シナリオ詳細
<グレート・カタストロフ>響く憂いの滅び唄
オープニング
●
海沿いの町、タニーラ。
「……何だ、あれ」
この町は今。
「黒い……玉?」
大混乱に陥る直前だった。
場所は幻想国西部、湾岸地区。
その湾岸地帯、いや、今や混沌世界の各所で出現した不思議な黒い空間。
どうやらこの混沌世界には、決定付けられた未来、というものが有るらしい。
滅びか、破壊か。
絶対的破滅。通称『Case-D』。
その接近が決定的になった事により出現が頻発した黒い穴。
空間を侵食するバグ・ホールと呼ばれるその穴は、突如として火花のようなものを散らしながら湾岸部分の海面に現れた。
空も、海も、風も、全てがその穴に触れた途端に歪んで消えていく。
「……マズくないか?」
宿の軒から顔を覗かせた旅人の一人が呟いた。
「で、でも海の上だろ?」
別の場所、屋外の高台で住民が青ざめた顔で言う。
「違う……穴だけじゃない!」
偶然訪れていたイレギュラーズが指したのはその海面。
穴の出現によって波が揺れている。
その波に乗るように、バグ・ホールの前面に多くの魔物が押し寄せて来ているのだ。
魔物達の向かう方角はどう見てもこの町。
ただ、最初にそれを確認出来たのは、超人的な視力を持つ事が出来るイレギュラーズの二人だけだった。
「チ……避難指示だ!」
「ギルドにも連絡してくる!」
これまでにも魔物の出現は少なからず有った。
その度にイレギュラーズ達を含めて解決してきた。
「うおぉぉぉおお!?」
だが、今回ばかりはそう簡単にいかないようだ。
次いでその群れに気付いた住民達が、取り乱して走り出す。
「逃げろ、逃げろッ!」
苦い顔をしてイレギュラーズは周囲に目をやった。
武力を持たない一般人が慌てふためくのは仕方が無い。
変に脱力されるよりは幾分マシか。
そう、思った直後だった。
逃げる住民の足が崩れ落ちたのは。
「何……おい、どうし……」
駆け寄った目の前の者だけではない。
一人、二人、周りの人間が悉くその場に倒れる。
急ぎ、住民の首筋に手を当てる。いや、死んではいない。
眠っているだけだ。
男の耳にも聞こえた、その場に響き渡った音色によって。
「あぁ……クソ……」
これは、唄か。
ややソプラノ気味な、たった一音階の魔物の声。
耳に入った男の視界が強制的に揺れてはぼやける。
海と、歌。
歯ぎしりしながら、イレギュラーズの男は揺れる視界を顔すように自身の頭を強く叩き湾岸を睨み付けた。
「解ったぜ……どういう敵か……!」
「ねぇ、ちょっとあの穴……」
傍に立ったもう一人のイレギュラーズが彼に言葉を掛ける。
「……何か、大きくなってない……?」
人一人どころでは無い。
一隻、一軒、いや一帯。
出現した時には既に巨大なものだったバグ・ホールが、徐々にその直径を膨らませている。
あれが触れてはいけない現象である事は、消える海の波を見れば直感でなくとも理解出来てしまうだろう。
このまま際限無く大きくなるならば、この町など一溜りもない。
それどころか……。
「魔物ごと呑み込まれる……?」
「戦いながら心中か……御免だな」
避難完了までにこちらの身が持つだろうか。
寝息に静まり返った町の中、二人は無言で顔を見合わせた。
●
ローレット、会議室前。
珈琲カップを手に持った男性は、扉の前で小柄な女性と肩をぶつけた。
「あ、ごめん!」
「何だ、いやに慌ててるな。大事か?」
無言で女性は二、三度頷いて返す。手には大量の資料が抱えられていた。
「幻想! 西! 穴!」
「落ち着けって。何言ってんのか解んねぇよ」
「……んもう! じゃあ良いからこっち来る! 今から説明するから!」
ぐい、と腕を引っ張られ、男は淹れたての珈琲を波立たせながら彼女の腕力に押し負けた。
「痛ててて……あんま引っ張んな!」
連れられた部屋の中では、既に幾多もの紙が広げられていた。
「場所は幻想国の西部、海沿いに建てられたタニーラって町!」
一枚、紙が捲られる。
「バグ・ホールの事は聞いてる? アレが湾岸側の海面に出たのよ! 連絡によると徐々に大きくなってるの、このままだと町ごと呑み込まれかねないわ」
