PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<崩落のザックーム>死せる事なきスピンクス

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 終焉の監視者『クォ・ヴァディス』
 それは意志あるものの集いである。
 終焉(ラスト・ラスト)とも、影の領域とも呼ばれた深淵。前人未踏のその地。
 その一角に築かれた拠点は彼の地に踏み入る事を許さぬラスト・ラインである。
 境界線に届けられた伝令は、危機を知らせるものであった。

 ――魔女ファルカウが動いた。

 それだけで、何が起こったのかは大凡見当が付く。ラサの南部砂漠コンシレラに現在微動だにせずに存在する巨大な終焉獣『ベヒーモス』の観測をクォ・ヴァディスは覇竜観測所と協力して行って居たのだ。
 相手にそれが察知されたか。終焉獣ベヒーモス――通称を『でっかクン』
 手出しをすれば明確に相手と敵対することになる。だが、その背中から溢れ落ちるように終焉獣が生み出され、各地を蹂躙する現在では更なる動きがないとは言えない。
 出来うる限りの情報を集め、ベヒーモスを倒しきる為の算段を立てたかったが――

「相手は少しでも手出しされることがいやだったのですね」
『無色』ララは淡々とそう言った。戦災孤児である魔法使いは感情の起伏が乏しい。
 慌てることもなく、とはいえ、侮っているわけではない。ただ、あるがままの事実を口にした。
「うん。覇竜観測所に敵襲。だから、こっちも」
「はい。ですから、ここが防衛ライン、その一つです。……どうせ、何か来る可能性はあります」
 今回の敵襲を凌いだからと言って終わりではない。戦って入れば更なる戦力の登場は有り得なくもないだろう。
 ララは楡の木で出来た杖を握る。重苦しい空気には未だ慣れやしないとイヴ・ファルベは宝石剣を握りながら息を吐いた。
 イヴがこの地に来たのは自らの意志である。
 クォ・ヴァディスの役割とは『向こう側』へ無暗に立ち入らせぬ事。それから『向こう側』から此方へと踏み入れさせぬこと。
 危険を事前に排除するのが役割なのだ。それがイヴにとっては家族と呼ぶラサの者達を護る事になる。
 ラサ傭兵商会連合は早々侮って良い相手でも無ければそうした場所でもないことは知っている。
 イヴよりも腕が立つ者も多い。だが、彼等とて人間だ。分裂など出来まい。
 何処で何があるか分からない。だからこそ、未然に防ぐための情報屋として、そして、前線を共に駆ける者として此処までやってきた。
「どうするの?」
 淡々と聞いたのはふわりと広がった白い髪の娘であった。美しい真白の髪は綿毛のように揺らぐ。
 そのふんわりとしたボリュームとは対照的に細木のような腕は今にも折れてしまいそうだ。
 イヴはジェーンと彼女を呼んだ。名無し。つまり、『記憶喪失者』の娘は提供されている簡易食料を囓っただけだった。
「ご飯食べてる」
「ララに食べろって言われた。アタシはいらないけれど」
「食べなさい。監視長からですよ」
 眉を顰めたララにジェーンは目を伏せた。『立場』に依存している彼女は、生きる意味を喪っている。それが記憶の喪失そのものだった。
 ジェーンは記憶を失い、生きる縁もなくここにまでやってきた。
 寄る辺のない娘がようやっと自らを支える様に此処までやってきたのだ。故に前線での情報収集を担当してきた。
 そんな彼女が此処に居る。ララはその意味をよく分かって居る。
 つまり――『これから危険がある』のだ。終焉の内部に行く前に、一度は敵を退けろという事である。
「相手は何ですか? ジェーン」
「古代の魔女ファルカウと、その使い魔を名乗って居る」
「本物ですか?」
「分からない。ただ、その使い魔はそう呼んでいるらしい」
 ならば、この場に攻めてくるならば使い魔か。
 ララはイヴを見た。彼女は幾度かの交戦経験があると聞いている。
「相手はどのような存在でしたか?」
「全剣王と、魔女ファルカウ。多分協力関係にあるだけ。きっと、それ程深い関わりがあるわけじゃない。
 けど、手を組んだなら、屹度厄介。きっと、苦手分野をカバーし合えるし、魔女は……準備してくるはず」
 イヴは息を呑んだ。先程から空気が重くなったのだ。
 この場は滅びのアークの気配も強いがそれだけではないと思わせてくる。小さく息を呑んでから、ゆっくりと顔を上げた。

