PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<グレート・カタストロフ>焦る心、拗れる嫉妬

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「フラヴィア。東でファウ・レムルが一夜にして滅んだという話は聞いているな」
 フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)はその言葉を受けて短く頷いた。
 その反応をみれば、白髪混じりの黒髪をした偉丈夫――セヴェリンは深く息を吐いた。
 昏い金色の瞳は状況への険しさに鋭さを増しているように見えた。
 ファウ・レムルは天義の頭部に存在する海に近い都市だった。
 ほんの数日前まで、破滅の伝説を観光資源に賑わっていた場所は一夜によって滅び去った。
「……こうも事態が連続するとそれだけで世界の滅びが近づくことを予感せざるをえぬな」
「……そう、ですね。冠位傲慢や遂行者と戦ったばかりだっていうのに」
 老練なる天義の聖騎士セヴェリンは、唯一残されたフラヴィアの肉親だ。
 お互いについ数ヶ月前までその存在すら知らなかった。
 紆余曲折の末に再会して、養女に迎え入れてくれた養父は血縁的には大叔父に当たるという。
「だが、我々は止まるわけにはいかん。彼らが……イレギュラーズ達が東奔西走を続けてくれている。
 ならば、我々もまた、動き続けねばならない――事は既に天義だけの問題ではないだろう」
 真っすぐに向けられる真剣そのものの双眸とかち合った。
「だが……こちらも気になる情報がある。
 フラヴィア、ローレットの諸君と連携を取りなさい。
 そしてこの件について、君もローレットの諸君に協力しなさい」
「は――はい! 分かりました!」
 厳しいままに視線を向けられる。
 それは聖騎士の上官としての、彼からの命令だった。
 背筋を伸ばして敬礼と共に声をあげる。
「……無理だけはせぬように」
 小さく短い、けれどどこか温かい言葉を胸に、フラヴィアは身を翻した。


「お集まりいただき、ありがとうございます。
 冠位傲慢との戦いが終わったばかりですが……お力添えを頂きたくて」
 ローレットの天義支部にて集められたイレギュラーズに、フラヴィアが語り始める。
「神の国の帳は冠位傲慢の消滅と共に消え、天義各地の町も元通りに帰ってきました。
 ただ……少しだけ、何人か『戻ってこなかった』人がいるみたいなんです」
「戻ってこなかったって……?」
 セシル・アーネット(p3p010940)の問いかけに、どこか心苦しそうにフラヴィアが目を伏せた。
「そのままの意味だよ。帳が晴れて、世界が元に戻っても確認されない人達がいるんだ。
 戦火に巻き込まれて亡くなったわけでも、戦死してしまったわけでもなくて……
 ――ただ、何事もなく無事の生存が確認された後、忽然と姿を消した人達がいるみたいなんだ」
「……心配だね」
 そう言ったセシルに、フラヴィアは短く「そうだね」と呟いた。
「セシル君――ディラン・クラウザーさんって知ってる?」
「うん……僕の幼馴染だよ。小さい頃からよく遊んでたんだ!
 そうだ、ディランにも今度紹介しないと――」
「そう、だね」
 どこか歯切れの悪いフラヴィアの言葉に、セシルが首を傾げる。
「……そのディランって人も。姿が見当たらないんだ」
「――え」
 そう言われ、セシルは目を瞠った。
 実際、セシルがディランに送った手紙の長いこと返事も帰らなかった。
「……クラウザー家の人達も、セシル君のご両親も心配してて。
 セヴェリンさんがディランって人と仲が良かったセシル君と仲がいい私を指名したの――一緒に、探してくれる?」
 そう言って、声を震わせる少女へセシルは。


 シャイネンナハトの夜。
 銀雪に包まれる天義の町ではすべての終わりを祝し、祈るように厳かなミサが執り行われていた。
「……セシル」
 ぽつりとつぶやいて立ち止まる。そうするしかなかった。
 少女に手を引かれながら、町を歩いている幼馴染の少年の姿を見た。
 少し見ないうちに、一皮剥けるような――有体に言うと男らしくなったようなセシル。
 その視線が幸せそうに少女を見ていた。
 どこか熱っぽいその瞳の色が俗にいう恋の色であることぐらい、ディランにだってわかっていた。

