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シナリオ詳細

<崩落のザックーム>崩落と享楽の円舞曲

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●王はぼやく
「――気に入らんな」
 ふん、と男――全剣王ドゥマは鼻を鳴らした。
 全剣王の塔は、王のための玉座である。
 足元では鉄帝の闘士どもがぎゃあぎゃあと暴れているが、王の不興を買ったのは彼らではない。
 南部砂漠コンシレラ。そこに鎮座する、ベヒーモスともアバドーンとも謳われる、巨大なる終焉獣。ローレットの一部などは「でっかくん」とも呼んでいるそれに対してである。
「せっかくたたき起こしてやったというのに、どうにも動き出さん。
 背部からわけのわからんものを吐き出しているのは愉快だが、それだけではな。
 もっと派手に動けばいいのだ」
 でっかくんが明確な動きを見せないことは、ローレットに対しては僥倖であったが、全剣王にとっては面白くはない。もっと派手に、最強に、暴れまわると思っていたのだ。彼からしてみれば、どうにも地味だということなのだろう。
 無論、人類からしてみれば、地味だね、等といっている余裕はない。終焉の監視者クォ・ヴァディスや覇竜観測所は日夜対応に追われ、まさに攻撃を仕掛けるべきかと肝を冷やしているところではある。
「……ファルカウめも、この状況が気に入らんようだな。
 奴ももっとストレートにしゃべればよいのに。頭が痛くなるわ」
 つい先ほどの会談の内容を思い出す。つまるところ、ファルカウも現状は面白くないわけであり、ベヒーモスを排除しようとする砂漠の民への攻撃を仕掛ける、ということだった。となれば、全剣王もその策に乗らない理由はなく、不毀の軍勢の派遣や、魔女の呪式を埋め込んだ『新型』も貸し出しているわけだが――。
「今少し。面白くはないな。
 どれ、我ら直々にちょっかいをかけてみるか。
 確か――ベヒーモスの付近にオアシス都市が残っていたな。
 今はベヒーモスの最前線監視地点になっているようだが――そこをつぶすか」
 ふん、と鼻を鳴らしながら、全剣王はその指先で術式を編み上げる。それを解き放つや、目の前に一人の少年、そして一人の少女がその姿を現せた。
「ドゥマ、おいしいものが見つかった?」
 少年が声を上げる。
「ドゥマ、楽しいものが見つかったのぉ?」
 少女が声を上げる。ドゥマは片手を上げて、それを制した。
「まぁ、待て。貴様らが初手で我を呼び捨てにしたことは、貴様らの強さに免じて不問にしてやろう」
 そう言ってから、
「オアシス都市に、クォ・ヴァディスどもが集まっている。どうにも、我らの『玩具』を壊したいらしい。
 そこで貴様らの仕事だ。好きに遊んでくるがよい。貴様らの望み通りにな」
「いっぱいいっぱい、『おいしい』を作ってきていいのかな?」
「貴様の好きにするがいい」
「いっぱいいっぱい、楽しんできていいのぉ? 友達を作ってもいいのぉ?」
「貴様の友になれるもの好きがいるかは知らんが、好きにするがよい」
 楽し気に、二人は笑った。
「ティリ。そしてエヴリーヌ」
 そう、少年をティリと、少女をエヴリーヌと呼んだ。
「貴様らは不毀の軍勢に属してはいるが、貴様らの強さを認めたが故のそれだ。
 つまり、貴様らは好きにせよ。そのうえで、ちょうどいい舞台は我が設定してやる、ということだ。
 そして、その舞台は今だ。ファルカウの呪式を埋め込んだ騎士どもも貸してやろう」
「えへへ、じゃあ、いっぱい『おいしい』を楽しんでくる!」
「いっぱい、『楽しい』を作ってくるわねぇ?」
 かわいらしく。あるいは甘ったるく。二人は笑いあうと、すぐに姿を消した。全剣王は酷薄に笑った。
「まぁ、適切な場所に適切な部下を配置するのも、王の仕事よな」
 自分の采配に満足げにうなづくと、王はその玉座に深く腰を掛けた。

 コンシレラに存在するオアシス都市、ジュヌ・レーヴ。それは、ベヒーモス出現地点の最も近くに存在した都市である。無論、それ以上に近い場所にも都市はあったが、ベヒーモス出現に際して消滅したため、現状最も近い場所、となってしまったわけだ。
 ジュヌ・レーヴの住民たちは、すでに速やかに避難している。では、現状この都市に誰がいるのかといえば、ラサの傭兵たちや、終焉の監視者や覇竜観測所のメンバーたちである。
「……今日も、ベヒーモスは動かないか」
 と、監視者の一人が言う。周囲には多くの人々がせわしなく走り回っている。ベヒーモス観測の最前線ともいえるこの場所は、喜ばしくない意味で、多くの人でにぎわっているわけだ。
「……喜ばしい、というべきですかね。まぁ、背部から『ちっさくん』は飛び回っているようですが」
 背部から飛び出す『子機』のような生命体は、どうやら各地のパンドラ蒐集器を狙っているらしい。それを止めることはできないが、しかしこの地から各地へ報告を飛ばすことはできる。
「近く、ベヒーモスへの干渉も考えられているらしいですね。
 対処ができればいいのですが……」
「あの巨体だ。ローレットは、R.O.Oとかいうやつで対処したことがあるらしいが、それでも相当の損害を負ったらしい……」
 R.O.Oで遭遇したかの怪物とは、ゲーム内で幾度も死亡する、という反則技を用いてようやく対応できた相手だ。現実でその手は使えない以上、より慎重な対応が求められることも事実。
「願わくば、しばらく動かないでいてくれよ……」
 そうつぶやいた刹那。
「でも、それだと『おいしい』じゃないよ」
「でも、それだと『たのしい』じゃないのぉ」
 同時に。
 子供のような声が響いた。監視者たちが振り向くと、そこには複数の『騎士』を侍らせた、少年と少女の姿があった。
「いっぱいいっぱい、『おいしい』を、作るんだ」
「いっぱいいっぱい、『たのし』みましょうよぉ」
 うっすらと笑う二人が、一歩を踏み出した瞬間、騎士たちはその身の内から毒香を放ち始めた――。