カップを机に置き、男は訊ねた。
「確か『触れるな』って言われてるやつだろ? 俺達にもどうしようもないんじゃ……」
「違う違う!」
確かにそれに対する住民の避難も有る。
だがその前に、もっと対応すべき事も有る。
「バグ・ホールの出現と同時に多数の魔物が町に強襲してるのよ! 波が荒いから正確な到達時間は判らないけど、数日後に町に来るのは確実」
海から襲来する魔物。
その特徴から予測するに、セイレーンと呼ばれる海魔生物だ。
歌で魅惑し、海の中に惑わす。
言ってしまえばそれだけだが、襲来したセイレーン達は滅びのアークでその能力に付加がなされている可能性が有ると言う。
「広範囲と遠距離からの歌を聞いた生き物に、強い睡眠効果をもたらすみたい」
そう、そうして町の住民の大半は、その歌によって眠ってしまっている。
「避難出来てるのはどれくらいなんだ」
「今のところ大体半分……残ってるのは……」
小柄な女性はチラリと横を見る。
「十五よ」
「十五だそうよ」
他に居たのか、と男が身体を跳ね上げると、部屋の隅で眼鏡を押し上げる女性がこちらを見ていた。
現場には住民の他、二名のイレギュラーズが直接対応に当たっている。
ただ、そこからの連絡は途中で途切れてしまっている。
「……セイレーンの力がそれ程強力になってるのか、それとも……」
「……もしかして、まだ聞いてない?」
眼鏡の女性が机上の紙を一枚手に取った。
セイレーンだけではなかったのだ。町に襲来した魔物は。
「追加情報。クラーケンという魔物よ」
「……ぇあ!?」
自分でも素っ頓狂な声を上げているのに気付きながら、小柄な女性は身を乗り出した。
確か、クラーケンと言えば。
「いや、そん……海っつっても湾岸地帯よ!? 名前なら聞いた事有るけど、それって深海側の魔物じゃないの!?」
「滅びのアークの影響か、単純に釣られて来たか……本体はバグ・ホールに近い場所に潜ってるみたいだけど、足が町に届く位の大きさ。どちらにせよ、無視は出来そうに無いわ」
編成の時間を考えると、イレギュラーズが到着した頃、海の魔物達とも衝突する事になりそうだ。
魔物達とクラーケンの足を退けながら、バグ・ホールが町に到達するまでに眠った住民を避難させる。
勿論、バグ・ホール自体を対処しようとしてはならない。出来ようもないのだ。
「……苦しいわね。でも、やらなきゃ」
「間に合うかな」
「ギリギリ……」
男は地図とバグ・ホールを想像しながら口を開いた。
「陸に到達するまでだろうな。そこが限界ラインだ。それ以上は撤退した方が良い」
その場の三人は、改めて資料と向き合った。
自分達に出来る事は、今有る情報を最大限に引き出して纏める。それがせめてもの抵抗であった。
- <グレート・カタストロフ>響く憂いの滅び唄完了
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年01月24日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
到着した八人を待っていたものは、賑やかとは言い難い集客の最中であった。
「この状況、事は一刻を争うか」
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)の青い瞳が町から人へ、人から終焉獣へ、そしてバグ・ホールへと移り変わる。
「こんな所までバグ・ホールの影響が……」
苦く、口元を歪ませて『活人剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)は二刀を抜いた。
現場にもイレギュラーズは居る、だが如何せん、あの魔物の数だ。
一刻の猶予も無い、というのは皆共通の認識であるだろう。
「まだ間に合う状況でよかったと前向きに捉えるべきだね……」
俯瞰から広域を見渡す『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)の紅と緑の瞳。その奥に見える住人の姿。
二、五……離れているが行けない距離じゃない。護れる距離でもある。