「はいはーい、呼びました-?」

 手をひらひらと振ってやってきたのは悪魔を思わせるコスチュームを着用した少女だった。
 シュクセ。イヴは知っている。長耳の『クルエラ』、そうな乗った彼女は動物や精霊と心を通わせ操る能力に長けている。
 魔女ファルカウの手先である。
「お近づきの印にお花はどうですか?」
「花をやれば良い。うけとれ」
 その後ろには腕をだらりと下ろした妙なフォルムの青年がいた。白い仮面を着けた者を『不毀の軍勢』と呼ぶ――全剣王の配下である。
 それらは楽しげに近付いてくる。ララは魔弾を叩き付けてから息を吐いた。
「効果はありませんか」
「今、騎士クンさまが守ってくれたし?」
 にいと笑ったシュクセにララは息を吐く。シュクセの手にしている花は異様な気配がする。それは騎士達も同じだ。
 エトムートと呼ばれる『不毀の軍勢』は「騎士達よ、あれが敵だ」と長い腕を上げて指差した。
「そうだよ、騎士クンさま! シュクセを守ってね」
 唇を吊り上げるシュクセがにいと笑う。彼女は強者だ。そして、何を考えて居るかも定かではない。
「……何が目的?」
「あーはいはい。そうね、話すか~。
 シュクセは魔女サマの。エトムートくんは全剣王くんサマの手先って奴なんですけど。
 すっごい珍しく意見が合いまして! シュクセ達、でっかクンさまを守らなくっちゃならないのね」
「……」
 でっかクン――南部砂漠コンシレラのベヒーモスか。イヴは小さく頷く。
 やけに楽しげなシュクセはまじまじとイレギュラーズ達を見てから「アハハ」と笑った。
「それで、こちらの人達がシュクセたちのでっかクンさまをガン見してるっぽいから、邪魔だな~って。
 あんまり見ないで欲しいの。だって、何か解られたらキモいじゃないですか! ってわけで、ぶっころ~!」
「……簡単だ。我々のベヒーモスに手を出すな」
 そんなことを言われてはいと言えるわけがない。
 ベヒーモスとも、アバドーンとも呼ばれたその怪物は滅びその物だ。
 つまり、簡単に言えば『滅びのアークの化身とも言える怪物が動き出して世界を蹂躙するのを指を咥えてみていろ』と言われたのだ。
 それを納得できるわけがない。
 イヴは「あのひときらい」とシュクセを指差した。ジェーンは「そう」と小さく頷いて、ララは「私もです」と頷く。
「は? シュクセ嫌われたんですけど」
「喧しいからだろう」
「は? うっざ」
 苛立った様子のシュクセは周囲に種をばらまいた。
「なら、育っちゃえ。全部全部吸い取って、この場所の枯らして穴を開けてやっからな、ゴーゴー!」
 シュクセは斧を振り上げてからイレギュラーズを、そして、イヴを、ジェーンを、ララを見た。
「全員皆殺しな。念仏唱えとけ!」

GMコメント

●成功条件
 ・種の除去
 ・シュクセorエトムートのいずれかの撃破

●フィールド
 クォ・ヴァディスの本拠前。防衛ライン1。ララが設置した防衛陣です。
 ジェーン、ララ、イヴがこの場では防衛中です。他の組織員は他での防衛や『第二陣』に備えて居る事でしょう。
 周辺は岩陰なども多くありますが後方に本拠がある以外はそれ程にフィールド的な特色はありません。
 強いて言えば、影の領域が近いため、空気は重苦しく、滅びのアークを感じやすいと言うべきでしょう。

●エネミー
 ・『クルエラ』シュクセ
 ツインテールと悪魔の角と尾、それから翼を有する少女。長い耳があるため幻想種のコスプレにも見えます。
 動物、精霊等々の意志を惑わせ『操る』能力を有しています。武器は巨大な斧です。
 魔女様の指示がでっかくん(砂漠に座っている終焉獣です)にちょっかいをかけそうな奴を殺せなのでイレギュラーズも例外ではありません。
 周辺の精霊達を扇動しています。非常に強力なエネミーです。

 ・『不毀の軍勢』エトムート
 エトムートと名乗る白い仮面のエネミーです。青年……にも見えますが機械染みたフォルムをしています。
 長身を屈めておりだらりと腕を降ろしています。全剣王の指示に従っています。
 今回はシュクセと意見が合いました。クォ・ヴァディスをぶっこわしにきました。
 ちなみに『クルエラ』のシュクセとはソリが合わないようです。やかましいなと思ってます。後方からの指揮や支援が得意です。

 ・魔女の使い魔(精霊) 10体
 シュクセに操られた精霊です。それぞれの能力が別々にあります。焔の魔術を駆使します。
 回復手など、それぞれの特異とする魔術が別個に存在して居ます。後述する滅石花が咲いています。

 ・滅石花の騎士 5体
 シュクセ曰く「シュクセの騎士」ですが、『不毀の軍勢』が後述する『滅石花』を埋め込まれた存在です。
 前衛です。精霊達の守護を行ないます。非常に堅牢です。

 (・滅びへの種
 成長することで魔法樹となります。滅石花を咲かせます。
 その成長の大元はパンドラや大地そのもの支える魔素的なものです。大地のマナを吸いあげて、滅びの魔法樹を育てております。
 種が数個ばら撒かれていますが、この地は滅びのアークが多いため成長が遅そうです。敵の撤退後に種を掘り出して燃やしましょう)

 (・滅石花
 魔法樹に咲いている花です。その花粉が滅びのアークを撒き散らします。
 花が咲き誇り周辺へと撒き散らされることで『危険』の可能性が――)

●同行NPC
・『イヴ・ファルベ』
 宝石(色宝)が埋め込められた長剣を持った精霊剣士。
 イレギュラーズの皆さんは彼女にとって英雄です。共に戦えることを楽しみにしています。
 ラサの情報屋兼クォ・ヴァディスの偵察員です。皆さんの指導の下めきめき成長中です。

・『無色』ララ
 魔法使い。魔種に師を殺されてから、尽力してきた元戦災孤児。
 キング・スコルピオとの戦いで戦災孤児となった彼女はイレギュラーズとは素晴らしき存在ですが、同時に負けることなく横に並ぶべき存在です。
 後衛。「近術」「遠術」等の基礎的な魔術を好み、それらだけを異常に極めています。
 皆さんに危険があった場合は身を挺して庇います。

