……雑に言えば、『めちゃくちゃつよくなっている』か!」
あえて平易に、太磨羈は言って見せた。
「しかし、つくづく……小器用な男だな、全剣王は!
術式の構築、再現、実装……そこに才があることは事実だ……!」
なるほど、ドゥマの実力のほどはさておいて、彼が『器用』であることは事実だろう。系統の違う術式(いや、実際にはそれを超えたものであるが)である冠位の権能を、それぞれしっかりと模倣している。これは手放しで賞賛に値する実力といえた。
「……奴からは七式の魔の波動を感じた。
おそらくは、多重反転……すべての属性で一度反転しているとみてもいいだろうな……」
「厄介ではあるが……なるほど、それが力の源か……!」
武蔵が身構える。なるほど、超常の化け物。全ての罪のコンプリート。それが彼の自信と実力の裏打ちなのだろう。
「力に対して貪欲、か。
そこは嫌いじゃないが……」
アルヴァが言う。
「いや、今は、だ。
状況からして、ルクレツィアの打倒に全力を尽くしたほうがいいな」
「させませんよ!」
ショールが身構える。イレギュラーズたちの渾身の一撃を、ショールはその巨大な腕で受け止めた。
「ちっ……! ブランシュの言う通りか! 硬ぇ!」
舌打ち一つ、アルヴァが言う。
「厄介じゃな! さて、改めて、作戦通りに仕留めるぞ!」
夢心地が言うのへ、仲間たちはうなづいた。この時、最速で動いたのはブランシュ――。
「いいえ、ブランシュ。
もう、貴方では私に追いつけない」
否、ルクレツィアだ! 爆発的に増幅した能力は、ただ腕を振るうだけで恐るべき破壊兵器を生み出すほどのそれだ!
たんっ、と踏み込んだ刹那、暴風のごとき衝撃がイレギュラーズたちの体をたたく! それが、彼女が刃を振るった、それ故に生まれた衝撃波だと気づいたときには――天地がひっくり返るような錯覚を覚えた。いや、おそらく『吹っ飛ばされた』のだ――。
「ち、いっ!」
だが、激痛を受けながらもオリーブはその体勢を回転させる要領で整えて見せた。周りの仲間たちも、思い思いの方法で再び大地に足をつけているのがわかる。
「長期戦には耐えられません!
ルクレツィアを一気に仕留めます! ショールを!」
「任せて! アイナ、ショールを封じ込める!」
「承知だ」
一気に踏み込む、イグナート、そして愛無! 迫る二人の武人に、ショールは、む、と表情を固めてみせる!
「うう、いじめないでください……!」
ぐわり、とその体から強烈な毒気が吹きおこる。それは、廃滅を謳う疑似権能の毒。
「……! そっちもオテノモノか!」
イグナートが、体の皮膚を焼かんの毒素に耐えながらも走る。
「死ぬほどつらいけど、死ぬほどじゃない!」
雄たけびとともに、イグナートはショールに殴りかかった。増幅はされていないとはいえ、魔である。イグナート一人では、抑えきれないかもしれない――否、一人ではなかった。
「大変だな、君も。
臆病な羞恥心。尊大ななんとやら。
かくて虎になったか、あれは」
愛無が言うのへ、少しだけマリアが苦笑する。
「名作文学だけど、虎の扱いはすこし、ね!」
さて、此方は勇敢にして勇者なる虎だ! 飛行戦闘を仕掛けるマリアは、ルクレツィアへとその手を振るう。虚空の嵐がルクレツィアを狙うのへ、しかしルクレツィアはそれを察していたかの如く回避して見せた。
「……っ! 噂通りの高い回避能力だね!」
「いいえ、これは未来を読んでいる。
私には、未来がわかる――ゆえに、世界は滅ぶ」
「傲慢だ、ルクレツィア」
ブランシュが言った。
「その未来予知システムは、混沌世界では再現できなかった。精々高度に戦局を予測し、その回避行動に役立てるのみだ。
あくまで、計算された予測に過ぎないし、未来を予知することなどは不可能だ!」
「いいえ……私はみた。見たのです――破滅の未来を!」
「そんなのは、妄想だよ!」
セララがとびかかる! 強烈な斬撃を、しかしルクレツィアはブレードで受け止めて見せた!
「そんな未来予知は成立しない!
ボクが――ボクたちがいるからね!