風がすさぶ町の中。分かれるは二班。
内、終焉獣への対処に向かいながらも、『黒撃』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)はバグ・ホールを通して何処か遠くを見るようであった。
「世界の終わりかぁ……なんだかんだ長いことローレットでやって来たけれど、本当に来るんだね。終わりが来るってところはジツは半信半疑だったんだけれど分かり易いカッコウで来たねぇ」
それはあまりに唐突な破滅の訪れであった。
どの世界も終焉はこうなってしまうのか? その形は惑星として見ればまるでブラックホール。
これを見て不安に駆られない者の方が少ないだろう。にも関わらずイグナートの言葉が少数派に属しているのは、実感が湧かないのではなく彼自身の性格がそうしているのだろうか。
何にせよ、何れは因縁と相対する身。ここで滅ぶつもりなど毛ほども無いだろう。
その横を抜け、住民側への対処に回る『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)の顔は対照的に渋い。
「仕事に追われて睡眠不足で只でさえも眠いっての!」
そんな時にこの騒ぎ。
仕事を増やした罪はデカイぞと並々ならぬ怒りで終焉獣達を一睨みしたアルヴァは、それでも俯瞰の情報を叩き込みながら馬車を駆る。
こうしている間にも終焉獣が、そしてバグ・ホールとの距離も近くなってくる。
世界各地を脅かしているそれに、『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)は一つ目を向けた。
あの謎の球体についての話はルブラットも聞き及んでいる。
人の死に方に貴賤は無いとは思う。だがその上で好きでは無い死に方だと感じる。
死が唐突で理不尽なのは自明としても、あんなものに終わらせられて良い筈が無いのだ。
――気が滅入るな。
ルブラットはそう思いつつも、口に一つ言葉を残す。
「今は少しでも犠牲者を減らそう」
力強く頷き同意したのは後ろに馬車を待機させた『笑顔の魔女』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)。
突風に揺れた金色の髪の下、赤い瞳に希望の光が灯る。
相手は魔王ではない。世界の概念にも似た現象。
だからと言って、ヴェルーリアが勇気を縮ませる理由にはならない。
「町の人を全員避難させるよ! 何としてでも!」
「プーレルジールと同じように、滅びが混沌を呑み込もうというのなら……」
思い出すのはかつての光景か。
また誰かが居なくなる。それはこの世界に居た罰とでも言うのか。
鳥を空へ、蛇を足元へ這わせ、『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)の赤い双眸に確かな決意が宿る。
活性化する炉心が、強く高鳴った。
「私はもう、目の前の手が届く誰かを、切り捨てることはしません」
その為に。
「無粋な邪魔をする奴は手早くお帰り頂こうか!」
雲雀の手元に呪術の書が浮かび上がり。
「為すべきを為し、救うべきを救う」
武蔵は改めて眼前を見据える。
動くべきを誤れば今にも脅かされる住民の命が有るかもしれない。
セイレーン達もそうだが、その奥に視界に入れようとしなくても入って来る十本の触腕。
怯む訳にはいかない。
「多少の危険は覚悟の上よ、往くぞ!!」
間に合うか。皆が飲み込まれるまでに。
滅びが、到達するまでに。
●
雲雀の開いた呪術書から堕天の光が空へと滲む。
セイレーン側からすれば不可視の天撃とも見えたその光、目を向ければ佇むのは先鋭的な促進で自らを高めるヴェルーリアの姿のみ。
帳の中へと溶け込んだままの雲雀とヴェルーリアが前後を入れ替わり、セイレーン達の前へ立ち塞がった。
「絶対に、護ってみせる! 倒すべき相手なら……」
その背後で、空に大きな影が広がった。
「ここに、居るよ!」
宣言と同時、ヴェルーリアの真後ろから打ち上がったのは、ルーキスの鉛の礫。
無の境地から放たれた掃射の雨がセイレーンを一斉に撃ち抜く。
