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シナリオ詳細

<グレート・カタストロフ>炎と滅びの渦において

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●燃える炎は絶望を結ぶ
「――嗚呼、見ろよ。またお前のせいで人が死ぬんだ」
 幻想のとあるブドウ園を見下ろしながら『【灰燼の刃】フィアンマ』が一人ごちる。
「ここまで調べるには苦労したさ。でもやっと分かったんだ。オマエにとって一番大切なものが何か」
 赤い髪。血よりも赤い、鮮烈な朱。
 それをかき上げ、所持する剣へ魔力を込めれば。
 ぼうという音。
 植物が焼ける。草が、木が、虫が終わる。
 生命が溶け炭や灰へと移りゆく香り。
「予言の刻が来ちまった。だから早くやらないといけないよな。
 ああ、安心してくれよ。約束は守る。
 オマえが持つもの……トモダチ、ナカマ。
 滅びに飲み込まれるその時まで。全部全部奪って、壊してやる……!」
 ――なぁ、ヴェルグリーズ。


●蒼剣が見届けた別れの今
 カノッサ男爵家。
 王都メフ・メフィートの北方に領土を持つ幻想の武人系男爵家が一つ。
 その歴史は古くより存在し、紐解けばお家の盛衰を通じて一大叙情詩も語れそうな程であるが。
 今を生きる一般市民の間には、跡目争い真っ最中の、よくある貴族一家と認識されていた。
 民の話によれば、カノッサ家は一子相伝の習わし故、通常長子が跡目を継ぐ。
 しかし先代が亡くなった際の長子もまた重い病の床にあり、現在も闘病中。
 とても家を継ぐ状態にない彼の代わりに、次期当主として名の挙がった者達がいた。
 一人は『ヴィルヘルミーネ・カノッサ』。
 長子の一人娘。
 十代半ばの少女ながら、その在り様には既に当主としての自覚が滲む。
 カノッサ家の宝物にして、歴代当初と共にあり続けた戦斧の精霊を自称する『カノッサ・ハルベルト』も、次期当主と認めた存在。
 もう一人は『アドリアン卿』。
 先代の二人目の子供(次男)であり、ヴィルヘルミーネの叔父にあたる。
 兄である先代の長子が生きている状態での当主継承は、カノッサ家の習わしを崩す事であると主張。
 それ故に長子の系譜であるヴィルヘルミーネよりも、先代の子かつ男子の自身が当主を受け継ぐ方にこそ、一般的な跡目相続における正当性があるとして台頭した。
 どちらが当主に相応しいのか。
 一族関係者の間では決着がつかないままでいた。


●犯人の名は
 幻想内のとある荒れ地。
 貴族が行う権力闘争の中で、土地活用は大きな事柄の一つだ。
 特にこうした荒れ地は、昨今の冠位魔種事情を鑑みるに復興や開拓の優先度がどうしても低くなる。
 中々国の手が行き届かない土地。
 それを上手く活用してやるのは、そこに暮らす者達や国王へのアピールになる。
 現にこの地域も、アドリアン卿が一個人としての資産を使い手を加えており。
 当主相続に向け、関係各所への政治的アピールに利用されている。
 幾つか行われた土地活用の中でも、『玉月・枝垂(たまつき・しだれ)』と『玉月・流(たまつき・ながれ)』夫妻が経営する農園は成功を収めていた。
 特に主な収穫物となるブドウは、丹精込めて育てられているからか良質な物が多く。
 果物としてもワインの原料としても、着実に貴族社会において知名度を上げている。
 しかしここ数か月。
 人工的に引き起こされたのが確実視される火災が、農園周辺で多発していた。
 どの場合でも比較的気づきやすく、かつ農作物への被害が少ない箇所が放火されており。
 迅速な対応によって、これまではボヤ程度の被害で済んでいる。
 話を聞いたアドリアン卿は、結果だけを見て不幸中の幸いだと笑い飛ばすが。
 火の発生箇所をきちんと分析すれば、徐々に農園の中心部へと近づきつつあることは誰にでも予測がついた。
「……」
 いつまた放火があるか分からない。
 剣の腕に覚えのある流は、農園仕事の合間は常に敷地周辺の警戒へ当たるようになっていた。
「此処は……異常なし」
 どれだけ徒労に終わろうとも。
 流は決して手を緩めず付近の確認を進めていく。
「此方も良し。やはり咎人の姿も、痕跡さえも見つけられぬ」
 だがこの日は違った。
(流様……)
「何奴!」
 素早く剣を抜き、風の魔力を纏わせる。
 周辺を素早く見渡すが何者の姿もなく、気配すらも感じられない。
(流様……どうか生き延びて下さいまし)
 けれど間違いなく聞こえるのだ。
 あの日あの場所に、残してきた愛の声が。
「その声、八重(やえ)……か?」
(流様、お気をつけて。炎が迫っております。憎しみの業火が)
「八重。汝は炎を、咎人を知っていると申すか」
(はい。咎人の名は……)
 ――ヴェルグリーズ、と。


