シナリオ詳細
<Je te veux>雀蜂の憂鬱
オープニング
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大闘技場ラド・バウに彼は立っていた。
柔らかな長い髪を揺らすその人の名前はビッツ・ビネガーである。
「アタシって中間管理職とかも出来ちゃうハイパーウーマンなのよ。しかも、この美貌でしょう? 厄介なムシが多いのよ」
元々はファンの少なかったビッツではあるが、冠位憤怒との戦いに際して、ラド・バウ派の統率を行なった経歴により『戦い方は鉄帝人らしくないが、その手腕だけは評価する』などという声も多く出ていた。
ビッツ本人からすれば漸く自分の魅力に気付いたのかとちゃんちゃらおかしいとでも笑ってみせる所なのかも知れないが――
「で、アタシ自身もラド・バウには愛着があるのよね。あーんなことがあったでしょ?
ココを守るぞって気持ちがそれはそれはデカくなったワケ。ま、闘技場じゃ容赦はしないのだけれど」
負けるのを厭う。だからこそ、自分より強い相手と本気にならないのがビッツの在り方だ。
ビッツから見てもイレギュラーズは強い。正直を言えばもう『戦いたくは無い相手』にもなってきてしまった。
ビッツ・ビネガーは頬杖を付いたまま何事かを考えるような顔をしてイレギュラーズ達を眺めて居た。
「何が言いたいって言うとね。ラド・バウで保護した旅人がいたのよね、イレギュラーズよ。
ローレットには所属してない野良の傭兵みたいな奴だったのよ。まあ、その子はお世辞にも強いとは言えないわ。
精々マイケルの餌係とかをしてるのよ。ほら、ご覧なさいな」
ビッツが指差す先にはベンチに腰掛けてまじまじと見詰めているウォロクと、餌を運んでくる一人の少年、それからその餌をもぐもぐと食べるウォンバットの姿が存在して居る。
「可愛らしいでしょう、獣」
ビッツの瞳に疲弊が滲んだ。彼も彼で様々な仕事を熟してきているが故の疲労感なのだろう――
「と、言うわけでね。
あの子が狙われているのよね。まあ、イレギュラーズだから、弱いガキンチョでもコレから芽が出るかも知れない。
でも闘士未満のあの子じゃあ何かが来たら守りきれないでしょ? まあ、アタシもそういう子には優しいのよ」
何より顔が整っているとビッツは笑った。手招きに気付いた少年はマイケルと共にやってくる。
名をユージと言う彼は「再現性東京みたいな所から来ました。今はマイケルのお世話係です」と背筋をピンと伸ばす。
「イレギュラーズが来るって聞いてました。ローレットの人ですよね!?
本物? わあ、すごいなあ! 皆さんの活躍聞いてます! ぼくもそうなれたらなあって再現性東京から出て来たんです!」
そうして流れ着いたのがラド・バウだったのだろう。ユージはファミリーネームは棄てて、この地に身を埋めるのだと努力しているらしい。
「敵襲を斥けたらこの子に稽古でも付けてやって頂戴よ。
アタシはその間にラド・バウの様子でも見て回るわ。これから避けられない戦いが起こるでしょ?