まさに天よりの警罰。
雨は耐えども止む様子を見せず……いや、違う、それだけではない。
ルーキスの攻撃に混じり放たれていた武蔵の驟雨だ。
戦闘区域内に住民が居ない事はルーキスの俯瞰側からでも、武蔵の仔細を見通す視力でも確認済み。
重なる雨が豪雨となり、侵略の道筋を手前から塗り潰す。
その雨の中を駆けるようにして滑り込むのはイグナート。
その呪腕で掴み取るは栄光の一手、栄光の中には無論命も含まれる。
一番外側の、つまりは最も救助隊への妨害となり得るセイレーンの真横へとイグナートが回り込み。
その影が、ぶれた。
闘争心をそのまま力へと変え、一瞬の息継ぎ、踏み込みと同時に直角に向きを変えて到達する嵐の拳舞。
イレギュラーズ達の即座の行動は奴らの動きをも変えた。
セイレーン達の三又の槍が、住民からイレギュラーズへと切っ先を変える。
奴らが町へ沁み込ませる唄声。
これか。
と小型ホバーボード、G-ドライブで滑空するアルヴァも戦闘の中心地から離れた位置に居ながらすぐに気付く。
全くもって度し難い。平時であればこの寝不足も解消されるというのに。
奴らはあらゆる意味で間が悪かった。
そしてもう一つ、いや二つ。この中に居て間が悪かった者達の元へと、アルヴァは己の身体の究極を解放しながら急ぐ。
俯瞰した目で見れば、町の中央部分か。
戦闘に巻き込まれる前に到達した方が良さそうだ。ホバーボードを回転させて向きを変更、鉛の雨が降る中に斬り込むように四足獣の馬車を誘導する。
ヴェルーリアの馬車も牽引する彼はまさに移動拠点。万が一、アルヴァが全ての住人を引き受ける事になってもこれなら何も問題無いだろう。
「起きろテメェら、寝てる場合じゃねえだろおい!」
「ぐっ……」
そこに横たわっていた男が、アルヴァに叩き起こされて反応した。
肩にはもう一人住民と思われる人間を担いでいる。
「寝てた……嘘でしょ!? どのくらい!?」
傍らの女性、ミズサはグリーフからの救護により目を覚ますと慌てて周囲を見渡した。
既に戦闘が始まっている。起き抜けでも僥倖を感じられたのは二人以外の救援の姿が見受けられたからだ。
セイレーン達が町に侵入している。遠近法でも理解したくない海中の触手。その背後に在る球体は、意識が混濁する前よりもどう考えても肥え太ったように膨らんでいる。
グリーフがミズサへ問う。
「協力をお願い出来ますか?」
「……当然!」
住民を含めて馬車へと急ぎ乗り込ませながら、アルヴァもそれを見ながら先程のミズサの問いに答える。
「アラームは……とっくに過ぎたみたいだぜ」
町がまだ小さな規模だったのは不幸中の幸いだ。
放った蛇からの五感を得て、ルブラットへ追いついたグリーフが告げる。
「東側の宿に二人……傷は負ってません」
「西の酒場にも一人……どちらも屋内か。分かれよう」
透視の目で逆の方向を確認したルブラットはグリーフと左右へ散る。
無情な風に晒された酒場の入り口が軋んでいる。
仕事中であったか、エプロン姿の傍には酒の零れたグラスも一緒に倒れている。
傍目に見たのは応戦する仲間の姿。
ヴェルーリアを中心に攻撃が集中している。あちらも予定通り、問題は無さそうだ。
そっと、酒場の壁に手を当てる。
ルブラットの身体が、そのまま染み込むように中へ溶け込んでいった。
グリーフが到着した東の宿。数は二つ。
反応は……大丈夫そうだ。聞こえる寝息に異常は無い。感じる五感の全てが隔離された平穏を物語っている。
逃げる際に慌てたか、宿の主と思われる恰幅の良い男性が膝を擦りむいていたが、重篤な問題では無いだろう。
壁に背を預けている女性。眠っているのに苦しそうな表情以外はこちらも問題無い。
意識を失った人間は少し重く、しかしながら平然と変わらぬ顔で二人を担ぎ、グリーフは馬車へ乗り込ませた。
このペースなら充分間に合う。
そう、グリーフが次の場所へ移動する時に見たもの。
外を中心に駆けるアルヴァ。それに続く馬車。
そして中央近くで応戦する四人と。
巨大な、触腕の影。
●
大地に大きな振動が走る。
あの海中からこちらが見えているのか。それとも無差別か。
