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シナリオ詳細

<美徳の不幸/悪徳の栄え>愛は道徳、死は美徳

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 男が家に帰ってくる。
 愛する妻の元へ、表のパン屋の営業を終えて、愛らしく麺棒を片手に戻って来る。ただいま、と女に掛けられた声は弾んでいた。

「おかえりなさい」

 女は其れをいつものように出迎える。片手に包丁を持ったまま、其れを手放すのも惜しいと男の元へ駆け寄る。
 いつもなら『今日はこんな客がいた』とか『新しいパンの構想が出来た』だの、そんな下らない話をするのだが――今の二人は違う。二人はただ、愛に歓喜していた。
 何も言葉は要らなかった。愛してる。愛してる。愛してる。ただ其の歓喜が囀るままに、男は麺棒を振り上げ、、女は包丁を構えて、抱き合うように殴り、突き刺したのだった。

 血液が喉をせり上がって来る。
 頭が冗談のように痛む。

 ああ! でも!
 愛しているのだから、これくらい当然!!



「ねえ」

 王都メフ・メフィート、職人通り。
 屋根の上に座る金髪碧眼の子どもが二人。一人は短髪で、一人は長髪。ただ街を歩いていただけだったなら、其の美しさに誰もが振り返るだろう美貌。
 ――だけれど、今は子どもたちを振り返るものなどいない。職人通りは愛の狂乱に包まれていた。

 刃を突きだしながら「愛している」と叫ぶ者がいる。
 「愛している」と囁きながら素手で誰ぞの目を潰そうとする者がいる。

 誰もが狂っている。
 愛している、愛している――其れは断末魔の絶叫のよう。
 のんびりと屋根の上で其れを見下ろす天使のような二人の魔種。其のうちの片割れが、呼ばれて片割れを見た。

「なあに?」
「冠位さま、何か焦っていらっしゃるのかしら?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、冠位さま自らが“前に出て愛を教えに行く”なんて、今までなかったじゃない。僕らに任せて、後ろで見ていたじゃない?」

 人形のように首を傾げる、片割れ。
 そうだね、と片割れは頷いて、でも、と嬉しそうに謳うように幼い声を上げた。

「私たちにとっては、とっても心強いじゃないか。冠位さまがいれば、きっと誰にも負けないよ」
「でも、冠位さまのお兄様は失敗したじゃない?」
「冠位さまはお兄様が嫌いだったらしいからね。当然の結果じゃないか。私たちの愛する冠位さまが嫌いなものが何かを成功する事自体おかしいんだよ」
「――そうね! だって僕たちの大好きな冠位さまだもの。僕たちに此処を任せてくだすった、とても美しい冠位さま」
「気紛れで、天使みたいな冠位さま」
「うまくいくといいね」
「そうだね」

 ところで、この双子の魔種には大きな白い翼が生えている。
 リリエルとミミエル。双子がばさり、と片方ずつしかない翼をはためかすと、きらきらと煌めく鱗粉のようなものが職人通りを覆って――狂乱はますます血と悲鳴で染まっていくのだった。

 ――愛してるよ!

 ――愛してるわ!

「愛してあげて」
「愛して貰ってね」
「「ころしたいほど」」

 素敵ね、と。二人はそっと唇を寄せ合う。
 其れはとても神聖な光景だった。彼らが魔種でさえなかったのなら。



「――騒がしいね」

 グレモリー・グレモリー(p3n000074)は静かにそう言った。
 其れもそうだ。だって、幻想にはいまとんでもない数の魔種が溢れかえっているのだから。
 そして其れは恐らく、冠位魔種――散々幻想をかき乱してきたあの少女めいた存在が関わっているのだろう。

「僕だったらまず王様の頸を狙うけどね。其処は精鋭たちが何とかするだろう。だから僕は僕の仕事をする。君たちには職人通りに向かって貰いたい」

 職人通り。
 パン屋から武器屋まで、いわゆる“生鮮以外の専門店”が並ぶメフ・メフィートのストリートだ。
 そこで人々が奇妙な事を言い合いながら傷つけあっているのだ、とグレモリーは言う。