「……あぁ、そうか。お前はもう、大人になったんだな」
 いつも一緒に遊んでいた子供はそこにはいないように見えたんだ。
 まだ幼い恋心に過ぎないのだとしても、実際にそうやって過ごす相手がいること自体が、■■■■てたまらない。
 詳しくは知らない、知れない、知りたくない。
 ただ、脳裏に思い浮かんだセシルの手紙の一文を思い出して、俺はあいつに見つからないように踵を返す。

『ディランへ。
 僕、イレギュラーズになったよ。
 まだまだ未熟だけど、沢山の人が助けられるように頑張るよ!』

 綴られていた手紙に、おめでとうと、頑張れと返せたのが、最後だった。
「……もう、俺はいらないみたいだな、セシル」
 少し前に届いていたらしい手紙への返信は――やる気にもならなかった。

 どこをどう歩いているのかわからなかった。
 いや――どこをどう歩いていようと、もうどうでもよかった。
 気付けば周囲は昏く、冬であることを差し引いてなお凍えるほどに身体が冷えていく。
「……腑抜けた面をしているね、キミ」
 声がしたディランはその声に応じるように、そちらを見た。
 そこに立っていたのは2人の女だった。
 声をかけてきたのは蒼白い焔を纏う剣を握る聖騎士のような存在か。
 彼女はディランを見て嘲笑を浮かべている。
「私の名はシルヴィ。この地で死んだ憐れな聖騎士の怒りが形を為した者。
 そっちの黒髪はアリーゼ。私たちはキミみたいな子を待っていたの。
 キミからは芳醇な怒りが臭ってくる……それとも、これは嫉妬かな?」
 嘲るようにそう笑われるのも否定できなかった。
「力が欲しいよね?」
 シルヴィの言葉に、ディランは自然と頷いていた。
「それならアタシらの手を取るといい。大丈夫、望む力を与えるよ」
 女の手を取れば、何か柔らかいものが掌に触れた気がして――意識が解けていく。
 背後から、誰かの声がしている気がした。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 さっそく始めましょう。

●オーダー
【1】エネミーの撃破または撃退

●フィールドデータ
 天義の一角に存在する森の中です。
 鬱蒼と翳り、重苦しい空気を持ちます。
 また、まだ冬である事を考慮してなお冷たい空気が流れています。

●エネミーデータ
・『忘却の騎士』シルヴィ
 自らの名前をシルヴィと名乗ります。
 体の中身が透き通っている蒼白い聖騎士の女性を思わせる姿をしています。
 終焉獣のうち、アポロトスと呼ばれる分類の存在です。

 人語を介し、どこか嘲弄するような台詞を放ちます。
 終わりは遁れざる者であると告げ、滅びのアークを周囲にばら撒いています。

 滅びの気配を纏い、蒼白い焔と根深い呪いを振り撒いています。
 
 聖騎士らしく剣技に優れます。
 その姿から【火炎】系列、【呪い】などを用いることが想定されます。

・『不毀の軍勢・破鎧闘士』アリーゼ
 自らの名前をアリーゼと名乗る刀使いの女の子です。
 その装いはどこか冒険者のようにも見え、単純な終焉獣ではなさそうにも見えます。

『不毀の軍勢』のうち、『破鎧』と呼ばれる装備を身に着けた、ワンランク上の軍勢です。
『破鎧』は全剣王の塔からエネルギーを供給されており、持ち主の望むパワーを発揮します。
 破鎧を壊す事で全剣王の塔にダメージを与えることもできます。

 アリーゼに付与されている物は命中を大きく高めるものです。
 【変幻】、【堅実】、【邪道】を主に用いるほか、【凍結】系列のBSを用います。

・変容する獣〔狼〕×8
 体の中身が透き通っている蒼白い終焉獣です。四足歩行をしていますが徐々に二足歩行を始めて人狼のような姿を取ります。
 反応速度が高く【出血】系列、【致命】、【狂気】などのBSを用います。

