シナリオ詳細
<グレート・カタストロフ>死を握りしめる
オープニング
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「――――成功だ」
静かな声で呟く男の視線の先には、空気穴をいくつか用意されている箱の中。そこには一匹の小さな鼠が駆けずり回っていた。
先程まで死んでいたこの鼠は、男――松元 聖明が開発した薬によって蘇生に至ったのだ。
果たして、それは生還と呼んでいいものか。以前と同じ魂であると断言できる要素も無い。
それでも、彼は信じたのだ。
今彼が小瓶に詰めた液体を『死者蘇生薬』であると。
「マウスで成功したのならば、次の段階だ。幻想種か、人間種か……」
次の実験へと心躍らせる彼は気付かない。
生還したと思しきマウスの体の一部に、不自然な膨らみがいくつも生まれている事を。
●
天義国内は混乱していた。
それもその筈。先日漸くルストをはじめとして、遂行者関連のいざこざも終えたばかりで今度はバグ・ホールやら何やらといった詳細不明の物の連続した出現だ。
あちこちで起こっている出来事に対応すべく駆り出されたイレギュラーズは天義国内に歩みを進めていた。
雪が僅かに積もる平地の、開けた視界の中で、不意に見えた二人組。
一対の白黒の羽を有した美女と、白衣に身を包みマスクで口元を覆い肩からは聴診器を下げている丈夫そうな体躯の男。
彼等の姿を見て足を止める。
その中で松元 聖霊(p3p008208)がアメジストのような瞳を限界まで開いて、唇から呼称を零した。
「母さん、父さん……」
以前会った時は深緑だった。まさか天義に来るとは思わず、困惑が強く浮かぶ。
彼の動揺を余所に、彼の両親――――松元 聖明とエピアは、聖霊を見つけると嬉しそうに笑った。
「久しぶりだね、聖霊」
「あらあら、どうしたのかしら」
二人の何でも無いような様子に、どこか薄ら寒さを覚える。
あの前回の別れを覚えているはずなのに。
震える唇から、どうにかこうにか言葉を絞り出す。
「……どうして、ここに来たんだ。ここには、幻想種は居ないはずだろ」
以前、彼等は深緑に居る幻想種を攫い、研究材料にしようとしていた事がある。もしも、まだ幻想種に拘っているのなら、ここではなく深緑に居るはずではないのか。
その質問に、聖明が嬉しそうな顔で答えてくれた。
「リーベさんを探しているんだ。君も知ってるだろう、聖霊」
その答えに、彼女が死の間際に言っていた「私は魔種だから、多分、欲しい人は、居るでしょうし」の言葉を、聖霊は思い出す。アレは、やはりこの事を予見していたのか。
彼がリーベの事について言及する前に、聖明の方から質問が飛んでくる。
「彼女は魔種だったろう。その身体を使わせて貰いたいんだ。
聞けば、彼女は先の天義国内での騒ぎの中で亡くなったとか。その遺体がどこにあるのか、君なら知っているんじゃあないのかい?」
父親の言葉に眉を顰める。
彼女の身体を使わせてもらいたい?
それも遺体を?
一体何の目的で?