●よぎる過去、燻る炎
「アドリアン卿の管轄するブドウ園が大変なことになっている?」
 混沌各地に出没した『バグ・ホール』なるものの情報を得るため、ローレットを訪れていた『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)。
 そんな彼へ声をかけた情報屋は言葉を続ける。
「はい。彼の使者より、貴方がここにいればすぐ救援へ向かうよう伝えてほしい。と依頼形式の手紙が入っておりました」
 情報屋の一人から詳細な説明を受けるにつれ、彼は己の内に『何か』が沸き上がって来るのを感じた。
(ブドウ園を焼き尽くす炎……か)
 古き言葉で『別れるもの』を意味する言葉、ヴェルグリーズ。
 はるか昔。忠義と愛に生き、喪われかけた血を繋ぎとめた騎士の名、ヴェルグリーズ。
 その名を冠した剣が次に見つめるのは、別れとなるのだろうか。


※関係者用語解説(OP登場順、本シナリオ上必要部分のみ解説)
【カノッサ家】
 OP内で明示した状況にある男爵家。
 ヴェルグリーズさんはアドリアン卿についている事になっています。
 農園は現状幻想の管轄ですが、実質アドリアン領です。

【ヴィルヘルミーネ・カノッサ】
 カノッサ家当主候補。
 当主としての心構えや才能は申し分ない強い女性です。
 人柄を鑑みれば、当主争いにおいては彼女が優勢でしょう。
 彼女とヴェルグリーズさんの間ではある密約が交わされています。
 ※プレイング次第ですが、恐らく本リプレイには登場しません。

【カノッサ・ハルベルト】
 ヴェルグリーズさんを剣の精霊とするならば、彼は斧の精霊です。
 斧はカノッサ家に代々伝わってきており、人間体はヴィルヘルミーネさんの婚約者として周囲に知られています。
 基本的にヴィルヘルミーネを補助するように動きますが、ヴェルグリーズ(剣)には色々思うところがあります。
 ヴェルグリーズさん(人)は、気になる剣と同じ名前、かつてその剣を扱った騎士と同じ容姿をしている等、気になる点が多い人物として認識していますが、剣の精霊であるという確証は得ていないようです。
 ※プレイング次第ですが、恐らく本リプレイには登場しません。

【アドリアン卿】
 カノッサ家当主候補その2。
 人柄や能力は少々劣りますが、いわゆる貴族社会での立ち居振舞いに長けた男です。
 ※プレイング次第ですが、恐らく本リプレイには登場しません。

GMコメント

※各種《》項目に関してはGMページにて解説
※相談日数4日です。状態異常などに注意してご参加下さい。

《システム情報:情報確度A》
●目標(成否判定&ハイルール適用)
 ブドウ園関係者の救助
●副目標(一例。個人的な目標があれば下記以外にも設定可)
 火災の犯人を明らかにする
 ブドウ農園の被害を最小化する(関係者全員の救助)

●優先
※本シナリオにはヴェルグリーズ(p3p008566)さんの関係者が登場するため、
 ヴェルグリーズさんに優先参加権を付与しております。

●冒険エリア
【幻想内僻地】
玉月夫妻のブドウ園敷地500mとその周辺(以後「農園」表記)

《依頼遂行に当たり物語内で提供されたPC情報(提供者:ローレット 情報確度C)》
●概要
 農園で大規模な火災が起きた。
 農作業中と思われる民間人を救出してほしい。

●人物(NPC)詳細
【玉月・枝垂】
 獣種によく似た旅人。農園経営者の一人。
 いわゆる肝っ玉母ちゃんです。
 子供達を集め避難誘導していると思われます。

【玉月・流】
 獣種によく似た旅人。農園経営者の一人。
 いわゆる無口系侍です。
 放火の拡大を食い止めるべく、犯人を捜しています。
 戦闘になれば、主に風を纏うような素早い動きと抜刀術で相手を圧倒する戦法を用います。
 何らかの方法で落ち着かせれば、話をすることは出来るでしょう。