・ジェーン(仮名・本名不詳)
 ふらりとその姿を見せた真白の娘。長い白髪に目を瞠るほどの鮮やかな紅色の瞳を有している。
 記憶喪失です。クォ・ヴァディスの前線偵察を担当。記憶を失っているために、依存的に役割に忠実です。
 死の恐怖が薄く、前線で鋏を手に戦います。非常に前のめりです。誰かに似ているような……

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <崩落のザックーム>死せる事なきスピンクス完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年02月24日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
一条 夢心地(p3p008344)
殿
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す

サポートNPC一覧(1人)

イヴ・ファルベ(p3n000206)
光彩の精霊

リプレイ


 昏き眠りの淵に、上質なシルクのシーツは必要なかった。
 魔女は気紛れだ。おざなりに用意されたファッションコーディネートのようなちぐはぐさを感じさせる事象である。
 彼女が杖を振るえば、眷属(こども)達はテーマパークに誘うマスコットキャラクターのように道化を演じて魅せるのだ。
 それが、シュクセと名乗った娘だったのだろうか。
 少なくともイヴ・ファルベにとってそれは 『到底、受け入れがたい存在』でしかなかった。
 ツインテールは悪魔の角にくるりと巻き付けられてから下に下ろされる。悪魔を思わす羽と尾を揺らがせた長耳の娘は練達でよく見られる創作キャラクター然とした要素の詰め込みを感じさせる。――つまり、それが生来の姿ではなく、転じた何らかの存在である事を思わせてならないのだ。
「全員皆殺しな。念仏唱えとけ!」
 シュクセの声音が弾けるように大地を叩いた。滅びの気配を宿した種は地より伸び上がり、まるで呼吸を忘れたかのように根を蠢かす。この地には成長に有する資源が少ないとでも言うように根は触腕のように地を叩いた。
 シュクセが唇を吊り上げる。その晴れやかな微笑みをげんなりとした様子で見詰めているのは『不毀の軍勢』と名乗る全剣王の尖兵たるエトムートだ。白い仮面だけではなく、だらんと伸ばした腕に身を丸く屈めた姿はいしつな存在感である。
 勢い良く振り上げた斧。イヴを、そして、ジェーンとララを目掛けたシュクセの攻撃を打ち消すように、砂漠の熱砂が吹き荒れる。それは弾丸だ。
 弾薬の蓄えはある。この為の準備は怠ってなど以内。思った通りに都合良く事が進まなくとも良い。運は切り拓く為に持っているのだから。
『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)の瞳が捕らえたのは軽やかに身を躍らせるシュクセと、その周辺の精霊や騎士達だった。
 騎士はシュクセと精霊を護り、精霊は警戒するように叫声を響かせる。その奇々たる響きに眉を顰めてからラダは嘆息した。
「いつも深緑の森を羨ましく見ていたからかな、気を利かせてもらっようだ。
 でもせっかくなら森にあるような木が良かったよ。魔女殿に次こそ頼めるかい?」
「あは、そう。気を遣ったワケで。喜んで貰えたなら超うれしーけど? 頼んで上げないことはぁ、ないけど」
 何方と共なく、一度言葉を切った。相手に対して交渉を持ちかけたワケでも恩の押し売りをした訳でもなく、続く言葉は重なった。
「「――生きて帰れたなら」」
 シュクセの瞳がぎらりと輝く、その視界に飛び込んだのは鮮やかなる紅の光。瞬きの隙間さえ与えずに刻まれた聖句は光を帯びた。
 ――主の御手は我が前にあり。煙は吹き払われ、蝋は炎の前に溶け落ちる。
 陽色の髪に透けた光は煌びやかに。大地を踏み締め「どっせえーーい!!!」と声高に叫んだ『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の瞳は確かにシュクセを見詰めていた。
「貴女こそ、主の御許に旅立つ準備はよろしくて?
 泣いて謝るなら今の内でしてよ。その角、叩き折って穴を開けて、中に枝豆を植えてあげるから覚悟なさい!」
「どうして枝豆」
「美味しいんですのよ、枝豆」
「え、やだぁ、シュクセ産の枝豆です? やばー」
 手を叩き笑ったシュクセは未だ余裕綽々と言った様子であった。その飄々とした態度と、背後で動く事の無いエトムートを見ていればイレギュラーズを侮っているのだと直ぐに分るであろう。
 ゆっくりと槍の穂先をシュクセに向けてから『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は「シュクセ、エトムート」と名を呼んだ。
「もう何度目になるかね。こうして話すのも。普通ならもうダチになって一緒にメシでも食いに行っててもおかしくないんだが……。
 世界が滅びちゃメシも食えねえしな。明日のラーメンのために、さくっとくたばってくれ」
「ダチ? あはは、なれるわけ、ないじゃん。だって、シュクセ……人じゃないし?」
 にいと笑ったシュクセを見詰めてから風牙は唇を噛んだ。
 これだけ対話が出来る相手であると言うのに分り合えない。それは当人との間に何らかの考え方の差異があるからだ。
(特にシュクセ。こいつがいると精霊がおかしくなる。レテートの欠片が疼く……大丈夫だレテート。精霊たちも、ファルカウも、オレが護るから)
 真っ向から見据えていた風牙は戦術は単純だと一瞥した。『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)と良く似た顔の娘がその意図を呼んだように地を蹴る。
「あ」とジェックが声を漏したのも束の間だ。ジェーンはジェックが狙ったエトムートに目掛けて走り行く。
「飛び込んでくるじゃん」
「だと思うだろ?」
 ――ならば、と。風牙は勢い良くその周辺を吹き飛ばした。顔を上げたシュクセの頬を掠め、エトムートに叩き込まれたのは鋭き弾丸。
 エトムートが舌を打つ。直ぐさまに戦況は動いた。これは防衛戦だ。敵がどれ程に強力であるかは交戦経験からも『ただの女』小金井・正純(p3p008000)は理解している。
「あまり時間を掛けられないのは厄介ですね。あの手この手で細工をしてくる。
 とはいえ、彼らをこれ以上踏み込ませればあまり良い結果にはなり得ない。ここで押しとどめ、お帰り願いましょう」
 使い魔に騎士、そして滅びの種は厄介な代物だ。その安否を憂い、刻に教導を渡すイヴを危険に晒すことは正純にとっても不服な事象ではあるが、此度は致し方がない。
 彼女も一端の戦士となったのだから、共に戦場を走り抜けねばならないのだ。「イヴさん」と呼ぶ名前に「大丈夫」と彼女ははっきりと返すのだから。
「ベビーモスには手を出さないよ、今はね。でも……わざわざ突っかかってきたキミ達なら話は違うでしょ?」
「遅かれ早かれでは?」
「さあ、どうだろう」
 ジェックは乾いた唇をぺろりと舌で舐めてから動きを見定めるように再度引き金を引いた。


