シナリオ詳細
<美徳の不幸/悪徳の栄え>絡む二局の来客魔
オープニング
●
「重傷かい?」
幻想王国、城下町。
施設の中で声を掛けられ、男は振り返った。
突然話し掛けられた理由は考えるまでもなく、背中に担いだ男性なのだろうと察すると、受付を待つ傍らで声の主と目を合わせる。
黒髪で、勇敢そうな目つき。
青年だ。男よりも歳下には見えるが、何か激闘を潜り抜けてきたような堂々とした雰囲気。
腰に携えた両手剣が見えても見えなくても、戦に関係の有る人物であるという事は、一目で理解出来た。
「えぇ、少し……天義の方で」
「天義か……」
黒髪の青年は考えながら話すように、目線を下げた。
「大変だったらしいな。事も大きく動いたって聞いたぜ」
「そうでしたか。私はこれから聞きに行くところです」
「何だ、アンタもしかして……イレギュラーズか?」
改めて、男は彼に身体を向き直す。
受付までの順番を譲るような素振りで促され、会釈代わりに名を明かす事にした。
「黒宮です」
「シュレンだ。いつもはラサで傭兵やってる」
それよりも、とシュレンと名乗った青年はもう一度受付へ促す。
背負われている男性が如何にも深刻そうだったのだ。
パッと見たところ特に外傷は見当たらない。既に、何処かで手当は済んだ後なのだろうか。
「有難う御座います。ですが、お構いなく」
そう言うと、黒宮という男は前列に居た少女に声を掛けに行った。
彼女も誰かを背負っている。二人して変な光景だなと、シュレンは率直に感じた。
特に黒宮という男。何か胡散臭い。
妙に丁寧な口調に対して全身黒ずくめ。着ている外套に至っては口元まで隠す丈。
イレギュラーズは変わり者も多いと聞くが、あれもそうだろうか。
二、三言の言葉を交わした後に、少女の方は彼を見上げて重そうな口を開く。
「宿泊室、開いたって」
●
「ラサと言っていましたね。こちらへは輸送護衛か何かで?」
小さいながらも彼らの訪れた宿は、東側と西側の棟が在る。
その丁度真ん中、東西を繋ぐ二階の屋外通路で、黒宮は手摺にもたれるシュレンに訊ねた。
彼は苦笑している。どうやら、思っていたのとは違うらしい。
「いんや。最近、ローレットに世話になりっぱなしだったからさ。報告がてら、礼を言いに来たんだ」
で、とシュレンは通路の奥を見遣った。
黒宮も同じ方へ眼を向ける。その通路の奥から頭を抱えている大柄な男と、銀髪の女の子がその男を支えながらこちらへ歩み寄って来ていた。
「都会に来たからか、まだこないだの戦いで勝ったのに浮ついてんのか知らねぇけど、仲間が一人二日酔いでさ。流石にそこまで世話にはなれねぇし、ちょっとここに立ち寄らせて貰ったんだ」
「シュレン……まだ頭がいてぇ……」
「そーんなすぐ薬が効く訳ないでしょー? 今日、人多くて受付にも時間掛かってんだから、早いとこ部屋に行きなって」
アタシの応急手当は外傷だけだからね。と少女は不満気に愚痴を零している。
呆れながらそれを見たシュレンは、外傷という言葉で何かを思い出したように黒宮に訊ねた。
「……そういや、アンタらが背負ってた人達、大丈夫か? ってか、宿じゃなくて病院とかじゃ……」
「ん? あぁ、大丈夫です。傷はほぼ完治してますので」
妙に引っ掛かる言い方だ、まさかウォルドと同じくして、三人揃って二日酔いか。
そんな考えは、彼の顔を見るとやっぱり違うかな、とも思う。
「もう一人の子も含んで、少し心を落ち着かせるべきかと思いまして」
「そっか……そりゃ、間が悪かったな」
そう言えば、先程銀髪の少女が言っていた。
黒宮も感じていた。
今日は、やけに人通りが多い。
宿屋の受付がどうこうではなく、城下町そのものが、祭りでも開くかのように混雑している。
「ここっていつもこうなのか?」
大柄な男、ウォルドの問いに、黒宮は改めて考えた。
「いえ、確かに城下町ですが……」
何か、妙だ。
その彼の思考は、銀髪の少女によって終止符が打たれた。