……そう言うときにね、備えておかなくちゃね。食料は用意したのよ。あとは、自警団を再編したりしなくっちゃ」
ビッツははたと振り返ってからイレギュラーズ達の顔をじろじろと見た。
「アタシがそう言うコトすると可笑しく思える? まあ、色々とあるのよ。色々とね。
……本当に、もしもがあったなら如何するかを考えておかなくっちゃ。もう鉄帝国は派閥に分れてるワケじゃないわ。
けれど、どれだけ協力が出来るかよ。そういうのの作戦会議ってのも大事でしょ。言ってる間に何か来るかも知れないけれどね」
にいと笑ったビッツの背後でスースラ・スークラという青年が「ビッツ」と呼び掛けた。
「すまん。掃除をしようとしたのだが、モップが折れてしまった」
「どうしてよ!」
「モップの柄を扉に挟んで横着をした」
「許さないわよ!」
叱り付けるような声音でそう言ったビッツはがっくりと肩を落としてから「まあ、そういうことで」と笑ったのであった。
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ユージという少年は一人でこの世界にやってきた。
それから、流浪の旅を出来るわけもなく再現性東京にやってきたのだ。
彼の転機があったとすれば竜の襲来だ。それを経てから戦えるように鳴りたいと願ったユージはラド・バウに身を寄せた。
勿論、冠位憤怒との戦いの際にはラド・バウで保護されていた。その時には戦えない彼はローレットに強く憧れたのだ。
ビッツにローレットの一員になりたいと言えば誰か良いパロトンか指導役を見付けろと言われたのだそうだ。
「ぼくも戦いに連れてってくれませんか」
意気揚々と告げる彼はパンドラ蒐集器を持っている。詰まり、狙われる可能性があるのだ。
ビッツの見込んだとおり終焉獣は彼の元に来るだろう。その時、彼がどう振る舞うかでその先を決めたいとでもいうのか。
「ビッツって案外世話焼きなんだよ。そうじゃないと、私とマイケルを一緒に居させないから」
ウォロクはマイケルの頭を撫でながらそう言った。
「もし、見込みがあるなら、ユージは連れて行ってあげて。無理なら、ラド・バウで頑張るから。
敵が来た。あれ、ユージを狙っているよ。だから、倒そう。
あ、それから……『これから』のことも、考えたいね。色んな人に声を掛けて、敵襲に備える、とか。案を教えてね」
ウォロクは淡々と呟いてから、元革命派である現在の旗頭の少女が作ったスープが美味しかったなあと何気なく呟いたのであった。
- <Je te veux>雀蜂の憂鬱完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年02月21日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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ビッツ・ビネガーのオーダーは非常に分かり易いものでもあった。
イレギュラーズ達と共に進むのはユージと名乗ったまだ年若い少年だ。14才になったが転移してきた頃は12才だったらしい。
自らも独り立ちしたいと考えたのはイレギュラーズと言う鮮烈な光に魅せられたからなのだろう。今日は憧れた英雄達と共に過ごせる事を何よりも喜んでいる。
(……意気は良いが、それだけでどうこうなるモノではないな。
――私達が臨む先にあるのは死地だ。共に行くというのなら、相応のモノがあるかを見せて貰うぞ)
生半可な状況下では迚もじゃないがユージの希望を叶えられないと『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は考えて居た。
そう、ユージはローレットの一員として闘いたいと願っているのだ。ビッツから見ればまだまだ。戦い方の指南を付けた方が良いと考えて此度の依頼を寄越したに違いないのだろうが。
「ギエエエエエ」
「マイケル、大丈夫、大丈夫」
にこにこと笑ってウォンバット――いや、彼も立派な闘士である――のマイケルの頭を撫でるユージを見ていれば心安らぐものである。
『プリンス・プリンセス』トール=アシェンプテル(p3p010816)は「こんにちは」と優しく声を掛けた。