 ジュヌ・レーヴ襲撃される――その知らせがもたらされたと同時に、『あなた』たちローレット・イレギュラーズは即座に派遣された。
 ジュヌ・レーヴは、ベヒーモス研究と監視の最前線である。そこが襲撃されたとあれば、それは間違いなく、Bad End 8の仕業であるのだ。
「これは……!」
 仲間の一人がそういうのへ、『あなた』も思わず顔をしかめたかもしれない。
 あたりには、無数の死体が転がっていて、そのどれもが苦痛の表情を浮かべていた。
 それ以上に、『あなた』たちの鼻をついたのは、濃密な滅びの気配だった。すさまじい勢いで、滅びのアークが生じている。あるいは、飛散している。その悍ましさを肌で感じながら、『あなた』たちはジュヌ・レーヴの街を走る――。
 さん、と。
 剣が走る音がした。『あなた』たちが立ち止まると、今まさに、監視者の一人が、『騎士』然とした敵に、その首をはねられているところであった。
「あれ、意外と早かったね」
 そう、少年が声を上げる。あどけない表情を浮かべる彼は、ぺろり、と舌なめずりをして見せた。
「もっと『おいしい』を感じたかったのだけれど」
「まぁ。もっと『たのしく』なりたかったのにぃ」
 あまったるく言葉を上げる、少女の姿も見えた。
「魔種、か」
 仲間がそういうのへ、二人はうなづいた。
「うん。僕はティリ」
「あたしはぁ、エヴリーヌ」
 ちゃき、と、配下の騎士たちが、次々と剣を構える。
「ローレットの皆さんですか……!?」
 近くに隠れていた、監視者の一人が声を上げる。
「な、何人かは周囲に隠れていますが、大半が彼らに殺されました……!
 あの騎士は、どうも滅びのアークをばらまいているようです!
 ほかの地域でも、似たような敵が襲撃を仕掛けているとの報告が……!」
「よかった! まだ『おいしい』が残ってた!」
 ティリが満面の笑みを浮かべる。
「おいしい?」
「うん! 僕は味がわからないけど、『おいしい』、っていう気持ちはわかるんだ!
 誰かが泣いたり、苦しんだり、望みを絶たれたりするとき、僕はすごく、『おいしい』っていう気持ちになるんだよ。
 だから、僕はもっともっと、『おいしい』ってかんじたい!」
「あたしはぁ、『たのしい』を感じたいのぉ」
 あまったるく、エヴリーヌが笑う。
「誰かが泣いたり、苦しんだり、望みを絶たれたりするとき、すっごく『たのしい』んだぁ。
 だからあたしは、もっと『たのしく』なりたいのぉ♪
 それから、お友達も欲しいなぁ。一緒に『たのしく』なれる、お友達♪」
「……相容れないタイプだ」
 仲間がそういうのへ、あなたもうなづいた。
「魔種は最悪、追い返すだけでいい。
 あの騎士どもを、全滅させるぞ」
 仲間の言葉通りだろう。魔種を倒すことは難しいかもしれないが、少なくとも、濃密な魔の気配をばらまく騎士たちは、ここで確実に滅ぼして置かなかなければならない。
 『あなた』意を決して、武器を取った。そして、恐るべき怪物たちへ、立ち向かう――!

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 少々EX・ハード(困難)な状況となっています。

●成功条件
 すべての『滅石花の騎士』の撃破。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●状況
 ベヒーモス監視の最前線、ジュヌ・レーヴが、魔の軍勢によって襲撃されました。
 首魁は、魔種、ティリとエヴリーヌ。二人は『滅石花の騎士』を率いて、ジュヌ・レーヴに駐屯していた監視者や傭兵たちを惨殺しています。
 もし、この地を敵に奪われた場合、ベヒーモス監視の地が失われ、その対応に遅れが出る可能性があります。
 ここでそれを防衛する必要があるのです。
 作戦エリアは、ジュヌ・レーヴ広場。
 特に戦闘ペナルティなどは発生しません。戦闘に注力してください。

●エネミーデータ
 『導滅の悪狐』、ティリ ×1
  ニル(p3p009185)さんの関係者で、魔種です。
  ニルさんと同じく『おいしい』という気持ちを追い求める少年ですが、彼にとっての『おいしい』とは、誰かの苦痛や絶望、悲しみであり、決して相容れる存在ではないのです。
  狐火を利用した、苛烈な炎の魔術による近接戦闘を行います。また、ある程度のダメージを与えるか、下記の『滅石花の騎士』が全滅することで撤退します。

