シナリオ詳細
1分30秒の狭間~孤児院
オープニング
●助けを呼ぶ声
「みんなを、みんなを助けて」
それだけを伝えてギルドにたどりついた少女は倒れ伏した。
ローレットへは現場から駆けつけた依頼者も多い。そして職員たちは取り乱した彼らの応対に長けていた。倒れた少女を救護室へ運び、ベッドへ寝かせる。清潔なベッドへ寝かされた少女。その耳元で返事をするよう何度も呼びかけると、少女はようやくまぶたをこじあけた。血を吐くように彼女の口から言葉が吹き出る。
●あのね
ベネラーがね。ベネラーが血がすいたいって書き置きをくれたの。
だからシスターが、あ、えっとね、あのね、シスターは私たちみんなの、みんなっていうのは孤児院のね、あのね、孤児院のシスターなの。私達みんなのママなの。それでね、ベネラーはね、いちばんうえのおにいちゃんみたいな感じだったんだけどね、ずいぶん前からね、小部屋に閉じこもってね、出てこなくなってね、みんな心配してたんだけどね、どうしようもできなくて、でもイレギュラーズがね、イレギュラーズのみんなが来てくれたからね、ちょっとだけ勇気がでたみたいでね、それでたぶん書き置きをしたの。それがね、『たすけて、血がすいたい』だったの。
それでシスターが今日ね。小部屋のマスターキーを使ってね。むりやり小部屋を開けたの。そうしたらね、そこにはベネラーじゃなくてオオカミみたいな形の赤黒いスライムがいてね。シスターに襲いかかったの。すごくおっきなオオカミでね、2メートルくらいあってね、お腹のあたりにはね、丸いコアがあってね、息をするみたいにぴかぴか光っててね。中にベネラーが居るのが見えたの。シスターは『ビースチャン・ムースの呪いだわ』って言ってね。『みんな逃げなさい、この呪いは感染するの。獲物から血を吸う魔物に変わってしまうわ』って言ってね、オオカミに立ち向かっていったんだけどね、オオカミにいっぱい噛みつかれてね、噛まれたところからね、赤黒くなっていって、全身がね、どろどろの赤黒いスライムに覆われてね、シスターは羊の姿になったの。やっぱりね、お腹のあたりに丸いコアがあってね、そこにシスターの姿がね、見えたの。羊になったシスターはね、メエメエ鳴きだしてね。オオカミの後ろへね、隠れてしまったの。みんな次々とオオカミに噛まれてね、いばりんぼうのユリックもおちょうしもののザスもオオカミになってしまったの。あまえんぼうのロロフォイはね、きゃんきゃん鳴くプードルになってね。さびしがりやのセレーデと泣き虫のチナナはハトになったの。ハトだけどね、とっても大きくてね、大人の人くらいあるの。私はね、みえっぱりのミョールに助けられたの。ベネラーにかまれそうになったところをね、ミョールが身代わりになってくれてね。ミョールはそれはもう立派なタカになってしまって、ガラス窓を突き破ってね、そこからみんな庭へ出てしまったの。きっと今も庭にいるわ。
私はね、思い出したからね。言ってくれたの、イレギュラーズが”我々のことを思い出してくれたまえ”って。言ってたの、思い出したからね。だからがんばってね、走ってきたの。お願いします。みんなを助けて。なんでもするからみんなを助けてください、お願いします。
●だからねえ誰かだれか”たすけて”あげて
「ビースチャンとは獣化、ムースはスライムを意味する。まさかこの太古の呪いが再び世に現れようとはね。この呪いに取り込まれたものは、その心根に応じた獣に姿を変え、新たな獲物を探す怪物に成り下がる。呪いを正面切って無効化できるのは『可能性』を集める特異運命座標しかいない」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)は沈鬱な面持ちで依頼書片手に説明をした。
「今回の依頼は、港町ローリンローリンの片隅にある孤児院での戦闘だ。依頼人はその孤児院の院生のひとり、リリコ。無口で本好きな子だと過去の資料に載っている。今は救護室で眠っているよ、かなり無理を言って聞き取ったからね。
戦場は孤児院の庭になるだろう。広いうえに邪魔になるものもないから戦場としては申し分ない。依頼人からの聞き取りによると、標的は羊が一頭、オオカミが三頭、プードルが一匹、タカが一羽、ハトが二羽。どれも人間の大人並みの大きさらしい。
これは追加で聞き取った話だが、羊は中距離までの味方の能力を上昇させる呪歌を歌い、三頭のオオカミは近距離かつ扇状の範囲攻撃を持っていて、羊をかばうように行動する。
タカとハトは上空10m以内に留まっていて、それ以上、上にはいかないようだ。タカは遠距離の範囲攻撃を積極的にしかけてくるそうだよ。この攻撃には恍惚がついてくるみたいだね。二羽のハトは回復役だと聞いた。プードルなんだけど、こいつは魅了をしかけたり、マークで動きを邪魔してくる。
総じて攻撃、回避、命中が高いうえに、これらは羊の呪歌で際限なく上がり続けていく。この話をしている今もそうだ。ただ、HPに関しては低めみたいだね。