【フィアンマ】
 魔種。かつてヴェルグリーズさんが二度邂逅しています。
 農園に広がる火災を優先的に辿れば、遭遇するかもしれません。

【関係者たち】
 子供数十名、従業員数十名がいます。
 捜索には各種サーチが役立ちますが、全員が「助けて」と感じているとは限りません。
 正確な数を知るには、枝垂か流の協力が不可欠でしょう。


●味方、第三勢力詳細
 またシナリオ参加人数が定員に満たない場合、不足分だけアドリアン卿の私兵が作戦に協力してくれます。
 私兵は参加者の平均程度の能力に加え、参加者が付与したい役割(回復、タンクなど)「一つ」を
 担うのに必要な分のステータスが補正加算されます。
 (回復ならAP多め、タンクなら防御技術高め、等です)

●敵詳細
【フィアンマ】
 炎を扱う魔種です。
 以前ヴェルグリーズさんに敗北していますが、滅びが近づく影響で、あの時とは比べ物にならない程強化されています。
 混沌各地でヴェルグリーズさんの名を騙り、悪さをしています。

【終焉獣】
 狼型が数十体単位で出現済みであることは確認されています。
 その他は不明ですが、警戒が推奨されます。
 強さも数も未知数ですが、出現済み個体に関しては範囲掃討が有効です。

●ステージギミック詳細
【バグ・ホール】
 理屈や原理が一切不明の『穴』。
 何かを試しても構いませんが、恐らく全て無意味となります。
 ホールに飲み込まれた存在は問答無用で『死』にます。
 シナリオ開始当時は発生していませんが、時間経過に応じてランダムで発生します。
 ホール発生後は、周囲200mに、毎ターン以下の効果を発生させます。
・ホールへ30m引き寄せる(機動力0の時50m)。
・不特定デバフ1つ付与(猛毒、氷結、窒息、呪縛)
・特定デバフ2つ付与(塔、奈落、停滞、体制不利)
・特殊スキル発動(妖精殺し、ジャミング、ホール周辺の空間歪みによる物理的視界不良)
 各種デバフは無効化で対処可。
 一般人は無効化を持っていないので、回復し連れ歩くか、背負う/乗り物を利用する等で運搬する必要があります。
 (運搬時、人数分だけ機動力に-補正)
 ホールの反応値や行動回数は高めです。

●エリアギミック詳細
<1:建物>
 住居と資材置き場、種/苗木の保管庫を兼任する倉庫付き建物が1つ。
 ビニールハウスが複数。
<2:屋外>
 農地部分は現状開けていますが、火の粉が飛べば燃えてしまいそうです。
 炎はただの火なので、水や氷で消火、風で飛ばす等、ある程度対処方法は自由度があります。
 農地近くに井戸(水あり)。
 その他木々が密集している箇所や、火が燃え移っていて煙が立つ箇所など。
 基本視界不良です。

<全般>
光源:1・2問題なし
足場:1・2問題なし
飛行:1注意(建物内で行える程度のみ)、2注意(ホール引き付け50m対象)
騎乗:1不可、2注意(多数運搬による機動力低下時ホール引き付け50m対象)
遮蔽:1有、2・3場合による
特記:ホール出現は予知できませんが、出た瞬間ぞっとするので判別可能。


《PL情報(提供者:GM プレイングに際しての参考にどうぞ)》
【主目標のために何すればよい?】
 農地は広いですが、救出だけなら真っすぐ建物に向かえば多くの人物が揃っている事でしょう。
 欠けた人物をどう迅速に見つけるかで状況は変わります。
 スキル/ビルドは機動型、ヒーラーだと活かせる場面が多そうです。
 その他救助に向けの動きや過酷状況に耐えうるものは基本活きると思います。

【フィアンマと流】
 枝垂がなまじ有能なので、流は避難を彼女に任せ悪を断つのが己の使命と考えています。
 フィアンマはエリア内のどこかにいますが、流と遭遇すれば己の名を騙ることでしょう。

【バグ・ホール】
 天災に等しいような滅びの何かです。
 フィアンマもホールの生成には一切関わっていないので、場合によっては飲まれます。
 (それほどに意味不明な危険物です)
 出現理由も出現してからの対処方法も分かりませんが、本シナリオ上は時間経過につれて出現率が上がる事だけは確かです。
 絶対に油断しないでください。飲まれたら死にます。
 総合的に判断して一人が複数の事象に気を払うより、分担した役目を各々が確実にこなす方が良い結果に近づきやすいでしょう。