「“愛してる”……だそうだよ。みんなそういいながら、それぞれ武器や素手で相手を傷つけあっている。死人が出るのも恐らく時間の問題だ。間違いなく魔種の仕業なんだけど……屋根の上に人影があった、という報告は入ってる。調査員は余り踏み込めなかったんだ。」

 頭痛がしたのだという。
 職人通りを偵察しに行った先遣隊は、頭痛と共に凄まじい“愛と暴力の衝動”に駆られて即座に撤退したのだと。

「多分屋根の上にいるのが今回の魔種。だけど彼らをなんとかするには、多分君たちも其の衝動と戦わなければならない。其れから、一般人の扱いだけど――僕が思うに、彼らを避難させたりするより、屋根の上の二人をどうにかしたほうが速いんじゃないかとも思ってる。僕はあくまで非戦闘員だから、其処は現場の判断に委ねたい」

 犠牲者を承知で下手人を討ちに行くか。
 民衆と魔種の撃破、どちらも手に入れようと足掻くのか。

「何にせよ、この攻勢は間違いなく虚勢だと僕は思う。やけっぱち……ともちょっと違うかな。相手も全力でこの幻想を潰そうとしている。此処を凌げなければ、恐らく僕たちに未来はない。だから宜しくね」

GMコメント

 こんにちは、奇古譚です。
 双子の天使は愛を運びます。美しい鱗粉で、人々を魅了します。
 愛に狂って死ね。


●目標
 魔種「リリエル・ミミエル」を撃破せよ


●立地
 メフ・メフィートにある大きめの通り“職人通り”です。
 生鮮以外の専門店があちらこちらに並んでいますが、民衆はみな通りに出て乱闘を起こしています。
 彼らは「愛している」と叫びながら、歓喜の表情で無差別に攻撃し合っているようです。


●エネミー
 リリエル・ミミエルx1

 ※このエネミーは1ターンにつき同じタイミングで2度攻撃します※
 二回攻撃を持った一つのエネミーだと考えて下さい。
 双子の美しい天使……の姿をした魔種です。
 どちらもリリエルで、どちらもミミエルです。この魔種に二人の区別はありません。
(が、区別の為に長髪をリリエル、短髪をミミエルと呼称します)

 武器は持っておらず、神秘攻撃型です。リリエルはバフ・デバフ系、ミミエルは攻撃系の技を使用します。
 彼らは片方ずつしかない白い翼を持っています。この翼から溢れる鱗粉が、人々を狂わせているようです。


●フィールドギミック“愛と暴力の衝動”
 職人通りに入った瞬間、イレギュラーズを“愛している”と“殺したい”の衝動が襲います。
 これはBS、或いは原罪の呼び声の類ではなく、予防する手段はありません。
 衝動に耐えながら、皆さんはリリエル・ミミエルと対峙する事になるでしょう。


●一般人について
 彼らは完全に“愛と暴力の衝動”に囚われています。
 そして数が多いです。
 不殺でどうにかしても、全員を鎮静化させる事は不可能に近いでしょう。
 今はまだ死人は出ていないようですが、時間の問題です。

 此処からはPL情報になりますが、
 一定ターンが経過すると、リリエル・ミミエルは『これではつまらない』と住民への衝動を強化させ始めます。
 そうなれば間違いなく死人が出ます。

 どのような方針を選ぶかは、イレギュラーズに一任されています。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。



 此処まで読んで下さりありがとうございました。
 アドリブが多くなる傾向にあります。
 NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
 では、いってらっしゃい。

  • <美徳の不幸/悪徳の栄え>愛は道徳、死は美徳完了
  • 知ってる? 悪魔って、天使のように美しいんだって
  • GM名奇古譚
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年01月28日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

リプレイ


「愛してるっていいながら殺し合うって事は――つまり、愛してるから殺したいってことかしら」

 王都メフ・メフィート。件の職人通りへの道を急ぎながら、『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は呟くようにそう言った。そうして『嫌ねぇ』と続ける。