 『夜闇の真影』、エヴリーヌ ×1
  セララ(p3p000273)さんの関係者で、魔種です。
  もともと精霊種で、無邪気に『たのしい』を求める性分でしたが、反転したために、その『楽しい』は他者へ加虐したり、あるいは苦痛や絶望、悲しむ姿を見ることに変貌しています。相容れる存在ではありません。
  付近の精霊を利用した、精霊魔術を運用します。様々なBSを付与し、こちらを苦しめる術師タイプになるでしょう。
  また、ある程度のダメージを与えるか、下記の『滅石花の騎士』が全滅することで撤退します。

 滅石花の騎士 ×15
  「ほうせきのきし」と読みます。ファルカウの呪式から生まれた破滅の植物である『滅石花』をコアに、全剣王が作りだした強力な『不毀の軍勢』です。
  見た目は、フルプレートの騎士然とした装備をしています。高い防御能力と、攻撃能力を併せ持つヘビー・ファイターです。
  無名の騎士ではありますが、しかし実質的には、このシナリオで対処すべきメイン・エネミーたちです。
  魔種二人を押さえつつ、騎士たちを全滅させる必要があるため、決して油断しないようにしてください。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <崩落のザックーム>崩落と享楽の円舞曲完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年02月24日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
アルム・カンフローレル(p3p007874)
昴星
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

リプレイ

●惨劇の街で
 ころり、と誰かの首が転がっているのを視界の端にとらえる。
 思わず目をそらしそうになり。でもそうしてはいけないのだと。『天義の聖女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はこの時、まっすぐに前を見据えた。
「……ゆるせない!」
 きり、と前を見るは天義の聖女。異なるこの地においても、その聖心は決して砂埃に汚されることはあるまい。
「人殺しを楽しむような魔種を、野放しになんてできないし……。
 なにより、この濃密な滅びの気配は……!」
 スティアが言う様に、あたりには強烈なほどの『滅び』の気配が漂っている。それが、眼前にうっそりとひかえる、10を超える甲冑騎士たちから放たれていることに、ほかならぬ聖女であるスティアは敏感に気づいていた。
「……発生源……キャリア……?
 なんにしても、あなたたちの『本命』は、その騎士たちだね?」
「んー」
 と、甘ったるい気配を伴う少女魔種が声を上げる。からころと、かわいらしく、しかしねばつくような笑顔は、魔にあるが故の『魅力』か。とらえられては離れられぬ、それは月下の食虫植物の笑みである。
「そうねぇ。
 ドゥマは、この子たちを放ってこい、とは言ったような。
 好きにしていい、っていったような。
 どっちだったかなぁ、ティリ?」
「うん、好きにしていい、っていってたよ、エヴリーヌ」
 と、ティリ、と呼ばれた子狐のごとき、魔種が言う。
「だから、おいしいとか、たのしいとか、そういうのをいーっぱい、集めてるんじゃない?」
「そうねぇ、そうだったわぁ」
 じわり、とスライムのごとくしみだす悪意。狂気。しかし、彼女たちはそれを悪だとか狂だとかは理解していないのかもしれない。反転とは、つまりそういうことなのだ。すっかりと、変わってしまうことなのだ。
「……彼女たちを見てると、それをよくよく理解させられるよ」
 さしもの『魔法騎士』セララ(p3p000273)も、この対面にはわずかに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。エヴリーヌは、奇しくもセララと同年代くらいの少女のように思えた。もちろん、外見年齢と実年齢は一致しないが、でも、ほんのわずかでも、『あり得ない現実』を想像してしまうくらいには、彼女に何か、近いものを感じたことも事実だ。
 例えば――もし彼女が魔に堕ちる前に、純粋に、楽しいことを求めている存在として出会えていたのだとしたら。
「一杯教えてあげられたはずなんだ。
 一緒にゲームをすることだって。ドーナツを食べたりすることだって。
 マンガを読んだり、一緒に魔法少女になったり。たのしい、ってこと、ボクがわかる全部を。
 でも」
 それは、ありえないことなのだ。遅すぎた。出会うことが。セララにとっては、初めて出会ったような存在。袖振り合うもとは言うものの、実際にその程度の間柄。それ故に悲しい。セララが手を伸ばせる前に、壊れてしまったものだから。
「……それはできない。許されない。
 ボクはセララ。
 愛と勇気の魔法少女だ!
 キミの楽しいを、否定する!」
「ニルも」
 と、合わせるように、『おいしいを一緒に』ニル(p3p009185)が声を上げる。
「ニルも「おいしい」はよくわかりません
 でも……みなさまが「おいしい」って言うとき、そこには笑顔があります。
 「おいしい」があるときは、あたたかで、コアのあたりがぽかぽかします。