世界は滅ぼさせない! 絶対にッ!」
「いいえ――破滅は絶対。必然。ならば、私の愛をもって、静寂と安寧の内に管理されるのが、『人の希望』……!」
「それが、君の目的なんだね……!」
ルクレツィアのふるう刃を、セララは刃を持って受け止めた。そのまま、吹き飛ばされる。強烈な一撃は、ガードをしてなおその衝撃を体に叩き込む。
「小細工はない! Happy End 8の首領たるこの夢心地が、Bad Endを否定する!」
夢心地が、手にした刃を、一気に閃かせる――一閃!
「き、えええええええいっ!!」
雄たけびとともに振るわれるそれを、ルクレツィアが受け止める。
一閃。
一合。
二撃。
惨烈。
ふるわれるそれを、ふるわれるそれが、受け止める。
合!
合!
合!
「はやい……ッ!」
さしもの夢心地も、ここにきてマジな顔をせざるを得なかった。ルクレツィアの動きはすでに尋常ではない。仮に増幅の権能が偽りのそれであったとしても、強烈なバフに違いはないのだ!
「なら、こっちも援護に回るッ!」
アルヴァが叫んだ。
「出し惜しみはナシだ!
ここで『全力で叩き潰す』!」
アルヴァが叫ぶのへ、仲間たちはうなづいた。アルヴァの言葉が魔力を帯び、戦力適性の特殊支援の魔術に変わる。放たれたそれを背に受けながら、太磨羈はうなづいた。
「ああ。全力だ。
『後があると思うな』よ、皆!」
太磨羈の言葉に、誰もがうなづいた。
皆、この時、本能的に理解していたのかもしれない。
『後』などは、ないということを。
「この一戦にあり、か……!」
武蔵が思わずつぶやいた。持ち込んだ旗は、不退転の勝利の旗。
これを振るわねばならぬ。これを通さねばならぬ。
本命には届かぬのかもしれぬ。その、この戦いで。
「負け戦になるかもしれない……としても!
ただ敗走するだけだと思うな……我々が……!」
諦観ではない。現実の直視。
そして、その中で最大限の戦果を挙げようという、漸進的対応。
奪い取る。結果を。せめて、ルクレツィア、貴様の首だけは!
「ここで奪る」
武蔵の言葉に、仲間たちはうなづく。すでに、ああ、すでにその体のあちこちに傷跡が走っていようとも。
「振るえ、奮え、揮え!
全艦、突撃!」
不退転の旗が振るわれる。
不退転の戦いが再開される。
●得たもの、得られなかったもの
「セララ――」
ふるわれる――刃。セララの渾身の一撃。
「ブレイクッ!!」
それが、ルクレツィアをとらえたのは、果たして何合目の打ち合いの時か――。
幾度にも蓄積された一撃。幾度となく放たれた一打。無数の『当たらなかった一撃』が、やがて布石となって、渾身の一打を通す。
敵は、非常に高い回避能力を持っている。
だからなんだ。
攻撃を避ける。
だったらなんだ。
「避けてもどうしようもないところに持ち込めばいいんでしょッ!!」
獰猛に――この時、まさに戦士のごとくセララは戦笑(わら)った。
セララは勇者である。魔法少女である。
でも、それ以上に――。
「鉄帝を救う。世界を救う。その想いが魔法騎士のボクに力をくれる。
だけど、魔法騎士では無いただのセララに力をくれる想いもあるんだ。
それは強敵と戦いたいってこと!
強い人と戦っている時のドキドキとワクワク!
戦っている時に強くなるって実感する事。どれも素敵だよねッ!!
ルクレツィア! 君はどう!?」
彼女もまた、戦士であるのだ。
「獰猛な……!」
体を傷つけた一撃、その痛みに耐えながら、ルクレツィアは後方へと退いた。
退いた、のである。
よければよい。当たらなければよい。実際にその様にふるまっていた女が。
退いた――。
「圧せ!」
太磨羈が叫んだ。
「圧せ、押せ、圧し続けよ!
でなければ、我らに勝機はないッ!」
肺を引き絞るような叫び。
「キエエエエエイ、ッ!!」
雄たけびとともに、夢心地が突撃した。上段から振るわれる、一撃。それが、ルクレツィアの片目を切り裂いた。
「そなた、要らないものを見すぎじゃ。
すこし、見えないくらいがちょうどよかろう」
にぃ、と。
夢心地が笑う。
ルクレツィアが無言で振り払った斬撃が、夢心地の腹を薙いだ。そのまま、意識を、刈り取られる。
「ユメゴコチ!」
イグナートが叫ぶ。だが、ショールを『抑え続けなければ』、ここでショールを止め続けなければ、おそらく戦場はこのターンで瓦解する。抑え続けなければならない。イグナートと、愛無。この二人で。止めなければならない。ここで。ここで。仲間たちが傷つき、倒れていくのを。自分もまた、傷つき、意識を失い、可能性の箱をこじ開けて立ち続けることを。
耐えて。
耐えて耐えて耐えて。
耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて!