●NPCデータ
・ディラン・クラウザー
 セシルさんの関係者で、天義貴族クラウザー家の三男坊。
 セシルさんとは幼馴染みであり、家がお隣さん同士の関係です。
 傲慢戦の最中に行方をくらましていましたが、最近になって実家に戻りました。
 しかし、再び行方をくらまし、心配しているご両親や周囲の人々の報告を受けて捜索命令が下りました。
 どこか荒んだ空気を纏い、嫉妬と怒りに満ちた目を向けてきます。

●友軍データ
・『夜闇の聖騎士』フラヴィア・ペレグリーノ
 元はアドラステイアで『オンネリネンの子供達』の部隊長を務めていた少女。
 傲慢編での経験を経て、聖騎士になりました。イレギュラーズと同等程度の実力を持ちます。
 比較的タンク寄りの物理バランス型。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <グレート・カタストロフ>焦る心、拗れる嫉妬完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年02月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
シラス(p3p004421)
超える者
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

サポートNPC一覧(1人)

フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)
夜闇の聖騎士

リプレイ


 鬱蒼とした木々は空を覆い、森の中を包む空気は冬であることを差し引いても冷たかった。
 呼吸に取り込まれる空気は清浄と呼ぶにはあまりも重く、呼気は白く揺れる。
「……嫌な森だな。淀んでいるのは空気だけじゃ無さそうだ。
 何かが一刻を争う、そんな予感がする」
 ずっと感じている空気の重さに『竜剣』シラス(p3p004421)は言葉を漏らす。
「この辺りでその……ディラン、の目撃情報があったって?」
「はい、森の中に入っていったという話でした」
「早く見つけてやる方がよさそうだ」
 応じたフラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)が頷くのを見て、シラスは森の奥を見た。
 暗がりの森、奥へと通じる道なき道を進む足取りには警戒もあった。
「帳が消えても戻って来なかった人がいると言うのは気になるね。
 ファウ・レムルが滅んだ事と関係があったりするのかな?」
 そう疑問を浮かべる『天義の聖女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)へフラヴィアもまた短く頷く。
「セヴェリン卿――聖騎士を務める私の養父も、それを警戒してるみたいでした」
「終焉獣の動きも活発なってきているし、気を引き締めていかないとね」
 スティアが聖杖を前に向ければ、ネフシュタンの湛える蒼き光も森の中を揺れる。
 聖なる蒼き光は暗がりの森の中で心を落ち着かせる道標になっていた。

「ディランは僕の幼馴染なんだよ。
 最近は全然会えて無くて心配してたけど、無事みたいで良かった」
 そう語る『雪花の星剣』セシル・アーネット(p3p010940)にフラヴィアが「そうだね」と短く笑みを作る。
「でも、なんでこんなところに……」
「それは聞いてみないとだね」
 暗がりの森だ。冒険者であるディランの足なら何のことも無いのだろう。
 それでも、こんなにも暗く、何がいるか分からない場所だ。
「心配だ、早く見つけよう!」

「人が帰ってこない、ねぇ。
 神の国とは別の出来事が起きてるって考えるのが普通よね。
 まぁ任せておきなさいって、探しものは得意な方よ、ね? オディール」
 凍狼の子犬を撫でながら歩を進めるのは『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)だ。
 一方のオディールは森に入ってからというもの、何かを警戒するような雰囲気があった。
「にしてもフラヴィアも強くなったわね、いろいろ付き合ったかいがあるってもんだわ」
「そう、でしょうか……自分だとよく分からないけど……」
 こてんと首を傾げるフラヴィアへ頷いてやれば少し照れたように少女は微笑んだ。
「今回も頼るから、よろしくね」
「こちらこそ……頼りにさせてもらいますね」