 「おいしい」はくるしかったりかなしかったりするのを慰めてくれるもの、で。
 「たのしい」も「おいしい」も、けっして、くるしかったりかなしかったりするものではないはずです!」
「ううん、僕も一緒だよ」
 ティリは、いっそ純真なほどの笑顔を、ニルに向けて見せた。それは、エヴリーヌとはまた違う、されどどろりとした甘さと愛らしさ、そして『狂』を感じさせる。
「僕も、暖かで、心がぽかぽかするんだ。
 おいしいって、そういうことだよね?」
「そうです。おいしいは、心がぽかぽかして」
「みんなが泣いて」
「笑って」
「苦しんで」
「幸せで」
『だから、おいしい』
 真っ向から、ニルはティリを見つめた、き、と、ニルにしては、きっと、強く、鋭く、同じような境遇にいながら、きっと分かり合えない何かを。これもまた、ティリとニルは、似たような年齢に見えたかもしれない。なれば、セララとエヴリーヌとも似たような、何か運命的なものを感じずにはいられなかった。縁。そういったものが、実はずっと昔から組まれていて、今ここで出会い、お互いの心に何かを残すように仕組まれていたのかと邪推してしまうくらいの、それ。運命とも言い換えられるかもしれないその遭遇は、今日この場で、この両者によって達成されたものだった。
 そしてこの時――ニルはきっと、とても悲しい思いを抱いていた。もしかしたら、あるいは友達になれるかもしれなかった同じ境遇の相手、おなじ「おいしい」を共有できるかもしれなかった子狐は、些細な運命のいたずらによって、こうして決定的な断裂を眼前に広げるばかりだ。
「ドゥマ、といったな」
 と、『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)が言う。
「となると、そこのわんわんとやかましく滅びをまいている重騎士どもは、不毀の軍勢かね。
 にしては、ずいぶんと――混ざっているように感じるが?」
「余所で暴れてる、魔女ファルカウの手下の気配を感じるな」
 『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が、わずかに眼をひそめる。
「だが……増援や伏兵って気配でもねェ。恋屍センパイのいう通りだな。
 多分、ファルカウの気配は、重騎士どもの腹の中――本来、この滅びをまくのも、ファルカウの手下か、何らかのアイテムの仕業なんだろうぜ」
「それは厄介だな。食べた時に腹を壊しそうだ」
 無表情に――しかし凄絶に、捕食者の気配を感じさせる愛無。エヴリーヌは、目をおどけたように閉じて、きゃー、等と悲鳴を上げて見せた。
「怖いわぁ。でも、みんなが怖がってくれるのは楽しいけれど、あたしが怖いのは別に『たのしい』じゃないの」
「わがままな嬢ちゃんだ。通じねぇぜ、そういうのはな」
 ヨハンナもまた、ぎり、と奥歯をかみしめて見せた。濃密な滅びの気配に混じるのは、それに負けず劣らずの血の臭いである。
「何人殺した、なんて聞く気はねぇよ。
 どうせ覚えちゃいないんだろう。
 俺も吸血鬼だがなァ、さすがに食欲なんてわかねぇさ」
「同感だな。僕も化け物だがね」
 愛無がゆっくりとうなづいた。
「……お前たちが襲ったのは、この集落だけなのか?」
 『昴星』アルム・カンフローレル(p3p007874)が声を上げる。その心の内に、かつてこのコンシレラで救った人々の顔が浮かんでいた。
「ほかの集落の人たちは……!」
「僕たちが来たのは、ここだけ。他のところにも、誰か行ったかもだけど、僕は知らないね。
 エヴリーヌは知ってる?」
「あたしは知らなぁい」
 くすくすと笑う。
「でもでもぉ、終わったらそっちに行ってみようかしらぁ?
 あなたが怒るの、とってもとっても楽しそう♪」
 揶揄う様に笑うエヴリーヌに、アルムは体の中からはちきれんばかりの何かを感じていた。それが、あまりのも邪悪なものへ対する怒りなのだと自覚した瞬間には、アルムはぎり、と奥歯を噛んでいた。
「お前たちは……!」
「ひとまず、落ち着いてくださいね」
 『ともに最期まで』水天宮 妙見子(p3p010644)が、それを制する。
「ええ、ええ。むかっ腹が立つのは同じ気持ち。
 そのうえで止まれ、というのは、最終的に勝ちを拾うため。
 今は静かに。
 その炎を解き放つときは、この後です」
「妙見子君、俺は……!」
 吐き出すように叫ぶアルムに、妙見子は、ぎゅ、とこぶしを握った。
「解っています、判っていますとも!
 この場にいるすべての人が、ええ、きっと。
 ですが、今ここで彼奴らを追い払えなければ――私たちが負ければ。
 彼奴等は本当に、彼の集落にたどり着き、虐殺を行わない保証は一切ありません」
「まぁ、そうするだろうね」
 『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は、静かにそういった。
「ああいう手合いの行動原理なんてシンプルなものさ。
 もし私が魔に堕ちていたら、きっとこんな事態は無視して、あのベヒーモスにかじりついてでも調査を行っていたのだろう。
 それをしないのは、私がまだ人間だからさ。
 欲望は、人間の原動力だ。でも、そこに人間として持つべき理性や責任、『あるべき姿』があるから、人は欲望にその身を任せることはしない。
 でも、ほら。あの子たちは、魔、だからさ」
 す、とゼフィラが目を細めた。
「やるだろうね。きっと、悔しがる、悲しむ、苦しむ私たちを、おいしい、たのしい、って消費するためにさ。
 だから、私たちがやるべきことは、今この瞬間、怒りに任せて何もかもを台無しにすることじゃあない。
 ま、私も決して、他人に説教ができるほど身ぎれいな人間じゃないけれどね。
 それでも、彼ら魔の趣味は私とはあまりにも違いすぎる。
 趣味と実益を兼ねて、この場所は守らせてもらうよ」
「あるいは、この戦いすら。
 あの二人にとっては、たのしいとか、おいしいとか、そういうものなのかもしれませんね」
 『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)が、わずかに苦い表情を浮かべた。
「やりづらい、とは言いません。
 ただ、哀しい。
 このようなことで命を奪うことも、奪われてしまった人たちも。
 ……不毀の軍勢。つくづく、つくづく」
 ルーキスが、ゆっくりと構えた。
「……言葉を聞くだけならば、無邪気な子供のソレだが。
 残念ながら、君達と感情を分かち合うことはできない様だ。
 その言葉には、刃で以て応えよう。
 ルーキス・ファウン。閃刀のいちもののふなれば。
 その刃、その悪しき間を断つものと知れ」
 じり、とルーキスが、刃鳴す。二人の魔は、楽しげに笑うのみ。なんとも悪しく、何とも悲しく、何ともざわりとする戦場であった。
「……リーちゃん」
 『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)が、友の名を呼んだ。現れた友は、ユーフォニーの心を汲むように、その翼をはためかせて、空に飛んだ。
「一緒に視ていてください。
 この戦いを。
 私と一緒に」
 この戦いがどのような結末を迎えようとも、見届けよう。空から俯瞰で見れば、幾人かの人々が、まだ生存して息を、身を、ひそめているのがわかる。この濃密な魔の気配は、いずれ彼らを狂わせ、死に至らしめるだろう。それもまた、二人の魔の『たのしみ』に変わってしまうのだ。なれば、今は、とにかくこの場を何とかするしかなかった。どのような思いや、感慨があれど、今ここで立ち止まっては、失敗しては、よけいに、大勢に、人が死んでしまうことは確かだった。ユーフォニーは、それはたまらなく、厭だった。
「……はじめましょう。
 滅びの気配なんて……伝播させては、いけないはずです」
 言い聞かせるように、ユーフォニーは言った。それは、心を奮い立たせるための言葉だった。決意を、抱くための言葉だった。
 がしゃり、がしゃり、がしゃり、と音を立てて、重騎士たちは次々と抜刀した。そのまま、まるで主に忠義と祈りをささげるように、その剣を胸に抱いた。
「……誰かのために祈れるんだね」
 スティアが、少しだけ、不快な気持ちをにじませた。
「その祈りを、足元に眠っている人たちに向けてよ」
 視界の外れにうつっていた生首のことを思い出す。目は逸らさない。私は聖女だからだ。
「いくよ、みんな」
 セララの言葉に、仲間たちはうなづいた。がしゃん、と、騎士たちが、一斉に身をかがめ、動き始める。
 果たして――ここに、戦いの幕は上がる。