【カノッサ家について】
 死者が出たり、不手際が目立つとアドリアン卿の当主相続レースは不利になります。
 そうなればアドリアン卿は少しでも情勢をよくするため、悲惨な結果はヴィルヘルミーネの妨害があったからだと、風説を流布することでしょう。

・その他
目標達成の最低難易度はN相当ですが、行動や状況次第では難易度の上昇、パンドラ復活や重傷も充分あり得ます。
バグ・ホールに飲まれた場合は死亡しますのでくれぐれもご注意下さい。

  • <グレート・カタストロフ>炎と滅びの渦において完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年01月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談4日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)
天翔鉱龍
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
夢野 幸潮(p3p010573)
敗れた幻想の担い手
島風型駆逐艦 一番艦 島風(p3p010746)
島風の伝令

リプレイ

●決意と予感
「森が……燃えてる……」
『無尽虎爪』ソア(p3p007025)がそう呟いたのは、二つの馬車へ分乗した一行が農園入口に到着した時だった。
 人間という存在に興味を抱き、遂にはその姿を手にした精霊種の彼女。
 けれど森で過ごした長い時間を忘れ去った訳ではない。
 敷地内全域へ広がる延焼の中には、巡り巡って彼女が意思を交わしあった森の息吹も含まれていようか。
 精霊種は長き年月を経てきた者も多く。
 それ故一つの事実がもたらす影響は、時に他者の想像など軽く凌駕するだろう。
 その精霊が情が深い性質を持つなら尚更だ。 
「作戦領域 黒煙 多数視認。 火炎 領域外周 相応。 領域中央 建物周辺 集中 危険」
 馬車から飛び立ち、火災の状況を簡易的に確認した『島風の伝令』島風型駆逐艦 一番艦 島風(p3p010746)が着陸し述べた。
「何とか一人でも多く救助できると良いんだけど……!」
 森の精霊が森の民を思う傍らで、人を思うのは人の願いを受ける者。
 依頼に際し馬車を提供した『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)が手綱を握る力を込めれば。
「一人でも多く……なんてつもりは無いのだわ。一人も残さず助けるのだわ!」
 同様に『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)の語気も普段より強かで。
 自分が伸ばせる手の届く距離に、掴んで抱き止められる容量に限界があると分かっていても。
 『ローレットの母』を目指し、依頼を寄せられたギルドマスターの秘書でもあり。
 ……自分よりも輝かしい功績を残し続ける仲間達が、この事件の記録を見る可能性を知っているからこそ。
 伸ばした手から誰かが零れる事も、誰かを諦めるという選択も、決して容認出来ないのだ。
 その決意が滲むかのような願いの言葉に、ヨゾラも全員の救出を目指すと改めて答える。
 二人の会話を聞いていた『天頂ノ龍神』ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)もまた、小さく頷く。
「危機に瀕した一般市民を見捨てるなんて信念に反する。手遅れになる前に私達が先行して状況確認と救助に当たろうか。行けるよね、島風?」
 馬車から飛び出したェクセレリァスが翼を広げれば。
「提案 了承。もーどすれいぷにる rd」
 島風は元いた世界で『艦姫』と称される所以――戦艦の武装を展開。
 自身の魔力を流し込みスラスターを着火させた。
「あ、行く前にこの子達も連れて行って欲しいのだわ!」
「華蓮 感謝 ェクス 配給」
 連絡用として華蓮から小鳥のファミリアーを二羽預かった島風は、一羽を武装の合間に収納し、もう一羽を渡すべくェクセレリァスの元へと駆け寄る。
「伝書鳥 貸与。当方より 追加物資」
「これ……チョコレート?」
「同志 作戦成功 祈願 v」
「そっか。ありがと島風」
 共に己が機動力への誇りを持つ者として。
 互いの口内で同じ香りと味わいを共有した二人は、空高く舞い上がると正反対の方向へ飛び去っていった。
「僕達も急がないとだね! まずは人の多そうな建物へ向かおう!」
 ヨゾラの声に『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は頷くと、二台の馬車は農園の中心部、炎が増える建物方面へと進んでいく。
 端から見れば彼の馬を操る様は何の変哲もない動作。
 だが長き時間を、寝食を、子育てを共にする相棒『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は、潜むぎこちなさに気づいた。
「どうかしましたか?」
「え?」
「肩に力が入っています。貴方らしくもない」
「そうかな? いや、星穹が言うならそうなのだろうけれど」
「ここが貴方に関連した領地だからですか?」
「それは多分大丈夫かな。ヴィルヘルミーネ殿と交わした密約は『彼女へ刃を向けない事』だからね。
 彼女は若くとも美しく聡明な人だ。
 ローレットへの依頼に基づく人助けくらいは許してもらえるんじゃないかな」
「……随分信頼なさっているのですね」
「どうしたんだい星穹? 急にそっぽなんか向いて」
「いえ別に」
 星穹自身随分らしくない態度だとは思うが。
(他意がない事くらい分かっています。……はぁ。
 手を繋ぐくらいまでは許してあげられるつもりなのですけれど)
 決して油断する訳ではないが、信頼し合う者同士だからこそ、苛烈な環境にあっても穏やかな心を保てる瞬間がある。
(星穹と話せたおかげで少し落ち着いたようだ。でもなんだ、この感じ……)
 ふつふつと湧き出した不快な感情を前に、ヴェルグリーズは相棒の大切さを強く感じていた。
 そして荷台の中で彼らを眺める形となった『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)もまた、予感めいた胸騒ぎを覚えていた。
(これはただの救助依頼。かの魔王や冠位との決戦を思えば造作も無きことのはずだ。そのはず、なんだが……)
 いつ何が起こるかなど分からない。
 ほんの少し前、胸騒ぎの先に恋心を見失った幸潮の脳裏にはその言葉がこびりついて離れなかった。