……さて」
ショウは言いづらそうに下を向いた。
「依頼人がしきりに言っていたコアは、ビースチャン・ムースの内臓だ。『なかみ』から血を吸い上げながら動いているのさ、やつらは。戦闘行為はやつらにとっても負担が大きく、吸い上げる血の量も増える。つまり……そうだね、戦闘を開始して9ターンもすれば、『なかみ』がひからびてしまうんだ。そうなると依頼は失敗。ビースチャン・ムースは自然崩壊、誰ひとり助けられない」
代わりになるかどうかわからないけれど、情報屋は唇を湿す。
「動物をかたどるスライム部分なら、攻撃をしかけてもコアにダメージはいかないよ。『なかみ』への安全を優先するなら時間をかけてスライム部分を攻撃していくんだね。この方法で全員を助けるのは難しいだろうけれど。コアのほうは、内臓だから攻撃を当てれば大ダメージが期待できる。『なかみ』へも多少はダメージがいくから、攻撃するつもりなら塩梅をよく考えてからのほうがいい」
- 1分30秒の狭間~孤児院Lv:3以上完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年10月28日 21時55分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
孤児院はスライムの楽園と化していた。庭をのそのそと動き回り、コアを光らせる。そのたびに中にいる人間が苦しげに顔をしかめた。
孤児院へたどりついたイレギュラーズはその惨状に身震いした。
「なんとも厄介な呪いですねえ。自然発生するようなものなのかが気にかかるところですが……」
『信仰者』コーデリア・ハーグリーブス(p3p006255)は草陰に身を隠し、気配を潜めている。見つかって先制攻撃でもされてはたまらないからだ。
「それにスライムたちの動きも妙ですー。普通は柵を越えて次の獲物を探しにいきそうなものですがー」
『特異運命座標』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)が小首をかしげている。
「出られねぇのよ」
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が苦虫を噛み潰した顔をした。
「ここのガキどもは親を魔物に殺されて、外へ出るのを怖がってた。スライムになってもその感情は残ってるんだろうよ」
「あのスライムどもにはこの場所がすべて、ということか。逃亡される恐れがないのは安心材料のひとつだな」
『影刃赫灼』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)が眼光鋭くスライムを睨みつける。
「ここから先は一発勝負、パンドラも重傷も覚悟しなきゃなんねえな」
『太陽の勇者様』アラン・アークライト(p3p000365)が肩の力を抜いて口にする。言うほど緊張はしていないのだ。ようはいつもの魔物狩りだ。少しばかり『なかみ』に気をつけねばならないだけで。
「太古の呪いの殲滅、及び取り込まれた人間の救出か。……俺は救出というのは苦手な筈なのだがな。ボイデル達の様な個人的な因縁もありはしない。だが、全員を助けてくれと依頼人に言われてしまったからには、それを完遂するしかあるまい」
『墨染鴉』黒星 一晃(p3p004679)もまた目でスライムの動きを追う。いまはのたりのたりとしているが、戦闘になれば驚くべき俊敏さを発揮するだろうことが感じられる。
「子どもに呪いをかけたのは一体誰なのか。それともそういった呪具があるのか。まったくどういう状況なのでしょう。呪具の管理は厳重にしないといけないのに……」
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は厳しさと悲しみの入り混じった表情で孤児院の庭を見ている。そして溜息をついた。
「過ぎたことを言っても仕方ありませんね。無垢な子どもには非はないのです」
「オーダーはシンプル。全員生存、だ」
『カオスシーカー』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)はそう言うと草陰から立ち上がった。他のイラギュラーズもぞくぞくと姿を現す。
「さあ諸君、行くとしようじゃないか。優先順位はわかっているな」
ラルフがみんなを見回す。少ない手数で囚われの子どもたちを救うには、全員が協力し合うことが何より大事だった。
誰からともなくあるき出し、半開きになっていた孤児院の門を全開にする。侵入者に気づいたスライムが陣形を固める。イレギュラーズの目算どおり、羊を中心にした陣形だ。
グドルフは思う。
未来ある罪なき子どもが無情にも命を奪われる――そんな世界は間違っている。残された一分半に全力を賭ける!