●魔と、人と、命と、
 さて、この時真っ先に動いたのはヨハンナである。が、魔、たちの動きも、それに匹敵、追随するほどのそれであることは忘れてはならない。
(やはり、あの二体は格が違うな……!)
 ち、と舌打ち一つ、しかし一手先手の有利を手放すつもりはない。己の翼が、仲間を導くことをイメージする。先導の道よ、友を導け。
「先行きを見間違うな! 今回の目的は――」
「あの重騎士たちの全滅! 解ってる!」
 アルムが苛立ちを隠そうともせずに言った。その苛立ちは、仲間への物ではない。殺戮を繰り返すであろう敵への怒りであり、しかし今はそのすべてを止めることのできなかった自分へのいら立ちだ。ヨハンナはそれを十分に理解していた。
「飲まれるなよ……!
 ルーキス、妙見子、恋屍センパイ、続いてくれ!」
 叫び、その背に仲間を乗せながらヨハンナが走る。ばちん、とその指をはじきながら走れば、追従するように中空を炎が走り、一筋の刃のごとく、近くにいた重騎士の鎧を焼いた。じゅががが、と鉄が溶ける異臭を放ちながら、その内部を覗けば、何か黒い影のようなものが内部にうごめいていて、その中に宝石のような光が輝くのが見えた。
「……こいつが、滅びのアークの源泉か! やはり、世界を侵す癌……!」
 叫び、しかし重騎士は一撃では倒れないタフさを持ち合わせている。ずだん、と強く踏み込んできた重騎士の一撃を、ヨハンナは受け止めた。
「妙見子!」
「わかってますとも!」
 妙見子が巨大鉄扇を思いっきりふるいあげ、噛みつかんばかりの勢いで叩きとおした。重騎士がたまらずたたらを踏んだ瞬間、鉄扇を軸に、妙見子は思いっきり横蹴りをぶちかます!
「重いでしょう! 旦那(ムラデン)にも重いって言われましたからね!」
 自虐的なジョークをかましつつ、言葉通りにヘビィな一撃をぶちかました妙見子の隣に、愛無が飛び込み、その腕を振るった。その一撃は獣の牙のそれである。たたきつけられたそれが、がぐぎりり、と重騎士の鎧をぶち抜いて噛み千切る。
「やはりな、何とも食いづらい」
 ふむ、と愛無が声を上げ、
「しかし、未だ旦那ではないのではないのかね」
「おっと、ちょっと気持ちが先走ってしまいましたね!」
 相対するは、滅びの重騎士。気持ちで負けたら、それこそ負けである。その圧殺されんばかりのプレッシャーに相対しながら、妙見子は、愛無は、ゆっくりと構えた。
「では、抑えるとするかね」
「食べ応えがおありでしょう?」
「ふむ――。
 彼らの言う「おいしい」も「たのしい」も解らんでもない。己よりも弱いモノを力のままに蹂躙するのは、まぁ、良いモノだ。それは多少なりとも己の力に固執する者ならば、誰でも持っているモノだろう。そして座標だろうが魔種だろうが狂っている者ほど、強いモノだ。