「ね、アレ見てよ。何かメッチャ……」
この宿屋の外。入り口前。
「人が押し寄せてない……?」
すぐに異常だと勘付いたのは他三人。
「……貴女、お名前は?」
「え……?」
不思議そうな顔で銀髪の少女は目を丸くさせる。
この後、連携が必要になるかもしれない場合に名を知っておきたかったのだが、上手くは伝わらなかったようだ。
「……パルメ」
「パルメさん、西側の中にもう一人女性が居ます。刀を持った黒髪の……六刀凜華という子が居ますので、これを伝えて一緒に」
「もう遅いかも」
一つ加わった声に全員が振り返る。
通路の端に、六刀凜華、その人が早足で皆の元へ来るところであった。
「何? あれ……取り敢えず、斬って良いよね?」
「物騒なお嬢ちゃんだな」
ウォルドが引き気味になりながらも凜華に詰め寄った。
「一般人だぜ!? 斬ったら間違いなく死ぬって……」
「そっちじゃなくて!」
凜華はウォルドの顔面を両手で鷲掴む。
「こっ! ち!」
「痛ってぇ!?」
そのまま力を込めると、一般人の集団を見下ろしていた顔面を思いっきり右に向かって捻った。
その先には、一般人の後ろから迫る大柄な魔物の姿。
そしてその後ろから悠々と歩いて来る黒い艶やかな衣装の女。
「美女と野獣ってか?」
シュレンは息を吐いて頭を振った。
あんな魔物の近くに居て襲われないなど、自分も敵の内ですと言っているようなものだ。
どうやって。何故、ここに。
もしかして、他の各所も同時に?
考える前にやるべき事が有る。明白だ。
ただ、それをこなそうと思うと黒宮はどうしてもウンザリとせざるを得なかった。
「……息つく暇も与えてくれません、か」
●
「元々宿の中に居た人達は?」
刀を抜いて凜華は問う。
「皆、自分の部屋の中だ。一カ所に集めても良かったが、すし詰めだと混乱が起きそうだしな」
シュレンが答えた、そこから少し離れた位置。
ウォルドはパルメへ問う。
「敵の特徴、あれ判るか?」
「おっきい方はトロールじゃない? 女の方は、多分……」
「リリス、ですね」
シュレン側から帰って来た言葉に、パルメは視線を向ける。
「サキュバスと言った方が一般的でしょうか」
「耳、良いね」
隣のウォルドは大斧を構え上げた。
「じゃあ、何か? あいつら皆魅了されて襲って来てんのか?」
「だと思う。注意すんのはそれだけど、大抵異性に対して使うからアタシと凜華ちゃんは効かないよ」
「なる程ね、それで……こうなった訳か」
宿、西側入り口にシュレン、凜華、黒宮。
東側にウォルド、パルメ。
西側は近接型のシュレンと凜華に加え、状況で動き回れる黒宮。
東は防御寄りだが固いウォルドと補助にパルメ。
敵は見えている。
一般人を敵としないとしても、トロールとサキュバスもいつ交戦に入ってもおかしくない。
「勿論手荒な真似はしない。それで良いよな」
「ですが、止む無しという場合も有ります」
「一緒に一般人が居るのが厄介よね」
その反対側では、ウォルドが冷や汗を流していた。
「おいパルメ……さっき言ってたサキュバスの魅了だけどよ」
「うん」
「……当たってるぞ」
「はぁ? 何がよ」
「いや……」
そっと、ウォルドは大斧から片手を離し。
「……ナイフが」
自分の首元に当てられた、パルメの短剣を押し退けた。
「ちゃんと効いてんじゃねーか! 良く見りゃ住民の中にも女の子居るしよ!」
ウォルドがパルメの頬を思いっきり抓る。
それのおかげか、短剣を落っことしてパルメは慌てた。
「ち、ちがっ……ちょっと伸びをしただけだし!」
隣が騒がしい。
「何か揉めてますね」
「敵が目前って解ってんのか?」
「こっちも余所見してる場合じゃないって!」
来る。
一般人の後ろからトロール。
先に無力化すべきはどっちだ。住民か、魔物か。
と、振り上げられたトロールの棍棒を見た黒宮とウォルドは、ハッとして駆け出した。
瞬間。
「ウォルド!」
「黒宮!?」