考え得るのは、『魔種である母と同じ魔種であるリーベの身体を解剖したい』辺りだろうか。
確認の為に問う。
「あいつの身体をどうするつもりなんだ」
「実験台になってもらおうと思ってね」
「実験台?」
背中を、嫌な汗が伝う。
聖明の手が白衣の内側に入り、一つの小瓶を取り出した。
「『アレ』が完成したんだよ、聖霊」
次の言葉が出てこない。喉の奥がヒュゥと鳴って、胸の心拍が速くなる。
聖霊と血が繋がっているのがよく分かる、綺麗なアメジストのような瞳が嬉しそうな顔で笑うのを、見ているしか出来ない。
仲間がその小瓶の中身を尋ねる。「それは何だ」と。
彼は笑って答えた。「死者蘇生薬だ」と。
「実験用マウスで既に証明済みだ。次に、捕らえた幻想種や人間にも試してみたけれど、彼等には拒絶反応らしき症状が出て成功はしなかった」
「失敗薬じゃないのか」
「失敬な! マウスでは成功だったんだよ。
だから、こう考えた。幻想種や人間は純種だ。では、魔種であれば拒絶反応も無く成功するのでは?」
「…………は?」
「すぐにエピアさんには与えられない。かといって、我々に魔種の伝手があるかというと、実は無い。だが、たった一人だけ知っている魔種が居る。それがリーベさんだ」
隣に立つエピアが、ここで漸く口を開いた。
「聖明さんはね、こう考えているのよ。生きたままでは元に戻れないのなら、死んだら元に戻るのではないか、って。
でもね、実験も練習も無く、本番を実行する訳にはいかないでしょう。だから、リーベさんで試そうと思ったのよ」
リーベを知る者の脳裏に、彼女の笑顔が蘇る。寂しげに笑って逝った、その顔を。
自分でも気付かないままに、聖霊の拳が強く握られる。
「悪いが、教える事は出来ない。あいつの遺体は、俺もどこにあるかわからねえんだ」
彼女が望んだ理想郷は既に崩れた。偽の神の国も消え、あの場所も今はどこにあるのか分からないまま。故に、その答えに嘘偽りは無い。
聖霊の回答に、聖明の眉が顰められる。
「君は彼女を生き返らせたくはないのかい? 魔種から純種に戻るのを見たくは?」
生きてほしかった。その思いに偽りは無い。
だが、彼女はあの時覚悟していたのだ。魔種である事を後悔しながらも、覚悟を持ってイレギュラーズと相対した。そして、徒花と咲いて、散った。
「俺が例えそれを望んだとしても、患者の意思を蔑ろにする訳にはいかねえだろ」
彼女は自分の患者だ。その意思を尊重するのが医師だ。
母を魔種から純種に戻したいという父の気持ちは理解できる。
けれど、その為に彼女の遺体を使いたいというのは、それは――――
「納得して死んだ奴で実験しようなんて、医者がする事じゃねえだろ、父さん!」
救命行為はまだ分かる。生命を助ける行為だ。だけど、父がリーベに対して行なおうとしているそれは、尊厳を奪うに等しい行為としか思えない。
叫ぶ息子の姿を見て、聖明は「やれやれ」と肩をすくめる。
「交渉決裂か。仕方ないね」
「どうしましょうか? 聖明さん」
「魔種が居ないのは残念だけど、イレギュラーズなら実験に耐えうるかもしれないね」
「――――そうね、私達と違う、別の意味で強い人達だものね」
その言葉が意味するところは一つ。
構えるイレギュラーズと二人の近くで、咆哮が上がった。
振り返ると、戦いの気配を感じたのか、此方へと向かう何かの集団があった。よく見れば、体は透き通っており、青白い。
姿形は青い馬に羽が生えたような異形と、ずんぐりむっくりした体型とはいえふかふかの毛皮を有するしましま模様の巨大猫。後者の大きさは前に立つ人達の背と並ぶ程の大きさだった。合わせて十体程で、割合は半々といった感じである。
「困ったね、前回といい、今回といい、邪魔が入るようだ」
「本当にね。それで、聖明さん、どちらから狙いましょうか?」
「青白い方から行こう。その後でゆっくりイレギュラーズを捕まえよう」
「分かったわ」
改めて向き合う、夫婦とイレギュラーズ。
青白い異形の集団はすぐそこまで迫っていた。
- <グレート・カタストロフ>死を握りしめる完了
- かつての医神が堕ちる時
- GM名古里兎 握
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年02月03日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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青白い集団を仲間達が抑えてくれている間に、数名が聖霊の両親と向かい合う。
彼等は聖霊を見て笑顔を見せる。今の状況でなければ、その笑顔はきっと温かいものを息子である聖霊に与えてくれたはずなのに。
震えそうになる唇から、言葉を紡ぐ。
「俺は、医神になれば全ての『生きたかった生命』を救えるって思ってた。『運命に大切な人を奪われた人』も!」
医神とは傲慢である。彼も傲慢であると自覚はしていたし、過去に指摘された事もある。
彼の脳裏に去来する、『運命に大切な人を奪われた人』達。
その中には、今側に居る親友も含まれている。この場に居ない、魔種となってしまった親友の女の事も連鎖して思い出す。
「……死者蘇生薬、完成してたんだな」
「ああ」
「けど、その為に、どれだけの人数を犠牲にした! そいつらはどうしたんだ、父さん!」
「何を言っているんだ、聖霊? 実験体は、死んだらそれまでだよ」
「…………今の父さんは目的の為なら手段を選ばなくなっちまった。
昔の父さんなら人を実験台にする事なんて絶対しなかったのに」
記憶の中と現在の彼の乖離に、胸が痛い。
どうして医神が、そんな命を軽々しく扱うようになったのだ。幼き頃に伝えてくれた教えは何だったのだと、感情が濁流のように荒れ狂う。
(それとも、俺の知ってる父さんは、医神はそれすら隠してたってのか?)