立ち続けなければならないッ!
「アイナ!」
「あ、ああっ!」
うなづきとともに振るう『牙』が、ショールを穿つ。ショールはいまだ健在――ダメージの蓄積もさほどではない。
「参ったものだ。キミは固いな。歯ごたえがある」
「はわわ、たべないでくださいよ……!?」
どこかのんびりしたようにも見えるショールのそれに、愛無は苦笑した。存外。こういうやつのほうがよっぽど厄介なのかもしれぬ。
いずれにしても、戦いをルクレツィア組に戻そうか。とにかく、少しでも、少しでも、ダメージを与えることしかできない。
ルクレツィアが切り裂いたブレード、その衝撃波をまともに受け止めながら、マリアは獰猛に笑って見せた。
「はは、はははっ!
なるほど、君らの権能は強力だろうさ! だけど、オリジナルはこんなものじゃなかったぞ!!
君達の権能の源はなんだい!? 無尽蔵なのかな!? それとも体内の魔力を使っているのかな!?
君らの動力源を空にして試してみようかッ!!」
ネコ科動物のごとき笑み。獲物を前にした狩人の笑み。
その額からしとどに血が流れようとも。虎は潰えぬ。その身、天性の狩人なれば。
「まだまだ、まだまだまだまだだ!
私が戦った強敵たちは、私を10回は殺してもまだ余力を残しているくらいに強かったぞ!
それくらいに! そんな奴らと、私たちは戦ってきたんだ!
折れない! 折れたりするものか!
私は君とは違う――絶望の未来を見てしまったんだってね!
私ならはねのける! そんな未来は、違うってね!」
ふるう、虚の一閃。その撃が、ルクレツィアを薙いだ。かちん、と、なにかがなったような気がした。例えるならば、チャンバーが空になった銃を打った時の音。
残段数ゼロ。
ルクレツィアの動きが、鈍ったのが見えた。
「は――やっぱり。
無尽蔵のそれじゃないみたいだね?」
視た。
獰猛なる虎の笑み。
見つけた。
見つけたぞ。
貴様の喉笛を!
これから噛み千切る。
これより狩りを遂行する。
我らが。
我らが!
「――――!」
この時――ルクレツィアはわずかに、息をのんだ。
狂った脳髄がたたき出す計算。
未来予測という名の偽りの希望。
それが――。
叩きだしたものは、己が破滅。
「何が見えた」
ブランシュが言った。
「いってみろよ、ルクレツィア。
破滅は逃れられない。
だというのならば、お前がやるべきことは、ひざまずいて喉元を差し出すことだ。
死神に、そうすることだ」
ブランシュが、その眼を獣のごとく光らせた。
追い詰められた獣のそれ。
飢えた獣のそれ。
「お前は――最初からあきらめていたんだ。
お前の夢は諦観のもとにあった。
統括機体。だめじゃあないか。お前が最初にあきらめちゃア。
だから――負けたんだぞ」
ぎい、と。
死神が笑う。
「だまりなさい」
ルクレツィアが、あえぐように言った。
「黙れ!」
ふるう――ブレード。その斬撃。衝撃。放たれるそれが、仲間たちの意識を刈り取ろうとした刹那。
「振るえ」
それは、叫ぶ。
「揮え、奮え!
立て、立て、進め! 進め!
この旗のもとに!」
それは、おのが生命をキーとして発動する切り札。
世界の興廃この一戦にあり、と謳う旗。
武蔵が振るう。不退転の旗。それが、武蔵の意識とともに、光となって消える。消えた生命が。わずかに、ほんのわずかでも、仲間たちに振り分けられる。
受ける。
受け継ぐ。
ほんの僅か。
踏み出す一歩――!
「オリーブッ!」
アルヴァが叫んだ。
「これでカンバンだッ! 確実に仕留めろ!」
アルヴァの、支援術式が、体に満ちるのを感じる。
オリーブが踏み出した。
刃を、その手に。
全力の一斬!