「お久しぶりですフラヴィアさん。
 セヴェリン卿さんもお元気そうにされているみたいで何よりです」
「お久しぶりです、ユーフォニーさん。えぇ、養父もおかげさまで、元気です。
 ユーフォニーさんも……お元気そうで何よりです」
 フラヴィアに『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)が声をかければフラヴィアは柔らかく笑って答えた。
「ありがとうございます……ところで、やっぱり暗いですね。
 なんだか、光が通りにくいだけじゃなさそうです」
「そうですね……こんなところに居たら気が滅入りそうです」
 周囲を見やり思うのはそこだ。
 海色の瞳が見やる視界は多少の暗視もあって見えている。
 それでも暗く感じるのは、現象として暗い以外の理由――雰囲気的なものもあるのだろうか。

(随分と成長したみたいですね、フラヴィア。
 あの時から見違えるように……ええ、きっと彼女も誇らしいと思っているでしょう。
 ……と、いけませんね。つい親身になってしまいます)
 その様子を眺める『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は表情が緩むような感覚に気持ちを入れなおす。
 胸の内に燻る聖女の残滓が熱を持つような気がするのは気のせいだろうか。

「マリエッタ? どうかした?」
 その様子に『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)が言えば。
「いえ、あの子も成長したみたいだなぁ、と」
「あの子って……フラヴィアのこと? たしかに、あの子も立派になったみたい。
 聖騎士フラヴィア卿、とか呼ぶべきかしら? なんて」
 思わずセレナはそう笑みをこぼして。
(……なんて事を話してばかりもいられないわね。
 神の国が、帳が消えたって言うのに、帰ってこない人がいるなんて)
 ファミリアーの烏と共有する視界は少しばかり先を進んでいる。
「――あれかしら」
 ふと、その視界に捉えたのは影。
「――なんだか厄介なことになりそう! 急ぎましょ!」

「迷子じゃなさそうだね?」
 金髪の少年を背後にするように前に出てきたのは聖騎士を思わす女。
「私はシルヴィ。そっちの黒髪はアリーゼ――初めまして」
 聖騎士――シルヴィが剣を抜くのと同時、アリーゼというらしき刀使いの少女も刀を抜いている。
 その2人の女の後ろから感じるその視線。
 ディランというらしい胡乱な雰囲気の少年から感じるもの。
 チクチクと刺さるような視線の種類に『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は覚えがある。
(ああ……分かるのだわ、知っているのだわ……
 その身を焦がすような、他の何も目に映らなくなる嫉妬の感覚。
 一度乗り越えたと思っても、またふとしたきっかけで顔を出し続ける嫉妬の炎)
 神弓「桜衣」を握る手に少しだけ力が入っていた。