●例え一つたりとも
「しっかりするんだよ! あたい達なら今回もきっと乗り越えられるからね!」
 炎が他を燃やし尽くす音に負けないよう『玉月・枝垂』は大きな声で呼びかける。
 その声と指示を支えに、火炎に覆われた建物から距離を取っていた何人もの大人と子供達は、協力して間近に迫る炎の消火や負傷者の対応を行っていた。
「にしても何だい、ボヤの次は狼のバケモノの群れだなんて……とんだ厄日だね!」
 枝垂は見た目から言えば狐や犬系統の獣種だ。
 それが狼の姿を模した終焉獣を器用に口に咥えた刀で、しかも流れるように切り払っていくのだから、一般市民であればその姿を捉えるすら難しくあろうが。
「あれが枝垂さんだね。今助けるよ……!」
 数々の戦いを経たヨゾラには彼女の動きを掴み、それを避けるようにして攻撃することなど朝飯前だ。
 ローブ越しに彼の背中が光輝けば、次の瞬間放たれた魔力が総べゆる邪と悪だけを打ち祓う。
「おっとと、もしかしてお上からの使いかい? 助かるよ!」
 僅かな油断。
 思いもよらぬ救援に安堵した彼女の隣、空間が歪む。
「つっ!?」
 歪んだ空間から爪を伸ばし枝垂の足へ傷を負わせた終焉獣。
 そのまま空間から這い出し更なる攻撃を加えんと牙を剥き出しにする。
「させないよ」
 だがその牙が届くよりも早く、飛び出したソアの爪が牙ごと終焉獣の身体を引き裂いた。
「ひとつ」
「すまないね、助かった!」
 枝垂の礼には会釈をして答えるソア。
 その笑みにはある種の人間らしさが残っていた。
 けれど人間の姿から部分的に戻した四肢から伸びる爪の輝きと。
 彼女の全身を纏う雷が迸る様は、まるで森の王たる虎の怒りを表しているようにも思えた。
「終焉獣のみんな。あなた達の相手はボクだよ?
 今日はすこーしだけそういう気分だから……ふふん、本物の獣の狩を見せてあげる」
 森を焼いた者への怒りと解放した本能に身を任せ。
「ふたつ」
 枝垂を大きく上回る速度で手当たり次第に襲いかかる。
 減るよりも同じか僅かに早い速度で、歪んだ空間から終焉獣達は出現するが、そのほとんどは獅子奮迅の勢いで迫るソアとの戦闘を余儀なくされた。
 全体の状況を掴みやすい立場にあった華蓮が枝垂を治療しつつ状況を聞き出す事となった。
「よくここまで持ちこたえてくれたのだわ。
 全員助け出してみせるから、ここ以外に後何人残っているか、教えてほしいのだわ」
 華蓮は空へ鴉のファミリア『ヒメ』を放ち火の回り具合を確認。
 更にその時の作業状況や人数といった情報から、避難するであろう方向を推測し、小鳥の通じて島風やェクセレリァスに共有する。
『目標 了解。急速転舵 推進機構 全開』
『OK、その人数ならこのまま向かうよ。
 ぼく、とばすから私にしっかり掴まっててね』