東西、トロールの横薙ぎの棍棒を受けた二人が、東と西で交錯するように吹っ飛ばされる。
黒宮は木々を薙ぎ倒しながら、ウォルドは重装備にも関わらず。
シュレンもようやく気付く。
二人は吹っ飛ばされる直前、周囲の一般人を突き飛ばしていた。
「こいつら……!」
トロールを前に、シュレンはそれを見上げ、睨み付けた。
「……住民ごといくつもりか!」
奴らがここに来るまでに時間は僅かしかなかった。
その間に出来た事と言えば、この宿を護る配置を考えた事と、宿泊客を一人ローレットへ逃がした事くらいだ。
全員の避難は出来なかった。
ラサの時と同じだ。この人数でそれをやっても、護りきれない者が出て来る可能性が有る。
シュレンの両手にじんわりと汗が滲んだ。
上手く、誰かと連絡が付けば良いのだが。
- <美徳の不幸/悪徳の栄え>絡む二局の来客魔完了
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年01月27日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
幻想王国、城下町。
「なんだか大変なことになってるですね……」
宿に群がる様子を伺いながら『ひだまりのまもりびと』メイ・カヴァッツァ(p3p010703)は呟く。
彼女の周りから猫が居なくなった事を見れば、目の前の光景が只事では無いのは明らかだろう。
メイは頭上、宿を見上げて中の様子を探った。
「避難している人は戦闘がすぐ近くで起きて怖い思いをしているかもです」
住民に紛れようともしない巨躯の魔物。
メイはそのまま視線を垂直に下ろした。
「魅了されてしまってる人たちも、メイは助けたいと思うですよ」
イレギュラーズ達は既に各々の得物を抜いている。
杖、剣、己の肉体、酒瓶。
……酒瓶?
「ダニーロヴナの方」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)がアルコールの匂いに右を向く。
そこに立っていたウェーブ掛かった赤髪の女性の手を見るに、酒宴でも開いていた最中だったのだろうか。
どうやら、今日の神は随分と下戸だったらしい。
「もう、せっかく良いところでしたのに……」
『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は名残惜しそうに半分程を残した大瓶を手近な台の上に置く。
(……でも白昼堂々、こんな街中に一体どうやって入って来たのかしら)
ただ無作為に仕掛けるにしては、あまりに無謀な突貫と言わざるを得ない。
だが、事実目の前では大量の王国市民が自我を忘れて宿へと集っている。
「一般人を巻き込むなんて……!」
『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は青い瞳で状況把握と同時に襲来した者を強く睨む。
宿の中へ攻め入られた気配は無く、これだけ派手な騒ぎとなっているにも関わらず、倒れている人間が居ない。
まだ、間に合う。
間に合う。住民達、は。
その数は三十人。集ったイレギュラーズ達の数よりも遥かに多いが、この面子ならどうにでもなろう、と武器商人は交戦に移る前の結界を発動。それによって宿と周囲に無用な破壊の停滞がもたらされれば、武器商人は銀色の髪の下でペースは乱さずゆったりと事に構えた。
「サヨナキドリの客入りに悪影響があるのはいただけないね」
結界に背を押されるように、ヴァレーリヤは改めて目の前の状況と向き合う。
「分かってございますわ、考えるのは後」
「ヒヒ、酒もね」
今は事態の収拾に専念。
ヴァレーリヤがメイスを手に、炎を纏う為の聖句の一つを唱える。
その時だ。
彼女達の、皆の視界に飛び込んで来たのは黒色の塊。
東西へ分かれるイレギュラーズ達の内、東側へと赴く『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が覚えの有る黒い影に目を見開く。