「ユージさんの自慢の軽業ならいずれは盾役を任される事もあるでしょう。ここでその戦い方を学んで行ってください」
「……、はい!」
やる気十分なユージに「それじゃあ行こうか」と『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は優しく声を掛けた。
彼と共に闘い、終焉獣を斃す。それは彼の未来と、彼の手にする大切なもの――パンドラの蒐集器の保護となるのだから。
「ローレットに憧れて、かあ。私達もいつの間にかそういう立場になったんだね」
嬉しそうに笑った『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はそっと声を潜める。
「悪い気はしないけど、連れて行くかどうかは別問題だね」
「ああ、それを見極めるのが俺達だ」
頷く『竜剣』シラス(p3p004421)もユージがどの様に闘い励むのかを見極めるつもりであった。
アレクシアのように『戦いに連れ出すべきではない』という事を念頭に置いている者も居れば『終音』冬越 弾正(p3p007105)のようにユージの闘志が折れないならばローレットに誘いたいという考えもある。
「初陣です。がんばります」
「ああ。無理はしないでくれたまえ」
静かに告げた『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)にユージは頷いた。ルブラットの目から見ればユージという少年はやや前のめりにも思えるところをマイケルによってセーブされている気がする。それが世話係を担っているからだという誇りのようなものであるのかもしれないが。
「敵が来るようだ」とルブラットが告げればユージの肩が緩やかに動いた。
「まったく……どんな時でもゆっくりはさせてくれないようだね。
ちょうどいい。ユージ君、後ろで我々の戦いを見ているといい。見取り稽古といこう」
にんまりと唇を吊り上げたのは『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)であった。その周囲に稲妻がばちりと走る。
その鮮やかさに魅せられた様子でユージは顔を上げた。
ひらりと花弁の魔力が踊る。にんまりと笑ったアレクシアは「ほらほら、行かなくっちゃね」と背を叩いた。
「さて、とりあえず倒すべきを倒しましょうか! みんなの安全を守るためにもね!」
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イレギュラーズである。だからこそ、蒐集器を持っている。それを前提に置けば、弾正は自身等にユージを任せたビッツの考えが良く分かる。
「さて、ビッツに稽古を付けて貰っていたのか?」
「えっ、はい。すこしだけ」
弱いわね、と蹴散らされたと告げるユージに弾正は小さく笑った。
「冬越弾正だ。宜しくな俺も外に憧れて深緑から練達へ出て来た身。君と同じさ」
明るい表情を浮かべるユージに「忙しくなるぜ」とシラスは告げる。
「お前のように身軽が取り柄の奴は囲まれるときつい。
それでも敵の方が多い場合が殆どで実際に求められる役目も大勢を引きつけることだ。それならばどうする? 俺はこうだ」
シラスは地を蹴った。前線へと飛び込むシラスは敵の只中に立っている。ユージは続こうとするがアレクシアが首を振った。
「見ていて」と。ルブラットはユージは一撃の火力に優れているわけではないだろうと考えた。だからこそ、『支援役』の立ち回りが必要なのだ。
そっとロザリオに手をやってからルブラットが「見て居ると良い。戦い方が良く分かる」と告げた。白を纏ったルブラットはそっとナイフを握り締めた。
「敵を弱くする技を身につけろ。身のこなしだけではどれだけ鍛えても足りない。世界はお前が達人になるのを待ってはくれない」
「は、はい」
シラスはさらりと言ってのけた。厳しい一言だが、それは尤もだとヨゾラも認識している事だろう。
「それと付与を取り入れろ。
お前のように直撃(クリーンヒット)を躱す戦い方と相性がいい。ブレイクさえなければ少ない訓練で大きく実力を伸ばせる」
シラスが告げればユージは確かめるように掌を見た。マリアはヘイトコントロールを試し見るようにユージの程近い相手を遊撃しながらユージの出方を見続ける。
「ユージ殿、仲間と同じ敵を狙うように!」