イレギュラーズたちは走り出した。呼応するようにスライムたちがぞるぞると移動する。
「墨染烏、黒星一晃。一筋の光と成りて、太古の呪いを討ち祓う!」
わずか90秒の死闘が幕を開けた。
●
機先を制したのはタカだった。
イレギュラーズたちの前衛へ超音波によるショック・ボムが炸裂する。クロバとコーデリアは頭がぼんやりとしてきた。恍惚の効果だろう。何度も首を振り、不快感を消そうとするも、恍惚は消え去らない。
そこへ狼の一頭が走り寄り、クロバへ突撃する。彼の体へ噛みつき、振り回してコーデリアへ投げつける。パンドラの青い炎がめらめらとふたりの全身を覆い、深い傷を癒やしていく。
「まったく初っ端からパンドラとはな……燃えてきたぜ!」
高笑いとともにクロバは羊へ突進し、機構刀と黒刀を振りかざす。
だが彼の渾身の一撃は別の狼に防がれてしまった。狼は振り下ろした右の刀を口で受け止め、鋭い牙で噛み砕かんとする。クロバは自由な左手で狼を攻撃し、どうにか口をこじ開けさせることに成功する。牙の間から愛刀を抜き出し、よだれにまみれたそれを振り払う。
三頭目の狼は待機しているのか、地面をかくだけでイレギュラーズに近寄ってこない。それを確認したコーデリアが直進。羊の近くまで迫った。
「私はコーデリア。『信仰者』のコーデリア。我と我が身はここにあり! 悪しき者どもを、討ち滅さんがためここに立つ!」
羊は恐れるように彼女から距離をとる。反対に待機していた狼とハトが一羽、そしてプードルが、怒りもあらわに彼女へ向かっていく。最初の牙が彼女へ触れようとした瞬間、太い腕が代わりにさしだされた。グドルフだ。彼がコーデリアの身代わりになり、迫り来る攻撃から彼女をかばっていた。
狼の牙はざっくりとグドルフの腕へつきささり、ハトとプードルがじゃれつくようにグドルフの身を削り取っていく。激痛が走る。だがグドルフはにやりと笑うとたれてくる血を手の甲でぬぐった。
「今回こそガキどものヒーローになってやろうじゃねえか。報酬はタップリもらうぜ。全員まるっと助けてからなあ!」
その言葉に嘘はない。彼はそのためにその身を危険にさらしているのだ。
三頭の狼は既に行動を終え、かばうものもなく羊が丸裸になった。
幻が羊と距離を詰め、両手を羊に向けて差し出す。
「胡蝶の夢とて異なもの味なもの。さて、スライムに抱かれて見る夢はいかがなものでしょうか」
青白い雷がほとばしり、羊を襲う。羊は地を蹴って身をかわした。威嚇術は羊の毛皮を焦がしながら宙を滑っていく。舌打ちしそうになった幻は胸を抑えた。
(おちつきなさい私。あと8ターンもあると思いなさい。あせりは狙いを狂わせる)
ふうと一息ついて、幻は空を見上げた。一羽のハトが円を描くように飛んでいる。
「どいてくれ幻、巻き込んでしまってはたまらない」
振り向く間も惜しいと直感がささやきかけ、幻ははねるように脇へかわした。そのすぐ隣をメギドイレイザーの光が走っていく。流れ込むように光は羊へ向かい、その背中をごそりと削った。内側にあったコアがあらわになる。
そこへハトが舞い降り、赤黒い汚濁を振りまいた。失われていた羊の背中がみるみる元通りになる。
「ハトめ……厄介な」
羊が動いた。家畜とは思えぬ澄んだ声があたりへ響く。スライムたちはそれを受け、表面をさざなみのように揺らした。
「あんまり強化されるとー、困ってしまいますわー」
メリルナートが分厚い魔書をくる。千と一夜の長大な物語が描かれているそれは神秘と魔術の詰合せだ。
「えーい、ディスペアー・ブルーですよー。絶望の青、その果ての快楽、まだ見ぬ苦しみと楽しみをここへー」