「黒宮さん!」
反対の西側でも豪快な衝撃音がしたと思えば、鈍重な風と共に宿の外壁側へ飛ばされる鎧姿が一つ。
「……に、ウォルドさん!?」
だけではなく、その場に居合わせ防衛を図る顔ぶれの全てに覚えが有る。
イズマの声に気付き、結界のおかげで倒れなかった木を背に黒い男が砂煙だけ上げながらのっそりと上体を起こした。
「あぁ……どうも。息災そうで何よりです」
どう見たってそっちの方が息災では無さそうだが、事ここに置いても普段の挨拶のように黒宮は応える。
ただ、そこに至るまでも相当派手に攻撃を受け続けたのか、逆側のウォルドまでも障害物に背を預けたまま起き上がる様子が無い。
「大勢の市民を操り盾にするなど……!」
そう相手を睨み据え、銀髪の男性、『プリンス・プリンセス』トール=アシェンプテル(p3p010816)はその住民達を迂回するように外壁側に駆け出す。
白を基調とした騎士服が風を切る。目指すのは先刻薙ぎ倒されたのだろう木の根本。
向かいながらトールは住民に紛れたこの場の主体を目で探す。
皆が皆淀んだ表情に在る中で一人だけ薄笑いを浮かべている黒服の女。手に浮かび上がる魔力。
あれか。
トールは己が目指すべき行先に向き直りながら告げる。
「あまり時間をかけてはいられません、速やかに指揮系統を潰しましょう!」
「メイは東ですね。了解なのです!」
主体はトロールでは無い。それを操っているのは。
「サキュバスですか、面倒なことしてくれますねぇ」
『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)はトールと逆サイド、西側の外周へ向かいながらその二体の女へ視線を向けた。
サキュバスと聞けば自ずと浮かぶ能力。
そんなものに意識をもっていかれる程甘くはない。
それでどうこう、戦場を引っ掻き回すつもりなら。こちらもこちらで耐えてみせよう。手段はいくらでも有る。
戦場に加わるイレギュラーズは、戦いの最中にあっても充分に彼らの視界に入るだろう。
これならいける! という気持ちが不思議と身体に染み渡る。
「持ちこたえてくれてありがとう!」
『天義の聖女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)がそこに姿を見せれば、その気持ちもより一層強くなった。
遠くで「……お、お迎えか?」と呟くウォルドの声が聞こえた。天使か何かだと勘違いしたのだろうか。
「私達が来たからにはもう大丈夫、ここにいる人達は全員護ってみせるよ」
言うなり、スティアの聖杖は西のサキュバスへと向けられている。
形を成すのは強い意思の刃。
全員を護る。その為に目指して来た聖職者の道。
あぁ、そうだ。どんなに苦しい状況でも。
その身を賭して事に当たる。こんな所で命が失われるなど、到底看過出来る訳が無い。
●
「……一人一人なんて、相手してらんない!」
凜華が苦しい様子で刀を振るう。
市民が紛れる以上、刃の向きは自ずと峰。
そんな加減された威力はトロールの肌に跡を残す事も叶わず、シュレンに至っては峰すら無い両手剣。
「マズいな、押し……」
伸ばされた市民の手が喉元に掛かりそうになり、シュレンは咄嗟にそれを掴んだ。
「……込まれるッ……!」
その乱騒の外を抜けるの一つの影。
その輝き、祝福と寵愛の光に包まれた彼を見て、誰が敵などと思うだろう。
トールの足は惑う事無く一直線に切り株を足場に、次いで外壁の取っ掛かりに足を掛けて高く跳ぶ。
トロール達が気付いた時にはトールの身体は既に屋上、陽の光に揺れた銀髪、一瞬だけこちらを見下ろした青い眼光。
その目線を遮ったのは、突如として現れた自身の顔だった。
正確に言えば、自身の醜い顔を映し出した鏡。その顔が、何だ、これは。
――歪ンで見エ……!?