 空から広域的に救助者の捜索に当たっていた二人も、見つけ次第火災の被害が及ばない場所へ運搬する形で独自に避難を進めており。
 枝垂の情報が華蓮を経由して伝わることで、一人の例外を除いて全員の居場所が特定出来た。
「となると後はうちの旦那だね。この火災の原因を探っているはずだから、迎えに……くっ」
「おっと」
 長い時間、一人で守り続けていた枝垂には疲労やダメージが相応に蓄積していたのであろう。
 ふらつく身体をヴェルグリーズが支えた。
「旦那さん、というのは確か『玉月・流』殿、でしたよね。
 『アドリアン卿』から話は聞いています」
「……そうかい。ならすまないけど、連れてきてもらえるかい?」
 流やお上の名が出た事で、人物像を知るであろう彼になら託せると判断した枝垂。
 ヴェルグリーズは乗ってきた馬車と枝垂を仲間達へ託し、華蓮の猫のファミリアーと星穹を連れ、より炎の勢いが強い場所へと向かっていった。
「さ、馬車までは私が運ぶのだわ」
「ありがとうね」
 そして枝垂もまた差し出された手を掴み。
 肩を借りて馬車へと向かう。
 二台の馬車の周辺では、ヨゾラと幸潮が民間人の誘導と怪我人の治療を進めている。
「枝垂さんで最後みたいだね」
「取りこぼしはないはずだが。人数を確認してもらえないだろうか」
 幸潮に促され、枝垂は乗り込んだ荷台から改めて建物周辺で救出された面々を見渡す。
「――はっ」
 息を呑んだ。
「義助と小春がいないじゃないか! まさかあの子ら……!」
 視線の先、既に火に飲まれ、倒壊の兆しすら見え始めているその場所は倉。
 あれほど行くなと念を押しはしたが。
 皆で大切に育ててきたブドウを、見捨てられなかったのだろう。
「やっぱりな。嬉しくはないがこういう予感は当たってしまうのだ」
 幸潮は万年筆を宙に走らせると『現に映る天の流星』と名付けた大型二輪車を呼び出しまたがる。
「どうする気だい?」
「知れたこと……突っ込む!」
 幻幸潮がその身に宿した幻想は火に抗う者。
 運命の気まぐれか。
 本意ではないがこれ以上ない舞台。
 そこに立つならば役割を為す事こそが、舞台装置ではない人間の在り方であろう。
「僕も幸潮さんと合流します! 枝垂さんは先に馬車で脱出を!」
「ちょ――」
 駆け出すヨゾラへ声をかける前に、枝垂の乗る馬車が動き出した。
 見ればもう一方の馬車も動き始めており、荷台には華蓮の最後の使いである猫が鎮座している。
(なるほど。全員救うから任せろ、ってかい)
 小さくなっていく華蓮の姿に、先程かけられた言葉を思い出す。
 確かにこの状況であれば、移動に時間がかかる馬車を早く動かしたくもあり。
 そしてそれを担うべきは、怪我で満足に動けない自分であろう。
(なら後は頼んだよ、特異運命座標……だったかねぇ)