斜めに振るわれたそれが、ルクレツィアの体を薙いだ。
ばぢ、と音を立てて、その内部機構があらわになる。
「――――」
ルクレツィアは、何も言わない。
そうだ。
未来が見える、という迷妄にとらわれ。
あきらめてきたのは、彼女だ。
最初からあきらめていたのだ。
ならば――。
今この瞬間にも。
立ち上がろうとする心を持ち合わせてはいない。
彼女の狂気は、諦観から始まったのならば。
彼女の道が、諦観から始まったのならば。
終わりもまた、そうでなければならない――。
ぐしゃり、と。
それが倒れ伏した。
「あ、ああ……!」
ショールが、怒りの表情を向ける。
「いいな。その様な表情のほうが、君はいいだろう」
愛無が、ぼろぼろの体を引きづりながら、そう言って見せた。
「あなた……邪魔ばっかりして! 邪魔! 邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!!!」
強烈な一撃が、愛無を殴り飛ばす。意識が吹っ飛ぶを感じながら、イグナートがそれを受けとめた。
「時間だ、愚か者どもめ」
ドゥマがあざけるように、そういった。
「我を戦線から遠ざけるのは良い。
だが、それにしてはそいつらを片付けるのが遅かったようだな。
そこの。やはり、鉄騎種か。その頑健なる肉体、評価に値しよう。
下らん人間種などとは違う」
「……どういうことですか」
指さされたオリーブが言うのへ、ドゥマは笑った。
「人間種などは、この混沌世界の最下層だ。
多種族のような力も、特殊な能力もない。
ただ生きているだけの雑魚のようなもの。
……我もそうであったからな。だが、我は違う。人の身を捨て、今やすべてを統べる王となった」
「全剣王」
太磨羈が、酷薄に笑った。
「そうか。そうであったか。
いや、得心が言った。
御主――小物だな?」
にぃ、と。
それが笑う。
「己の弱さを、人間種、という変えられぬ天命の言い訳にしただけだ。
……私にも友がいる。貴様の言う。最下層である人間種でありながら、おそらくはローレットでも最強クラスの友が。
そのものの前に、貴様が果たして堂々と顔を見せられるものかな。見ものだよ」
ぎり、と、ドゥマが奥歯をかみしめた。その余裕の表情が、解りやすく怒りにゆがむ。
「負け惜しみを。貴様らは、負けたのだ」
「かもな」
アルヴァが笑った。
「だが、俺たちはあきらめない。
お前とは違う。
お前は、あきらめたんだな。人のまま強くなることを。
努力してたんだろうさ。そこは認める。
ああ、多分、テメェと俺は似ている。プライドの高さも、勝利への貪欲さも。
でもな、ドゥマ。どの種族も、生まれながらにして等しく無力だ。
テメェがそうしたように、努力を重ねて勝ちに行くんだ。
それも忘れちまったお前は、ただの虚像の王に過ぎない。
全剣王――?
烏滸がましいぜ、その称号はな」
「貴様……!」
ドゥマが、その表情に、隠さぬ怒りを見せる。だが、それもまた、イレギュラーズたちの最後の抵抗に間違いなかった。
「マリア!」
「準備よし!
撤退しよう!」
マリアが叫び、虚ろの嵐を振るった。
あてるつもりはない。
目くらましである。
「みんな回収したよ! 撤退撤退!」
セララが叫ぶのが聞こえる。同時に、イレギュラーズたちは退避行動をとった。
「くやしいけど、ベアトリーチェのギジケンノウはつぶした! 一つ、有利はとった!」
イグナートの言う通り。ここで厄介なのは、敵に強烈なバフを与える、ベアトリーチェの疑似権能だ。それを一つつぶしたことは、確かに大きい。
果たして、イレギュラーズたちは瞬く間に撤退を成功させた。その様を見届けたドゥマは、実に不機嫌そうに玉座に座りなおした。
「……ふざけおって!