「愛というのは真実相手を思いやらなきゃ」
「私は判らないでもないけど」

 と、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が急ぎ足のままにいう。愛には痛みが、死には偏見が伴うものだと。

「ま、だからってあの子たちがしている事が許される訳ではないのだけれど」
「全くもって」

 愛って不可思議だね。そう言いながら喧騒を聞き取るのは『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)。あの喧騒の中心には、愛してると叫びながら傷付けあう人たちがいるのだろう。

「愛、……」

 『黄昏の影』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)はそれきり、何も言わなかった。何も言えなかった。だってヴァイオレットは、其の眩さは手を伸ばしてはいけないものだと思っているから。
 彼女を心配そうに一瞥したのはイーリンだけではない。『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)もまた、何処か捨て鉢な雰囲気を纏う彼女を案じている。
 けれども、此処で『大丈夫?』などと問うても意味のない事だと判ってもいる。

「……愛と暴力を一緒くたにするなんて、魔種らしい乱暴さだ」
「愛 理性デ捻ジ伏セルのは苦痛」

 『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は既に歪な熱気に気付いているようだ。まだイレギュラーズへの精神干渉は感じられないので、リリエル・ミミエルの精神干渉はそう範囲が広くないと推測できるが――

「愛のキューピッドでも気取ってるのかな。其れにしても、時と場所を選んで欲しいよね。あと、相手も」

 なんとも魔種らしい、と『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は肩を竦める。女性の姿を装う『プリンス・プリンセス』トール=アシェンプテル(p3p010816)もそうですね、と頷いた。

「成就を祈る人を助けるならまだしも、あまりにも無差別すぎます。……其れに」

 ――とても乱暴だ。

 トールは己の中に殺意と愛が灯るのを、灯されるのを感じながら職人通りの喧騒を見ていた。



 ――愛してるわ!

 ――愛してるよ!

 そんな荒々しい叫び声と、動乱。売り物の瓶で相手を殴り続ける者がいた。長い爪で相手を引っ掻く女がいた。彼らはみな、総じてまともな瞳の色をしていなかった。そんなものを愛だとは認められない。其れがイレギュラーズの総意だった。
 つまりは『おとといきやがれ』という事だ。

 最初に動いたのは雲雀だった。ジェックとフリークライの動きを導くように、気配を消して人波に分け入り、屋根の上でゆったりと見下ろしている天使のような魔種へと攻撃を仕掛ける。
 其の堕天の一撃は、リリエルとミミエルを驚かせるには十分すぎるものであった。

「あらあら?」
「何かきたわ」
「何かきたね」

 敵の気配を感じ取って、幼い魔種が一枚ずつの翼を広げる。
 させまいと動いたのはフリークライだった。雲雀に牽引される形で繰り出した禍々しき引き裂くような一撃は、魔種二人の回復の一切を禁じる。

「ねえ」

 ジェックは二人に声を掛けながら、銃をかちりと構える。

「貴方たちを愛したら、貴方たちを殺したくなるのかな。アタシに愛されてみる?」
「どうかしら。僕たちはこの力を使っても、一度も愛されたことがないの」
「ええ、そう。みんな他の方向を見ちゃうから、私たちを見てくれないんだ」
「へえ?」

 ――歪んだ愛を与える魔種は、己に愛を向けられた事がない。
 其れは少々皮肉だと、ジェックは口の端を持ち上げた。
 じゃあアタシが愛してあげる、と銃口を向けたのはリリエル・ミミエルの翼。飛んで逃げられたら嫌だから、最初に空を奪ってあげる。
 果たして打ち放たれた弾丸は、二人の翼をばちゅん、と貫いた。二人で一人の魔種はお互いをしっかりと抱き合って、きゃあと稚い悲鳴を上げる。