連携を意識する事を助言すれば慌ただしくユージが脚を縺れさせた。弾正は「慌てずに!」と告げる。ビッツに仕込まれただけあってシラスの言う『敵を弱くする術』は直ぐにやりこなしたか。付与を取り入れろ、と言われたときに手間取ったのは慣れていないからだろう。
トールが引き寄せる終焉獣をマイケルが威嚇する。「マイケルくん!」とトールは感激したように告げた。マイケルが守ってくれているような喜びに溢れたのだ。
「……大丈夫。マイケルくん、戦えますよ」
「ギエエエエエエ」
にこりと笑うトールとマイケルの間に流れる空気にルブラットは「あれは、どうしたことだろうか」と問うた。
「うん、マイケルはトールがすき」
頷くウォロクははた、と顔を上げる。ユージと呼ぶウォロクにいち早く反応し、ルブラットは懐から拳銃を取り出した。不意を衝くように、宙を裂いた絶叫(だんがん)。
ユージの頬を掠め、そして終焉獣を打ち倒す。未だ襲い来る其れ等はパンドラ蒐集器のひとつでも持ち帰ってみせるとでも言う様だ。
「油断しちゃダメだよ!」
「は、はい!」
アレクシアに頷くユージを支えるマリアは「さて、怯えている時間はないよ!」と依然として遊撃手として立ち回る。
「惑うなよ!」と汰磨羈が告げればユージは慌てた様に前に飛び出しかけ――「前はダメだぞ」と弾正の注意を受けた。
個人戦になれているならば、そこから正さねばならない。盾役となる者から前には出ないように。突出せぬように。
連携という部分が弱い。戦いも個人で、それも自身が格上ならばなんとかなる。だが、この時勢ではそれも難しいはずだ。
「……ローレットのイレギュラーズになるんだ!」
ビッツは言っていた。呆れた顔をして、それでも嬉しそうに。
――ま、強くなってくれればアタシは嬉しいわよ。けれどね。
死ぬのは御免、だと。死なない位強くなったと彼等が認めてくれれば、ビッツだって安心してくれるはずなのだ。
憧れを突き進むように少年は前に出て――気付いたようにヨゾラが手を伸ばす。
「……いけない! 誰も倒れさせない!」
守るように立ったヨゾラ。ユージは驚いたように目を見開いた。
全然役に立てていない、と。そう実感したのだ。『自分がイレギュラーズとしての初めての実戦』は脚が竦むことばかりだ。
ラド・バウではない。闘士達が皆で守ってくれるわけではない。だからこそ、恐い。
「ユージさん!」
呼ぶヨゾラにはっとしたように彼は顔を上げた。汰磨羈は「立ち止まるな!」と声を上げる。
「付いてこい。出来るのだろう?」
「で、できる! できるんだからな!」
走る。小柄な彼は風を乗りこなすように軽やかに動く。その戦い方は汰磨羈も及第点と感じている。
彼に足りないのは度胸と、それから『死地に赴く為に持ち得るための覚悟』か。
「では、ユージ君! 君の稽古だけれど……」
マリアが話しかけようとした刹那に勢い良く終焉獣が横槍を入れてくる。
嫌がらせのようにどすん、どすんと地を踏み締めて終焉獣が襲い来るのだ。
「あ、ごめんなさい。聞こえません」
「ああ、だから、ユージ君。まず君の戦い方だけれど……」
またもや足音が邪魔をする。マリアは苛立った様子でぎらりと終焉獣を睨め付けた。
「教育の邪魔をするんじゃあない!」
叱るように蹴散らしたマリアにユージはぽかんとした顔でその様子を眺めて居た。
「さあ、敵の攻撃は私が引き受けるから、倒してしまって!」
「は、はい!」
慌てたユージをウォロクがじいと見詰めている。パンドラ蒐集器を護るべき戦いだが、同時に少年の未来を決める事となる。
「マイケルくんは、どう思う?」
そっと囁いたトールにマイケルが「ぎい」と言った。ウォロク曰く「きっと、認められないよ」との事だ。
肩で息を切らし座り込み、「勝った!?」と瞳を輝かせるユージにルブラットはそっと手を差し伸べた。
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「ユージ君は……連れて行くことはできないかな! 残念!」
「えっ!」
アレクシアの言葉に驚いたのはユージだけではない。シラスは「アレクシア」と声を掛けた。気持ちは同じだったからだ。
最初に聞かされていた。ユージがローレットへと参画できるかどうかは皆で見極める、と。その内の一人であるアレクシアが首を振ったのだ。