●炎の渦
 強まる炎の根源へ向かうヴェルグリーズと星穹。
 空気は熱く、喉を通る度に体内の水分を奪い、そのもっと奥底までも干上がらせてしまうようで。
 煙の臭いは鼻につくだけではなく徐々に思考を淀ませ。
 肺を、心を黒く染め上げてしまう。
 イレギュラーズとして経験を積み、時には大きな苦しみも味わってきた二人には、それほど過酷と呼べる環境にはならなかったが。
(間違いない。こんな事をする犯人は、一人しかいない)
 満ち足りた悪意を進む中で、終焉獣を切り捨てるヴェルグリーズの剣筋は異常なまでに研ぎ澄まされていた。
「ねぇヴェルグリーズ。先程は聞きそびれてしまいましたけれど。
 この火災の原因に心当たりがあるのでは?」
 星穹もまた障害となる終焉獣を沈黙させていく。
 その拳には、大切な人の美しい笑顔を曇らせる者に対する怒りが込められていた。
 ヴェルグリーズもまた、星穹の心を曇らせておくことなど。
 ましてやその原因が自分にあるなど許せるはずもなかった。
「やっぱり星穹にはきちんと話しておくべきだね」
 様々な主と共にあった剣としての生。
 それは人の姿を得てからも続いてきたけれど。
 彼女こそもっとも深く結び付いた、大切な主。
 彼女と過ごした日々は、とても大切で、少し切なくもあった美しいもので。
 そう、だからこそ。
「嗚呼、やっぱり来るのが遅いじゃないか!」
「……『フィアンマ』」
「言っただろう? 俺の憎悪はそんなものじゃない。
 ヴェルグリーズを名乗る度強まるこの気持ちを表わすなら、インフェルノだって」
 赤い髪。血よりも赤い、鮮烈な朱。
 それをかき上げる姿からは、以前の幼さが消え。
 よりヴェルグリーズに近しいものとなっていた。
「……なるほど、貴方でしたか。今更彼の名を騙るなんて馬鹿げた真似をしたところで、彼をこれまでを汚す事などできると思うのですか」
 射殺すような鋭い星穹の視線を気にも留めず、フィアンマはニヤリと笑った。
「種は仕掛けた。後は芽吹くのを待つだけ……でもその前に少しくらい遊ぼうかぁ?!」
 赤髪のヴェルグリーズが右手でフィアンマを振るえば、憎悪の炎が渦となり襲いかかる。
 星穹もまた愛する者の盾として、一歩も引かず正面から受け止めた。
「星穹!」
「大丈夫、貴方には私が居ます。私が貴方を支えます。ですから……」
 ――好きに暴れて、構いませんよ。
「……っ!」
 未だ名も知らぬ――その名に気づかぬフリをしていたこの気持ち。
 大切な人の前だからこそ、見せてしまってはいけないような、昏く淀んだこの気持ち。
「……フィアンマ」
 『父』たる原点の主から遺された言葉は、悪意や欺きを学ぶ事。
 決してそれを振るう事で無かったが。
 最愛たる今の主が。
 剣を納める鞘の主が、受け止めてくれるといった。
 それならば。
「ここの人達は俺とは関係なかったはずだ。なのにキミは傷つけた」
 血の気が引くように。
 怒りに導かれた思考はたった一つの思いに集約され、それ以外が流れていく。
「キミの行いを、そしてキミの存在を、俺は許さない」
 悪と定めた相手に下す十字の烙印。
 最高の神気を最奥の私心で振りかざす。
「すべてを奪われて滅ぼされるのは俺じゃない、キミだよ」
 剣撃に火花が舞い。
「嗚呼、やっとか。やっとなんだなヴェルグリーズ」
 歓喜とも、恍惚ともとれる表情を、眼前の赤い自分は浮かべた。
「待ってたんだよ、その『殺意』をさぁ!」
 愛を知り、子への慈しみを知る剣は。
 失う恐怖や、手放したくない嫉妬を得ていた剣は。
 こうして遂に、人間の持つ憤怒の心を自覚するのであった。
「さぁここからが本当のお楽しみだ!」
 だがその時間は、遠く離れてもなお感じさせる圧倒的な悪寒を前に中止せざるを得なかった。