顔を歪める。哀しみが胸の内を支配する。
「父さんのやりたい事はわかる。だけど、間違ってる。それは、医神のする事じゃない!」
苦しい。胸が痛い。
「ならば、どうする? 私達を止めたいと思うなら、戦うしかないよ、聖霊」
癇癪を起こした子供を宥めるようなトーンで諭す父に、聖霊の目が一瞬だけ瞠り、それから顔が歪む。
それ以上言葉が出ない彼に、英司が話しかけた。
「聖霊、俺にもご両親と少し話させてくれ」
「……ああ」
彼の許可を貰った事で、英司は前に進み出る。自分がこれから言う話は、きっと聖霊を傷つける。その顔を、見たくなかった。
聖霊からは表情が見えない位置を陣取り、「よう、久しぶりだな」と努めて明るいトーンで話しかける英司。だが、その顔に以前彼等に見せたような明るさは無い。
「聖明、きっとアンタは正常だ。愛する者が魔種であることは幸せを目指さない理由にならない」
「前回とは雰囲気が変わっているね、君」
何が君をそうさせたんだね?
視線がそう言っているような気がして、英司の口元が笑う。
「愛しい女が魔種になったからな、少しはわかるさ。
聖明、アンタとの違いは、共に死のうとして、俺だけ死に損なったことだ」
「…………それは、お悔やみを申し上げるよ」
英司の境遇を想像し、同情したのか、医神の口から殊勝な言葉が零れる。
一つ、彼に聞いてみたかった事がある。だから、英司は言葉を続けた。
「なぁ、この世界にも死後があるのなら。
死者蘇生薬が作れるアンタなら、旅人でも、死後に魔種と同じ地獄に落ちる薬を作れやしないか」
己は旅人(ウォーカー)であり、この世界に元々住んでいた人間ではない。それ故に、愛した女と同じように狂う事すら出来やしない。
だったらせめて、地獄で共にあれる為の手段を得たかった。悪人だけをこの手で殺めても、それでは地獄に行けないと思っているから。
英司の言葉に聖明の目が見開く。数秒ほどの時間の後、落ち着いた聖明が溜息を零す。
「残念ながら、それは無理だ」
「何故だ。死者蘇生薬を作ったんだろう?」
「君、勘違いしているようだね? 私は仮にも医者だよ。医者が、人を殺める薬を開発しようと思うのか?
死者蘇生薬は生きる事を目的にしたもので、死なせる為のものではない」
「っ……!」
言われてみればそれはそうで。
これまでに何人かの幻想種や人間種を研究に使用したとしても、それは死なせる為ではなく、薬や治療の為の実験体であった。つまり、結果として死んだという事。
聖明の口から再度零れた溜息に込められていたのは呆れ。
「私はリーベのような薬師ではない。そういった薬が欲しいなら彼女に縋れば良かったんだ」
縋る相手を間違えていると告げた父の目に、英司の後ろで控えている聖霊の顔は映っているだろうか。
親友の発した言葉を受けてショックを受けている息子の様子を。
「お話は終わったのかしら、聖明さん?」
「ああ。じゃあ、改めてあの乱入者を片付けよう。彼等だけでは大変だろうからね」
イレギュラーズの包囲網を掻い潜って接近してきた敵の一部を羽で痺れさせていたエピアが、聖明の言葉に頷く。
彼等の足が仲間達と乱入者に向く前に、一つの手拍子がゆっくりと、されどハッキリした大きな音で繰り返し響いた。
●
拍手の主は『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)であった。その者は口内まで真っ赤な口を三日月のように歪ませて、聖明達を見据えていた。
「死者の蘇生?