「誰だか知らないが、碌な連中じゃなさそうだ」
 シルヴィと名乗る女――蒼白く透き通った身体は人間にはありえまい。
 両手に魔力を帯びたシラスは一気に動く。
 不可視たる無数の糸は体の中身が透き通っている蒼白い狼たちを貫き、斬り裂き、絡め取っていく。
 連鎖するエビルストリングは数多の獲物の動きを鈍らせる。
「ふふ、これじゃ無様なマリオネットだね」
 変容する獣たちを嘲笑う声はシルヴィのものだ。
「ディラン!」
 セシルは少年の名を呼んだ。
「フラヴィアちゃん、僕に着いてきて!」
「うん分かった」
 フラヴィアの手を取って、セシルは動き出す。
 きらきらと雪の結晶を散らせながら生み出されたのはちいさなトナカイたち。
 駆けだした小型のマーシーたちが一斉に狼たちめがけて突っ込んでいく。
 小さくとも動き出した動物の突撃力は激しく、一気に終焉の獣を蹴散らしていく。
(ディランも見ててくれるかな、褒めてくれるかな。僕、こんなにも強くなったんだよ。
 前はディランの方が強かったけど、僕も頑張って鍛錬したんだよ)
 フラヴィアが剣を一閃する中、セシルはちらりとディランを見た。
 視線が交わる。幼馴染の少年の、青色の瞳。
「……どうしたの、ディラン。何か言ってよ……僕達友達でしょ?」
「……セシル、お前が」
 小さく、名前を呼ばれた。
 続くままに戦場に万華鏡の輝きが満ちていく。
 果ての先まで照らすと誓うままに打ち出したカレイド・フォーチュンが戦場に彩を刻む。
「ディランさん、初めまして。そこでそんな目をしているだけじゃ何も変わらないです」
 ユーフォニーは敵陣の奥でこちらを見る少年を見ながら声をかける。
 返事はない。それでも良かった。
 手を伸ばすようにしてかける言葉にはディランに意識を向けてもらう狙いもあった。
(しかしまぁ、ずいぶんと入り混じったこの空気感……
 ふふ、人の心が入り混じる場というのはどうしても心が踊ってしまう。
 厄介な聖女の炎を奪ったから……なんて、こちらは私の本質でしょうが。
 しかして、彼の炎……どうなるものか)
 ディランから視線を巡らせたマリエッタはその手に血のナイフを構築する。
 それを決闘への挑戦状とばかりにシルヴィめがけて投擲すれば、少女が剣を振るってそれを弾く。
「忘却の騎士でしたか、その相手は死血の魔女が仕りましょう」
「そう、覚える価値があるかな」
(しかし……実力も厄介そうです。何よりフラヴィアがいるんです。
 貴方の炎、私と血の魔術に織り交ぜて……血炎として振るわせてもらいますよ)
『仕方ないわねぇ』
 内側に聞こえた声の通り、構築した血鎌が黒炎を纏う。
 重ねた幻想、究極への到達を目の前に、マリエッタは向かってくる剣を打ち返す。
 雄たけびが上がる。
 イレギュラーズの猛攻を受けた変容する獣たちが、一斉に動き出す。
 絡め取られた獣はいくつかあるか。
 深呼吸を一つ。華蓮にはこちらを見やるディランというらしい少年の気持ちが少しだけわかる気がした。
 それは華蓮にとっても少しばかり苦手だったから。
「それでも、私達は少しずつ……その嫉妬の炎を燃料に成長していなくてはならないのだわよ」
 気持ちを入れ替えて、いつも見守ってくださる稀久理媛神への祝詞を捧げ、改めて敵陣を見やる。
 捧げた祈りの答えが仲間へと清浄な光となって降り注ぐ。
「なるほど、ヒーラーね。ならアンタから狙うまで!」
 跳び出したのはアリーゼが剣を振るう。狙う先にいるのは華蓮だった。
 確実たる太刀筋で打ち出される斬撃は不思議な風でその太刀を受け止めた。
「そうよね、先ずヒーラーから……セオリーなのだわ。倒せるなら、だけれども」
 その直後、吹き付ける烈風は巫女への攻撃を拒む神様の加護であろう。
「オディール、力を貸してくれる? 特にあの3人を見失いたくないわ」
 オデットの指示に合わせて凍狼の子犬は小さく吠えて返事をしてくれる。
「寒いから、あなたにはちょうどいいぐらいね」
 フローズヴィトニルの欠片たる子犬は健在その物。
 振り下ろす陽光が敵陣を貫けば、多くの敵にとって十分すぎる負担となるだろう。
「こっちを、わたしを――夜守の魔女を見なさい!」
 箒に跨るままに空にあったセレナはその手に魔力を集めていく。
 射出された魔弾は降り注ぐ小さな星々のような輝きを放っていた。
 傷をつけることはなくとも、星々に魅了されるように変容する獣たちが雄たけびを上げる。
 人狼の如く後ろ足で立ち上がったそれらが瞳に映るのは夜守の魔女の姿に違いない。
「皆の邪魔はさせないよ――天穹!」
 スティアはそれに続くままにネフシュタンを掲げた。
 鮮やかに輝く蒼い光が集束を重ねていく。
 弧を描いた魔力の刃はスティアの強き意志の証明。
 それは暗がりを照らしてアリーゼへと炸裂する。
 炸裂する衝撃に少女の視線がスティアを射抜くように見た。