「さぁ、こっちですよデカブツ」
途端、その異常が鏡の中ではなく自身に降り掛かっている事に気付いたトロールは、そんな落ち着いた声が聞こえると自らの頭を押さえて悶えた。
やったのはコイツか。
西側。
トロールの背後、市民より離れつつ、トロールへ向いた鏡禍の懐に見えるのは手鏡。
「そんなに大きいなら僕一人ぐらい簡単に叩き潰して見せてくださいよ。それもできないってことはそんな図体で非力なんです?」
人間相手なら安い挑発。
乗って来たのは奴の知能が如何に低いかを体現してくれている。
広域を俯瞰して見れば、状態は東西綺麗に分かれていた。
現在の問題は東側。やや押されているのは、復帰に遅れている黒宮の分、パルメがその集中を一手に抱えつつあるからだろう。
大振りの棍棒が目前に迫っている。パルメの足が後ろへ傾く。
「ヤバ……!」
銀髪の下で眼を瞑る、その時。
「どっせえーーい!!!」
気合の咆哮と共に、パルメへと到達する筈だった棍棒は、それを持つトロールごと炎を纏う突進に阻害された。
加えてもう一撃の炎のメイス。
間に割り込むようにヴァレーリヤがトロールの居た位置にて炎を吹き上げる。
「もう一発、喰らって行きなさい!」
間髪入れずにトロールへと詰めると、振り抜いたメイスを強引に振り上げて人間部位の急所、顎下を殴打した。
イズマは自身に響かせた壮大な音色で身体の強化を図る。
戦場全体を俯瞰すれば、外側の二人が復帰する様が浮かんで来た。
「大丈夫か?」
振り向かないまま背後にイズマが問うと、男の声が返って来る。
男は怠そうな姿勢で、元々口元まで隠れている外套を更に上に持ち上げた。
「私、デスクワーク派なんですが……」
「……皆さん知り合いだったのか? 何はともあれ、間に合って良かった」
準備は整った。
「東側から順に制圧する。市民は巻き込まず助ける。この戦力ならやれる!」
「いつになく満ちてますね。良いでしょう。方針の切り替えです」
「大丈夫! イズマさん達メッチャ強いから!」
位置は図らずとも東は敵を囲む形に。
「行くぞ、速攻で敵を落とす!」
その中心へと放たれたのは赤い花の如き魔力の塊。
市民もサキュバスも一纏めに、赤花の先に居るアレクシアへと視線が注がれる。
そこへ放たれた神聖の光。
「んと。ちょっと痛いけど、ごめんなさいなのです!」
頭上には輝く王冠。メイの光は市民を中心として魔物達へも降り注ぐ。神聖がその邪悪を取り祓うかのように、市民達を沈黙させていく。
不殺の光は闇を嫌う。その中に居ながら倒れなかった二体の魔物。攻撃の対象が取り易くなった。
『裏手が空いている。倒れた者はそこから運び出すと良い』
武器商人の念話が空を伝って皆の脳に入る。
それとは裏腹に、武器商人が目を向けているのは西の大所帯。
「さて。キミ達はこちらだよ」
甘い声が群がる客を呼び寄せる。
声から外れたサキュバスの身体には、既に向けられたスティアの杖が強き意思の刃を放ってサキュバスを斬り裂く。
一睨み、された気がしたが。それでこそ、この攻撃だ。
彼らが来た事により思う様に動けなくなり、それでも各視線の先は挑発の主へと向けられる。
そんな東側のトロールの頭上に、崩れた砂の礫が当たった。
見上げる。その先に銀髪の男。
屋上伝いに真上高くから見下ろすトールと、地上から睨め付けるトロールの視線が交錯し。
彼は、一気に駆けた。
美しい青の瞳が棍棒の軌道を注視する。
大振りだ。一撃は痛いが、隙がかなり有る。
輝剣を通した砕けぬ意思。最早何者も阻害する事無く。
肉体を絶対強度へと昇華させ、トールの切っ先は吸い込まれるようにトロールの胸を穿つ。
剣が抜かれた続け様、ヴァレーリヤの猛撃の突進が背後より迫る。
よろめくトロールの足先、サキュバスの近く。
絶好の機会。
溢れる闘争闘気の軍勢、それをもって波を放つのはイズマ。