「そろそろマンネリってやつじゃねぇか? 顔も見飽きたぜ。
 あのデカブツに名前でも書いてあるってか? 拾ったもんはちゃんと届けろって習わなかったか? ま、俺も習わなかったがよ」
 やれやれと言いたげに肩を竦めたのは『駆ける黒影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)であった。
 ラサの下見にベヒーモスの下見。日和見めいた動きを見せていた敵ではあるがそれを止めての全面抗争だ。
 それをルナは好機と捉えている。相手が明確に攻めてきたというならばあちらは前のめりだ。つまり――『ここで潰せる』のだ。
「魔女ファルカウの名は天義でも聞きましたね。
 シュクセにエトムートと言いましたね! 貴方達の言葉は聞けませんね!
 何故ならこの前森っぽいファルカウの手先に友達が傷つけられたからです!」
「はあ~?」
 眉を吊り上げて明らかに起こっていますと言いたげな顔を見せたのは『夢見大名』夢見 ルル家(p3p000016)であった。
 私怨じゃんかと呟くシュクセに「その通りです!」とルル家は指差した。世界を守る為だとか、ラサを守る為だとか、そうした大義名分なんてかなぐり捨てて夢見ルル家は立っている。そんな物、後から付いてくるのだ。行動には何時だって分かり易い理念が合った方が良い。
「故に! ファルカウの手先もファルカウが守ろうとしてるでっかくんもボッコンボッコンにしてやりますよ!」
「あはは」
 楽しげに笑った『黒撃』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)も『その方が闘いやすい』と認識していただろう。
 強い者を好む。それ以上にイグナートは鉄帝に自らのルーツがある。つまり、自らの故郷を危機に晒す無法者の配下がこの場にやってきたという事なのだ。
「でっかいベヒーモスにファルカウの魔女、全剣王と最近のヤッカイな連中が盛り沢山だね! キアイを入れて片付けて行こう!
 それにさ! 全剣王の部下になってまでクォ・ヴァディスを襲おうなんて殊勝だね!
 どうせならあの鉄帝にメイワクをかけるヤツにゴマをスルのは辞めて欲しいね!」
 イグナートが相手にしたのはシュクセだ。エトムートとシュクセは己の主が違う。エトムートが協力意義をなくし、シュクセを孤立させることが目的だ。
「全剣王に敗北する者がよく吼える」
 エトムートが頭を掻いた。その長ったらしい腕を動かしての言葉に「結構気に入ってるんだ? 全剣王のこと」とイグナートは問い掛ける。
「さて、どうか。そちらの言う『鉄帝国人』ではないが」とエトムートは返した。
「ジェーン、彼等との連携を」
「分かってる」
 ララの傍には『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)が居た。基礎魔術を駆使するララと、前線で駆け回るジェーン。
 何方が危ないのかを華蓮は知っている。だが、彼女達の練度はそれなりだ。さすがはこの地の『ボーダーライン』。
「極限の地を守ってきた方々に敬意を。それを侵しに来た者達へ神罰を、なのだわ!」
「我らは、この地の平静を求める者。故に、何人たりとも脅かす者は許さない」
 ララの楡の木で出来た杖の魔力が集まった。そして放たれる。精霊や騎士を倒す事がイレギュラーズの作戦だと耳に為なくとも気付いたのだ。
 その強大な魔力に照らされて、堂々と前線へとやってきたのは『殿』一条 夢心地(p3p008344)その人だ。
「まず最初に言っておこう。
 我が妹、夢見 ルル家。そして我が娘、小金井・正純よ」
「妹ではないですが」
「娘ではないですよ」
 夢心地をさらりと否定するルル家と正純。その様子をイヴは凝視していた。突然輝く白塗りの男が扇で己を叩きながら登場したと思えば仲間に見捨てられている。
 エトムートは呆気にとられ、シュクセは「何よあれぇ!」と風牙に聞いている。無論、聞かないでくれと言わんばかりに風牙は首を振った。
「この戦いでMVPを取った方に、一条家の秘宝である……このヴァレーリヤのゲロシャツを与えよう! うむ、うむ。分かってくれれば良い」
「どうしてそんなものありますの?」
 次に呆気にとられたのはヴァレーリヤだった。その奇妙な時間の間にルナは周辺の騎士達を集め続ける。
 引き寄せるべく走れば良い。シュクセを守る騎士や精霊の行動を阻害することが目的なのだ。
(さっさと倒さなくちゃな。なにより、やばそうな花咲かせた奴らが防衛ラインを越えたら、中への余波がやばそうだ。
 花粉が飛ばねぇように風向きにも注意した方が良いか。花粉といっても目に見えるものでもねぇのがやっかいだが――)
 冷静に思考するルナが引き寄せるように。集団を蹴散らした風牙は出来うる限りの仲間達のサポートに回っていた。
 ルナが惹き付けた者達を正純の矢が穿つ。それは魔力となり漆黒に周囲を塗り潰した。
「滅石花、名前からしても聞いた話からしてもろくなものじゃない。
 つまるところ、こいつらを先に進ませればイヴさんの守りたいラサは大変なことになる――なら、全力で敵の動きを押しとどめる!」
 これはラサの為なのだ。イヴはラサの者達を家族として認識している。だからこそ、イヴの力になるべく魔力をその矢に乗せる。
「MVPじゃな!? 正純よ!」
「違います」
「正純、わたしで良ければ、シャツをあげるから」
「違います」
 夢心地についついノらされた様子のイヴはぱちくりと瞬いた。本当に無垢で素直な子なのだ。そんな彼女の決意を此処で砕くわけには行くまい。
「なんか、楽しそーで腹立つ」
「そうかい。そちらは楽しくはないのかな?」
 ラダの瞳がシュクセを捉えた。未だその傍に立つ騎士の鎧の『隙間』を貫通して行く弾丸。果たしてそれが人間であるかは分からないが銃弾は騎士を通り抜けた。呆気にとられたように座り込む騎士が膝を付く。
 気付くヴァレーリヤが勢い良くメイスを振り上げた。聖職者らしからぬ猪突猛進の動き、続くジェーンが「中々良い動きだね」と賞賛を伝える。
「あら、喜ばしいですわね。ええ、もっとやる気を見せねば!」
 にまりと笑うヴァレーリヤに「負けてませんけれどね! ボッコンボッコンですからね!」とルル家が微笑んだ。
 運命はその手に掴んだ。真珠(スピカ)は煌めき、魔力を放つ。振り下ろす一閃と共に、鉛玉が如く魔力の弾丸が飛び込んで行く。
 前線へと飛び出して、シュクセの視界を覆うように姿を見せたイグナートの唇がつい、と吊り上がった。
「何よ」
「魔女の部下は幻想種のコスプレ趣味の集団なのかな? その格好はちょっと時期ハズレが過ぎるよ?」
「はあー? キャラ立てだし、メンドーな男は嫌われるかんね!」
 べえと舌を出したシュクセの指先が宙に何かを描いた。見たことのない紋様だ。煽ったならば煽っただけ『見てくれる』。
 それがシュクセという娘に対してイグナートが抱いた感想だった。仲間達に向かぬように、そして――
 イグナートの傍らに飛び込んできたジェーンのような存在を守る事にも繋がって行くはずだ。
「なんだか、妙に危なっかしい戦いをするのがいるね……」
「ジェーンですよ」
 ララは「彼女の名前です」と淡々と答えた。ジェックは一度ララを見てから「ジェーン」と噛み締めるように言う。
「本名では内容ですよ。記憶喪失者です。此の辺りではよくあること……ですが。
 ジェという響きだけを特に覚えていましたから。だからこそ『ジェーン(名無し)』ともよく合ったのでしょうね」
 自らの名前としてしっくりと来てしまったとでも言うのか。ジェーンはその名を自らのものだと決定し、この地で過ごしてきたらしい。
「そう。だからあんなにも前のめりで……あのジェーンっていうの、目が離せないな」
「そういえば、あなたはジェーンと似ていますね」
「やっぱり、そう……かな」
 ジェックは「アタシもそう思った」とぼやいた。何もなければ良いが、何かあったときに後悔する気がする。
 ジェックの切り揃えた白髪はジェーンとは大きく違う。だが、あの揺らぐ白髪は髪を切る前の己の姿を思い出させるのだ。
 髪には望郷の意味を込める者が居るというのはララがこの時に語ったことだった。
 きっと、彼女にとってその髪も、その『ジェ』という響きも、未練のようなものなのだ。自己の確率に役立つ、要素の欠片のように。