貴様、私を冒涜するのは勝手だが、混沌への嫌がらせのつもりか。残念だが、私は其処まで優しくないのだよ」
言っている意味が分からず、夫婦揃って眉を顰める。だが、その様子を気にする事もなく、ロジャーズは言葉を続けていく。
「不在証明を乗り越えた先、それを成し遂げたのならば、成程、凄まじいかもしれん。されど、所詮は妄想の域を外れないものよ。まさか、本気で『成功した』と思考しているのか。素晴らしいほどに蛇だな」
ロジャーズが目を持っていたなら、目を細め、冷ややかに彼等を見ていただろう。
どういう意味かを視線で問う彼等に、ロジャーズは教えてみせる。
「失楽園に相応な、地を這う獣なのだという事だ、貴様」
楽園を追い出された原因たる蛇。それになぞらえて吐き捨てたロジャーズの言に、聖明達の顔がいよいよ険しくなる。
「聖明さん、予定を変更してもいいかしら?」
「ああ。同じ思いだよ、エピアさん。相手はどうやら狂人のようだね」
彼等の標的はロジャーズで決まりのようだった。隠そうともしない殺意を向けられたロジャーズは、見えない鼻を鳴らして、再び言葉を吐き捨てた。
「狂っているのは私だと? 貴様の言葉は正しい。
忌々しい愚者。我が身に刻み込んだ魂を、肉体に還すと宣うか。赦し難い宣言だ。度し難さこそが我が魂の有様なのだよ。
我が魂と肉体に刻まれし我が名はロジャーズ=L=ナイア。我を地に伏せる事が出来るならばやってみせるがいい」
挑発的な名乗りを上げて、彼等の怒りの対象が自分だけになるように仕向ける。
エピアの羽根が飛ぶ。黒の羽根が飛んできたが、それはロジャーズの前に突如現われた障壁が阻んだ。
ロジャーズと夫婦の間に、英司が割り込む。神経増強剤を首に打った男の動きが速いと分かるような動きを見せる事で、相手に、攻撃するのではと誤認させる。
運良く誤解してくれたエピアが回避し、カウンターのように羽根を飛ばす。今度は白い方を飛ばしてきて、それを英司は高く跳んで宙返りする事で避けた。
聖霊から既に支援を受けている事には気付いていたので、わざと受けてみても良かったのだが、あまり親友に怒られたくはない。
青白い集団を相手している仲間達に視線を一瞬だけ移せば、彼等はまだもう少しかかる様子だった。
それまでは、ロジャーズと聖霊との三人で、夫婦を相手するしかないようだ。
●
足が取られそうな雪の上を少し浮く事で、生じる不利益を回避していた。
『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)の咆哮により、彼女目指して猫達がやってくるのを待ち構える。とはいえ、立つ人の背程もある大きさでずんぐりむっくりな体型の猫である。圧が強い。
だが、ヒィロは怯む事などしない。己は強いと自負しているし、それに何より、頼りになる相棒である美咲が居るから安心して力を振るえるのだ。
失敗しないおまじないを自身にかけて、動く。
近付いてくる猫達がそれぞれ異なる技を出さんとする。
転がるようにして直接ぶつけてくる者、爪を伸ばして空気を裂くように斬りつけてくる者。
彼等の攻撃に対して臆する事無く受ける、或いは避けて対応する。
彼女ばかりに負担は掛けられない。『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)は距離を取っている猫との間を詰めて一度受けた後、包丁を振るった。『見えた』それに包丁の刃を当てて、切る。血も無く、傷口だけが新しく生まれた。
「全部丁寧になんて相手してられないし、ある程度は振るいにかける、と」
美咲も数を減らしていく中で、消耗の激しいヒィロは少しずつ削られていく体力を自覚する。再生の力を有しているとはいえ、痛い事に変わりはない。動き続ける内に身体が温まっていくのを感じる。血も身体のあちこちから少量ずつ垂れてきているのが分かる。それらに伴って、気分が高揚してきて、ヒィロの顔が笑みを形作る。
「美咲さん!」
「はい!」
呼んだ相棒の力強い声。
知らずに緩んだ口元を引き締めて、ヒィロは美咲と共に一撃を繰り出した。
二人とは別の猫を一体、相手する『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は、この一体がヒィロと美咲の元に行かないように注意を払っていた。
星空が煌めく刀身を振るえば、周囲にその威力を知らしめる。星の名を持つ妻と共に戦っているような思いで猫と向き合う。