「動きは封じたよ。鱗粉も撒けないでしょ……っていうのは若干楽観し過ぎかな」
「鱗粉に血が混じって重くなる――とかだと良いんですけどね」

 次に動いたのはトールだった。
 一気に屋根へと飛び上がり、魔種の前に陣取った。美しい花花咲き誇るブーケから、硝子のような刀身が伸びている。“真説『プリンセス・シンデレラ』”。トールの武器は魔種の身体を確実に切り裂いた。

「まあ」
「とっても綺麗な剣なのに、乱暴なのね」

 数々の不調を初手で刻み込まれ、更に至近での一撃を喰らった筈なのだが、強がりか、其れとも不調を不調と感じないのか、二人の魔種はトールを見上げる。

「多少乱暴でないと、あなた達を止められませんから」

 愛したい。
 傷付けたい。
 其の衝動がトールの中で渦を巻いている。愛を捧げると決めたのはたった一人だとトールは其の衝動を抑え込んでいるが、其れでも二人を傷付けたとき、何処か『すっきりと』した気持ちになってしまったのは否めなかった。

 衝動がどくん、と波打つようにイレギュラーズに広がる。

 愛したい。
 殺したい。
 愛したい。
 愛されたい。
 殺したい。
 殺されたい。

 まるで熱病のようにあっという間に其れは全身を駆け巡り、成る程、一般人ならばこの衝動に抗う術はないだろう。

「精神干渉確認。感情封印機能ON。……完全遮断不可。成程 厄介」

 フリークライにまで其の衝動は及ぶ。感情を封印出来ない程の激情。傷付いている二人の魔種を見て、他の仲間もきっと血に塗れれば綺麗だろうと囁く己がいる。フリークライは其れを黙殺した。だって、其れは任務に含まれていないから。

「愛は痛みを、死は偏見を伴う」

 イーリンが言う。
 其の瞳には激情が灯っている。あれはリリエルとミミエルが植え付けたものではない。あれは――敵意だ。愛と破壊の情動すら打ち壊すような、怒りの波濤だ。

「けれどね」

 鼓動がさざなむ。

「私の愛を」

 知識の砦、と呼ばれていた書物が鼓動する。

「お前達が」

 見える。勝利への道筋が。其れは点となり線となり、イーリンへと無数の情報を投げかける。

「――語るな」

 其の言葉はまだ幼い魔種たちを震えあがらせた。旗と剣を抜き去って、さあ、神が其れを望まれるのなら!

「……ひ」
「いや! こわい……!」
「怖い? 其れで許されると思っているの?」

 イーリンが旗を掲げる。速攻だ。光よりも早く、この稚く邪悪な魔種を殲滅せねばならない。
 其の意志は彼女のうちに熱意となって広がり鼓舞する。
 其の熱に誘われるように、オデットが四象を用いて魔種に様々な漆黒を齎す。

「私が恋して愛するのは一人だけ。望むなら殺してあげたいのも一人だけなの。――薄っぺらな愛情だけを心に語り掛けるのはやめてよね!」
「どうして? 薄っぺらでも愛情は愛情だわ。誰かを愛するってとっても素晴らしいことよ」

 ジェックに撃ち抜かれて血を纏った翼をミミエルが広げる。其の翼に幾つも灯った光球、放たれた光線がイレギュラーズたちを巻き込むように炸裂し……

「誰かに強制されるような愛も、後先考えない暴力も、どちらも認める訳にはいかないんだ。愛と暴力は……きっと、対極に在るべきだと俺は思う」

 ヴェルグリーズだ。
 一気に二人の魔種に距離を詰めると、放たれた光線ごと認識そのものを『斬った』。
 其処に更にヴァイオレットが飛び込んでくる。

「愛、愛、愛……不幸になりたい、死にたいと望んでいた私がそんなものを求める資格なんて最初からなかった……望んじゃいけないものだった!! 愛なんて要らない! 愛をこれ以上私の前で語るな! 耳障りなのよ!!」

 まさに『死ぬために』戦いに出た彼女は光線を自らの身体で受けて――其れが後続の仲間の為だったのかは判らない――、圧倒的な速度でもってリリエルとミミエルを『侵略』する。神速の一撃は二人の幼い身体を抉り、無数の傷を負わせる。

「愛してる? ううん、……もう、愛したくなんてない」

 疲れきった子どもが呟くように、ヴァイオレットは言う。愛しても、掌から砂のように零れて行ってしまうのなら――

「私は殺したい。悪を、悲劇を……何よりも」

 私を殺してやりたい!
 死ね! 悪は死ね! 私に愛を囁く悪は悉く死んでしまえ!!