倒れた市民達をパルメと黒宮が担ぎ上げ、内、黒宮が「邪魔です」とサキュバスを足蹴にして離脱。
サキュバスを更にトロール側へ追いやったところに再び降り注ぐ、メイの閃光。
花を咲かせ続けていたアレクシアが先に交戦していた者達へ振り向く。
「そこの人たちは大丈夫!?」
返答は待たず。何故なら疲弊は見るからに著しい。
アレクシアが神へと祈りを捧げる。
これは奇跡か? いいや、きっと彼女の努力の賜物だ。天は祈りをすぐに聞き届けた。
慈愛の光が戦いを先んじていた者を包む込む。
「助かります。私は大丈」
「うん、おかげさまで!」
「……夫です。ええ、この方も最初から元気でしたよ」
今の言葉は私であったと信じたいですね、と小さく聞こえた気がした。
●
スティアの回復をも後回しに、武器商人はトロールへ影を重ねる。
付かず、離れず。
その攻撃位置を保ちながら、ふむ、と武器商人は息を吐いた。
スティアがサキュバス、鏡禍はトロール。
自身は市民を引き付けてはいるが、仕掛けるとなるとどうしても群がる市民が射線に入って来る。
ならば、仕方があるまいよ。
「ほら。おいで、おいで。死にたくないのであれば大人しく倒れるといい」
軽く両手を広げれば、市民へ降り注ぐ不殺の光。
その中に置いて焦りなどは一切見えない。堂々と。緩やかに。
その一声で沈黙する民達の前で佇む武器商人は王の威厳を彷彿とさせる。
「治療が必要な人はこっちに!」
代わりに、スティアの祝福魔法はシュレン、凜華、ウォルドを中心に向けられた。
勿論、戦闘自体への懸念も忘れていない。合間に見えた光は自身に。その光がスティア自身の身体も向上させている。
そのスティアがサキュバスへ炎の花吹雪を浴びせる傍ら、鏡禍を巻き込む形で武器商人へも棍棒を振り続けるトロールにその身一つで鏡禍は捌く。
彼への攻撃はほぼ無に等しく、その代わりを務めるかのように武器商人の身体には傷が増えていくが、口角は上がったままだ。
かといって無謀という訳でも無い。最低限に機能は回復させ、尚も重ねる緋色の影。
時に、丁度良い塩梅というのは意外に難しい。
奴らが大した攻撃手段を持っていないのは幸運だった。
緋色を宿す昏い影が。
一斉に、蒼へと染まった。
蒼の槍。煮湯を纏った報復の乙女。
その手に握った一射を放て。
灼こう。我らの災禍に、祝祭を。
「その棒程度で弾ける筈もなかろ?」
怒号にも近いトロールの悲鳴が辺りを揺らす。
蒼炎の槍がその巨体を貫き、蝕む。
同時、東側でも轟音が鳴り響く。
鳴らした主はヴァレーリヤ。しかしその直前に放たれたのは、イズマの煌々たる細剣。
無限の光が剣に纏う。纏った光が天へと昇るように、トロールの身体を下から上へ刺し穿っている。
そこへ踏み込んだのはトール。
地面を蹴り上げた足元で木の葉が舞う。
表か、裏か。
風に舞う葉が表裏に揺れる。輝剣が放つは砕けぬ覚悟。そして滅びぬ覚悟。
二つの覚悟は二段の突きとなり、トロールの身体を貫いた。
同時に二本の剣が抜き取られる。
残る市民を巻き込まぬようにと動くアレクシアがトロールの周囲に張り巡らす、緑の花弁。
一見すると穴だらけの萼の道。勿論布石だ。トロールを、そこへ到達させる為の掌握術。
着けば聞こえて来るだろう。
あの、豪快な咆哮が。
「無辜の市民を犠牲にしようとしたことへの主の怒りを!」
見えた女性はその足元。盛る豪火は猛牛の如く。
「そして酒宴を邪魔された私の怒りを喰らいなさい!」
ヴァレーリヤの突撃は、トロールの命をも焼き尽くす。
焼け焦げたトロールを見て、魔力を込めるサキュバス。
しかしその手はすぐに力を失った。
「俺はそう簡単には魅了されないぞ。既に見せられてるものが有るからな」
イズマの光剣がその身を貫いていたからだ。
「音楽、だけど」
細剣が抜かれると同時、サキュバスの身体も地に伏せる。
余韻も残さずメイは西を向く。