急に、眼前の猫の姿形が揺らめく。一声だけ「ぶにゃああああ」と鳴いて、その猫は下半身が人間の足、上半身がメスライオンという異形へと変貌する。キメラのような出で立ちに、思わず「うわぁ」と呟いたのも致し方ない事。
「まあ、でも、それで怯むわけにはいかないから。ごめんね?」
全く恐れもせずに、彼は再び剣を持って懐に入っていく。
青い馬に羽が生えたような異形。わかりやすく言えば、青い天馬、になるだろうか。
彼等の放つ風爆弾は、ひとたび爆発すれば風が数え切れない程の風刃となって周囲に撒き散らされ、そのせいで被害を受けたイレギュラーズの身体のあちこちに小さな切り傷が出来上がる。
「厄介よねえ」
『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)が溜息を零す。近付きたくても、馬の方が速度が上で、懐に入る事が難しい。
大太刀を振るう程の間合いに入りたいのに、馬がそれをさせてくれない。間合いに入ったと思ったのに、大太刀を振るう準備の段階で動かれ、ギリギリの回避をされてしまう。
その動きに頬を膨らませた『無尽虎爪』ソア(p3p007025)が、「んもー!」と叫ぶ。
「あの二人と戦うにしても、話し合うにしてもこいつらは邪魔!」
回避されてしまうのならば、それを上回る程の速度を出せば良い。
「速さなら負けないんだから!」
己のみには雷の因子が宿っている。それを最大まで活性化するように術を施し、そして、複数の雷光を周囲に煌めかせた。
天馬だけを選んで放ったその雷撃。彼女の攻撃を受けた天馬達の身体に焦げた跡はあるものの、しぶとく立っている。
「あらあら、しぶといわねえ」
「本当だよ! もーっ!」
その代わり、動きが鈍い個体に対して、メリーノの大太刀が入るようになった。「あら」と嬉しそうな声を上げて、天馬の体当たりを避ける。
「これならいけるかもしれないわねえ」
「やっちゃうよー!」
即席コンビの女性達は、青い天馬目指してその身を躍らせた。
嘶く天馬も、彼女達を迎え討たんとするのだった。
●
エピアの攻撃をロジャーズが受け、英司が回避する。時折キメラもどきや天馬の方から遠距離攻撃が入る度、英司がそれらに向けて追い払うような威嚇をする。
このままロジャーズのみに任せるわけにはいかない事を英司にも聖霊にも分かっていた。アクロバティックな動きをする事で自身の息も上がってきているのが分かる。
ジリ貧になりそうだったこの場の動きは、横からの一言で変わった。
「親子の語らいはどんな感じ?」
そう言って割り込んできたヒィロの跳躍蹴りが聖明めがけて飛んできた。気付いた彼は背後に一歩跳ぶ事で、彼女の攻撃を避ける。否、わざと回避できるように手加減したのだ。それが聖霊の望みであったから。
弾丸のように割り込んできた彼女の目は笑っていない。それもその筈、聖霊と眼前の男が親子だと知るのはまだしも、聖明達がやってきた事を少なからず聞いた上で笑えと言うのが無理な話だ。
彼女の後をついてくるように到着した美咲もまた、聖明達へお世辞にもいい感情を抱いているとは言い難い。
(あの手の人種はどの世界でも、私らを希少なマウスくらいにしか見ないからね)
聖霊が傷つけたくないと言っていた。仲間の頼みが無ければ、猫よりも真っ先に消したいところではあったけれども。こんな事、本人の前では言えやしない。
エピアを抑えに動いているロジャーズの手助けにヴェルグリーズが入る。エピアの羽根攻撃を、彼の周りを浮遊する八つの剣が阻んだ。
ソアが走り、拳が彼女の腹部に当たる。視界の端で、聖明の顔つきが険しいものになるのが見えて、エピアから距離を取った。
聖明の杖がソアを向く。放たれた直線の光がソアに当たり、彼女の身体が雪原でバウンドしながら転がる。
その隙を突いて、メリーノが聖明の後ろに接近し、カタバミちゃんと名付けた大太刀を振るう。至近距離で振るわれたそれは、刃の無い部分でダメージを与えたからか、致命傷を与える事は無かった。彼女が聖霊の頼みを覚えてくれていた事に、聖霊は安堵の息を吐いた。
けれど、これ以上戦う事は避けたかった。その為にも、彼は口を開かねばならなかった。
「父さん、母さん! もうやめてくれ! 俺の仲間を傷つけないでくれ!」
子供の頼みを聞いてくれない親も居る。彼の両親はそのような親ではなかったらしい。傷ついたエピアの動きが止まり、聖明の元へと戻る。
「仕方ないわね。可愛い息子の頼みだもの」
「そうだね。今回は聖霊に免じて見逃そう。だが、次はこうはいかないつもりだよ」
二人は聖霊に向けて一度だけ微笑みかけて、それからエピアに運ばれる形でその場を去って行った。
イレギュラーズには、その背中が遠くなるのを見送るしか出来ない。