 まぁ、見た目では狂気なんてモノは解らんものだがね。

 さて、彼らは、どんな「味」がするのか。とりあえず前菜からいただくか」
 たん、と――。それは、一気に踏み込む!
 一方で、ルーキスもまた、重騎士に切りかかった。がうん、と強烈な音が響く。敵の鎧は、見た目通りの想像通り。あまりにも固い感覚が、刃を通して伝わる。
「さて、あれほど大見えを切ったんだ。
 斬鉄くらいできなければ、なにするものぞと言われてしまう」
 す、と息を吸い込む――踏み込む。さん、と振り払った刃が、重騎士の右腕を切り飛ばす。ぶわ、と噴き出すそれは、魔の気配か。黒の煙のようなそれを吹き出しながら、しかし左手がルーキスを殴りつけた。ち、と舌打ち一つ、ルーキスが後方へと飛びずさる。ええい、と踏み込んできた重騎士を、しかしルーキスは返す刀で断裂させる。
「その、魔華ごと――!」
 その中心に、宝石にも似たなにかが見えた。それが、この敵の核であることは、仲間はもはや察していた。振り下ろした刃が、それを切り裂く。断。墜とした。ばしゅう、と音を上げて、重騎士が一体消え去る。
「お見事」
 ゼフィラが称賛の声を挙げつつ、その指先をルーキスの隣に突き出した。同時、放たれた黄金竜の雄たけびは、光の帯と化して重騎士を穿つ。
「ふむ、たまには体を動かさないとね。今日はヒーラーが厚い。私もこうして攻撃手に駆り出されているわけだが」
 ふ、と笑って見せる。
「重労働だね! 攻撃手は多いが、その分敵も随分と硬い。そして強かだ――おっと!」
 ゼフィラがとっさに防御結界を展開するのへ、ルーキスが刃を構えた。途端、周辺の火精霊が膨張し、あちこちに火花を散らして火撃とする。
「……エヴリーヌの方でしょうね。大した術式だ……!」
 ルーキスが、体を焼く炎に思わず舌を巻く。仲間たちが抑えている魔は、しかし今すぐにでも解き放たれんとばかりに暴れまわっているようだ。
「ティリの方も油断はできないだろうね。
 いやはや、なかなかハードな戦場に飛び込んでしまったものだ」
 そうは言いつつ、負けるつもりはない。だが、イレギュラーズたちが確実に、深い傷を負っていったことは間違いないのである。
「あなたは――ッ!」
 聖女は叫ぶ。その背に、無念を残して眠る人々の思いを乗せて。対するは、導滅の悪狐、ティリ。その名のごとく、彼の無邪気は破滅を導くのだろう。
「どうして、どうして、こんなことを、『おいしい』なんて思うの……!?
 本当に、おなかが膨れるわけじゃないんでしょう……!?」
「うん。おいしい、っていうのは、心の問題だから」
 ティリは笑いながら、その手を振るった。強烈な狐火の炎が、天義の聖女の毛先を焦がす。
「本当におなかがすいたら、ご飯を食べるよ。
 でもね、僕には味がわからなかったんだ」
「味が――」
 スティアが言う。
「生まれつきの病気でね。何を食べても、ふわふわしたものや、かたいものとか、そういう感覚しかわからなかった。
 ねぇ、これってね、とっても苦しいんだ。
 皆がおいしい、おいしい、って言っているものの、それがわからないって、すっごく、一人ぼっちになった気持ちになるんだ」
「……!」
 聖女の隣に立ち戦うニルが、わずかに表情をゆがめた。ひとりぼっちのきもち。それはもしかしたら、たまらなくわかるものだったのかもしれない。
「でもね、ある時、声が聞こえたんだ。とても、心が安らぐくらいに頭が痛かった!」
 矛盾した其れは、おそらく原罪の呼び声なのだろう。ティリを反転させた魔が何者かはわからないし、判ったところでそこに大した意味はないだろう。これは、ティリの物語なのである。
「それでね、その時ようやく……わかったんだ!
 美味しいっていうのは、心のこと。
 心が満たされる、そういうきもち。
 それでね、いろいろ試したんだ。どうしたら、心が満たされるか。そうしたら――!」
 ティリが手を振るう。その狐火が、横なぎにイレギュラーズたちを薙いだ。激痛にたまらずうめくのへ、ティリはペロリと唇を舐めて見せた。
「そういう声を聴くときが、一番、心が満たされるの」
「……反転したから、なのですか?」
 ニルが言う。
「変わってしまったから……なのですか?」
「もしかしたら、僕は……みんなが嫌いだったのかもね」
 ティリが笑う。
「ねぇ、ニル、だっけ。
 きみもそんなこと、感じなかった?
 僕たちは、『おいしい』がわからない。
 でも、そんなことお構いなしに、『おいしい』って笑う人たちを見て。
 悲しくなかった? 寂しくなかった? 辛くなかった? 悔しくなかった? 頭に来なかった? 憎くなかった? 許せないと思わなかった?
 僕たちには、判らないのにね」
 ずわり、と、ティリの体から、何か恐ろしいものがにじみ出てくるような気がいた。それは、原罪の呼び声とはまた違うものなのだろう。なにか、恐ろしい、彼の魔の本質とでもいうべきものなのだろう。
「ニルは」
 ニルが、はぁ、と強く息を吐きながら言う。
「はじめて教えてもらったポテサラ、炊きたて『こまこがね』、猫耳喫茶のオムライス、想蜜林檎のアップルパイ、ともだちと一緒に焼いたクッキー、買い食いしたコロッケ、わけっこしたクレープ……。
 誰かが誰かのために想いを込めて用意したもの。
 たのしいきもちで食べるもの。