「――司書さん」

 雲雀が不安げにイーリンに言う。ヴァイオレットをこのままにして大丈夫なのかと。
 イーリンは以前凛として前方を見詰めたまま、あのままにしてあげてと答える。

「あの子は、いまああしてしかいられないから」



「――愛してる故に殺したい、殺されたい。其の想い自体は寧ろ理解すら出来るんだよ」

 ジェックと雲雀の連携で、魔種は思うように翼どころか手足を動かす事すら出来ない。先程の光線だって、まぐれのようなものだったのだ。
 雲雀はそんな二人に語り掛けながら、絶対零度の一矢を放つ。灯った焔に次は蒼い恨み、まるで凍えるように魔種の身体は更に重くなる。

「俺の中にずっと燻り続けている感情がある。一つになりたい、……ってね。でもね、俺を殺して良いのはどんな世界も関係なく、たった一人なんだよ。俺の命、心、なにもかも全部彼だけのものなんだ」

 フリークライがせめてもとヴァイオレットを含めた範囲に癒しを齎す。癒えていく傷にヴァイオレットは絶望の眼差しをフリークライに向けたが、――フリークライは其れを敢えて受け止めた。墓守たる彼だが、仲間の墓を作るのは嫌だと其の行動ではっきり意思表示する。

「お前達の余計なお世話なんて最初から必要ない。寧ろ、俺の友人たちを殺させようとしてくれたからいま凄く腹が立ってるんだよね。ね、目障りだからとっとと死んで?」

 リリエルとミミエルは返答せず、そっと二人で抱き合って翼で己たちを護る。
 二人だけの世界ね。
 二人だけの世界だよ。
 ああ、此処ならとても“安心”ね。

「――治癒だ!」

 注意深く観察していたヴェルグリーズが声を上げる。
 いち早く動いたのはトールだった。

「おっと、お二人とも。僕と踊って頂きたいのに、そんなに内気にならないで」

 ――尤も、僕が愛を捧げると決めたシンデレラは、この混沌に一人だけなのですがね。

 トールの一撃が、護りに入った二人の体勢を崩す。其処に絶貫の一撃を加えて、素早く飛びのくと後続の仲間に託す。

「……私たちの……邪魔を、しないで!」

 ああ、喧騒が遠くなっていく。
 其れは二人にして一人の魔種の力が弱まっている事を示していた。フリークライは判断する。恐らく此処で決着がつく。ならば自分が出来るのは、一般人の鎮静化・及び被害を押し留める事だろう。
 重そうな巨体が存外軽く、屋根の上から職人通りへと降り立つ。着地の音に人々は驚いてそちらへ視線を向け……

「ああ……!」
「愛してる!!」

 フリークライに殺到した。
 狙い通りだ。フリークライの手の中には、2枚のカードがある。2回は倒れても起き上がれるという事だ。ならば、人々の為に囮になるくらい訳もない。
 其処に大きな閃光が放たれた。光に包まれた人々が、眠るように昏倒していく。

「ちょっと、フリック!」

 オデットだ。傍らに氷の狼を連れて、怒ったように彼を見下ろしている。

「一人で囮になるなんて無茶しちゃ駄目よ! そりゃあ……考えがあるんでしょうけど……でもせめて、誰かに言ってから行って」
「……ゴメンナサイ?」
「よし」

 ウンと頷くと、オデットもまた戦いの終焉を予感したのだろう。フリークライと共に狂乱する人々の鎮圧に当たり始めた。

「俺も手伝うよ」
「ヴェルグリーズ」
「あとは他の人が巧くやってくれるだろうし……手を伸ばして救えそうな人を見殺しにはしたくないからね」

 言うとヴェルグリーズもまた屋根から飛び降りて、一般人を殺さない程度に鎮圧を始める。
 人々は混乱を始めていた。愛しているのに殺さなければならないのか、と疑問を呈する声がオデットの耳に届いた。其れは魔種の命が尽きかけている事を――如実に示していた。