 クォ・ヴァディスは華蓮にとっては素晴らしき存在である。混沌の平和は即ち、彼女が愛する蒼き剣の安寧にも繋がっている。
 どの様な事があったって、挫けず、前を見ることが出来る希望の光。その一助となるのがこの終焉の監視者達なのだ。
 ジェーンのように前線で無茶をするものをイグナートやヴァレーリヤが支えてくれるだろう。道を開き、指針を示す風牙に正純と共に従うイヴは少しばかり毛色は違うが、今やこの地を守るべく尽力している。
 ――そして、傍に立ち、魔力の砲撃を放つララが「数が多い」とぼやく声を聞く。
「堅牢ですね。それなりに強いのは、流石が終焉の使徒の従える存在だということでしょう」
「ええ、けれど、安心して欲しいのだわ! 皆がシュクセやエトムートを倒せるように、支える事が私の役目なのだもの」
「はい。頼りにしています。……魔力が心許ないのです」
 最大火力を込める『基礎魔法』。それでもその技術だけを磨いてきた少女は感情の起伏が薄く、激昂することも怯えることもないが戦いに対しての意欲は見て取れた。
 言葉にそれは込められている。ララは魔力が底を突きようとも戦い続けるつもりなのだ。自らの信念と共に居場所を守る為に。
「……ええ、ええ、大丈夫なのだわ。頼らせて貰うのだわ! この地を守ってきた実力を、見せつけてやって!」
「お任せ下さい」
 ララの杖に魔力が灯された。華蓮の支えは紙より濯がれる穢れ亡き清浄な光。『稀久理媛神』の加護を受けた巫女はただ平和を愛している。
 そして――騎士を前に全てを斥けんと『VGS』をばっさばっさと手旗信号のようにたなびかせる夢心地が懸命に尽力し続ける。
「――時には蝶の様に、またある時には鷹のようにバッサバッサと振り、嫌な感じのダメージを与える、これぞ極意よ!」
 そう。聖者の衣が世界を駆け巡るのはいつだ? 今でしょ! と、大凡、恋する乙女が見詰めた冠位傲慢如く光り輝きながら夢心地は戦い続ける。
 微妙に湿っている気がするそれは時折奇跡を起こすのだ。何故なのかは分からない。
 だが、信じる者は救われる、と。そう言いたげに。
「娘よ! 精霊がくるぞ!」
「娘ではありません、が――!」
 弓を引き絞る。きりりと音を立てて精霊を撃ち抜いた。前線でイグナートと『踊る』シュクセは視界に。そして、後方での支援と指揮を行なうエトムートはイレギュラーズを削る方向に転換したか。
(どうやら、この二人、本当の協力体制と言うよりは利害の一致。だからでしょう。シュクセが狙われていようともエトムートは助けるつもりは毛ほどもない)
 それが主君の違いを示しているとすれば存外、彼女達の連携を崩す機会は近いだろう。正純の傍で「此の儘押し込めるかな」とイヴは聞いた。
「押し込むんだ、イヴ」
 槍を手にしていた風牙は背を向けた儘で言う。
「不安になっちゃダメだろ。オレたちがやるんだから、さ」
 ジェックの弾丸に全てを賭けていた。エトムートを封殺し、その動きを防ぐことを目的とした。
 風牙は仲間を信頼している。ターゲットとなる敵を逃がさず、確実に息の根を止めるために。ここで一つタリとも逃がしてはならないと知っている。
 臆することなく前線へと飛び込んだ。気が炸裂し、自らをも打ち上げるように槍が精霊の腹を穿つ。けたけたと気味の悪い声を上げて居た精霊がさあと砂のように掻き消える。
「次ッ!」
 その声にイヴが反応した。ルナを見る。彼もラサの住民、つまり『イヴの仲間』だ。
「ルナ、どいつがいい?」
「聞かずとも分かってるだろ? イヴ」
 そうだ、彼を信頼していれば良い。彼が信頼してくれているように。イヴは『イレギュラーズの仲間』として「そうだった」と笑った。
 ルナの弾丸は銘も刻まれぬ銃から打出されていく。ウッドストックライフルは彼女の背を見ていて自然と手に取ったものだった。元の持ち主が良かったか、それとも店主の手入れが行き届いていたのか、ルナ自身の整備技術が優れていたのかはさて置いて、弾丸の詰まりもなく、するりとそれは滑り出す。
 ルナの弾丸は騎士達を穿った。回復要員は少ない。華蓮にだけ頼り切りというわけにも行かない。何よりも『前のめりな新顔』が前線ではしゃぎ回っているのだ。
 支えるべく邪悪を払い、福音の音色を放つ。振り向くジェックに「任せとけよ」とルナは唇を吊り上げた。
「ファルカウのこんちきしょーを叩き斬るためにも、まずは貴方とでっかくんをぶっ飛ばします!」