彼女が羊にも負けない澄んだ声で歌を歌う。歌はそのまま呪いとなって羊を苦しめた。表面にごぼりごぼりと大きなこぶができ、ひとつがはじける。だがまだ羊には余裕があるようだった。
この時点でイレギュラーズは一体もスライムを倒していない。だがあせるにはまだ早い時間だ。打つ手はまだまだある。羊から狼を引き剥がす作戦は功を奏している。
地を走り、一晃が羊を狙う。
「もともと斬るしか能がない以上、前衛で戦うしかあるまい」
そういう彼の腕からつと血がこぼれた。初撃のタカにやられた傷だ。痛みを物ともせず、一晃は羊へ近づいていく。羊へ肉薄し、切れ目のない刺突と斬撃をくりかえす。羊の輪郭が崩れていく。形を保てなくなったのか。どろりとした羊のような何かへ変わっていく。それともこちらが本来あるべき姿なのか。一晃は気にせず攻撃の手をさらに激しくした。
そこへ飛び込んできたのはアランだ。
「負けるわけにはいかねぇな。さぁ、スライム共、よーく見てろよ……これが太陽の勇者だ!」
全身の力を利き腕へ。集中し、重なり合い、押し込まれた力が焔となって拳を彩る。その拳でアランは羊を殴り飛ばした。
ぱしゃん。
スライムを形づくっていた粘膜層が破れ、汚液が地へほとばしる。コアがごろりと転がった。コアの中では妙齢の女が膝を抱いて眠っている。
一晃が刀でそれをやぶると、中から女が転がり出てきた。話に聞く孤児院の院長だろう。ひどく消耗した様子で、すぐに気を失ってしまった。
「さあ司令官様はいなくなったぜスライム共、せいぜいあがくんだな!」
アランがスライムを挑発する。聞いているのかいないのか。じわじわとスライムは侵攻してくる。
「poppo-、poppo-」
ハトが泣いている。瞳から汚濁の汁をこぼし、空中を旋回している。それが下にいるスライムへ降りかかると、スライムの傷はみるみるうちに消えてしまう。
「やれやれ、後少しというときに駆けつけてくる。うざったいことこのうえない」
ここ数ターン、イレギュラーズはスライムを倒せていない。メンバーのあいだに焦りと苛立ちが広がり始めていた。スライムへ手傷をおわせることには成功していたが、ハトが回復させてしまうのだ。ハトを狙っても、羊のせいで高い回避力をもつうえ、お互いにお互いを回復させてしまう。
ラルフが前髪をかきあげる。
「二羽同時に倒してしまえればベストなのだが、いかんせん距離を取られているな」
「ようは回復する前に倒しきればいいのだろう」
クロバの背から七色に輝く翼が現れた。魔力微粒子を吹き出し、上空へ。ハトのさらに上にまで昇ると、クロバはスイッチを切った。くるりと回転し、自由落下へその身を任せる。風が耳元でうなり、クロバの衣装がはためく。ハトの背が迫ってくる。クロバは口の両端を釣り上げて笑い、両刀をクロスさせた。
「――肆式・緋崩狂桜!」
クロスさせた両刀を開放すると、ハトが十文字に切り裂かれた。スライムが形をなくし、コアが落ちていく。先に着地したクロバは背伸びしてコアを抱きとった。コアをやぶると、さびしがりやのセレーデが現れた。血を吸われたせいか肌は青白く、その身は冷たい。だがまだ呼吸をしている。その事実にクロバはほっとした。
もう一羽はと首を伸ばせば、メリルナートの姿があった。
「暗黒の片鱗よ、ここに顕現せよですわー。キルザライト!」
すべてを飲み込む暗黒は、しかしすばやく飛び交うハトの羽を食いちぎっただけに過ぎなかった。
「続けていきます!」
幻がゲーティア・レプリカを開いた。伝説の魔術書、その効果はレプリカといえど侮れるものではない。
「うまく当たってください……!」
ハトのコアへめがけ、威嚇術。対象を死に至らしめることがない魔法だ。はたしてその運命はいかに。……当たった。クリーンヒットだ!