 ニルの知ったたくさんの「おいしい」は、
 ティリ様のとは全然違うのです……!」
「ねぇ、それって本当に『おいしかった』の?」
 ティリは小首をかしげた。
「それで本当に、きみの心は満たされたの?
 だって――本当の味なんて、僕たちには、判らないのに。
 『君の感じるあたたかさ以上のものを、他の皆は感じているのに』。
 ……すこしも、悔しくも、憎くも、なかった?」
「それは――」
「聞かないで、ニルさん」
 スティアが言った。
「……私が、ここは抑えるから。
 ニルさんは、騎士たちの方をお願い」
「……!」
 ニルは、少しだけつらそうな顔をしてから、戦場を離脱した。重騎士たちに向かって、走り出す。
「……悪い子の誘惑から良い子を守るのも、聖女のお仕事だからね」
 ふふ、とスティアが笑って見せる。
「きみ一人で、僕に勝てる?」
「さぁ……? でも、負けないよ。絶対に」
 スティアが、き、とその視線をぶつけた。悪狐は、おいしそうに、くちびるをぺろりと舐める。
 一方で、セララとエヴリーヌの戦いも苛烈さを極めていた。あちこちから精霊が呼び出され、その力を術式と転換して、セララに打ち付ける。水の精霊が、あたりの露を集めて、苛烈なウォーターカッターを形成してセララを切り付けた。ざ、とその肌に血の筋が走る。たまらず表情をゆがめるセララに、エヴリーヌはしあわせそうにケタケタと笑った。
「たのしい! たのしい! とぉぉぉっても、たのしい!」
 腹を抱えて、けたけた、けたけた。甘く、泥のように、粘性の愛らしさをエヴリーヌは浮かべる。
「ねぇ、あたしたち、とぉっても相性がいいと思わない!?」
 ふわり、と振るうその手から、風の精霊が解き放たれた。不可視の刃がセララを切り裂くのへ、セララがダメージを気にせずに一気に踏み込む!
「ぜん、ぜんっ!」
 手にしたカードを、己の刃にインストールする。氷狼の雄たけびが響くや、絶対零度の斬撃が、エヴリーヌに襲い掛かる。イヌ耳のセララが吠えるのへ、エヴリーヌは泥のように笑った。
「まぁ、かわいい~!」
「がお、うっ!」
 気合とともに吠えるセララの一撃を、風邪の精霊の風圧が受け止める。ばちばちと風と氷が舞い散り、エヴリーヌにわずかな傷をつける。氷狼の勇気が、自分の中の毒素を打ち消しているのを感じたセララは、勇気とともに雄たけびを上げた。
「エヴリーヌ。キミの『たのしい』は間違ってるよ!
 他の人と一緒にいるときは皆で楽しくならないとダメだよ。キミだけが楽しくて、他の人が苦しむなんてダメなんだ!
 だからボクはキミを倒す! 皆の『たのしい』を守るために!」
「ちがうわ、ちがうわぁ!
 あたしが楽しければ、それでいいの。
 次は、お友達が楽しければ、それで!
 だってそうでしょう? 皆、誰かの楽しさなんて考えてる?」
 エヴリーヌが、その手を振り払う。セララが、水の精霊が生み出した強烈な水圧の鞭に吹き飛ばされた。
「だって、楽しい時って自分が一番じゃない?
 ねぇ、例えばね。とぉぉってもおいしいドーナッツが一つあって。
 それを食べたい人が二人いるとします。
 まるまる一つ食べないと幸せになれない時にぃ、どうすればいいと思う?」
「半分こで食べれば、絶対に二人で楽しくなれるよ!」
「ねぇ、そのたのしい、って、一人でドーナッツを全部食べたたのしいに勝てるの?
 ねぇ、それって、自分をごまかしてない?
 何かいいことをした気分になって、本当にやりたいことをごまかしてるの。
 それって本当にたのしいの?」
「ちゃんと、楽しいですよ」
 ユーフォニーが、笑って言った。
「だって、そのあとは、そのこと友達になれるかもしれないじゃないですか。
 そのあとは、それまで以上に楽しくて幸せが訪れるに決まってるんです」
 ユーフォニーも、決して無傷ではない。多くの傷がその体に刻まれていて、歩くたびに激痛が走る。
 それでも。
「……あったはずです。あなたにも、そんな風に、たのしさを生み出せた時が。
 思い出してください。ティリさんも、エヴリーヌさんも。
 本当に、おいしいと感じた瞬間を。
 本当に、たのしいと感じた瞬間を……!」
 ユーフォニーの瞳が、二人を見据える。わずかに、二人の魔が動きを止めた。かつてのこと。だが、その言葉もむなしく、本当にわずかに、その動きを止めただけだった。
「……忘れちゃった。そんなのどうでもよくなぁい?
 あたしはただ、今も、むかしも、『たのしい』ことが好き。
 それが、変わってしまったのだとしても――!」
 エヴリーヌが素知らぬ顔で言うのへ、ユーフォニーがかぶりを振った。
「違います……きっと、事故だったんですね? あなたが反転したのは――」
「だとしても! あたしはずっと変わらないの!」
 エヴリーヌが、叫びとともに周囲の炎の精霊に呼びかける。放たれた炎が、ユーフォニーを狙う――が、飛び込んだセララが聖なる剣を以て、それを切り払った。
「変われないなら、ボクがキミを倒す!」
 魔法少女は、勇者は、そう、高らかに宣言した。
「有難う。でも、きっと、これはボクがやるべきことだから!」
 セララはユーフォニーにそう言いながら、刃を構えた。
「……でも、手伝ってね! きっと、一人だと少し苦しいから!」
 そう言って笑うセララに、ユーフォニーはうなづく。
 苛烈な戦いは続いている。だが、それが終わるときは、もうすぐに近づいていたのだった。