 最早、私怨など明後日に置くこともなくルル家は飛び込んだ。ルナの周辺を払うラダの弾丸に任せ、ルル家が先ずはとイグナートの元に飛び込んでいく。
「……、く」
「古今東西、油断したヤツから死んでくってね。ここに来たことを後悔しな――アタシの弾が届く限り、支援なんてさせないよ」
「狙撃手め」
 仮面の向こう側でエトムートが睨め付けただろうか。その気配を感じ取る、そして、それをも遮るようにジェーンが果敢に攻め立てる。
「殺そう」
「無理はしないで」
「……どうして?」
 振り向いたジェーンの瞳にジェックが息を呑んだ。その柘榴の色、見覚えのある瞳。弾けたように記憶が音を立てた気がしたが、真相にまでは思い至らない。
 ただ、知らずとも『彼女を守った方が良いのだ』と本能が囁いている気がしてならなかった。
「第一目標は花だ。パンドラを吸ってアークを吐き出す代物。滅びの呼吸のようでしょ? だから、これを食い止めなくちゃ」
「……ああ、そっか」
 ジェーンは納得したように頷いた。
「それが、世界の守り方だ」
 今更理解でもしたとでも言うようにジェーンは頷いた。地を蹴る。「ちょっと待つのだわ!」と華蓮の慌てた声が響き渡った。
「っと……マジで前のめりだな!」
 風牙が思わず呻いた。共に駆ける。精霊達を払い除ける。数は少なくなってきた。あと少しだ。もう少しで『メインターゲット』に向かう事が出来る。
 レテートの欠片が揺らいだ。精霊を倒すというその行ないに悲しんでいるのだろう。
 だが、風牙は知っている。欠片が教えてくれるのだ。精霊達は死したとて母なる者が何れはその輪廻を回してくれる。
 その身をも害された結果であるならば、寧ろ滅して上げた方がその為だ。精霊であったイヴもその様に告げる。だから、此処で臆してはならないと。
「ごめんな」
 呟きと共に精霊を薙ぎ払う。イヴが「正純!」と呼んだ。頷く正純はくるりと振り返って――やることはやっている夢心地と目があった。
「娘よ、そして我が妹よ! VGSに任せるのじゃ!」
「ええ、まあ、そんな感じでどうぞ」
 正純はさらりと流した。騎士を払い除け――シュクセを睨め付ける。
「目的があるのはわかった。けれどそれが今を生きる我々と相容れぬものなら、容赦はできない。
 そのままここで倒れるか、大人しくそちらへお帰りください」
「そう言われて退く奴、居る~? シュクセは臆さない!」
「……こちらも前のめり、か」
 それとも退けない理由でもあるのだろうか。愛しき魔女の心の安寧の為だとでも言う様にシュクセがぎらりと睨め付ける。
 正純は直ぐさまに構えた。星のささやきは遠い。だが、常に傍にあると識っている。それが『信仰』だった。
『信仰(ほし)』を喪ったとて安丹とならなかった世界を裂く一射。鋭く、そして美しい――その矢がシュクセの頬を掠めた。
「いったぁ~ッ!?」
「あら、ごめん遊ばせ。邪魔な場所に陣取っていたから、巻き込んでしまったみたい」
 にんまりと笑ったヴァレーリヤに精霊諸共巻込まれた事にシュクセは苛立ったか。
「でっか君もちっさ君も、お前のような奴が操りだすと途端に面倒なんだよ。さっさと退場してくれ!」
「いーやだー!」
 子供の様に駄々を捏ねる。地団駄を踏んだシュクセの背後でエトムートが面倒くさそうに頭を掻いた。
「どうしたの? 仲間らしからぬ動きだよね」
「あれはどうでもいい。目的はクォ・ヴァディスを倒す事だ」
「……そっちか」
 シュクセが花の種を植付けることを第一目標にしているならばエトムートはクォ・ヴァディスを滅ぼし、この周辺を自らの手の内に落とすことを欲していたのだろう。
 正しく利害の一致だったのだろうが、それだけだ。
 イグナートは大地を蹴った。周囲にシュクセを護る者が居ないのだから、このまま『根競べ』だ。
「盛りだくさんだったケド、そろそろお終いだね? 言い残すことはある?」
「死ね!」
「短絡的!」
 イグナートを睨め付けたシュクセは斧を振り上げて相変わらずの様子で叫んだ。
「死ね! シュクセ、強いんだから、こんなことすんな! ばーか!」
「強い奴が言うことでしょうか……」
 正純が肩を竦めれば「この敵、よく吼えおるのう!」と手を叩いた。
「さて、見ておれ。我が妹ルル家、そして我が娘正純よ。
 これがルル家、正純に見せてやれる最後の一撃となるじゃろうからな!」
「「は?」」
 思わず二人はぱちくりと瞬いた。夢心地が攻め立てる。ジェックの放った一撃に合わせて叩き込むはVGS・ワールドツアー。