唄声が聞こえなくなったのは、ヴェルーリアの誓った言葉が広範囲に轟いた結果に他ならない。
初期段階、セイレーン達が町に広がる前にそれを行った事も大きく、それを成し得たのは雲雀の速さに連携出来た最速の一手によるものだ。
帳の中で雲雀は視る。
ヴェルーリアを中心に固まっている今ならアレを使えば一纏めに討てるかもしれない。
だがそれでは場所の離れている家屋は兎も角、彼女も巻き込む可能性が有る、か。
ヴェルーリアへの集中が解ければ奴らも一斉に散開する。そうなればもう歯止めは効かない。
逆を言えば、彼女さえ落とされなければこの場の不安は全て杞憂。
流れは見えた、と雲雀はヴェルーリアとそこに群がるセイレーンの間に割り込み、最も適切且つ効果の及ぶ一体へ呪術を放つ。
そのヴェルーリア自体も、おおよそ不安要素は感じられないという事も予め言っておこう。
戦闘を優位に進める為の最適な位置を確保し、続け様にその身に宿すは大樹の生命力。
「貴方達の相手はこっちだよ!」
一度彼女への意識が外れようものなら、ヴェルーリアの言葉が再びそちらへ向き直させる。
おおよそ、と言ったのはまだ唄による妨害が僅かにでも残されていたからだ。
そして僅かである理由は、強力無比なイグナートの乱舞がセイレーンを襲い続けているからであり。
「……生憎、自慢のその『唄』も俺には効かないんでね」
憂いの無いルーキスの掃射がセイレーン達を穿ち続けているからでもある。
「さっさとここから退場してもらおう!」
十体と言えど、戦闘に割いたこちらの数よりは遥かに多い。
その中に置いて唄の被害を考慮せずに動き回れるルーキスの存在は、救助に回った者達への援護にも繋がっている。
ルーキスの立ち回りが家屋を避けるようにセイレーンの行動範囲を縛っているのだ。
そしてそれは一人ではない。
「対空戦闘用意!!」
武蔵の行動、殺意の籠った砲撃もまた、セイレーン達を他へと行かせない為の進路上に留まらせた。
故に、唄を気にせず刃を振るうルーキスには少しの余裕が有った。
余裕が有ったからこそ、アルヴァに伝達する事が出来た。
上空からの視点。人が逃げる際に使われそうな通り。
透視の視界と合わせてそちらを見れば、僅かに見える水色の髪。
――まだ間に合う。
『右に二人、木の陰に倒れてます』
「……よし」
同じく俯瞰視点から別の方角の人間へ注視していたアルヴァが、馬車に乗った二人へ振り返る事無く指示を出す。
「俺が外の住民を探して走る。テメェらは住民を運んで乗せろ」
足元のG-ドライブが一層唸る。
「解ったわ」
返って来た馬車の中からの声を聞き届け、空の左袖は強く風に靡いた。
●
振動が響いた酒場の中。
ルブラットは内側から扉を解錠した。
非常事態に誰かが鍵を掛けたのか? 肩に担いだ先程の人間の様子を見るに、この者では無さそうだが。
「エーグル」
呼び掛けに応えるのは魔法の木馬。
共に引く馬車に住民を乗せ、ルブラットはふと動きを止めた。
感じる。直感だが、命の雫を。
導かれるままにルブラットは棚の一つに手を掛けた。
「……起きていたのか」
震える小さな少女の姿が、そこには在った。
感じた雫と別のものが今にも瞳から溢れ出そうで、同じ人間の形をしているというのにルブラットを見ても震えが止まっていない。
「落ち着くように。まずは深呼吸……そう、良い子だ」
とても、穏やかな声音であった。
戦闘の音さえ忘れさせるような、とても落ち着いた……。
「特異運命座標が助けにきたからには、安心してほしい」
屈めば、物言わぬ震える手だけルブラットの服を弱々しく掴む。
その時、一段と大きく水の音がした。
少女を引き連れ、ルブラットは外へと赴く。
少女の服に付いたフードを摘まむと、視界を覆う様に被せた。
木馬がすぐにでも離れようとしている気がして、ルブラットはそちらにも同じ声音で言葉を掛ける。
「……後で特上の菓子でもやるから、大人しく指示に従いたまえ、エーグル」
それを見たのは、途中合流したアルヴァとグリーフも同様であった。
「……海が」
飲み込まれていく。
漂っていた小さな小舟が穴の中に消えていく。