「聖騎士のように見えるけどこんな所で何をしているの?
 あまり良くない雰囲気を纏っているし、騎士でいる事はやめちゃったのかな?
 同じ天義出身同士のような気もするし、道を踏み外した理由は気になるかな。
 これから国を良くしていこうとするとぶち当たる問題だと思うしね!」
 スティアはアリーゼの剣を受け止めながらシルヴィへと問いかけるものだ。
「アタシの事は無視か!」
 舌を打った少女の剣がスティアの障壁を削り落とすにはまだまだ時間がかかるだろう。
 答えるように、スティアはネフシュタンに魔力を注ぎ込む。
 天穹は再びは輝き、戦場に蒼光を炸裂させる。
「たしかにこの身体は聖騎士の物だけど、私は聖騎士じゃないよ」
 短く答えたシルヴィは剣に蒼白い炎を纏い一閃する。
 斬撃はマリエッタとその後方を焼くように広がりを見せる。
「この身体は都合のよくここで死んだ憐れな騎士の残滓だけど私はアポロトス。
 滅びは遁れざるもの、その道に彼を招待しただけ」

「つまり、アンタらが元凶か。悪いが彼に用があるんでね、離してもらうぜ」
 シラスはその言葉を聞くや既に零の領域に至る。
「受け入れるはずもないよね。私たちの手を取る決断は彼自身のものだよ? それでも出来るならやってみればいい」
「そうかよ、大した自信じゃねえか」
 跳び出したシラスへと答えるシルヴィを横目に、シラスはもう1人を見た。
「そんなに相手にしてほしいなら、俺がしてやるよ」
 その手に収束した魔力を剣の形へと構築して放たれる連撃はシラスが勝ち得た称号の名を取る竜剣。
 竜の息吹の如き火力の連撃が手数の限り少女の身体に打ち出される。
 ユーフォニーは眼前に魔法陣を構築すると一気に魔力を注ぎ込む。
 放たれるは夜明けの刹那に大地を染め上げる暁光の輝き。
 直線上を打ち滅ぼす竜の秘奥を紡ぎながらも、その視線は少女の向こう側を見ている。
「ぶつけたい想いがあるからここに来たんじゃないんですか?
 嫉妬も怒りも呑まれたらつらいけれど、頑張る糧ともなる大切な感情。
 過剰な分は吐き出しませんか。何事も、言葉にしないと伝わりきらないですから」
 視線をディランから外すことなく、ユーフォニーはそう声をかけた。
「――だそうよ、ディラン。お前の感じた屈辱、妬み、怒り。教えてあげたら?」
 ユーフォニーの言葉を受けて、シルヴィが笑う。
「まるで魔種のようなことを言うのですねシルヴィ、そんなに彼が欲しいですか?
 揺れた心をかすめ取るようなことをしてまで……貴方の役割は何なのか」
 熾燎の残火が勢いを増し、血炎の鎌は猛り燃ゆる。
 代償となるべき魔力は循環し、烈しくシルヴィの身体を斬り刻む。
「私の役目? 終わりは遁れざるものだよ。
 私はただ可哀想な迷い子たちに手を差し伸べているだけ。
 終焉の手を取って、煩わしい気持ちも全部捨てて溶けてしまえばいい」
 くすくすと笑うままにシルヴィは剣を払った。
 蒼白い炎を纏う斬撃が再び戦場を迸る。
「……そうだな、そうかもしれない」
 それまで黙っていたディランが剣を抜いた。
 一気に動き出した少年が向かう先はセシルだった。
「ディラン!? ねえ、ディラン、どうしちゃったの!」
 雪輝剣を交え何とか防いだ視線の先からディランが睨む。
「優しくて頼りがいがあって一番の友達だったのに……
 アリーゼさんとシルヴィさんがディランを惑わしているの?
 だったら許せないよ 僕の友達はすごく優しいんだから!」
「違う」
「違う? それじゃあどうして……何か脅されているの?
 ディランが悪い事するはずないもの……ねぇ、何か言って……僕達友達でしょ?
 一緒に遊ぶ約束したよね。チェスも買い物も一緒にやろうって。
 ディランのお父様とお母様も心配しているよ」
 召喚した小さなマーシーたちがディランに突撃を仕掛けていく。
「友達、両親の心配、良く言う。お前も、あの人たちも。
 俺の事なんて知ったこっちゃないだろ! そうさ、俺はもう、お前に必要ないんだ!
 ――終焉だっけ。いいよもう、誰も俺のことを必要としない。
 そんな世界なんて、壊れても構わない。俺の身体を使え!」
 激昂の刹那、セシルの腹部に痛みが走る。
「セシル君!」
 咄嗟に後ろに回ってくれたらしいフラヴィアに支えられながら前を向いた。
 そこに胸元を抑えたディランの姿があった。
 唸り声をあげ、蹲った幼馴染の全身から、滅びの気配が溢れ出す。
 何かが、ディランの上から呑み込んでいく。
「別離は出来たね? 決断が出来て何よりだ。
 帰ろうかディラン。アンタと同じ境遇の奴らがアタシらを待ってるよ」
 静かに語ったアリーゼが剣を振るい、戦場を奥に突っ切るように斬撃が飛ぶ。
「先に行きな、2人とも。アタシが殿を務めるよ」
「ディラン! 待って――戻ってきてよ! また一緒に遊ぼうよ!」
 セシルは声をあげ手を伸ばす。ディランは振り返らない。
 ただ、シルヴィと共に森の奥へと消えていく。
 その前にアリーゼが立ちふさがれば、先程まで以上の殺気が迸る。
 それはイレギュラーズを絡めとるように戦場に広がっていく。
「大丈夫、私が支えるから……全力を出し切って!」
華蓮は再び祝詞を紡ぐ。神弓を構えて見据えた先には傷の増える仲間の姿がある。
 奉納する祈りと言葉、言祝ぐ願いを力に変えて、放たれた矢は戦場を越えていく。
 地面へと突き立つ矢は起点。
 稀久理媛神が巫女の仲間たる者へとその大いなる慈悲の輝きを齎すための道標。
「あの子に何をしたのか、教えて貰えるかしら!」
 オデットはその手に小さな太陽を作り出し、一気にアリーゼの眼前へ至る。
「――嫌なこった」
 輝く太陽はその光と熱を目の前の獲物へと注ぐだろう。
 優しく暖かく、けれど時に大地を枯らし生き物をも殺す太陽の熱が妖精の手を離れ暴れまわる。
「やっぱりアンタらは強いよ――だから気に喰わない」
 舌を打ったアリーゼがやや後退する。鎧には確かな傷が見えた。