 これこそVGS(ヴァレーリヤのゲロシャツ)の醍醐味で有り、それも本懐を遂げられた証左であろう。
「何ですの?」
 ヴァレーリヤは困惑したが手は止めなかった。テンションは華やかなテイストであれど、戦線は極めて激しいものである。
 傷だらけであるが、そんな事を気にしている暇も今はなかったのだ。
「まさか……取り巻きが居なくなったくらいで、逃げたりしないだわよね?」
 疲弊? そんなものとっくにライン越えだ。それでも華蓮は仲間達を支え続けると決めて居た。
 敵が支援と回復と、全てを盤石熟してくると言うならば華蓮は自らはそれ以上であると立ち続けると決めて居たのだ。
「天秤はそちらには傾かない。私が居る限り、此方に勝利はbetされたようなものなのだから」
「言うじゃん……」
 ゆらりとシュクセが動いた。ヒーラーは最も邪魔なのだ。それを知っている。シュクセが舌を打った。エトムートが『シュクセを守る』という意味合いで動かないのはある種の友達甲斐のなさを感じたか。
 そもそも、友人でもないのだが――エトムートよりも風牙の方が自らを慮ってくれそうな現状の方が何よりも腹が立つ。
「おい、新顔。深入りすんな」
「……うん」
 ジェーンはぴたりと足を止めた。これから先は自らを足手纏いと判断したのだろうか。
 傷だらけの娘の退避を手伝いながらルナは「この花粉が飛ばねぇように協力してくれ」と告げた。花々だけではない。芽が育てば、樹木となり、何れは花を咲かす。この周辺を『火』を以て、浄化する必要があるのだ。
 その気配を感じたのか、火を厭うた様にシュクセが「止めろよ、ばか!」と叫んだ。
 その余裕のなさ。性急な攻撃、何もかもが噛み合わない動き。振り下ろされた斧の元に飛び込むヴァレーリヤは捨て身であったか。
「とんだ馬鹿力ですわね。淑女として恥ずかしくないのかしら。斧の代わりにバナナでも持っていた方が似合うのではありませんこと?」
「そっちこそ、聖職者らしからぬ感じじゃん?」
 ぎりぎりと音を立てる。巨大な獲物とぶつかり合ったメイス。
 ヴァレーリヤの額に汗が滲んだ。腕が軋む。細腕に見えたシュクセだが、力を比べればあちらの方が格が上か。
 ぞう、と背筋に走る嫌な気配を感じ取る。此の儘では押し巻けるだろうか。だが、それが如何したというのか。
 そもそも、ヴァレーリヤはこんな所で負ける気も無ければ押される気も無い。ぶつけた斧とメイスが軋んだ音を立てた闘争の中でさえ『愉快』だと笑えるではないか。
「イグナート! 突っ込みますわ。守って頂いてもよろしくて?」
「オーケー!」
 イグナートがにんまりと笑った。倒れぬように、イグナートは華蓮にも合図をする。
 駆ける。厳しいと退く事もしない。退路なんて最初から存在して居ないのだ。これが防衛線である以上。
 イグナートがシュクセの元へと飛び込んだ。斧が振り上げられる。その大ぶりさは脇ががら空きだ。守護をする騎士も精霊もいない。
「知ってる? こういう隙はラド・バウじゃあ、命取りだ!」
「あ?」
 シュクセが眉を吊り上げた。イグナートの拳がシュクセの脇腹に叩き込まれる。息を吐く音、僅かに体が浮き上がり、後方に着地する。
 口端から血が一筋垂れたのは臓腑へのダメージ故か。
「てめえ」とシュクセは呟いた。大凡淑女らしからぬ言葉と共に眉が吊り上がる。
「許しておかねぇからな!」
「ええ、それでよろしくってよ! どっせええ――――い!」
 こちらも淑女なんてかなぐり捨てて、ぶん殴った。
「斧で薙ぎ払ったくらいで退くと思われているだなんて、心外ですわね。
 真のレディは、血みどろになって這いつくばりながらでも、真っ直ぐ突っ込むんですのよ! 悔い、改めなさい!!」
 血を吐いても構わない。ヴァレーリヤが叫び、その体を華蓮が支える。
 ジェックが銃を構え、引き金を引いた。駆けるルル家が「純ちゃん!」と呼ぶ。支援の矢は鋭くシュクセの腕を吹き飛ばす。
「お望みなら念仏を唱えて差し上げましょう! ただし、貴方に捧げる念仏を、です!」
「やってみなよ!」
 ルル家にシュクセが笑った。だが、前だけしか見ていない。今か。ルナが指先を動かした『合図』にラダは気付く。
 ルナが前線へ行く。その刹那にシュクセが其方を見た。
 ――だからこそ、隙を穿つ。
 シュクセは何かが弾ける音を聞いていた。
 だが、それだけだ。それっきりだ。そして、目を見開いた。天を仰ぎ見る。