●滅びの渦
 建物、特に倉は火が回ってからかなりの時間が経過しているのであろう。
 彼方此方に煙が立ちこめ、衣類や絨毯といった生活用品にまで燃え移った炎の壁は、侵入する者の行く手を阻む。
「ならばその物語に風穴を開けるのが我が筆であり、現を駆ける流星と知るがいい!」
 どこか虚空へ語り掛けながら、その壁を無理矢理にこじ開けたのは幸潮の強い意志か。
 合流したヨゾラも、感覚を極限まで研ぎ澄ます。
「その瓦礫の下……子供だよ、2人いる!」
「良し。ならば我はまず癒しを持って炎なる檻より抜け出る活力を授けよう」
「僕はこのまま瓦礫をどかすね!」
 ヨゾラが手をかけた瓦礫の下には、足を挟まれた少女の姿が。
 彼女の手は何かを放すまいと強く握り絞められており。
 もう一方の手は少女より少し年上に思える少年と繋がれていた。
(きっと煙を吸いすぎたんだね。待ってて、もうすぐ助かるからね……!)
 熱を帯びた瓦礫に、手の肌は悲鳴をあげる。
 だがそれでも、人を助けたいという己の願望が。
 仲間の願望も背負ったヨゾラの手が止まることはなく。
 幸潮もまた献身的な治療と瓦礫撤去を繰り返す。
「よし、これで最後……!」
 ヨゾラが最後の瓦礫へ手を伸ばしたその時。
「くっ、間に合わんのか」
 幸潮の予感はまたしても現実となってしまった。

~~~

「はっ、来るのだわ!」
 馬車の後を追わんとする終焉獣に対処していたソアと華蓮。
 開けた場所にいた彼女達には、その発生がよく見て取れた。
 終焉獣が発生させたものよりも大きな、まさに時空の歪み。
 30mはあろうかという大きなねじれから、黒く、赤い雷を帯びた球体が出現した。
「……ふぅん。あれが『バグ・ホール』」
 球体が歪みから完全に露出すると、歪みそのものは消える。
 だがそれと同時に、まるで台風のような強い気流が発生した。
 同時に周囲へ拡散する滅びの粒子は、強い毒性と運気を奪う力を生じさせ、何とか影響から逃れようとする終焉獣の足をも止めると、一気に吸い込んでいく。
「折角こんな……いくつだっけ。ま、沢山倒して気持ちよくなってきたとこだったのに」
「あわわ、このままじゃ吸い込まれてしまうのだわ!?
 早く他の皆と合流して逃げないとなのだわ!」
「じゃあ、ボクは動けそうだから華蓮さんを運ぶね」
 ソアは華蓮を御姫様抱っこの容量で抱きかかえ。
 その後方では、子供達を抱きかかえた幸潮の二輪車が飛び出した。
「誰も死なせてたまるか……!」
 本来なら吸い込まれかねない距離であるが、今度はヨゾラの加速装置がその危機を打破してみせた。
「くっ、ハンドルが……!」
 だがその高出力は、幸潮の体制を僅かに崩してしまう。
 腕から零れ落ちた少女は、希望への種を握り絞めたまま、遙か空へと。
 浮き上がる。
「全機構 解放! ……救出 絶対!」
 しかし魔の球体よりも早く。
 海であれば波すら割くような勢いで島風が幼い手を取った。
 だが吸引方向への推進力は飲み込まんとする魔の追い風。
 何とか急速展開は間に合ったが、魔の重力域は島風の足たるスラスターを鈍らせる。
「え、えぇ!? 当方 全力 りだ……!!」
 余人ならば絶望を感じるその光景を前に。
「……気に入らないな。私の故郷が滅んだ時。
 天地が裂け崩れ落ちたあの日を思い出す。けれど何よりも!
 この世界からすら私の大切な同志を奪おうとしている事が許せない!」
 龍神は迷い無く空を駆け、島風の手と結びつき。
「稀久理媛神のご加護で……どうか皆を助けてほしいのだわ!」
 諦めぬ母の想いの微風が。
「そう何度も目の前で人を失う描写など描かせるものかよ!」
 幻想の担い手の願いと混じり合って背を押し。
「二人とも、僕の歌声の方へ早く!」
 願望器の願いが魔の枷を退ける。
「島風!」
「当方 最速 vvvv!」

 ~~~

 こうしてイレギュラーズと彼らによって救助された全ての人間は、バグ・ホールと火炎による農園の消失から免れることができた。
 後ほど合流した星穹の証言により、火災の犯人もヴェルグリーズでない事は公には証明され、一行や子供達は島風の配るチョコに安らぎ得る。
 だがたった一人。
 騒動を通じて行方知れずとなった者がいた。
 かの者が何を見せられ今どこで何をしているのか。
 真実は犯人の胸の中に。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

※納品が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

冒険お疲れ様でした!

今回から出現し始めたバグ・ホール。
かなり面倒な能力を持ったものになっておりましたが、それだけ終焉の気配が強まっている証かと思われます。
発生時の状況が違う=バグ・ホールの効果が同じとは限らない、となっておりますが、どの場合でも危険であることは間違いないかと思います。
どのシナリオにおいても、遭遇した際には今回同様細心の注意を払われることをオススメ致します。

救出&終焉獣対策とフィアンマ&流対応という忙しさに加えバグ・ホールまで
発生する状況ではありましたが、農園関係者は全員(命は)無事でした、おめでとうございます!
今回生じたやり残しも、近々晴らしてしまいたいですね。

それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
ご参加ありがとうございました!

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