●騎士たちの消滅
 さて、魔手二人を相手にしていたイレギュラーズたちには多大なる負担がかかっていたことは事実である。時に可能性の箱をこじ開けながら意識をつなぎ留め、苛烈な敵の攻撃を受け止め続ける。
 一方で、重騎士たちと激しい戦いを繰り広げていたメンバーもまた、傷ついてはいたが、それでも彼の強烈な魔と正面衝突することに比べれば、幾分か――ほんとうに、幾分かは――マシであったといえようか。
「……くそ……っ!」
 アルムが治療術式を編み上げながら、ヨハンナの背にそれをたたきつけるように放った。後ろからの衝撃にも似た支援が、ヨハンナが倒れそうになるのを押さえてくれる。
「助かってるぜ。そんな顔をするなよ」
「悔しいんだ。
 あの魔の二人にも……本当は、いっしょにおいしいとか、たのしいとか、言ってくれる人がいたはずなんだ。
 それに、ファルカウ様は……プーレルジールで一緒に戦った彼女が、どうしてここでは敵に……!」
 胸の中でぐるぐると回るものを飲み込みながら、アルムはしかし、戦う手を止めない。
「分からんことだらけだ。だから、今は歩み続けるしかないんだ……!」
 ヨハンナの言葉は、しかし理想なのかもしれない。だが、そうするしかないことも事実であるし、アルムの心の『ざわめき』が、それで抑えられないことも事実だ。
 なんともジレンマは大きく胸を揺らしていた。アルムの心の中に、ステラと名乗った少女の姿が浮かぶ。
「……力を貸して、ステラ……!」
 そうつぶやきながら、アルムはゆっくりと歩きだすのだ……自分のできることをするために。それが、最善手に繋がることを信じて。実際に、アルムの働きはしっかりと仲間を支えていたといえるだろう。もし、この戦いに一手が紙一重であり、その紙一重をこちらに引き寄せることができていたのだとしたら、それはアルムの働きといっても間違いあるまい。
「――ッ!」
 妙見子がたたきつけた鉄扇が、重騎士を砕いて墜とす。それを、ゼフィラの黄金竜の叫びが嘗め尽くして消滅させた。
「残りは」
 ゼフィラが言うのへ、愛無が応える。
「こいつで終わりだ」
 ばぐおうん、と振るったその手が、重騎士の頭をかみ砕いた。ふらふらと揺れる其れに、ルーキスの斬撃が振るわれて、断裂させる。
「あ」
 それが倒れた瞬間に、ティリは声を上げた。
「これで終わりだ、悪狐」
 ルーキスが言うのへ、ティリはつまらなそうにほほを膨らませた。
「えー、なんだ、やられちゃったのかぁ」
「残ねぇん」
 エヴリーヌは笑う。二人はまだ余力を残しているようだ。対照的に、スティア、ユーフォニー、セララといったメンバーは、非常に消耗している。とはいえ、むしろこの魔を抑えきって生き残っていることは称賛に価するといってもいいだろう。
「ティリ様……!」
 ニルが思わず声を上げるのへ、ティリは笑った。
「じゃあね、ニル! きみも、おんなじ「おいしい」を感じられると嬉しいかも!」
「ばいばぁい、セララ! 今度はお友達になってね!」
 ぴょん、と二人が飛び上がると、風の精霊があたりに砂埃を巻き起こした。それがイレギュラーズたちの視界をふさぐ。やがてしばらくして視界がはれると、二人の姿はすっかりと消え去っていた。
「……なんとかなったな」
 ヨハンナが言うのへ、仲間たちはうなづいた。あの恐るべき滅びの気配は、今はもう消え去っていた。やはり、重騎士たちが、滅びをまいていたのだろう。
「……あの二人は……」
 ユーフォニーが言う。
「また、会うことになるのでしょうか……?」
「多分、そうだろうね」
 ゼフィラが言うのへ、ほかの仲間たちもうなづく。
「……生き残った人たちの手当と、被害者の人たちを、回収してあげようか」
 スティアが沈痛な面持ちでそういうのへ、否定の声は上がらない。
 救えなかった命はあれど、しかし救えた命はもっと多かったはずだ。
 イレギュラーズたちの活躍によって、それはなされたのだから、作戦は成功といえる。
「……世界は滅ぼさせないよ」
 アルムが言うのへ、妙見子はうなづく。
「ええ。必ず」
「全剣王か。
 なんとも……」
 愛無の言葉に、一行は、事件の裏にいたBadEnd8の男をおもい浮かべずにはいられなかった――。

成否

成功

MVP

アルム・カンフローレル(p3p007874)
昴星

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 ひとまず、危機は去ったようです。

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