 ――魔女サマ。

 敬愛するその人は、今も何処かで憂いをと共に大地を焼き払わんとするのだろう。かの高潔な方は魔術を操る様も美しかった。

 ――魔女サマ。

 歴史を紐解けば、こうして幾重もの命が散っていっただろう。その度にあの人は心を嘸や痛めてくれたはずだ。
 その一因となって終うことが不服でならないと思えるだけシュクセという娘には忠誠があった。
 凶弾を放てども、戦いは終らない。命を悼む暇などなく、ラダは側面に回り込むようにエトムートを狙い穿つ。
「腕の一本なり土産に置いていけ」
「そちらの眼球をもらい受けたいところだ」
 エトムートがうでをぐんと動かした。撤退を行なうつもりか。
「待て」とルナが呼ぶがエトムートは此処で一戦を交えるつもりはないのだろう。どうやらジェックに『してやられた』事が相当に応えたのだろう。
「……つ、疲れた」
 座り込んだイヴに「大丈夫ですか」と正純が微笑む。頷きながらも「大変だね」と呟くイヴは同じように疲弊を滲ませるララと、何食わぬ顔をしたジェーンを見詰めた。
「……滅びの種、か」
 風牙は呟いた。それはこの世界に知らぬ間に撒かれていたのだろうか。
 可視化できない滅びの気配。それは世界を蝕んで大穴を開け、全てを飲み食らうかの如く。
 虱潰しに全てを消し去ることを意識しながらも正純は嘆息する。
「ここにあるだけではないのでしょう」
「そうですねえ、友達……キャロちゃんが言ってました。滅びってのは案外傍にあるんだって」
 ルル家はゆっくりと顔を上げる。どの位置からでもそれは見えた。『でっか君』と呼ばれる終焉獣だ。
「……あれが敵ですか」
「え、倒す……?」
「いえ。流石に連戦はきついので今すぐ仕掛けはしませんが、敵が守っているという事はさっさと倒した方が良さそうですね。
 出来るだけすぐに体制を整えて撃破したいところですし……もしかしたら次は全剣王とやらや、魔女ファルカウも出てくるかもしれませんね」
 ファルカウは『キャロちゃん』の顔に傷を付けた相手だ。その親玉である。
「ぜぇ~ったいぶっ飛ばしてやりますからね! イヴ殿、これからも偵察の任、お願いします!」
「うん。もし、ファルカウが居たら?」
「ぶっ飛ばしますよ! 勿論!」
 にいとルル家は笑った。あれが顔に傷を付けたやつの親玉だと告げればカロルも「腹立つから殴るわよ」とやってくるだろう。
 そんな愉快な光景を想像してからルル家は「任せといて下さい。世界はついでに救って見せますから!」と胸を張った。
 火は全てを消し去ることはない。
 けれど、不出来なパッチワークの解れた糸を切ることくらいは出来よう。
 まだまだ、燻る。
 崩落の季節は訪れたばかりであった。

成否

成功

MVP

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星

状態異常

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)[重傷]
黒撃
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)[重傷]
ヴァルハラより帰還す

あとがき

 この度はご参加有り難うございました。
 ザックームを経て、<漆黒のAspire>が来たり。そして――

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