「……何も、問題は無い」
まだ住民は残っている。
急がねば。
●
バグ・ホールの重圧感を最も感じ続けているのはこの四人かもしれない。
何故なら常に目の前に存在しているからであり、徐々に大きさを増していくのを目の当たりにしているからだ。
心なしか風も増してきている。
その中で雲雀から放たれた絶対零度の一矢。
最後のセイレーンに突き刺されば、その懐に影が入る。
目前、セイレーンは目前でその男が消えたかのように見えた。
地を這うように滑り込んだイグナートが、地を蹴る反動でセイレーンを空へと蹴り上げる。
風と共に舞い上がるセイレーン、地を割る震脚、天上すら穿つのは己の拳。
全てのセイレーンが地に伏せたのを見るや、四人は尚も気を緩めず。
「……あとどれ位だろう」
触腕とバグ・ホールへ顔を上げて雲雀は問うように言う。
ヴェルーリアもそれらを見据えて答える。
「あれの事? それとも救助? ……どっちにしろ時間が無い事は確かかも」
答えるなら『どちらも』だろう。
眼前に迫る触腕を見れば自ずと目に入る背後のバグ・ホール。
「逃げの一手が正解か」
言いつつ主砲を構える武蔵がより高台の場所へと跳び乗った。
襲い来る触腕。あともう少しだ。
「町の人を探す邪魔はさせないよ!」
ヴェルーリアは改めて、その触腕達に向けて宣言した。
「今何人だ?」
「私は五人」
「俺はアイツらを入れて七人……」
「まだ残っていますね……屋内でしょうか」
アルヴァとグリーフが言葉を交わしながら街を駆ける。
「四人、追加して貰いたい」
加わったのはルブラット。
これで、残るは一人。
「左の建物だ!」
そこへ、武蔵の声が飛んできた。
高所からの、物理的な視界の情報。
位置は離れている。
だが、彼の機動力なら。
文字通りに、頭一つ抜いてアルヴァが滑空する。
最早猶予も僅か。
ここが分水嶺。一手遅れれば町ごと飲み込まれる。
だが、それでも尚、足を遠ざけるには早いと踏む。
雲雀の生み出す戦術展開、更にその一手を担う紅の一矢。
「行かせない!」
ヴェルーリアが塞がる直線上に最後の一人。
ここが勝負所だと、ヴェルーリアが全身全霊の闘争心で触腕を穿ち、怯んだそれにイグナートが剛烈な蹴りを与えて弾き飛ばす。
他の触腕への牽制にも備え、ルーキスが放ったのは再びの鉛の掃射。
本体には届かない。いや、それは承知の上だ。
あれ自体を相手にする必要は無い。
ルーキスが目指す方針の通り、目標は『住民全員の救出』。勿論二人のイレギュラーズも含めてだ。
だからこそ、その場の誰かは逸早く叫んだ。
「……撤退!」
足止めを図っていた攻撃の手が即座に止み、四人がグリーフへの馬車の中へと、武蔵も瞬間的な加速装置にてその場を離脱。
廻れ。
廻れ。止まる事なく。
「このまま道沿い、次の角を右に!」
「把握した。経路は任せてくれ給え」
雲雀とルブラットの声が聞こえる中、グリーフの馬車もそれに続く。
「これで最後だ!」
そこへ、残る一人を馬車へと乗せたアルヴァも合流した。
もう人間が一人も居ない事を雲雀を中心に確認し、アルヴァはそのまま全ての馬車の中へと告げる。
「振り落とされんなよ。しっかり掴まって、頭引っ込めてろ!」
馬車の中から、その光景はありありとその目に焼き付けられた。
たった今の今まで相手にしていたクラーケンの触腕。
それが海中の本体ごと、黒に飲み込まれていく。
華やかだった町も。
まだ残っているセイレーンの残骸も。
全てが。
「あんなの……どうしたら……」
住民の誰かが呟いた。
イグナートはそんな彼らに我ながら格好を付けて応えてみせた。
「イレギュラーズは世界の終わりと戦うタメに居る! 諦めるのはハヤイよ!」
それは人々を安心させる言葉でもあり、イレギュラーズ達自身が鼓舞する言葉にもなっただろう。
そうだ。人は生きている。町は無くなれど、まだ生きている。
ならば、この身体は前へと動かそう。
私達の行く先は、絶望などで覆えはしないのだから。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
依頼完了、お疲れ様でした! お待たせ致しました!