苦笑を浮かべる彼女はユージの目から見れば穏やかで美しい女の人だった。聡明な蒼い瞳がどこか困惑したように細められるのだ。きっと、言いたくない言葉を紡いでいるのだろう。
「いや、気持ちは痛いほどわかるんだけどね。だからこそかな。
ユージ君はローレットに入ったとして、何をしたい? 何のために戦いたい?」
「何の、……だって、闘うのって、必要な事、ですよね?」
アレクシアは渋い顔をした。彼のその曖昧な言葉を耳に為ながらヨゾラはちらりとユージとアレクシアを見比べた。
(うん、アレクシアさんの云う事は分かる。だって、戦場は恐ろしいところだ。
……ウォロクさんやマイケルさんも、見ていればユージさんをカバーしていたし、彼は一人だったら……)
ぞっとするような未来がある。味方との共闘はそれなりに出来て居たが連携は出来ていなかった。手数を活かすことは出来ていたが一人で敵を的確に、というのは初陣では難しいようにも思えたか。
「……なんとなく憧れて、ってだけだときっと辛い思いをたくさんすることになると思うからさ。
逆に、護りたいものがある、とかならさ。ローレットに入るよりはその側にいて、自分を磨くのが一番だよ。
このご時世、危険はいつ何時現れるかわからない。大切なものを取りこぼしてからじゃ……遅いんだ」
アレクシアは真っ直ぐにユージを見た。俯くユージに「僕もユージさんを見ていたよ。いつだって稽古の相手にはなれるからね」とヨゾラは言った。
真っ向から告げたアレクシアに戸惑うユージの背を撫でるヨゾラは「君の未来を守るためだと思う」と苦々しげに言う。
「うむ。そうだ。私も正直判断には迷ったぞ。シンプルに、以下の3つの点で評価をしようと思ったのだ。
ひとつ、自分の意思で、仲間へのサポートが的確に出来たか。ひとつ、倒すべき弱った敵を狙えているか。ひとつ、的確な位置取りと自衛を行えているか。御主の戦い方なら、現時点でこの三点は出来ていて然るべきだ。集団戦を主とするローレットの中で戦うというのならな?」
「ぼ、く」
「ああ、そうだな。マイケルやウォロクに『支えられているようにも見えた』。
だが、筋は悪くない。ここで少し鍛えていっても良い。経過観察だ。私達から得られるヒントもあるだろう?」
汰磨羈は合格点を出せやしないと入ったが、悪いとは思ってはいないと微笑んだ。
「ユージ殿、俺は弟弟子であるユージ殿の闘志を見込んで合格だとは思って居る」
弾正に晴れ渡るような表情を浮かべたユージは「でも、それだけじゃ……」と呟いた。
「ああ。私自身は戦闘が得意でない故、最終的にどの程度負傷したか、致命傷を避ける努力は出来ていたかで判断した。
医師の目線で、強大な敵と戦った際にも、容易に戦闘不能に陥らないかどうかをね」
「……それは、だめでしたよね」
「そうだな。そうだとしか言えない。裁定は厳しめだ。だが、最前線で戦うのみが全てではないよ。
何処かで身近な者を守るために剣を取れる者が存在する。その事実を信じられるだけで、救いになる誰かも居る……忘れないでくれたまえ」
ルブラットが思い出したのは黒髪の少女だった。彼女の心は砕け散る手前まで言ったがなんとか持ちこたえた。
あの人は、猛き想いと、あるべき場所をしっかりと分かって居たではないか。鉄帝国にはそうした人々が活躍する場所もある。
「ローレットで共に戦いたいと言ってもらえる気持ちは嬉しいです。
ですが、帰るべき場所、守るべき人、身近なものを護るのも立派な戦いですよ。
そういう人々の支えがあって僕たちは安心して最前線に往けるのですから」
「分かってる、けどさあ」
悔しげに、そして苦しげに告げるユージにトールが渋い表情を見せた。
さて、と手を叩いてからマリアはにんまりと笑う。
「ユージ君! 君のようにちくちく攻撃するタイプは、私のように長期戦前提が得意なタイプとは相性が悪い。
そんな時はどうする? ラド・バウならばそのまま戦えばいい。だが、命を賭けた戦場での実戦ではそうはいかない」
「えっ、と」
先程の戦いを思い出すが、戸惑ったユージにマリアはにこりと笑ってから「意地が悪くてごめんよ」と肩を竦めた。
「その状況によって自ら判断しなくてはならない。そうだね……。
選択肢としては①素直に退く。②有利な能力を持つ仲間に任せる。③一対多を徹底する。このくらいだろうか?