そこに居る者達がスティアによって充分に回復され、輪を掛けてアレクシアの機械的救済も施されていく。
「私がいる限り、絶対に誰も死なせやしないんだから!」
青の瞳は強く輝く。アレクシアが、そしてスティアが居る限り、多少の無茶も通りそうだ。
メイはすかさず神の閃光をトロール達へと放つ。
「どうして貴方達は町を荒らすのですか?」
そしてそのまま問うた。サキュバスに対してだ。
「何故って……フフ……だって、みぃーんな好きにしてるのよ? いつも見ないヒトだって、皆」
「要領を得ませんね。聞く事は無いでしょう」
サキュバスの目が、その言葉と同時にカッと見開かれた。
口元から血が垂れる。胸元が鈍く寒い。
「……霧……!?」
薄紫に紅が加わる。
振り絞った力で顔を向ければ、武器商人の手に落ちたトロールが崩れる音。
そして、サキュバス自身の背後に立った、鏡禍の姿。
「下位らしい、粗末な誘惑なんて……ね」
霧が身体から抜け落ちる。
それに魂でも抜き取られたかのように、サキュバスもまた、その場に崩れ落ちた。
●
「怪我が酷い人からね」
市民達が続々とスティアの元へ運ばれて来る。
全く巻き込まないという形は叶わなかったが。
「いや、死人が出てないだけ上出来だろう」
と、ウォルドは笑って賞賛していた。
「手荒に扱ってしまってごめんなさいね。大丈夫ですこと?」
ヴァレーリヤもその治療を手伝う中、イズマはその中に彼女の姿を見つけた。
「どうしたの?」
視線を感じて、凜華が問う。
彼女と天義で別れてから、まだ日も浅い。
言動は変わらない様子に見えるが。
「乗り越えると信じてるが、心配だったから」
「あはは……アタシ、あの時そんなに変だったかな」
と、凜華は目を伏せた。
「うん……ホントはまだキツイ」
「もし皆さんがいなかったら、ここは死傷者多数になってただろう」
周囲は次第に声が戻っている。魅了が切れて来た証拠だ。
イズマは続けた。
「凜華さんや皆さんが悲劇を止めてくれたんだよ」
「……そうだね、落ち込むのはもう少し後にしなきゃ」
何かを思い出すように、凜華は空を見上げた。
と、視界に入ったのは屋上の影。
「あれ、あの人……?」
その屋上。
「仮にもローレットがある幻想城下町をたった四体で攻めるとは思えない。杞憂で終わればいいのですが……」
風が吹く中、トールは更に幻想王国を隈なく見遣る。
数多くのイレギュラーズも集う場所。迎撃されるのは見えている。あまりにも変だ。
途端、彼の両目に何かが映った。
「どうかしたのー?」
イズマ達のすぐ傍で、アレクシアが同じ人物を見上げて声を投げた。
声が届けば、トールは眉根を寄せただろう。
確かにローレットは存在する。
但し、その機能が十全に果たされているのか。
予感は悪い意味で的中した。
「ローレットが……襲撃されています……!」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
大変お待たせ致しました! 申し訳御座いません!
お疲れ様です、依頼完了となります。
市民さん達は元気になりました!
手当て、有難う御座います。加えて初期の迅速な引き付けの対応により、防衛NPC達もちゃんと無事で御座います。
時に、男子三日会わざれば、という言葉が有りますね。
皆様とはまだ短いお付き合いですが、ちょっとお見掛けしない間に私の存ぜぬPPPが始まっていたりと、ここに来てウキウキしています。
で、ローレットですよ。襲撃されてましたね。
恐れながらこの夜影、ローレットではなく宿屋の方を襲わせて頂きました。こっそり襲えばローレットの方に紛れて気付かれないだろうと思ったんです。ダメでした、バレちゃいましたね。
それでは、今後幻想王国はどうなっていくのか?
私も皆様と成り行きを見守る一人で御座います。
またの機会にお会い致しましょう!