非常に手早い救出と応戦、お見事です。
馬車の活躍が凄かったですね!
オープニング、このシナリオ画面にもあるバグ・ホールですが、恐ろしいですね。
もし今回のシナリオのように住んでる所の近くに出たら私はそりゃもう一回布団の中に潜っちゃいます。
住民は皆救助成功、これも皆様の迅速な活躍のお陰で御座います、有難う御座います!
それでは、またの機会にお会い致しましょう!
GMコメント
●目標
バグ・ホールが町に到達するまでの間に、17名全ての住民を町の外へ避難させる。
内二人は救助活動をしている二人のイレギュラーズも含んでいる。
住民の数としては、残り15名が正しい。
バグ・ホールが陸を越えて侵食し始めた時に町に留まっている方は、撤退・離脱という形となります。
住民がまだ残っていてもです。
また、目標達成後も皆様にはバグ・ホールに呑まれた町から撤退して頂く事となります。
●敵情報
終焉獣・計11体。
・セイレーン×10
女性の人魚の姿をした終焉獣。
伝説上にも知られるその名だが、彼女らの唄う声には強い睡眠作用が有り
【呪縛】のBSを与えて来る。
イレギュラーズなら耐えられるかもしれないが、一般人が抵抗するには難しい。
また、違う伝承も混じっているのか手には三又の槍を持っている。
屋外に居る者を見つければ優先して攻撃するが、進行上に家屋が有れば破壊しかねない。
セイレーンは、最終的に街と共にバグ・ホールに呑み込まれる事となる。
・クラーケン×1
巨大なイカの姿をした終焉獣。
本来は深海に生息する魔物だろう。
シナリオ内では、本体は海の中に居る。
同時に本体はバグ・ホールに近い場所にいるので、ここを叩く事はお勧めしない。
八本の足に二本の腕。計十本の巨大な触手が相手となる。
触手による叩きつけ、締め上げの他、生物に触手を巻き付け海に引きずり込もうとしてくる。
屋外に居る者は注意したい。
後述するバグ・ホールの三段階目、クラーケンはそれによって消滅する。
だがそれは、同時に貴方達の身にも危険が迫っているという事に他ならない。
●ロケーション
幻想国西部、海沿いの町タニーラ。
円形の町となっており、出入り口は二箇所。
西の湾岸側、東の平原側だ。
イレギュラーズ達には、東の出入り口側から入って貰う事になるだろう。
建物としては
町の外側に広がる住宅が10個。
海側に宿屋が1個と酒場が1個。
中央には道具屋が1個。
となっている。
イレギュラーズ達が到着すると、すぐに西側から襲来したセイレーンとの戦闘となる。
既に町の中に入り込まれているのだ。
対処すべき二人のイレギュラーズは、町の中央、噴水広場で気を失ったように深い眠りに落ちている。
恐らくずっと歌声に曝されていた筈だ。
彼らなら、屋外の人間ならある程度居場所が判るかもしれない。
住民の居場所についてだが、屋外にNPCイレギュラーズを含む九名が居る事は確認出来る。
問題はそのイレギュラーズ達にも居場所が判らない、屋内の者達だろう。
最終的にこの街は、魔物達と一緒にバグ・ホールに呑み込まれる事となる。
●バグ・ホールについて
混沌世界各地に出現している『謎の穴』。
次元の歪みのようなもので『触ったら消滅する』とも言われている。
決して近付いてはならない。
この依頼では、この巨大な一つのバグ・ホールが海面に出現している。
しかし、徐々にその大きさを変え、イレギュラーズ達が到着すると加速度的に肥大化していくだろう。
どのくらいの速度(ターン数)で到達するのかは、町の周辺に存在するものから予測出来て良い。
・一段階目…海上。
・二段階目…海と陸の中間を漂う無人の小舟。
・三段階目…クラーケン本体。
・撤退ライン…陸。
念の為にもう一度忠告しておくが、この穴に対して何かを行おうなどとは決してしない方が良い。
●NPC
タニーラで救助活動をしているイレギュラーズ達の二人。
だが、その途中でセイレーンの妨害により、屋外で眠りに落ちてしまっている。
ミズサという女性と、ウィグという男性の二人。
開始当初は眠ってしまっているが、もし起きられれば救助の助けにはなるだろう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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