「kurueeeeee!」
大ダメージを受けたハトは、空中ではじけた。コアだけが残る。ざあっと汚液の雨が振り、やがてコアが落ちてくる。さっそくコアをやぶると、どろりとした粘液とともに泣き虫のチナナが出てきた。最年少の幼女は相当に消耗しているらしく、その身は氷のように冷たく、ぴくりとも動かない。幻はあわてて脈をとった。
「生きていますが危険な状態です。どなたか回復を!」
その時、幻を覆うほどの影がおちた。グドルフだ。その無骨な手にライトヒールの淡い光が宿る。グドルフは神妙な顔でチナナを治癒していく。
(この力の源は信仰だ。今の俺にそんなものはカケラも残っちゃいねえ。治癒力も当然低い、それでも――カミサマよ、罪もねえガキを救うくれえの慈悲はあるんだろうッ!?)
それは祈りだった。それは甘えだった。大いなる存在を、彼もまた心の何処かで信じている証だった。だがそんな自分に気づかず、グドルフは結果のみをほしがる。
「助かれ! 助かれっ!!! 死なせねえぞ、絶対ェに!」
やがて幼女の唇へ朱の色が戻り、チナナはかるく咳をして粘液を吐き出した。
「もう大丈夫だ。この子は私が預かろう」
ラルフがチナナを抱いて後方へ向かう。そこには獣の皮がしかれた簡易ベッドがあった。チナナとセレーデは院長のとなりに寝かされた。ラルフが貴重な時間を使ってでも後方へチナナを連れて行ったのには意味がある。
一同が恐れているのは子どもたちの再スライム化だ。イレギュラーズにビースチャン・ムースの呪いは効かないが、孤児院の子どもたちはそうではない。せっかく助け出したのにまた呪いを受けてしまう可能性はあった。そしてその予想は当たっているのだった。
「ハトがやられたか。もはや五月雨にこだわらずともよくなったわけだな」
一晃は危険な笑みを閃かせ、ヘイトレッド・トランプルの構えを取る。愛刀『斬鬼』がまるで獣の爪牙のごとく冷たい光を放った。
残ったプードルへむかいすり足で距離を縮める。と、壁にぶつかったような感触がして一晃は動けなくなった。右に、左に足を踏み変えるも、棺に閉じ込められたようにその場を動けない。ならばと後ろへ足を伸ばすとそこは自由になる。
「マークか。まあそんな気はしていたが」
「くっ、俺も動けねぇ」
アランも攻撃の姿勢のまま足止めされている。こちらはブロックだろう。
「kyunnkyunn。kuuu~nnh」
プードルが鳴いている。場違いなほど明るく元気で愛らしい鳴き声だ。まるで本物の犬であるかのように。だがそれは大人ほどもあるスライムの塊であり、危険極まりない存在だった。一刻も早く倒し、コアの中の少年を助けなければ。
「助太刀です!」
コーデリアが距離をとり、アンガーコールをプードルへぶちかました。しかし浅い。体の半分をえぐられたプードルだったが、ぞるぞると元の姿に戻り、一回り小さい個体に変化した。腹に位置するコアがむきだしになっている。
タカが上空からショック・ボムを投げ込む。まだ健在な狼たちが次々と扇状の範囲攻撃を使う。前に出ていたアランたちはその攻撃を直にくらい、膝をついた。
運命の最終ターン。