GMコメント
●目標
・サキュバス二体、トロール二体の撃破。
●副目標
・幻想王国市民の無力化(犠牲者を出さない)
※黒宮とパルメは「誰かがやられるくらいなら多少手荒でも」派。
●敵情報(合計4体+市民30名)
・サキュバス×2(東に1体、西に1体)
黒い艶美な服を纏った女性の人型魔物。
色欲配下の魔物である。
シナリオ中では、幻想王国城下町の市民を【魅了】で操ってイレギュラーズ達を襲う様に仕向けている。
攻撃方法は魔力による魅了の矢。
弓を形成する事はなく、手から矢のみを放ってくる。
矢はダメージの他、命中した相手へ【魅了】を付与させる可能性が有る。
サキュバスを倒せば市民の魅了は解かれるが、そうするには二体ともを倒す必要が有る。
・トロール×2(東に1体、西に1体)
丸太のような大きな棍棒を武器にした緑色の大型魔物。
人型ではあるが、身長も体格も人間には程遠い。
知能も低く、だからこそサキュバスの下僕として幻想国を襲う様に命じられたのだろう。
下僕、従順な奴隷、汚れた緑色。
他のトロールは判らないが、今この宿を襲っているのはそんな言葉が相応しい。
攻撃は大きな棍棒での打撃となる。
しかしあまりに無差別で、共に群がる市民すら巻き込むように振り回す。
巨体から振り回される攻撃には、常に【飛】を持ち、当たった対象を吹っ飛ばす可能性が有る。
・幻想王国市民×30
サキュバスの魅了に操られた幻想王国の市民。
大人も子供も男も女も居る。
戦闘中、彼らはイレギュラーズ達に対して、腕を掴んだり身体にしがみついたりと行動を妨害する動きで邪魔をする。
魅了されているからと言って身体能力が向上している訳でもないので、大人しくしてもらうにはこちらが何かするかサキュバスを倒きるしかない。
サキュバスの命令に対しては忠実に遂行しようとする。
●ロケーション
幻想王国城下町・宿屋前。
幻想王国は大きく上層と下層に分かれているが、ここは上層部分になる。
近くをメインストリートが通っており、場所もあってローレットからも割と近い。
NPC達の居る宿は東と西の二つが存在し、どちらにも宿泊客が自室に避難している為戦力も二分している。
東と西は直線上で行き来でき、距離は大体10メートルくらい。
地面は平坦で周囲は広い、戦闘は問題無さそうだ。
オープニング中の初期配置がNPC達の当初の予定だったのだが、トロールの吹き飛ばしによって黒宮とウォルドの位置が逆になっている。
よって、最終的なNPC達の配置は以下となる。
東側:黒宮、パルメ
西側:ウォルド、シュレン、凜華
NPC達は住民に被害が及ばないように、トロールの攻撃を誘導しながら戦っている。
つまり積極的な攻撃に回れていない。打ちのめされている一方だ。
基本、全員市民を攻撃に巻き込まないように動いているが、黒宮とパルメはこちらが全滅するくらいなら止むを得ない、とは思っている。
敵の東西の内訳は、丁度半々である。
サキュバス、トロールが東と西に一体ずつ、王国市民も東に15人、西に15人。
イレギュラーズ達が現場に到着した瞬間、トロールによって戦闘場所の外側に吹っ飛ばされるウォルドと黒宮の姿を目撃する事になる。
最終位置こそ変わらないものの、二人が戦線に復帰するのは2ターン目以降となる。
以上から、NPC達も戦闘に加わりはするが主戦力は依頼を請けて下さったイレギュラーズ達となるだろう。
●NPC
・シュレン
『恥辱に濡れた愚の渇求、四門三苦の防衛牢』にて登場。
黒髪の青年。武器は両手剣。
攻撃寄りの能力。
・ウォルド
『恥辱に濡れた愚の渇求、四門三苦の防衛牢』にて登場。
豪快な性格。武器は大斧、重装備。
防御寄りの性能。
・パルメ
『恥辱に濡れた愚の渇求、四門三苦の防衛牢』にて登場。
銀色の髪をした少女。武器は短剣。
回避に長けた性能。
『応急手当』なら出来ます。
・黒宮(クロミヤ)
『運否天賦の大活劇、非業摂理の黙殺日』にて登場。
全身黒ずくめで口元を隠す外套。戦闘スタイルは近接徒手空拳。
攻撃寄りの性能。
・六刀凜華(ロクトウ リンカ)
『運否天賦の大活劇、非業摂理の黙殺日』にて登場。
黒いミディアムヘアーの少女。武器は刀。
攻撃、回避寄りの能力。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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