三度目の再会の時まで、彼等はこれまでと同じように幻想種や人間種に危害を加えるだろう。
それを考えると、英司は溜息を零す。分かっていた。それを認めるしかない。
視線だけを聖霊に向けると、彼は俯いていて。
「聖霊」
「……他の道は無いのか。
父さんも、母さんも傷つかず、何の罪もない人々が犠牲にならないようにする道は無いのかよ」
「分かっている筈だ、聖霊」
英司の言葉に臍をかむ。
彼の言いたい事は伝わる。
彼等が犠牲を出しており、そしてそれを後悔もしていない様子から、最早敵として相手せねばならない。また、今回彼等を見逃した事で新たな犠牲者が出る事も容認してしまった。
聖霊の望むそれは、叶わない。
――――ああ、酷く頭が痛い。
軋むような頭の痛みと、耐え難い現実に、彼の意識が途切れた。
倒れ込んだ彼を英司が抱き留める。白い顔で意識を失っている親友を見て、胸中で息を吐く。
(俺に出来るのは。いつか来る絶望を、共に背負う事だけだ。聖霊)
それが、今の彼に出来る事だと思っている。
ふ、と影が落ちる。二人の前に、メリーノが立っていた。
彼女は英司の顔をまじまじと見つめ、それから「英司ちゃん、酷い隈」と呟いた。
「初めてその綺麗なお顔を見たのに」
綺麗、と言われても、英司にはよく分からない。「そうか」としか返せなかった。
「なるべく、眠れる時は眠ったり、そういう事をするのよ」
「そうだな。検討はしてみる」
それが実行されるかはともかくとして。完全に肯定する訳ではない言葉を選んで言った事に、メリーノは気がついているだろうか。
微笑んで「ええ」とだけ頷くと、二人から離れていく。
他の仲間達が歩みを進める。あの青白い集団は何なのかと話している声が聞こえる。
聖霊を改めて背負い直して、雪原を進む。
鮮明な空が、今の気持ちと裏腹で、戸惑いを覚えた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
聖明とエピアは多少の負傷を抱えて撤退しました。また、今回の事でイレギュラーズを完全に敵と認識しました。
次回、イレギュラーズと遭遇した時、彼等は容赦なくイレギュラーズを襲うでしょう。お覚悟ください。
GMコメント
お待たせしました! 聖明さんとエピアさんのご夫婦再登場です。
何やら不穏な物を完成させたという聖明さんです。その実験台を求めているようですね。
リーベという魔種が手に入らないならイレギュラーズで……というつもりのようです。
そこに加えて、第三勢力も現われた、というのが今回の図になります。
それでは、今回もよろしくお願いいたします!
●成功条件
・青白い集団の撃破
・聖明もしくはエピアのどちらかを撃破(努力目標)
●フィールド情報
障害物の無い雪原です。
しかし、雪の為、足元に気をつけないと足を取られてしまう可能性が高いです。
●敵情報
・松元 聖明
松元 聖霊の父。聖霊が『医神』として尊敬する者。
死んだと思われていましたが、去年深緑にて再会。魔種エピアと共に居る影響か、妻エピアを純種に戻す為ならば人に害為す事を厭わぬようになっていました。
前回の戦いの様子から、BSを回復する手段はある事が判明しています。同時に、エピアの回復や補助に専念すると思われます。ただし、エピアが瀕死になるほどの攻撃を行なおうとした場合、スタンスが変わる可能性があります。
魔種と同行して狂っていない(ように見える)ことからも精神力が強く、それに伴う各種実力もある様子です。
今回は『死者蘇生薬』と称する小瓶(液体入)を所有していますが、今回コレを使用する様子はありません。
また、『死者蘇生薬』についても、本物であるかどうか真偽不明です。
・松元 エピア
松元 聖霊の母。聖霊が幼い頃に死んだと聞かされて『いた』。
白黒の一対の羽を持つ魔種。去年、深緑にて聖霊と再会。
翼から羽根を飛ばす攻撃は共通して【神近範】、白の翼は【麻痺系列】、黒の翼は【不調系列】を伴う事が判明するが、それ以上は不明。
また、魔種である以上、全体的な能力はかなり高い。
・透明な青白い集団×十体
青い馬に羽が生えたような異形×五体
体当たり【物至単】、風爆弾【神中範】で攻撃をしてきます。
しましま模様の巨大猫×五体
ローリングアタック【物至範】、双爪衝撃派【神中域】で攻撃をしてきます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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