(アポロトス……破鎧の性質、そして。ディランの状態――全ては終焉に抗う『先』に繋がるものだわ)
 セレナはその様子を真っすぐに見つめ、観察を続けていた。
「シルヴィとやらといい、あの人狼達といい、まるで亡霊みたいだったけれど、アポロトスってなに?」
 その問いかけにアリーゼは「さぁね」と短く答えた。
「あれがアポロトスによる影響だとしたら、とんでもない話だわ。
 終焉獣、滅びのアークの使者……いいえ、終わらせなんてしないわ。
 わたし達は抗って見せる、絶対に!」
 セレナは魔力を束ねていく。
 アリーゼの鎧には明確に傷が見えた。
「――それなら」
 夜に輝く優しい月の欠片を箒の先端へと集束。
 放たれた刃は三日月のように弧を描いてアリーゼの身体へと炸裂した刹那に砕け散る。
 割れた月の破片は、その1つ1つが光の杭となって少女の身体を貫いた。
「あぁ、全く。これが英雄――虫唾が走るほど強いね」
 鎧が砕け散り、体中に開いた傷口から血を滲ませながら舌を打った少女が刀を薙いだ。
 斬撃が戦場を駆け巡り、イレギュラーズ――ではなく戦場を斬り刻む。
 周囲の枝が落ち木々が折れてアリーゼとの間を分断する。
「――次は、負けないわ。英雄ども」
 そう告げる声だけがして、周囲の気配が晴れていく。
 木々が消え、塞ぐもののなくなった空から降り注ぐ陽光が戦いの終わりを告げていた。

成否

成功

MVP

シラス(p3p004421)
超える者

状態異常

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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