場に残っているのは手負いの狼が二頭だけだった。対してイレギュラーズはクロバとメリルナートと幻が意識を手放していた。残った者も、立つのがやっとだった。リソースを火力に集中し、殺しきる。回復手のいないこのパーティーではそれが最適解だった。数の上ではイレギュラーズが有利。あとはこのターンで倒しきる。それだけだ。
「これで最後!」
コーデリアは全身が訴える痛みを無視してアンガーコールをしかける。狼が紙一重でそれを避ける。毛皮の端が弾丸によって削り取られ、狼の体へ直線を引く。
「ちっ、皆さん、あとはお願いします!」
「任せたまえ!」
同じく後衛に位置するラルフがカース・マグナムを撃つ。凶弾。呪いの魔力を内包した銃弾を練成し、傷ついた相手を更に痛め付ける魔術弾だ。
「Gyaunn――!」
額に命中した凶弾がスライム部分をかきまわし、内側から傷つける。狼はごろごろと地を転がって凶弾を抜いた。
「Grrrrrrrr……」
狼は反撃とばかりにアランへ向かって飛びかかる。
まずい。
アランは死を覚悟した。鋭い牙がスローモーションで近づいてくるのに、体に力が入らない。避けろ、避けろ避けろ、避けろ! 己を叱咤するも体は鉛のよう。これまでに蓄積したダメージがアランの体に重くのしかかっていた。
まさに牙がアランの喉笛を噛み切らんとしたそのとき、真横から影が飛び出した。黒に染まったその姿は、一晃その人だった。体当たりをくらった狼が砂地を転がる。肩に傷を負った一晃は揺るぎない眼光でアランを見つめた。
「貴様が残る方が効率がいいだろう。やり通せ」
「一晃……。ああ、わかってるぜ。この理不尽な呪いを、ぶっ潰す!」
体勢を崩した狼のコアへ、渾身の力を込めた蹴りを入れる。ぶしゅ。ぬかるみの中へ足を突っ込んだかのような感触。ひびく悲鳴。崩れていく狼の姿。中から現れたのはベネラーと呼ばれる少年だった。粘液と一緒にまろびでた彼は、肩で大きく息をしている。
「……こ、ここは」
「しゃべるな。あとでお前が何をしたか嫌でもわかる」
最後の狼が吠え立てている。コアの『なかみ』が誰なのか、グドルフは一目見ただけでわかった。
「なあ──強ェ奴はあえて逃げたり負けを選ぶ事もある。前に言ったよな? おめえは逃げなかったんだな。"家族を守る"為に──ユリック、よくやったな!よく我慢したな! 今度は大人が助けてやる番だ。その手を伸ばせッ! おれが、その手を掴んでやるッ!」
グドルフは相打ち覚悟で突っ込んでいく。捨て身でくりだした拳闘の拳が、手負いの狼のコアへ当たる。悲鳴が響く。コアの中で、少年は衝撃にわずかに目を開けた。
――ああ、グドルフのおっちゃんだ。戦ってる。あんなにぼろぼろになって。すげぇや。あの武勇伝は、嘘じゃなかったんだ。山賊グドルフは……ほんとうに……――
再び意識が途切れそうになった、その時、コアが破られ、ユリックは外の世界へ投げ出された。冷たい秋風が肌をなでていく。彼を見守るイレギュラーズへ、微笑みを返し、ユリックは小さくあくびをした。
成否
大成功
MVP
状態異常
あとがき
おつかれさまでした。
まずは全員救出おめでとうございます。
しっかり体を休めてください。
またのご利用をお待ちしています。
GMコメント
ショウ「もう一度最初から言おうか?」
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
Tweet