我が……我を……侮辱しおったな!」
いらだつように叫ぶドゥマに、勝者の栄光はなかった。
果たして、誰が勝ったのか。
そのことは解らぬまま――。
されど、ワームホールは不気味に、鉄帝を照らし続けている。
成否
失敗
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
ドゥマ、およびショールは健在ですが、ルクレツィアを討伐できたことは充分な戦果でしょう。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
進撃を止めます。
●成功条件
全剣王を撃破or撃退し、ワームホールの発生を食い止める。
オプション――ルクレツィア=エルフレーム、およびショール=エルフレームを撃破し、疑似権能『不毀なる暗黒の海(エミュレート・ラ・レーテ)』『不毀なる増幅(エミュレート・ルクレツィア)』『不毀なる廃滅(エミュレート・アルバニア)』を消滅させる。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●状況
全剣王の塔に変異が生じました。
まず、塔内部は非常に単純な構造に変化し、代わりに塔周辺に『不毀なる暗黒の海(エミュレート・ラ・レーテ)』による不毀の軍勢への不死化(に限りなく近い強烈なEXF上昇)のバフ結界が展開され、また、塔頂上にはワームホールが開き、そこから不毀の軍勢と終焉獣が大量に発生しています。このままでは、大量の軍勢が鉄帝内部になだれ込む可能性があります。
そのため、鉄帝は首都防衛の最低限を残した全軍を上げての、塔攻略を実行しました。大量の兵士で『あなた』たちローレット・イレギュラーズのための道を作り上げ、塔最上部の全剣王を、『あなた』たちの手で撃破するプランです。
はたして塔の最上部に到達したあなたたちの前に現れたのは、全剣王ドゥマ、そしてショール=エルフレームとルクレツィア=エルフレーム、三人の魔でした。
ルクレツィアは、ドゥマから下賜された権能『不毀なる暗黒の海(エミュレート・ラ・レーテ)』『不毀なる増幅(エミュレート・ルクレツィア)』を維持し、ショールは『不毀なる廃滅(エミュレート・アルバニア)』を展開し、廃滅にも似た重毒を、塔周辺にばらまき始めます。
全剣王ももちろんですが、ルクレツィアとショールを倒さなければ、周囲で戦う闘士たちに甚大な被害が発生しかねず、今後の戦いでこの二体のコピー権能を運用され続ける危険性があります。すべてを倒しきることは難しいかもしれません。
作戦エリアは、全剣王の間。
特に戦闘ペナルティなどは発生しません。戦いに注力してください。
●エネミーデータ
全剣王ドゥマ ×1
おとぎ話の王、全剣王を名乗る人物。BadEnd8の一人であり、強力な魔です。
非常に強力な前衛アタッカー。皆さん10人を相手にして、なお余裕を見せるほどの強力な相手です。
倒すのであれば、すべてを捨てて全力でかかる必要があります。
【エルフレームTypeTiamat】ルクレツィア=エルフレーム=リアルト ×1
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)さんの関係者。今回はコピー権能『不毀なる暗黒の海(エミュレート・ラ・レーテ)』『不毀なる増幅(エミュレート・ルクレツィア)』の維持母体になっています。
増幅を自分自身に使っており、半端な魔種とは比べ物にならぬ戦闘能力を誇ります。遠近両対応のバランス型であるほか、本来の世界であれば短期的な未来予知が可能なシステムを搭載しており、混沌肯定によりその機能は死んではいますが、戦局を常に解析することで、先読みしているかのような非常に高い命中力と回避力を誇ります。
命中と回避特化である、ともいえるため、このあたりを鈍化させることができれば勝機は見えるはずです。
また、彼女を倒すことで『不毀なる暗黒の海(エミュレート・ラ・レーテ)』『不毀なる増幅(エミュレート・ルクレツィア)』の効果が消滅します。外で戦っている、鉄帝兵士たちへの援護にもなるでしょう。
【エルフレームTypeTitan】ショール=エルフレーム=リアルト ×1
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)さんの関係者。今回はコピー権能『不毀なる廃滅(エミュレート・アルバニア)』の維持母体になっています。
高いHPを誇る、非常に場持ちのいいディフェンダータイプ。守って耐えて、背水の力で反撃してきます。
また、彼女が存在する限り、毎ターンの初めに、すべてのプレイヤーキャラクターに『毒系列』のBSを強制的に付与してきます。コピー権能『不毀なる廃滅』の効果にあたります。
彼女を倒すことで、コピー権能『不毀なる廃滅(エミュレート・アルバニア)』の効果は消滅します。外で戦っている、鉄帝兵士たちへの援護にもなるでしょう。
●味方NPC
メルティ・メーテリア
ラド・バウの闘士。皆さんには劣るかと思いますが、それでも匹敵するくらいの戦闘能力はあるはずです。
いわゆるCT型で、クリティカルを用いて当てて避けるタイプです。手数が一つ増えた、くらいの感覚でいて呉れて構いません。指示があればその通りに動きますし、そうでなければ邪魔にならないように頑張ります。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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