 さて、イーリンは冷たく二人を見ていた。“騎兵隊”を幾度となく率いてきた軍師としての瞳であり、怒りを抱いた一つの存在としての瞳だった。

「どうせ愛を唄うなら、私が震えるくらい聴かせなさいよ」

 穿つ。
 リリエル……ミミエルだったかな、いや、もうどちらでもいいか。鱗粉を振り撒かれないように翼を穿ち、魔力剣で屋根に縫い付ける。
 元々機動力は高くないのだろうが、念の為に足も貫いておこう。
 天使の姿をした魔種が奏でるのは悲鳴。だが其れも、イーリンの心を震わすには足りない。

「幻想国に騎戦の勇者あり。愛を語る市民たちも照覧あれ。貴方達は愛し合う人たちと――『私を見るべき』なのよ!」

 イーリンのよく通る声が、職人通りにこだました。
 フリークライに一撃を入れようとしていた女が、男が、子どもが、大人が、そして二人の魔種が、イーリンに視線を向けた。
 其の一瞬を、ジェックとイーリンは見逃さない。一瞬の間隙は命を一つ奪うには十分すぎる。

「人間ごときが――!!」
「そう、其れがお前達の本性なのね」

 美しいかんばせを醜く歪ませたリリエルの頭蓋が、イーリンによって砕かれる。
 其れを見て、信じられないとイーリンを見上げたミミエルの頭を、ジェックの銃弾が貫き砕いた。

「――貴方たち、随分と苦しそうだったね」

 とさり、と軽い音を立てて倒れ伏し、青い塵と化して消えていく二人を見ながらジェックが呟いた。

「天使になりたいなら、生まれ方を間違えた。愛し合いたいなら、生き方を間違えた。一つになりたいなら……其れは生きている限り敵わない」

 もう終わったよ。
 天使になって何処へでもいくといい。
 愛し合いながら何処までも飛ぶと良い。
 一つになって、愛というものを知ると良い。

 ジェックの背にある不器用な翼が、少しだけ疼いた。飛び方を知りたがるように。



 フリークライとオデット、そしてヴェルグリーズによって大方の暴動は鎮圧された。フリークライは一枚の切り札を切る事にはなって、オデットに怒られはしたが。
 ヴェルグリーズとイーリンは一度視線をまじえて、……ヴァイオレットを見る。

 死にに来た筈だった。
 なのに傷は癒えて、新たについた傷も死ぬにはいたらなくて、小さな奇跡が私の“邪魔”をして。

「あの子たちは助かったわよ」

 イーリンのたった一言も、薄膜一枚隔てたようにヴァイオレットには届かない。
 友を殺めた罪と共に、ふらふらと彼女はいずこかへと行ってしまった。

「あ……」
「やめておきなさい」

 引き留めようとした雲雀を、イーリンが止める。雲雀の方も半ば無意識だったようで、直ぐに其の意志をひっこめた。

「――大丈夫かな」
「大丈夫では……ないだろうね。でも、彼女の問題だから」

 愛は時に人を癒す。時に人を励ます。けれども――時に、心を壊してしまう。
 ヴァイオレットの姿はもう周囲にはない。喧騒の過ぎ去った職人通りは悲しいくらいに静かで、……トールの着ているドレスの腰部分、大きなリボンがふわりと風に吹かれて揺れていた。

成否

成功

MVP

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
大変お待たせいたしました、リリエル・ミミエル戦はイレギュラーズの勝利です。
封殺って怖いなー!!!いやだなー!!!
ご参加ありがとうございました!

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