問題は退けない時だ。人間誰しもが絶対に退けない戦いをしなければならない時が必ず来る。
そんな時、頼れるのは何か? 自らの鍛えた技、肉体、そして戦闘経験だ」
「はい」
マリアはユージを見た。ビッツが彼を預けたのには理由がある筈だ。何も、その心を挫けとは言わないだろう、だからこそ。
「君はまだ若い。私個人としては、ラド・バウでもっと経験を積んでからこっちの世界に足を踏み入れても遅くないと思う。
私達ですら常に死と隣り合わせだ。新しい仲間には少しでも生き残る確率を上げてほしくてね」
「新しい、仲間」
「ああ、そうさ。そうだろう?」
くるりと振り返ったマリアにシラスはやれやれと肩を竦める。
「ローレットは来るもの拒まずだぜ。だから仲間だって言うなら、そうだ。それにさ……ビッツも分かってるはず。
それでもこんな話をするってことは死なせたくないんだろ……俺だってそうだよ」
「ビッツが……?」
師と仰ぐわけではない。人気がない戦い方をしているとビッツは自らで理解しているのだ。そんなビッツが旗頭(代理)になったラド・バウ。
そうして行く先を迷う子供が目の前にやってきたのだ。彼を前にしてからシラスはうんと困った顔をした。
「……14歳、ちょうど自分が呼ばれたのと同じだ。がむしゃらにやってきた。でもここまで来られなかった仲間もいる、……皆いい奴だった」
「ッ――」
引き攣った表情を浮かべるユージをアレクシアは見た。汰磨羈は静かに目を伏せる。
「子供に同じ戦いはさせたくない。家(ラド・バウ)だってある……だから賛成できない」
「わか、ったよ」
ユージは俯いた。ヨゾラと弾正の励ましの言葉に「此処でもっと頑張るから、さ……」と彼は絞り出す。
ルブラットは一度ユージに向き合ってから、次の議題が待ち受けているとウォロクを見た。ラド・バウの幽霊はその希薄な存在感を活かして各地の連携の為に行き来しているらしい。
「さて、今後の話か。私が革命派において権力を有しているかというと一切そんな事はないが、伝言なら承れるよ。
共闘も可能ではないかな。前にあちらで終焉獣と戦った時も、戦力を求めている様子だった」
「……なら、お願いして、いい? 戦いが激化する。一緒に」
「ああ、承ろう」
ルブラットはウォロクに頷いてから、ふとユージを見た。俯く彼は「もっと強くなりたいです!」とシラスや弾正に詰め寄っている。
「それと、大した事ではないのだが、スープが美味しかったという話も、伝えていいかな……きっと、喜ぶだろうから」
「あっはい! もしよければ……お伝えください!」
ルブラットは頷いた。革命派は人命救済を掲げている。ユージがスープを飲んだのもその折りの事だろう。嬉しそうに告げた彼の言葉を届けてやれば、きっと彼女は喜んでくれるはずだ。
陽気に首を振るマイケルを抱き上げてから「世界が平和になったらマイケルくん談議をしましょうね」とトールは微笑んだ。
「打ち上げはしよう。聞きたいことを何でも聞いてくれ」
ユージの背を叩いてから弾正は楽しげに笑って見せたのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
皆さんはラド・バウの少年から憧れる立場。こうした存在を守って行きたいですね。
GMコメント
●成功条件
ユージを守り切ること
●ロケーション
大闘技場ラド・バウ外周です。ユージが訓練を行なうエリアに終焉獣がやってきました。
ラド・バウ自体で自衛が出来ますが何だかんだと言って世話焼きのビッツは「ユージを実践でカヴァーしてこれから先の事を決めてやってほしい」と頼みました。
つまり、ユージと一緒に戦うことが今回のオーダーです。戦えるならローレットに引き抜いても良いですし、鍛錬ならばラド・バウで詰ませても良いでしょう。彼の進路を決定してあげる手伝いをして下さい。
●終焉獣 10体
それぞれが個体差が大きくあります。巨大な終焉獣ベヒーモスにも良く似ており、パンドラを喰らいます。
ユージの持っているパンドラ蒐集器他、イレギュラーズのものも狙ってくるようですが……。
大きさはそれぞれ違いますが巨大な終焉獣が一匹居ます。それがボス格のようです。
強さはイレギュラーズが手を貸せばそれほど苦労なく倒せるでしょう。ビッツもそう見込んでます。
●NPC
・『ユージ』
ラド・バウでマイケルのお世話係の少年。14才です。パンドラ蒐集器は生き別れてしまった母の懐中時計。
ビッツに教えて貰った戦い方は軽業を駆使したものです。身軽である事からちくちくと敵を痛めつけて倒します。
戦いが終ったならばユージに稽古を付けてやるほか、今後の話をしてやっても良いでしょう。
・ウォロク&マイケル
サポート役で居ます。ビッツに任されたそうです。後で事の顛末を伝えないと怒られちゃう……。
マイケルはころころと転がっています。ウォロクはユージが危険の際にだけ庇いにやってきます。
ビッツと共にこれからの戦いに備えての準備をして居るようです。一度派閥に分れた鉄帝ですが、現在はそうではないので様々な場所での連携を意識して、来たる戦いに備えたいようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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